国際救急援助隊
中国の四川省を震源に起きた地震に、日本の救助隊が現地入りした。
韓国、ロシア、シンガポールなど数カ国も、救助隊を派遣することになった。
一人でも多くの人命が救わればと、祈る。
そして危険な救助活動に従事する救助隊の皆さんの安全を、心より祈る。
中国の四川省を震源に起きた地震に、日本の救助隊が現地入りした。
韓国、ロシア、シンガポールなど数カ国も、救助隊を派遣することになった。
一人でも多くの人命が救わればと、祈る。
そして危険な救助活動に従事する救助隊の皆さんの安全を、心より祈る。
時計を探して、たくさんの知識を得た。豊富な知識をもった店員さんの話が有益だった。
結局、時計で自分をどのように演出したいのか?
それが大切な事柄だと知った。
愛用の時計が、華奢な感じで壊れた。なので、「華奢」なものは嫌だった。不思議なことに、その壊れた時計が修理されたとしても、再びその時計をしたいとは思わない。その時計の脆弱性が頼りなかった。時を正確に刻み、どのような条件下でも頼れる存在であってほしかった。
時計に正確性、堅牢性を求める気持ちで探していくと、ほぼほとんどの時計は消えていく。
数少ない候補から決めたのは、CASIOのPROTREK。
プロトレックと読む。
時計の形をしたコンピュータ。90頁の取扱説明書がつく。
電波時計であって、かつソーラーセルで発電し自ら充電し動く。
方位計測、気圧・温度計測、高度計測などができるセンサーが埋めこまれてる。
そして気に入ったのが、タイドグラフとムーングラフ。
タイドグラフは、潮の干満を知らせる。ムーングラフは、月の形を知らせる。
時計の文字盤の中で、大自然の営みが感じられる処が、気に入った。
結局、ボクが時計に求めたものは、いついかなる時においても意志決定に役立つ情報を提供してくれ、なおかつビジネス・シーンにも許容される実用性と“遊び心”だった。
しかし日本人の実装技術はすごいと思う。
フルオートELバックライトをオンにすると、暗闇で腕を水平から40度傾けるだけでデジタル表示が発光する。
そんなことを考えつき、それを実現しうる技術を持つ国は、世界でそう多くない。
あるいは日本人だけかもしれない。
キムタクはやっぱりすごい・・・次男坊がつぶやいた。
高校の生徒会に立候補することにした次男坊には、キムタクの選挙演説はいろいろな示唆を与えたかもしれない。
味のある脇役も従えて、しかしキムタクが光る。
どのドラマも、役柄というよりキムタクになる。それはキムタクの中に稀有なシャイニングがあるからだろう。
フランク・キャプラ監督の「スミス都へ行く」のジェイムズ・スチュアートを思い浮べた。彼もまたどんな役を演じても、スチュアートだった。「スミス・・・」ではアメリカ議会の議員になったスチュアートが女秘書に、故郷の自然の素晴らしさを語る。その時のカットバックは、一人の女性が恋に落ちる瞬間を見事に描いた。
このCHANGEは、イノセンスについてのドラマではないか?
キムタクはドラマの最初で、小学校の黒板に、「夢」と書く。
星をみることの好きな、キムタク。
中古のプリウスをエコではなく燃費がいいから乗り回す、キムタク。
そして、選挙運動中もスーツにスニーカーのキムタク。
ニューバランスのスニーカー。
今後のドラマの展開が、楽しみだ。
月9だから、恋を巡るサブ・ストーリーが派生するはず。
ボクは、ある仮説を立てた。
その仮説は、大人の男のイノセンスを描いたフランク・キャプラの「スミス都へ行く」に基くもので、CHANGEでは星空の下で描かれる・・・、と勝手に予想する。
月曜の朝、社長秘書から電話があり、電話の主が社長に代わった。
こういう時はデスクで電話をとれて、良かったと思う。
そうして一週間が始まった今日の午後、駅のホームでもう一人の社長に偶然遭遇した。
以前勤めた会社の社長だ・・・。気づくと同時に、お声をかけてた。
十年以上になる。
同じ電車に乗って二十分位、お話した。
初めて社会に出て、「会社」という組織の中で「社会」というものを学んだ。
社長はその頃の最高権力者だった。今はリタイアし、人生を楽しんでおられるご様子だった。
若造の自分を、可愛がってくださった記憶。お酒を飲んだ思い出。叱られた思い出。
昔話が弾んで、そしてお別れした。
感謝の念が甦る。
人生のある時期、出会った方が、お元気なことが、ただただうれしかった。
結局、すべては思い出になる。
そう思った。
今のキッタハッタもいずれ夢になる。
ならば、思いっきりやろう。
そう思った。
ビジネスマンが時計を選ぶ時、どんなアプローチを辿るのか?
そんな興味もあって、売場の店員さんにリサーチした。
一蹴されたのはSUUNTO。
気になっていたスント。北欧のリストップ・コンピュータという概念は、しかしスポーツタイプで大きくて、という理由でビジネスのTPOには向かないと断言された。
ー例えばG-SHOCKで、ビジネスマン向きの時計、あります?
店員さんは応えてくれた。
ーG-SHOCKは1~2万円ですからねぇ~。
ービジネスマンは平均いくら位の時計を買っているのでしょう?
ー5万円位でしょうか・・・。中には数千円の方もいらっしゃいますよ。
ー5万円ですか。意外と安いんですね。ずばりお薦めは?
そして示されたG-SHOCK。
悪くない。
しばらくして、別の店員さんからBVLGARIとタグ・ホイヤーを強く薦められた。
BVLGARIは20万円から40万円台の間で、黒のラヴァーをアクセントにしたシックなデザインのものがあった。タグ・ホイヤーは自分にはメタル部分がキラキラし過ぎるようにみえた。ロレックスはオジサン好きの時計にみえた。(そういうボクもオジサンですが。)
結局、自分が時計に何を求めているのか? よく判った。
機能性と信頼性。正確に時を刻み、そのデザインはシンプルであって華美でない。控えめなデザインとしての洗練性をアピールするものの、ブランドとしては誇示しないもの。色はブラックを基調に、できればデジタルではなくアナログでありたい。
そういう時計に巡りあいたい。
時計に拘る人にとっては申し訳ない話なのだけれど、ボクにとって時計は機能性とデザインがほどよく適度に満たされればいいと考えている。
愛用の時計のベルトが傷んで、新しい時計を探すことにした。
あらためて、時計の世界の広さ深さに驚く。
無限の選択肢がある。
男性誌には時計の夥しいパブリシティ記事が載ってる。その記事のヴォリュームから、時計業界が如何に付加価値の高いビジネスかが伺い知れる。
原価(コスト)と価格の乖離が、これ程ある商品も少ないだろう。
空気や水や香水を売るのに近い。(もっとも昨今、空気も水も調達コストがかかる商品になった。)
時計は、ほとんどが同じ正確な時を刻む。
しかし、ある時計は数十万(数百万)するし、ある時計は数百円である。
そして業界は、消費者に「一人前になったら大人の時計をするもの」というConceptを刷り込むことに成功してるかにみえる。
確かに男性にとっては、数少ないお洒落が主張できるアイテムである。けれど、ルイ・ヴィトンの生産量の1/3が消費される日本において、ブランドと富のステイタスとの関係性は、階級社会として成立してるというより、個人の趣向による選別に委ねられているとボクは感じてる。
そうでなければ、あれほど夥しい時計記事のメディア・ジャックが雑誌で為される訳がない。
たくさんお金を貢がせる資本主義の原理が、そこには働いている。
資本主義とは富める者が貧しい者から収奪するシステムのことを云うらしいから。
・・・そんな理屈っぽい人間は、時計の価格にプレミアムつきまくり・・・と感じてる。
高いからこそ、その時計に価値を見出す人々が多いなら、高い時計を身につけさえすれば、簡単に第一関門をクリアできるということだ。
そんなことを考えながら、時計を見て回る。
結局、ボクのような人間が時計にハマルのだろう・・・。
2006年5月10日、初めてのブログ記事をUPした。
最初の記事はNHKの「プラネット・アース」。どのようなスタンスで文章を書けばよいか判らず、おずおずと書いた。その「プラネット・アース」は、この二年の内に劇場公開されて大ヒットを記録した。
二年。短いようで長くもある歳月。
いままでの二年を思うと共に、これからの二年を想う。
昔みた映画「時をかける少女」で、タイム・トラヴェラー、ケン・ソゴルはこう云った。
ー『時は去っていくものではなくて、時はやってくるものなのだよ』、と。
やってくる時を、大切に味わいながら過ごしていきたい。
今日は雨の週末。
GWが終り、街は動き始めた。
三日間の仕事を終えて、やっと辿りついた週末。
雨で肌寒い週末には、cool down しよう。
緑が濃くなった。この雨で樹々はさらに繁ることだろう。
今夜は、長男の二十歳の誕生日のお祝いをする。
彼の成長を祝おう。
そしていつまでも、成長を心がける生き方をしてほしいと願う。
ボクもまた成長を目指そう。年をとっても成長し続ける。
久しぶりに、図書館を訪ねよう。
もう一度、学びの習慣に戻ろう。
雨の週末。
cool downして、穏やかな時を取り戻そう。
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