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2006年6月25日 (日)

倉橋由美子 「暗い旅」「夢の浮橋」

Vfsh0006_2昨日、明治大学リバティタワー(神田・駿河台)を訪れた時に、懐かしい女性に出会った。作家・倉橋由美子氏。昨年6月10日急逝。

Vfsh0005_2  7/6(木)まで「倉橋由美子展」が開催されている。(タワー1階・入場無料。)明治大仏文在学中に『パルタイ』で彗星のように作家デビュー。以来半世紀厖大な著述活動を展開。遺品、自筆原稿、初版著書などが展示され、惜しみある才能を偲べた。とてもこじんまりとした展示だが、懐かしい恋人に再会した気分になった。

小説「暗い旅」は、大学時代の僕と親友のバイブルだった。倉橋初の長編小説。普通、小説の一人称では「私は・・・」と記述されるが、これは「あなたは・・・」と語られ、まるで主人公が読み手に移し変えられるような仕掛けが施されてる。催眠術をかけられ小説世界を自分が彷徨うような感じが新鮮だった。当時は仏作家ミッシェル・ビュトールの模倣と揶揄されたりした。(揚げ足取りの国家ニッポン)創造的模倣で何が悪い。

大学生が失恋の痛手を胸に彷徨う物語に僕たちはanan nonnoを見ていた。京都を訪ねる折には、ガイドブックとして持参した。

これは「夢の浮橋」にも通じる。親友は今は大手広告代理店でTVCMを造っているが、学生時代TV局に入ったら、このドラマをTVでやりたいという夢を持っていた。主人公は「萩尾みどり」(懐かしい!)、相手役は誰で・・・と僕に説明してくれた。聞いている僕は、作中の若い恋人役が親友にピッタリなのを内心気づいていながら、黙っていた。美しい残酷な近親相姦の物語が源氏物語の現代版のように優雅に展開されていく。日本の古典と西欧の退廃がこの文学に結実してた。

僕は色鉛筆でアンダーラインを引きながら読んだ。後にも先にもこの「夢の浮橋」は僕の恋愛指南書だったのである。

小説に描かれているように大学を卒業し、社会人になる頃、僕は永らく付き合っていた恋人と別れと再会を繰り返していた。なので、ぎりぎり「夢の浮橋」の美意識だけが見苦しい別れにさせないストッパーだったと、いまでは感謝。

失恋とその辛さは、切腹するってこんなかな、と思わせる傷みだった。体の一部がもぎ取られてしまうような傷みに耐えたのは、倉橋由美子の知性と美意識をテキストとして得ていたからだろう。

そんなことを久しぶりに回想した。

恋愛がファッション化され、性が快楽と捉えられる今、「恋はゲームじゃなくて生きること」という歌詞のような体験をして、今思えば幸せなことだった。

あの傷みを懐かしく思う。しかし恋が傷みだった時代はもう来ないことを切に祈るけれど。

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