1月のお仕舞い
今日で一月が終る、早いもので2008年の1/12が過ぎていった。
今夜は仕事仲間と来期のkick offをした。
皆が楽しそうに好きなことを話し、お酒を楽しんでいることが、うれしかった。
民主主義の世の中だ。
だから、水は高きから低きに流れ、自然の摂理に任せるがいい。
そうやって、今日一日が終る。
何もない1日。
全てがある1日。
今日で一月が終る、早いもので2008年の1/12が過ぎていった。
今夜は仕事仲間と来期のkick offをした。
皆が楽しそうに好きなことを話し、お酒を楽しんでいることが、うれしかった。
民主主義の世の中だ。
だから、水は高きから低きに流れ、自然の摂理に任せるがいい。
そうやって、今日一日が終る。
何もない1日。
全てがある1日。
神奈川県内では28日から県内163校で前期選抜試験が始まった。志願者は四万四百人、平均競争率は2.24倍。面接などが中心だ。
我が家の次男坊もその1/40400.29日、志望校の面接に臨んだ。
ぐっすり眠ってた次男坊は朝の勉強部屋で学生服を着たまま、面接の練習をしてた。
横浜にあるその志望高校がある駅まで、ボクは付き合うことにした。
8時前の東海道線は通勤客が多く、暖房も効いてた。横浜までの三十分は満員電車の中で立っていた。
ー「ちょっと気持ち悪い」
次男坊が横浜に着く前に、そうこぼした。コートもマフラーも脱いで、首元をゆるめてる。顔色が青ざめていた。
付き添いした甲斐があった。
ホームに降りて、朝の冷気にあたる。
乗換えのホームまで、そして目的の駅まで・・・と刻んで刻んで目先の目標を話す。
そこまで行けば、そこまで行けば・・・そうやって人生は進んでいく。
すっかり気分が回復してきたらしい次男坊に、コンビニで温かいお茶とキットカットを買って渡した。
ー「ここからは僕ひとりで行く」
ー「笑顔をみせて」
(にやっとする次男坊)
ー「いい顔をしてる。いっておいで」
そうやって送り出した。
人生には、さまざまな朝がある。
この朝は、多分、彼の人生の特別な朝のひとつになるだろう。
その朝に立ちあえることが、親であることの喜び。
ピックルとかピッコロと呼んできた次男坊は、もうすぐボクの身長を追い抜くことだろう。
今日のTOKYOは今年一番の冷えこみ。冷たい風が吹いている。
会社の偉い人と待合わせして、その場に、白いマスクで重装備の相手が現れた。
「お風邪ですか?」
「いや、花粉です。来ましたよ」
その一言が、今年の花粉の季節の到来を告げる。
何となく目に違和感がある。まだ本番まで時間がありそうだ。早めの手当てをしよう。
そういえば昨日の昼間は日射しを強く感じた。穏やかな昼下がり、一定時間の日照を浴びて、花粉は離陸するタメを効かせていたに違いない。
早めの手当てですよ。
ひどくならないように致しましょう。
「休んでいた横綱に負けられない」ーそう白鵬は噛み締めるように語った。
朝青龍が宙に舞った時、すっきりした日本人は多はず。夏場所から、白鵬は毎日精進したと云う。勝利のために彼がしてきたこと。日本人は、毎日精進する者が勝利を手中におさめるのを願ってたに違いない。応援する相手は、自らを投影し努力する人に夢を仮託する。
強ければいい?
朝青龍は、見事にヒール役を果たしてくれた。
見事な「大相撲」だった。
あの勝負に神の采配があったとすれば、それは日本人に希望の光を与えた。
強ければいい、だけではないっしょ?勝ち組?、日本人の文化的伝統を破壊してグローバル・スタンダードを輸入し、日本国は仕合せになったろうか?日本人の魂は今、弱ってる。
毎日毎日、勝とうと精進してる者、謙虚で徳ある者に、勝利の女神は微笑む・・・。
そんな神話を今夜また見た。
月曜の朝、ヒールが高笑いしてる写真から一週間を始めずにすんだことを、ボクは素直に喜ぼう。
本当は、勝つことよりも、人間の尊厳や謙虚さを、ボクらは見たいんだ。
「APPLESEED」の曽利文彦監督の“3Dライブアニメ”VEXILLE-「べクシル 2007日本鎖国」のDVDが1.25に発売された。
アニメという以上に、キャラクターの表現力や質感が、うっとりする程艶かしい。
雪や水などの質感もまたドラマの世界観を形作ってる。アクションも素晴しい。
その世界を形成するディテイルがしっかりと表現されている。
黒木メイサ、谷原章介、松雪泰子も声優として活躍。
ドラマは、ハイテク鎖国した70年後の日本を想像してる。
想像の隅々までをクリアにイメージする。人間の想像力というものは凄い。
ならばー。
翻って、3年後の自分のあるべき姿をその細部に渡りイメージすることなど、この映画に比べればやさしいことかもしれない。
VEXILLE のhp ⇒ ●
クルマを手放すことを考えてて、明け方、愛車を駆って東京までドライブした。
約50kmのドライブを終え、今、ジョナでこれを書き始めてる。
ボクは趣味でこのクルマと付き合ってると書いたが、それは違う。
ボクはこのクルマからたくさんのことを学んだ。
自由であることについて。
素晴らしい技術について。
大人であることについて。
真のパワーとは何か?ということについて。
本当の優雅さについて。
そしてジェントルであるということについても。
・・・・・・
A地点からB地点へ移動することが目的の関係ではない。
人とモノとの官能的な関係について、ボクはこのクルマから多くを学んだし、今朝のドライブからも多くのことを学びつつある。
富裕層マーケティングについても、このクルマから学んだ。
生き方の問題として、今一度、ボクはクルマと自分との関係を考え直してみよう。
人生で最も不遇だった時代に、ボクを支えてくれたクルマだ。
逆境の中で、鼓舞してくれたこのクルマを、結局手放すにしても、それはお金のためではない他の何かが必要なのである。
何故ならばボクはこのクルマのおかげで、成長してきたといえるから。
2008年、何を止めるか?・・・そのお題をずうっと考えてきた。
何かを始める前に、何かを止める。
手放すことによって、そこに空いた空間と時間が生れる。新しい仕合せは、そこに収まる。そのことを、ボクはしっている。
だから何か大きなことを始める前には、自分が大切にしてきた何かを止めるか、手放す。
・・・それがクルマであるとは、うすうす判ってた。
しかしあまりに愛着のある趣味であり、まさしく「愛車」なので、言葉にするのを避けていた。
しかし昨日、言葉にした。自然に。機が熟したように。そして言葉にした瞬間、それはもう後に引けないものになったと感じた。
日本でクルマを所有することを考える。
一台のクルマを所有することから、様々なソーシャル・コストが発生する。しすぎ。
なにゆえ湘南とTOKYOを往復するのに、900円のコストをドライバーから徴収するのか?アメリカでクルマを運転しフリー・ウェイを走ってみればいい。いまだ関所のある不思議の国ニッポン。
税金、保険、維持費、車検、ガソリン代、駐車場代・・・払えない額ではない金額が積重なる。チリも積もれば山となる。
クルマが生活に必要な地域と違って、都市部では保有コストと使用に伴うコストが増大してる。エコに対する意識も高まってきた。
ボクにとり、愛車とはメンタルな関係性なので、まだ決心しきれてる訳ではない。しかし愛情関係であればこそ、非情にならねばならない気持ちがあるのもまた事実。「依存」ではなく、オーナーシップを自ら発揮する。つまり手放す権利を行使する、行使できることがオーナーシップだ。
たくさん、可愛がってあげた。
結局今後十年間で1000万円をクルマにつぎ込むのか?という選択をボクはしなくてはいけない。
自分の夢を実現させて、3年後に愛車を買い戻してやる・・・そんなことを思ったりする。
この不思議の国ニッポンで、一度消費社会のカモから脱却してみたいんだ。
自分が消費されないために。
自分が選択して、今一度消費する主役になるために。
まだ、決心した訳ではない。
しかし、ほとんど決心してるみたいだ。
かっこいいなあ、と思うのは、お金で魂(たましい)を売ったりしない処。
ミリオネアのジョブズと我々庶民は違うから・・・と思考停止するのは、簡単だ。
おおよその人間が、金持ちでも、政治家でも出来ないことを、ジョブズがやっていることを、忘れてはいけない。国営銀行の総裁が蓄財に励む国に生きてるのさ。インサイダーが得する美しい国よ。
翻って、ジョブズは、appleを「ア・イ・シ・テ・ル」。
だから、年俸1ドルなのさ。
そんな愛を捧げる男がもっとたくさんいれば、この地球は素敵な楽園になる。戦争もなくなるだろう。
人はほとんど誰もが、お金にちょこっと魂(たましい)を売る。
ボクも売るさ。
生きて、家族を養うためさ。
少しでも給料が多くなれば、こうしてあげられる、ああしてあげられる・・・と考える自分がいる。自分に使うためよりも、家族にしてあげたい事がある。
経営者は絶妙のお金を、狙って投げてくる。
お金で支配しようとしてもダメさ・・・そう云ってみたい。
結局、お金に支配されたくはない。
お金を人参に、ぶらさげられたくもない。
お金で動かすなよ。リスペクトしてほしいよ・・・。
お金でおいらの魂を買おうとするなよ。(ううん、たくさんのお金で買ってもいいよ・・・)。
葛藤は続く。
自立するためには、お金を手に入れよう。
自分が自分の人生の経営者になろう。
この世では「お金」が現世的幸福を形づくるエンジンさ。
ボクは、お金が大好きだもの。
結局、「お金」は自分と自分の家族を防衛してくれるから。
だから、魂を売らずに、自分がお金持ちになることだ。
お金持ちになって消費をしたいのではない。それはタレントに任せておけばいい。
生存の不安から解放されて、社会や世界のために働きたい。
ジョブズの働く理由 ⇒ ☆
忙しい仕事の合間を縫って、勉強したり読書したりする時間をどのように確保するか?
ビジネスマンに共通したテーマだろう。
昔は「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ・・・」と故・植木等氏が歌ったように、確かに「気楽な」面が多かったように思う。
二十代の頃、先輩社員に連れられて夜毎居酒屋で飲んだ日々~。ああ懐かしい。
そんな時代は昭和と共に、はるか彼方へと消えていった。少なくともボクの場合は。
勉強するのは、必要に迫られるから。
例えば、Internetにかかわる仕事の場合、新たなサービス、新たな技術、新たな考え方を、常に学び続けていることが、仕事に活きてくる。裏を返せば、学ばなければ仕事のクオリティが劣化するはずだ。そんな懸念を払拭するために、絶えず自分自身をヴァージョンUPしようと試みる。
それは英語でも金融リテラシーでも同じこと。グローバル化したこの地球上で、モンゴル高原で羽ばたいた蝶の羽ばたきが太平洋上の台風の源になる、といった連鎖が起こる。
そこで人はさまざまな工夫をする。
1時間の勉強に950円支払うことが、高いか安いかを考える。
時給ベースでいえば高いか?ファーストフードの時給は800円台である。インターネットcafeで1時間仕事をした場合は500円未満。その約2倍である。しかもこの書斎は1時間で追出される。
そんな書斎ならば、1時間で元を取ろうとするのではないか?
最近では決して高くないのではないかーそう考えられるようになった。
本を読み、静かにノートをとり、アイデアを認める。疲れたら音楽を聴き、自分のノートPCで簡単なnet検索もする。疲れたら窓辺に広がる景色に目を休める。仮眠もとれる。
その書斎は移動する。
51km以遠で950円。50kmならば750円。
JRのグリーン車の自由席だ。
帰宅用に一ヶ月使って19000円(週五日×4週×950円)。
この月19000円のリターンが数百万円に化けるなら、これは“買い”といえるはず・・・。
確かにミラノへ出張することに比べれば、大阪は近い。
いつもと変わらない朝のオフィスから仕事を始め、東京駅に発車30分前につけるよう移動。
のぞみ81号。 11号車11番D席。9時33分発車。
お隣の女性は「カツサンド」を食べてから爆睡した。
ボクは大阪で打合せする資料に目を通して、それから読書に没頭。ノイズキャンセリングヘッドホンで音楽を聴いている内にウトウトした。
名古屋でかなり降り、京都で降り、そして大阪。正午9分着。
それからずーっとクライアントと一緒に行動し、夕方からお酒の席へ。
ひとつのくぎりの酒席だった。
「今夜は帰してくださいね」そうあらかじめお願いしておいた。
しかし30分おして、新大阪へ急ぐ。
別れたクライアントの言葉が脳裏によみがえる。
ー私の桶狭間は、いつでしょうか?
ー桶狭間は今ですね。
そう答えると、クライアントはほがらかに笑った。
みんなたくさんの制約にがんじがらめになりながら、仕事をしてる。仕事というっものはそういうものだ。クライアントの好意をボクは永らく感じてた。少しでも力になりたい。
ーまた、大阪に呼んでくださいね。
仕事だからこそ、こうやって大阪で飲んでる。
そして帰りの新幹線に飛び乗った。
のぞみ98号。 7号車8番C席。20時10分発車。
一席離れて、若い女性は爆睡。
京都、名古屋、新横浜で次々降りて、東京駅22時46分。
酔い覚めの新幹線。
下り東海道線に飛び乗って、約1時間、やっとホーム・タウンに戻る。午前零時を回る頃。
赤福の代わりに「おたべ」をお土産に。
「おたべ」。
こうやって、いつもと変わらない日帰り出張が終わる。
振り返れば、それもまた楽し。
大阪にまたいくよ~。仕事よ、呼んでおくれ~。
ミラノ駅でみかけた映画のポスター「色 戒」。アン・リー監督のこの新作はヴェネツィア映画祭で監督賞と撮影賞のW受賞を果たした。
男の色気を感じる俳優。
映画を観る前に、あまり予備知識は入れない。
予告編をみると、<激動の時代に禁断の愛>という感覚が伝わってくる。撮影の色彩は重い情念を伝える。そしてトニー・レオンの眼差し・・・。
大人の映画という感じ。
こういう映画を、今の日本映画は造れるだろうか?
TVのような映画が多くなってしまった気がする。
熱くって火傷するような映画を観たいというのに。
2/2に劇場公開。やけどしに、行ってみますか。 ⇒ hp
勝間和代氏の新刊(光文社新書)の刺激的なタイトル、その副題は「金融リテラシーの基本と実践」である。
キワモノ的なタイトルだが、なかなか興味深い内容だった。
例えば、その125ページにこうある。
ー(引用)私は、資本主義というものは、厳しいいい方をすれば「賢くない人から賢い人へお金が流れるしくみ」だと思っています。(引用 おわり)
智慧というものは、こういうことを云う。
マーケットは常に“損をする”人を探してる。カモがいないと機関投資家は儲けられないからだ。
こういう原則を忘れて、カモになってる人は数知れない。
住宅ローンにせよ、不動産取得も、マインドコントロールが効いている。本当に得をするのは銀行と不動産業界と国家であるというのに。一生の十字架を「一家の主(あるじ)」は背負い込むことになる。(ボクもまた例外ではない。)
賢くなければ、いろいろなむしり方をされる現代にあって、この本は良書のひとつだろう。
書店に並ぶ「お金儲け」の本に騙されるよりは、まずはお勧めの一冊である。
ご当地ならではの食べ物を、旅先で食べる。
フィレンツェ駅について、腹ペコだったボクは徒歩で十分くらいの距離にある中央市場へ行った。
体育館のような建物の中に市場が展開されてる。
そこで出合ったソウルフード。
ゆで上がった牛の胃袋を目の前で刻み、パンに挟む。
市場で仕事を終えた人が、ワインと共に小腹をつくる。
基本は立ち食いだけれど、簡易のテーブルもあったので、座ってハフハフしながら食べた。塩味で意外にさっぱりとしてた。身体の奥が温まって、おいしかった。
入り口横に食材が陳列されてて、みてると減っていく。
みんなの胃袋に入ってく仕掛け。
肉も野菜も美味しい。もちろんワインもおいしかった。
テイクアウトして食べれるフードコートで小腹をつくる。
大豆を煮たもの、昔デニーズでチリ・ビーンズが好きだった。今はもうない刑事コロンボの好物。それに比べ辛くはない。ほかほか温かい。
それにイタリアのビール。ちょこっとワインを。
また、くるよ~。
知らない街に降り立って最初にするのはホテルの確保。雨露から身を守り安全な環境を手に入れる。それから身軽な服装で街にでる。
デイパックにミネラル・ウォーターやバナナ、それにセーターなどの厚着を携行し、両手は自由にしておくと楽だ。
最初に都市を網羅する交通網を把握する。
ミラノでは地下鉄が発達してた。
3ユーロ。一区間が1ユーロだから直ぐに元は取れる。
歩く、歩く・・・。
疲れたら、地下鉄に乗る。
そして、ミラノ中央駅にでた。
駅は交通の要衝。
そこでは、貧富が、民族が、安全と危険がジャンクションする・・・。
仕事の合間に、あてもなく街を歩くのが好きだ。国内であろうと海外だろうと、安全に歩ける処であれば、通りと通りの間に思わぬ発見があったりする。
フィレンツェは石畳の街路が迷路のように広がっていた。
靴はウォーキング・シューズが望ましい。できればエア・クッションがあるとなお良い。革靴では路面に凹凸があるので、少々難があるだろう。キャスター付のスーツケースも転がすには段差がありすぎるので、ホテルに荷物を預けて、街歩きを楽しむといい。
フィレンツェは雨だった。
途中でガイドブックを落としてしまった僕は、あることに気が付いた。
フィレンツェのランドマークとしての存在と改めて知る。
かすんでいながら、優美だった。
展望する人影がみえる。
なぜか安心した。
信仰の象徴は、街に風景として偏在する。そういうConceptを担ってるのだろう。
ガイドブックを失くしたのは、神さまの悪戯かもしれない。
書を捨てよ、街に出よう。
頭で歩くのではなく、身体で歩く。
蓄積された情報を元に歩くのではなく、歩きながら情報を入手し推論し行動する。
この街は、そんな冒険も許容してくれる。
フィレンツェのドゥオモはー恋人たちのドゥオモ・・・永遠の愛を誓う場所
・・・「いつか 一緒に登ってくれる?」
ケリー・チャンのささやきが、耳をくすぐる。
「いつ?」(竹野内豊さん)
「う~ん、たとえば 十年後。・・・順正 約束してくれる?」
「いいよ 約束しよう・・・」
そして、空撮のフィレンツェに入るこの映画を、イタリアから帰った晩にまた見てしまった。
ケリー・チャン、そして竹野内豊さんにとっても、フィレンツェは特別な場所になったろう。
そして、僕もまた。
この都市に恋した。二十年も前からの恋・・・。
その恋心に仕事先であろうと、火はつく。
しかし、今回は一人で登る訳にはいかなかった。
ましてや、クライアントと、永遠の愛を誓う訳にもいかないさ・・・。
結局、永遠の愛を誓い合える相手は、一生に一人でいい。
その相手、そう あなたと共に登るまでは、僕はこのドゥオモに登る訳にはいかない。
そんな「冷静」と「情熱」のあいだ
それは確かにある。
人を愛する素晴らしさ、人間の美を再発見した街・・・それがフィレンツェ。
全世界のおいしいワインの97.5%は東京で手に入るらしい。ウィスキーは100%だそうである。
大丸のカラーコルトンのコピーにはそう書かれてた。
コピーライターは若い人なのだろうか。文体がちょっと変。
安心して街中を歩ける大都市、東京。
その影で、生命力は少々弱ってるみたいに感じる。
TOKYOで暮らせることは、実は奇跡。
これ程豊かで、世界でも有数の安全な大都市で生活してるのに、夢や希望の薄らいだ空気が地表を覆っているみたいだ。
しかし・・・。
夢や希望は、人から与えられるものだろうか?
お金で幸せが買えるなどと、もう誰も信じていないはず。
消費で幸せが買えるという幻想から、そろそろ自立して、エゴの充足だけではない他の誰かのことを考えてみる。
夢や希望を産み出していく。
みんな心ひそかに愛を求め、都市をさ迷う。エゴに根ざしていない愛を。
そんな思いで、TOKYOに再び出会う。
ボクは、TOKYOが大好きです。
帰国して自宅で久しぶりに日本の新聞に目を通す。
SUNTORYの成人の日の広告に目が止まった。
「そうじゃない。世の中には二十歳(はたち)を迎えられなかった若者が大勢いる。ほとんどの人は無事に生涯を送ることができない。それが私たちの生だ。」
この言葉を深く理解できる者は、大人でも大勢ではなかろう。
しかし、厳しいけれどその通りなんだ。それが身に沁みる。
そしてもっと大切なことが書かれる。
「もっと大切なことがある。それは、人間は己以外の、誰かの、何かのために懸命に、生き抜くことだ。」
今の日本人の大人たちがなすすべての醜さは、それができないからと伊集院氏は続ける。
醜い大人になるなかれ。醜い政治家よ、醜い人々よ、己の欲のために強欲に生きるがいい。君たちの人生だ。そして己が人生のツケを払うがよい。
しかし、若者たちよ、君たちの人生を穢してはいけません。
人間の生は哀しみであふれている、と伊集院氏は続ける。
だから、心身を鍛錬すべし。
強くあれ。人に優しくあるには、強くなくてはできないよ。
けどね。
もっと安い酒で、いい。
先に贅沢を覚えたら、堕落するから。いいね。
高い酒は、稼げるようになってから飲めばいい。
贅沢は敵さ。
勉強するならば。若いならば。
栄光のその時まで、快楽はとっておけ。
そう、お楽しみは、これからだ。
新成人、本当におめでとう。
このblogを成田エクスプレスの車内から書いてます。
いつでもそうですが、飛行機が成田空港に無事にランディングすると、ほっとしますね。
短い海外出張でしたが、これからこのblogに記していこうと思います。
イタリアー特にミラノとフィレンツェのお話を、どうぞお楽しみに。
搭乗するまでの時間は、不思議な時間に感じられる。
いろいろな国の人々が、いろいろな国へと向かうまでの束の間の時間。
自由で伸びやかでありながら、もう他には行けない時間、既に選んだ航路以外には。
昔から飛行機の離発着をみるのが好きだった。
窓外の飛行機の離陸の模様をみてた。
さて、搭乗するまでのしばしの時間、歩き回って少しでも身体を動かしておくことにしよう。
このブログは成田から。
すぐに戻ってまいります・・・。
社会人になりたての頃、初めての出張がとてもうれしかった。大人になった気がした。
それからたくさん国内出張をしてきた。海外出張もたくさんした。LAに“日帰り出張”したりした。
“出張”には実は法則がある。
出張の多い人に、出張は集まる。
自分なりの流儀で渡航手続きはする。
まず、荷物を預けず、機内に持ち込む。到着して直ぐに移動したい。荷物の誤配や盗難をさけたい。コンパクトに荷物をまとめる。そのためのコンパクトなスーツケース。
チケットやホテルは全て自分で手配する。会社のトラベルデスクではなく、例えばHIS等で手配した方が安く調達できる。
駅から近いホテル、移動しやすい処、安全な場所など、人任せにしない。
海外で無駄な時間を過ごさずに少しでも快適に過ごしたい。
そして現金。銀行の外貨両替で調達する。現金は強い。昔人に現金を用意して貰って、海外で底をついて困ったことがあった。その教訓を忘れない。
そして、成田までのNEXのチケット手配。それも自分でする。早めに空港に着いて、落ち着いて本を読みたい。
そんな準備を応用動作でてきぱきとすすめる時が、楽しい。
自分が自分の有能な秘書であるように。
たくさんの失敗もまた貴重な経験になる。
引越し大好きの会社に転職してから、何十回も引越しを経験してきたので、引越しのベテランになった。
海外出張中にフロア間の引越しがある。渡航前の慌しい最中、引越しの支度をしなくてはならない。
そこで早朝の誰もいないオフィスで、自分の荷物をまとめた。
わずか30分!
デスク内の小物、デスク上の書籍をひとつの段ボールにまとめる。キャビネットの荷物をいくつかの段ボールにまとめる。移動先の記号をラベルに貼る。おしまい。
午前7時半には終了。
これならば、毎日でも引越し、OKじゃ。
昔は引越しが大嫌いだった。物持ちが良かったから、たくさんの資料や書類を梱包するのが嫌だった。わがままで引越しを“拒否”ったことさえあった・・・。あのとき僕は幼かったなあ。
そこで、ある時決心した。捨てに捨てた。身軽になった。いつでも脱出できるように。
それが今回、活きたのだ。
故・黒川紀章氏が唱えた“ノマド”。遊牧民のように移動しながら居住する。そんな思想が眩しくもあり、憧れでもあった。
いつのまにか、ノマドのように、いつでもどこでも身軽に移動しながら仕事するようになってた。人間は適応しようとすればできるもんだ。
サバイバルは、ソリッドな精神よりも、しなやかな精神でいる方が容易になる。
海外出張から戻ったら、新しい階、新しいレイアウトのフロアで仕事ができる。
それが楽しみだ。
携帯用の魔法瓶がほしくて、選んだ末にサーモス(THERMOS)を買った。
1904年世界で初めてガラス製魔法瓶を製品化し、現在世界最大の魔法瓶ブランドとして120ヶ国以上で愛用されているという。このブランド・ストーリーには力がある。
QUALITY SINCE 1904・・・。
保温効力:73度以上(6時間)。
24時間後でも45度以上の保温力。
子供時代に遠足で持参した水筒を思い出させてくれる携帯性。
仕事をしてると、珈琲が飲みたくなる。せっかくの珈琲がすぐに冷めてしまう。そうこうするうちに、携帯用の魔法瓶のアイデアを思いついた。
本当に保温力がある。10時間後でも熱い珈琲が楽しめる。
海辺で熱い珈琲を飲んだ。
このサーモスをいつも持ち歩いて、どこでも珈琲を飲めるという気分が楽しい。
それは“自由”に近い感覚だ。
大人でも子供時代に生きられる。
サーモスのhpから ⇒ ●
月刊プレイボーイ最新号が、言葉にまつわる特集を組んだ。
言葉は、人に勇気や生きる希望を与えてくれるもの。それを思い知る。
名著『夜と霧』を著したヴィクトール・E・フランクル。ナチス強制収容所を経験したユダヤ人医師フランクルは、戦後、収容所から解放され、精神科医としてロゴテラピーを創始した。人間の可能性を悲惨の最中でも見失わなかった彼は、こんな言葉を残している。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、
ガス室に入っても毅然として
祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。
そんな言葉と47歳で急逝した詩人・寺山修司氏の言葉がどこかで呼応する。
詩人にとって、言葉は凶器に
なることも出来る。
私はジャックナイフのように
ひらめかせて、
人の胸の中をぐさりと
一突きするくらいは朝めし前で
なければならないな、と思った。
だが同時に言葉は
薬でなければならない。
さまざまな心の傷手を癒すための薬に。
いつの間にか、得をするためのハウツー本が増えてる。どうすれば人を出し抜けるか?年収を10倍にするには?そんな本ばかり書店の平台を埋めてる。
本当のPLAYBOYが少なくなった気がする。
PLAYBOYとは人生を楽しめる洒脱な大人のことを云うのだろう。
昨日の箱根駅伝をTVでみてて、やはり応援にいかなくては!と急いで沿道に向かった。我が母校がトップを走ってて、応援せずにいられようか?
上空にヘリコプター。沿道の声援。
そして選手たちは、誰もがカッコよかった!
しなやかな生き物のようだった。
3校棄権という波乱の戦い。選手にはもの凄いプレッシャーの中での駅伝だったろう。
駅伝は日本独自のシステムである。タスキをつなぐという行為は、リレーのバトンを渡す行為以上に精神性が高いと思う。倒れそうになる大東大の選手はふらふらになりながら何度もタスキを握り締めた。そうやってまた走る気力を呼び覚ましてた。そういう姿を正月早々にみた。
限界まで走る姿をみるからこそ、感動する。カッコいいとはそういうことだ。
勝てばいいのではない。勝ち方が問われる。負けることが人生に敗れるものでもない。
いかに勝つか?あるいは、いかに敗れるか?
そういうことを考えた。
そして今日は仕事始め。
いつもの通り、始発に乗った。そしてオフィスを最初に開けた。
片付けるべきe-mailを片付け、簡単な企画書をまとめ上げ、挨拶回りに出た。
「僕は、誰にタスキをつなごうとしているのか?」そんなことを自問した。
息子たち
最近のコメント