幸福であるということ
投資をあまりしていないボクですら、世界経済と日本経済の行方を見守っている。
リーマン・ブラザーズが破綻した時に、「強欲(グリード)」というキーワードが語られた。
しかしこの言葉は、リーマンに限ったことではなく、金融工学と名づけられた錬金術のConceptであったのだろう。
最初は違ったかもしれない。しかしいつしか肥大した。
何か?
欲が。
最近みたポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は、アメリカの今を黙示録的に描いているということに、最近気づいた。
作家は時として現実に先行し、想像力で現実感を作品に塗りこめ呈示する。
そこに、幸福はなかった・・・映画からそんな声がきこえた。
幸福とは、どういうことであろうか?
<家族>を例にとって考えた。
皆が健康で、生活している。
その皆が、それぞれの夢を描いてる。
そして皆が互いの違いを認め合い、尊重し、時には助言し、支援する。
あたたかい世界。
安心の世界。
秋晴れの下で、お弁当を食べたりする。
そんなささやかなことが幸せだと思う。
昔、チャップリンが「ライムライト」で云ったように、人生にはサムマネーが必要。
そのサムマネーは、真面目に働いて稼げるものであってほしいし、将来の不安を覚えない家庭を大人は目指したい。
そして足(た)るを知る。
今度は<家族>を<社会>に置き換えてみる。
悪い処もある。
けれど、良い処もある。
今は主に、良い処の方を見詰めたい気持ちだ。
そんなことを思う今日、秋晴れの空が広がっている。
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