仙台 滞在時間5時間
東北新幹線はやて5号で仙台に着いたのが10時38分。
そして再び仙台駅に戻りMaxやまびこ120号で帰路に着いたのが15時44分。
仙台・宮城に滞在した時間、5時間。
その内、移動時間や休憩で2時間。
後はクライアントの社長執務室に、きっかり3時間。
11時半から14時半まで、執務室でランチを取りながら、プレゼンをし続けた。
最後に咽がちょっと嗄れた。
明方、渋谷のオフィスで、あと1枚パワーポイントを追加して仕上げ用意した提案書を持って新幹線に滑り込んだ。
それを元に説明を続けた。
クライアントの社長、常務、担当者方を前に、若い営業に手綱(たずな)をひかれつつ、こちらは芸を披露する。
三時間の披露(ひろう)は、疲労(ひろう)する。
しかし全てが終わって、心地よい疲れだった。
戻った仙台駅で、若い営業から「せっかく来た仙台ですから、ちょっと見物しませんか?」と誘われた。
けれど、ほとんど寝てないし、3時間も猿回しの猿の芸をやったのだから、速攻帰るよ、とひとり新幹線に滑り込んだ。
もうそんな余裕はない。
東京に戻る東北新幹線の車窓から、降り続ける雪景色を眺めていた。
満足だった。
再び、仙台に来れるかどうか。それはわからない。
しかし満足だった。
クライアントの困っている事を解消する提案をできて、満足だった。
そしてクライアントの顔に希望の光が宿るのをみた。
自分を信頼してくれている。
うれしかった。
そんな事を思いながら、悟った。
全てを決めるのは、「自分」だと思ってやってきた。
しかし、それは間違いだったのだ。
全てを最終的に決めるのは、「クライアント」だ。
ボクにその仕事を任せたのも、予算を切り出してくれたのも、それはクライアントが決めたのだ。
もしも期待に副えない内容であれば、つき返されるだろうし、首もすげ替えられるだろう。
だから全てを最終的に決めるのは、「クライアント」なのだ。
一回一回、勝負してきた。
そしてその勝負に勝ってきた。
だから自分が全てを決めてると思ってきたが、それは錯覚だ。
自分は選ばれてそこにいる。
クライアントにとって選ぶ理由があったのだ。
だからもしも他の者がこの仕事を引き継ぐ場合には、クライアントは再び選択し直すだろう。
任せるか、任せないか?-それはクライアントが決める。
「お客が決める」ーこの単純な摂理に思い当たったボクは、少なくともお客に今は選ばれている。それは今にすぎないけれども。
しかし、それでいい。
勝負とはそういうもの。
気に入るか、気に入らないか、一瞬にして決まる勝負。
「お客が決める」ーその自明の理に思い当たって、自分の中で解脱(げだつ)できるものがあった。
答えは、車窓の雪景色がくれた。
たくさんの努力、不安な夜、膨大な時間をかけて思考し抽出した概念が、走馬灯のように思い出され、流れる車窓の雪景色に重なった。
もう悔いはなかった。
人はそんな風に考えられるものなのだ、と知った。
これ以上つぎ込めるものがない程やった。
だから、後は全てクライアントが決める。















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