2009年7月31日 (金)
白樺湖 すずらんの湯
白樺湖のほとりにある立ち寄り湯で小休止した。
「すずらんの湯」。
内湯と露天風呂から、白樺湖が望める。
サウナもある。
その水風呂が飛切り冷たくて、身が引き締まった。
お休み処は畳敷きの大広間で、昼寝に適している。
ロングドライブで疲れた身体を癒すのにいい。
都会のスーパー銭湯とは違い、のんびりとした時間が流れてた。
2009年7月29日 (水)
プレゼンの前日6時台に帰路につく事
プレゼンの前夜はいつもなら遅くまで仕上げに時間をかけていた。偶然同日に二本のプレゼンがあるから、徹夜になることも想定していた。それが夕方五時に企画書は仕上がって、印刷しても六時にお釣りがきた。あの二三日前のプレッシャーは忘れがたい。たくさんの制約の中で、今までの経験の効率化が図られたのだろう。デスクで小さなお祝いをしたくなった。世界のキッチンから、のディアボロジンジャーを初めて飲んだ。よくやった。自分で自分をねぎらおう。明日はクライアントのために企画を語ろう。自分のためではなく、クライアントのために。心を透明にして。
2009年7月28日 (火)
プレッシャー それをかけている人は?
木曜日に二本のプレゼンがある。
そのためプレッシャーがかかっている。
そう感じてる。
プレッシャーをかけている人は誰か?
それは自分だ。
企画を書くのは自分。
その日に決めざるを得なかったのも自分。
土日に仕事をするのは止めよう、と決めたのも自分。
徹夜をするのは止めよう、と決めたのも自分。
そうやって圧力釜のように制約を設けた自分。
限られた時間で、最良のプランを仕上げればいい・・・そう考えて少し楽になる。
できるだろうか?と思うより、「できる」「最良の形でね」ーそう自分に語りかける。
今までは満足のいくプランを練るために時間を投入してきた。
おそらくプライベートの時間まで惜しみなく。
けれど、今のボクはそれとは違う形で、仕事に取組もうとしている。
完璧という満足感よりも、最良で。
ストライク・ゾーンに球を放って、仕事を仕留めることが狙いであって、自分の企画書を満足いく形に仕上げる事は、別の情熱だ。
そう分けて考えてる。
おそらく、それは自分の生き方を新しいステージにもっていく上で、大切な考えだろう。
2009年7月27日 (月)
世界のキッチンから
車内で、セカキチの広告に目がとまったのは、とろとろ桃のフルーニュが好きだから。夏は、冷やしてフルーニュ。それがcopyだ。白桃とマンゴーを煮こみました、とある。昔飲んだネクターを思い出す。濃厚な甘味が疲れた頭を癒してくれる。デザインもいい。セカキチは本物志向をうまく捉えていると思う。明日は大好評で再登場のディアボロジンジャーが出るらしい。ハッとするほどジンジャーです。それがキャッチ。じっくり煮つめたジンジャーのソーダという。帰宅途上で喉の渇いた今、本物に誘われた感じだ。帰り道にコンビニで探してみようか。あるかな?
2009年7月25日 (土)
2009年7月24日 (金)
戻ってきた梅雨
今日は時折激しいしぶきをあげて、雨が降った。ここは水の惑星なのだ。あるいは熱帯雨林なのか?青空が恋しい。けれど、昔読んだ片岡義男の短編小説「雨の伝説」を思い出した。南太平洋の島で日蝕を巡る話だった。人々の願いは叶うという話が、天体の運行に合わせて展開する。実は世界は奇跡に満ちていて、人の世は毎日が日蝕の連続かもしれない。願いを叶えるためには祈りと行動が必要て、ある日ある時その出会いが起きる。永い雨の果てには真夏の青空が広がるはず。週末にやっとたどり着きました。そう、思い出した。「いい旅をと誰もが言った」というタイトルの小説集だったっけ。だから、いい週末を。
2009年7月23日 (木)
net環境 メール環境
早朝から仕事を片付けなくてはならなかった。そんな時、pc端末のキーボードの設定が変わっていたり、net環境やメール環境がクリティカルになっていて、しばらくヒヤリとした感覚を覚えた。オフィスにはまだ誰もいなかったので、巨大なエレベーターが音もなく止まったような感じがした。そこで携帯しているノートPCで代用して急場をしのいだ。DeskTopの端末を再起動したりする内にnet環境も正常化していき、ほっとするまで1時間位かかったろうか。あらためて今の仕事はnetなしでは進められない事を再認識した。それからしばらくして携帯のノートPCのバッテリーが切れそうな事を知る。僅か半日の間に継続して起こると、そこから何か教訓を導きたくなるものだ。ボクは思った。人間の肉体が壊れやすいように、netもまたフラジャイルなのだということを。クリティカルなnetを腹立たしいものとしてではなく柔らかな身体のように感じた。様々な手段で戦おうとした自分はおそらくnetが好きなのかもしれない。
2009年7月22日 (水)
皆既日食に祈る
厚い雨雲の覆った東京で、空を見上げる人は少なくなかった。
欠け始めの時刻(11時12分)には、占いに関する取材を行ってた。
ーこの時間に祈ると願いが叶いますよ。
そう占いの専門家に促され、我々スタッフは祈ることになった。
(まさか、そのような展開になるとは・・・。)
けれど祈った。
祈る時に、自分にとってなにが大切なのか、よく判る。
やはり家族の健康。
健やかな生活をしっかり祈った。
皆既日食は占いでは、吉事ではないようだ。
確かに古代、太陽が隠れるこの現象はハッピー・アワーでなかったことも想像できる。
奇跡という言葉がリアリティを帯びる。
その頂点で祈りを捧げる行為は、何か神聖だった。
東京では空が暗くなるような感じはしなかった。
けれど、ボクの心の中に、祈りの特別な一瞬が刻まれたという感触が残った。
2009年7月21日 (火)
三連休明け
久しぶりに三連休を堪能した。最近思う。お休みの日に家族と過ごすと里心がつく、と。仕事では能力や技能や権力で制御できるが、家族は違う。家族はそれぞれの現実を生き、自分との関わりの中で何かを語り何かを感じ何かを得て日常に戻る。例えばパパに焼肉をご馳走になるなどして。そういう事に比べれば、仕事とそれに付随する営みは、やはりプライオリティは高いとは言えないさ。そう感じられる三連休明けはいい休暇を過ごしたと言えるだろう。1日の終わりにはすっかり仕事の世界に戻った自分がいる。今朝にはアイドリングで行こう、と自ら励ます自分がいたけれど。そうやって今週が始まる。
2009年7月20日 (月)
海の日に 浜降祭
三連休の最終日の今日、茅ヶ崎で「浜降祭」が行われた。
海の日の明方、青空が広がる。
それがまた楽しい。
神輿が海からこの門をくぐる。
夏に向かい合う。
2009年の夏が始まる。
「暁の祭典」と主催者。
「暁(あかつき)」も「祭典(さいてん)」も、その響きに昭和の残影がある。
でも浜降祭は、暁の祭典だ。
2009年7月19日 (日)
クリスピー・クリーム・ドーナツ
いつも行列のクリスピー・クリーム・ドーナツ。
行列に並ぶのが苦手なボクは、いつも見送ってた。
早起きに三文の得。
朝早く、お店に行列ができてないことを発見!
やはり箱買いで。
「一番少ない箱は何個ですか?」
ー六個です。
ーそれでは人気のドーナツを選んでください。
うれしかったのは、レジで出来立ての「オリジナル・グレーズド」を差し出されたこと。
温かいドーナツのその甘さは、土曜の朝の幸せだ。
自宅で初めて家族と賞味した。
ミスドも好きだが、クリスピーもいい。
映画帰りには、すでに行列ができてた。
行列のできないお店が好きなボクはクリスピーの箱を持って行列の横を通り過ぎた。
2009年7月18日 (土)
劔岳 点の記
引き締まった、贅肉のない映画だ。作為的でない、目の前のその現場で演じられ撮影されているので、映画の前で粛然として観る。劔岳に登頂する事が目的というより地図の空白を埋める営み。この映画を造る事自体が、木村監督の生きる存在証明でもあるから、映画は二重構造となっている。日本という国にある風土と自然の美、いい男たち、そして女。地図を造る試みの中で何故地図を造るのか?と問いかける主人公の思いに共感した。誰もが自分の劔岳をあおぐ。ボクもまた自分の劔岳に登って、自分の仕事をしよう。そう思う。観て良かった。観るべき映画を観ることが出来た。
これから劔岳に
劔岳といっても映画の方です。前売り券を購入していながら鑑賞できなかった。この映画に賭けた木村監督に向き合う力が貯まるまで1ヶ月かかってしまった。仕事上の大きな環境変化に適応するには力がいる。何とか乗り切れたと思える週末に、この映画に向き合いたいという余裕が生まれた。川崎チネチッタ11時から。携帯から上げるプログ記事は日記に近い。本音を飾らず書きやすいのはメールに近いからかもしれない。ひとつひとつ新しい体験をする。それが楽しい。
2009年7月17日 (金)
飯倉から麻布十番へ
昨日よりは涼しいといっても、昼過ぎに歩くとやはり暑い。飯倉のノアビルで打合せの後、麻布十番に移動。中途半端な近さなので歩いた。ロシア大使館の前で警備の警察官から、こんにちは と挨拶され恐縮。六本木の手前左折して坂を下った。下りで良かった。一ノ橋そして麻布十番に到着。ふう。なぜか真夏に歩け歩け。よく刑事ものにあるように。仕事してる感あり。
東京 最高気温
歩いていてブレザーもネクタイも限界だと思った。木陰を選んでクライアントを訪ねると、14時のアポイントメントが午後四時では?とお客様。メールでは14時とあったけど、ニコニコしながら、それでは四時にと出直した。他のクライアントはドタキャンでプレゼンが飛んだ。明け方から用意してたけれど、何故かうれしい。山場だと思った事が更地になったり不思議な日。暑さは極まれば夏休みになる。そしてこの記事は、初めて携帯からのエントリーとなりました。なかなか快適なオフィスで、休憩時間に更新。
2009年7月16日 (木)
簿記3級合格
昨日携帯に長男からメールが入った。
>報告!
>簿記3級合格しました!
早速返信。
>おめでとう!
>決めてくれたね!
大学二年生の長男は、一生で一番数字に向き合う勉強をしたらしい。
親は勝利の喜びを共にしたいもの。
帰宅してから、ビールで乾杯した。
とてもうれしい様子だっだ。
ー良くやったね。頑張ってたものね。
長男は大学に入り、自分の進むべき方向へ少しずつ歩み始めた。
昨晩は、ちょっと頼もしかった。
自分に自信を持ってほしい。
本当に良かった。良かった。
2009年7月15日 (水)
2009年7月14日 (火)
ブロガー meets 100円
ココログのブロガー・イベントに招待されて、11日(土曜)、お台場ZeppTokyoに行った。
そのブロガー・イベントの趣旨は、こんなスライドで紹介された。
100円にどのような価値があるのか?あらためて考えた。
そして100円にどのようなパワーがあるか?にも気づきがあった。
その事を、ココログはブログで発信してほしいと考えていた。
100円があれば、海外ではー。
「4人が必要とする1日分の水を飲料水にすることができます」
「ストリートチルドレン20人が栄養補給のためのミルクを飲むことができます」
「5人の子供たちに給食を提供できます」
「2冊のノートを子供に提供できます」
「エイズ孤児5人分の昼食が賄えます」
「子どもが1年間小学校に通うことができます」
・・・・・・
世界で最も豊かな国ニッポンに、ボクは生きている。
100円玉はニッポンでは小銭になりかけている。
世界一周旅行をしたパネラーが語った。
「お金のこと、考えなくてはいけないと思った」。
会場で配られたアンケート用紙に、ボクは書いた。
◎100円で最も損したと思ったことは?
公衆電話で、100円玉しか持ってなくて、電話をかけたら、直ぐに用事が終わったこと。
◎100円で最も得をしたことは?
昔、青山のVAN99ホールで、つかこうへい作・演出の演劇「飛龍伝~そしてカラス」を観劇した。そして100円玉を差し出すと1円のお釣りを貰った・・・。
学生時代の懐かしい想い出が甦った。
魂(たましい)に残る100円がある。
生存に関わる100円がある。
そして、見向きもされない100円がある。
月曜から、100円玉の登場するシーンで、少し考えるようになった。
もしも自分が何気なく使う100円玉で、誰かを救えるならば、そういう行動にでるかもしれない。
そのためにも、自分がちゃんと100円と付き合えるようになる必要がある。
家族に美味しいものを食べさせる幸福。
友と共にする楽しい宴のひととき。
働いて得たお金をしっかりと使い、社会の循環の中に自分を位置づけること。
そういうことを、100円玉は考えさせてくれる。
それが収穫だった。
2009年7月13日 (月)
2009年7月12日 (日)
2009年7月11日 (土)
2009年7月10日 (金)
セゾン美術館
打合せで訪れたオフィスの壁に、「セゾン美術館」のポスターがあった。
許可を得てパチリ。
1975⇒1999
「ウィーン世紀末」展で、クリムトの絵のために、転勤先の名古屋から訪れたことを思い出す。
美術展にでかけて絵とふれあう。
それは視覚上の楽しみを越え、体験となった。
そういうことを、美術館を失ってみて知る。
今はセゾン美術館は、訪れた人々の心の中に在る。
「セゾン美術館とその時代」という時代の切り取り方ができるはず。
いつのまにか文化が脇においやられ、消費の帝国になってしまわぬように。
消費の帝国に、本当の幸せはあるだろうか?
見たことの幸福が自分の中にあった。
それに気づかせてくれた一枚のポスター。
そのポスターの前で、ボクは十年来の仕事の総括をする打合せをしてた。
十年間、自分の中に収まっていた。
そんなことを知る一日。
2009年7月 8日 (水)
サバンナとオフィス
今日は、全く新しいオフィスに自分の居場所を構える日。
出掛けに「ブレイン・ルール」のルール2「サバイバル」の章とルール8「ストレス」の章を通読した。
人類は変化に順応することで生き延びてきた。
気象変化で食物供給が絶たれ、樹上からサバンナへと降りることを余儀なくされた。
そんな趣旨の文章を読み、自分のサバンナを想像する。
今まで、オフィスで様々な危険に遭遇してき。
だから想像力は豊富にある。
その想像力は、サバンナにいる自分に危害を与える可能性のある物事について想像を巡らせるという形で働く。
そんな想像力を癒すために、今朝は5km走ることにした。
いつもと違って、今日のジョギングは、逃走することに近いと思った。
汗をかき、すっかりリフレッシュして、新しいオフィスに到着した。
幸いなことに、そのサバンナ(オフィス)には、獲物を狙う猛獣もいず、いつもと変らぬ自然体で仕事をするようになるまで時間を要しなかった。
そうやって人は適応していく。
時として、自分の想像力が敵となることもある。
感情もまたミスリードすることがある。
そういう人間の習性を前提に、どのように適応すればいのいか?
この「ブレイン・ルール」は、朝ヒントを与えてくれた。
サバンナが、教室や職場と同じであることを、ボクに知らせてくれた。(P62)
2009年7月 7日 (火)
七月七日 朝の湘南
朝起きると光が射してた。
新聞の天気予報では雨。
けれど、海にチャリを飛ばした。
暖かい潮の香りを胸一杯吸い込む。
海岸線を走る。
降る雨と曇り空の遥か上で、夏の準備が行われている。
2009年7月 6日 (月)
DNAに刻まれしもの ちょっと疲れた時は
好著「ブレイン・ルール」を読んで、人のDNAには太古の狩猟時代のプログラムが刻まれており、現代人のストレス反応には必ずしも適応していないことを学んだ。
例えば、食うか食われるか?
そんな局面での反応。
ほんの数十秒で、古代人は自分が捕食されてしまうかも?という恐怖と戦ったと云う。
つまり数十秒間、ストレス反応してた訳だ。
しかし現代人は、その反応のまま、数日、数ヶ月、数年戦おうとしたり耐えようとしたりして、心身を壊してしまう。
だから、そういう原理原則を知ったならば、取るべき道はひとつ。
「逃げよ」。
肉体疲労も、溜めすぎると取れにくくなる。
メンタルなエネルギーも、放電し続けると、チャージしても充電できなくなる。
静かにひとり隠れ家にでも潜んで、充電する。
そんなことが、近道であったりするだろう。
そんなことを直感的に感じたボクは、今日の午後3時、早退することにした。
多分、具合が悪くなる数時間前じゃないか?と思った。
湿度が高く、全身がしっとりするこの雨の季節も、捨てたものじゃない。
体調が悪くなることが稀ではないこの季節、みんなで「逃げ」ましょう。
逃げて、元気になってまた活躍しましょう。
動物は、自ら弱った姿を晒さない。
捕食されるから。
ひっそりと、隠れ家で傷を舐め癒す。
象の孤独を愛そう。
そんなことが自律的にできるようになれば、己を知ったということになるだろうか。
ボクは、己を知ったろうか?
may be.
おそらく。たぶん。
Yes, We can.
2009年7月 5日 (日)
石原裕次郎さんの思い出に
石原裕次郎さんをTVドラマでみた世代でも、彼が戦後最大のスターであると知っていた。
フランスのヌーベルバーグに大きな影響を与えた映画「狂った果実」は、石原裕次郎ぬきに語れない危険な魅力に満ちている作品だ。
二十三回忌にちなんだTVの特番をみていて、石原裕次郎さんがいまだ多くの人々に愛され続けていることを知った。
人間としての魅力、器の大きさ、そして特に男性に愛される処などは、他に類をみない。
最後まで映画に夢を描いてたと知った。
時代にも青春がある。
戦後の日本の青春を象徴するスターだ。
スター。スクリーンではなく銀幕に映し出された時代。
遅れてきた世代の我々は、彼の残した映画をみることによって、裕次郎の時代を追体験できるかもしれない。
銀幕からスクリーンへ。
そしてTV、デジタル・メディアへと時代は移っても、人の心をつかむのは人間としての魅力。
それを人々は、今の時代に待望している。
2009年7月 4日 (土)
そして再び仙台へ 出張@小さな旅
人生で初めての出張は、忘れがたい。
本当の「社会人」になった気がした。
初めての海外出張も、忘れがたい。
そしてそれから何十回、いやそれ以上回を重ねても、出張にはどこか自由の気配がある。
<出張@小さな旅>のつもりで、日帰り出張にでた。
再び仙台のクライアントと新しい仕事をする。
明方までその資料を作成し、クルマを駐車場に置いて、東京駅に向う。
新幹線で東京仙台間わずか1時間40分。
車内で書類に目を通し、本を読んでたら到着。
クライアント先で合計4時間半の缶詰。ふう~。
知的格闘技。
「どうぞ自由」を味わってください。
18時半に東京駅到着、渋谷のオフィスへ。
残務整理をして、外に出る。
クルマを走らせ、家路についた。
出張@小さな旅。
なんの観光もなかったけれど、充実した旅。
ボクは内面の旅をしてたかもしれない。
仙台は濃緑の杜の都になっていた。
2009年7月 2日 (木)
ある仕事の終わりーThank you letter
とても期間の長い仕事が、6月末で終わった。
振返えれば2007年の秋から取組んできた。
足掛け二年・・・。
それが6月30日で契約満了となった。
net上の仕事だから、net上にその仕事の成果はそのままあり続けている。
それでも、ボクの仕事は終わった。
今日は、どうしてもクライアントに、サンキュー・レターを出したいと思った。
6月30日までのアクセス解析で知りえた情報を基に、サンキュー・レターを書いた。
現Prj.メンバー、旧Prj.メンバー、そして経営トップに対して、正直な気持ちでe-mailを書いた。
このWeb siteがどれ位アクセスされ、どれ位のセッション数で、総ページ・ビューは幾つであって、平均滞在時間は・・・。そして延べ滞在時間はこれくらいです・・・と。
けれど書きたかった事は、その成果のことではない。
チャンスを頂き、その仕事を担当させてくださったことへの感謝。
そして、叶うなら、新しいミッションで再びご一緒したいことを、お伝えしたい。
仕事を通じてたくさんの事を学んだ。
いや、学ぶ場を与えてくださった。
ずっとこのクライアントの事を考え続けてきた。
だから、仕事は遊びよりも喜びが深い。
世界一好きな仕事を、ありがとうございました。
2009年7月 1日 (水)
7月1日に走る
7月1日に新しいGymで初めて走った。
昨日は別のGymでラスト・ランをした。
オフィスのそばのGymでなくては、毎日続けて走れない。
オフィスが変る度、Gymの方を先に変える。
そうやって新しい環境に早く馴染もうとしてきた。
今日はいつものペースで、5kmを走った。
目の前に、新しい風景が広がる。
汗を流し、ラウンジで休む。
梅雨空でも、すがすがしい気持ちでひと時過ごす。
どこにいっても、地球の裏に行っても、きっとボクは毎日走るのだろう。
それがこの二年で身についた習慣。
気がつけば、その習慣は自分を励ましてくれていた。
どんなに辛いことがあっても、今日一日だけを考え、さわやかに走りぬく。
ある時は、それが障害物競走になったとしても。
いずれ一日は終わる。
陽は沈み、そして陽は昇る。
そして再び走る。
7月が始まった。




































































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