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2009年8月 8日 (土)

「たとえば、愛」 大原麗子さん

今週、大原麗子さん逝去の報に接した。

思い出すのは「たとえば、愛」。

1979年TBSの連続ドラマ「たとえば、愛」は、毎週毎週こころまちにして観た。

大原麗子さんはラジオ局のパーソナリティ、冬子(ふゆこ)。

担当する深夜放送の番組名は「ミッドナイト・クール」だった。

大人の女性の魅力と愛らしさが同居する魅力的な大原さん。当時女性にとっても憧れの存在でした。

ボクは広告代理店に就職が決まり、このドラマの舞台となった放送局と代理店、そして制作者たちの人間模様を、これから入っていく業界を思って観ていた。

深夜のリスナーに語りかける大原麗子さんの姿とその声は、まだ学生だった自分に憧れでした。

確かドラマの中で生中継でDJを演じた大原さんは少し緊張気味でした。

オープニング曲の豊島たづみさん「とまどいトワイライト」も忘れがたい。

しかしひとつの時代の空気をくっきり切り取ってくれたドラマの中心、それは大原麗子さんの存在でした。

広告業界に入って様々な困難があったけれど、「たとえば、愛」はボクの心の中に出発点としてありました。

三十年の歳月が流れた今でも、それは変っていません。

「たとえば、愛」は、きっと「愛こそすべて」という意味なのでしょうね。

・・・・・・

どうか安らかに。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

大原麗子さんのドラマの中で このドラマが とても懐かしいです。 できればもう一度 見てみたい。
"今日の 赤坂は 雨...” とか "今日の 赤坂は
満天の星...”とか DJ(役)としての 彼女の声
なぜか よく覚えています。 30年も前なのに...ご冥福を お祈りすると共に 夢を与える女優さんであったこと ここに記します。

投稿: | 2009年8月 8日 (土) 14時47分

とまどいトワイライト、歌えます。(*゚▽゚)ノ
倉本聰先生のホンで、藤竜也アニィ+大原麗子さんでしたよね。
いいドラマだったなあ……

投稿: arriba | 2009年8月 8日 (土) 23時32分

コメントいただき、ありがとうございます。

「たとえば、愛」というドラマが心の中にあることは、自分ひとりだけではないと知って、うれしく思いました。

YouTubeでオープニング映像を探し出せましたので、ご覧になってみてください。

あの時代、TBSのある赤坂は、やはり特別な場所であったのでしょうね。

投稿: チャーリー | 2009年8月 9日 (日) 08時22分

>arribaさん

「たとえば、愛」の時代背景は、TV全盛期で広告代理店がカッコいいとされ就職人気の高まった頃であったと思います。

その中でドラマでは「ミッドナイトクール」という深夜ラジオ番組が舞台となって、大原麗子さん(冬子)はリスナーとの結びつきで番組を構成していた感があります。

オイルショックが収まって、バブルまで上り坂を駆け上がる前の、クロスロードにこの番組はあったかもしれません。

あの「とまどいトワイライト」、チャーリーも歌えます。

投稿: チャーリー | 2009年8月 9日 (日) 08時33分

偶然ですが、私もこのドラマに強く影響されていると思います。
まだ、高校生だった私は、都会と大人の世界、ギョーカイに憧れながらワクワクして見ていたものです。

大原麗子さん、何とチャーミングだったでしょう。いや最後までチャーミングを絵にかいたようなひとでした。

そして、色々と就職し転職し、たどり着いた今、私も広告代理店勤務です。
奇遇ですね

投稿: 是政 | 2009年10月 7日 (水) 00時22分

>是政さん

コメント、ありがとうございます。

「たとえば、愛」というドラマがこれ程愛されていたと知って、本当にうれしいです。

インターネットがなかったら、そういうことがわからなかったかもしれません。

私も広告会社から社会人人生を始めたので、このドラマが他のどのドラマより自分にとって意味のあるドラマになったと思います。

是政さんもまた広告代理店ですね。

いい仕事、というものに惹かれて今でも仕事をしています。違う畑に移っても。

この「たとえば、愛」は、本当にいい仕事で、大原麗子さんは今でもそこで輝いている気がします。

投稿: チャーリー | 2009年10月 7日 (水) 09時09分

ずっと昔大好きだったドラマです。あの時の津川さんと原田さんの関係も素敵でした。それと・・・下條正巳さんも出ていましたよね。生まれてくる子に いつかという名前つけてくれた・・・このドラマの事もっと教えていただけませんか?恋のつなわたり(中村晃子)という歌が入っていませんでしたか?

投稿: あらら | 2010年2月 3日 (水) 23時07分

あららさん

コメント、ありがとうございます。

脚本家・倉本氏の「たとえば、愛」の脚本集を持っていると思うので、週末に書庫を探してみます。

「いつか」という命名は、心に残るエピソードでしたね。

荒木一郎さんがラジオのプロデューサーでしたか、飲み屋で自分の番組を聴いてて、ビリー・ジョエルの曲が流れる処を、北島さんの「与作」が流れて慌てるあたり、何故か鮮明に覚えています。

業界・・・そんな雰囲気を、感じました。

ビリー・ジョエルの「オネスティ」も番組で流れていました。

なんだか懐かしいですね。

投稿: チャーリー | 2010年2月 5日 (金) 13時45分

お返事ありがとうございます。実は携帯のEZwebが少し使える様になったばかりで、いたずらに色々調べてましたらここに繋がり・・・コメント投稿も初めて。そんな訳で良くわからないまま、びっくりとドキドキで・・・ただただ嬉しいです。こんなに昔のドラマなのに覚えいる方々がいるなんて。大原麗子さんにきっと届いていますね。

投稿: あらら | 2010年2月 5日 (金) 21時31分

あららさん

初めてのコメント投稿との事・・・それは、とても光栄なことです。

大原麗子さんのことを週末のこの時間に想うきっかけを、いただきました。

ありがとうございます。

記憶の中で生きるということは、たとえば、こういうことなのですね。

「たとえば、愛」の本当の意味は、やっぱり「愛こそすべて」なのだと思います。

投稿: チャーリー | 2010年2月 6日 (土) 10時04分

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