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2010年3月 2日 (火)

逆境と順境と 良い習慣が

何が逆境で、何が順境か?-本当の処はわからない。

最近そう思う。

順境だと思っていた季節が逆境を招いたり、あるいは逆境と思えた日々が後に大いなる収穫につながったりしてきたので。

人間は変化を恐れる動物だと思う。

今適応してる状況が続くことを、たとえ不満があったとしても望んでいる場合がある。

いつのまにか「ゆでがえる」になったりもする。

安住する。

この言葉には、どこか楽をしていたいという響きが潜んでいるようだ。

しかし動物としての本能(変化を回避したい心性)を優先していくと、「適応」は後回しになる。

適応することこそ種を絶滅から救う道であるのに。

おそらくそこで智慧が必要とされる。

一方、脳には、変化を恐れとして認識するプログラムがある。

適応せずに済むならば、変化は誰もあまり望まない。

生命維持は保守的なのである。

だから、その環境に適応しなくてはならないーそう思えるときには、ちょっと逆境っぽく感じられる。

そんな日々をこの二三ヶ月過ごしてきた。

そんな中で自分を支えてくれた習慣は次の3つであったように思う。

毎日決まった時間にGym通い。

変化に見舞われた時、一日の中で「変わらない習慣」を持つことで、心身を平穏に保とうとしていた。無意識がその習慣を強化したように思う。

毎日走る。Gymは聖域に思えた。

毎週決まった日程で図書館へ。

毎週日曜の午前中は図書館で勉強した。学ぶことはたくさんあった。学び続けてることを密かな自信にしようとしていたのか。

自分の脳がヴァージョンUPしていくのは、変化に適応する最初の一歩となった。

毎日決まって早朝の電車に。

生活のリズムを努めて規則正しくしようとした。

状況の変化の規模によって心身にかかるプレッシャーとストレスは不規則的に自分にふりかかってくる。

そんな時、生活のリズムを自分自身がコントローしてるという自負が、いつしか自信となっていった。

変化の最中に恒常性を維持する。

自分を自分でコントロールしているという認識が自分の気持ちを強くしてくれていた。

そして今、適応と変化を少し乗越えたた地点に立っている。

結局、自分なりの良い習慣を維持して、その自分で決めた戒律を守ることによって、壊れやすい人間の弱さを克服しようとしていたのだ、と判った。

良い習慣こそ、強さを守り続けてくれると思う。

その強さは硬さではなく、柔らかさ。

柔軟な思考、その強靭さである。

そしてそれはそのまま順境を導く元になるのだろう。

だから逆境と思っていたときこそ、実は順境であったと後になって思えるのだ。

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