湘南の日の出を見にいく訳(わけ)
週末の習慣になった江の島の<日の出スポット>通い。
今朝も、ボクは日の出前にそのポジションに立った。
頭上に三日月。
空の変容。
そして日の出をみた。
どうしてボクは、この光景をみようとするのか?
自覚しないまま、この<日の出スポット>通いを続けてきた。
しかし今朝、その理由がわかった。
ボクは、この日の出をみて、冷静になろうとしていたのだ。
意識を外在化させて、世界は美しいーそう感じたいのだ。
思考の檻(おり)から出て、自由になる。
自然の中で相対的に小さな自分を意識する。
考えない自分でいたい。
陽は昇り、陽は沈むー自然の摂理。
天体の運行リズムに従いたい。
岸に波が寄せては返すように、日の出に臨む。
自分の幸不幸すら相対化して、この世界を絶対的に受入れたい。
緊張を弛緩させ、謙虚になりたい。
そんなことが、日の出の一瞬に、果されている。
太陽は葉山の山なみから昇った。
もう一ヶ月もすれば、湘南海岸から朝日が望まれるはずだ。
“冷静と情熱のあいだ”に陽は昇る。
冷静でありたくて、日の出をみようと試みる自分がいる。
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