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2010年11月24日 (水)

セカンドバージン 観る側の心理

怖いものみたさ、なのだろうか・・・第7回もまた観てしまいました。

鈴木京香(るい)さんは、いつも伏し目がちで歩いている。

恋の喜びよりも、悩みがふかそうだ。

一番すっきりしている長谷川博己(行)さんは、自身がリスクの頂点にいることを自覚せず、あっさり東京地検特捜部に連行されてしまった。

自分自身の危機管理ができていない。

深田恭子(万里江)さんも、あぶない感じがしてきた。

脚本家・大石静さんの作者の言葉には、<恋愛は人が生きる上での「糧」でもあり、「試練」でもあります>(引用)とありましたが、ほとんどカタストロフィーのような様相を呈してきていますぞ。

その渦が、鈴木京香(るい)さんと長谷川博己(行)さんの力学で形成されている。

それは恋愛というより、<欲>の世界に自ら翻弄されているかのよう。

長谷川(行)さんの野心が金融の世界にあるのも、その欲を浮き彫りにする装置のように思える。

大学時代、ギリシャ悲劇は、人間を戒めるために神が悲劇を司る・・・といった講義を受けた記憶が甦った。

このドラマを観るのは、やはり欲が織りなす悲劇をおそるおそるみて、確かめたいからかもしれません。

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