シーシュポスの神話
アルベール・カミュの「シーシュポスの神話」を初めて読んだのは、今から三十数年前、学生時代のことだった。
不条理の作家と呼ばれたカミュは、当時、サルトルと並んで注目されるフランスの作家だった。
実存主義が語られる時代ー。
今の若い世代には、カミュは忘れ去られた作家なのだろうか?
小説「異邦人」も知らないかもしれない。
それはそれで自然なことなのかも。
時代は、かわる。
けれどカミュを知ってる世代のひとりとして、最近カミュを読みたいなと思ったことを記しておきたかった。
そしてこの数ページの哲学的エッセーを再読して、若い時よりもより深く心打たれたことを記しておきたかった。
「神々がシーシュポスに課した刑罰は」で始まるこの哲学的エッセーが「いまや、シーシュポスは幸福なのだと想わねばならぬ」で終わるまでの数ページを、繰り返し読んで心に響くものは、たんなる情報やテーゼではない。
濃厚な深く育まれた何か。
それは海や太陽への愛で育まれ、運命や宿命を超克しようとする人間の、死や絶望を包含した在り方から来る何か。
二十代の頃より、さらに深く味わえる今が、うれしい。
そうなのだろう、
ボクもまた幸福なのだろう。
| 固定リンク
コメント