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2010年12月21日 (火)

流れ星 最終回

自分にとって大切なドラマだった。

「流れ星」は、そんなドラマになった。

竹野内豊さんの佇まい、そのあり方。

そして上戸彩さんの儚い在り方、不幸への諦観。

人はみな孤独なのだから。けれども。しかし。だからこそ・・・。

クラゲの浮遊する様には何故か癒されました。

それは淡い距離感を保ち続けて漂って、きっと竹野内さんと上戸さんの在り方を象徴していました。

簡単に、絆がきられてしまう時代ー。

絆と信じていたものが簡単に断ち切られてーでもそれが当たり前の時代の幸せとはなんだろう?

それはきっと、得か損か?で支配される世界なのだろう。

絆はエクスチェンジャブル(交換可能)ではないと信じるので、ボクは消費される絆のサイドには身を置かないだろう。

古い世界に生きていこう。

だから、このドラマの竹野内豊さんの在り方に、惹かれるのだろう。

セカンドバージンの鈴木京香さん演じる、るいさんは自らの欲望に生きる。

けれど、竹野内豊さんは、おそらく自分ではない愛する誰かのために生きている。

愛する者のために自分を抑えて生きる。それは難しいことだ。

つながる命」・・・それがマリアちゃんの作品の題名だった。

コブクロのテーマ曲“流星”には「何度引き裂かれても、遠ざかっても、つながったままのふたりを包む」とあった。

絆って、家族なのですね。

あるいは聖家族なのでしょうか。

欲望から遥か遠く離れて、絆は育まれるのだろうか。

絆が受難である現実世界があって初めて、ドラマは虚構の中で光を放つ。

クラゲのように儚くても。

心に残るドラマを、ありがとう。

●流れ星

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