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2011年3月13日 (日)

地震の時、横浜にいた自分は

地震の時のことを、直ぐに書くことはできなかった。自分の小さな体験と被災地での惨事が結びつかないのだ。けれど自分自身の体験を記録しておくことは、自分にとって大切なことだろう。

ボクはJR東海道線下りの普通列車の中にいた。横浜駅で扉が閉まる前、車両が少し大きく揺れた感じがした。金曜の午後で、乗客はほとんど座り、その車両が後ろから2番目の車両ということもあり、空間のある車内だった。横浜駅を発車して直ぐに、激しい揺れに襲われた。列車は急停止した。車内で女性が悲鳴をあげた。ボクは二人掛けの窓際の席にいて、身体を固定しようと座席につかまった。大きく左右に車両は揺すられた。弾力のある揺れの感覚は、線路のしなり(撓り)から来るのだろうか?跳躍するような感じがした。窓の外では、太いケーブルがたわむ様に揺れていた。向かいの相鉄線のホームの窓に、人影がみえるのを認めたのは、揺れが収まりかけている時だった。長い時間(おそらく一時間くらいか)、車内に閉じ込められていた。その間、再び大きな余震がやってきた。

・・・長い時間が経ち、乗客は駅係員の誘導で、線路に降りて横浜駅まで歩いて戻ることになった。ドアが開き、梯子がかけられ、手を借りて車両から降りた。初めて線路の上を歩いた。鉄の箱から地上に戻ったような感じだった。

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