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2011年8月18日 (木)

映画「ツリー・オブ・ライフ」 再見

映画「ツリー・オブ・ライフ」を再び観た。

これで二回目。

味わうように観た。

この映画の観方として、ひとつの方法を考えた。

映画の縦糸であるショーン・ペンの存在。

すべての視点は、壮年期のショーン・ペンのものであると仮定した。

幼年時代、少年時代、父親との葛藤、母への愛、弟への悔悟など、内的体験がつづく。

彼自身が(今までは避けてきたであろう)内面の葛藤を振り返ることで、これからの人生の展望を開こうとする。

宇宙の創生、地球の誕生、生物の進化のプロローグもまた、ショーン・ペンの内的瞑想と考えた。

一回目より、はるかに感情移入してみれた。

観客である自分は、登場人物の表情や言葉から、その内面に広がる喜び、苦悩、葛藤を読み取ろうとした。

ショーン・ペンの痛みが、その映像には投影されているようにも思えた。

自分が育ってきた過程、あるいは息子たちとの係わりを、ボクはスクリーンに投影した。

大きなスクリーンで、これほど内面的なドラマを小説を読むようにして味わえること自体、稀なことだと思う。

ハードカバーの本一冊の値段で、このような贅沢な体験が味わえるのならば、再びボクは劇場に足を向けることだろう。

●映画「ツリー・オブ・ライフ」:過去記事

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