人生に無駄なことはない
そう、いいたいものだ。そういいたいのは、人生に無駄と思えることや、思うにまかせぬことがてんこ盛りだからだ。もしも、そうでない人がいて、快適な時間を過ごしているならば、それは慶賀の至り、です。けれど大勢の人々は、おそらく、一見無駄と思われる事柄に関わって、けれど辛抱強く生きている。それが素晴らしいことだ、と云いたくて、記しました。
そう、いいたいものだ。そういいたいのは、人生に無駄と思えることや、思うにまかせぬことがてんこ盛りだからだ。もしも、そうでない人がいて、快適な時間を過ごしているならば、それは慶賀の至り、です。けれど大勢の人々は、おそらく、一見無駄と思われる事柄に関わって、けれど辛抱強く生きている。それが素晴らしいことだ、と云いたくて、記しました。
この映画を観てから、何年経つだろう? ニューヨークに行くアルバイトの女の子に勧めて、勧めたことを忘れて、後になって勧められた映画を観ました、と云われた。なんだか愛
犬が庭に好物を埋めて、埋めたことを忘れたような気恥ずかしさを、この映画は思い出させる。そして今日、この映画の台詞を記した本を手にして、いいなあ と思った。埋めたことをボクの潜在意識は忘れていないのだ。いい台詞です。 「一日の最後に おしゃべりをしたいのは、君なんだ」
素敵でしょう? 人が素晴らしいのは、あるいは映画が素晴らしいのは、アイシテイル という代わりに、こんな言葉を編み出せるところ。 あなたの一日の終わりの おしゃべりしたい その相手は? そんなことを想像してみます。
iPhoneを4Sに機種変更した。iPad を使っている身としては、ごめんなさい、箱庭で一生懸命書いている気がする。でもこれから仲良くやっていきたいね。よろしくね。
さて、ソーシャルメディアがこれほど盛んになると、やりにくいと思っています。
私のプライベートを、伝えることで失われることを、考えています。
1974年の早稲田大学の生協の書架で注目されていたのは、辻邦生の「パリの手記」だった。
今でも手元にあるその一冊には、「辻邦生文学の源泉を明かす情熱と探究の手記」と記されている。
五冊に分かれて河出書房新社から刊行された「パリの手記」。
そのタイトルが良い。
海そして変容。
城そして象徴。
街そして形象。
岬そして啓示。
空そして永遠。
・・・。
今もなお、美しいタイトルである。
その時代の早稲田の未来の小説家の卵たちは、この「パリの手記」を一度は手にとったのではないか。
インターネットのなかった時代、ノートに文字を記すことが生きる証であった時代だ。
今のボクらは、つぶやくことが生きる証である時代・・・。
今日の空には、「雲の変容」とでも呼べる光景が広がっていた。
ボクの心に、様々なことがよぎる。
呟くことのできないボクは、シャッターを切る。
カウンセリングの勉強仲間が集まって、早めの忘年会をした。
仕事が終わらずに、一時間程遅れたけれど、合流してよかった。
身体の疲労を考えたら、不参加の道を選ぶべきであったかもしれない。
けれど、ボクは今夜出席すると、決めていた。
自分の心身を慮らない。
少し疲れている時にこそ、自分の今がわかる。
コンビニで新しいセカキチに出会うと、うれしい。
『ふんわり薫る 柑橘ジャスミン』。
今回は、ベトナム・ハノイのお母さんの知恵です。
物語のコピーを読むのが、いつもながら楽しい。
いつも何度も読んでしまう。
ジャスミンの香りを低温抽出する。
その抽出のために、ジャスミンの花を二晩以上、緑茶と寝かすそうだ。
きれいでふくよかな香りに、柑橘果汁と蜂蜜が加わって、柑橘ジャスミンは仕上がる。
「ほんのり甘酸っぱいお茶」。
その風味を堪能するためには、もう一回賞味しなくては。
ペットボトルで飲むと、香りを後回しにしてしまうように思えた。
今度は、カップに注いで、楽しんでみます。
村上春樹氏の『Sydney!』(文春文庫)を昨秋のシドニー旅行のテキストにしていたボクは、時々、アンダーラインを引いた文章を思いだす。
上巻にあたる「コアラ純情篇」のP.172に記された文章ー。
「stop. revive. survive.(停まって、元気をつけて、生き残ろう)」(引用)
シドニーからブリスベンまでのおよそ千キロの道路際に立っている看板の描写だ。
ボクには、その標語が、人生の教訓のように思われるのだ。
stop.
休んでいるかい?
revive.
そう、回復しなくてはね。
survive.
生き延びるためにね。
時々、この言葉を思い出す。
思い出すべき時に思い出せるのは、その言葉を村上春樹さんが云うのならば・・・という信頼によるものだ。
そんなことばを必要とする時がある。
そして、思い出すべき言葉を人が持つ時、人は意外にしたたかなものだ。
だから、
stop. revive. survive.
11日(金)にOpenした「テラスモール湘南」に、最初の土日は大勢の人が訪れるに違いない、そう思ってた。
少し落ち着いてから、ゆっくり訪れよう。
理性は、そのように考えた。
夕方、次男坊と待ち合わせして、隣街でお寿司を食べた。
その時に、次男坊は云った。
ーちょっと偵察して帰ろうか?
うむ。
アグリー。
次男坊の方が、素直に自分の欲求を表現できるのだ。
寄りました。
人の波、波、波。
特に、シネコンに興味あり。
歩いて、シネコンへ行くことが夢だった。
その夢が実現する。
・・・
早く実現させよう。
休日出勤の日曜日の今日。
ボクはその夢を実現させるために、カウントダウンをしようと思った。
たくさん仕事をした。カッコいい仕事というよりも身体をつかう仕事だった。大勢の人たちが自分のパートで働いてくれたので、それに応えたくて、一生懸命になってしまった。二十代から五十代までの人たちが自分と関わって会社のために頑張ってくれている。そういう事が、うれしい。あたりまえのことではないから、ボクは少し無理をしてしまったのだろう。帰りに皆に心配をかけてしまったことで、自分の年齢を知った。けれど幸せな一日。カッコよくない、ガデン系の今日に、感謝!
カウンセラーの資格をとって間もなく転職をしたので、カウンセリングの勉強をする時間を確保することは難しくなっていた。
転職は「適応」という経験の集合的体験・・・。
転職をそのように定義したボクは、自分自身が新しい職場への適応に注力することこそ、最も大切なことだと考え、努力してきた。
そうやって過ごした一ケ月が過ぎた。
転職で、新たな企業文化に遭遇する。
そこで、カルチャー・ギャップや、カルチャー・ショックは生じやすい。
企業に新たなニーズがあって採用された訳だから、人にそのニーズに応えようという気負いも生じやすい。
そして人との出会い。
一ケ月で百人以上の人々との出会いがあることは、決して稀ではない。
人々が、どのようなイメージを自分に投影しているか、それを感じる一ケ月でもあるはずだ。
そして、人には過去の仕事経験がある。
その経験が、現実の体験に投影される。
そこで様々な想像力による内的葛藤が生まれたりもする。
・・・そのようなことを、カウンセラーは学ばなくてはならない。
そう考えていて、ボクは悟ったのだ。
カウンセラーであろうとする自分が経験している「転職」という適応のプロセスを、自分自身が生きていることこそ、最高にして最大の学びではないか、ということを。
毎日を味わって生きる。
どのように困難な時であろうと、あるいは内面が揺らぐような時であろうと、その時を生きている自分自身を面白がって味わう。
生きることが有限であるならば、味わうべきだろう。
その味わいは、きっとカウンセラーとしての学びに直結する経験になるはずだ。
ボクの学びの場は、今は図書館ではなくて、今ここにある職場なのだ。
そして会社は、やはり社会の縮図なのである。
会社で、お世話になっている方からリンゴをいただいた。
ご家族で収穫されたリンゴは、大きくしっかりとしていて、中に蜜が詰まっていた。
美味しかった。
ひとつのリンゴが木になって季節の中で成熟し、ある日収穫され、手から手へと手渡されるまでの過程は、それ自体が奇跡のように思われた。
ボクが今育てているリンゴの木は、なんであろうか?
その木を大切に慈しんで、育てているであろうか?
やがて収穫期を迎えた時に、ボクは誰にそのリンゴを渡すのだろう?
そのリンゴ、美味しいものであってほしい。
蜜は?
その蜜は、今ボクの心の中で育むべきものなのかもしれない・・・。
そのようなことを「りんご」ひとつから、ボクは考えた。
長男の望みを叶えて、「東京オイスターバー」を予約した。
家族の中で、長男だけがオイスターバー未体験。
実現したのは、彼のリクエストがあったから。
いつも控えめな彼なので、そのリクエストがボクにはうれしかった。
就活経験を経て成長したな。
静かに大人になるための準備をしているのかもしれない。
いつものようにサンプラーを注文。
白ワインを楽しみながら、牡蠣をひとつひとつ賞味した。
時計回りに、少しずつ濃厚になるように配置されている生牡蠣。
サンプラーにはない種を追加で注文した。
長男も、すっかり気に入ったようだ。
さらに注文。
そして、一番気に入った牡蠣を品定めして、アンコールした。
北海道、厚岸(あっけし)の牡蠣。
濃厚で繊細で、美味しかった。
最後に、好物の牡蠣チャーハンで〆ました。
長男にオイスターバーのお作法を伝授した晩。
けれど本当に伝授したかったことは、別にある。
大人のたしなみとして、このような楽しみを味わう生き方を知ってほしいのだ。
女性ファッション誌「Domani」の車内吊り広告に注目しました。
ー冬こそ、“華麗なる貧乏”でいこう!
華麗なる貧乏か・・・、いいなあ。
社会人になって最初に広告会社で仕事を覚えた。
広告の世界で、「貧乏」がコピーに使われたという記憶はない。
「おいしい生活」の時代だった。
人は常に豊かさやリッチなものへと憧れるものだという大前提があったと思う。
メディアも、少し贅沢な世界を見せて生活者を牽引し、広告主から広告料をとる構図が出来上がっていたと思う。
でも、“華麗なる貧乏”が面白いのは、本来「貧乏」と「華麗」はジョイントしない言葉であるのに、連結されているところ。
背伸びをしないで、「私、今日はビンボーで・・・」と朗らかに云う女性がいたら、カッコいいかもしれない。
お金持ちを狙うことよりも、カッコいい。
お金の呪縛。
それをとけたなら、人はもっと自由になれるかもしれない。
それにしても、“華麗なる貧乏”って、どんなんだろうか?
「忘年会」のお誘いメールが来た。
もう、そんな季節なのか・・・。
いいなあ、忘年会。
その響きがいい。
少し、昭和の響き、かもしれません。
11月に忘年会をしようと決めた。
12月は、ひたすら仕事と夜は、サイレント・ナイトでいこう!
浮かれられない2011年。
ボクは、11月に「忘年会」の予約を入れることに真剣になろう。
文化の日を過ぎて、金曜日を働いて、明日は週末。
うれしい。
お休みがうれしい、という気持ちは、幸せなことなのだ。
おそらく、ボクは、幸せなのだ。
麻布十番の「あべちゃん」は、ボクたちにとって特別な場所になったかもしれない。
「あべちゃん」で、親友と久しぶりに再会した。
ボクの転々職の経緯(いきさつ)を、彼は聞きたがった。
ボクには話す責任があった。
数か月前に転職が決まった時、彼は「あべちゃん」で祝ってくれた。
その日から程なくして再び転職した自分としては、彼に説明をしなければならないと思った。
どこか「すまない」という気持ちがあった。
語りながら、ボクは悟った。
運命は自分を超えて歩みを進めている。
ボクはその後をついていってるようだ。
確かに自分は仕掛けた。
幸運にも恵まれた。
人智を超えたなんらかのチカラが働いている感覚・・・。
そのような思いを、素直に親友に伝えた。
そして今度は、親友が直面している課題に耳を傾けた。
ボクは、自分の幸運に酔えない自分であることに気がついた。
ジャック・ブレルの「涙」の歌詞のように、世界は依然として混乱しているのだ。
ならば、自分は今与えられたステージで、人智を尽くそう。
「あべちゃん」でボクのために時間をつくってくれた親友に感謝した。
彼のチカラになりたい。
そう思った。
そして一の酉へ。
祈ることが似合う晩もある。
そんな晩を、麻布十番で過ごし、ボクたちは再会を誓い合って別れた。
転職して、「転職」という体験をキャリア・カウンセラーの視点でみている自分がいる。
「転職」は、様々な適応の集合的な経験で成り立っている。
そして、適応は、人が考える程、容易なことではないという実感もある。
そんなことを感じながら仕事をしていた今日、出会った言葉があった。
心の琴線にふれるような響きの言葉ーそれはチャップリンが「ライムライト」で語った台詞。
人生は素晴らしい・・・そう云える前に、恐れが立ちはだかる。
ボクには、その「恐れ」が、適応に関わる人間の反応のように感じられた。
自分だけが、そう感じている、と人は錯覚する。
けれど、人は適応することが容易ではなく、時には人のチカラを必要とする時がある。
ちょっとした優しさ。
ちょっとした気遣い。
そのようなことに人は支えられて、その適応の時を過ごす。
そんなことを考えた今日は、きっと良き日なのだろう。
11月が、始まる。
最近のコメント