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2012年5月10日 (木)

ある面接

ヴィトゲンシュタインの言葉、 「語りえぬものについては沈黙しなければならない」を、ふと思い出した。

ブログを書かないでいる間のこと、あるいはブログを書きたいとは思えなかったことについても、今は沈黙が相応しい。

いつか語れる日が来るかもしれない。その時を一番待ち望んでいるのは、自分自身かもしれない。

人は自分自身をつぶやく。

しかし、つぶやかないでいるのもまた、人間。

沈黙もまた、よし。

さて、ある面接を昨日受けた。

数日前にTVで観た映画「阪急電車」のテーマが甦った。

ボクの解釈では、この映画のテーマは、こうである。

人は人によって傷つくが、人によってしか癒されない・・・

巧みな映画ではなかったが、そのテーマが出演者の好演によって伝わってきた。

そうだ、巧みな映画ではなくとも良い映画というものがある。

人生に巧みな人生というものがあるとすれば、それは良き人生であるだろうか?

巧みな人生を送ってはいないボクにはわからないことである。

さて、本論に戻ろう。

ボクが臨んだ、そのある面接で、面接官たちから熱いものを授かったような気持ちになって辞した。

ボクは、癒されたような気分のまま家路についた。

おそらく、面接官たちと自分との間に、ラポールが成立したからなのだろう。

同じ情熱のベクトルが共振したような思いがした。

いい時、でした。

面接には目的がある。

仮に双方の目的が合致しなくても、満ち足りた時があったという記憶があれば、いい。

それは、稀有なことである。

お互いの人生の時間を、交差させて、流れた時の一滴。

クロスロードで接近し、交差し、仮に遠ざかっていくとしても、生の記憶に刻まれるならば。

悔いは、ない。

その時の滴(しずく)に、癒された自分は、やはり幸せ者なのだろう。

追記:(5月12日に、気づいたことがあります。)

2006年の5月10日、ボクはこのブログを始めた。そのことに週末、気づいた。偶然とはいえ、再開した日と重なる5月10日。365分の1の奇跡、だろうか?

あるいは5月は、ブログにふさわしい季節かもしれない。

■プラネット・アース、みた?

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コメント

私よりほんの少しだけ早くブログを始めたチャーリーさん。
私より先に6歳を迎えたチャーリーさん。
お久しぶりです。お元気でしたか?

語れなかったこと、いつか語りたいこと、私にもあります。
そういう場があることが、良いな、と思ったりもします。
何はともあれ、チャーリーさんにとっての挑戦が、幸せと共に進んでいることが非常に嬉しいです。

投稿: とーこ | 2012年5月11日 (金) 00時24分

とーこさん

コメント、ありがとうございます。

ブログを始めて、もう六年になるのですね。

ちょっとした感慨・・・ありますよね!?

時代も変わり、自分自身も変わりゆくこの数年、ブログが傍にあって伴走してくれていたのかもしれません。

すっかりオールド・メディアになったブログですが、チャーリーは、ツイッターよりも、フェイスブックよりも、そのオールド・ファッションが好きです。

これからの数年、その先で、また、とーこさんと語り合いたいですね。

いつも、いつも、ありがとう。

投稿: チャーリー | 2012年5月11日 (金) 21時42分

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