週刊誌の見出し
週刊新潮と週刊文春の中吊り広告をみて思った。
朝刊でも、二誌は競うように見出しが踊っていた。
権力や権勢を誇った著名人が転ぶと、今まで黙っていたメディアがここぞとばかりに叩く。
きっと売れるのだろう。
自分の中に、読みたいという気持ちが生まれてる。
でも。
買うのは止そう。
ささやかな不買運動。
その著名人の番組は、以前から観なかった。
しかし大衆は支持したのだろう。高視聴率をとれる人だった。
しかし大衆は残酷だ。
メディアがそれを増幅する。
すごいことだ。
人の不幸で部数が伸びる。
お金儲けのためならば。
大衆の望むものを提供することこそ使命なのだろう。
大変な商売である。
昭和の時代を思い出す。
「疑惑の銃弾」。
大衆の欲望とトリックスターのバトルロワイアル。
今度の見出しも、その構図がみてとれる。
権力や権勢を誇った著名人が転落するのをみて、そこに教訓をみることも出来るだろう。
奢るなかれ、と。
しかし、ボクは身体の中にそのような情報を入れるのは止そう。
愚かなストーリーよりも、素晴らしいストーリーを。
TVを観なくなった自分に。
週刊誌を買わなくなった自分に。
心ふるえるような素晴らしいストーリーを、お願いします。
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