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2013年10月21日 (月)

「人生」 小説家 三木卓

日経新聞夕刊一面に「あすへの話題」というコラムがある。

そこで小説家・三木卓氏による「人生」という短文を読んだ。

「ここまで生きてくると、ときどきは自分の人生をふりかえってみて、〈ぼくの人生はどうしてこんなふうになっているのか〉と思う」(引用)

そんな書出しで始まり、逡巡や後悔、そして受容の思いにふれる。

「自分は努力して人生のコースを定め、すすめて来た、とどこかで思いこんでいるところもある」(引用)

「しかし、このごろ過去の自己探索を繰り返すうちに、どうも自分は、そんなに積極的に生きてこなかったと思えるようになった」(引用)

そんな呟きがもれる。

「親からもらった遺伝子と生育環境。それが決定的な要因で、あとはそのあらかじめインプットされたプログラムにしたがって、外部条件と反応しながら年をとっていくことではないか」(引用)

「あくせく努力したり精進した結果なんてものではない」(引用)

「どの人生に対しても、いいとかわるいとかはいえない。だってその人はそう生きるより生き方はなかったのだから」(引用)

共感する部分と反発する部分があった。

受け入れられる部分と受け入れがたい部分。

人生とは、外部条件と反応しながら年をとっていくことだろうか?

あくせく努力したり精進した結果なんてものではないだろうか?

そうかもしれない。

けれど、

人はそう生きるより生き方はなかったのだろうか?

流されゆく人生。

そんな実感もある。

一生懸命生きてきた、そんな実感もある。

成果?

あがった訳ではない。

あくせく努力し精進しても、報われなかったことの方が多いだろう。

仕事も、ほとんどは負け戦(まけいくさ)だった。

今もなお、そんな負け戦を戦っている。

けれど。

より良き人生を生きたいと切に願っている。

だから、人は「そう生きるより生き方はなかった」とは考えない。

その気持ちになれば、明日の人生を切り開いていけると信じている。

『夜と霧』を著した精神科医フランクルの言葉が甦る。

人生に何かを期待するのは間違っている。

人生が、あなたに期待しているのだ。

負け戦であっても、最後まで人生を投げ出さない・・・そのような人生を歩みたい。

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