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2014年3月25日 (火)

ほぼ日手帳を忘れてみて

昨日、いつも持ち歩いている「ほぼ日手帳」を自宅に置き忘れた。

気づいたのは行きの通勤電車の中。

今日一日のスケジュールを記憶を頼りに思い出した。

ボクにとって「ほぼ日手帳」は、間違いなく「毎日手帳」であることがわかった。

忘れてみてわかることがある。

ボクは少々手帳に依存していたかもしれない。

昨日今日明日という時間の感覚は、手帳を使うことによって強化される。

西欧的な時間感覚、過去現在未来。

それが、当たり前のように感じられるのは、手帳によって弁証法的に日々の仕事を管理してきたからなのだろう。

今日の面談は、2453人目から始まって、2459人目で終わった、というように数字や客観的な指標で記録される。

手帳を忘れて、よし、今日は『いま、現在』を生きるしかない、と覚悟を決めた。

Now & here

そう、久しぶりの時間感覚、空間感覚だった。

目の前に、思いもかけぬ人が訪れて来る。

全くもって、予測のつかない日常。

記録出来ることは、計測可能な事柄にすぎない。

それをすることによって、混乱しかかる日常をコントロール可能なもののように思い込みたいのかもしれない。

そんなことがわかった。

手帳は、有効な道具である。

それでも時には忘れてみよう。

「毎日手帳」を「ほぼ日手帳」に。

たまには、手帳にもお休みさせてあげよう。

そして、今 ここにある 絶えず生まれてくる現実に向きあって、少し流されてみよう。

流されること、フローティングすることを楽しもう。

そこにある自由の感覚は、身体が望んでいるものかもしれない。

今日は、しっかり「ほぼ日手帳」を持ち歩いてるボクは、そのような事を考えた。

たまには。

忘れよう。

たまにはね。

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