高倉健さん 逝去の報
昨日の昼休み、スマホでその訃報を知って、思わず絶句してしまった。
健さんは死なない、そう思い込んでいた。
そんなに熱烈なファンではなかったと思うが、遠くから尊敬していた。
失ってみてわかることがある。
昭和の時代の、日本人の男の美学を体現していた男が死んでしまったのだ。
あのいつも抑制した含羞のある表情。
強い眼差し。
本当の優しさ。
本当の男の優しさ。
それを体現してきた健さんだ。
ボクは、リドリー•スコット監督の『ブラック•レイン』でレイ•チャールズを歌う健さんを思い出した。
日本人は、健さんをある予定調和の人物造型で捉えてきたけれど、本当の健さんは、真面目で役作りに熱心で、本当は温かく、そしてやっぱり不器用で、素敵な男であったに違いない。
昨晩の報道ステーションでは、巻頭から、健さんの映画のシーンが十分位続いた。
その後に、衆院解散の首相会見のニュースになった。
大義とは何か?
それを健さんは、終生演じたのだろう。
男子の本懐もまた、演じたのだろう。
首相の会見は、ペラペラの紙みたいに感じられた。
健さんは、どう思うだろう?
きっと黙して語らないことだろう。
大衆が支持した健さん。
首相を、そんな大衆は支持するだろうか?
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