「アップルシード」のデュナン・ナッツが
戦場から帰還して、用意された寝室のベッドの横で、部屋の片隅で休んでいるシーンをふと思い出した。
朝のカフェで珈琲を運んでいる時、突然に。
ベッドで休めるのに戦場で束の間の休息をとるようにして部屋の隅に体を寄せているデュナン・ナッツに強く共感する自分がここにいる。
いい職場に恵まれた。
いい人々に信頼され、仕事する。
こういうことに、ボクは慣れていない。
社会に出て何十年もの間、振りかえってみれば、職場はストレスを強いるものだった。
星回りが悪いというのだろうか、出る杭は叩かれる経験が多かった。
そして。
いつの間にか、出る杭を叩く人々はいなくなりました。
叩いてくれた人々よ何処へ?
ボクは感謝を捧げたい。
困難な時、ボクは生き延びようと努力してきた。
尻尾を振れば、あるいは叩かれなかっただろうか?
尻尾を振れただろうか?
気がつけば、ボク独自のやり方で世間を渡る術を覚えていた。
渡る世間には鬼ばかりではない。
出会いがあり、その何倍もの別れがあった。
一度もしなかったこと。
それは、出る杭を叩くこと。
ボクは叩かれて鍛えられたタイプなのだ。
叩かれる痛みは人一倍わかる。
だからこそ、今の仕事が出来るのかもしれない。
ボクの心の中にデュナン・ナッツが住む。
戦場で心傷ついたデュナン・ナッツを癒すように、ボクもまた自分の痛みを治療しなくては。
そのようなことを、雨の月曜日の朝に考える。
それは良き朝なのだろう。
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