« 朝の電車が動かない時に | トップページ | 焼き上がりのバゲットを求めて »

2018年2月 5日 (月)

Get fired 記念日に

一年前に「Get fired」を経験した。一年経過して改めてその意味を考えた。

やはりトラウマに近いものが心の中にあるようだ。けれどもそこから立ち上がって短期間で再就職するまでの自分、自分を取り巻く家族、友人の支援に対して熱い思いがあることに気づく。
得難い経験。しかしもう二度としたくない経験。他の誰にも経験して欲しくない経験である。
その決定を下した組織と上司の下で三月休まずに働いた自分。それも今から考えれば、よくやったと思う。本当は一ヶ月休んでもいい。一ヶ月休んだもう一人の自分は、一年後どのようなことを考えるのだろう?一ヶ月休まなかった自分は今もなお休みたいという潜在的な欲求を抱えたまま今の仕事に勤しんでいる・・・。
今の組織で良好な環境下で仕事をしている。そんな環境を手にれてみて前の組織に二度と戻りたくないと感じる自分がいる。戻りたくないというよりも、もう戻らないという決意にそれは近い。そういう意味で、今の良好な環境に出会うことができたことは幸運であったと思う。
大切にしなくては。
今と これからの時間を。
神様が与えた試練と思うことにしよう。そのようなことを考えるこの日を「Get fired記念日」と呼ぶことにしよう。

|

« 朝の電車が動かない時に | トップページ | 焼き上がりのバゲットを求めて »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 朝の電車が動かない時に | トップページ | 焼き上がりのバゲットを求めて »