« 2020年8月 | トップページ | 2021年2月 »

2021年1月16日 (土)

緊急事態宣言と米国議会襲撃

1月6日と7日に起きたこと。

自分は歴史の中で生きている。そう感じた。

緊急事態は、おそらく秋口から年初にかけてのことを云う。

気づかなかったことこそ、緊急事態だ。

たくさんの感染機会が量産された。陽性者の数字はその結果だ。

議会襲撃は4年以上の歳月をかけ醸成されてきたムーブメントだ。

TVのニュースより、ネットの良質な情報にふれ、驚くべき事態が起きたことを知る。

突然起きた訳ではない。

では緊急事態は?

それもまた突然起きた訳ではない。

 

緊急事態を宣言するというその言葉が、どんどん軽くなってきている。

言葉が軽くなり、誰も耳を傾けないのかもしれない。

耳を傾けるに値する言葉が語られていないのかもしれない。

しかし、とボクは思う。

そんなことはどうでもいい。

この世界を生き延びるために、自分で自分の言葉と行動原理を模索するしかない。

生き延びた先に、歴史は書かれるのだ。

おそらく歴史の中でこそ問われるだろう。

生き延びることを、ひっそりとマイルーティンを守りながらやっていこう。

自分と自分の大切な人々と共に。

自分のコントロールできる小さな世界の中で。

それが大いなる世界につながるものだと信じて。

 

| | コメント (0)

2021年1月 2日 (土)

2021 一月二日

例年は あけましておめでとうございます という言葉で一年をはじめてきた。

 

元旦に久しぶりにこのブログを書こうと思い、その言葉を記してみて、あまり自分の気持ちにしっくりこないということに気がついた。

確かに新年は明けたが、おめでたさは中ぐらいのおらが春 という感じか。

 

きっと「おめでたい」ことはこれからやってくる。

 

その時までは、今のようなグルーミーな日々を過ごしていこう。ただし日々をグルーミーと思わないように認識を変えていく試みは続けていきたい。

日常のささやかな喜び、自然の移ろいの中で垣間見える美しい光、それらを大切にして生きていこう。

 

日々の仕事を淡々とこなす。その大切さに気づいた。人はどうにもならない歴史の流れにその身を流されながらも日々を少しでもコントロールしようとする。コントロールしようとしてできないことがあったとしても、コントロールしようとしていることが大切なのだ。

 

ダッチロールしていても、墜落しないようにする意志の形態が大切なのだ。

 

そのようなことを、箱根駅伝をみながら、iPadで記した。

 

年越しのトーキョーFMの村上RADIOを、ネットのradikoで元旦に聴いた。

最初に流れた『ニューシネマパラダイス』の愛のテーマが、心に染み入るように響いた。

新年のはじまりだ。

| | コメント (0)

« 2020年8月 | トップページ | 2021年2月 »