台風が8日の会議に
ジャストミートしそうだ。会議招集したのは自分だが、台風までお呼びした覚えはないので、会議参加者にリスケの打診をした。8日の晩には久しぶりに旧友と飲む約束をしていた。これもまた招かれざる台風が同席しては、とリスケの打診をした。どちらにもまだ返答はない。けれど自分の方針は決まっている。台風一過の秋晴れの日に、また会いましょう。台風の進路に備えましょう。備えあれば憂いなしですから。
ジャストミートしそうだ。会議招集したのは自分だが、台風までお呼びした覚えはないので、会議参加者にリスケの打診をした。8日の晩には久しぶりに旧友と飲む約束をしていた。これもまた招かれざる台風が同席しては、とリスケの打診をした。どちらにもまだ返答はない。けれど自分の方針は決まっている。台風一過の秋晴れの日に、また会いましょう。台風の進路に備えましょう。備えあれば憂いなしですから。
今朝の朝刊で、滝川クリステルさん降板の報を知った。
シルバーウィークの只中、こんなニュースに出会うとは。
しかも今週25日(金)まで、なんて。
21日(月)に発表され25日(金)までとは。
いくら秋の番組改編と云われても、視聴者の方の心の準備ができやしない。
熱心な視聴者ではありませんでしたが、滝川さんのさわやかな姿に癒されました。
七年間、本当にありがとうございました。
新しい世界での新たなご活躍を、心からお祈りしています。
再びお目にかかれる日を、心から楽しみにしています。
YOMIURI ONLINEで今日読んだ記事で知った。
政府・与党が追加景気対策に盛り込むという。
ETC車を対象に、土日祝日に高速道路に一回入れば、走行距離にかかわらず1000円定額制のプランだそうである。(首都高・阪神高速などをのぞく)
早ければ年内実施を目指すらしい。
これが導入されたなら、みんな帰省にクルマを利用するのでは?
出張でも新幹線や飛行機を止め、クルマになるのではないか?
と、想像する。
自動車業界はよく、鉄道や航空会社は困るのでは、と想像してみる。
必要財源は4~5000億。
一方、民主党は大都市部を除き「高速道路無料化」方針を決めているという。
すごいことになってきた。
高速道路が大渋滞になって、動かなくならないことを祈る。
ミスタードーナツの好きなボクが今日知った最大のニュースは、「モスド」の発表だ。
モス・バーガーとミスタードーナツが資本提携し、モスドの新商品がでると云う。
モスド、です?・・・。
いつもいつも、ミスドと呼んでた。
ミスドは、色に例えれば、ハニーディップの蜜の色。
しかし、モスドは、なんかこげ茶色のような気がする。
いえ、ケチをつけるつもりではありません。
ミスドは、みんなが作った名前として受止めてたが、モスドは企業サイドがつけた名前。
それが、少しひっかかってる。
名前を与えられてる感が、ミスド・ファンにすんなり受け入れられるのだろうか?
企業が自分からいうべきことと、本当はいいたいけれど自分からは言わないほうがいいことと、とてもデリケートな問題があるように思う。
ミスドは、おりからの小麦の高騰で、収益が圧迫されてるらしい。
たくさん応援したい。
けれど、モスドに応援できるかどうか、今のボクにはなんともいえない。
モスドという言葉の響きには、マクドに通じる「たくましさ」があるように感じる。
ミスドには透明な響きが感じられる。
ミスドの好きな自分が迂闊にも知らなかった名称「モスド」に、少し反発を覚えてるのだろうか?
今日最大のニュースは、いずれにせよこれだ。
MOSDO のhp ⇒ ◎
お昼寝の記事をUPした今日は、何故か日々是好日っぽくて、恥ずかしい。
今日「ぴあ」社員1/3希望退職のニュースと、サザン活動休止のニュースに接し、驚いた。
「ぴあ」は学生時代に世話になった情報誌。過去の「ぴあ」の輝きを知っている。
一方で、30年間活躍してきた国民的バンド“サザン”の無期限活動休止。
ずうっと好きだったし、今も大好きなのに。
2000年の茅ヶ崎のコンサートの時には、海岸で野球場から洩れ響く音楽を聴いた。
一日のうちで、明暗を感じさせるニュースにふれた。
30年間走ってきたサザンには、きっと自由が必要と好意的に受止める。
一方「ぴあ」は、“情報がタダで生成される時代に喘いでいたのか・・・。
歴史に、僕らは生きる。
自分自身を絶えずヴァージョンUPし、生きたい。
生き延びる。
そのために、お昼寝もまた必要なのだと、こじつける。
自分自身をルーティン化せずに、フレッシュでありたい。
この時代と共にありたい。
(朝日新聞のasahi,comから記事を引用します。)
■死の直前、サイドブレーキ
バスは名阪近鉄バス(本社・名古屋市)の大垣営業所の所属。静岡県の大井川鉄道のSLに乗る日帰りツアーの客39人と、死亡した運転手の関谷定男さん(57)、ガイドの乗務員の計41人が乗っていた。
「前を向いていたら、タイヤがフロントガラスから飛び込んできた」。妻や友人とバスの後方の座席に座っていた柴田道義さん(66)は、タイヤが縦に回転しながら突っ込んできたのを見た。「何が何だか分からずびっくりした。顔にガラスの破片が刺さっている人もいた」
ガラスを突き破ったタイヤは車内に入り込んだ。最前列にいた大脇まさをさん(82)は「タイヤが運転席の上を飛んできて、運転手さんを直撃した」。タイヤは座席のすぐ真横にまで転がってきて、そのあと乗降口の階段の下へ転がり落ちていったという。
前から5列目に座っていた若尾正治さん(65)は左まぶたが切れ、ジャンパーに血のあとがついた。「下を向いていたらボーンと音がして、通路を細かいガラスがザーッと流れた」と語る。
若尾さんは、バスは急に止まることはなく「スーッと停車した」という。大脇さんも「バスガイドさんが慌ててサイドブレーキを引こうとしたら、すでにブレーキは引いてあった」と証言する。
同バスの幹部は「県警の人が『あの状況でよくブレーキを引いた』と言っていた。運転手は、意識があるかないかの状況のなか、タイヤの衝突地点から200メートル以内で車を止めたらしい」と話した。
(引用おわり)
サイドブレーキが引かれなかったら、さらなる大惨事が引き起こされた可能性が高い。しかし乗客の命は救われた。亡くなられた運転手・関谷氏が最後の意識の中でサイドブレーキを引いていたからである。
プロフェッショナルということを、そのサイドブレーキは示してた・・・。
プロとはこういうものだ、と示された関谷氏の死。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
悲報に接し、自分が如何に黒川紀章という知の存在に励まされてきたかを知った。天空に輝く星の光から、暗い夜道を進む勇気をもらってた。
黒川氏は建築家であり思想家であり哲学者であり、そして行動の人だった。「24時間働いて、24時間遊んで、24時間寝てる」という言葉も残された。毎日デッサンをかかさない逸話。天才を努力で磨きぬいた人。73歳にしてあのフットワークの軽さ、茶目っ気、そして本気。
世界の知性に永遠の命が与えられたなら、黒川氏はどこまでも駆け抜けていったろう。だから突然の死は悲しい。
しかし黒川氏が現役の頂点で彗星のように消えたことは、黒川紀章氏らしい最後だったかもしれない。
たゆまぬ研鑽を続けなさいーそう、あなたからボクは教わりました。
こころからご冥福をお祈り申し上げます。
黒川紀章ー天才から学ぶこと ⇒ ●
自分のblogに、汚らわしい事件の話はタブーとしてきた。人の好奇心や刺激的な話題でアクセスを得たくない。逆に人をほっとさせる話題を地道に書いていたい。読む人が限られていようとも。
この世界は素晴らしい、そういうことに共感したい。この難しい世の中で、一服の清涼剤となりたい・・・そう思って、このblogを続けてきた。
けれど、今回の時津風部屋の所業、そして相撲協会の対応には絶句した。
十七歳の青年の命は奪われた。
火葬にして返そうとしたとは。それは許しがたい。人間のすることではない。
しかし相撲協会の理事長は「激しい稽古」と主張してる。ビール瓶で殴るのが稽古なのか?社会はそれを「リンチ」と呼ぶ。
犬死せしもの。日本人は許さない。
さらば相撲協会。
天罰が下る・・・そう思わずして、遺族が救われようか。
愚かな、あまりに愚かな所業に絶句する。
■
休んでないボクは疲れて、午後に半休を申請した。
帰路に着き、座席が空いたので座った。すると乳飲み子を抱えた若いお母さんが乗ってきた。・・・そんな時、神様はいつもボクを試す。
皆寝たふりをしてる。
一瞬躊躇した。けれど、ちょっと離れてたボクは、席を譲った。
ボクが親切なのではない。
この世界が、大人が眠った振りをして、乳飲み子をかかえた母親を立たせ続け平気な世界であってほしくない。ただそれだけだ。
だから、くたびれ果てても、席を譲る。
近くのご婦人がボクとほぼ同時に席を譲った。
しばらく互いに譲り合った。
そして、なかば強引に席を譲ったご婦人をボクの席に座って頂き、ボクはその場を離れた。照れ笑いしていた初老のご婦人を、ボクは忘れない。
気がつきながら、自分より弱き存在を放置してて、その人に幸せが微笑むだろうか?
わからない。いや、どうでもよい。
ボクは人の世の善意の有難さと容赦ない厳しさの両方を、共に信じる。
「Kids Photographers 子供は天才!」と題された写真展が横浜で開催されている。“みのさん”の朝の番組で紹介されて知った。
◎横浜にある日本新聞博物館で⇒ そのhp
番組で子供たちの撮った写真をみた。感銘した。何という瑞々しさか。鳥のさえずりにキャメラを向け撮った夕景の写真。幼い兄弟の寝息を手がかりに撮った写真。お父さんが仕事してる姿を撮った写真・・・。
ある子供は、撮った写真に「ありがとう」と感謝され、うれしかったと云う。
写真は心が撮るもの。
「心眼」という言葉がある。
こころで見る。それを忘れかけてる自分がいた。
耳を澄まし、こころで見てる子供たちの作品を、この目で見たい。
たくさんのことを、子供たちの作品から学びたい。
ビリーズ・ブートキャンプで有名なビリーが、今日来日すると云う。もうすっかり大ヒットしてるブームがさらに加速することだろう。精力的に二十社以上の取材をこなすらしい。「Good job!」。
昨日、初めてジムに云った。トレーナーの指導でワークアウトの仕方やエアロビクスのマシンの使い方を教わった。体組成測定の結果、筋肉量はしっかりあることが判った。自転車をやってたことを褒められた。若い女性トレーナーが丁寧に指導してくれた。仕上げに20分、走ってシャワーを浴びて、オフィスに向かった。
8月末にー5Kg、脂肪を落とすことを目標にした。トレーナーに宣言してしまったから、頑張るしかない。ナマケモノはそうやって自分を追い込む。
初めてジムで時間を過ごしてみて、わかった。これはライフ・スタイルを選択するということなのか。一日の決まった一定時間を、ジムで鍛えるというライフ・スタイルを自分が選んだということだ。どこでも走れる。けれどどこでもシャワーを浴びれる訳ではない。
そういうことか、と納得した。
一月に約20回通ってみて、どれだけ脂肪が燃焼したか、数字で確かめたい。
ビリーのような身体になりたい訳ではないけれど、彼のいうように人生が変わるという感じを味わってみたい。
季節はかわる。梅雨の気配を身近に感じるこの季節、海ではすでに夏の準備が進んでる。

見覚えのあるコロニアル様式。去年の夏、この海の家で、ポニーと知り合った。
君はこの夏戻ってくるの?
去年の夏のポニーとの思い出⇒ ◎

海の家が建てられるように、ボクの海の家を今から計画し、設計し、建築しなくては。
毎日、日々追われ、今日と明日と過ごしてる感あり。
悪いことではないけれど、目線を上げてせめて7月、8月の計画くらい描こうよ。
ヴァカンスをトップオフして確保する。その楽しみをニンジンにして、今のこの季節を乗り切る。
地を這う亀の視線と鳥の視線を、両方持って毎日を過ごす。
建設中の海の家は、そんなことをボクに教えてくれる。
GW明け、TOKYOは夏になってしまった。昨日は梅雨になってしまった。クールファイブの“ああ東京砂漠~”という歌があったけど、ちょっとおかしい近頃のTOKYO。
今朝は五月晴れが広がった。
五月の爽やかな風を、一年分堪能しておきたい。
仕事をデスクワークから外回りにシフトしよう。
TOKYOの五月を、しっかり瞼に焼き付けておこう。
退任するニュースを、朝知った。
プレステ生みの親。複雑な感慨が湧く。累計二億台以上も出荷された。
見方をかえればとてもSONYな人。たくさん逆風を浴びながらここまでやってきたのだろうと推測する。
まだまだこれから、なのに・・・。
雨の日は散策にいい。天気だと人で一杯なのだろう。
そこからみえる世界。
指眼鏡のように、世界をみる。
自然な配置を意図してる気がした。
屹立するヒルは、ヒルズ族という言葉を生んだっけ。
風がのぼりを揺らす。のぼりの色も日本の色。
竹の庭。
見上げれば緑。
自然は丸い形状を愛す。
天井が高いのが気持ちよかった。
きっと、六本木ヒルズを徹底してベンチマークしたのだろう。六本木ヒルズにないものを追求したに違いない。
駈足で通過した印象は、回遊式庭園をアナロジーとして使ってる。庭園や緑を大切にして、自然のミニアチュールを高層都市に取り入れた。日本の伝統色や和の美を意識した。ヒルズ族は、どのように感じるのだろう?居心地よく思うだろうか?
雨の日に、ペーパーバックを持ってぶらぶらしたい場所。
東京ミッドタウンは、むしろ雨の日がお勧めだ。
赤玉ポート・ワインの全ページ広告をみた。
赤玉スイートワインという名前なのだそうだ。
「百年、幸福でした」というメインコピー。1907年、明治の頃に日本人がほとんど初めて飲んだワイン。
小学生の頃、友だちの家にお泊りして、夕食の席に、ちいさなグラスに赤玉ワインを頂いたことがある。その甘さ。忘れられない思い出。ひょっとすると初めてのお酒の思い出。それから時は経ち、このワインを飲んだ記憶がない・・・。
広告は、「こんどの百年もご一緒に」で締めくくられていた。
こんどの百年を過ごす前に、今夜 赤玉ワインを買って帰ろうかな。
少しノスタルジックなボトルデザインをみながら、ワインを口に含むと、少年期の記憶が甦ってくるかもしれないから。
TV局も最初は、モノ造りの会社だったはず。社会から少しはみ出した人たちのモノ造りの力が面白い番組をつくる原動力だっただろう。
けれど会社が成長するにつれ、モノ造りという心臓部は管理しずらい部分なので、外部に委託していった。その方が制作費を叩ける。手を汚さなくていいし、金額も絞れる。TV局は利益もだせる。給料も良くなる。
そういう中で出世する人々が会社の上層部に上る。そういう人々の心は、リーマンの心。
現場は過酷。しかしスーツを着て、会社の中で算盤を、人生の算盤をはじいたりして生きてきたのだろうか。
本当の経営なら、商品である映像のマネジメントをすることが大切なはず。下請けを悪者にしてる者の方が悪い。下請けと共に、高給の社員もモノ造りに入るべきなのに。
あるあるは、関連商品(DVD、書籍)を含めると、年間40億円の売上高だったという。うそで固めた商品を売りつけることを、世の中では詐欺商法と呼ぶ。
そのような会社は過酷な制裁を社会から受ける。
でもあま~い処分で、よかったね。日本人ハヤサシイネ。サラリーマンだもの。長い眼でみればTVの盛衰の歴史の分水嶺になる事件。
モノ造りを忘れると、空洞化し腐敗するという教訓を、示してくれて、本当にありがとう。
惜しい作家が亡くなった。22日午前6時50分。79歳だった。
城山氏は茅ヶ崎に仕事部屋をお持ちで、その窓から湘南の海が見渡せたという。海がみえるマンションを探されたという。
同じ湘南の海に面した街に住んでいて、ひそかに尊敬する作家であった。気骨のある人だった。カッコいいと思ってた。
彼の作品のタイトルは素晴らしかった。『男子の本懐』『落日燃ゆ』『官僚たちの夏』・・・『毎日が日曜日』は流行語にもなった。
執筆に倦むと海を眺めたという。海に向うことで、きっとリセットされたに違いない。
茅ヶ崎海岸に作られた防砂用のフェンスがあまりにも美観を損なうと憤慨し、単身市役所に電話をかけたというエピソードを読んだことがある。受話器の向こうで「城山三郎・・・って、作家じゃない?・・・」と職員同士の会話が聴こえたエピソード。
気骨ある、というのは媚びないことでもある。
六本木ヒルズ族のトリックスターだった若手経営者には卑しさを感じると述べていた。わが息子と持ち上げる政治屋(家?)もいたのに。
経済小説の第一人者と呼ばれるが、真贋を見抜く眼を持ってお金より男子の本懐を見詰めた作家だった。
すべてを過去形で語ることが悲しい。彼の文学はこれからも読みつがれていくことだろう。
つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。安らかに眠ってくださいますように・・・。
コレステロールが高いですよ~。このままでは動脈硬化になりますよ~とお医者さん。そこで情報収集した。
◎角川oneテーマ21『コレステロールに薬はいらない!』(角川書店)
日本のコレステロール基準値の220は心筋梗塞が数倍多い欧米に比べても低い数値目標で、97年に日本動脈硬化学会が発表して以来、「高脂血症の「患者」と診断される人は一気に数百万人増えた。年間3000億円のコレステロール低下剤の市場が生れ、90年以降すでに4兆円以上消費されたとある。(同書P.120)
うむ。
20日(火)の日経新聞夕刊では、日本動脈硬化学会が4月末に新しい診療方針を公表するという記事がでてた。
(記事を要約すると次のようになる。)
最も大きな変更点: ①総コレステロールを基準から外す(!)。②LDL(悪玉)コレステロール基準値を140mgに設定。
現行基準では成人のほぼ1/4、中高年女性に限ると半数以上が「高脂血症」と診断され二千万~三千万人に上ると推定。コレステロール値が高いというだけで投薬治療を薦める医師も多く「過剰診療の温床となっている」との批判が上っていたという。
新診療指針では「診断基準値は薬物治療の開始基準ではない」ことを明記。生活習慣改善(食事・禁煙・運動)を3~6ヶ月試み、それでもLDLコレステロール値が改善しない場合に投薬治療を考える」とされた。
それでもLDLコレステロール値が依然高いとする批判もあり、東海大学の教授によると、この基準でも55歳以上の女性の46%が治療対象とされるという。煙草を吸わない中年男性なら180mg、中年女性なら190mgまでは問題なく、、むしろ低い方が健康リスクは高いと同教授の弁。
複数の医師の意見を聞き、最適な治療法を探すことが大切と記事は締めくくられている。
今までこれで儲けた人がいる。年間3000億円の市場が今後どう推移するか、興味ぶかいことだ。そして身体を守るためには、健康を維持するためには知恵がいる。
自分の身体は自分の知恵で守る時代に、ボクらは生きている。
AERA'07.3.26号で、3/13ANA胴体着陸の機長(36)の記事を読んだ。
ボンバルディアDHC8-400型という飛行機名が有名になった。記事を読んで胴体着陸を成功させるに至る前に、機長が行ったことを知った。
手動で前輪を下すのはパイロット人生で一度あるかどうか、今回は手動さえ使えなかった事態だそうだ。
機長の機内アナウンスは、前輪を出すために急旋回をしてるので、重力(G)が大きくなり背中が座席に押し付けられるかもしれないこと、胴体着陸を試みるが何回も訓練してるので大丈夫なことを伝えた。
乗客たちは、機長のアナウンスで冷静になれたそうである。
機長はコツコツと「フライト資料」と呼ばれるノート作りを続けていた。操縦する機種に関すること。システムのこと。機体のクセ。過去のトラブル。
同僚パイロット間でも有名で、後輩がそれを借りて学ぶこともあったという。
いかに危機を乗り越えるかは事前の準備にかかっていると元全日空機長の話。機長がやった「当たり前のこと」。
プロフェッショナルならばその当たり前のことを営々とやる。
ボクはこの記事を読んで、自分の領域で、当たり前のことをしていこうと心に誓った。
たくさんの捏造がある。
TV局は孫請けが悪いって云う。下請けに造らせたのはTV局。だから責任は末端に?上前を跳ねておいて。番組つくるのがTV局だと思ってた。
ラクして儲けてると、頭がシャープでなくなることがある。
国会でも「あのコトバ」を巡って攻防が。聞くに堪えないコトバ。誤解を招く愚かなレトリック。政治家がコトバを操れなくてどうする?それが許しがたい。けれどキャッチコピーのような「あのコトバ」。誰かが小さな創作をしていない?発言録を読んでいて疑問が湧いた。
そのコトバを皆が利用してる。目的は別のところ。マーケティングでは「溺れた犬は叩け」と云う。
捏造は、どこにも忍び込んでる。
大切なことが置去りになっている。日本の大切な局面に。
こんなところに。元気そう。
あの社長さんはね、「ぺこ人形」って君のことを云ってた。
「ぺこちゃん」って云って欲しいと思った。
結局、コトバは正直者。愛あるコトバかどうか、よ~くわかるさ。
やっぱりうそだった。
フジテレビ系の謝罪内容はこちら⇒hp
こういう時も「うそをつきました。御免なさい」とまだいえないね。子供の頃「うそをついたらいけません」。「悪いことをしたら、しっかり謝りなさい」と教わってない?
これを書かせ、書いた人、そして承認しsiteにupした人、みんなまだうそをついてる。
納豆に罪はない。ぺこちゃんにも罪がないように。
今朝は 納豆を食べたいと思う。
ぺこちゃん ぽこちゃん
君たちが悪いんじゃない。泣くのはおよし。
君たちと僕たちの気持ちはおんなじだ。
ボクの息子はね、小さかった頃、
君んちのイチゴののったショートケーキが
大好きだったんだ。
クリスマスには予約をしてね、必ず君たちのお店にいったよ。
シャンメリーを買ってね、乾杯したんだ。
我が家の目出度い時のしきたりだったもの。
子供たちと食事した。
とても信じてたんだ。君んちなら、安心だと思ってた。
ぺこちゃん、ぽこちゃん、
辛かったら
こっちにおいで。
おじさんのお家で暮らしなさい。こころが落ち着くまで、ゆっくりなさい。
君のお家にはね、
本当は子供たちのことを考えないで自分たちのことばかり考えるリーマンたちが
いつのまにか居ついたよ。
謝っても頭をさげても、もうだめなんだ。
立派な大人はそういうことはしない。罪は償わなくてはならないんだよ。罪というのはね、みんなの思い出を汚してしまったことだ。もう汚れは消せないんだよ。
思い出したくないから、僕たちはもう君んちには行かない。
だから、こっちにおいで。
ぺこちゃんとぽこちゃんには何の罪もない。
考えよう。
君たちが、安心して生きていける道を。
おじさんは考えるから。
到着。22日(昨日)発売の「TBS世界遺産 Relaxing&Energy」。
青いパッケージは、お疲れ気味のあなたに。ゆる~い映像と心地よい音楽が眠りを誘うかもしれない。観ながら寝るも良し。
赤いパッケージは、地球のパワーをあなたに。少し動きのあるダイナミズム。ちょっと元気を充填サプリ。
このDVDのweb promotionを友人に頼まれ手伝った。やはり愛着が湧く。楽しい仕事だったから。なので自分もamazonで予約した。昨晩遅く帰宅して書斎にamazonのパッケージが・・・。早い。やはりうれしい。手間隙かけて造られたものは、いい。
携帯に残ってたmtg中の画像。大の大人たちが手作りで。心に悩みを持つ人々に観てもらいたいと話し合った。
「癒し」と「元気」。
映像を造る行為自体がロマンティックなのだ。
ロマンチックは、きっと誰かに届く。そう願う。
11月9日の今日はジョン・レノンとオノ・ヨーコがロンドンで運命的な出会いを果たした日。そのことを朝のFMで知った。
NYで芸術活動を行ってたオノ・ヨーコがロンドンに渡り個展を開いた。その会場で彼女はレノンに引き合わされたという。その時レノンはビートルズの活動と自らの音楽との間で苦悩に満ちた日々を送っていたという。ロンドンの秋の一日に二人は出会った。
『LOVE』・・・FMで流れたこの曲を聴いて、昔「そうか、愛されることを望んでいいんだ・・・」と勇気づけられたことを懐かしく思い出した。若い僕はきっとその頃かなわない恋をしてたのだろう。そういう季節にこの曲の振り子のようなトートロジーの愛の詩の中に・・・ask to be loved・・・というフレーズを聞き取った。
◇
今朝6時過ぎには太陽と水星と地球が直列し、巨大な太陽を背景にしたホクロのような水星が観測されたという。これも運命の一日。雄大な天体の運行の話。僕たちはそんな地球の、そのまたファー・イーストに位置する日本に暮らしてる。
◇
秋の爽やかな一日。どこかで誰かと誰かが出会う。そして運命がかわる。できればいい方向へ。
きっと毎日が運命的な日。
KDDIはSoftBank「¥0」広告に対する申告書を公正取引委員会へ提出、と新聞朝刊は報じた。みいんな、おとなげないなあ。
この広告を扱った新聞社と大手広告代理店の見解を聞きたいものだ。広告審査を通した新聞社はこの広告出稿で儲けてる。広告会社は広告のプロ。その広告に落度があるなら広告会社を業務停止処分にすべき。広告屋さんもSoftBankから多額の商いを得、儲けてる。そちらは皆さん不問です?みいんなSoftBankが悪いの?
(KDDIの大量TVスポットに文句いわないのは、仲間由紀恵のファンだからです。)
KDDIもDoCoMoもSoftBankも似たような広告代理店を使って同じ媒体社を使ってどうでもいい広告を打ってる。一切広告打たないで。その分お安くしてくれれば消費者は満足します。
今朝の朝刊に「予想外割引\0」の全頁広告がでてた。しっかり読んだ。世論を誘導するマスコミのSoftBankバッシングには凄いものがある。それには裏があるとみるべきだ。
週刊文春のトップ記事では「ペテン師」呼わばり。もしも公衆の面前で、あるいは対面環境でそう名指ししたら、名誉毀損だろう。署名原稿なの?社会的なマナーとして許されない言動をマスコミならしていいの?別に判官びいきするつもりはない。けれど週刊誌も夕刊紙もバッシングすることで売上げを伸ばそうとしてるのが見え見えで「ペテン師」という言葉はそっくりお返しもの。僕も文春を買ってしまったじゃないか。とても客観的な記事とはいえなかった。結局は旧体制のマスメディアの本能的な嗅覚でこの会社とこの人物は危険な奴という視点からすべては書かれてる。読者は客観的な事実を知りたい。
広告は所詮、広告。いまさら人の道を説く必要もない。広告メッセージのほとんどは似たようなもの。コトの本質は別の処にある。
①通信キャリアの富の源泉である基本料金に切り込んだ。
:業界3位のSoftBankは生き残るためになりふりかまわない。SoftBankが嫌ならば、AUへもDoCoMoへも行けるユーザーはどちらが得かをみればいい。創業者利得を得た者は宝の山を温存しておきたいから許認可のとき、役所や通信キャリアはイジメ抜いた。酷いものがあった。
②リーマンの社長とオウン・リスクの社長とは違う。
:立派なビルを建てるためにその富を使った。海外投資をして失敗した。広告業界やTV局、新聞社や出版社を儲けさせてあげるお金の使い方をした。その源泉は全て僕らの財布から出て行ったお金である。
世論形成をこういう形で進めるモメントはあまり健全とはいえない。
銀行のATMで羊たちのように行列し、時間外には105円を徴収されてる僕は、別にSoftBankの店頭が混んでてもどうってことはない。行かなければいいだけのこと。
けれどもしSoftBankの通話品質が落ちたら、僕はさっさとキャリアを変えることだろう。キャメロンもちょっと困ってる。
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SoftBankの昨日の朝刊・全頁広告は「宣戦布告」。そこにはキャメロン・ディアスもでてこない。KDDIやDoCoMoの社員にとって決してSoftでもない。
ケンカ商法、おおいにやってくださいな。SoftBankのshopを偵察した。朝から電話がジャンジャン鳴ってる。訊けば二三日前の記者発表の時点から電話は鳴りっぱなしだそう。店員さんは少しうれしそうだ。
DoCoMoを永らく使った。あるときガリバーはいつまでもガリバーでいてはいけないと思った。プラウドな空気は客にも伝わる。そこで家族全員vodafoneに切替えた。その時vodafoneの店員さんはいい番号を選べるよう店の番号カードを全部みせてくれた。やっぱり追う者は一生懸命だなあ。そのとき思った。
だからSoftBankにはガリバーになる一歩手前まで頑張ってほしい。今回の料金体系は、いままでの携帯のビジネスモデルを変える。不労所得をお返ししますという感じ。
DoCoMoは自分たちが儲かる料金テーブルを作って栄華を極めた。だからそのテーブルをひっくり返されたくない。また額に汗して働かなくちゃならない。DoCoMoは青少年のおサイフから本来本を買うべきお金を徴収した。そのお金は知の体系を生まずDoCoMoの金庫に入った。
キャメロンの涼やかな美貌。おこちゃまに媚びてない目線。
時には恨みをかってもやるべき時がある。特に勝たなくては生き残れない時がそうだ。SoftBankは今がその旬である。
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会いましょう。・・・そんな感傷を覚える麗しい秋の一日。SONYの株を処分した。SONYだけ自分の中で特別扱いする訳にはいかない。
損を覚悟してたのに、意外にも売却益が少しでた。税金を納め、めでたしめでたし。買ったのは前・出井社長のオーラ全盛期。SONYはデジタル・ドリーム・キッズを標榜してた。少年時代からのSONYファンの僕は新しい夢を持ちたくて株を買った。損をしてもそれは自分の夢の結末。悔いはない。SONYブランドという遺産を食い潰す時期は終焉してほしい。
証券会社の外には陽光が降り注いでた。
なぜかスタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』(1964)のラスト、水爆の炸裂にかぶって流れる歌「また、いつか会いましょう」(ヴェラ・リン)のメロディーが脳裏をよぎった。
Dr.Strangelove OR: How I Learned to Stop Worrying and Love the SONY. (博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて、SONYを愛するようになったか・・・)
いつかまた晴れた日に会おう。SONYよ復活して。また賭けたくなる夢を。待ってます。
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僕のVAIOが該当のバッテリーを搭載してることが判明。朝のドトールでコーヒーを飲みながらVAIOのリチウムイオンバッテリーが発火したらどうしよう?朝からキャンプ・ファイヤーになってしまうよ~。
第一、友人が指摘してくれなかったら、僕は灯台もと暗し だった。笑い話のようだけど同じ機種を使ってて相手はソニー・スタイルで購入したから連絡がきて判明。でもこちらはVAIOのカスタマー登録をしてるのになしのつぶて。購入したビック・カメラから連絡が来るとは思えない。発火したら・・・マジでやばい。電車の中、飛行機の中、コーヒーショップで。あわてるだろうなあ・・・。
燃えたら新しいVAIOに代えてくれる・・・。でもそういう問題じゃない。いったいどこで交換してくれるんだろう?銀座のSONYビルに行ってみるか。
ささやかなSONYの株主。子供の頃からSONY製品を使ってきた。いままでの製品は皆処分しないで持っている。いつか私設の《SONYミュージアム》を造ろうと思ってる。だとすれば、この発火事件のバッテリーは、大切な一品ではある。
交換するかどうしよう。でも本当に発火するの?
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さすがココログ。さすがニフティ。二日間のメンテナンス期間を経て見事復旧せり。水道・ガス・電気・電話ならば許されざるライフラインの途絶。
然るにたかがblogなり。
この期間、人生をメンテナンスしようと決意した。
逆境はヒトを強くすると云う。たかがblog。されどblogなり・・・。
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「裁判」をテーマにした『それでも ボクは やってない』(略して「それボク」)。来年1月に全国東宝洋画系でロードショー。(この記事には一切のネタバレはありません。)
試写をみた。観てよかった。観なければ知りえないことがたくさんあった。
<痴漢冤罪>のお話。カフカの『審判』をオーソン・ウェルズは見事な映画にしたけれど、周防監督もまた記憶に残る映画をものにした。内容はファンタジーではなくリアル。それは今の日本が抱える金属疲労の深さからくる。加瀬亮(好演!)が陥る冤罪は明日のボクやワタシが陥る罪と罰。
「無実の人を罰してはならない」ーその鉄則が刑事裁判では果たしえない事実を知った。
試写をみた後に会社へ戻るために乗った地下鉄がとっても混んでた。吊革に手をやり鞄を持った手は慎重に場所を選んだ。扉が開くたびに女性が僕の回りに。「お願いだから、来ないで・・・お願い」。願い空しく接近遭遇。・・・黙ってホールドUPするしかない。本当にコワい。冗談ではすまされない現実が日常生活に口をあけてる気がした。
以前、女性専用車両に誤って乗ってしまった体験を思い出した。その時のOLさんの微かに非難を込めた視線を覚えてる。ー「なんで男性のあなたが乗ってるのよ・・・」。ガラスの眼で見返すボクは心の中で君は間違ってると呟いた。人を悪と決め付けてはいけない・・・。ボクは悪ではない。チョイ悪ですらない。女性専用車両を設けるならば、どうか男性専用車両も造ってほしい。男湯と女湯があるように。
痴漢は許しがたい。しかし冤罪もまた許しがたい。
神は細部に宿りたもう。そういうコトバを想起させる映画である。
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昨日東宝の試写室でみせてもらった。いいものをみせてもらった、というのが最初の感想。(この記事にはネタバレはありません。ご安心を。)
映画を観る前にあまり予備知識は入れないようにしてる。頭でっかちで映画をみたくない。けれど試写をみたかったのは<妻夫木聡>と<長澤まさみ>の印象的なクロースUPの写真と誰でも知ってる名曲「涙そうそう」のタイトル。
映画をみた後で「今、あい」の土井裕泰監督と知った。最初の危惧は「泣かせよう」とくるかなというものだった。けれど自然な感情のうねりがあってかなりジーンとくる場面がある。これは役者とスタッフそして沖縄というもうひとつの主役の力がシンクロしたからだ。
妻夫木君は「春の雪」の50倍いい。長澤さんは「セカ中」」の100倍いい。(「春の雪」と「セカ中」は同じ監督さんでした。ごめんなさい。でも「セカ中」では一滴の涙も流せませんでした。)
何故か、ジャン・コクトー原作の映画「恐るべき子供たち」を後になって思い出した。ジャン・ピエール・メルビル監督のほぼ処女作。兄弟愛が底流に流れる。
風土(沖縄)と民族の悲劇(沖縄人の悲劇)、そしてだからこその明るさがあってこそ兄弟愛が引き立つ。
やはり愛が世界を救う。
子供たちに、家族にみせたい映画でした。9月30日公開。⇒公式hp にいにい!
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昨日(8/30)発売された。女性アーティストの歌う名曲をカバー。徳永さんだからバラード・アルバム(第2弾)。

◎曲目:「雪の華」「いい日旅立ち」「あの日にかえりたい」「未来予想図Ⅱ」「かもめはかもめ」「セカンド・ラブ」「シングル・アゲイン」「あなた」「恋人よ」「なごり雪」「M」「瞳はダイヤモンド」「for you・・・」。
◎初回限定盤にはDVDが付いてる。「雪の華」「あの日にかえりたい」「瞳はダイヤモンド」3曲のプロモ・リール。
青春からう~んと遠ざかって悟れた真実を、徳永さんの声は呼び覚ましてくれる。
例えば「雪の華」では「・・・誰かのために何かをしたいと思えるのが愛ということを知った」というフレーズが耳に残るのは彼のお陰。
そういう歌詞とヴォーカリストとの関係がドラマを紡いでく。
“風が冷たくなって、冬の匂いがした。そろそろこの街にキミと近づける季節がくる”・・・そのように季節がかわっていくならば、冬もまた素敵な季節になるなあ。
今年最初の雪の華を眺めるときに、きっと僕はこのアルバムと徳永さんに感謝をするだろう。
●過去の記事:「VOCALIST 徳永英明」⇒ (8/21)
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冥王星が“降格”されてしまった。惑星の地位を失ったともいわれる。「太陽系惑星の定義」について国際天文学連合がプラハで採決した結果という。
水金地火木土天海の8つの惑星の軌道が同じテーブルの上を回ってるのに比べ、確かに冥王星だけが斜めに回ってる。惑星から降格されたのは軌道上に他の天体があるからだそう。小さな惑星を意味するドワーフ・プラネットとこらからは呼ばれる。
研究者による投票の結果というが、どことなく笑えるお話だ。研究者よりも冥王星の方がずうっと先輩なのに。解釈の仕方によって世界は違ってしまう。正しい正しくないなどを自然や宇宙にあてはめようとする愚かさ。創造主でもないのに命名し分類し降格させるなんて。科学が正しいなどと信じてない僕は、なぜか冥王星に親近感を感じている。太陽系の果てに冥王星がひとり孤独に太陽の周りを回ってるという宇宙観が大切なのだ。宇宙戦艦ヤマトはどうすればよい?
どうぞ天文学者のみなさん、太陽系をずっと小さな世界として認識しててくださいな。
冥王星は今もだまって遠い彼方で太陽との重力場のドライブをきかせて、運行してる。天文学者の運命をさらに超えてはるか未来まで。
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9.16に東宝系で公開の映画を東宝の試写室でみせてもらった。『冷静と情熱のあいだ』のスタッフが贈る珠玉のラブストーリー・・・というキャッチ・コピーには惹かれる。(ネタバレはしません、ご安心を)
『冷静と情熱のあいだ』の大多・(東京ラブストーリー)・亮プロデューサー×中江功監督のコンビ。「冷静・・・」と同じく音楽もこっていてアンディ・ウィリアムス、ポール・アンカなどのスタンダード・ラブソングにUKロックの「オアシス」のLYLAが花を添える。
映画を見終わって、無性に<森永ミルクキャラメル>を食べたくなってメトロのスタンドで買った。105円也。本屋では原作・山田詠美氏の『風味絶佳』を購入。つまり、この映画を気に入ったんだ。
カンヌで最優秀男優賞を受賞した柳楽(やぎら)優弥がいい。青春の渇望感がいい。夏木マリがいい。「ピンポン」以来のアザトイ演技がやがて自然にみえる不思議。沢尻エリカさんもいい。
19才の恋心も中高年の恋心もかわりない。そうでなければ大人が真剣になってこんな映画をつくりはしない。70歳のスーパー御婆を演じる夏木マリが、失恋瀬戸際の柳楽君へレクチャーする。
ー『女の子はねーシュガー&スパイス。優しいだけじゃ駄目なんだよ。』
・・・そうか!そうだったのか・・・。いいコトを教えてもらった。しかし知るには少し遅すぎたかなぁ・・・。
公式サイトはこちら⇒sugarandspice
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バスに乗り遅れるな・・・という脅迫マーケティングがあるけれど、この本は必読の書になるだろう。『テレビCM崩壊 マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0』。
翔泳社。著者:ジョセフ・ジャフィ。初版7月21日。都市部のマーケティング書ではBest3に入ってる。うすうす気づき始めたコトが書かれてる。広告ビジネスや企業のマーケティング担当者、大学のマーケティングの学部では必読の書になろう。
昨日、友人のマーケティング会社社長から薦められた。アマゾンでは遅れをとるので書店で買い求めた。
これを読めば、就職に電通や博報堂を志望したりしないだろう。これを読めば、TV局に就職したりしないだろう。裏を返せば、この本が出て以降、広告代理店やTV局に就職を志望するということは時代を読み違えるリスクがあると認識すべきである。
かって映画会社が時代の覇者だった。銀座では映画会社の社用封筒を持つリーマンがモテたという。
時代が変わるときは、いつもドラマチック。智慧だけが身を守る。
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友だちにはなれない。自分のコトだけ考えてる人とは。
信心があるなら、毎日毎朝参拝すればいいんです。有終の美を飾る、とか公約を果たすということなど、エゴ・欲の成せる業。死者の御霊は沈黙してますが、望むことかどうか・・・。
310万人以上死にました。国家が始めた戦争です。始めたのは日本です。大陸へ出て行って、あるいは地上の楽園・オアフ島を爆撃して。
映画「パール・ハーバー」を観て「感動した!」と云う女の子をTVCMでみた。「感動」なんて、相撲じゃない・・・。そういう歴史観の若者がメディアに露出するコトを、植民地化されたといいます。教養のない歴史観のない、祖国や国民のことを考えない政治家が戦争を始め310万人以上の軍人・軍属・一般国民が死んだ史実。そして無条件降伏をした。徹底的に負けたのです。好きなようにしてくださいっと降参したのです。
今日は終戦記念日ではなく敗戦記念日です。耐えがたきを耐えるべき日。六十有余年経ったからといってエエカッコしてはなりません。
もう一度、戦争をこの手で起こさないように。死者を利用してはいけません。310万人に対してパーミッションが得られるでしょうか?
どうか信心があるのなら、毎日毎朝、神社にお参りに、どうぞ。
総理、まずあなたから。
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サザン・桑田さんのニューシングルが今日発売。僕は昨日はやばやGet。
~さらば夏よ~という副題のついた『ダーティー・オールド・マン』。『BREEZE』。それに『太陽に吠える!!』の三曲。専門的なことは判らないがコンピュータを排した手造りのサウンドの響きが懐かしい。いい。
桑田さんの曲は元気がいい。「うな垂れちゃ駄目さ・・・」と中高年にエールを送ってると勝手に解釈。「恋に濡れた真夏の情緒にも早幾年 あやまちと無礼~見舞い中・・・」
カッコいい男じゃなくて、駄目男なのがいい。それで元気がある奴。いまだに夏に恋を意識する勘違い男。それがいい。
初回プレス封入特典の「噂の“スイカーマン”ステッカー」は手帳に貼ることにした。
一度もみたことないけど、話題のチョイ悪おやじ「LEON」のもの欲しげなさもしさとは違ってカッコ悪いという自己認識から行動するのが良い。基本的にモテヨウと考えること事態がさもしい。
恋する相手はひとりで充分だ。
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さらば涼しい夏。今日から太平洋高気圧が優勢に。空もシェア争い。地上の我々がシェアを競わないでいられようか。僕がおもに力を注ぐのはマインド・シェア。あなたの気持ちをGetする。(んなことができたら)
オホーツク海高気圧が優勢だった2006年夏の最後の日。「あの夏の最後の日」。NIKE FREEを手に入れた日。夏の自由を手に入れた。
その直前、新宿の贔屓のラーメン屋「桂花ラーメン」でターロー麺を食べた。950円也。このお店は20年来変わらない。それがいい。けれどラーメン激戦区。ポイント・カードを渡された。安心召されいっ、拙者は浮気者ではござらぬ。
夕刻のTOKYO道頓堀。これは勝手に命名。大阪の道頓堀みたいな夕景。思わずたこ焼きを屋外で。ええ味や!
それからお台場で夕飯。驚きの回転飲茶。店員の女の子も台湾の子。食のルーティン化が粉砕され〆て2500円也。こんなに安くていいの?
なんか一日中食べてるみたいだ。
たくさん働いておいしいものを食べて、太平洋高気圧に勝とう。
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がにめ。静止画をモンタージュしたショート映像作品。幻冬舎から本日8タイトル発売。自分が関わった作品があるので今日は記念日。(少し長いので飛ばし読みを。)
天野喜孝氏と葉祥明氏。才能豊かなビジュアリストにお世話になった。2004年5月が企画の発端で足掛け2年以上。Time goes by.得がたい経験をした。作品は私情をはさまない。けれど作品よりも自分の人生の方が大切な作品だということを、この経験は教えてくれた。
●天野喜孝氏「Fantascope~tylostoma」(ファンタスコープ~タイロストーマ)。 ⇒プロモ映像
大学の恩師が『幻燈の世紀』という著書を上梓された。フランス革命後、幻燈機による教訓劇がパリで盛んに行われたという。「ファンタスコープ」という言葉には詩的な喚起力があった。そこで天野先生の作品群にその名を冠した。暗幕に映される骸骨や幽霊が当時の民衆に革命の恐怖を呼び覚ましてたという興味深い史実。ファンタジーを目指す天野先生はワーグナーの「さまよえるオランダ人」からインスパイアされ絵の構想を練った。DVD企画のずっと前にこの企画は絵画として存在してた。だから正確には足掛け3年以上係わってた。やれやれ。
●葉祥明氏「葉祥明美術館 LINE」。 ⇒プロモ映像
絵本作家として著名な葉先生。何百冊もの素晴らしい仕事。80年代からバブル期にかけて油絵に向った。売る為にではなく生きる為に。思索を深めるために。映像化にあたってその油絵をテーマとして僕に預けてくださった。
昨日久し振りに2作品を見た。特に葉先生の「LINE」は心に染みた。葉祥明氏のオフィシャルHPで買い求めることができる。⇒こちら
僕の時計は既にずうっと未来に長針も短針も動いてしまってる。新しい映像の世界に挑戦するのは少し先になるだろう。
どのような苦労も全てが自分を養ってくれる。全てのことに謙虚に感謝したい。今日は自分が新たな地点に立ってることを知った穏やかな一日・・・。
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昨晩、有楽町の映画館で観た。なかなか面白かった。最初から最後までジダン、ジダン、ジダン。
神が愛する前に、作り手の監督やカメラマンがジダンを愛してる。そうでなければジダンを見続けていられない。僕の愛よりそれは強そうだから、僕にはこれ程長い時間は必要ない。20分位にまとめた方が、映像作品としては締まったろう。
残念なのは、空からピッチを見下ろす視点のなかったこと。超望遠レンズが水平にジダンを狙ってるから彼の空間は歪んでいる。真上からジダンを見れば、彼の動き、導線といったものが描けたろう。これはないものねだりかもしれないが、クリエイターとして真上からのショットを意図して選ばなかったのなら許せるが、全体の映像の設計からミスとしか思えない。
しかし凄い。
人の壁。スタンドの数万人の人の壁。そこから発せられる音響。サウンド・クラウド。そしてスタンドを取囲む広告ー特に電飾で動きのある広告。それはピッチの向うにウェーブのようにみえる。
ジダンは?淡々と走り続ける。そして彼の予言が映画の最後の方で明かされる。現実を先取りするように。僕らがTVでみてるサッカーはゲーム。しかしピッチの上は「プライベート・ライアン」のオマハ・ビーチのように銃弾が飛び交い、人が倒れ呻く世界。サバンナを疾走するオヤジーそれがジダンだった。
●過去の記事●はここをクリック!⇒ジダン!
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現在、過去、未来という時間のディメンションは西欧のもの。日本人は古来から今(いま)を刹那として大切にしてきた。そして未来は今の中にすでにある。
YouTubeという動画配信サイトが人気。日本でも爆発的にアクセスが増えていて、すでにGYAOは逆転された。これから日本でも続々と動画投稿サイトが出てきそうな気配である。
You Tubeは、とにかく面白い。この面白いというのが最も重要な参入障壁。著作権なんてクソ食らえ、という乱暴さがいい。とにかく常識人からでてくる発想ではない。日本のTVプログラムからもかなり投稿されている。凄いコトになってる。
きっとこの先に未来はある。
□本日のStudy.
YouTubeは⇒こちらから
これについての情報ソースの⇒ひとーつ
ふたーつ
そしてつまらないフジテレビのワッチミーTV
おもしろいblogは⇒こちら
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PSPに動画像をMPEG-4 AVCで取込む最短の手間いらずの方法は、SONYメモリースティックビデオレコーダー(MSVR-A10)を購入し1GB以上のメモリースティックPROデュオにお手持ちの動画像や録画出力から映像を取込むことだ。研究の上、一番コスト・パフォーマンスの高い方法はこれだった。appleとSONYの違いはSONYは僕に“研究”させたこと。もっとアプリケーション提案をきちんとすればPSPはもっと売れる。すごいマシンなのに惜しいことだ。
昨日、初めて電車の中でPSPで動画像を再生し、動画像のポータビリティを体験。
グレイト!
頭で想像してた以上に凄い体験だった。音声がステレオで入ってきてそれに映像が加わるから意識は映像に取込まれる。僕の用意した映像は自分で研究用に造ったクリッピング映像集である。(写真はオーソン・ウェルズ監督の「市民ケーン」)
意識を吸い取るようにPSPが集めるのは、その液晶画面の大きさだ。
そしてPSPはジャケットの胸ポケットにすっぽり収まる。これは一種の革命だと思う。愛する映像をあなたの胸に・・・。
:STARBUCKS COFFEE 渋谷2丁目店にて記す
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7月20日がハンバーガーの日だと教えてくれたのはJwaveのナビゲーター。丁度お昼にかけて銀座で打合せがありマクド発祥の地に近接の「銀座晴海通り店」へ立ち寄った。35年前、日本の銀座にMac登場。日本の食文化を変えてしまう。
当時一番驚いたのは、マック・シェイク。吸ってもなかなか飲めないよ~。ネ
ットリした溶けかけバニラアイスの食感は未知のものだった。今日オーダーしたのはハンバーガー、マックチキン、マックシェイク・バニラS、〆て280円也。
こんなに安くてすみません。
息子はマックフライドポテト症候群にかかってる。他のフライドポテトでは駄目。確かに匂いといい味といい、イケル。常習性ある味。
これからもマクドさん、価格破壊の極限まで行ってくださいね。高価格路線にシフトするようですが、子供たちが100円玉を握って大手をふれるのは、あなたの店だけ。
僕らはハンバーガー・ショップとしてでなく、現代の駄菓子屋・子供たちの社交場という風にマクドをみていますから。
(35周年を記念し銀座マック店内にて記す。)
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お寿司の好きな子供をもつと回転寿司に詳しくなる。小さい頃は寿司屋のカウンターだった。サビ抜き・お好みで注文してた。
最近はもっぱら回転寿司。明朗会計(安い)。回転するネタを目で追う楽しさ。子供の指名はいつも回転寿司になる。お店はより綺麗に。工夫を凝らし。そしてより高く・・・。
このイクラのこぼれ具合をみよ。うまいなあ。しっかり心をつかんでくる。最近はここまでマーケティングするか。暖簾で店舗を選別する時代になった。
育ち盛りの男の子たち。よく食べる。家族四人四十皿。それでも控え目な方か。テーブルに塔ができた。その塔を店員の端末が読み込む。でも数えられるけど。
食べ終わって店外にでると夜空がきれいだった。夜空ノムコウ・・・。大型のショッピング・モールには夜でも大勢の人が詰め掛けていた。
でもみんな本当はモノを買いたいんじゃない。家族と夜の大気に包まれ安心してそぞろ歩きしたい。ブラブラしたいんだ。
そぞろ歩きは気持ちを豊かにする。近所で家族がそぞろ歩きできる場所を僕たちは長い時間をかけて失ってしまった。
幸せとそぞろ歩きは go hand in hand。
友よ また来よう。絶対みんなでね。
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CX「ニュースJAPAN」のキャメラアングルを分析し判明した隠された事実とは・・・。三つの疑問への回答。 (前回「滝クリ キャメラ目線の秘密」)
疑問その①:なぜ斜めなのか?、疑問その②:なぜ身をよじるのか?、疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?
ここにそれらの疑問を解く実験を試みた。
左のローズヒップティーが松本方哉氏。右のティーカップが滝川クリステル氏。(画面a.)
↓
滝川クリステル氏を手前に頭を水平に揃え奥の松本方哉氏を望む。広角レンズにより手前滝クリ氏を強調。現在の「ニュースJAPAN」基本画面。(画面b.)
画面a.を今一度見て欲しい。ローズヒップ氏はティーカップ氏に比べると大きいことがわかる。しかし画面b.では相対的にティーカップ氏が大きくてローズヒップ氏は小さくなる。即ち、小さなティーカップ氏を大きくみせる技をレンズの選択とキャメラの角度によって行っている。
ここで仮説がある。画面b.の状態でもしお二人の顔が同じサイズに見えるとすれば・・・。それはティーカップ(滝クリ)氏の顔が小さいからである。
これで疑問その①:なぜ斜めなのか?、疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?が解けた。
それは滝川クリステル氏を実物以上に大きく見せつつも、二人のキャスターが同じ大きさ(バストショット)であるという暗示をかける技法であった。
疑問その②:なぜ身をよじるか?は、かくも技巧的に滝川クリステル氏を愛するCX局の演出意図にある。ここからは大胆な想像による仮説提示となります。お許しください。
午後11時30分にこのチャンネルにチューニングする視聴者の多くはくたびれたビジネスマン。遅い帰宅をはたして、ビールを片手に就寝する前のひとときを過しているかもしれない。その時に滝クリ氏の<訴えかけるような>目線は自分を信頼し自分に語りかけてくれる幻想を育む。その上で<身をよじる>仕草は同じ会社の同僚として会議中自分の方に身を向けて相対してくれる幻想を育む。上から俯瞰する時、かすかな優越感(力の優位・視線の優位)を覚える。そして再び滝クリ氏の<訴えかけるような>目線で見上げられることは疲れ果てたビジネスマンに心地よい自信を呼び覚ます・・・。
結論:滝川氏は疲れたJapanese Gentlemanを介抱しつつ明日への勇気を与えて報道する戦場の花なのである。
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CX「ニュースJAPAN」のキャメラアングルを分析すると意外な事実が・・・。
すっかり滝川クリステルさんの口調に文体が影響されてしまった。
松本方哉氏、滝川クリステル氏のバストショット⇒フルショットはすでに斜めから。疑問その①:なぜ斜めなのか?
斜めからが基調のフルショットでは奥から松本氏が力強く発声す。クリステル氏、顔の角度に注目されたし。疑問その②:なぜ身をよじるのか?
見上げるクリステル氏。俯瞰フルショット+番組end。 疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?
解法の探求その①:斜めから広角レンズで撮影。両者の頭のラインが揃っている。しかし手前クリステル氏の体は背景の松本氏に比べ約1.5倍の容積率(つかみで)。しかし両者の頭部をご注目。同じ大きさ。これ以上は・・・。察してほしい。このキャメラアングルでクリステル氏を美しく見せることは副次効果であったろう。当初の意図から逸脱した理由とは?・・・。
解法の探求その②:キャスターが身をよじって話さなければならないとすればかなり過酷な現場。仮に腰痛になられた場合、労災は適用されよう。不自然な設定をクリステル氏に強いるのには理由があるはずだ。その理由とは?・・・。
解法の探求その③:俯瞰ショットの秘密。不思議な光景。見下した映像。そこにも隠された意図が。その秘密とは?・・・。
to be continued.
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ジダンがCANAL+のマイクを持って会見した。子供たちに対して謝罪。しかし「後悔してない」と
表明。家族への侮辱が理由。僕はほっとした。後悔してないことに。詳しい報道はこちらを click!⇒ほっ
ジダンは自分の行為を許しがたいとしながらも、本当に制裁されるべき人は他にいるとも。FIFAは事情聴取へ。しかしジダンの父親は「世の中にはもっと重大なことがある」と発言。脱帽。キャリア最後の10分間の出来事の波紋は広がる。
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ジダンを17台のキャメラが追う。300mmの望遠レンズがピッチの彼を狙撃する。みたこともない映像。音響。8万人の群集の視線が集中するPinPointにどんな恍惚と不安があるのか。見てみたい。15(土)から都内1館で。しかし神は本当に愛した?恋ならばわかる。恋は必ず死ぬから。「ジダン 神の恋せし男」。
予告編をみたいあなたへclick here!⇒こちらだす
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W杯の最後がああなろうとは。せっかくの花道が荊(いばら)の道に。
仕事で都庁へ。会社の同僚とどうしても頭突きの話になってしまった。おそらく世界中この話でもちきりだ。
ローマ人の姦計に君は墜ちた。ローマ帝国は抗争の歴史。勝利か死か。彼らは手段を選ばぬ。
栄光の頂から奈落へ。寡黙な君。その背中。何故だ?一日中僕も自問した。怒りが運命を打ち砕いたのだ。その意志が生まれて0.3秒後に脳から体へと指令は下った。そこから0.2秒後に体が動いた。最初のたった0.3秒が行動の猶予期間だった。運命の分れ目はそこにしかない。
どうか0.3秒が一生を苛むことのないように。
栄光の黄昏を皆もまた哀しんでいる。世界中の君への夢を抱いた子供たちに贖罪は可能か。苦しみは子供たちの夢を奪った代償。暴力の現実をピッチに入れた罪と罰。それを君は僕たちに教えてくれた。
僕たちは夢をみた。君のプレイに神をみた。
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「バウ・シリーズ」30周年記念映画祭が7/15(土)から始まる。タイトルのコピーは週刊文春7/6売号・123Pの記事より。
“傑作の光を浴びる”-うまいことをいうなあ。どうせ浴びるならいい映画館で。日比谷シャンテシネ。
94年に大ヒットした『ピアノ・レッスン』は切ない恋の映画だった。女性監督が描く恋は激しくて、きっとジェーン・カンピオン監督は激しい恋を経験したに違いないと思った。映画を観て、肉体的な「いたっ」という“傷み”を感じた。
サウンド・トラックのCDまで買った。MICHAEL NYMAN(マイケル・ナイマン)のサントラは音楽で充分この“THE PIANO”に象徴された女性の性愛の狂おしさを歌い上げる。声なき主人公は現代音楽の作曲家ナイマンの旋律によって声になる。
結局のところ男性は女性の愛の力には叶わない。
ハーヴェイ・カイテルが実にいい。
予告編が観れて楽しいページはこちら。
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CXの「ニュースJAPAN」のメインキャスター、滝川クリステルさんは以前から我が家では有名人だった。ニューヨークからの中継で滝川クリステルさんが元気そうだったよ、と息子が話してくれて、いみじくも彼女の<憂い顔>が中高生の男子にも認識可能な魅力であることがわかった。
滝川クリステル(28)。本名は滝川・ラルドウ・クリステル・雅美。Takigawa Lardux Christel Masami(これをしっかり覚える処からファンの道は始まるのだろうなあ。)彼女はフジテレビの局アナではない。CXの子会社の共同テレビの契約するフリーのタレント・アナウンサーだそうである。道理で知性を感じさせる。2000年のCXのアナウンサー試験で最終選考で落ちた3人のうちの一人だそうである。さすが共同テレビの採用担当者は見識がある。
彼女について永年疑問であった謎が、今日解けた。
「AERA」創刊1000号記念増大号(06.7.10/朝日新聞社)の81㌻に「斜め45度の不思議空間」と題された彼女の記事が載っていた。あの斜め45度の秘密が氷解した。
「モナリザ」の角度。だそうである。滝川キャスターが一番美しく見えるように斜め45度の角度にしている」とプロデューサーが女子アナ内輪番組の中で種明かしをしたそうである。本当にクダラナイことをしている。彼女はどこから見ても美しいのに。
通常このクラスの人気フリーだと他番組やCMで年収5000万円はいくという。それをこの番組一本で局アナ並の年収に今年やっとなった由。
こういう処がいい、んです。一国の宰相が「格差社会」を是認する発言をする。だから、滝川は清々しい。
何故他の番組に出演しないかと問われて、彼女は「報道で現場に行かなければいけない事態が起きた時に困るから」、と答える。
うむ。斜め45度よりもこういう処が、内面から生じるオーラに含まれるのだろう。
人間の魅力はごまかしがきかないもの。
フランス人の父親とは今も仏語で会話するという滝川クリステル。明朝のW杯決勝の応援は間違いなくフランスだろう。僕は別にファンでもなんでもない。けれどあの哀しそうな眼差しで訴えられるように見詰められると、きっと思考回路は吹き飛んでフランスを応援してしまうだろうなあ。
どちらを応援するのか決めかねていたが、結局こういうことで応援国は決まってしまうんだ。
ジダン、がんばれ!
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Journalist。美しい響き。けれど「朝日ジャーナル」は廃刊になって久しい。僕たちは毎日おびただしい報道(TV、新聞、雑誌、ラジオ、web)にふれる。期待して「トップキャスター」を見たけれど、バラエティだった。印象的。象徴的。
とても大判。ニューヨークタイムズ100周年記念特別編集。『フロントページ』。NYタイムズの1面で歴史は語れる。Journistの100年の歴史がそこにある。
例えば、1964年11月23日。JFK暗殺の日。日本語では「ケネディ狙撃され死亡。ダラス市内を車でパレード中。ジョンソン、大統領専用機内で就任宣言」。
英語はロジカル。論理的。
KENNEDY IS KILLED BY SNIPER AS HE RIDES IN CAR IN DALLAS;JOHNSON SWORN IN ON PLANE
紙面をみて判る。ここにはJFK⇔Johnsonの対立構造がある。IN CAR⇔ON PLANE.肖像の対称性。
一面の下の部分ー。
就任宣誓⇔暗殺 その構図。人生の明と闇。栄光と悲劇。生と死。
しかし不自然ななにか。早すぎる死。早すぎる宣誓。
結局、Journalistとして語ってはならぬこともある。レイアウトに託されたもの。Johnsonはやがてヴェトナムという地獄を背負う。疑惑もまた。
恐ろしい執念。JFKの肖像写真。白いキャメロット。Johnsonの肖像。grayの背景。gray eminence は黒幕の意。
事件の表層を報道するのは誰でもする。しかし深層を抉れるものは限られている。使命があるとすればそれ。
深層に真相は宿る。
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The Fourth of July(7月4日記念日)のアメリカでは、NASAのスペ
ースシャトルが飛んだ。フロリダの上空に向けて屹立する噴煙。アメリカ最大の祝日に最大の宇宙ショー。成功して良かった。
一方極東の半島の国からは中距離弾道ミサイル(IRBM)を含み6発が発射された。コードネーム命名はアメリカ。
射程~6000km。アメリカを射程にいれる。約42秒で日本海に墜落。最大級にして高価な兵器は海の藻屑に。実戦配備のミサイルも発射。つまり開発終了したミサイルも発射。威嚇行為。メッセージは何?
スタンリー・キュープリック監督の『博士の異常な愛情』(1964)ではある将校の“賢明ならざる行為”で戦争が始まる経過をブラックに描いた。
ABC、BBCともトップ扱いで報道。(アメリカは迎撃を予定。)BBCは「ミサイル外交」とし、核弾頭を6~10発保有と報道した。
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久しぶりに書店に行った。本屋に行くと本を買い過ぎる ので気をつ
けてる。昨晩は新刊二冊買ってグッと我慢。本との出会いは直感的に決まる。出会い頭にピピッとくる。書名・装丁・手に取った時の感じで選ぶ。
鴻上尚史(こうがみしょうじ)氏ー『孤独と不安のレッスン』副題に「よりよい人生を送るために」。(大和書房)
鴻上氏とは同じ大学。一度だけ友人の披露宴で同じテーブルを囲んだ。こちらが良く知ってて、あちらが知らない関係。自慢にならない。この人の演劇人としての姿勢、飄々とした人となりが僕には好ましい。
23章に各レッスンの簡潔なポイントが示されてる。若い人に向けた書き下ろし。彼が若い人のことを考えて考えて書いたのが伝わる。その誠実さ。20年以上も劇団を率いるとは<人間動物園>の住人だ。人間を見る目が正確でいながら優しい。心と体の相関・矛盾も知る。
一番胸を打たれるのは、鴻上さんが自分でなく若い人の将来を考えてることだ。そのために自分に何ができるかを考えている。僕も最近考えているのはそれである。大人は自分のことだけ考えててはいけない。政治家が任期最後まで物見遊山してはならないのと同じ。最後まで国民・民衆のために尽力するのが古今東西の名政治家だ。
自分のことでなく若い人の将来を考える。それはちょとした態度、仕草でわかる。それは本も同じである。
時として別れ際に、それはわかったりする・・・。
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今朝このblogは100回を迎えました。五月にopenして以来いろいろな方々が訪れてくださり、暖かいコメント・TBまで頂きました。
飽きっぽい僕が続けてこれたのは、それは本当に皆さんのお陰です。感謝致します。これからもご一緒に楽しむ気持ちでやってまいります。どうか時々訪れてください。お待ちしています。 {店主/チャーリー}
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昨晩は東京・目黒の閑静な住宅地にある隠れ家のような蕎麦屋で会合があった。勤務してた会社のOBが集まる。不思議なOB会。
前を走るアウディのopen2seaterをパチリ。僕はopenにしか欲情しないカラダになってしまった。十年前からその病は進行しているー。
会合時間まで少しあった。近所の「林試の森」を散策。林業試験所の略。<臨死の森>ではない。携帯のデジカメのボケ味がいい。
掛け軸には「喜寿」と書かれている。庵(いおり)の風情。
前の会社を辞めてから丁度十年。十年一昔という。その通りだった。インターネット革命がかなりの影響を社会にも会社にも僕にもインパクトを与えた。
僕の携帯のデジカメの良さはフラッシュがないこと。何故人は写真にピントを求めるのか?僕は魂を抜き取れれば。(←カッコいい!)眼の前の友人は何枚撮ってもフランシス・ベーコンの肖像になってしまった。全員の記念撮影。皆の<魂>と<存在と時間>が写っている。
前いた会社はあぶないらしい。僕は皆が苦しくなる前に苦しかった。Dead zoneのように先が見えた十年前。清水の舞台からエイッと飛び降りて、結局骨折続きの十年間。どっちが良かったか神のみぞ知る。
会社に残った人々は今が一番大変な時期という。内心醒めて聞いていた。楽じゃなかった。皆生きることは大変なんだ。
けれどもこれだけOBが活躍してる。社長さんばかりで笑える。元の会社は駄目なのに、人間は駄目になる訳にはいかない。生きるためには、生き残るためには、明日に向かって歩かねばならない。「明日に向かって走れ」はポール・ニューマンとロバート・レッドフォードに任せていい。
帰路は渋滞。暴走族がブンブンうるさい。まだ少年の顔をしてる。coolな怒りがこみ上げる。親のスネをかじりながら大きな音を立ててる。アホか。お前らそれでやってけるか。食うのがどんなに大変でスネかじりが。働くことは敬虔なこと。ブンブン一生やってろ。
一人になったら、いい少年なのだろうに、と思った。
朝、駐車場前でうずくまってた少女の瞳を思い出した。「どうしたの?」そう聞くと「ころんじゃったの・・・」という。しゃがんで膝小僧をみる。血がにじむ。「お家に帰って手当てしなさい」。そこまでが精一杯だった。昨今の事件は善意にもストッパーをかける。自分の優しさはここで御仕舞い・・・自主規制が働いた。クルマに乗ってゆっくり走リ始める。さっきの少女とすれ違う。彼女の瞳と僕の目が一瞬合った。言葉がかよった気がした。
僕が守りたいもの。それは子供たちの瞳の輝き。
いろいろな人生がある。どこかで繋がっている。
新しい7月が始まる。
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十年前(1996)、お台場のテレコムセンターで仕事してた。昨日、会社の友人と臨海副都心に行ったついでに懐かしい“凱旋門”で昼飯をとった。
2Fのイタ飯屋でランチした。食後に“凍った”チーズケーキがでてきた。(←ノコギリの様にナイフを使う友人)。テナントにも空きが目立てば、ケーキも凍るさ。
十年前、お台場は《最新鋭のゴーストタウン》だった。テレコムセンターからフジテレビまでの間にはほとんど何もなかった。初夏に空き地がお花畑になった。お弁当を広げたりしたっけ。(↑上空からみたテレコムセンター)
アトリウムにはガラス天井を通って光が降り注ぐ。随分TVCMで使われてた。雨の時にはいいが、雪の時には“ゆりかもめ”がたまに止まった。Oh My God! 陸の孤島。徹夜した晩数知れず。こんなミニチュアも今ではB1駐車場のエントランスで寂しい展示。パチリ。
しかしここで僕らは夢をみた。まだインターネットはダイヤルUPの時代だった。ブロードバンドの今ならば実現する夢を十年前に見た。十年前の夢は“まぼろし”と呼ぶのだろうか。
このアトリウムでどれだけエスプレッソを飲んだろう。僕たちが“まぼろし”を追いかけていた頃、シリコンバレーではヤフーがアマゾンが勃興してた。多くのまぼろしがやがて消え、そのかわり夢がいくつか大輪の花を開いた。
十年前のあの日々があったから、今の僕たちは此処にいる。死ぬ程悩みもした。試行錯誤だった。前例はなかった。経験は誰も持っていなかった。けれど貴重な経験やノウハウを手に入れた。
実現しない夢をみたからこそ、夢の精度は上がった。そしてなんとか十年間メシを食うことができた。誉めてつかわす。(誰もいわんもん。)
テレコムセンターの”凱旋門”の形状は暗示的だ。もしもこれから時代の脚光を浴びなくても、栄光を夢見た僕たちにとって、それは夢の凱旋門。いつまでも僕らを迎えてくれる、こころの拠りどころである。
この十年間の革命をみてきた者には、これから十年間の革命がわかる。革命前夜の「甘い生活」を過した僕らは・・・。
もう まぼろし は追わない。
だから明日に向かって生きる。若い奴らの何倍も勉強してやる。うんと勉強して頭をシャープに磨いて、目の付け所が“シャープでしょ”といえる自分にヴァージョンUPするぞ。
今度はきっと勝つ。
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【目撃情報】6/27/2006.11:45am~12:15pm:near by kaigan street in Tokyo.[仮面ライダー撮影隊/役者さん&制作スタッフ+報道陣+少年a.]
会社の友人とお台場に向かう途中、話に夢中で道を間違えてしまった。レインボーブリッジを渡る手前で海岸通りを横断しお台場の対岸に位置するコンテナ埠頭に迷い込んだ。僕は方向感覚だけはよくて、海岸通りに戻れるようハンドルをきった・・・ソコで出会ってしまった!《仮面ライダーたち》に。
日常的な風景が被り物をした大の大人と撮影隊2~30名の集団ですっかり豹変、騒然・・・。理性よりも早く路肩に駐停車。ハザードランプを点滅させ現場に直行。隣で友人が目を白黒させてる。
僕は携帯のデジカメでパチリ、パチリと撮影した。今日の格好はピンクのシャツを開襟に白いチノパン、黒の麻のジャケット。友人に後で、“業界っぽいから撮影できたんですね”と妙なところに感心される。昔、TVCMを造ってた時期があってこういう火事場の力学は判ってる。
み~んな関係者だろうと思ってて、誰も問いただしたりはしない。それぞれ持ち場がある。関係者は英語で the persons concerned という。<関係あり>なんて<訳あり>のように調子のいい言葉だ。
面白かったのは皆、真剣だったこと。気温は路面温度で30℃は超えてたろう。被り物のお兄さんたちがスロープで格闘する。撮影でなければ警官出動の騒ぎだ。仮面ライダ
ーの腕や武器を持った小道具さんが舗道を早足で駆ける。これもヤバっ。この場所は都会の盲点だった。少年a以外に見物人はいなかった。マルコメ味噌の少年のよう。刈上げで可愛かったのでパチリ。
その後の僕らの予定で早々に撤収。スタッフの方々は次のカットの準備に追われていた。二十代の若者たちが撮影の縁の下を支える。CM業界ではなんと「奴隷」と呼ばれる。それだけ過酷な現場だ。
モノ造りがしたくて映像の世界に入った若人をみてると応援したくなる。一方のTV局や映画会社でproudでチャラい若者をみると、内心蹴飛ばしたくなる。地球は自分を中心に回ってると思うから、不祥事が絶えないんだ。小人閑居して不善を為す。古いか。
仮面ライダー、がんばれ!
今日は仮面ライダーに会う為にわざわざ道に迷ってしまった日。
人生わき道にそれるのも時には悪くない。
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ニコラス・ケイジは好きな役者だ。伯父にフランシス・コッポラを持ち芸能一家に育ったという。どことなく育ちのいい人。『リービング・ラスベガス』LEAVING LAS VEGAS(1995)でアカデミー主演男優賞を受賞。彼の気弱な優しさが壮絶なアル中の演技の中ににじんでた。際物として好きなのはご贔屓ブライアン・デ・パルマの「スネーク・アイズ」SNAKE EYES(1998)。このニコラスははったりとオーヴァー・アクションで怪演。やくざなニコラス刑事。(←刑事・・・ケイジ、シャレのつもり)
本題に入る。
●新作『LORD OF WAR』:武器商人になってしまったまっとうな中年役。当惑してるニコラスの表情がおかしい。事実に即した死の商人がニコラスの演技で批評性を持つ。冒頭のタイトルバックで銃弾一個の製
造過程から輸出され銃口から発射され黒人の少年の頭を打ち抜くまでの描写は秀逸。批評性がある映画である。美しいキャメラ・ワーク。死の商人の活躍を知る情報映画。戦車何台にオマケ1台という世界ー巨万の富が手に入る。現代版不思議の国のケイジ。
●新作『The Weather Man』邦題ー「ニコラス・ケイジのウェザーマン」。TVのお天気おじさんのケイジ。これはひょっとして傑作。まるで、村上春樹の小説世界のようだ。ニコラスは現実世界と微妙なずれを日常で感じてる。中年の彷徨い。市川準監督の「トニー滝谷」と妙な一致がある。
幸せな中の空虚感。幸せって何?という問いかけが根底に流れてる。
ニコラス・ケイジは何を演じてもケイジ。現実に少し違和感を持ちながら生きてる中年男を演じさせると、本当にうまい。クレイジーだけれど許してしまえるのは、ニコラスの育ちの良さからくるものだと、僕は思ってる。
武器商人もお天気おじさんも似たように見せてしまうのは、ニコラス・ケイジという役者の持っている批評性だと思う。
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W杯ブラジル戦が終った。
いくつもの言葉が浮かんでは消える。選手にもサポーターにもそれぞれの夜、それぞれの朝が訪れる。
but・・・
Show must goes on.
ブラジルから1点奪ったのは日本だけ。だから後はブラジルが完封するよう応援しよう。
We're never over.
ーそれでも人生は続くー
バンドネオン奏者として世界中で活躍中の小松亮太さん(←photo真ん中)の生声を、今朝のJwave「Morning Session」で聞いた。仕事先にクルマで向かう途中から聞き始め、結局駐車場でそのコーナーが終るまでクルマから降りられなかった。
今、彼が支援してる「ムコ多糖症」とのなれそめや彼の熱い思いに、僕の朝の眠気はふっとんだ。感動した。
<Jwave>HPでその音声を聴ける。HP左のタイムテーブルの8:20amからの「Morning Session」の帯をクリック。すると本blog(左上)の写真があってその下に♪メディアプレイヤーで聴く・・・とある。ここで番組の音声を聞けます(一ヶ月以内)。
小松さんの熱き想い、素晴らしい行動力、そして何よりも子を持つ親として「何かしてあげられることを」という無私の優しさに胸を打たれた。
1億3千万人いる日本で、300人しかいない子供の進行性の難病。だから国も製薬会社も“商売にならないから”誰も何もしようとしないという。
7、8歳の子供が関節が固まり動かせず最後には声を失い死んでいく・・・こんな子供の悲惨な死を小松さんは聞き流せなかった。
チャリティを、小松さんはし始めた。自分が出来ることだから。その心は「自分にも子がいるので、親の気持ちがわかるから」とさり気なく語る。
希少な難病だから、手を差し伸べない国家と、商売にならないから手を染めないマーケティングと企業論理。現代日本の“それをいっちゃあ、おしまいよ~”(寅さん)的状況が浮び上がる。極東の豊かな国家。勝ち組と負け組?自助努力?・・・オペラが泣くぜ。
これはシンボルだ。そう僕は思う。国(ボーダー)から放置された病に苦しむ子と親に、音楽というボーダーレスの世界から救援の志が届く。
これからはグローバル・スタンダードで弱肉強食、成果主義、マニー、マニー、競争戦略だ? もう騙されないよ。
本当はすべての人間のこころに響くものこそ、グローバル・スタンダードである。
小松亮太さんのバンドネオンはとても官能的な響きです。
いよいよクロアチア戦が始まる。日本が勝てるようにと祈ってる。
今週一週間は時の流れが早かった。あっという間に日曜を迎えた気がする。一週間、オーストラリア戦に対するいろいろなコメントや解説を聞いた。週刊誌の「こころない」記事の見出しに頭にきたこともあった。僕はそういう記事を読みも買いもしないが、それには理由がある。
自分はかなり論理的に考える方だし、何十年も生きてきて、この社会(世界)の仕組も理解している方だと思う。最近西欧的な文化や科学技術とは違う視点が、自然に自分の内に生じてきている。
昔ならば、もっと人間を「外科」的に見ていたが、最近は「脳外科」的に見ている、という気がする。勝つ時、負ける時には、集団意識のパワーや勝利の女神の存在を感じたりする。「気」の流れ、とでも言おうか。
面白い本がある。遺伝子の研究をしている村上和雄氏(筑波大名誉教授)の「遺伝子オンで生きる」。
サイエンスの世界で意識や思いが遺伝子のon、offに関 係してるコトが判りかけている・・・そういう話が書かれている。「祈り」が効くこと、どんなに遠方であっても・・・という事は昔なら一笑にふされていたことだろう。
逆境になると、遺伝子がonになる(なりやすい)ということもある。自分自身、逆境の時には思いもかけない力が自分の内から湧いてきたり、知恵が搾り出されたりする経験がある。だから信じている。信じるものは救われる、とは先人の知恵である。
そこで日本選手に「気を送る」つもりで、祈ってしまう。
今が逆境ならば、大きな力が湧きやすい。それが集団意識に積分化された時には驚くべきパワーになりやすい。僕の意識の中から「負け」という意識を追い出そうとしている。「勝つ」ことだけをイメージできれば、「勝てる」確率がずっと上がると信じている。
日本選手が悔いない自分たちの試合をしてくれるようにと祈る。自分たちの試合を支配してくれるようにと祈る。最後の最後まで「勝つ」ためにできる事をする、それには強い精神力がいるけれど、そうする。
今、マイナスの記事や否定的な週刊誌を買わないのは、敵に塩を送る時機ではないから。
「敵」は、自らの内にいる。「内なる敵」。それを封じ込める。
(Jwaveのジョン・カビラ氏が現地に乗り込んだ。僕は一週間、彼の声を聴くことが楽しかった。だから彼の声をイメージしてドイツに気を送る)
「頑張れ!ニッポン!」
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注文して翌日(今日)到着。「幻」の映画はこうして僕の手許で「リアル」になった。amazonからというのが今っぽい。
取扱注意。本当に。僕は開封したけれど、まだ観ていない。どのタイミングで観ればよいのか。僕が観るには何らかの儀式(イニシエーション)が必要である。
真面目な仕事のDVDパッケージ。三島由紀夫自筆の「憂国」と題された小冊子(P40)。三島の「製作意図及び経過」と題された貴重な創作ノートは収穫だった。
大勢の人々の助言を経て、三島は彼の核心のテーマを映像化した。その経緯が本人の筆で描かれている。三島がこの映画製作に賭けた思いと興奮が伝わってくる。その無防備な程の思いが、僕には切ない。
やはり、三島の天才に時代を生き抜いて欲しかった。僕は熱烈な三島ファンではないが、彼の多くの文学的業績を経て、同時代を幼い眼で見詰めてきた者として、やはり歳を重ねた三島氏の知性を日本は必要としたと今日の状況をみて思う。
「憂国」。それは重い言葉。
彼が事件を前に残した言葉は今でも僕に問いかける。「或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもならなくなっているのである」三島は日本の魂(たましい)の消失を予見していたと僕は思う。
その知性は1970年11月25日に潰えた。
ーそれでも武士か!と叫ぶ三島の声が自衛隊員の野次でかき消されるニュースに、芸術家の悲劇を僕はみた。何という酷い野次かと高校生の僕は思った。
そのようなエピソードがあって、僕には「憂国」を普通の映画を観るような形では鑑賞できないのである。
いつか観る日が来る。
禁断の映画の封印を、自分自身の意志で解く自由を僕は得た。
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今朝の読売新聞に、都内の銭湯が1000軒をきったという記事が載っていた。そういえばGWに近所の銭湯を探したけれど、あるべき処に銭湯はなくなっていた。
何度もチャリで近辺を探した。やっぱり銭湯の場所は更地と建て売りに変わっていた。驚いた。まるで、銭湯という建物自体がどこかへ飛んでいってしまったようだった。
そこで、駅前にある別の銭湯を訪問した。夕方にお客さんは三人くらいしかいない・・・。熱い熱い46℃のお湯につかって、高い天井と富士山の壁画を眺めた。う~ん、銭湯、危うし。
昨晩八時ごろ、今度は車で近場の「スーパー銭湯」に行ってみた。駐車場はほぼ満杯、大広間には三十代の夫婦を中心に、一歳から三歳くらいの子供と一緒という家族連れで、賑やかだった。子供たちと親とのやりとりを見ているだけで、なんだか寛いでくる。
思うに銭湯の46℃の温度では、幼児にはきついと思うのだが、既にお年寄りしか、銭湯には行かないので、心配ないか。
僕は、銭湯も「スーパー銭湯」も大好きである。銭湯には、がんばってもらいたい。
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