ウールのコート 革の手袋
すっかり街は冬の装いになった。
クリスマス・カラーが街をいろどっている。
そんな変化を目にしつつ仕事先へ向かうのは、なんとなく楽しい。
昨日はウールのコートをこの冬はじめて着た。
今日は革の手袋をこの冬はじめてした。
そう装うと、冬の街を歩くのは楽しい。
ヨーロッパの人々の装いもまた厳しい寒さに鍛えられた成果ではなかろうか?
寒い時にお洒落をして、街を歩いてみよう。
そんな試みを、この冬してみたいと思った。
すっかり街は冬の装いになった。
クリスマス・カラーが街をいろどっている。
そんな変化を目にしつつ仕事先へ向かうのは、なんとなく楽しい。
昨日はウールのコートをこの冬はじめて着た。
今日は革の手袋をこの冬はじめてした。
そう装うと、冬の街を歩くのは楽しい。
ヨーロッパの人々の装いもまた厳しい寒さに鍛えられた成果ではなかろうか?
寒い時にお洒落をして、街を歩いてみよう。
そんな試みを、この冬してみたいと思った。
雨の日にはホーキンスのトラベラー。
それが雨の日の定番になった。
トラベラーの靴底のタイヤ模様は、そのまま強力なグリップ力を発揮してくれる。
しかも雨が浸透しない安心感。信頼してる。
だから朝から雨降りの日は、迷わず「トラベラー」を履く。
そして、午前中は晴れで、午後には雨が・・・という日には、迷わずメレルのカメレオン。
水陸両用だから。
ゴアテックスの生地は雨を通さない。
急に雨が降り出しても、安心なカメレオン。
履き心地は極めていい。
足を包んでくれている感じで、身体の一部のようだ。
冬の寒さに足が冷えることもなく、しかも蒸れない。
これもまた信頼に足る。
足の指先がカメレオンをホールドしてるような一体感。
履きたくなる愛用の一足。
交代要員に、モスグリーンのカメレオンらしいカメレオンを買おうか。
これ以上の靴に出会うまで、このハネムーンはしばらく続くだろう。
メレルのシューズがカッコよくみえてしかたなかった。
MERRELL CHAMELEON (メレル・カメレオン)。
それがメレルを初めて見た時の印象だった。
それでいてGORE-TEX(ゴアテックス)やビブラムソールを取入れてて、アウトドア心をくすぐる。
結局、マニアックな造りが自分好みだった。
靴というよりGearという風情。そこが気に入った。
この冬を、メレルのカメレオンで始める。
雨の日やみぞれの日にも、試したい。
アウトドアは週末の山や丘陵地帯だけではない。
東京には、渋「谷」もあれば自由が「丘」もあるさ。
お気に入りのnew ballanceも★
イタリア人経営者が来日し、昨日はランチをはさんで数時間行動を共にした。
イタリア人とアメリカ人は、いろいろな面で対照的である。
イタリアン・ブランドとアメリカン・ブランドの違いは、歴史の遠近法が作用していると感じる。
そのイタリア人経営者は二代目で、まだ40代の若さ。しかし父親から譲り受けた帝王学を身に着けているようだ。ブランドに対するこだわりは厳しい。
アメリカ人ならば、マニュアル化し、数字や「見える」化したマテリアルによって、ブランドを規定しようとするだろう。しかしそのイタリア人経営者にとって、ブランドとは絶えず哲学する対象のようにみえる。
延々とブランドについて、語り合う。
イタリア人の歴史の深さは、日本人の歴史観に通じるところがある。
しかし日本人にはない強いアイコンタクトで、ブルーの瞳がこちらをみる力強さは、まるでローマ帝国の末裔がそこにいるような気にさせる。
日本人の心を惹きつけるイタリアン・ブランドの奥には、おそらく文化や伝統、芸術やイタリアの光がブレンドされてできる結晶があって、それはアメリカ人にはつくりえない硬度を持っているようだ。
イタリア語の響きには、英語の持つ倫理的構築力とは違う情感が豊かに流れている気がする。
そんなことを思っていると、帝国ホテルで、相手はアメリカンクラブサンドとコカコーラを頼んだ。
ボクは静かに、エスプレッソを頼む・・・。
時計を探して、たくさんの知識を得た。豊富な知識をもった店員さんの話が有益だった。
結局、時計で自分をどのように演出したいのか?
それが大切な事柄だと知った。
愛用の時計が、華奢な感じで壊れた。なので、「華奢」なものは嫌だった。不思議なことに、その壊れた時計が修理されたとしても、再びその時計をしたいとは思わない。その時計の脆弱性が頼りなかった。時を正確に刻み、どのような条件下でも頼れる存在であってほしかった。
時計に正確性、堅牢性を求める気持ちで探していくと、ほぼほとんどの時計は消えていく。
数少ない候補から決めたのは、CASIOのPROTREK。
プロトレックと読む。
時計の形をしたコンピュータ。90頁の取扱説明書がつく。
電波時計であって、かつソーラーセルで発電し自ら充電し動く。
方位計測、気圧・温度計測、高度計測などができるセンサーが埋めこまれてる。
そして気に入ったのが、タイドグラフとムーングラフ。
タイドグラフは、潮の干満を知らせる。ムーングラフは、月の形を知らせる。
時計の文字盤の中で、大自然の営みが感じられる処が、気に入った。
結局、ボクが時計に求めたものは、いついかなる時においても意志決定に役立つ情報を提供してくれ、なおかつビジネス・シーンにも許容される実用性と“遊び心”だった。
しかし日本人の実装技術はすごいと思う。
フルオートELバックライトをオンにすると、暗闇で腕を水平から40度傾けるだけでデジタル表示が発光する。
そんなことを考えつき、それを実現しうる技術を持つ国は、世界でそう多くない。
あるいは日本人だけかもしれない。
ビジネスマンが時計を選ぶ時、どんなアプローチを辿るのか?
そんな興味もあって、売場の店員さんにリサーチした。
一蹴されたのはSUUNTO。
気になっていたスント。北欧のリストップ・コンピュータという概念は、しかしスポーツタイプで大きくて、という理由でビジネスのTPOには向かないと断言された。
ー例えばG-SHOCKで、ビジネスマン向きの時計、あります?
店員さんは応えてくれた。
ーG-SHOCKは1~2万円ですからねぇ~。
ービジネスマンは平均いくら位の時計を買っているのでしょう?
ー5万円位でしょうか・・・。中には数千円の方もいらっしゃいますよ。
ー5万円ですか。意外と安いんですね。ずばりお薦めは?
そして示されたG-SHOCK。
悪くない。
しばらくして、別の店員さんからBVLGARIとタグ・ホイヤーを強く薦められた。
BVLGARIは20万円から40万円台の間で、黒のラヴァーをアクセントにしたシックなデザインのものがあった。タグ・ホイヤーは自分にはメタル部分がキラキラし過ぎるようにみえた。ロレックスはオジサン好きの時計にみえた。(そういうボクもオジサンですが。)
結局、自分が時計に何を求めているのか? よく判った。
機能性と信頼性。正確に時を刻み、そのデザインはシンプルであって華美でない。控えめなデザインとしての洗練性をアピールするものの、ブランドとしては誇示しないもの。色はブラックを基調に、できればデジタルではなくアナログでありたい。
そういう時計に巡りあいたい。
時計に拘る人にとっては申し訳ない話なのだけれど、ボクにとって時計は機能性とデザインがほどよく適度に満たされればいいと考えている。
愛用の時計のベルトが傷んで、新しい時計を探すことにした。
あらためて、時計の世界の広さ深さに驚く。
無限の選択肢がある。
男性誌には時計の夥しいパブリシティ記事が載ってる。その記事のヴォリュームから、時計業界が如何に付加価値の高いビジネスかが伺い知れる。
原価(コスト)と価格の乖離が、これ程ある商品も少ないだろう。
空気や水や香水を売るのに近い。(もっとも昨今、空気も水も調達コストがかかる商品になった。)
時計は、ほとんどが同じ正確な時を刻む。
しかし、ある時計は数十万(数百万)するし、ある時計は数百円である。
そして業界は、消費者に「一人前になったら大人の時計をするもの」というConceptを刷り込むことに成功してるかにみえる。
確かに男性にとっては、数少ないお洒落が主張できるアイテムである。けれど、ルイ・ヴィトンの生産量の1/3が消費される日本において、ブランドと富のステイタスとの関係性は、階級社会として成立してるというより、個人の趣向による選別に委ねられているとボクは感じてる。
そうでなければ、あれほど夥しい時計記事のメディア・ジャックが雑誌で為される訳がない。
たくさんお金を貢がせる資本主義の原理が、そこには働いている。
資本主義とは富める者が貧しい者から収奪するシステムのことを云うらしいから。
・・・そんな理屈っぽい人間は、時計の価格にプレミアムつきまくり・・・と感じてる。
高いからこそ、その時計に価値を見出す人々が多いなら、高い時計を身につけさえすれば、簡単に第一関門をクリアできるということだ。
そんなことを考えながら、時計を見て回る。
結局、ボクのような人間が時計にハマルのだろう・・・。
今朝はコートなしの出勤。
始発から二番目は5時27分東京行。既に十分世の中は明るい。
品川駅で山手線(外回り)運転見合わせ。いつまでも、もう少々とアナウンス。
アクティブに行こう!内回りで新橋に出て、銀座線で渋谷へ向かった。
朝の光が力強い。コートなしで一日を始める。
少し自由だ。
昨日の春の嵐で身を守ってくれたのは、ホーキンスの靴、「トラベラー」。
滑りやすい路面でも、しっかりとグリップしてくれる。そのグリップ力が程よく、危なくない。
まるでミシュランのラジアルタイヤを履いたようだ。
防水機能も蒸れすぎず快適である。
以前に試みたどの雨天用の靴よりも、優秀だった。
一日の大半、身体を維持してくれる靴。それにもっとお金をかけてもいいと考える。
足回りに気をつけろ、と云うけれど、それは本当のことだ。
すべては足元から始まる。
足元を見よ、と云う、
今、立っている所を確認する。
それは重要なことである。
まず足元を固めよう。
次男坊の高校入学祝いに、時計を買いにいった。既に彼は、G-SHOCKを欲しいという希望をもっていた。
何故、G-SHOCKなの?そう訊くと「へヴィーデューティだから」という。
時計売場のG-SHOCKコーナーには、無数のG-SHOCKが並んでた。
最新のトレンドはソーラー時計。そして電波で時刻を正確に刻める機能。
デザイン的に最も優れていると思えるものを、親子で相談しながら決めていった。
文字盤が反転してるのが、気に入ったみたいだ。
早速、腕につけた。
男の子とGear(モノ)との関係。
Gearをつくった人の感性や工夫を読解することは、男の子にとっての大切な修養である。高ければ、安ければ、という金銭的価値とはまた違った尺度で、そのGearの形状・質感・色合いなどを吟味する。それらは人の心をひきつける何らかの意図を秘めている。アルチザン(職人)の心を知る。
その中から、自分が好ましいと思う1点を選ぶ。そしてそれを身につける。
選ぶ喜び、身につける喜び。知る喜び。その総体を経験し、自分のセンスを磨いてく。
もしも、将来プロダクト・デザインやモノ造りに携わるならば、Gearの中にある職人のスピリッツを読解できる男に育てたい。
時計の値段は、いわばそれへの投資だ。
G-SHOCKは、そのステージに相応しいと考えた。
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