2007年7月22日 (日)
2007年7月 8日 (日)
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科の説明会
土曜の三田キャンパスで説明会に参加した。
創造社会を先導するメディア・イノベータを育成するという志を、デザイン・マネジメント・テクノロジー・ポリシーの4つの領域に配置された教員から夢のあるスピーチを聴いた。
教室も一杯で慶應の学生のみならず社会人の姿も多かった。約一時間の説明時間が超過して熱っぽい時間が過ぎていった。ボクはいろいろなことを考えながら会場を後にした。
まず考えたことは、二年間の修士課程を、仕事と両立してできるだろうか?ということ。
次に経済的に学資が持ちこたえられるか?ということ。子供の大学進学とまさか自分の大学進学という可能性が一緒になることは想定外だ。
三番目は、さまざまな困難を乗り越えて、自分がこの研究科に学ぶ意義が本当にあるか?ということ。
この三番目の問いが、一番重要だった。
こんなことを考えた。
20代で学ぶ人と自分が学ぶことの決定的な違いは、人生の残り時間の総量。自分の人生の総仕上げに役立つ研究ができるかどうか?ということが重要な見極めとなる。
そのときにひとつの言葉が浮かんだ。「何をやらないと決めるか?」何をしたい、ではなく、何をやらないと決めることが生きる上でとても有効な判断となる。時間は有限と知った時、あれもこれも手を出す楽しさより、深い井戸を掘り進める忍耐とエネルギーの集中の方を選択しなくてはならない。自分は今その時を生きている。
「何をやらないと決めるか?」という問いに向かう時、このメディア・デザイン研究科の4領域はボクには広すぎるような気がした。夢を実現するには戦略と禁欲とが必須。自分はどこに立つか?どこに到達したいのか?
その根源的なテーマに向き合わせてくれたことが、土曜の午後の1時間の収穫だった。
いずれ大学院に進む道を選ぶ気がする。その時の勉強は社会貢献に役立つテーマの研究に絞られることになるだろう。
自分の未来にしっかり戦略が描ける・・・本当はそのステージにボクはさしかかってる気がする。
2007年7月 6日 (金)
慶應義塾大学の新大学院の説明会が明日ある
余りの暑さに水分補給をしようとカフェに立ち寄った。そこに置いてあった雑誌「AERA」に目を通してたら、社会人向けの大学院の広告企画に出くわした。
慶應義塾大学が来年、創立150年を迎えるにあたり、新たに2つの大学院を新設すると云う。そのうちの一つが「メディアデザイン研究科」。
丁度明日(7/7)、三田キャンパスで説明会があるらしい。勢いとは恐ろしいもので早速netで事前申込みをした。明日は慶應の三田キャンパスにいるという訳だ。
昔と一番違うのは、技術革新が激しいこと。internetを軸とする社会変革の波を皆が浴びている。netに関わらずにいられない業界では、毎日勉強し続けることだけが、生き延びることに繋がる。逆に、勉強しなければ、おマンマを食えないという「今そこにある危機」に気づいてから久しい。
会社でも大学院でMBAをとる人間がでてきた。絶えず視野を広げ学び続けていきいたい。
この暑さで喉を潤そうと思ったカフェに、新しい未来にふれる機会があったとしたら・・・・。人生には、無駄な時間などというものはないことになる。
2007年4月11日 (水)
東京芸術大学大学院 映像研究科といえば
ビートたけし、あっいや北野武氏が教授を務める国立の映画制作学科。その第一期生の修了作品展が近々開催される。
横浜の地下鉄みなとみらい線・馬車道駅にある東京藝術大学馬車道校舎。
芸術 ではなくて 藝術。昔の銀行の建物が改装されて校舎となっている。
中には立派な試写室もあった。
『四谷怪談』はあの四谷怪談を現代劇に移植した女性監督の力作だった。
黒沢清監督がちょこっと出演してる。そこは全然怖くなかった。けれどじわじわ怖くなり、怖いのがダメなボクは、目を閉じてサウンド・トラックを聴いていた。
だからこの映画を見たとは正確にはいえないけれど、なかなか商業的にもイケル気がした。夏には一般公開されるらしい。
監督の池田千尋さんに紹介された。話すうちに「大先輩ですね」と云われたので聞くと都の西北の大学の演劇学科でボクの恩師に教わってたことが判明。
うれしくもあり、また頼もしい。
女性の方が、パワフルなのか。何かを突き抜ける迷いのなさを感じた。これからの日本映画は、女性監督で隆盛するかもしれない。(男の子もがんばって。)若い才能に出会えることは、本当に楽しい。
そう、お楽しみはこれからだ。 関連コラム⇒ ◎
2007年3月20日 (火)
パーフェクトな胴体着陸
AERA'07.3.26号で、3/13ANA胴体着陸の機長(36)の記事を読んだ。
ボンバルディアDHC8-400型という飛行機名が有名になった。記事を読んで胴体着陸を成功させるに至る前に、機長が行ったことを知った。
手動で前輪を下すのはパイロット人生で一度あるかどうか、今回は手動さえ使えなかった事態だそうだ。
機長の機内アナウンスは、前輪を出すために急旋回をしてるので、重力(G)が大きくなり背中が座席に押し付けられるかもしれないこと、胴体着陸を試みるが何回も訓練してるので大丈夫なことを伝えた。
乗客たちは、機長のアナウンスで冷静になれたそうである。
機長はコツコツと「フライト資料」と呼ばれるノート作りを続けていた。操縦する機種に関すること。システムのこと。機体のクセ。過去のトラブル。
同僚パイロット間でも有名で、後輩がそれを借りて学ぶこともあったという。
いかに危機を乗り越えるかは事前の準備にかかっていると元全日空機長の話。機長がやった「当たり前のこと」。
プロフェッショナルならばその当たり前のことを営々とやる。
ボクはこの記事を読んで、自分の領域で、当たり前のことをしていこうと心に誓った。
2007年2月 8日 (木)
2007年2月 1日 (木)
黒川紀章ー天才から学ぶこと
国立新美術館で「黒川紀章展」をみた。
名古屋時代、彼の建築である「名古屋市美術館」によく足を運んだ。自然光が気持ちよく館内に取り入れられ、心和む空間だった。「共生の思想」や「メタボリズム」「花数奇」といった彼のキー・ワードはどこか日本人のDNAに根ざしている。
RETROSPECTIVE OF KUROKAWA KISHO
大きな空間の中で、彼の思考の歴史を辿るのはいい体験だった。
天才は日々秀才である。本当の勉強家である。彼はデッサンを一日もかかしたことがないと以前読んだ。夥しいデッサンを見る機会に今回恵まれた。
世阿弥は「稽古事には一日も体を休ませてはいけない」と云った。黒澤明は「仕事は一日も休んではいけない」と語った。
稽古事や仕事というのは、会社にあるものではない。
黒川紀章の天才は、自らが有限の存在であることを知っている。壊れ年老いる肉体という容器の中で、時と競争してる気がした。
凡才であるボクはもっともっと時間を上手にコントロールしなくては。勉強しなくては。
出口で、日本刀を携えた黒川紀章 さんに気合を入れられた・・・。
神さまは誰にも公平に、時を与えてくださった。それをどのように使うかは、あなた次第。
◎黒川紀章氏のhpはこちら⇒ △
2006年12月29日 (金)
明日のことは明日自らが
29日の日没。鳥が風に乗りながら風を遊んでた。
Look at the birds: they do not plant seeds,gather a harvest and put it in barns; yet your Father in heaven takes care of them ! (Matthew 6-26)
港はお正月を迎える準備を終えてた。月が昇り、陽は沈む。
なのに何故、君は思い惑う?
So do not worry about tomorrow; it will have enough worries of its own. there is no need to add to the troubles each day brings. (Matthew 6-34)
何も思い悩むことはない。明日また陽は昇る。
2006年12月28日 (木)
御礼と聖書
年末最後の仕事で<ほぼ徹>をしてます。いつも携帯してるのPCからのコメントはIP制限でblogにUPできませんでした。そこで、この記事を書くことにしました。)
昨日の事故のことで、皆さまにご心配をおかけしてしまいました。また温かい励ましの言葉を頂戴しました。とても勇気づけられました。本当にありがとうございました。
身体に怪我などなく、ご安心ください。その後しばらく心がクラッシュの瞬間を反芻するので、それを鎮めるようにしました。それは今では鎮まっています。おそらく事故を引き起こした女性の方が僕より深いダメージを受けていると思います。それが気がかりです。
僕のクルマとの関係は、相棒と呼べるくらい深い関係があり、今回のことも、<彼(男です)>は傷ついても文句一ついわずに守ってくれた。そう感じました。逆に傷つけてしまったという痛みが僕の方に残りました。早く修理してあげて前より大切にしてあげよう、二度と怪我をさせないようにしてあげよう。そう思います。修理工場の話によると、乗ってるクルマの安全対策でほどこされた車体側面強度のお陰で、激しく追突されたものの運転席の僕は守られたという説明を受けました。
最後に聖書のことを少し。僕も宗教としてではなく、聖書を人類最大のベストセラーとして捉えています。叡智の書。深いコトバの数々。
今朝はこの言葉が心に残りました。
「パンを水に浮かべて流すがよい。月日がたってから、それを見いだすだろう。」コヘレトの言葉十一・一
大切なものを空しく無駄にする時がすぎたとしても、いずれ明日に生きる。無駄なことは何もない、という解釈。
辛く残念な事態でもきっと何か意味がある。その片鱗を僕は多分、掴んでいると思います。ありがとうございました。
2006年12月25日 (月)
2006年12月16日 (土)
「映画甲子園」というweb siteが
昨日Open。
「映画甲子園」というのは高校生の自主制作映画コンクール。第1回が今年開催され全国から70作品以上が寄せられた。第2回は来年秋に開催される。そのweb site。
昔自分も8mm映画を造ってた。その共感がある。だから高校生を応援したい。今の高校生は大変だもの。
友人のチャーリー・ブラッカイマー氏にコラムを依頼。高校生に映画の素晴しさを伝えてくれるはず。
2006年11月29日 (水)
センス オブ オーナーシップ
sense of ownershipー自分の仕事に対する全権意識。-全て決め、全てやり、全て負う。
経営コンサルタント・波頭亮(はとうりょう)氏の新刊『プロフェッショナル原論』(ちくま新書)の一節。
今まで全部、自分の仕事は自分で造ってきた。成し遂げてきた。そういう星の下に生れた。だから今更僕の仕事に手を貸そうなんて・・・。僕はお願いしていない。
大きな仕事をクライアントから指名で任された。その仕事の契約がまとまる過程で不思議なコトが続いた。それもたった一日にー。
通りすがりに、お金を貸してと頼まれた。交番を紹介した。三時間後また見ず知らずの人に無心された。会社で困ってる人々の悩みを聞いた。彼らは何らかのヒントかパワーを僕から得たがった。それからあるクライアントの仕事を断った。断るなんて、信じられないという感じが辛かった。僕は困った人の力になりたい。けれど僕は僕の時を生きてる。そしてその時間は有限だ。
恵まれた環境を用意して全権を委任してくれたクライアントに対し、僕は忠誠を誓う。自分に賭けてくれたクライアント。もうそれは金ではない。相手のその気持ちがうれしい・・・。だからやる。死ぬ気でね。休みなしでも平気だよ。
厳しい戒律で生きてきた。だから欲目当てで近寄ってくる人間がとても哀しい。内心の声がささやくー「お前はやさし過ぎる。だから付け込まれる。斬って捨てろ」・・・そんなコトができないから悩むんだ。
作家や作曲家がみんな仲良しこよしで創造してるかい?女の人はみんな一緒に出産するかい?
たった一人で生むのさ。来るべき世界のためにね。
プロフェッショナルのそんな心意気を波頭亮は書く。僕はその言葉に支えられ、今を戦う。
そうさ。最高のものを造って必ず自分に勝ってみせる。
2006年11月25日 (土)
土曜の朝 白いベストセラー
2006年11月23日 (木)
amazonから 世界遺産DVDが
到着。22日(昨日)発売の「TBS世界遺産 Relaxing&Energy」。
青いパッケージは、お疲れ気味のあなたに。ゆる~い映像と心地よい音楽が眠りを誘うかもしれない。観ながら寝るも良し。
赤いパッケージは、地球のパワーをあなたに。少し動きのあるダイナミズム。ちょっと元気を充填サプリ。
このDVDのweb promotionを友人に頼まれ手伝った。やはり愛着が湧く。楽しい仕事だったから。なので自分もamazonで予約した。昨晩遅く帰宅して書斎にamazonのパッケージが・・・。早い。やはりうれしい。手間隙かけて造られたものは、いい。
携帯に残ってたmtg中の画像。大の大人たちが手作りで。心に悩みを持つ人々に観てもらいたいと話し合った。
「癒し」と「元気」。
映像を造る行為自体がロマンティックなのだ。
ロマンチックは、きっと誰かに届く。そう願う。
2006年11月 3日 (金)
KDDIさん もっと大らかに
KDDIはSoftBank「¥0」広告に対する申告書を公正取引委員会へ提出、と新聞朝刊は報じた。みいんな、おとなげないなあ。
この広告を扱った新聞社と大手広告代理店の見解を聞きたいものだ。広告審査を通した新聞社はこの広告出稿で儲けてる。広告会社は広告のプロ。その広告に落度があるなら広告会社を業務停止処分にすべき。広告屋さんもSoftBankから多額の商いを得、儲けてる。そちらは皆さん不問です?みいんなSoftBankが悪いの?
(KDDIの大量TVスポットに文句いわないのは、仲間由紀恵のファンだからです。)
KDDIもDoCoMoもSoftBankも似たような広告代理店を使って同じ媒体社を使ってどうでもいい広告を打ってる。一切広告打たないで。その分お安くしてくれれば消費者は満足します。
2006年10月29日 (日)
2006年10月16日 (月)
図書館から借りた本
ある企画を深めるためにまとめて図書館から本を借りた。返却日の2週間後までにこの企画作業は終了する。なので入念に選んだ。
①『花鳥風月の日本史』。②『特攻』。③『特攻へのレクイエム』。④『特攻隊員たちへの鎮魂歌』。⑤『風と遊び風に学ぶ』。⑥『千の風になって』。⑦『ライフ・レッスン』。⑧『永遠の旅行者(上・下)』。⑨『プラトン入門』。⑩『俺、南進して』
幾つかの図書館と仲良しなので、毎週日曜日、一週間毎交代で本を借りることを閃いた。そうすれば返すのが簡単だしたくさん本を借りられる。現在僕の書斎には約20冊の図書館本が待機。
本は素晴しい。たくさんの専門家が待機してくれている。
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2006年9月19日 (火)
メタボリックな君よーダイエットの朝
幸せは周囲に人を集めるという。ついでに脂肪までよく身についてくるの?まだ肥満体ではない。けれど体重は「史上最大の作戦」だ。
自転車をやるから大腿部に筋肉がつく。けれどそれ以上にお腹を話題にね。メタボリックな君よ。
今朝からダイエット食品の配給あり。スープにビスケット2枚。99Kcal。意外に美味。一日気をつけて。①ジュース類(糖分含有)禁止。②間食禁止。③コーヒーに砂糖禁止。禁止、禁止、禁止。ドラッグストアでコンニャク系のお菓子を買おう。
千里の道も一歩から。10月には少年のような身体になってやる。
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映画「浮雲」を観て
駄目男の系譜。成瀬巳喜男の傑作と謳われる映画だけど、ふ~んこれが傑作?という感じ。森雅之の駄目男。高峰秀子の尽くす女。「花のいのちは短い」時代の物語。
今は昔、大地真央がニッセイのTVCMで「花のいのちは結構長い・・・」と歌ってから久しい。今なら高峰秀子は森雅之をさっさと捨てて他の男と幸せな人生を送るだろうし、そうしてほしい。
仏領インドシナでの思い出が戦後の引き揚げた二人の逢瀬にかぶる。音楽がボンゴとクラリネットで南方風の響き。子供の頃みた「怪傑ハリマオ」というTVドラマを思い出した。時代考証も希薄なイメージはどこかヘンテコリン。けれど「浮雲」が傑作であることに異論はない。駄目な男は魂を失った男の哀しみの姿。女はそれに身を捧げる。最後の高峰秀子のクロースUPを撮る為にこそこの映画はあったと言わせる程の美しさ。全てを捧げて悔いがない女性ほど神々しい存在はない。安住の地が死であったとは。
フェリー二の映画「道」を思い出す。最後に泣き濡れるザンパノ(アンソニー・クイン)と森雅之は兄弟である。共に敗戦国(イタリア・日本)の戦争直後の男の姿なのだろうか。
「秋津温泉」で長門裕之演じる駄目男は、そんな彼らの弟だ。そして全ての男は駄目男ということなのだろう。
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2006年9月18日 (月)
図書館から借りた本 7冊
ひさしぶりにまとめ借り。書斎の本棚に図書館用の棚をつくってある。そこに並べる。二週間だけ僕のもの。
①『富の未来』(下)アルビン&ハイジ・トフラー。②『クオリア降臨』茂木健一郎。③『快脳論』千葉康則。④『小説作法』片岡義男。⑤『生きるという航海』石原慎太郎。⑥『真珠湾の真実~ルーズベルト欺瞞の日々』ロバート・B・スティネット。⑦『巨大地震が来る!』
二週間で少しは賢くなる。①と⑦は近未来への適応のために、②と③は脳のハンドリングのために、④と⑤はモノづくりのヒントに、⑥は好奇心で。
本を並べると、自分の関心領域のマインド・マップがみえてくる。
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2006年9月17日 (日)
2006年9月11日 (月)
映画「天国と地獄」
久しぶりにみた。何回目もみてる。その度に発見がある。クロサワ1963年発表の骨太の娯楽サスペンス大作。児童誘拐をテーマに三船敏郎と山崎努(デビュー)の一騎打ち。ただし剣は使わない。現代劇。仲代達也が警部(善玉)で。悪役の方が似合う存在感。
とにかく面白い。クロサワの映画は情報量が多い。一画面に多人数の刑事がひしめく描写などクロサワならでは。そして後世の映画に多大な影響を与えた。『踊る大捜査線』にも。
今回みて発見したこと。三船演じる靴メーカー常務・権藤はクロサワのメタファー(暗喩)だ。三船が描く権藤は魅力的な中年男性。職人気質。叩き上げで靴をつくることにかけては余人に負けない。そして仕事を愛してる。この男の人生の危機が結果として揺るがないのも自らの仕事に対する絶対的な信頼からくる。
この「靴づくり」を「映画づくり」に置きかえれば判る。1963年は東京オリンピックの前年。オリンピックを契機にTVはカラー化が進む。映画は娯楽の王者から転落していく。クロサワと権藤は一卵性双生児。
映画の造り方がクラフツマンシップで造られてる。だから40年以上経っても充分娯楽になる。映画は博物館で楽しむものではない。いつも観客にとっては今の時間の充実のためにある。
この映画にはクロサワの辿るその後の運命が予見されてる。それは高度経済成長で日本企業が切り捨ててきた創造性。クロサワが生きにくい日本に日本は邁進した。結末はハッピーエンドのはずが、決してハッピーではない。
不思議な結末である。
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2006年9月 9日 (土)
『羅生門』を Denny's シアターで
観終わった。昔は映画館かTVで。いまではいつでもどこでもPCで映画が観れる。
今朝は海辺のDenny'sへ。6時からモーニング・サービスがはじまる。けれど僕はその前に来るEary Bird。トーストとホットコーヒーで『羅生門』を観た。店長さんがいつものように挨拶にみえる。
まるで偉くなった気になる。いつも早いので目立つから?でもうれしい。
昨日Appleの店員さんと話して判ったことだけど、DVDの情報量は多くてTVよりも液晶のPCモニターの方がディテイルが再現されるらしい。それは本当だ。羅生門に降り注ぐ土砂降りの雨はひょっとしたらお湯じゃないかと思えるほど、湯気が足許から上がってる。水蒸気の立ち上り方が雰囲気をつくってる。
『羅生門』はクロサワの豪胆さが構成に活かされてる。「藪の中」に「羅生門」をくっ付けたことが活きてる。
冒頭と最後の崩れかけた門は、「地獄の門」であると共に「天国の門」である。それをクロサワが意図したかは判らない。創造では無意識が造型に昇華することがある。
人間存在の闇を描きつつも赤子を抱きしめ歩みだす志村喬に希望を託したクロサワにあたたかな眼差しをみた。紛れもない傑作。真の映画的快楽に満ちている。
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2006年9月 6日 (水)
ゼロ戦をひとりで
設計してるようだな。-ふっとそんな比喩が頭に浮かんだ。大切なのは持続する志ー。そして実現させること。設計段階でくたばる訳にいかない。
仕事にはいろいろなフォーメーションがある。現実の社会では9人で戦ってるはずが、たった一人で戦ってることに気づくこともある。戦いの途上、敗れるとわかる局面もある。それでも戦いを止める訳にいかない。どう着地するか。戦いには戦い方の他に、始め方と終わり方がある。
僕は広告会社で仕事を覚えた。プロデューサーは優秀なスタッフを確保してクライアントから予算を獲得し、仕事の環境を造る。スタッフ全体を監督し素晴らしい仕事を仕上げ、クライアントに満足して貰う。そういう流れがあった。
今いる会社は広告会社よりずっと"現代的な会社”だ。“現代的な”というのは何も前例がないこと。一から全てを自分でする。いつも事を成すのは、ひとりから始まる。
僕は一流のプランナーではない。どちらかというとクリエイターだ。だからプロデューサーという職務権限で仕事ができる時は一流のプランナーを雇う。脚本家は優秀でなくてはならない。けれど現代的な会社では、まず僕がプランナーをする。そしてプロデューサーらしい仕事もして営業して後始末する。けれど自らの双肩にかかりすぎるのは良くない。だから外部のブレーンを動員する道をとろう。多くの才能と智慧を集めることが要諦だ。
ゼロ戦をひとりで設計することはできない。100年かかってしまう。だから今回はグライダーを設計しよう。賢いヤドカリは自分の体にあった貝殻を探す。
僕もそろそろヤドカリの智慧を身につける時だ。
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2006年8月30日 (水)
東京都写真美術館
夏の光が射していた。
エントランスに至る回廊が素敵。空間設計の中に知性と趣味のよさが感じられる。
おすすめの企画展。映画「追憶」」の原題:The Way We are.をもじったか。
things as they are-「絶望と希望の半世紀」.世界報道写真50周年記念展。
9/10(日)まで。9.11の前日まで。あえて“必見”といわせてください。次期首相候補の方々もどうぞ。
写真美術館のhpは⇒パシャッ
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2006年8月25日 (金)
さらば冥王星
冥王星が“降格”されてしまった。惑星の地位を失ったともいわれる。「太陽系惑星の定義」について国際天文学連合がプラハで採決した結果という。
水金地火木土天海の8つの惑星の軌道が同じテーブルの上を回ってるのに比べ、確かに冥王星だけが斜めに回ってる。惑星から降格されたのは軌道上に他の天体があるからだそう。小さな惑星を意味するドワーフ・プラネットとこらからは呼ばれる。
研究者による投票の結果というが、どことなく笑えるお話だ。研究者よりも冥王星の方がずうっと先輩なのに。解釈の仕方によって世界は違ってしまう。正しい正しくないなどを自然や宇宙にあてはめようとする愚かさ。創造主でもないのに命名し分類し降格させるなんて。科学が正しいなどと信じてない僕は、なぜか冥王星に親近感を感じている。太陽系の果てに冥王星がひとり孤独に太陽の周りを回ってるという宇宙観が大切なのだ。宇宙戦艦ヤマトはどうすればよい?
どうぞ天文学者のみなさん、太陽系をずっと小さな世界として認識しててくださいな。
冥王星は今もだまって遠い彼方で太陽との重力場のドライブをきかせて、運行してる。天文学者の運命をさらに超えてはるか未来まで。
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2006年8月23日 (水)
モレスキンー伝説のnotebook
Moleskine.「モレスキン」と読む。過去2世紀に渡って欧州の知識人やアーティストに愛用されてきたノートブックである。ファン・ゴッホやパブロ・ピカソ、アーネスト・ヘミングウ











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