2009年12月22日 (火)

インフルエンザの予防接種

先週末に家族全員でインフルエンザの予防接種をした。

昨年に引続き、二度目の家族全員接種。

お医者さんも何故かほくほく顔だ。

新インフルエンザは若年層を好むと先生から伺った。

二年目の来年が要注意、とも。

いずれにせよ、マスクと手洗いは定着した習慣になった。

予防接種で防げるならばーそう思うがなかなかの負担であるのも事実。

いずれにせよ、新型のインフルエンザに対する防御に比べ、普段のインフルエンザを軽視していい訳はない。

今年のインフルエンザの予防接種をする際に、これから想定されるパンデミックの危機管理についても同時に考えていた。

それが去年と全く違うスタンスだ。

そんなことを後になって悟る。

備えあれば憂いなし。

その言葉が現実味を帯びた一年。

2009年。

備えは、すべてにおいて大切な時代となってきたようだ。

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2009年9月 2日 (水)

タイトロープを渡る

過酷な出張だったので、この数日間ボクは細く揺れてるタイトロープを渡ってるようだった。

身体的疲労と精神的疲れに短い睡眠時間。

そういう悪条件にあっても働かなくてはならない局面を多くの人々が生きている。

だから今書くことはそんな時の切り抜け方。その事例。

午前中に二件来客があった。

二つの相手に対し依頼しうる具体的作業をメモにして接客に臨んだ。

正直にいこう。

相手にあなたは私の心配請負人だから、とお願いできることはお願いしてみよう。

今の自分が抱える責務の極一部を担って欲しい。

人は一人で生きてるのではない。生きれるものでもない。

誰かが支えてくれている。たとえ独りと思っていても・・・。

自分もまた誰かを勇気づけながら、その1日を乗り切る。

そして一人の時間を大切にし、疲れをやり過ごすのだ。

グリーンに乗る。カフェで時を過ごす。

それからまたいくつもの網の目のような人間関係をくぐり抜ける。

相手の為になることをしようと試み、そして切り抜ける。

疲れた朝から始まって、夕べにはタイトロープを渡り切ったことを悟る。

思考の歪みがやわらかく解きほぐされて、この1日を生きることで生かされていたことを知る。

私しか見えない時こそ、人の危機なのだ。

実は一人ではない。

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2009年8月12日 (水)

脳のエネルギー源は、ブドウ糖だけだから

脳にすばやくエネルギーを送る方法を知ろうと調べてみた。

脳は体重の約2%。

しかし消費エネルギーの約18%を消費してる。

その唯一のエネルギー源がブドウ糖である。

ZEROブームで<砂糖は敵>という風潮が醸成された。

缶コーヒーでは無糖か微糖を選ぶ。

けれど調べてみると砂糖も使いようのようだ。

甘いものを食べてホッとするのは、脳がリラックスするから。

ご飯(炭水化物)を食べるとブドウ糖ができるので、ご飯をきちんと食べるのもよさそうだ。

今朝は、試しに早朝のオフィスで、ご飯を食べてみた。

おにぎり一個。

普段はバナナや果物中心の朝食だが、ご飯を食べてみると、ちょっといい感じがした。

長い通勤時間のリーマンに自宅で朝食を薦めるのは、別の心配が生じる。

消化中の内臓に通勤時の負荷が負担になるのでは?とかねがね考えてきた。

お医者さんが「朝食をしっかり」と語るのはわかるけれど、ニッポンの通勤事情は決して快適ではない。

自分たちで工夫する必要がある。

早朝オフィスで、くつろいでおにぎりを一個食べてみる。

また試してみようと思った。

朝から頭を使う仕事なら、脳のエネルギー源について正確な知識を持ちたいと思うから。

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2009年8月11日 (火)

チョコバナナケーキパフェ

ひと休みするためガストに入った。

めったに入らないガストのメニューをみて、迷わず決めた。

チョコ+バナナ+ケーキ+パフェ。

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心配な事が重なった数日間だった。

次男坊の発熱、大仕事の後始末、地震、台風9号の到来。

身体が低気圧を敏感にキャッチしてた。

甘いものを食べ、頭を休ませてあげよう。

普段ほとんど手を出さないパフェ、しかもチョコとバナナとケーキがトリプルだ。

たっぷりその甘さにひたった。

シュガーハイが脳を癒す。

疲れた時に甘いものをー。

そんな生活の智慧を女性たちは身につけている。

ボクもやっとその智慧をものにできたのだろうか。

心配は溶けていった。

身体の緊張 がほどけていった。

心配するというモードがロックしてた。それを融かしてくれたのがパフェ。

こういう智慧を大切にしていこう。

夏はたくさんの負荷を身体にかける季節。

だからこそ夏休みがあり、人々は英気を養う。

チョコバナナケーキパフェは、きっと小さなヴァカンスなのだ。

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2009年7月28日 (火)

プレッシャー それをかけている人は?

木曜日に二本のプレゼンがある。

そのためプレッシャーがかかっている。

そう感じてる。

プレッシャーをかけている人は誰か?

それは自分だ。

企画を書くのは自分。

その日に決めざるを得なかったのも自分。

土日に仕事をするのは止めよう、と決めたのも自分。

徹夜をするのは止めよう、と決めたのも自分。

そうやって圧力釜のように制約を設けた自分。

限られた時間で、最良のプランを仕上げればいい・・・そう考えて少し楽になる。

できるだろうか?と思うより、「できる」「最良の形でね」ーそう自分に語りかける。

今までは満足のいくプランを練るために時間を投入してきた。

おそらくプライベートの時間まで惜しみなく。

けれど、今のボクはそれとは違う形で、仕事に取組もうとしている。

完璧という満足感よりも、最良で。

ストライク・ゾーンに球を放って、仕事を仕留めることが狙いであって、自分の企画書を満足いく形に仕上げる事は、別の情熱だ。

そう分けて考えてる。

おそらく、それは自分の生き方を新しいステージにもっていく上で、大切な考えだろう。

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2009年5月13日 (水)

睡眠の重要性

睡眠の重要性は、いうまでもない。

しかし昨日は再認識した。

睡眠が不足している時、自分がどのように感じ行動してるか?

それを体験してみる。

すると、如何に睡眠が昼間の自分のコンディションの基盤(ファンダメンタルズ)に影響を与えているか、気づく。

昨日は、とても蒸し暑かった。

一昨日徹夜に近い状態だったので、昨日のお昼過ぎには、身体がしんどくなった。

16時からの定例mtgを、そのまま行うべきか思案して、結局キャンセルすることにした。

キャンセルすることを選んで正解だったと思う。

企画会議で、自分のコンディションが、皆に影響を与えることを知っている。

辛い状態だとパフォーマンスを維持することが難しい。

同じ状況に直面しても、その状況を解釈する仕方が、体調により変る。

事態の解釈の仕方が、感情を作り出す。

いつも良き感情を持つためには、事態を「良く解釈できる」コンディションが必要である。

食事を軽めにし、昨晩は早めに就寝した。

早めに就寝したから、再び深夜に起きた。

しかし「ほぼ徹」の教訓があったので、TVやPCのディスプレイで眼が光を浴びる状態を避けるようにした。

静かに薄明かりにして過ごした。

眠りは浅かったけれど、身体は休まった。

そうやって今朝を迎えた。

「睡眠」をとるだけで、多くの課題を乗越えていけると信じた。

だから、辛い時には「睡眠」のコンディションがどうであったか?をチェックしてみるといい。

もしも「睡眠」に何らかの原因があるとすれば、その辛さは乗越えられる。

果報は寝て待て。

・・・そうも云う。

睡眠には、あまり神経質になる方でない。

しかし、生活の基本である「睡眠」について、昨日今日学んだ意味は大きいと思った。

こういう当たり前の事が、当たり前のように<仕組み化>されることが大切なのだ。

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2008年10月22日 (水)

孤独とのスタンス

人は誰も、「孤独」を感じる時がある。

今夜のボクはそういう時間を過ごすことになった。

仕事とはいえ、やはり堪えるから、そのままオフィスに戻りたくはなかった。

新橋の馴染みの店のカウンターにひとり座ることにした。

カウンターのライト・ウィングもレフト・ウィングも連れ立って飲みにきたリーマンが席を占めた。間にショックアブソーバーのようにして座り、自分の手帳と対話した。

クライアントの逡巡がみえる。

こちらは、そろそろこうしてほしい、と思う。

そんな現象ならば、リーマンなら日常的な些事である。

自分のエゴがみえる。自分の美意識もみえる。

そして自分もまた感情の動物である。

しかし、クライアントもまたエゴを持ち、苦悩してる。

だからこそ「孤独」。それはボクだけではない。

そんなことを考えつつ、オフィスに戻った。

いろいろな顔に出合った。

ボクは笑顔で会釈し、若者に声をかける・・・。

こころの中で、よくこんな時に笑顔を浮かべていられるよ、ともうひとりの自分が呟く。

けれど・・・。

実は、皆多かれ少なかれ、「孤独」を抱え、生きている。

その「孤独」は、社長であれ、役員であれ、今年入社した新人君であれ、同じこと。

人はみな「孤独」を内包してる。気づかないから、幸せというものでもない。

だからこそ・・・。

笑顔をスマートに浮かべられる大人になりたかった。

どんな逆境にあろうと。

そう、外交官の必須の要件は何?、と問われ答える解答を思い起こす。

ー「グレイス」。

ー「優雅であれ」。

第二次世界大戦の戦時下、アンドレ・マルローの写真を思い浮かべた。

ナチスドイツに空爆されるロンドンの防空壕で、政治家であり作家であるマルローは葉巻をくわえ、静かに作戦会議に臨んでたー。

カッコいいな。

笑顔は、孤独のこころから笑顔を引き出すことを知っている。

だから、今夜、再びボクは「孤独」であって「孤独でない」と思った。

みんな、今を生きている。

ひとりであって、ひとりでない。

皆が同じ思いで、今という時代を生きている。

だから、今夜は素敵な晩なのだ。

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2008年8月29日 (金)

聖域を探す

座右の書「最前線のリーダーシップ」のP.288「聖域を探す」の項は、第3部「リーダーシップの原点、心を見つめる」(Body and Soul)、第9章「自分自身をつなぎとめる」(Anchor Yourself)の中にプロットされている。

ー「すぐ手の届くところに自らの聖域を持つことで、必要不可欠な物理的な支えと、改革に必要なエネルギーを得ることができる。」

聖域とは、「集中できる場所」であり、「自分自身を回復できる場所」であり、「自省と再生の場所」であり、「肉体的にも精神的にも安心できる場所」であり、「落ち着きを取り戻し、痛みを伴う出来事から教訓を引き出し、元の自分に戻れる場所」のことである。

明方、休暇届を上司のデスクに出して、一日休暇をとった。

聖域を探す必要があった。

元の自分に戻ろう。心身ともに危険水域からCool downすべき日にしなくては。

聖域:その① 温泉、海辺、水上バス。

PhotoPhoto_2 

昨日のボクは、温泉に行った。

聖域:その② 愛車のコックピット。

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聖域:その③ Gym。

Gym 

聖域:その④ 始発の電車。

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聖域:その⑤ ホテル。

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ー「混乱、情報の洪水、緊張や誘惑に圧倒されないためにも、われわれには支えが必要である。」

高ぶる感情を整理する時間と場所がなくては、手に負えなくなると説く。根本的には自己愛と規律にかかわることと説く。

子供を見詰め、子供と過ごすその場所が、瞬時に聖域になることもある。

聖域を探すー「最前線のリーダーシップ」

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2008年7月17日 (木)

断食

寝食を忘れて勉学にいそしむ、というけれど、昨晩は、夕食を忘れて寝てしまった。

昨日の午前1時半からず~っと起きてた。

午前6時からオフィスで仕事を始めて、ランチmtgが終わるまでの7時間、働き詰めだった。

午後は書類に目を通したりしてクールダウン。

6時頃、とても眠くなってきた。

起きたら夕食をとろうと思い、それから寝た。

そして起きたら、なんと午前1時半だった。

(7時間半!)

本当に良く寝ました。

頭がすっきりした。

そして気がついた。

あれっ、夕飯食べてないっけ・・・。

フルーツゼリーとソフトドリンクを口にする。

厳密な断食ではないけれど、普段とる夕食分、お腹が軽くなってて気持ちよい。

ならば、ということで「断食」と命名する。

いつもいつも日に三回、消化するために働いてる消化器官のみなさ~ん、お疲れ様です。

たまには、ゆっくり静養をとってくださいな。

朝はバナナで済ませます。

お昼まで、昨日のお昼から約1日。

きっとご飯がおいしく頂けるに違いない。

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2008年7月12日 (土)

世界から自分を守ること

すでにボクは、旅にでた。

今回の旅の目的は「観光」ではない。

ー「世界」から自分を守ること。

この世界は自分とどのような関係を結んでるだろう?

そんなことを考える時、池澤夏樹氏の小説「スティル・ライフ」(中央公論社)の冒頭の文章をいつも思い浮かべる。(以下、引用。)

ーこの世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界のほうはあまり君のことを考えていないかもしれない。(引用おわり)

昨日、会社を辞める若者と会った。

ボクの仕事を営業としてサポートしてくれた真面目な青年だ。

たくさんのことがあって、精神的に参ったその青年は、休職し一度は職場復帰を果たしたが、結局また休職した。そして新しい道を選ぶことを決めた。

会社を辞める事を止められなかったことに、ボクの悔いが残った。

しかし、人生は続く。

彼の前途を祝福しよう。

手を差し出したら、笑顔で握手を求めてくれた。

(ありがとう。)

内心、ボクは感謝した。

彼と直面した仕事で、クライアントとの過酷な戦いがいまだ続いてる。彼は戦線離脱したが、ボクは他の仲間たちと、その戦いを一年以上続けてきた。

本来、クライアントと戦うことなど、ない。生涯において、あまりないだろう。

しかし、世界には酷い人たちもいる。

それが現実の世界だ。

責任者であるボクは、彼らの中傷に晒される。

ひどい事を云われると、心に血が流れるのがわかる。けれど努めて冷静に受止め、論理的に切り返していく。

何ヶ月か前に、若い仲間が、ダウンしかかった。この不毛な昼と夜は、一体なんだろう・・・何度そう思ったことだろう。

そんな戦いも、もう間もなく終わろうとしている。

ボクが戦ってこれたのは、善意で仕事をやってきた誠実な仲間たちのため。彼らを守ってあげなくては。

自分は?

自分は、週末いっとき隠遁する。

自分を守る旅にでる。

守ってあげたい次男坊もまた、旅を希望した。

父と子の旅がはじまった。

世界から自分を守ること、それはあなたを守ること。

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