2007年11月19日 (月)

映画「あるスキャンダルの覚え書き」

ケイト・ブランシェットの表情をみてるだけで楽しめる。恋に溺れる女の陰影が見事に描かれてる。恋と愛は別物、ということも描かれる。

Wp800_1「天衣無縫」という言葉。十五歳の教え子と深みに嵌って、観客の支持を得るには、頷ける何かが必要だ。

Wp800_3こういう映画をみていると、日本映画の恋も愛も、最近の監督は経験不足かなと意地悪になる。

この映画は、世界の片隅で愛をささやいている。

その愛が欲望にまみれてようと、ケイト・ブランシェットなら許される。

◎続きはこちらにも ⇒ 

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2007年5月19日 (土)

女性35歳

ときどき見入る恵比寿駅のアドボード。

Photo_324Grazia。講談社の屋外広告。

「35歳からが女は本物!」・・・。

Photo_325うむ。そうかい?

35歳までは偽者かい?

かすかに漂う媚。ちょっと勘弁。

時々思う。

何故、日本人は年齢で人生を測ろうとする?もう○歳だから・・・、とかもう歳だから・・・とか、自分の可能性を封じ込める言葉を使いがち。言葉は意識をリードする。自分の云った言葉通りになる。外国ではあまり日本人のように年齢を話題にしない。日本人がそういう思考をするのは、メディア・レイプされてるせいかもしれない。

かっては若者文化でした。若さに価値を置く文化。それは消費文化。若さに価値を置くシステムはもうひとつある。軍隊。若者をあまりおだててはいけない。彼らは彼らで大変である。

そして35歳。

ふむ。

年齢と共に本物になれるなら人間は楽なものだ。

年齢に囚われず生きる女性は美しい。十代の少女であろうと七十代の女性であろうと。人間の魅力は奥が深いものなのだ。

昔なにかの本で読んだ言葉。

「いい女」というものは存在しない。

「いい男と女の関係」があるだけだ・・・と書かれてあった。

幻想を消費に結びつけるメディア(媒体)のカラクリにもう気づいていい。

それが大人のメディア・リテラシー。ライフステージに基くマーケティングに躍らせられた時代はそろそろ永い衰退期に入ろうとしている・・・。

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2007年3月16日 (金)

ビヨンセ と共に “Listen”

ビヨンセがアカデミー賞授賞式のステージで輝いてた。

ハートを射抜かれた。感動した。

Photo_93 そこでPSPに彼女の“Listen”をいれて持ち歩くことにした。

電車の中や、仕事の合間に約二分間の特別ロード・ショー。

ボクはビヨンセと共にいる。

時として神さまは、人間の美しさ・偉大さを思い知らせる。

ビヨンセの輝きは、生きる希望を照らし出す。

今はやむなくPSPの小さな画面でそれを味わって、週末には映画館の大きなスクリーンでその輝きを浴びよう。

映画「ドリームガールズ」をよく知らない頃は、映画「フラガール」の姉妹ムービーに思えた。しかし結局それは当たっているかもしれない。

いつも女性は、生きる希望を男性に与えてくれる。愚かな男たちはいつも欲や戦(いくさ)や策謀、争いごとにかまけてばかりいるけれど・・・。

◆ビヨンセの記事を書きましたので・・・⇒ 

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2007年3月 1日 (木)

東京のどこかで、かげながら

今日から三月。別れと出会いの季節が始まる。

昨日で会社を辞める女性がいた。いつもの笑顔にお礼したくてささやかなものを手渡した。オフィスの皆のサポートもしてくれ、いつもほんわり穏やかな笑顔を忘れない女性だった。周りの社員からも好かれてた。

「寂しくなるけど、お元気で・・・そういって記念品を手渡し、仕事先に向かった。そうやって別れはくる。あっけないけれど。

今朝その女性のデスクはきれいになってた。そういうものだ。いつものようにPCを起動させoutlookを立ち上げる。毎朝のメール・チェック。

たくさんのメールの中に、件名:ありがとうございます。とあった。

・・・すてきな贈り物、ありがとうございます。・・・声をかけて下さると心が和みました。お仕事大変なことも多いかと思いますが、どうかお体ご自愛ください。東京のどこかで、かげながら応援しています。本当にありがとうございました。

2007年2月28日 そしてフルネームで署名が。昨日17:05の送信。

「東京のどこかで、かげながら・・・」か。かげながら、という処がいい。表でもいいさ、何の問題もない。そしてこのメールには返信の宛てはない。

旅立ちの季節を感じた。

新しい季節。何か新しいことを始めようとその時、思った。

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2007年2月14日 (水)

春の嵐 その時にも

鳥たちは大空を舞っているのか?

今日はバレンタインデイ。

Photo_50地上ではチョコレートが舞う。

恋愛の現役ーわが息子たち。

今日は男性は仕掛けられる日。

その戦果や如何に?

 

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2007年2月12日 (月)

Paris Robert Doisneau

1950年。パリの恋人たち。

Kiss時よ とまれ

君は美しい そうゲーテはいった。

Image022_6パリの街角で

恋人たちは永遠に佇む。

Image023_6彼女の手がすべてをあらわす。

真実の感情を。身も心も委ねる至福。

Image024_5愛なくして芸術は生れない。

つかのまの永遠。

もうすぐバレンタインデイ。

心待ちにする恋人たちに。

そして未来の恋人を待つ人に。 

この写真を。

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2007年1月21日 (日)

水曜の朝、午前三時

「45歳の若さで逝った翻訳家で詩人の四条直美が、娘のために遺した4巻のテープ。
410125141x そこに語られていたのは、大阪万博のホステスとして働いていた23歳の直美と、外交官として将来を嘱望される理想の恋人・臼井礼との燃えるような恋物語だった。
「もし、あのとき、あの人との人生を選んでいたら…」。
失われたものはあまりにも大きい。
愛のせつなさと歓びが心にしみるラブストーリー。」
(引用終り)。

久しぶりに恋愛小説を読んだ。人に勧められた。映画化したらどうか?という視点で読んだ。

映画では1970年の大阪万博をきちんと再現すべきだ。失われた時代の微熱を背景としてる処が面白い。時代そのものの視覚化がほしい。この話の恋は現代の恋よりも制約が多いし、だからこそ恋情が持続するという部分がある。

福永武彦の『草の花』を思い出した。

戦中派の福永氏は死を覚悟した。『草の花』にはその深みがある。『水曜の朝、午前三時』の絶望はそれ程深くない。むしろ恋の甘い香りにひかれて読み進められる。だからこそベストセラーになったのだろう。

『水曜の朝、午前三時』の良さはメロドラマとしての純度。

今の時代の恋は・・・?いろいろな恋があるだろうけど、いまでも恋はゲームじゃなくて生きることなのだろうか?

どうも恋は魂(たましい)の空域から、ファッションや心理や経済の海域に移動し始めてる気がする。

exchangeable(交換できる)な、損得を軸とした経済水域にある恋は、賞味期限もきっと早いのだろう。

その方が魂は傷つかない。痛みもまた少ない。想い出にも残らないはず。

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2006年12月23日 (土)

ユニヴァーサル・ラブをあなたもクリスマスに

恋人がサンタクロース~♪と歌ったユーミンは今でもそう思ってるだろうか?

Image02301この曲が流れた頃。僕は独身で仕事に忙殺されてた。クリスマス・イブだろうと関係なかった。不思議な記憶がある。赤坂TBS前でサンタ姿のケーキ屋の女の子たちの前を急いで通り過ぎた。なぜか覚えてる。まるでガラス一枚へだてて向うの世界の脇を通過する気分。

ユーミンの歌はエポックだった。きっとミーイズムを加速させたと思う。商業主義もね。でも本当はクリスマスはもっと豊かな愛の世界を実現できる日のはず。

Image024_2欧米ではチャリティーやボランティアの思想が広まっていて、街角のサンタは恵まれない人々のために奔走してる、と聞いた。ニューヨークでも今そのシーズン。ラジオのレポートで知った。

仕合わせな人だけが祝うのは、少し哀しい。

この寒い季節に身も心も仕合わせに至れない人々の存在を知ったなら、大人はそれでも平気に過せるのだろうか?自分だけは良かったって・・・。僕にそれはできない。世界中の人々もまた。

だからずっと考えてた。

Image02302何かユニバーサル・ラブをクリスマスに。小さな行動のことをずっと考えてきた。

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2006年12月12日 (火)

一日じゅう空を見ていた

片岡義男が角川文庫からペーパーバックのように作品集を出していた時代に、読んだタイトル。幸福のひとつの理想形。恋人の運転するオープンカーで一日じゅう空をみた誕生日の物語ー。80年代のまだバブルを知らなかった頃。

Image02200000000_1 Image02400明方。マグリットは自然観察から絵の着想を得ていたImage023_1 に違いない。光の帝国に僕らは住んでいる。

Image030Image031午後おそく。新宿の空。

太陽が一日じゅう地上を見ていた。

空の鳥を探した。この5枚のphotoの中に1枚だけ鳥の影を捉えてる。鳥もまた空を見ているだろうか? 

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2006年12月 5日 (火)

四日前の地球では

四日前。12.1の地球。そのある情景。

Image006Image005Image007その頃、地球にはまだ愛が存在してた。人々の心には恋人たちへの憧憬がある。 

Image010Image013世界は美しい色で彩られてた。

そして日は沈む。また明日が訪れることを疑う人はいなかった・・・。

四日間。たった四日間。世界はどう変わったろうか?よりよい世界へと歩んだか?

それを探りつつ、今日一日を生きる。生れ落ちた者のように世界をみる。外は漆黒の闇。まだ何もみえない。 

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2006年11月30日 (木)

オードリー あなたの瞳を

愛してる

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東京駅の雑踏の中で、ふと人の視線を感じてふりかえる。

オードリー、なあんだ、君だったのか・・・。

その聡明な瞳。その知性。その魂。 そう 僕は君を愛してる。

世界がどんなに混迷しようと、君の瞳に心洗われる。

Vfsh0235オードリー、ありがとう。

僕はまだまだ頑張れる。  

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2006年11月29日 (水)

センス オブ オーナーシップ

sense of ownershipー自分の仕事に対する全権意識。-全て決め、全てやり、全て負う

経営コンサルタント・波頭亮(はとうりょう)氏の新刊『プロフェッショナル原論』(ちくま新書)の一節。

今まで全部、自分の仕事は自分で造ってきた。成し遂げてきた。そういう星の下に生れた。だから今更僕の仕事に手を貸そうなんて・・・。僕はお願いしていない。

大きな仕事をクライアントから指名で任された。その仕事の契約がまとまる過程で不思議なコトが続いた。それもたった一日にー。

Vfsh0245通りすがりに、お金を貸してと頼まれた。交番を紹介した。三時間後また見ず知らずの人に無心された。会社で困ってる人々の悩みを聞いた。彼らは何らかのヒントかパワーを僕から得たがった。それからあるクライアントの仕事を断った。断るなんて、信じられないという感じが辛かった。僕は困った人の力になりたい。けれど僕は僕の時を生きてる。そしてその時間は有限だ。

Vfsh0224恵まれた環境を用意して全権を委任してくれたクライアントに対し、僕は忠誠を誓う。自分に賭けてくれたクライアント。もうそれは金ではない。相手のその気持ちがうれしい・・・。だからやる。死ぬ気でね。休みなしでも平気だよ。

Vfsh0244厳しい戒律で生きてきた。だから欲目当てで近寄ってくる人間がとても哀しい。内心の声がささやくー「お前はやさし過ぎる。だから付け込まれる。斬って捨てろ」・・・そんなコトができないから悩むんだ。

作家や作曲家がみんな仲良しこよしで創造してるかい?女の人はみんな一緒に出産するかい?

たった一人で生むのさ。来るべき世界のためにね。

Vfsh0241プロフェッショナルのそんな心意気を波頭亮は書く。僕はその言葉に支えられ、今を戦う。

そうさ。最高のものを造って必ず自分に勝ってみせる。

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2006年11月24日 (金)

SERENDIPITY 恋人たちのニューヨーク

セレンディピティ。映画の字幕では“幸福なる偶然”と訳されていた。

JOHN CUSACKとKATE BECKINSALEがNYを舞台に繰り広げるロマンティック・コメディ。これからクリスマスまでの間、観て損はない映画。

運命(デスティニー)について洒落たストーリーが用意されている。若い頃は自分の意志で未来を切り開いていけるものと信じてた。本質は誤りでないけれど、今では少し運命というものを信じてる。

大切なのは、動き回って、走り回って、運命をつくりだす処。

受身ではなく、運命は思い描いたビジョンを形にしていくことだということが、この映画をみていて判る。

運命の人と出会えること以上の幸せは、そうざらにない。そして毎日たくさんの運命の人との出会いがある。運命の糸よ。どうぞ絡まったりしませんように。そしてそれが運命の人だと気づきますように。ね。

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2006年11月18日 (土)

「イングリッシュ・ペイシェント」(1996)の監督

アンソニー・ミンゲラはきっと大人の激しい恋愛の経験者に違いない。映画というものは冷酷な位、監督の恋愛指数を明らかにしてしまう。

コールドマウンテン」(2003)も素晴しい。しかしアカデミー賞9部門受賞の「イングリッシュ・ペイシェント」は格段に素晴しい。

ハンガリー伯爵ラズロ(レイフ・ファインズ)と人妻キャサリン(クリスティン・スコット・トーマス)の悲劇的な恋。ミンゲラはアメリカ人女優のかわりにクリスティンに人妻役をキャスティングした。その結果20世紀フォックスは撤退。何度か休止しつつも完成をみた。そして歴史に残る恋愛映画が生まれる。ミンゲラは恋する女に知性と教養が必須と知って譲らなかったのだろう。

驚くべき描写がある。まだ触れ合ったこともない二人が始めて抱擁するシークエンス。激しい女の平手打ちから始まるその愛の表現を一体どれ程の映画がそれまでに描いただろう?「コールドマウンテン」では、ジュード・ロウと二コール・キッドマンのファースト・キスのシーンが美しい。恋の真実がある。

恋愛の教科書があるとすれば、こういう映画たち。書店にたくさん並ぶ恋愛指南書を読んでも無駄。

恋愛はあなたの人生に書き込む物語。How to で導かれる技術などである訳がない。

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2006年11月17日 (金)

幸せな秋を

送れればー。人生にはそれぞれの秋。

Vfsh0160_4夜明け前の空には、冬の星座が展開してる。映画「ライトスタッフ」でチャック・イェーガーは天空に駆け上る。ロッキードF104で成層圏を突き抜けた一瞬、かいまみる真昼の夜空の星。

イカロスのように失速し墜落するジェット機の宿命。しかし忘れられないその記憶。星の瞬き。

Vfsh0162幸せの味は幸せだけではわからない。苦難の秋、逆境の秋も、決して無駄にならない。本当の幸せの味がどういうものかを、後になって教えてくれる。

Vfsh0163_1生きる歓び。生きる苦しみを味わった人だけが命の尊さを知る。お金は銀行に預けられる。けれどあなたの時間は預けられない。あなたの人生の時間の預金は誰も測れない。

あなただけがその時間を生きる。

人間は100%死ぬ。しかし人は生かされている。今の苦しみには全て意味がある。傷みはいずれ輝きになる。

秋の光は世界を等しく照らしてる。

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2006年11月14日 (火)

キャメロン おはよう たまには カフェのハシゴを

早朝、キャメロンと目が合った。やあ、おはよう。

Vfsh0140_2Vfsh0141_3Vfsh0142朝からもう戦闘モードかい?一日は長いよ。マクドで珈琲でもどうですか。 

TOKYOではマックと呼ぶけど大阪ではマクドと呼ぶらしい。の音がVfsh0144_4 Vfsh0146_1 いいね。コーヒー,please。100円也。この値段で文句をいっては野暮。それとも隣のドトールへいく?

Vfsh0147_2いつも通りのモダン・ジャズ。コーヒー,please。180円也。なあに?量が少ないって?・・・確かに君のいう通り。

Vfsh0150Vfsh0151_1では青山のCafe growna growna Tokyoへ行こう。君はスターだから人目につきすぎる。コーヒー,please。340円也。1Drink 1Hour。ネットで少し遊べるよ。

夜明けに君に会ったおかげで、どんどんリッチなカフェにハシゴさ。

日本ではね、キャメロン。夜明けの珈琲には特別の意味があるんだ。

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2006年11月10日 (金)

原宿~表参道~青山 秋の気配

秋に思い出す歌。昔聴いたオフコースの曲。小田和正の曲。

Vfsh0094_3Vfsh0095_4Vfsh0096_2「・・・君の嫌いな東京も 秋はすてきな街・・・でも大切なことは ふたりでいること」

Vfsh0098Vfsh0100_2Vfsh0102_2YES-YES-YES

振返らないで 今 君はすてきだよ・・・

Vfsh0103_2Vfsh0104Vfsh0105小田さんは聴き手を主人公にする詩を書いた。恋人の座にいつも誰かを想定してた独身の季節ー。

Vfsh0106_2Vfsh0107_1Vfsh0108_2光の帝国。マグリットの世界で、あの想定してた恋人たちは今どこに?

あらかじめ失われた恋人たちよ

そういう題名の映画を造った人は、今では怖い顔して政治家を斬ってる。おっかない顔はいけません。人を斬ってもいけません。恋をしましょう、恋を。メリー・ジェーンの歌が泣いてますよ。

秋は深まる。冬が訪れる前に君は・・・。   

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2006年10月31日 (火)

Blogで楽しめるマスコットを

造った。こんなブログのアクセサリーでありペットである。こんなのがあったらいいなあと考えてた。形になってうれしい。

(参照:過去記事⇒  )

ブロガーが増えてて、マーケティングの世界はとても面白い状況になってる。テレビや新聞などのマス・メディアに加えてwebの世界で生じてる個人の情報発信力がパワーを持ち始めてる。安易にTV広告は死んだ、とはいえないけれどTV広告よりもwebの方が面白いという状況が生れてるのは事実。

ブログマスコットは個人ブロガーが気に入って使ってもらうtool。だから推しつけがましいものであってはいけない。

今回は「心を癒したい」人々向のDVDソフト。だからそういうショットを選んでループにした。何回見ても飽きない、そしてちょっと息抜きできるブログマスコットを考えた。日本で最初のアイデアだと思ってる。大勢の真似する人たちが出てきて欲しい。そうしたらこの形式はスタンダードになるだろう。それを選ぶのはあくまでも個人のブロガーたちであるところが民主主義で、いい。

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2006年10月28日 (土)

週末の太陽 二人は今

太陽が昇る。おだやかな海。そして空。

P1010004_4P1010003_2週末の朝には

薔薇が密かに咲く。

P1010016_1P1010017_1明方の浜辺に人影。

紅白ー。これは目出度い。

み~んな仲良く。それは人々の願い。

いい週末を。あなたも。

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2006年10月24日 (火)

君を愛してる

雨のTOKYOのとある駅のホームで、素敵なKissシーンをみた。

Vfsh0059_3Vfsh0058_4Vfsh0057_5君を愛してる・・・。うむ。いってみたい。このコトバが受け入れられるまでに、たくさんの森を潜り抜けていきたい。

お姫様は王子様に、簡単にくちびるを許さないでね。ただ一度ではなくてもいいけどね。

Vfsh0053_2Vfsh0054_8Vfsh0056_6日曜に訪れたカフェ。海岸のそばのテニスコートに面してる。画廊が併設されてる。老夫婦の道楽でやってるお店。

どんどん道楽、いたしましょう。

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2006年10月21日 (土)

写真でみるTOKYO~②

さまざまな色たち。都市の空間を色たちもまた生きる。

Vfsh0021_7Vfsh0020_5Vfsh0022_7存在を主張する色。静かに息づく色。人々もまた同じ。

Vfsh0026_7Vfsh0023_7Vfsh0024_3 地上から遠く離れて。光は先にバベルの塔に届くのか?人はまだ地上の住人。

人が少ないのは、僕がEary Birdだから。早く羽ばたき早く眠る。   

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2006年10月 9日 (月)

海と人との官能的な関係

スミレ色の空が広がる。夜が明ける。

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P1010026_3P1010024_1P1010004_2P1010008_1P1010039_1P1010040_1P1010047P1010048

 

人はなぜ海に向かうのか?

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2006年9月19日 (火)

映画「浮雲」を観て

駄目男の系譜。成瀬巳喜男の傑作と謳われる映画だけど、ふ~んこれが傑作?という感じ。森雅之の駄目男。高峰秀子の尽くす女。「花のいのちは短い」時代の物語。

今は昔、大地真央がニッセイのTVCMで「花のいのちは結構長い・・・」と歌ってから久しい。今なら高峰秀子は森雅之をさっさと捨てて他の男と幸せな人生を送るだろうし、そうしてほしい。

仏領インドシナでの思い出が戦後の引き揚げた二人の逢瀬にかぶる。音楽がボンゴとクラリネットで南方風の響き。子供の頃みた「怪傑ハリマオ」というTVドラマを思い出した。時代考証も希薄なイメージはどこかヘンテコリン。けれど「浮雲」が傑作であることに異論はない。駄目な男は魂を失った男の哀しみの姿。女はそれに身を捧げる。最後の高峰秀子のクロースUPを撮る為にこそこの映画はあったと言わせる程の美しさ。全てを捧げて悔いがない女性ほど神々しい存在はない。安住の地が死であったとは。

フェリー二の映画「道」を思い出す。最後に泣き濡れるザンパノ(アンソニー・クイン)と森雅之は兄弟である。共に敗戦国(イタリア・日本)の戦争直後の男の姿なのだろうか。

「秋津温泉」で長門裕之演じる駄目男は、そんな彼らの弟だ。そして全ての男は駄目男ということなのだろう。

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2006年9月15日 (金)

言葉の力

いよいよ週末。来週月曜は敬老の日。だからこの金曜は三連休につながる花金。とても貴重な一日。できれば争い事なく、また争い事に巻き込まれることなく過ごしましょう。

昨日うれしかった。言葉の力。ほぼ十年ぶりで再会した人とお昼を共にした。僕が十年以上今の会社で仕事を続けてることに対して、彼はこう云った。

ー十年か。たいしたものです。生き残りましたね。

そういう見方があるのか・・・。きょとんとした。四十代の社長さん。十年前の会社とは違う名詞をお持ちだった。僕は判ってた。だから訊かない。きっと彼は辛酸を舐めたはずだ。人間がひとまわり大きくなっていた。彼もまた生き残ったのだ。

逆境や迫害はあった。日本のリーマン社会はジェラシーでできている。男の方がやきもちやきだ。どこでも同じ。けれど最近はとても仕事がし易くなった。時代が変わったこともある。「辛酸を舐めた?」と訊かれたら「ウイ」と答えるだろう。辛酸も舐めてるうちに味が出てくる・・・。

「十年か。たいしたものです。生き残りましたね」ーその言葉は僕のストーリーを美しく(美し過ぎるくらいに)形容してくれたもの。だから大切にしよう。

自分もまた人に勇気を与えられるコトバの力を磨きたい。そう思う。

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2006年9月13日 (水)

すべての女は美しい

写真家・荒木経惟(あらき・のぶよし)氏のアラーキーらしからぬ書名。大和書房「だいわ文庫」から2006年9月15日第一刷発行。書店の平台をサーチしててレーダー発見す。

天才写真家の本音がきける。アラーキーは後世に残る天才です。女性の中には受入れがたく感じる方もいるだろう。僕もNo thank youの領域がある。けど凄い。特に女性のポートレイトではドキッとさせるものがある。こわいもの見たさもある。彼の写真には日常の風景を切り取ってもどこかに死の影が射してたりする。要は凄みがある。

いい女は“天女”である。女はすべて「女優」である。頭がいい女のすごさ。やっぱり写真は情事だ。・・・ここには書きたくない見出しが並ぶ。とても面白い。誤解を招くが面白い。

きれいごとをいったり、きれいごとを撮る人はあまたいる。けどアナーキーではない。予定調和の人々。コマーシャルで芸術家を気取る人間も多い。

しかしアラーキーはアナーキーである。

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2006年9月12日 (火)

新作映画「涙そうそう」 試写をみて

昨日東宝の試写室でみせてもらった。いいものをみせてもらった、というのが最初の感想。(この記事にはネタバレはありません。ご安心を。)

映画を観る前にあまり予備知識は入れないようにしてる。頭でっかちで映画をみたくない。けれど試写をみたかったのは<妻夫木聡>と<長澤まさみ>の印象的なクロースUPの写真と誰でも知ってる名曲「涙そうそう」のタイトル。

映画をみた後で「今、あい」の土井裕泰監督と知った。最初の危惧は「泣かせよう」とくるかなというものだった。けれど自然な感情のうねりがあってかなりジーンとくる場面がある。これは役者とスタッフそして沖縄というもうひとつの主役の力がシンクロしたからだ。

妻夫木君は「春の雪」の50倍いい。長澤さんは「セカ中」」の100倍いい。(「春の雪」と「セカ中」は同じ監督さんでした。ごめんなさい。でも「セカ中」では一滴の涙も流せませんでした。)

何故か、ジャン・コクトー原作の映画「恐るべき子供たち」を後になって思い出した。ジャン・ピエール・メルビル監督のほぼ処女作。兄弟愛が底流に流れる。

風土(沖縄)と民族の悲劇(沖縄人の悲劇)、そしてだからこその明るさがあってこそ兄弟愛が引き立つ。

やはり愛が世界を救う。

子供たちに、家族にみせたい映画でした。9月30日公開。⇒公式hp にいにい!

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2006年9月 5日 (火)

黒いオルフェ ORFEU NEGRO

この映画なかりせば。ルイス・ボンファとアントニオ・カルロス・ジョビンのブラジルサンバの名曲はどこで生まれたろう?映画冒頭からサンバのリズムに圧倒される。そして永遠の名曲が魂をつかむ。

すべて黒人の主演者。しかも踊り続けるその素晴しさ。1959年のこの作品はきっと人類に永遠の歓喜と悲しみを伝え続けることだろう。(カンヌ映画祭パルム・ドール賞/アカデミー賞外国映画賞受賞作)

ジャン・コクトーの「オルフェ」(1949)にマルセル・カミュ監督はインスパイアされたとみた。コクトーの「オルフェ」は魔術。恐るべき映画。子供の頃この「オルフェ」を見て、鏡の向うに死の国が広がってると永らく僕は確信してた。詩人の魂は子供の魂を鷲掴みにする。

大人のカミュはリオ・デ・ジャネイロのカーニバルに死の国をつくりだす。芸術の創造にネオ・リアリズムが驚くべき奇跡を呼び込んだ。ゴーギャンがタヒチに魅せられたように、フランス人のカミュは第三世界のブラジルに魅入られた。

奇跡がフィルムに焼き付けられてる。

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2006年9月 2日 (土)

ベルルとのモーニング・デート

ポーニーのベルルにはもう会えないかも・・・そう思いつつ早朝チャリが向かうのは彼女の居た処。海辺のビーチ・ハウスは解体が始まる。

あっ!居た。ベルル。まだここに居たんだね。やってきたよ。君に会いにさ。Vfsh0165_2おはよう、ベルル・・・。いつも哀しい目をしてたベルルの目に光が宿った。そうみえた。ゆっくり小屋に近づいて見詰めあった。やあベルル。

いつも控え目なベルル。けれど今朝は違った。僕の方に近寄ってきた。積極的なベルル。そおっと撫でてあげた。温かいうなじ。すると驚いたことにベルルはその首で僕の腕を押さえつけた。暖かいその舌で僕の腕を舐めた。おいベルル。これってKissじゃないかい?

Vfsh0169Vfsh0170咄嗟のコトで動転。いけないよベルル。離して。いくら愛は国境を越えるといっても君はポニー。僕は人間さ。

うれしかった。僕はベルルに教わった。こんなに大人しいベルルでも愛が何たるかを知ってる。ふたり蜜をなめるような秘密の時。

ベルル、本当にさようなら。きっと僕はまたここを訪れてしまうだろう。その時君は既に乗馬クラブに戻ってるね。別々の時が流れるね。けれど僕は忘れない。君のことを。そして君のいた夏を。

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2006年9月 1日 (金)

雨の東京 新宿の九月

Vfsh0157_1Vfsh0158_3新宿も今日は雨。季節がかわった感あり。雨よ,今日は仲良くしようね。

振返ってみると夏という季節が大好き。人生の夏。限りなき夏。思い出の夏。・・・僕はまだ夏の中にいる。夏を楽しんだけど,まだやり残したコトはある。まだダイビングをしてないという心残り。週末にトライできるかな。

Vfsh0160_3 今年の夏はいろいろなコトを考えた。靖国問題,戦後60年を経ての「戦後の終わり」。息子たちは写真美術館の『絶望と希望の半世紀』報道写真展を見に行った。

次男坊が「絶望だけだったよ・・・」と云ったのが印象的。彼らはそのVfsh0161_3 後,中村征夫氏の海中写真展に再び<希望>を見出した。

夕方の雨上がり。茜雲が美しい。さあ仕事を終えて、お休みに入りましょうか。

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九月になれば彼女は

そうサイモンとガーファンクルが歌い、オフコースの小田和正さんが「ああ早く~九月になれば~」と歌った九月。今日から九月がはじまる。

昨晩、夕暮れ時の新橋~虎ノ門~赤坂を、BD-1(チャリ)で走った。気温が下がって夜風は爽やか。気持ちが良かった。親友と彼の会社の前で待ち合わせた。「6時半に会社の前にクルマをつけるから」。そう約束した時にはクルマで行くつもりだった。

それが諸般の事情で自転車になっただけ。ちょっとした悪戯心でクルマではなく愛車(チャリ)で、驚かせてあげよう。赤坂見附を左折して青山通りを上ってく。TVCMの世界で有名な会社のオフィスの前から,携帯に電話した。「下で待ってます」。

友人がほどなく降りてきた。青山通りを目で探してる。ほら。こんな目の前にいるのに。気付かないなんて・・・。チャリに乗ってすうっと前に近づいた。その時の親友のリアクションは、思い出すだけで笑いがこみあげる。人はいつも自転車をout of sightにおく。

そんな見えない風になって、道行くリーマン、OLを抜けてゆっくり走ってると、いろいろな人生があると感じる。いろいろな職業。いろいろな帰るべき家。いろいろな交友関係。そしていろいろな愛・・・。

九月には、<チャリ>を親友のステージにランクUPしてやろう。・・・そう決心した。

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2006年8月31日 (木)

ヴォーカリスト2 徳永英明 Newアルバムが

昨日(8/30)発売された。女性アーティストの歌う名曲をカバー。徳永さんだからバラード・アルバム(第2弾)。

Umck1212Umck9149◎曲目:「雪の華」「いい日旅立ち」「あの日にかえりたい」「未来予想図Ⅱ」「かもめはかもめ」「セカンド・ラブ」「シングル・アゲイン」「あなた」「恋人よ」「なごり雪」「M」「瞳はダイヤモンド」「for you・・・」。

◎初回限定盤にはDVDが付いてる。「雪の華」「あの日にかえりたい」「瞳はダイヤモンド」3曲のプロモ・リール。

青春からう~んと遠ざかって悟れた真実を、徳永さんの声は呼び覚ましてくれる。

例えば「雪の華」では「・・・誰かのために何かをしたいと思えるのが愛ということを知った」というフレーズが耳に残るのは彼のお陰。

そういう歌詞とヴォーカリストとの関係がドラマを紡いでく。

“風が冷たくなって、冬の匂いがした。そろそろこの街にキミと近づける季節がくる”・・・そのように季節がかわっていくならば、冬もまた素敵な季節になるなあ。

今年最初の雪の華を眺めるときに、きっと僕はこのアルバムと徳永さんに感謝をするだろう。

●過去の記事:「VOCALIST 徳永英明」⇒ (8/21)

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プールをあなたにプレゼント

夏の終りに夜空をみれる室内プールで。もっぱらぷかぷか浮かんで空をみてこの夏を思う。ジャグジーで体を温めながら、遊ぶ子供らを眺めた。仲のいい子供たち。

25p

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きれいなプールでしょ?(PR写真。ちょっと拝借)天蓋が開閉する。夜風がここちよい。

夏場は夜9時まで。夏休み終了間際。ほぼ貸切。Thanks a lot!残念なのはプールサイドに咲き誇るレディたち。悲しいほどゼロ。“Where have all the flowers gone?”

いままで行ったホテルのプール、遊園地、公共施設など。プールの思い出を総ざらいしてoutput。かなり厳しい条件というのはー。

①都会にあって②夜いけて③子供が楽しめ④安くて(300円)⑤水が綺麗で⑥監視員がいて⑦ナンパに不向きな⑧しかし絶対吸込まれないこと。

そんなプールをあなたにもプレゼント“どうぞわたしをプールに連れてって”⇒ぽちゃん!

いまからでも遅くない。人生に遅いなんてことは ない。

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2006年8月30日 (水)

東京都写真美術館

夏の光が射していた。

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エントランスに至る回廊が素敵。空間設計の中に知性と趣味のよさが感じられる。

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おすすめの企画展。映画「追憶」」の原題:The Way We are.をもじったか。

things as they are-「絶望と希望の半世紀」.世界報道写真50周年記念展。

9/10(日)まで。9.11の前日まで。あえて“必見”といわせてください。次期首相候補の方々もどうぞ。

写真美術館のhpは⇒パシャッ

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2006年8月23日 (水)

SMILE -Sweet memories

JAZZは未知なる大陸。あまりの魅力にどこからどう攻略したらいいものか?

水先案内人がいる。大好きなジャズ・シンガーのDJによるFM番組がある。今回は「MY FOOLISH HEART」を手がかりに銀座・山野楽器のJazzコーナーへ。店員がウルトラ・マニアック。この曲の収められてるCDを探して店内を蝶のように舞って、3枚揃えてくれた。まるで手品をみてるよう・・・。

その中からジャケット・デザインで選んだアルバム「SMILE」。セピア色の写真で少女が頭にベレー帽をかぶっておどけてる。その写真にオレンジ色でS M I L E 。Janet Seidel(ジャネット・サイデル)。帯に「ひまわりのような笑顔と優しい歌声」とある。来日記念盤(06.5.24)。写真の少女はサイデルの幼年期の写真ではないかと勝手に推測。

「マイ・フーリッシュ・ハート」の他、なじみある「黒いオルフェ」「愛の賛歌」なども入って15曲。

ライナー・ノートに「甘い吐息系歌手」とある。ドリス・デイでありペギー・リーでありジャネット・サイデルなのだそうだ。なのに貞淑を絵に画いたような歌手という。だから貞淑な女性が或る男に恋心を抱いて近づきたいが近づけない、近づこうとする自分の気持ちをいましめる「マイ・フーリッシュ・ハート」のサイデルがいい、とある。

Really.奔放な女性の恋には興味がない。

アルバム・タイトル「SMILE」はチャーリー・チャップリンが「モダン・タイムス」の為に書いた曲。歌詞は映画の後でつけられた。フランス語と英語のちゃんぽんで歌うのがいい。

最後の「ウインター・ムーン」は冒頭アルトサックスが泣いてる。トム・ベイカー。ジャネットはこの人と恋に落ちた。すごく哀しい曲だと思ってたら、トム・ベイカーは突然亡くなってしまったらしい。アルバムの最後はこれ。哀しすぎやしない?

それでも人生は続く。月が照らす大草原を行く夜汽車のように。

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2006年8月22日 (火)

シュガー&スパイス~風味絶佳~

9.16に東宝系で公開の映画を東宝の試写室でみせてもらった。『冷静と情熱のあいだ』のスタッフが贈る珠玉のラブストーリー・・・というキャッチ・コピーには惹かれる。(ネタバレはしません、ご安心を)

『冷静と情熱のあいだ』の大多・(東京ラブストーリー)・亮プロデューサー×中江功監督のコンビ。「冷静・・・」と同じく音楽もこっていてアンディ・ウィリアムス、ポール・アンカなどのスタンダード・ラブソングにUKロックの「オアシス」のLYLAが花を添える。

映画を見終わって、無性に<森永ミルクキャラメル>を食べたくなってメトロのスタンドで買った。105円也。本屋では原作・山田詠美氏の『風味絶佳』を購入。つまり、この映画を気に入ったんだ。

カンヌで最優秀男優賞を受賞した柳楽(やぎら)優弥がいい。青春の渇望感がいい。夏木マリがいい。「ピンポン」以来のアザトイ演技がやがて自然にみえる不思議。沢尻エリカさんもいい。

19才の恋心も中高年の恋心もかわりない。そうでなければ大人が真剣になってこんな映画をつくりはしない。70歳のスーパー御婆を演じる夏木マリが、失恋瀬戸際の柳楽君へレクチャーする。

ー『女の子はねーシュガー&スパイス。優しいだけじゃ駄目なんだよ。』

・・・そうか!そうだったのか・・・。いいコトを教えてもらった。しかし知るには少し遅すぎたかなぁ・・・。

公式サイトはこちら⇒sugarandspice 

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2006年8月21日 (月)

VOCALIST 徳永英明

徳永英明のカヴァー・アルバム「VOCALIST」がいい。全編バラード。

1. 時代
2. ハナミズキ
3. 駅
4. 異邦人
5. シルエット・ロマンス
6. LOVE LOVE LOVE
7. 秋桜
8. 涙そうそう
9. オリビアを聴きながら
10. ダンスはうまく踊れない
11. 会いたい
12. 翼をください
13. 卒業写真

土曜日チャリで小田原から箱根湯本までの長い長~い上り坂を登ってく時にipodから流れてきた彼の歌声に思わず涙が出そうになった。「時代」のイントロのピアノに続いてほとんどアカペラで歌われる。「いまはこ~んなに悲~しくて、涙もかれ~はてて、もう二度と笑顔には~なれそうもない~けど・・・」。とても静かな滑り出し。

20代の徳永さんのステージを名古屋で観た。シャウトした青春の彼。それから声がでなくなったり「もくもく病」にかかったりの長い長~い低迷期。そして四十代で発表したこの「VOCALIST」。

力を抜いて歌を歌う。自ら歌いたい歌を聞かせてもらってる感じ。それが辛い坂道を長時間登ってく僕の胸に沁みる。力を込めて生きてもうまくいかなかった人間だけが掴める魅力を、徳永さんはいつのまにか身につけていた。あなたが過してきた時代はそのまま僕らの失われた十年に重なる。辛いことがたくさんあった。けれどもこうして生きているよね。

だから復活したあなたに逢えて、うれしい。 (ちょこっと視聴)

8.30にリリースされる「VOCALIST2」が楽しみです。

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晩夏のバラッド

晩夏の記憶と記録。

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Vfsh0050_8皆既日食。どこかユーモラス。いつも浜であう巨人さん。海のみえる高台から平和を願う。

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Vfsh0056_4 ペルルよペルル。なぜ君はいつも哀しい目をしてる?ビーチ・ハウス。ぎらっ、紫外線ガ~ル。

晩夏の挽歌。

夏の終わりに胸にぽっかり穴が開き、風が通り過ぎてくのは何故?その傷口をふさぐのは何?あと少し夏は続く。あなたの夏もまだ続く。

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2006年8月18日 (金)

よろしく哀愁

郷ひろみと一緒にお酒を飲んだら、いったいどんな会話が成立するのだろう。想像を超える。けれど彼の歌う「よろしく哀愁」は名曲だ。

詞がいい。「逢えない時間が~愛そだてるのさ~、眼をつぶれば君がいる~」

そう、愛は独りの時間が気づかせてくれるもの。こころの中で思い浮かべてる人に自分が気づいてドキッとしたりして。

次男坊が今日帰ってくる。

二泊三日で山中湖にテニス合宿だった。離れてみて「胸が苦しい~」と気づいた。原田知世の「時をかける少女」(大林宣彦監督)を思い出す。「・・・苦しいわ。この気持ちは何?・・・これは愛?これが愛なの?」。やれやれ。

二人で旅をしてたからず~っと一緒だった。その時こんな会話をかわした。「もう自立できるよね。パパがいなくてもやってけるね」「いやいないと困る」「それは経済的に困るという意味?」「いや。精神的に。いてもらわないと困る」・・・。うれしかった。そうか俺はコイツに今必要なんだ。至福。至福。

夜中に寝顔をみたり布団をかけてあげたりするのが好き。やっぱり溺愛か。勿論長男も愛してる。高三の長男はもう大人の部分があって甘えをうまく表現できない。けれど次男坊はまんま甘えてくる。

昨晩、携帯電話の請求書がきた。次男坊の携帯に2万円台の課金が。他の家族3人束になってもいかない金額だった。

怒ってみせても心の中では許してる。

早く無事に帰ってきておくれ。(私的過ぎて読み苦しい記事かもしれません。どうかお許しを)

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2006年8月 9日 (水)

DIRTY OLD MAN 本日発売!

サザン・桑田さんのニューシングルが今日発売。僕は昨日はやばやGet。

~さらば夏よ~という副題のついた『ダーティー・オールド・マン』。『BREEZE』。それに『太陽に吠える!!』の三曲。専門的なことは判らないがコンピュータを排した手造りのサウンドの響きが懐かしい。いい。

桑田さんの曲は元気がいい。「うな垂れちゃ駄目さ・・・」と中高年にエールを送ってると勝手に解釈。「恋に濡れた真夏の情緒にも早幾年 あやまちと無礼~見舞い中・・・」

カッコいい男じゃなくて、駄目男なのがいい。それで元気がある奴。いまだに夏に恋を意識する勘違い男。それがいい。

Vfsh0001_8Vfsh0002_6初回プレス封入特典の「噂の“スイカーマン”ステッカー」は手帳に貼ることにした。

一度もみたことないけど、話題のチョイ悪おやじ「LEON」のもの欲しげなさもしさとは違ってカッコ悪いという自己認識から行動するのが良い。基本的にモテヨウと考えること事態がさもしい。

恋する相手はひとりで充分だ。

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2006年8月 8日 (火)

夏の旅 決定す

昨日仕事仲間とマックで食事した後に、常時携帯してるVAIOでホテルに予約が済んで、今回の夏旅の予約は全部終了した。時間が節約できてほっとした。

<じゃらんnet>で軽井沢周辺ホテルを予約。渋谷ゴッサム・シティーホテルの予約は先週、<一休ドット混む>で予約。振り返ると全部net予約で済ましたことになる。

暑い最中、JTBなどの旅行代理店を探し、行った先で客待ちするのも避けたかったし、旅行代理店がこちらの望む情報を持ってないという経験も何度もしてきた。最近出張やシティホテルの予約は、ほとんど<一休ドット混む>のオークションで安く仕入れるようになった。結局、時代の趨勢はそういう流れ。

日本の観光地のハイシーズンの料金の高さには敬意を表する。自分の首を絞めなければ良いが。大人同士だったら外国に行った方がいい。夏のお盆の頃のハイ・シーズンを普通価格で販売すれば人気も出るし、市場原理も働くし、リピーターも見込めると思う。

ハイシーズンのお客にホテルや旅館が養ってもらおうなどと考えるから、観光地の稼働率は100%にならない。もう時代は変わった。おそらくお金持ちはハイ・シーズンの高い料金など払わない。なぜならケチだからお金持ちになった。成金以外はそんなに法外なお金を払いはしない。別荘か会員制のクラブを利用するだろう。

メディアに騙されて、高い料金を絞られるビンボ~という構図は壊したいよね。

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2006年8月 7日 (月)

夏の旅へ

気持ちは向かってる。今週の水曜から、次男坊と二人旅。お兄ちゃんは大学受験なのでいろいろ考えた。水曜は家族揃って東京のホテルで一泊。僕は夕方まで仕事して午後6時から休暇に突入!

みんなで美味しいものを食べて、ホテルできれいな夜景をみて、僕と次男坊は明け方クルマで信州へ。長男と奥さんはゆっくりと朝を過ごした後、セミナーのあるおらが街へとCome back。

次男坊との二人旅の宿をまだ予約してない。最終日は軽井沢に別荘を持つ親友と合流してお昼にピザを食べに行くことだけ決まり。予約を取らなければ入れないピザ屋が軽井沢にあるそうだ。うむをいわさずピザ屋に決めるところが親友らしい。

さて、今日一番大切なことは、ホテルを予約すること。男二人が愛車で旅すること事態が自由そのものであって、旅の日程を決めたくない思いもあった。

いろいろ調べると、やはり軽井沢はよくできたリゾートだ。テニス、食事、ショッピング、美術館・・・。自然と文化と食・芸術がマッチする。結局、いい避暑地にはそういう仕掛けがある。

軽井沢で昼間はテニス・ボーイとプレイして、夜はおいしい肉を食べる。明け方はゴルフ場を散策・・・。はや~く行きて~。

今週は仕事は程々に。体調を整えましょう。

あなたも Have a great week !

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2006年8月 5日 (土)

がんばり過ぎてる あなたへ

がんばったことのない人は「がんばり過ぎる」ということがよくわからない。そして「がんばり過ぎてる」時に、自分自身をそうだと客観的に認識することも少ない。Too muchは身もこころにも無理をかけてること。けれどそれに気づかなくなってしまってる。

こわれたことのない人に「こわれる」怖さはわからない。人は皆どこかでこわれる。一生の内で遅かれ早かれ程度の差はどうであれ、こわれる。けれど、こわれないことが幸せ、かというとそうでもない。大切なのはこわれた処から再生する力。人間を本当に知れば、人は「こわれやすい」生き物だと判ってくる。

あなたに伝えたいのは,<fire wall> (防火壁)をつくること。

空襲で大都市が全焼しないよう先人は緑地帯を造った。此処で火を食止められるというボーダー。人間の知恵は素晴らしい。強固な fire wall でない方が良い。硬いと壊れやすい。例えば習慣などがいい。

いろいろな fire wall がある。

金曜の晩は仕事が終わったらスーパー銭湯へ行く。そこでサウナに入って汗を搾る。その汗と共に一週間の仕事のコンフリクションを洗い流したとイメージする。その施設をでたら、あなたの週末がはじまる。~簡単。それを習慣化する。仕事と自分時間を切り離す。

こわれるくらいやった人間でなければ、こんなことを考えたりしませんよう。最後には人間の叡智を尋ねる境地がある。ひとりでも充実した時が人を育てる。

気づいたらあなたの隣に恋人が居たりして・・・。

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太陽の季節よ 永遠に

海彦の朝は早い。朝日が出る前に海へでるのが海彦の条件。明日から、ほらっあなたも海彦に。

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Photo_221Photo_222朝焼け。そして葉山の山の手に陽は昇る。カーヴをまがると目の前に「真っ赤に燃えた太陽が~」。

Photo_223Photo_224Photo_225逗子のビーチは穏やか。引き潮。浜辺を散策する人々。静かな週末の夏の朝が始まる。

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なあんだ、よく見たら次男坊。寝ぼけた海彦。浜に別の太陽が・・・。岡本太郎。濃いなあ。

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みんなのドネイションで造られたのか・・・ちょっと感動。太陽の季節はここから始まる。

あなたの太陽の季節は今日から。いまからでも遅くはない。でも気をつけて。Please enjoy !

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2006年7月31日 (月)

明日から8月が

始まる。新しい一週間は7月の締めくくりから。8月の展望も今週見通しをつけたい。

最近は朝のコーヒータイムをDOUTORで過ごす。道に面して開放してるので、通勤する人たちを眺めることができ、楽しい。音楽もモダン・ジャズでGood。ここで朝のblog記事を1~2本書くのが日課。仕事のエンジン始動をプライベートblogでかける。一日を好きなことから始めるのがいい。

8月は夏の終り。海水浴のピークもお盆まで。後はクラゲと仲良くやる季節。遅ればせながら、夏休みの計画に着手した。今週中に決めて予約。今年は次男坊との二人旅。お兄ちゃんは大学受験。奥さんはそのサポートに。次男坊はお泊り2泊以上を要望。合点だ。涼しい処がいいというのは炎天下で練習するテニス・ボーイの切なる願い。かなえてしんぜよう。なんかワクワクしてきた。

構想としてはクルマに乗ってアルプス周辺の高原を旅する。高速と自動車道を駆使して標高1000m位を意識したい。1泊は民宿かキャンプ。もう1泊はホテルか旅館。ワイルドと洗練。昔から「王様と乞食ゲーム」と自分で呼んでる方法。一番お安い経験と、一番手が出せない経験をほぼ同時にする。お金を相対化して体験を豊かにできる。屋台のラーメンから高層のバー・ラウンジへというように応用可能。

次男坊はノリがいい奴。ハワイではフォード・カブリオレで楽しんだ。ナビは次男坊の役目。男の子は遊びをたくさん知ってた方がいい。ただし女遊びは別だけど・・・。

この一週間が、あなたの8月の展望を切り開く週になりますように。

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2006年7月30日 (日)

ライジング・サンーわいはハワイやの朝

夏の朝、日が昇る。

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7月最後の日曜。今日は海も山も賑わいそう。どう過そうか。チャリでちゃらちゃら朝回り・・・。

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今日はハワイにいると思い込もう。ここはハワイ、ここはハワイ。そしてあなたは眠くなる眠くなる・・・。

あともうすこしで高気圧が安定する。けれど夏はこころのステータス。自分で始めて、自分で終えるよ、気象庁さん。

あなたの日曜が、安全に見守られますように。

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2006年7月29日 (土)

For Karen Carpenter

1983年に世界があなたを失った時、世界はまだ知らなかった。本当の意味を。

あなたはその世代最高の女性シンガーだった。完璧な音程を保ってワン・フレーズでオクターブを歌うことが出来た。

しかし稀有なピュアな歌声の影であなたが心を深く痛めていたことを知ろうとしなかった。心を痛め孤独を知ってたあなたは、自分に天賦の音楽的才能があることを最後まで知ろうとしなかった。

今でもあなたの歌声はひとりぼっちの孤独をいやす。あなたがひとりぼっちだったから。あなたと兄のリチャードもまた苦難の青春を生きたから。

いまでは誰もがあなたを愛してる。そしてあなたの歌声に励まされ生きている。

それを天国のあなたに伝えたい。

1983年に世界が気づくべきだったことは、あなたが世界の永遠の恋人になったというその事実。

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2006年7月28日 (金)

カレンの歌声ースーパースター

週末には「カーペンターズ」を聴こう。昨晩FMから「スーパースター」が流れた。こころにたくさんのことが流れ込んできた。

僕はカレンの死をしっかり悼んでいない。そのことに気が付いた。

彼女の透明な歌声は時代の中でいまでも僕の胸に響く。あまりに純真な魂(たましい)には生きにくい時代だった。けれどもし今、生きてくれてたなら。時代はこころを大切にする方向へと向かってる。このままではいけないと誰もが思ってる。一国の宰相以外は。

週末、しっかりとカレンの歌声を聴いてみよう。

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とにかくやってみる

Jwaveのウェイク・アップTOKYO(早朝7時まで)で、今週は精神科医の和田秀樹氏がゲスト出演してた。面白い話をいろいろ聴けた。例えば勉強する人ほどアイデアがでる。本を読まねばならないこと。詰込み教育が創造性を育てる・・・などなど。

今朝は「とにかくやってみる」ー行動の大切さを説いた。ビジネスで一番大切なこと。

もし上手くいかなかったら、自分の才能のせいにせず、「やり方」のせいにする。「やり方」をかえてやってみる。とても良いアドバイス。それは自分に自信を持ち続けるために大切。「自信を持つ」「持ち続ける」。これは重要だ。

自分の自信はともかく、高校三年生の息子に対して、自信をどうつけさせるか?考えてた。長男だから慎重で誠実で控え目。内省的。自分も長男なので実感があるけれど、真正直でウソがいえなかった。でも今では「やっちゃん」になってしまった。何故だろう?

おそらくいろいろな実績・キャリアがある。けれどその実績を上手に自分の自信に結びつけられる人とそうでない人がいる。僕は後者の方だった。僕の息子もまた後者の方である。

高校生活で卓球部の部長をした。体育祭では主導的にクラスを勝利に導いた・・・。こういう事実を美しい言葉にして、自分の<愛のメモリー>にインストールする。話してみよう。明日は一緒に図書館に行く.。自信を持つと余裕が生れる。例え空襲にあっても、午後3時にはお茶を飲める。そういうスピリットがバトル・オブ・ブリテンを勝利に導いた。竹槍で飛行機は落とせない。どんな逆境に置かれてもcoolでいられる男になってほしい。

さてあなたの週末はこれからはじまる。  「とにかくやってみよう」・・・。しかし恋には通用しない言葉かも。Have a nice hana-kin weekend !

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2006年7月27日 (木)

週末のお楽しみはこれからだ

今朝は3時頃に起きてしまった。9時ごろに寝てしまってるので無理もない。唯一の悩みは次男坊との「生活の不一致」。僕が寝た頃、塾から帰ってくる。いつも寝顔しかみれないよ~ん。ますます黒くなってる。特に昨日の太陽はこんがりチョコレート色に焼いてくれた。安らかな寝息を聞いてると安心する。僕が命をかけて守るものは、この安らかな眠り・・・。がんばらなきゃ。

さてビデオ屋のバーゲンが5時で日付変更するので4時半頃行った。海辺の町は濃霧。あまり考えずに自分の潜在意識が選ぶDVDを尊重。バスケット・イン。

「エンジェル・オブ・アメリカ」(1巻~3巻)。②「キャスト・アウェイ」。合計4本借りた。いつも見れないDVDがでてきて、それを延長するので結局バーゲンは高くつく。けれど①「エンジェル・オブ・アメリカ」は収穫だ。週末のお楽しみにしようっと。

マイク・ニコルズ監督。ロシア系移民。ジャンヌ・モローの旦那。けれど一般にはダスティン・ホフマンの出世作「卒業」の監督。アカデミー賞ウィナー。この間の「クローサー」も良かった。

あまり知られてないけれど、アート・ガーファンクルとキャンディス・バーゲンとJ・ニコルソンの出てる「愛の狩人」がいい。舞台劇。そうそうアン・マーグレットがいい。マイクは演出の腕がいい。「エンジェル・・・」はエミー賞受賞。劇映画3本分の製作費をかけて造られたTVドラマである。パシーノがでてる。他の情報はいれてない。

人生、お楽しみはこれからだ。

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2006年7月26日 (水)

デザインの誘惑

表参道の東京メトロの駅を朝歩いてたら、ポスターに誘惑された。

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アート・ディレクターの意図は明白だ。いけません。表現の自由・・・でもねぇ。僕はこれはいただけない。

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朝っぱらから。そんな眼で見詰めないで・・・なんてね。季節は夏だから。夏だからこうなった?

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こちらは健康な色気。人生に対する色気。いい感じ。Boy&Girl。僕もいまだボーイズ・ライフを続ける。

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Photo_210渋谷ゴッサム・シティー。ジュード・ロウ様が空から僕を見てる。雨の夕べの銀杏並木を散策。

textの快楽と共に、Visual Imageの快楽がこの世界にはある。

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2006年7月25日 (火)

シャンソニエ鳩ぽっぽ の夜は更けて

銀座のシャンソンのお店。HEART POPPOの「鳩ぽっぽ」。

まだ社会人になり立ての頃、TBSの音楽番組「オーケストラがやってきた」の公開録画を手伝ってた。広告代理店がまだ夢を売ってた時代のことである。

Logowh 公録会場の司会者が僕の人生の先輩。そう勝手に決めてた。結婚が決まった僕はこの方に披露宴の司会をお願いしにいった。勝手な若造である。彼の経営するその店ではシャンソンの歌い手でもあった。司会を快諾してくれ、駆出しの若造のために忙しい時間を割いてくださった。披露宴では心に残る素敵な司会をしてくれた。

けれど用意してた謝礼を、彼は決して受取らなかった。

それから22年。折々このお店を訪ねてきた。転職した頃は頻繁に通った。歌を聴きながら独り涙をこらえた夜もある。何も頼れない時にただ歌だけが希望に近かった。

Photo_197Photo_198 昨晩は大好きなロバート・山田氏の企画ステージ。シャルル・アズナブールが82歳で来日するそう。それにちなみアズナブールの歌を特集。「思い出をみつめて」という歌では「わが友よ、わが恋よ、わが仲間よ~」という歌詞が。そう、人生で一番大切なもの。今でも年齢を重ねた店のオーナーは歌ってる。毎日休まずに。

僕らの披露宴を最後に締めてくれた彼の演出を思い出す。「結婚しても男と女でいてほしいもの」。そういって何の前触れもなく「愛の賛歌」を歌い始めた・・・。

そんな素敵な振舞いを、僕も若い人に捧げられるといいのだが。

ときめきの⇒愛っ!  わかりにくいHPだなあ⇒でも載せるよ

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2006年7月24日 (月)

ライフログという概念

Web2.0が話題になってる今、Web4.0の時代を考えてる人がいる。西暦2015年頃だから、みんな頑張って生きれば何とか立ち会える未来のこと。

簡単にいえば、ライフログ(Lifelog)とは、すべての生活情報・個人情報を記録してるもの。

この時代になると「個人情報保護産業」なるものがブログを守ってると予想される。

今朝のJwaveで、僕の好きなジョン・カビラ氏が確か{KDDIが携帯でこの秋からライフブログを・・・」とニュースを読み上げて興味を持った。あるいはKDDIのところは聞き間違えかもしれない。

ワクワクする近未来のお話、ライフログをもっと知りたい人はこちらをクリック!⇒ぶちっ

ライフログで人生をやり直したい人のことも考えてる・・・そんなことはよけいなお世話さ

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2006年7月23日 (日)

「ワンダーランド駅で」 逢えますように

全編流れるボサノバ。聴いてるだけで心地よい。雨の日曜に似合うラブ・ストーリー。ボスC_wonderland_1 トンのワンダーランド駅をめぐる出会いそうで出会わない恋人たちのお話。(これ以上は映画をみてのお楽しみ。)

映画という形式で呈示されるドラマは現実が再構成されてる。Endへ向かってup-downを繰り返す。ジェットコースターのように。ハリウッド流の作劇術はそう。だから現実に近い映画の方が時としてドラマチックだったりする。 この映画はそのタイプ。だから面白い。

男女の出会いは永遠のテーマ。素敵だけれど男を近づけない主人C1029557公。すこしヒラリー夫人に似てる。知性が邪魔するタイプ。観客だけが運命の恋人を知ってる。やきもきする楽しみ。

きっとこの映画は、女性たちの支持を受けたに違いない。女の方がずうっと賢くて、男は浅はかであることを教える。その通り。しかしそんな男と女がドラマを紡ぎだす.だから面白い。

(曲名リスト)

ステイ(アストラッド・ジルベルト)
クロスド・パス(アート・リンゼイ)
トリスチ(エリス・レジーナ)
クリケッツ・シング・フォー・アナ・マリア
ワン・ノート・サンバ/イパネマの娘(ベベウ・ジルベルト)
セラピスト(ベベウ・ジルベルト)
コルコヴァード(アストラッド・ジルベルト)
スイーターズ
バイーア
キス
ブラジルの水彩画(エリス・レジーナ)
ヂサフィナード
フィナーレ(ベベウ・ジルベルト)
鷲鳥のサンバ

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雨の日曜日の朝は

今日一日をどうやって過ごそうか思案。図書館に行く。映画もみたい。スーパー銭湯もいい。雨に濡れる海の家もある。

2006年7月23日を私は忘れない。

~そんな一日にしたい。運命の一日。すべてが運命の一日。

テニス部員の息子をテニス部の先生から取り戻すチャンスが<雨>。これはテニス・ボーイを持った親ならわかる。

テニス・ボーイの一日。朝学校へ行き帰宅は7時前。土日は朝7時半出発帰宅は夜7時前。テニス・ボーイは集団行動。水筒2本。炎天下に屋外だ。肌はブロンズ色。歯が白くみえる。そうだ、息子を取り戻せ。

今朝はそのチャンスが巡ってきた。ドキドキ。6時半に連絡網が回ってくる・・・。もうすぐだ。

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2006年7月22日 (土)

My foolish heart

Jazzのスタンダード・ナンバー。夜道をクルマで走ってた。FMからスローなバラードが流れ出した。

The night is like a lovely tune
Beware my foolish heart
How white the ever constant moon
Take care my foolish heart

There's a line between love and fascination
That's hard to see on an evening such as this
For they both give the very same sensation
When your lost in the magic of a kiss
Her lips are much too close to mine
Beware my foolish heart

But should our eager lips combine
Then let the fire start
For this time it isn't fascination
Or a dream that will fade and fall apart
It's love, this time it's love
My foolish heart

For this time it isn't fascination
Or a dream that will fade and fall apart
It's love, this time it's love
My foolish heart
 

昔読んだ片岡義男の「吹いていく風のバラッド」を思い出した。文庫がペーパーバックにみえたあの時代ー。

20代の恋。幸福な蜜月。先に卒業した女はやがて「結婚」という確かなものを望んだ。学生の男にはまだ結婚がピンと来なかった。やがて女は男の許を去る。けれど二人は再会を繰返す。しかし結局、傷つけ合って別れた。いや別れるために傷つけ合った。最低の恋。どこにでもころがってる恋。

女は「もうあなたなんか愛していない」と云った・・・。男は若かった。額面通り受取った。女心などわからなかった。気づかなかった男はそれから何十年も経ってやっと知る。女があの時まだ愛してくれていたことを。実は女は奪ってほしかったのだと。

だから。Beware。用心しなさい・・・。二度と恋なんてしないように。用心して生きてきた。でもmy foolish heartを聴いて男は悟る。

どんなに用心しようとも、恋はするものではなく落ちるもの。

そして若い時にみえなかったこと、人生が有限であるということも。

こんな片岡義男の短編を読んでみたい・・・。

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2006年7月21日 (金)

BABYLON あるいはYumingの予言

YUMING VISUALIVE DA・DI・DAのLIMITED EDITIONのCDは1986年発売。僕はステージのライブをみたので買った。今のYumingに比べると簡素なステージ。けれどとても充実してた。

このライブ曲の中に「BABYLON」という歌がある。都会にでてきた少女が綺麗に変身していく歌でその舞台が東京BABYLONという設定。まだバブルが始まる前。当然バブル崩壊すらない頃の曲。今朝、このアルバムにある美しいバラード「水の影」を聴きたくなってそのついでに十年ぶり位に聴き直した。この「BABYLON」はYumingの潜在意識が察知したバブルの予感と崩壊のイメージである。

浮遊するような少女の夢。都会にでてきて友もできて綺麗に女になっていく。それらが主体的にではなく“受動的に漂うように”告白される。この浮遊感覚はバブルの頃に自分の味わった感覚に近い。崩壊した古代都市BABYLONの栄華の極点のイメージに重ね合わせられた曲である。

バブルを経験しなかった者に、あの狂乱はイメージできない。それは革命前夜を生きなかったものに甘い生活は送れない、という台詞に通じる。多くの人々が一時の欲に溺れそして失墜した。再起不能になった人は数知れない。僕もまた膨大なお金を操る経験をさせてもらった。墜落する恐怖もまた。しかしなんとか生き延びることができた。

あの時代にわからなかった事が十年以上時が経つとわかる。そういういうことだ。あのバブルは僕たちの時代の戦争だった。結局は金融戦争に敗退した。それから失われた十年を送ることになる。

この国は蓄財する年寄りが金融政策のTOPに居座る国。生きる時間に使いきれない富をためる愚者。僕たちはお金に支配されない豊かなこころと生活を自分たちの手で取り戻さなくてはいけない。でもお金は大事だよ。もっとほしい~。

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誰かに見られてる を深夜見てしまった

<SOMEONE TO WATCH OVER ME> が原題。リドリー・スコット監督の隠れた秀作。「エイリアン」の後、NYを舞Kdfbgzeg台にしたロマンチック・サスペンスを仕上げた。原題はジャズのスタンダード・ナンバー。冒頭はスティングが歌う。“お洒落”という言葉はこの映画のためにある。

本家アメリカでもほとんど宣伝なしに公開された。しかしとてもエレガントでビターな大人の恋の物語。トム・「プラトーン」・べレンジャーがシャイでハンサムな刑事役。ミミ・ロジャーズはグレイス。べレンジャーの妻役の新人女優もいい。

大富豪の女性と護衛の刑事の短くも運命の恋。身分違いのディテイル描写が丁寧。それに夫婦の愛が協奏する。リドリー・スコットが「大人の恋はこういう風に描くものさ」と云ってるような余裕の仕上がりだ。

D111556471_1OpeningのNYの夜景の空撮は、リドリー自ら行ったという。クライスラー・ビルが銀の蜀台のように美しい。とにかく全てが美しい。不貞すらも。

しかし愛してしまうことは不貞だろうか?彼は奥さんも彼女も同時に愛した。しかるに愛はトラボ~・・・。つまり、べレンジャーは稀有な幸運に恵まれた男といえる。勝手にすれば・・・。けれど彼の切なそうな顔がいい。

そんなことは現実には滅多にないだろうから、この映画はケーキのように楽しめばよい。

禁断の蜜の味というものもある。

(霧雨の午後、歩きつかれてTULLY'Sでコーヒータイム。全身エビアン水を噴霧されたビジネスマンの僕。なので書いたのに公開し忘れた。人生なんてそんなもの)

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新しい旅に、ほら、みんなが

ときめいている。・・・きれいな言い回しだ。東京ディズニー・シー5周年。

Photo_191Photo_192Photo_193 ときめき。最近あまり使われない言葉かな。大切な気持ち。そしてAnniversary。あなたのための。

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Q2Q3人はに落ちる。銀座のキューピッド。大人には見えない、らしい。仕事中のようなのでそっとパチリ。

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Photo_195Photo_196銀恋。ラブ定額。リーマンの街・新橋。新旧のカオス。洗練vs猥雑。聖vs俗。

ひとはだれもが人生の旅人。

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2006年7月17日 (月)

魔法のコトバ とは?

スピッツのマサムネさんの声は本当にせつない。詞もどうということはないのに、いい。

Spitzスピッツは『水色の街』で、まいってしまった。丁度電車に乗って橋を渡っているときだった。「川を渡る 君が住む街へ~」とマサムネさんのボーカルが入って、「会いたくて~」のサビの処でそのままスピッツのファンになった。

ずうっと青春してる人たちなんだろうか?少し掠れていて不思議な声質だ。でもそれは青春の甘酸っぱさを感じさせる。僕は青春はとっくの昔に終わったけれど、若者は今でも<青春>という言葉を使うのだろうか?

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2006年7月16日 (日)

LOVE is the ANSWER

『やすらぎ療法』という邦訳書を図書館で手にした。アメリカの精神科医がVfsh0049_3 中心となって編まれた本で、英語と日本語が上手にレイアウトされていて面白かった。その四章はレッスンの章。

●恐れを愛に変えるための毎日のレッスン:Daily lessons for the Vfsh0001_6 transformation of fear into LOVE/愛と罪は共存できない 一方を受け容れることは他方を否定すること。この章は15のレッスンがで構成されなかなか良い言葉があった。それを引用します。

・自分の考えと姿勢だけが自分を癒す:Only my own thoughts and attitudes can hurt me

・自分の心の葛藤以外に敵はいない:There is no enemy except the conflict within my own mind

・人を助けることは自分を癒すこと:Helping others is the way I heal myself

・許せば望むものすべてが得られる:Forgiveness offers me everything I want

・静かな瞬間(とき)をもとう:I will be still for an instant

・・・・・・

Vfsh0062_4アメリカ人もまた書物から学ぶ。こういう本がアメリカにはたくさんある。それだけ苦しんでいる人々が多いのかもしれない。日本もまたアメリカの文化圏の中で同じ道を辿ってる。

今日の残り時間は、人を助けて、全てを許し、静かな時を持つよう試してみよう。クルマの運転などは避けた方がいいかもしれない・・・。

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【解決篇】滝川クリステル キャメラ目線の秘密

CX「ニュースJAPAN」のキャメラアングルを分析し判明した隠された事実とは・・・。三つの疑問への回答。 (前回「滝クリ キャメラ目線の秘密」)

疑問その①:なぜ斜めなのか?、疑問その②:なぜ身をよじるのか?、疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?

ここにそれらの疑問を解く実験を試みた。

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左のローズヒップティーが松本方哉氏。右のティーカップが滝川クリステル氏。(画面a.)

  

     ↓      

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滝川クリステル氏を手前に頭を水平に揃え奥の松本方哉氏を望む。広角レンズにより手前滝クリ氏を強調。現在の「ニュースJAPAN」基本画面。(画面b.)

画面a.を今一度見て欲しい。ローズヒップ氏はティーカップ氏に比べると大きいことがわかる。しかし画面b.では相対的にティーカップ氏が大きくてローズヒップ氏は小さくなる。即ち、小さなティーカップ氏を大きくみせる技をレンズの選択とキャメラの角度によって行っている。

ここで仮説がある。画面b.の状態でもしお二人の顔が同じサイズに見えるとすれば・・・。それはティーカップ(滝クリ)氏の顔が小さいからである。

これで疑問その①:なぜ斜めなのか?、疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?が解けた。

それは滝川クリステル氏を実物以上に大きく見せつつも、二人のキャスターが同じ大きさ(バストショット)であるという暗示をかける技法であった。

疑問その②:なぜ身をよじるか?は、かくも技巧的に滝川クリステル氏を愛するCX局の演出意図にある。ここからは大胆な想像による仮説提示となります。お許しください。

午後11時30分にこのチャンネルにチューニングする視聴者の多くはくたびれたビジネスマン。遅い帰宅をはたして、ビールを片手に就寝する前のひとときを過しているかもしれない。その時に滝クリ氏の<訴えかけるような>目線は自分を信頼し自分に語りかけてくれる幻想を育む。その上で<身をよじる>仕草は同じ会社の同僚として会議中自分の方に身を向けて相対してくれる幻想を育む。上から俯瞰する時、かすかな優越感(力の優位・視線の優位)を覚える。そして再び滝クリ氏の<訴えかけるような>目線で見上げられることは疲れ果てたビジネスマンに心地よい自信を呼び覚ます・・・。

結論:滝川氏は疲れたJapanese Gentlemanを介抱しつつ明日への勇気を与えて報道する戦場の花なのである。

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2006年7月15日 (土)

マーマレードの朝

週末の朝、すべての希望が生まれる。

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Vfsh0008_2 夜明けへの道。乳白色にけむる海辺の道。

海面からの蒸気。

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10月は黄昏の国。レイ・ブラッドベリ。ベニドルムに陽は昇る。

La Guerre est finie.

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天国の日々。テレンス・マリック。シン・レッド・ライン。

THIN RED LINE

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ビッグ・ウエンズデー。ジョン・ミリアス。ジャン・マイケル・ヴィンセント。ベトナム戦争。

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片岡義男。サーフシティ・ロマンス。ロンサム・カウボーイ。いい旅を、と誰もが言った。マーマレードの朝。

あなたに素晴らしい一日が訪れますように。

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滝川クリステル キャメラ目線の秘密

CX「ニュースJAPAN」のキャメラアングルを分析すると意外な事実が・・・。

すっかり滝川クリステルさんの口調に文体が影響されてしまった。

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Photo_133松本方哉氏、滝川クリステル氏のバストショット⇒フルショットはすでに斜めから。疑問その①:なぜ斜めなのか?

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Photo_137斜めからが基調のフルショットでは奥から松本氏が力強く発声す。クリステル氏、顔の角度に注目されたし。疑問その②:なぜ身をよじるのか?

見上げるクリステル氏。俯瞰フルショット+番組end。 疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?

解法の探求その①:斜めから広角レンズで撮影。両者の頭のラインが揃っている。しかし手前クリステル氏の体は背景の松本氏に比べ約1.5倍の容積率(つかみで)。しかし両者の頭部をご注目。同じ大きさ。これ以上は・・・。察してほしい。このキャメラアングルでクリステル氏を美しく見せることは副次効果であったろう。当初の意図から逸脱した理由とは?・・・

解法の探求その②:キャスターが身をよじって話さなければならないとすればかなり過酷な現場。仮に腰痛になられた場合、労災は適用されよう。不自然な設定をクリステル氏に強いるのには理由があるはずだ。その理由とは?・・・

解法の探求その③:俯瞰ショットの秘密。不思議な光景。見下した映像。そこにも隠された意図が。その秘密とは?・・・

to be continued.

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2006年7月13日 (木)

「愛のめぐりあい」 BOW30映画祭から 

アントニオーニという監督が大好きで、卒業論文に彼を選んで研究した。<見る>ということに対する洞察が鋭い監督で、尊敬している。

135_1「愛のめぐりあい」は彼が脳梗塞に倒れヴェンダースが共同監督する申し入れで製作資金の調達が可能となった映画。アントニオーニの短編小説集からオムニバス形式で愛の物語が紡がれていく。

十年程前に映画館でみた。アントニオーニの感受性の瑞々しさにこころ打たれた。これは老人の映画ではない。賢人の映画である。

Pda949_1大勢の名優・女優が出演してる。それは彼らが20世紀を代表する映画作家のひとり、アントニオーニに対する敬愛を表すとともに、人生のプレゼントを出演という形で贈ったのだろう。人生の終局で自分を励ましてくれるであろう映画。だから僕はこの映画のことを語る資格はないかもしれない。

愛はときに語りえないもの。

愛のめぐりあいの予告編に⇒めぐりあいたい

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「ピアノ・レッスン」 BOW30映画祭から 

原題:THE PIANO。今夜借りて観た。数年ぶりに唸る。類稀なる傑作。

カンピオン監督は♀。“皮膚”と“触覚”で性愛を描く。男性には絶対発想できない描写が随所に。世界の認識の仕方が♀と♂では違うのか。

200pxthe_piano ハーベイ・カイテルは野生の獣。裸体はゴヤの絵画のよう。その眼はホリー・ハンターを獲物のように舐める。「待て!」と静止されたワニのよう。食べたいっ。「お前のことで頭がいっぱいだ」「俺は苦しい」獣がそう訴えたとき初めて体を開くホリー・ハンター。生贄に捧げる肉。その豊かな背面。二つの白い丘陵。キャメラは愛撫する。

こういう描写で描ける日本人監督はいるだろうか?結局人間の本性はこういう処で暴かれる。どのように富を得ても真の豊かさとは別。

この映画は問いかけるー「あなたのPIANOは何?」

D111405661 PIANOは象徴。主人公エイダはそれにより一度死ぬ。そして復活した。復活には愛がいる。PIANOはエイダを殺しそして生かす。運命を形成するkey factor。

エイダがピアノの鍵盤に指を当てる時が最も官能的だ。官能とは生そのもの。生は性。

The さて僕にとってのPIANOとは何か?

それはわかってる。多分・・・。

「ピアノ・レッスン」の予告編はこちらで⇒ニュージーランド

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2006年7月12日 (水)

アンドレ・ギャニオンと平原綾香 点と線

今日Amazonからアンドレ・ギャニオンとスタン・ゲッツのCD2枚が届いた。①「そよ風の頃~アンドレ・ギャニオンのすべて」②STAN GETZ「anniversary」。

アンドレ・ギャニオンのことは全く知らなかった。とても美しいピアノのAp1 曲が喫茶店で流れてた。「これって誰の曲ですか?」「何という曲ですか?」。♀の店員さんが丁寧に教えてくれた。「私もTSUTAYAでダビングしました・・・」「はあ?置いてあるんですか・・・」しかし早速Amazonで注文。ついでにSTAN GETZもGet!(←シャレのつもり・・・です)。

放送作家・小山薫堂さんは語る。「朝日のような旋律と、夕焼けのような音。なぜに彼は、僕の記憶を紡ぐのか?」懐かしい曲想。さすがピッタリ。

こころに悩みや苦しみを抱える人には癒しの音楽を。僕にも悩みくらいある。「めぐり逢い」という曲は胸に沁みる。時間が静かに本来の自然の流れに変わるようだ。僕たちは身の回りの世界を豊かにしようと努力してるだろうか?・・・内省の気持ちに戻る。

そんな事を考えながら Gagnon氏のhpを見ていて、平原綾香さんのデビュー・シングル「明日」の作曲は彼だということを偶然知った。たった今、見えない点同士が線で繋がった処である。

平原さんの「明日」は「ジュピター」よりも初々しい。Jupiterはブレイクし平原さんは一躍ビッグに。「明日」は後にTVドラマ「優しい時間」に採用されたという。

青春を始める女性の明日を歌ってる。

同じ魂は同じ魂を引き寄せるのだろうか?

◇平原綾香さんの記事へ⇒ここじゃ

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「ベルリン天使の詩」 BOW30映画祭から 

もしもドイツ語を学ぶならこの映画に限る。DVDを買ってこれだけを082_1 マスターすれば愛が語れる。普通の映画のようなストーリー展開ではない。映画でしか紡げない話法。散文詩に近い。中年の天使たちの彷徨。

天使にとって人間に恋することは“死”を意味する。しかし空中ブランコで天使の羽根をつけたマリオンが「愛したい」と呟くとき・・・。これは奇跡の映像詩と呼ばれるが正確ではない。比類ないモノクロームの映像美。色彩の神秘。

これは映画の奇跡である。

ヴェンダースは極東の映画の神ーOZにこれを捧げた。

予告編がみたくなったら click here!⇒ベルリン

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DIRTY OLD MAN な朝

さらば夏~サザンの桑田さんはこういった。「助平親爺で行こう」。8月頭の新曲は「DIRTY OLD MAN~さらば夏」歌われる僕も聴かなきゃ。

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月を指し示すのにその指先だけを見る愚者よ。仰ぐべき理想や夢を見よ。おはよう空と海。

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Photo_105 君はひとりで何を見る?君の瞳に世界が映る。沖の雲。世界は君の鏡。しかし鏡は時として壊れる。

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けれど空も海も壊れない。一日として同じはない。彼らはいつも僕らを受容する。遠くキリマンジャロが見える。モカと区別はつかないから。富士とて同じ。

大気はふっくらと潮の香りを含む。今日の熱さを予告する。“梅雨明け宣言”して早や一週間。専門家のやることは依然として遅い。誰も文句はいわないよ。午後は雨が降るそうさ。雨だってそりゃ降るさ。

Please declare the glory of summer. Let's begin to swing the Melodies of Love !

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2006年7月11日 (火)

村上春樹とスタン・ゲッツと

村上春樹がジャズ喫茶「ピーター・キャット」を経営してたのは1974年(25歳)から81年(32歳)まで。77年に国分寺から千駄ヶ谷に店を移した。一度だけ友人と千駄ヶ谷のお店に行ったことがある。

79年に「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。81年までの約3年間、そのどこかの一日。村上春樹がスノッブに注目され始めた頃で、既にお店は結構混んでいた。

村上春樹は同じ大学の同じ学部学科の先輩だったので、面識はないのに親友と僕は興味を持っていた。

お店のカウンターに座った僕は見てはいけないものを見た気がした。昼間から恋人とワインを飲む女性が静かに涙を流してた。ロングヘアの大人びた女性。距離5m位離れた処で。悲しいから、という理由ではなくワインの酔いが涙腺の安全ピンを引き抜いてしまった、みたいな涙。表情は穏やかだった。連れの男性のことは全く記憶にない。店内に流れていたJazzのことも。

今日の昼休み、図書館で本を読んでたら、突然女性の嗚咽する声が聞こえてきた。顔を上げてみると10mくらい向うのテーブルで、女の子がハンカチで口を押さえていた。

いろいろな処でドラマは生れ、そして時は過ぎていく。

彼の『1973年のピンボール』で主人公の「僕」は1951年のスタン・ゲッツが最高のジャズ・バンドだと絶賛してる。なぜゲッツか?それはゲッツが麻薬とアルコールに蝕まれながらも、彼の音楽が天使のような優しさを失うことが一度もなかったから。村上春樹はスタン・ゲッツこそ「ジャズ(the Jazz)」なのだと語る。

僕は村上春樹の影響でゲッツを聴いてる訳ではないけれど、彼が「天使のような優しさ」と喩えたことを今日知ってうれしかった。彼と同じ森の住人ではないにしても。

今日の昼食はカニあんかけチャーハン+春雨中華サラダ。〆て780kcal。400円也。

この大学ともまもなくお別れ。正門脇の守衛さんが深く挨拶してくれ、図書館の女性司書が黙って挨拶してくれる。お別れしなければならないのが、ちょっと寂しい。

僕は今でも静かに涙を流せるだろうか。

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「気狂いピエロ」 BOW30映画祭から

十代でもし出会わなければ、僕はもっと真っ当な人生を歩んだろう。けれど人生の真実からは遠く離れただろう。

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「気狂いピエロ」ーPIERROT LE FOU(1965)。「きちがいピエロ」っと読む。ゴダールの伝説を彩る傑作。映画監督サミュエル・フラーが実名で出演。「映画とは?」と質問されこう答える。

“映画は戦場のようなもの。愛、憎しみ、アクション、暴力、死。ひとことでいえば感動emotionだ”。

これを聞いたJ・P・ベルモンドはゴダールの愛したアンナ・カリーナと南仏へ逃避行。ひたすら破滅へと失踪する。男の片想いをこれ程昇華した映画はない。ゴダールのアンナ・カリーナに対する恋情が切ない。

彼女のクロースUpのカットが少し長い。恋する男の眼差し。結局ゴダールはカリーナに振られ、この映画を造ることでしか彼女と係わる術がなかった。そのいじましさ。純情。映画史に残る傑作はこうして生まれる。

これは青春映画ではない。

映画の青春である。

■BOW30映画祭で上映。B est O f the W orld。

□「気狂いピエロ」の予告編もみれます⇒こちら

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朝の抱擁

今朝の朝焼けは雄大だった。先週勝手に“梅雨明け宣言”した。気象庁はまだ眠ってる。パリは燃えているか。

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夏の雲が広がる。低層の雲は偏西風に乗って早いスピードで流れていた。

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その二人は森の遊歩道にいた。白人の二人は熱い抱擁。not delight slight light kiss.

朝の抱擁に行く手を阻まれ思案した。結局Go!愛を前に引下れない。背の高い♂の背中の方を僕のチャリは風のように通り過ぎた。

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Sorry。びくった二人の気配を背中にもう一度海へ。引き返す道もあった。けれどこそこそ引き返したくなかった。

空も鳥も見てた。

時よ止まれ 君は 美しい                  ー(確かゲーテの言葉)。

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2006年7月 9日 (日)

滝川クリステル その魅力

CXの「ニュースJAPAN」のメインキャスター、滝川クリステルさんは以前から我が家では有名人だった。ニューヨークからの中継で滝川クリステルさんが元気そうだったよ、と息子が話してくれて、いみじくも彼女の<憂い顔>が中高生の男子にも認識可能な魅力であることがわかった。

Photo_1滝川クリステル(28)。本名は滝川・ラルドウ・クリステル・雅美。Takigawa Lardux Christel Masami(これをしっかり覚える処からファンの道は始まるのだろうなあ。)彼女はフジテレビの局アナではない。CXの子会社の共同テレビの契約するフリーのタレント・アナウンサーだそうである。道理で知性を感じさせる。2000年のCXのアナウンサー試験で最終選考で落ちた3人のうちの一人だそうである。さすが共同テレビの採用担当者は見識がある。

彼女について永年疑問であった謎が、今日解けた。

「AERA」創刊1000号記念増大号(06.7.10/朝日新聞社)の81㌻に「斜め45度の不思議空間」と題された彼女の記事が載っていた。あの斜め45度の秘密が氷解した。

Photo_3「モナリザ」の角度。だそうである。滝川キャスターが一番美しく見えるように斜め45度の角度にしている」とプロデューサーが女子アナ内輪番組の中で種明かしをしたそうである。本当にクダラナイことをしている。彼女はどこから見ても美しいのに。

通常このクラスの人気フリーだと他番組やCMで年収5000万円はいくという。それをこの番組一本で局アナ並の年収に今年やっとなった由。

こういう処がいい、んです。一国の宰相が「格差社会」を是認する発言をする。だから、滝川は清々しい。

何故他の番組に出演しないかと問われて、彼女は「報道で現場に行かなければいけない事態が起きた時に困るから」、と答える。

うむ。斜め45度よりもこういう処が、内面から生じるオーラに含まれるのだろう。

人間の魅力はごまかしがきかないもの。

Photo_2フランス人の父親とは今も仏語で会話するという滝川クリステル。明朝のW杯決勝の応援は間違いなくフランスだろう。僕は別にファンでもなんでもない。けれどあの哀しそうな眼差しで訴えられるように見詰められると、きっと思考回路は吹き飛んでフランスを応援してしまうだろうなあ。

どちらを応援するのか決めかねていたが、結局こういうことで応援国は決まってしまうんだ。

ジダン、がんばれ!

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早朝 程よい距離を

鳥たちから教わった。今朝は霧雨。台風の影響で海にはうねりがでていた。サーファーたちは波にトライする。

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エビアン水のような霧が頬にかかる。ひんやりとして気持いい朝。雨もまた良し。ひとりのロードレーサーが走り抜けた。

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それを鳥たちも見ていた。

自然の賢さは、適度な距離を遺伝子に持つ。

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波に向かってく。アザラシの大群のようなサーファーたちもまた適度な距離を保つ。順番も守る。その波は宇宙で一回しかこない。朝のルール。逆光の椰子も程よい距離を保つ。

いよいよW杯の王者が決まる。定められた運命はー。

明日の明け方に備え、今日の一日を丁寧に生きる。

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「秋津温泉」-本当に美しい女優

久しぶりに観た。池袋にある名画座で何度も観た。本当に美しい日本の女優とはこういう人のこと。Photo TVCMなどには出ない。だから「女優」と言う言葉は彼女のような人のためにある。

公開当時は松竹映画で大ヒットしたという。ロケ地の秋津温泉(岡山県)は賑わったそうである。(この映画が忘れ去られたのはジャーナリズムにも責がある。)ハリウッドなら「ローマの休日」のようにエヴァー・グリーンになっただろう。

女優の名は、岡田茉莉子。

この映画は彼女の出演100本記念作品。企画も彼女。100本の映画にでてこそ“女優”です。その美しさ。艶かしさを堪能できる。

昭和20年の夏から男女17年間を巡る情念のドラマ。戦中。終戦。戦後。時代の経過で愛と運命が変容する女の葛藤。

岡田指名の監督・吉田喜重と、この映画が縁で結婚へ。吉田監督の代表作のひとつでもある。

ダメ男という言葉がある。長門裕之がウマイ。男は実はみなダメ男。堕落し時代に迎合し女に甘えるーそういう姿を吉田監督は日本という国家に重ね合わせてみる。女は僕の解釈では“美しい日本の私”。美しくあればある程、戦後日本では生きにくい。

これ以上は映画をみてのお楽しみ。

林光(はやし・ひかる)の美しい音楽が妄執(オブセッション)のように奏でられる。凄い。頭に刷り込まれてしまう。メロドラマの体裁をかりながらその情念が濃密。さらさらとした水彩ではなく情念で塗り込められた油彩。しかし吉田監督は水彩を装う。そこが屈折してる。

しかし屈折していない知性などあろうか?

その屈折が映画を面白くする。

1962年の映画がひっそりとレンタル・ショップの棚にある。

本当の日本の美しさと哀しみをみるチャンスは選ばれるのを待っている。

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2006年7月 7日 (金)

大学生をみていて思うこと

大学生の顔をみてるのは楽しい。楽しそうなのをみるのは、なおよPhoto_73 い。キャンパスでみる学生の顔と都会の雑踏でみる顔とは違ってくる。それは<環境>というファクターがそうさせる。

Photo_76 こんなに創造的な大学生が、会社に入ると創造的でいられない?-これが問題。

会社で権力構造の階段を登る人々は創造的な人々でない場合も多い。むしろ政治的手腕、冷酷さ、陰謀なども大いに役立つ。だからシェークスピアは商売になった。

官僚的人間は本能的に創造性に嫉妬する。洋の東西を問わず。官僚的人間は人間の創造性がひどく眩しく妬ましい。若いうちに芽を摘むべし。あるいは飼いならせ。

そうして社会教育が始まる。会社は社会。こうして造られた国家が今の日本である。

「生きながらえる」ことは許される。しかし「真に生きる」ことに消極的な社会。多様性より均一性を重んじる社会。共存するより競争優位に立とうとする社会。弱者に対して自己責任を問う社会。こういう社会は若者を駄目にする。創造するより消費することを選ばせる社会。これにも若者はやられる。自分の得意分野で社会を豊かにする国家は豊かになる。

若者を大学から預かって、動物園のまんまサファリ・パークのように社会化する企業や法人があればいいのに。

Photo_75 こんなことをお昼時、動物園状態の学食で考えました。

ラーメン。210円也。コロッケ60円也。

映画「プラトーン」冒頭のテロップのように“若者よ、若いうちに楽しめ”では、哀しいもの。

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2006年7月 6日 (木)

学ぶ者を社会は大切にする

大学で感動する。例えば学食。あまりの安さ。本日の昼食は「塩Photo_61 焼きそば」250円也。大層おいしい。

焼きそばをワッシワッシ食べながら考える。何故こんなに安いの?

Photo_62結構最近の学生はリッチだ。目の前で「スペシャルランチ」500円也を、鉄板ジュージューさせながら昼間から受取る男子学生。

結局お金はフィクション。本当に人間は贅沢にできてる。お金では買えないものを欲しくなる。友情とか本当の愛。無垢の思いとか無償の行為。人に喜んで貰えたり、人の役にたったということ。

300億の資産をもった西和彦氏(元アスキー)は、その頃のことを問われ「500億にしよう」と思ったと語る。欲は欲を呼ぶ。

家族に多くの時間を割きたい。入魂の仕事をしたい。そしていつまでも学生のように人間の係わるすべてを学びたい。

Photo_63

←★マグリット。<光の帝国>。暗い昼下がり。空は昼。地上は夜★

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サテンドールの夜 Jazzライブ

SATIN DOLL。六本木の老舗Jazz club。今夜友だちとライブに行った。サテンドールは天井が高くてとても気持のいい空間だった。  

→サテンドールhp

7:10pmのライブ直前にお店に入ると一杯だった。お店の人が忙しいようで入口のレジの前で待ってても誰も気づいてくれない。レジの奥のカーテン越しに女性の気配があったので「すみませんが・・・」と声をかけると、素敵な女性が顔を出してお店の人に声をかけてくれた。

今夜のライブは河野三紀(P) Quintet。増田ひろみ(As) ジャンボ小野(B) 太田朱実(Fl) 滝幸一郎(Ds) ゲスト:キャロル山崎(Vo)。

童謡「月の砂漠」を<Moon Desert>という。洗練されて聴こえた。Photo_51 Photo_52 中盤にゲストが紹介された。今宵の歌姫(ディーバ)の登場。うむ。・・・やっぱり、先程助けてくれた女性が。一瞬目の前にいた女性が今、ステージで輝いている。

目が合ってしまった。そんな気がした。こんにちは。

キャロル山崎さん。スポットライトを浴び歌う姿は華があって素敵Photo_54 だ。魅了された。懐かしいJOE SANPLE(ジョー・サンプル)の「Melodies of Love」を歌った。最後の曲は「Good Life」。

歌を歌う。楽器を演奏する。人間はなんて魅力的な存在なんだろう。ライブでは音楽を「見る」ことができる。

僕はトニック・ウォーターをオリーブで。Nonアルコールなのはクルマだから。友だちをクルマで送ってから夜の高速をぶっ飛ばして帰還。サテンの夜。よし、また夜遊びするぞっと。

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2006年7月 4日 (火)

映画「軽蔑」を PCで

観た。1963年の名作がデジタル・リマスターで比類なき美しさ。高Photo_41 Photo_42 校生の時に名画座で雨降りのフィルム(傷だらけ)で見た。既に退色した映画だった。

だからPCで見てその美しさに息を呑む。ブリジッド・バルドーのヌードが女神のように美しい。

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Photo_44 見直してみて映画監督役で出演してる実在のドイツ人監督フリッツ・ラング(撮影当時72歳)のその風格。「イントレランス」「M」など映画史に残る傑作群。ヒトラーに反旗を翻し亡命。そのドイツ表現主義映画監督が眼前にいる有難さ。

ゴダールが真に偉大なのはこの映画史に対する敬虔な想いである。既にこの世にいないラングは永遠に映画の中で生きる。

Photo_45Photo_46 (最後のシーンは溝口健二監督の「山椒大夫」のラストシーンへのオマージュ。そうゴダールは語った。)

溝口健二とフリッツ・ラングが出会う。

何十回もみた映画。これからはPCで何度も止めて見ることだろう。

ジョルジュ・ドルリューの音楽が胸に沁みる。

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2006年7月 2日 (日)

フランソワ・トリュフォー の空

トリュフォーが亡くなって久しい。いつのまにか彼から遠く離れてしまった。

Photo_21 今朝、彼の伝記の書評にふれてトリュフォーの諸作品、「アメリカの夜」での映画監督役、スピルバーグ「未知との遭遇」での彼の面影などを思いだした。52歳の短すぎる人生。映画なしでは生き得なかった男。その愛。その伝記。

空を見上げないトリュフォーの話が印象に残り、何故か今日は折に触れ空を見上げてた。

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トリュフォーが見ない空を、かわりにたくさん見ようと思った。

Photo_20確かに彼の云う通り、地上に目を戻せば酷い話が多過ぎる。けれど空には神が沈黙を守ったまま<自然>に姿を変えて、地上の全てを見ている・・・そんな気がした。

7月2日。すでに空は夏だった。僕は彼の『暗くなるまでこの恋を』を図書館から借りて帰還した。

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2006年6月30日 (金)

ドア・イン・ザ・フロア キム・ベイシンガーの魅力

久しぶりにいい映画を観た。キム・ベイシンガー見たさに見た映画がこんなにいいなんて・・・という云い方は彼女に対して失礼だ。しかしキムに感謝しなくては。僕を見る気にさせたコトに対して。

Vfsh0013Vfsh0012_1ほとんどノーマークの作品。キム・ベイシンガーの大人の色香で少年の童貞を奪う話という掴み。映画「思い出の夏」のような海辺のひと夏の話だもの。

しかし深い映画だった。映画を見終わってジョン・アーヴィング原作と知る。襟を正した。あの「ガープの世界」「ホテル・ニューハンプシャー」に並ぶ佳作が誕生してた。

ジェフ・ブリッジスがいい味。童話作家で好色。魅力だ。そして語り口がいい。“物語る”術を心得た男だ。

少女はダコタの妹、エル・ファニング(5歳)。気持ち悪いほどダコタに似てる。きれいで芸達者。姉をしのぐかも。

性の捉え方が深く含蓄がある。彼女が生きるための行為として捉えられている。そしてアーヴィングの世界が持つ暴力や死。なのに可笑しさ。お金があればDVDを買っても後悔しないはず。

「東京タワー」(黒木瞳・主演)が100本束になっても叶わない世界がそこにはある。お子さまvs大人程の力量・教養・人間観察の差。

週末の夜にひとりで見るのに相応しい映画。ドキドキするシーンもあるので慎重に。

公式HP

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2006年6月29日 (木)

小松亮太 「バンドネオン・ダイアリー」

Vfsh0031 久しぶりのMy boom、バンドネオン奏者・小松亮太氏の新境地「Bandoneon Diary」。情熱的過ぎて朝はミスマッチ。昼から深夜にかけて。クルマで聴くに良し。梅雨空を吹き飛ばす効果あり。

Vfsh0032_2 このアルバムは1曲目「私の愛しい蛇腹」から飛ばす。2曲目「夢幻鉄道」が少年心をくすぐり良い。3曲目の「リベルタンゴ~ヴァージョン2005」も名曲中の名曲。8曲目「ジャーヌーラ」は妖しい魅力。

9曲目「空色の瞳」。これまた妖しい。・・・。バンドネオンの響きは心の琴線をかき鳴らす。

タンゴといえばベルトリッチ監督の「ラストタンゴinパリ」。あのガトー・バルビエリのメイン・テーマも妖しい。パリといえば恋の都。その共同幻想の下で50年代のセックス・シンボル、マーロン・ブランドの彷徨。詩人ベルトルッチは絶望的な恋心と愛の孤独をタンゴの鋭角的な動きに象徴させた。(パリでタンゴ大会に出る話じゃナイナイ。)

いまの恋人たちはどんな音楽を選ぶだろう。バンドネオンを選ぶ恋人たちがいるなら、かなりアッチッチである。

Vfsh0002_3 YumingのNew Albumには哀しい思いをした。というのも彼女は僕たちが最初に発見した天才だから。素晴らしい曲がある。けれどAlbumは気持ちを鷲掴みにしてほしい。YumingこそがAlbumのConcept makerだったのに。レコード会社を儲けさせなくてもいい。CMなんかいらない。若者を無視していい。僕たちのためだけにAlbumを造ってほしいなあ。(「Forgiveness」はいい。)

2006年の夏を託すAlbumのひとつに、小松亮太さんのを選ぶつもりです。

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2006年6月28日 (水)

坂本龍一 「トニー滝谷」 村上春樹

人生に豊かな<?>を投げかける。映画「トニー滝谷」のDVDがレンタルに出てる。大型店でも1本位しかないけれど。

Vfsh0009_1ロカルノ映画祭受賞。でも日本では関係ない。昨年、新宿の映画館で観た。イッセー尾形、宮沢りえ、そして語りの西島英俊がとてもいい。市川準監督の手腕は素晴らしい。

映画を劇場で観たのには訳がある。Jwaveで坂本龍一のテーマ曲と市川監督のインタビューを聞いてただならぬものを感じた。

Vfsh0010_2 坂本龍一のピアノの密やかな旋律は素晴らしい。この映画の豊かさをリードする。彼の曲を聴きたいがために劇場に足を運んだ。そして実際、その曲は耳に残った。

幸せな生活に潜む孤独感や哀しみ、喪失感。村上ワールドでお馴染みのテーマ。違うのは音楽家・坂本龍一(テーマ曲)*市川監督(映像造型)*イッセー尾形+宮沢りえ*西島秀俊(語り)の積分でハルキ・ワールドを超えた表現に高まる。

洗練された哀しみの映画。

文春文庫『レキシントンの幽霊』所収。ちょっと怖い短編集ー。

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2006年6月27日 (火)

たまにはblogのお掃除を

blogにたくさん来訪があるととてもうれしい。でもH(エッチ)なTBも増えてきた。眼の前でTBを10近く張られるのをみると、自動化されてるなと推測した。

営業してる。

大掃除する動機は、これだった。

人間は実に創意工夫する。故・今村昌平監督の『人類学入門ーエロ事師たち』という映画の脚本を読んだことがある。

人間の欲望で金儲けを狙う人々。それは私たちの社会の縮図でもある。ただナマ、ベタかどうかの違いだけ。金銭欲からくるサービスを否定したらそもそも{株式}は成立しない。欲望は社会のファンダメンタルズだ。

しかしnetにおけるHサービスは、♂の劣情(おお懐かしい響き!)をテコ(レバレッジ)に金を収奪する仕組が哀しい。だから青少年を被害者にしてはいけない。どうぞ中高年を対象にお願いします。

以下はHな商売の方へのメッセージです。なのでお目汚し、お許しください。

☆風俗営業の方へのお願い☆

僕のblogを経由して若人(特に♂)がお金をカモられるのは避けたい。あなた方もそれは同じはず。お金もってないもの。だから風俗の方は僕のblogにパーミッションなくTBしないでくださいね。もし勝手にHなTBを今後張るのなら然るべき措置をとります。(これはブラフではありません。)

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2006年6月25日 (日)

倉橋由美子 「暗い旅」「夢の浮橋」

Vfsh0006_2昨日、明治大学リバティタワー(神田・駿河台)を訪れた時に、懐かしい女性に出会った。作家・倉橋由美子氏。昨年6月10日急逝。

Vfsh0005_2  7/6(木)まで「倉橋由美子展」が開催されている。(タワー1階・入場無料。)明治大仏文在学中に『パルタイ』で彗星のように作家デビュー。以来半世紀厖大な著述活動を展開。遺品、自筆原稿、初版著書などが展示され、惜しみある才能を偲べた。とてもこじんまりとした展示だが、懐かしい恋人に再会した気分になった。

小説「暗い旅」は、大学時代の僕と親友のバイブルだった。倉橋初の長編小説。普通、小説の一人称では「私は・・・」と記述されるが、これは「あなたは・・・」と語られ、まるで主人公が読み手に移し変えられるような仕掛けが施されてる。催眠術をかけられ小説世界を自分が彷徨うような感じが新鮮だった。当時は仏作家ミッシェル・ビュトールの模倣と揶揄されたりした。(揚げ足取りの国家ニッポン)創造的模倣で何が悪い。

大学生が失恋の痛手を胸に彷徨う物語に僕たちはanan nonnoを見ていた。京都を訪ねる折には、ガイドブックとして持参した。

これは「夢の浮橋」にも通じる。親友は今は大手広告代理店でTVCMを造っているが、学生時代TV局に入ったら、このドラマをTVでやりたいという夢を持っていた。主人公は「萩尾みどり」(懐かしい!)、相手役は誰で・・・と僕に説明してくれた。聞いている僕は、作中の若い恋人役が親友にピッタリなのを内心気づいていながら、黙っていた。美しい残酷な近親相姦の物語が源氏物語の現代版のように優雅に展開されていく。日本の古典と西欧の退廃がこの文学に結実してた。

僕は色鉛筆でアンダーラインを引きながら読んだ。後にも先にもこの「夢の浮橋」は僕の恋愛指南書だったのである。

小説に描かれているように大学を卒業し、社会人になる頃、僕は永らく付き合っていた恋人と別れと再会を繰り返していた。なので、ぎりぎり「夢の浮橋」の美意識だけが見苦しい別れにさせないストッパーだったと、いまでは感謝。

失恋とその辛さは、切腹するってこんなかな、と思わせる傷みだった。体の一部がもぎ取られてしまうような傷みに耐えたのは、倉橋由美子の知性と美意識をテキストとして得ていたからだろう。

そんなことを久しぶりに回想した。

恋愛がファッション化され、性が快楽と捉えられる今、「恋はゲームじゃなくて生きること」という歌詞のような体験をして、今思えば幸せなことだった。

あの傷みを懐かしく思う。しかし恋が傷みだった時代はもう来ないことを切に祈るけれど。

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明治大学 LIBERTY TOWER

Vfsh0012Vfsh0009 土曜の午後、明治大学を受験する息子と神田・駿河台にあるリバティタワーを訪ねた。どえりゃあ~高いビルだがね(名古屋弁!)。まず17階にある<スカイラウンジ暁>で腹ごしらえ。僕はとんこつラーメン360円也。息子はチャーシューメン500円也。味よし。眺めよし。お値段よろし。

Vfsh0010_1 高層階からの一望。お茶の水の街が眼下に広がる。17階の学食から1フロアずつエスカレーターで降りてみたいと息子は言った。空いた教室に入り着席してみたりした。大学生になった自分をイメージする。う~ん。一緒の僕も大学を受けたくなってきた・・・。

Vfsh0008 LIBERTY TOWER の1Fに図書館はあった。ロダンの言葉が掲げられる。

<肝心な点は感動すること、愛すること、望むこと、身ぶるいすること、生きることです>

ここにコトバを掲げようと誰かが発案し、それから古今東西の先哲の数多の名言を吟味したのだろう。そして一人の男(ロダン)のコトバが選ばれ刻まれた。図書館に入館する度に、このコトバの元を通る仕組。とてもいいアイデアだ。言葉の力は剣よりも強し。

感動と愛。希望と意欲。身震いするような何か。そして、死ぬな。生きよ。ーそうロダンは静かに僕らを励ます。

その標語を見上げながら、傍らの息子に言ったー。「君が明治の学生になったら、この図書館を自分のものに出来るんだね」。

大学4年間。約1500日。人生における貴重なモラトリアム。学び、恋し、友と出会い、語らい、生きる。自らの航路の最初の舵を、自分で大きくきってほしい。

sauve qui peut.(ソーヴ・キ・プ) そのコトバがふっと浮かぶ。「生き残れよ・・・」。沈み行く船と運命を共にする船長が最後に部下に告げる言葉。

それがsauve qui peut.

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2006年6月23日 (金)

敗戦直後の花金は

敗戦直後の一光景。大学の図書館は簡易宿泊所のようだった。机に突っ伏し寝ている女と男たち。図書館員に「今日は大勢倒れていますよ・・・」と告げたら、彼女は黙って静かに笑った。

Vfsh0033_2 カレー260円也。スタミナ焼き(500円)を平気で食べてる学生の頭をポカっとやりたい君がいる。アブねぇ。中田の放心した表情、その涙が甦る。

Vfsh0035 これが敗戦直後の平和か。冷静にみえた君の内に怒りと哀しさの混じった感情が流れていた。そうか、お前はそんなに悔しかったのか。

Vfsh0037_1 これが敗戦直後の空か。君の中に流れる血は行き場を失ってる。それにしても世界は何故かくも美しい?かくも速やかに「夢をありがとう」などと言えるものか?

Vfsh0039 これが敗戦直後の光か。苛立つ君の脳は、旺盛な食欲で狩猟を始める。週末の時間をサッカー以外で埋めたい。何をやりたい?その質問に脳は即座に解答しようとする。

借りもの一覧

①「ロード・オブ・ウォー」:LORD OF WAR

②「ニコラス・ケイジのウェザーマン」:The Weather Man

③「ブエノスアイレス」:happy together

④CD/小松亮太「ザ・ベスト」

⑤CD/小松亮太「バンドネオン・ダイヤリー」※

⑥CD/Yuming「A GIRL IN SUMMER」

Yumingには出来なかった。ただ小松亮太のバンドネオンの官能的な響きだけが夜を潤した。恋の記憶。していないはずの恋の記憶。アストル・ピアソラのリベルタンゴ。バンドネオンがすすり泣く。(※)

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2006年6月20日 (火)

親友と出会った場所

Vfsh0196 Vfsh0195 お昼休みに、blogへ記事をUPすることが目下マイ・ブーム。今日のお昼はハヤシライス。260円也。眠気覚ましに飲んだコーヒー。60円也。こちらはW杯応援カップで、捨てるに捨てられない。困った。これはキャンディ入れにした。

学食でハヤシライスを食べてる時、突然忘れかけていた記憶が甦った。プルーストの「失われた時を求めて」では確か洋菓子・マドレーヌが記憶を呼び覚ます。けれど僕の場合はハヤシライス。

都の西北の学食で、僕はカレーライスを食べてた。180円のカレーが一番安い。学食ではカレーしか食べなかった。当時僕は映画を造ろうとしていて、アルバイトで稼いだお金を貯めていた。今でもあの糊のような食感が忘れられない。

学食に話を戻す。僕の隣りに語学クラスで一緒になった背の高い男性が座った。彼はいかにもお金持ちのご子息らしい雰囲気があった。そして実際そうだった。だが彼もカレーを選び、僕らは並んで座った。一番安いカレーが僕たちを結びつけた。人生は不思議である。

学食が好きなのは、そんな記憶が潜在意識に刻まれてるからかも。

Vfsh0193Vfsh0201  グルメの話ついでに。今朝はクルマにもご馳走した。30,000km突破の記念に、エンジンオイルを交換した。高いオイルを食べさせた。キャンペーンのブローシャーを僕はGSの店員から貰った。クイズに正解するとポルシェ・Boxsterが当たる。

自分のクルマを愛してる僕はポルシェに動揺しない。Boxsterは2シーターOpen。もし僕がもう一台2シーターを所有するなら、もっと可愛い2シーターを購入する。モンスター・マシンはいらない。

思わず当選した時の当惑を想像してニヤニヤした。

僕がBoxsterを当てたら、おそらく売却してそのお金で赤いユーノス・ロードスターと、ポルシェ製の自転車を買う。勿論残ったお金は備蓄して、今乗っているクルマのガス代、メンテ代に回す。10年位は大丈夫だろう。

Vfsh0198 Vfsh0199 お昼休みの想像は、かなり現実的なものだった。

気づいたら、僕の周りは学生だらけになっていた。

さてと、午後の仕事に戻ろう。

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2006年6月18日 (日)

散発する不適切行為 を避けて

W杯の応援を今日ほど意識した一日はなかった。こんな日はいつもと同じコトをするに限る。大好きな図書館で勉強した。

Vfsh0161_1 今日は一番乗りと決めていた。今夜のニッポン勝利の願(がん)を懸けてのコトである。気迫は世界を動かす。9時の開館を待たずに入館を許された。これでまた勝利に一歩近づいた・・・。

こころない週刊誌のW杯記事は読まない、と決めていた。そこでW杯とは違うネタに意識を集中する。勉強の合間に読んで面白かったのは、国会議員同士の神楽坂密会疑惑報道。

TVで♂議員のコメントに耳を疑った。表題の「散発する不適切行為」発言である。スクープ写真と記事に、はぎれの悪い議員たち。場所が神楽坂ならば、ぜめて大和(やまと)言葉で粋にやりましょう。エスプリは逆境においても大切だ。議員なら“子供”と呼ばれて喜ばないで。

昔、薬師丸の角川映画「Wの悲劇」を観て感動した。

薬師丸が不倫疑惑の記者会見で見事開き直る。-「好きになっていけないですか?・・・けれど、あの人(中谷昇)は私の買ったソフトクリームをおいしそうに食べてくれました・・・」。確かそういう趣旨の台詞だった。その一言に、一変する記者会見の雰囲気。

愛は私たちよりも強し。そして愛ほど言い訳と相性が悪いものはない。

ニッポン!頑張れ!

Vfsh0159_1図書館では様々な情報を仕入れて帰ってきた。映像のポータビリティの方法が、近頃僕の懸案だった。それに答えがでた。PSPとUSBケーブルで接続したHDレコーダー。その組合せ。それが現状ではBestである。

このPSPに、ニッポン勝利!の瞬間を記録して、繰返し観る。

それが当面の僕の夢である。

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2006年6月17日 (土)

六本木バードランドのジャズ・ライブは

Vfsh0142  素晴らしかった。お店は日本で一番古いジャズ・クラブ、「BIRDLAND」(“瀬里奈”前、スクエアビルB2)。百席の店内は飾らない雰囲気でくつろげた。7時の開演前に、近所のアメリカン・ダイナーで腹ごしらえ。

ステージで女性のアルト・サックスを聴くのは初めてだった。

カッコいい。目をつぶってサックスを掴む感じが、まるで音楽を抱きしめているようだった。そういう女性の表情は官能的だ。

若い高橋里美(アルトサックス)、鈴木ひさつぐ(テナーサックス)を囲んで、ピアノ、ベース、ドラムはベテラン・ジャズプレイヤーが固めた。

やっぱり、ライブは違う。サックスから官能的な旋律が、ドラムからは鼓動が聴こえてくる。

「September in the rain」「take five」「left alone」「Star dust」・・・、ビートルズの「and I love her」等、いい雰囲気の演奏が続いた。奏者が余裕があって楽しめる。勧められて、リクエスト・カードを店の人に渡した。後でジャズに詳しくない僕が出すぎた真似をしたようで少し後悔した。

1ステージが終わる頃女性の司会者がそっと傍に来て「次のステージでやるそうですから・・・」と耳元でささやいた。ドキドキしてくる。

鈴木さんのテナーサックスから、その旋律が流れ始めた時には、ゾクゾクした。そして惹きこまれた。

Someone to Watch Over Me・・・

リドリー・スコット監督の「誰かに見られてる」(1987)ではこの名バラードをスティングが歌った。ロマンティック・スリラーの“黙殺された傑作”。いい映画でも不幸な運命を辿ることがある。

トム・べレンジャーとミミ・ロジャーズの大人の恋と別れがNYのロケで描かれる。夜景が美しい。そしてこの「Someone・・・」は夜景にかぶって流れる失恋の感傷を歌った曲である。

別れた恋人に訴えかけるように、サックスは歌い上げてくれた。僕は一生の思い出をプレゼントされた気分になった。

若い頃の夜遊びとは違う。僕はもう一度、大人の夜遊びをしよう、と思った。

土曜の朝、いまだにジャスの興奮は体に残っている。心と体に溜まった日常がジャズのサウンド・シャワーできれいに流れた気がする。

「花金」には、Liveに行こう。

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2006年6月15日 (木)

雨の夜には「SOLARIS」を

Vfsh0125  雨の季節に向いた映画は?と問われたら「SOLARIS」と答える。DVDもサントラCDも持っていてかなり好きな映画。ロードショーに二回通った。二回とも雨だった。

この「SOLARIVfsh0126 S」はラブ・ストーリーである。宇宙ステーションのシーンは深いブルーの色調。記憶の愛のシーンはオレンジの光。

タルコフスキーの「惑星ソラリス」も良いが、スティーブン・ソダーバーグの「ソラリス」は雨で始まり雨で終わる映画。そういうのも珍しい。

ジョージ・クルーニーが男前でよい。これは夫婦の愛の物語。悲劇的だが、人を愛する意味を問う映画になっている。

Vfsh0127 愛の記憶や後悔、人間の弱さ、感情の惑乱など、惑星ソラリスは人間の心に潜むイデアを実体化して宇宙ステーションに送り込む。

Vfsh0128 果たして失った愛は、取り戻せるだろうか?

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映画「ラスト・タンゴ・イン・パリ」は今

やっと本当の姿を現している。1972年の映画が今、完璧な状態で見れてうれしい(DVD:オリジナル無修正版)。公開当時、検閲で画面にスタンド等の焼き込みがされていた記憶がある。裸体画に布をかけるみたいで可笑しかった。

Vfsh0117 オリジナル予告編では、“ONE OF THE MOST INPORTANT FILMS IN HISTORY”とか“A LANDMARK IN MOVIE HISTORY”と 評されている。

Vfsh0115 これはフィルムに焼き付けられたアートであって、批評通り、映画史に残る作品となった。31歳でこの人間の絶望を描いたベルトルッチは早熟の天才だった。

Vfsh0114 もう一人の天才は、撮影監督のビットリオ・ストラーロ。彼がいなければ、コッポラの「地獄の黙示録」は生まれなかった。これはイタリアの芸術家たちの映画である。

マーロン・ブランド(1924生)は48歳で、前年に「ゴッド・ファーザー」に主演している。1950年代のアメリカ映画のセックス・シンボルだった二枚目が中年の絶望をこれほど奔放に自らを曝け出して演じたこと自体が映画史上の事件だったろう。Openingの1カット目はクレーンでブランドの後頭部に接近するショット。2カット目は高架の鉄道、3カット目はブランドのクロースUP。この3カットでブランドの老いと孤独をみせて物語の核心に観客を投げ込む。

僕は、この映画の話を好きとはいえない。あまりにペシミスティックだから。しかし素晴らしい色彩、ガトー・バルビエリのむせび泣くサックスのテーマ等が、美的に昇華された絵画を見るのと同じ興奮を与えてくれるので、年に一、二回見たくなる。

これは、死に向かう絶望した異邦人の物語。官能よりも死のイメージが色濃い。

ストラーロのオレンジ色の光が忘れがたい。人生における希望の残像のようだ。

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2006年6月14日 (水)

「見た目」依存の時代

Vfsh0119_1 Vfsh0111この本のブックカバーは美しい。欧米人の女性が裸で体重計にのっている。メーターを見つめている。広いレストルームにただひとり。バスローブはない。静謐な緊張感ー。

<「見た目」依存の時代>という書名がピンク色の上にレイアウトされている。現代社会における「美」の基準の画一化、差別等に関する考察を真面目に展開。興味深い内容だった。

このデザインの秀逸さは、ありそうで実はありえない設定の中に本のテーマが埋め込まれてる処。素晴らしい肢体。・・・それなのに体重計の目盛を気にしている全裸の女性。それがモノクロームという抽象化された映像の中で絶妙に配置されている。この女性の「見た目」に徹底的にこだわっている処がちょっと、addiction。

Vfsh0110

閑話休題。庭の紫陽花が咲き始めた。今朝五時頃それをパチリ。周辺の紫陽花は既に満開のようだ。けれどこの株は少し遅れて咲くつもりらしい。DNAには開花時期がプログラムされている。

人間ドックにもう何年も行ってない。行くとどこが悪い、あちらがどうも、と言われるような気がしてる。しかしその数値に近づけるために飲むクスリに実は害があるのでは?とある時、思ってしまった。

●measurable:測りうる,適度の(形容詞)

数字で判定できるとする幻想。体重。血圧。血糖値。コレステロール値。断層写真。けれども人間の体は微分化しきれない。映画にもあった。死んだ瞬間に<21g>体重が減少するという。この21gの謎ー。

美しさは、measurableだと思いますか?

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「されどわれらが日々ー」と「トニー滝谷」

仕事で通ってる大学の図書館で懐かしい本に再会した。芥川賞受賞作。柴田翔の“恋愛小説”「されどわれらが日々ー」。

Vfsh0107 書架からその本を抜き出した。表紙の傷み具合が感動的だったので、思わずパチリ。貸出歴をみる。大勢の人が読み継いできたのが判る。女性が多い。読者に恵まれた幸福な本である。

僕は三十年以上前、京都の大学を受験してその帰路、京都駅の書店で購入し、新幹線の車中で読み終えた想い出がある。当時僕の高校は進学校で東大を受験する人が多かった。この小説は東大生の話で、背伸びした高校生はかなりこの本を読んでいたと記憶する。

今にして思えば、この小説の背景となる政治風景はファッションだと思うし、描かれた人々がある時代のある人種を描いたというにも、無理があると思う。

けれど、この小説には、瑞々しい抒情が抑えられた形で流れていて、それが青春時代を生きる若者の心を捉えたのだろう。東大に入ってこういう大人の恋愛をするのかなあ・・・したいなあ。憧れの中で僕もこの本を読んだ。

性がこれ程商品化する国になるとは・・・。欧米では考えられないクラスファイされた性のサービス体系がある日本は、壮大な実験国家だ。高度資本主義の究極が形成される入口に、この小説は永遠の恋愛小説という位置を占めている。去勢されたロマン主義のように。

Vfsh0108 柴田翔の小説は、その後ほぼ全部読んだ。僕は東大ではなく、都の西北にある大学に入った。政治の季節は終焉し若者のエネルギーは演劇や映画に向かう時代だった。消費に取り込もうとする資本側の若者文化が少しずつ胚胎していた。大学のキャンパスでは政治を叫ぶ拡声器の横を、恋人たちが通り過ぎた。

村上春樹が通った学科に僕は通っていた。がその時には知る由もない。けれど彼の言う“女の子とはタダですることをした”時代を僕も生きていた。「されどわれらが日々ー」程、頭で生きようとする人たちでもなく、性の解放を目指すご乱行派でもなく、恋人との時間の中で、すべては自然に起こり、自然に終わっていった。そうやって社会に出て行った。

「トニー滝谷」の映画に流れる時間は、そういう時代を生きた人間の過ごす、すべては失われ一人になったと自覚する世代の社会人の物語である。坂本龍一の音楽が胸に沁みる。「されどわれらが日々ー」と「トニー滝谷」は僕の中でそのように結ばれる。

されどわれらが日々ー。

とても素敵な響きのタイトルだなあ。

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2006年6月12日 (月)

走行距離3万km。

今日、愛車の走行距離が30,000kmを突破した。

Vfsh0096 30,000kmの記念に、最高のエンジン・オイルをあげることにした。クルマが本当に喜ぶ方法を考えて、そうすることにした。

Vfsh0099 機械には魂が宿る。

今まで本当に楽しませてくれた。そしてこれから十年間は一緒に過ごしたいと思ってる。

次の目標は10万km。本当のお付き合いは、これからだ。

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映画「冷静と情熱のあいだ」のフィレンツェへ

美しいOpening。昨晩、恋愛に興味を持ち始めた息子にお勧めの映画として選んだ。

暗闇にピアノのソロが静かに流れる。(ケリー・チャンが)英語で「フィレンツェのドゥオモはー恋人たちのドゥオモ・・・」「永遠の愛を誓う場所・・・」とささやく。続いて二人の密やかな会話が日本語でー。

ケリー「いつか一緒に登ってくれる?」

竹野内「いつ?」

ケリー「うーん、例えば・・・十年後。・・・順正、約束してくれる?」

竹野内「いいよ、約束しよう」(フル・オーケストラの音楽の高まり)

Vfsh0084 フィレンツェの眺望ー。メイン・タイトルが決まるこのシーンは何度見ても鳥肌が立つ程美しい。

フィレンツェ。ルネサンス発祥の地。そこで見たボッチチェリの「ビーナス誕生」、その肌の輝きの感動は今でも忘れられない。

Vfsh0083 これはひとりの男がひとりの女との約束を守るまでの物語。映画のエンドでは、クロード・ルルーシュの名作「男と女」へのオマージュが見られる。

Vfsh0081_1 竹野内豊がいい。低い声がいい。その眼差しも。はにかんだような笑顔もまた。彼のその笑顔を見るだけでも価値があると思う。

僕にもいつかフィレンツェのドゥオモに一緒に登りたい女性(ひと)がいる。あるいはその人と共にその息子たちと一緒に登ることになるかも知れないけれど・・・。

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2006年6月11日 (日)

雨の日に、フランクルを手にして

ヴィクトール・エミール・フランクルという人を教えてくれたのは、高校時代の片思いの相手だった。雨の日の図書館で、フランクルの本を手にして読んでいる。彼女と高校の帰り道に図書館で勉強した。高校生の僕はただそれだけで、うれしかったし緊張もした。

フランクルは、オーストリアの精神科医(兼神経科医)で、アウシュビッツのユダヤ人強制収容所を奇跡的に生き延びた。収容所経験を基に、戦後ロゴセラピー(あるいは実存分析)と呼ばれる心理療法を創始した人である。彼は妻も家族もすべて収容所で失ってしまった。

1997年に92歳で逝去。しかし今なお彼の著作は、世界を照らし続けている。

高校時代に、その片思いの彼女に薦められたのは、フランクルのナチス強制収容所における体験記録、『夜と霧』と『死と愛』だった。僕はまだ子供っぽい高校生で、今にして思えば、彼女の方がはるかに大人だった。背伸びして買った本には恐ろしい写真と難しい文章で、僕にはとても荷が重かった。

大学生になって、映画をたくさん観るようになってから、アラン・レネというフランス人の映画監督が好きになった。「二十四時間の情事」「去年マリエンバードで」「戦争は終わった」「ミュリエル」など、難解だが今でも心に残る映画である。そのアラン・レネがアカデミー短編映画賞を取ったのが、確か『夜と霧』だった。

何度も、自主上映でこの『夜と霧』を観た。「夜と霧」は、確かナチスのユダヤ人絶滅計画の作戦名だったと記憶している。

この映画は、直接フランクルの体験記とは関係ない。しかし、僕の中では、フランクルの著作を映像という即物的な手段で、極めて知的にアプローチしたものとして、こころに突き刺さっている。

平和なアウシュビッツの緑に包まれた情景と、モノクロームで記録された収容所の記憶が交差する。戦争終結後、連合軍によって、解放された時の収容所のやせ細ったユダヤ人たちの瞳が忘れられない。それは喜びに満ちた表情ではない。いまだ人類が体験したことのない絶望的な体験を経て、虚脱し、深い哀しみを湛えた眼差しだった。

この映像に、大学生の僕は息を呑んだ。そして戦争のもたらす真の狂気を知った。アラン・レネと収容所体験を経た脚本家は、残された写真や記録映像に胸を痛めながら、この短編映画を仕上げたという。死者をして語らしめる。動かなくなった人間が語りえることで、後世に平和を問いかけてくる。

Vfsh0078_2 僕が今日、雨の日に手にしたフランクルの著書の題名は、『<生きる意味>を求めて』と題されている。

平和になった今でも、人間は幸せとは呼べない境遇におかれている。しかし不幸を生むのも人間だが、偉大さを示すのもまた人間である。

Vfsh0075_1 図書館には人間の叡智が集まっている。先人の叡智に少しでもふれる事で、何かが変わるかもしれない。

目の前にひろがる緑には今、霧のような雨が降り注いでいる。

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2006年6月 9日 (金)

恋愛映画館

恋愛小説家(と呼んでいい?)の小池真理子氏の本を、図書館で借りた。映画の本のコーナーに寄って、反射的に借りた一冊です。

Vfsh0059 本の装丁は手に取る時の、重要なポイント。次にタイトル。「恋愛映画館」・・・か。いかにも小池氏らしい。女性誌「with」で連載された「忘我のためいき 私の好きな俳優たち」がまとまって、エッセイ集になった。

Vfsh0060 例えば、わが愛する師匠ーロバート・デ・ニーロの項を読む。「それとはわからないほどのかすかな狂気の気配。歪んだ感情の渦、世界と相容れない人間のもつ、冷え冷えとした孤独感・・・。」

さすが、作家だ。うまいことをいう。

アラン・ドロンに隠しようのない卑しさをみたり、ジャーロット・ランプリングに衰えていくことにおける耽美性をみる。藤竜也に「とことん文句なく男の肉体」をみるあたり、作家とは正確な見方をする生き物ではなく、独断と偏見に満ちた見方を正確に表現できる存在なのだと思わせる。

こういう映画本は、まだ出会っていない映画との出会いを演出してくれるので、とても好きだ。

小池真理子氏はそのあとがきで、軽井沢の自宅で原稿を書き終えて、深夜お酒と煙草を用意して観るビデオやDVDの至福を書いていた。

うむ。わかるなあ。

小説家という生き物は、妄想を紡ぐような仕事をするのだろうから、映画の向うから、さまざまな感情や仕草が、作家の感受性に働きかけてくるのが栄養となるに違いない。結局、映画を語ることは、その人自身を語ることになる。

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2006年6月 6日 (火)

フランシス・レイー恋心の旋律。

映画「男と女」のボサノバの名曲を造ったフランシス・レイ、「Love Story」(ある愛の詩)のテーマも彼です。

「男と女」を再見してから、ふたたびフランシス・レイの音楽がマイ・ブームになってしまった。彼の曲はクルマの運転にとてもよく合う。

Francis Lay を知らない若い世代の人たちは、恋愛、特に恋心と聞いてどのような音楽を連想するのか、興味ある。映画音楽のサウンド・トラックのように自分の日常や恋愛を彩るメイン・テーマを、きっと持っているに違いない。

フランシス・レイの曲は、一世を風靡した。ハリウッド・メジャーも彼の映画音楽を多用したから、世界中で彼の曲が流れたことは間違いない。1966年(「男と女」の年)から三十年間は、地球は「フランシス・レイ」の時代だった。

彼の音楽は、どこかパリの吟遊詩人っぽいところがある。アコーディオンがよく使われるからかもしれない。恋ごころをかきたてるような切ない旋律が彼の音楽の持ち味で、どこを切ってもフランシス・レイ節になるところが凄い。コンピュータが音楽づくりに加わる前の、最後の大作曲家かもしれないと思う。

ほとんど知られていない映画がある。日本題名で『別れの朝』(1971年フランス映画)。KING RECORDSからDVDが出ています。多分レンタルにはない。誰も知らない映画。けれどこの映画は一度観たら、忘れられない恋の映画。日本で数百人もこの映画を知る人はいないかもしれない。ぴあのシネマクラブ(辞典)にも、掲載されていない。しかし、この映画は生涯忘れられない映画になる・・・そういうたぐいの映画です。

フランス人貴族の娘と若いドイツ軍将校の禁じられた恋の物語。恐ろしいくらい濃密な激情と恋情が塗り込められている。この映画音楽もフランシス・レイです。

ジャン・ガブリエル・アルビコッコという監督。「金色の眼の女」(61)、「さすらいの青春」(66)、そしてこの「別れの朝」で忽然と消えてしまう。父親のキント・アルビコッコが撮影監督で、移動撮影、広角レンズ、逆光の撮影など不思議なしかし過剰に美しい画面をつくる。

時々、この映画が観たくなって、観てしまう。けれど本当は、この映画を「聴きたくて」僕は、DVDを観ているのかもしれない。

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2006年6月 2日 (金)

映画「キング コング」は良かった!

これは恋物語なんですねぇ。KING KONGとNAOMI WATTSの間に言葉はいらない。

Vfsh0040 ピーター・ジャクション監督は、言葉を介在させないで、視覚だけで恋の感情を描きたかったのだろう。目は口ほどにものを言う、という言葉があるけれど、キング・コングのつぶらな瞳に宿る感情を、ナオミ・ワッツと我々観客だけが知ることができる。

NYでの雪の公園での“ダンス・シーン”はロマンティックで、このシーンだけでも見る価値あり。「あいのり」や「はにかみ」を見て恋の予行練習をしている我が家のKidzたちにもお勧めしたい。

それにしても、ナオミ・ワッツは素晴らしい。僕はデビッド・リンチ監督の「丸穂ランド・ドライブ」しかみていないけれど、彼女の魅力はどこから来るのだろう。アメリカの女優にある逞しさが、彼女にはない。瞳と口元が魅力的。ブロンドもいい。こう書いていると、全部いい!おそらく、知性と肉体の中間に彼女はプロットできるのだろう。

映画の系譜の中に、「美女と野獣」物がある。僕は子供の頃に見た一本のフランス映画が忘れられない。「ノートルダムのせむし男」という題名だった。小学校の低学年の時に、おそらくTVでみたのだろう。醜いせむしの男がノートルダムに住込みで鐘楼の鐘をつく仕事をしている。映画をみているうちに、彼のみかけの醜さが、映画をみている少年だった僕にとって高貴な存在に見えてくる。

それは美女に恋をしてそれを告白できない時に決定的になった。己の醜さゆえ、一度も言葉を交わさない彼の恋心が、ノートルダム寺院の鐘の音が鳴り響くときに、露わになる。それを僕は理解して感動した。狂ったように鳴り響く鐘の音に「なんて悲しい恋」なのだろう・・・と思った。その涙の記憶は、忘れられない。

そういう映画は、こころの中で創作に加わっているだろうから、観る機会があってもその映画をみるのは躊躇するだろうなあ。

映画「キング コング」は、僕のこころの奥底に眠っていた一本の映画的記憶を呼び覚ましてくれた。それにしても、女性は何故かくも荒々しい男性に惹かれてしまうのだろうか?

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2006年5月31日 (水)

映画「男と女」 on Air

クロード・ルルーシュの恋愛映画の名作。フランシス・レイのボサノバ調のテーマ曲はきっと誰でも知っているくらい有名。今夜8時から BSで on Airします。

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レーザー・ディスクもDVDも持ってるのに、on Airするとまたうれしくなって、見てしまう。この映画の魅力はいったい何なのだろう。

いまから50年位前(1966)の古典的恋愛映画。ジャン・ルイ・トランティニアン(男)とアヌーク・エーメ(女)が素敵。そして、やんちゃなピエール・バルーの歌もいい。フランス・ドーヴィルの冬の海辺。男と女の出会い。過去。それぞれの幼い子供たち。フォード・マスタング。レーサー。パリ・・・。大人の恋愛をこれ程、素敵に描いた映画を僕は知らない。監督は、クロード・ルルーシュ。

大学生の頃、映画館でやっと観た。けれどその前から、この映画の伝説については知っていた。二十数歳の若く無名だったルルーシュ監督が麻袋の中に「男と女」のフイルム缶を入れてカンヌへ乗り込む。一夜にして世界的に有名に。富を得た。カンヌ映画祭のパルムドール賞、アカデミー賞外国映画賞、脚本賞他、キラ星の受賞歴。

ルルーシュに、世界配給したワーナー・ブラザースからヨットが贈られた話など、エピソードにはことかかない。けれど、この映画が面白いのは二十代の青年ルルーシュが自分よりもはるか年上の男と女の恋を、熱を込めて描いていることだ。

憧れ。この映画を観ていると、「世界は恋してる」。戦争が終わって、高度成長期に入って、しかしまだ地球が若かった頃。現代のその青春時代に素敵な恋愛物語が生れたみたいだ。男の内面のドラマや、女のまだ癒えない愛の記憶、それらが華麗な映像テクニックで、素敵なケーキのように組み立てられている。ひとことで言えば「粋(いき)」。

un homme et une femme 

人生に対する色気(いろけ)を、感じさせてくれる映画です。

最後ですが、カンヌに縁(ゆかり)ある故・今村昌平監督のご冥福をこころよりお祈り申し上げます。

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2006年5月29日 (月)

映画「恋愛適齢期」と人生の喜び

blogにコメントを寄せてくださったn.oさんのお勧めで、「恋愛適齢期」を見ました。かなり笑えました。ジャック・ニコルソンもダイアン・キートンもとてもチャーミングで(キアヌ・リーブスも)、歳を重ねた二人が輝いてる。

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63歳のJ・ニコルソンは、きっと全世界の初老の男性に「命短し 恋せよ男!」とエールを送っている。「ultimate bachelor」(究極の毒芯、いや独身)には、磨かれた知性と良い声と女性を求めてやまない健康な欲望がある。

夕方、庭でビールを飲んだ。僕の「人生の喜び」のひとつは、ビールです。

久しぶりに、Corona Extraを、ビンで楽しんだ。本当はライムをビンの口から押し込んで飲むんだったっけ。午前中の雨から、午後は晴天に変わり、久しぶりの五月の夕べだった。濃くなった緑をみながら、ダイアン・キートンの魅力について考えた。

喜怒哀楽をあらわす表情が、万華鏡のようにキラキラ変化し、眩しい。夕方の美しさに似ていると思った。

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2006年5月22日 (月)

映画「恋愛小説家」のジャック・ニコルソンは

この映画のとき、60歳だったと後で知った。相変わらず、怪演・怪優、ニコルソン!

この役どころ、本当に嫌味だけれど、こころの奥底では寂しいという難役。ウエイトレス役のヘレン・ハントの給仕でなくては食事ができない位、社会的に不適応な、しかし売れっ子の恋愛小説家である。その60歳の犬も食わない中年男が坊やに見えたりするから不思議なものだ。揺れ動く恋心が、表情の奥からにじみ出てくる辺り、おおいに笑わせてもらった。

小説家のくせに、全く会話のピントが外れている辺りが、おかしい。会話が成立していない。女心というもの、いや人のこころというものが判っていないのだ。だからコメディになる。よく恋愛小説家でいられるね、というアイロニー。

一方のヘレン・ハントは、美人ではないけれど、人間的に魅力があって、特に病弱の男の子を守りながら一人で頑張って生きてきた。支えてくれる男がほしいと吐露するあたりの涙は、こころを打つ。絶対に、J・ニコルソン(メルビン:小説家)とベッドだけは共にしたくない、と意思表明する、「Never! Ever!」の強い口調に、思わずこちらも頷いてしまった。

しかし、恋は異なもの。そういう二人に感情の交流が始まって・・・。こころの優しさや共感が少しずつ、ジャックに人を思いやって生きていくことの大切さ、素晴らしさを教えていく。ああ、この台詞で二人のこころに橋が架かった。あっ、せっかく架かった橋があっという間に壊れた・・・そういう局面が交互にきて、最後はハッピーエンドで終わる。

「あなたのために、いい人間になろうと思った」・・・その口説きが決まるのは、結局、愛はゲームじゃなくて生きることだからで。皺の分だけ、ニコルソンは魅力的だ。

この映画は、60歳の男が愛によって人間的な成長をとげたという物語。

「愛の流刑地」のような“ひとりよがり”なお話に、J・ニコルソンははたして乗るだろうか?

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2006年5月18日 (木)

「止まない雨はない」っとJwaveのNavigatorは言った・・・。

昔、片岡義男の小説に凝っていた。「いい旅を と誰もが言った」というタイトルの短編小説集があった。角川文庫からペーパーバックのように片岡さんの新刊がでた確か80年代(今から、二十年以上前になる)。

その中に、「雨の伝説」という短編があった。記憶だけで書いているけれど、間違いないと思う。タヒチに伝わる伝説で、<願い事は、きっと天に伝わる>というコンセプトの素敵な短編だった。日蝕をみるために雨よ止んでくれ、という話だったと思う。

独身時代に夏一人で沖縄に行った帰り、JALの機内で隣りに二人の女の子が座っていた。沖縄でこんがりと日に焼けて、羽田に帰る便だった。当時は、JALとANAが沖縄キャンペーンをしていた。その機内で、僕が読んでいたのが、「いい旅を・・・」だった。

なんとなく隣同士で意識していて、初めて会話したのは、東京の夜景がキラキラ見えてきた頃だった。気を利かせたのか、スチュワーデス(現在のキャビン・アテンダント)さんが写真を撮ってくれた。僕は片岡さんの文庫を胸に、スナップに収まった。

それは、恋にもならないその場だけのことだった。けれど、よく覚えている。きっと物語を求めていた時代で、「いい旅を・・・」というタイトルがHave a nice life(いい人生を!)という、人生でその時にしか出会わない同士の挨拶を連想させるからだろう。

そして、いまでも僕は<雨の伝説>をこころのどこかで信じている。それは奇跡かもしれないが。

確かに、雨はこのところ、分が悪い。五月晴れが恋しい。けれど、いずれ雨は止む。

二十数年前にあの沖縄で日焼けした女の子たちは、今夜blogで雨について語っているかもしれない。

世界は奇跡に満ちている。

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