2009年9月 2日 (水)

ゴーギャン展

旅の終わりはゴーギャン展だった。

皇居の東御苑から竹橋に出た。

途中に近代美術館がある。

その脇を通った時、次男坊がゴーギャンをみたいと呟いたらしい。

ホテルをチェック・アウトして、午後あらためてゴーギャン展に向かった。

展示内容はとてもわかりやすい。

第1章:野性の解放

第2章:タヒチへ

第3章:漂白のさだめ

ゴーギャンの生涯が鳥瞰できる。

彼の芸術的集大成とされる大作をクライマックスに配置し、深い思索に誘う構成となっている。

その大作は、このように題されてたー。

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

Where Do We Come From?  What Are We?  Where Are We Going?

ゴーギャンは野心家で欲望にあふれる俗っぽい男であったと、その経歴から想像した。

その男が失意の底で辿り着いた大作には、さまざまなメタファが埋め込まれてあった。

ゴーギャンの作品には詩的な響きのものがあるのも発見できた。

おいしい水

Te Pape Nave Nave(テ・パペ・ナヴェ・ナヴェ)

かぐわしき大地

Te Nave Nave Fenua

ノアノア(かぐわしい)

Noa Noa

絵画を巡りながら、ゴーギャンの人生を思った。

そして自分自身の人生の方向性を、漠然とではあるけれど、思うのだった。

いい旅を過ごすことができた。

だから終えよう。

2009年の夏を。

もう悔いはない。

●ゴーギャン展HP

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2009年7月10日 (金)

セゾン美術館

打合せで訪れたオフィスの壁に、「セゾン美術館」のポスターがあった。

許可を得てパチリ。

Photo

1975⇒1999

「ウィーン世紀末」展で、クリムトの絵のために、転勤先の名古屋から訪れたことを思い出す。

美術展にでかけて絵とふれあう。

それは視覚上の楽しみを越え、体験となった。

そういうことを、美術館を失ってみて知る。

今はセゾン美術館は、訪れた人々の心の中に在る。

「セゾン美術館とその時代」という時代の切り取り方ができるはず。

いつのまにか文化が脇においやられ、消費の帝国になってしまわぬように。

消費の帝国に、本当の幸せはあるだろうか?

見たことの幸福が自分の中にあった。

それに気づかせてくれた一枚のポスター。

そのポスターの前で、ボクは十年来の仕事の総括をする打合せをしてた。

十年間、自分の中に収まっていた。

そんなことを知る一日。

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2009年5月 7日 (木)

映画をつくること

高校二年の次男坊が、GW中に映画をつくった。

高校の先生が結婚されるので、皆で集まってビデオ・レターをつくろうという話だった。

なので、手持ちのハンディカムを貸してあげた。

ハンディカムの操作方法を教えようとしたら、「ボクはかなりできるよ」と云われてしまった。

前から意識することなく、撮らせてたみたいだ。

順調に進んでいるか、気になっていたが、自主的に始めた事なので、見守ることにした。

先週、ちょっと見てみる?と云われた。

見せてもらった。

ー「ビデオレターが撮れなかったので、映画をつくった」。

映画をつくった?

オールラッシュに近い状態で、映像をみて、驚いた。

しっかりしたエンタテインメントになっている。

高校生の同級生たちが集まって、あるストーリーに基づいてお話が展開し、最後に、先生の結婚を祝うという形に収斂してく。

確かなキャメラ・ワーク。

GWに編集するという。

ー編集したことある?

そう聞くと、このムービーメーカーは簡単なので、なんとかやれそうだ、と云う。

(頼もしい。)

映像にサウンド・トラック、そしてテロップと、上手にPCを操作して、ちゃんとしたムービーを仕上げた。

こちらが助言して、本人がそうだと思える部分は取り入れてくれたが、自分がこうだと思った部分は譲らない。

しまいには「監督」と呼んだ。

DVDに焼いて、結婚式場の宴会係に届ける処は、フォローした。

せっかくみんなのお祝いの作品が、万が一のアクシデントで上映できないとしたら悔やまれる。

式場でリハーサルし、そのDVDは再生できることが確認できた。

当日、もう一枚焼いてあげたDVDを本人に持たせた。

「万が一の場合には、このDVDを使いな、ね」

結婚式の披露宴は、とても盛り上がったらしい。

よかった、よかった。

自分が初めて8mmで映画をつくったのが、高校二年の時だった。

不思議なことに、次男坊は高校二年で、ハンディカムで撮影しPCで編集して映画をつくった。

いとも軽々とつくったことに驚いた。

絵を描くことも、楽器を演奏することも、映画をつくることも、次男坊には同じことかもしれない。

<映画をつくる>という心理的障壁など、ほとんどなくて、映画をつくったことに驚くと共に、教えられた。

たいへんな事だと思い込むよりも、見る前に飛べ。

そういうことが、若さ なのかもしれない。

映画監督になりたいならば、映画をつくればいい。

それを、次男坊から教えられた。

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2009年2月18日 (水)

村上春樹氏 エルサレム賞スピーチ

村上春樹さんがエルサレム賞を受賞し、そのスピーチ原稿をネットで入手した。

英文を繰返し繰返し読んだのは、オバマ大統領の就任演説以来の事である。

TV報道で知ることと、本当のスピーチ内容との間には、大いなる“壁(the wall)”がある。けれど、このTV報道を支持したいと思った。

知られない事よりも、知られる事のほうが、大切だ。

net検索し、スピーチ原稿を入手して読解し、自ら知りえた情報で得られる感動を、手に入れた人は幸福な思いを共有するのだろう。

あまりに愚かな大人の醜態を、朝のTVでみるよりは、百万倍、日本人としての誇りを感じることが出来た原稿だった。

村上春樹は小説家である。

彼は自らをnovelistと定義する。

自らをlie(うそ)をつく人として定義する。

このスピーチで重要なキー・ワードは①the wallthe eggthe System だ。

村上春樹の最良の極超短編がここにある。

そしておそらくそれは、歴史に残る。

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2008年8月 4日 (月)

横須賀美術館

猛暑に涼しく過ごせる処は?

そう考え、以前から行きたかった美術館を訪れた。

横須賀美術館。

海と空を思わせる美術館の建築がひとつのArtだった。

Photo_2Photo

自然との色彩のコンポジションが美しい。

Photo_4Photo_3白い館内。

自然光が気持ちいい。 

UpPhoto_5光。

客船を思わせる窓。

近くの観音崎京急ホテルで、昼食バイキングを楽しんだ。

夏本番。

Photo_6Photo_7ロビーの彫像も

海と夏を祝福するかのようだ。

横須賀美術館HP

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2008年3月 5日 (水)

東山魁夷展 詩と旋律

JR渋谷駅のホームで、目を捉えたもの。

Photo東山魁夷の絵画。

深閑とした森と湖。白い馬。

Photo_2詩と旋律ーとある。

絵画から、音楽が流れてくるようだ。

Photo_3都庁の窓から、TOKYOがみえる。

全ての窓から、違うTOKYOがみえるだろうか?

映像に耳を傾けるー

そんな体験を、「東山魁夷展」で味わいたい。

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2007年6月15日 (金)

「黒澤アーカイブ」を見て

日本SGIソリューション・キュービック・フォーラム2008で、黒澤プロダクションと日本SGIと龍谷大学が進めている「黒澤アーカイブ」のDemoをみることができた。

「影武者」と「乱」についての黒澤明監督の創作ノートがDemoの舞台となった。生前には読むことの許されなかった創作の源泉の記録である。再びこの二本の映画をみたいと思った。

映画がつくられる、まず頭の中に。イメージを強固なものにするために、表現の方向性を定めるために。脳裏に浮かぶ様々な思考がノートに刻まれる。誰にもみせないノート。そのノートは40冊程、あるらしい。

これから黒澤明を研究する人々に役立つものとなるだろう。

脚本家・橋本忍氏の著書『複眼の映像ー私と黒澤明』を再び手に取った。この本には、息詰まる創作の戦いが記されている。ひとりでは映画をつくれない。創造と創造の火花が散った処に映画が残る・・・。

そんなことをボクは思った。

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2007年5月30日 (水)

RESPEKT CAFE で仲間と共に

最近お気に入りのカフェ。ランチmtgに相応しい広い店内。

RESPE「K」T の「K」を「C」に変えればリスペクト。尊敬。

Photo_350最近思う。「リスペクトする関係」について。リスペクトする関係のある職場は暖かい。リスペクトを大切にする社会は豊かになるはず。日本人はいつのまにか、狭量でいつも自分に得なことを考え、他人を非難しその分自分をいい位置に押し上げ利を得ようとする民族になり果てたの?

それがグローバル・スタンダードというなら、も少し文化の力で変えたいもの。たかだか二百年位の歴史の国から輸入するコンセプトを二千年以上の文明を育んだ国の文化力で熟成させる。

成果主義とかホワイト・エグゼンプションとか経営に都合のいい概念が輸入されるけど、モラ~ルのこの低下は一体なに?某官庁のあのざまは一体なに~?日本人の持ってた(はずの)倫理観よ、どこいった?それで給料を貰って恥じないのは、すでにかっての日本人ではないのかもしれない。アテネなら、野蛮人(バルバロイ)は、ポリスの外に追放されちゃうよ。

昔、ルイス・ヴェネディクトは『菊と刀』で、日本文化を恥の文化と捉えた。確かこの本は太平洋戦争時、アメリカが対日戦略を練る上で敵国日本を知るために研究された成果だったと記憶する。

その恥の文化が最近、絶滅の危機に瀕してる。含羞の女性の笑みの危機。恥も外聞もくそ食らえの仕事が横行し・・・。

Photo_349都庁から一望に広がる関東平野。

美しい国に醜いことが横行してる。僕はこの国が好き。「恥」もまた世界遺産に登録することになるのか・・・。

リスペクトしあえる関係をつくろうよ。いまからでも遅くない。すっかり日本人ではなくなっちゃう前に。

今一度お互いの関係を豊かにすることに力を注ぎましょう。

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2007年5月19日 (土)

女性35歳

ときどき見入る恵比寿駅のアドボード。

Photo_324Grazia。講談社の屋外広告。

「35歳からが女は本物!」・・・。

Photo_325うむ。そうかい?

35歳までは偽者かい?

かすかに漂う媚。ちょっと勘弁。

時々思う。

何故、日本人は年齢で人生を測ろうとする?もう○歳だから・・・、とかもう歳だから・・・とか、自分の可能性を封じ込める言葉を使いがち。言葉は意識をリードする。自分の云った言葉通りになる。外国ではあまり日本人のように年齢を話題にしない。日本人がそういう思考をするのは、メディア・レイプされてるせいかもしれない。

かっては若者文化でした。若さに価値を置く文化。それは消費文化。若さに価値を置くシステムはもうひとつある。軍隊。若者をあまりおだててはいけない。彼らは彼らで大変である。

そして35歳。

ふむ。

年齢と共に本物になれるなら人間は楽なものだ。

年齢に囚われず生きる女性は美しい。十代の少女であろうと七十代の女性であろうと。人間の魅力は奥が深いものなのだ。

昔なにかの本で読んだ言葉。

「いい女」というものは存在しない。

「いい男と女の関係」があるだけだ・・・と書かれてあった。

幻想を消費に結びつけるメディア(媒体)のカラクリにもう気づいていい。

それが大人のメディア・リテラシー。ライフステージに基くマーケティングに躍らせられた時代はそろそろ永い衰退期に入ろうとしている・・・。

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2007年5月17日 (木)

タルコフスキーの「ノスタルジア」を観て

深夜のBS2で懐かしい映画をみた。「母の思い出に捧げる」・・・アンドレイ・タルコフスキーの献辞が映画の最後に表れる。タルコフスキーが亡くなって久しい。この世界に最も大切な一本のロウソクがかき消されてしまったような気分を思い出す。

そう。タルコフスキーはもう新しい映画を撮ることはない・・・。

彼の映画をみると映画という概念が拡がる。永らくタルコフスキーの映画から離れてた。魂の問題とは余りにも関係ない映画を映画と思って、たくさん観てきた。つまりちょっと堕落してた。

タルコフスキーの映画をみると、映画は魂の芸術だと告げられてる気がする。

国家を追われ、異国の地(確かパリ)で客死したロシア人芸術家。過酷な運命の中で造られた限られた映画は、今も古びていない。

霧に水、炎、雪・・・自然界の揺らぎが映像の大切な構成要素となっている。宗教画をみてる気持ちにさせる。世界を救おうとする気持ちなど狂った思いにみえてしまう現代にあって、「祈り」という行為をこれ程敬虔に描いた映画を、ボクは知らない。

何回も観た映画だけれど、夜中に起きて、最後のシークエンスを観ていて、ボクは心うたれた。心が浄化される思いを味わった。

亡くなったタルコフスキーの祈りが映像を通じて私たちにバトンとして渡される気がした。

そのバトンを次の世代に渡す営みを、ボクはしたいと思った。

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