2015年6月 7日 (日)

マグリット展

国立新美術館で「マグリット展」を観た。

約130点を集めた大回顧展で、ルネ・マグリットの人生を眺望することができる構成となっている。

そう、三十歳頃のマグリットのポートレイトから始まる。

目をつむったハンサムなマグリットが、まるで未来の自らの人生をも回顧するように。

Ⅰ. 初期作品          (1920-26)

Ⅱ. シュルレアリスム (1926-30)

Ⅲ. 最初の達成        (1930-39)

Ⅳ. 戦時と戦後         (1939-48)

Ⅴ. 回帰            (1948-67)

マグリットの描く絵が澄み切った世界になっていく。

思索の成熟が、マグリットの視点をより磨いていったのか。

1948年以降、マグリットをベルギーから世界のマグリットへと押し上げていったのが、ニューヨークでありアメリカであったのも興味深い。

「光の帝国Ⅱ」

油彩画17点、グワッシュ10点、描かれた《光の帝国》、その第2作がみれた。

密かな再会・・・。

不幸な少年期の事件。

幸せな晩年、それを支えてきた幼馴染の伴侶。

マグリットはいつもスーツを着ている。

マグリット らしい。

●マグリット展hp

| | コメント (0)

2015年5月15日 (金)

瀬戸内寂聴さん 93歳の誕生日

 おめでとうございます。

昨晩のNHK「クローズアップ現代」で寂聴さんの映像をみて、感動した。

病の床から再起し、何ものかのチカラによって「生かされている」と語る。

その言葉には重みがあった。

自らの墓碑銘に、どう彫るか?

それを明かした。

愛した 書いた 祈った

なんという素敵な言葉だろう。

翻って、まだ遥かに若いボクは自らの墓碑銘をどうするか、ちらっと考えた。

・・・・・・

じっくり考えましょう。

いや、一生懸命生きましょう。

「あっという間の人生」。

青春は「恋と革命」。

たくさん生きて、若者を扇動するなんて、カッコいいですぞ。

お誕生日、おめでとうございます。

●NHK hp

| | コメント (0)

2014年9月 4日 (木)

チューリヒ美術館展

Img_20140902_070836_1

寄せ鍋、するにはまだ早い。

けれどこの美術展は、寄せ鍋のようにみえてしまう。

悪くない。

美味しければ。

きっとボクは行くに違いない。

●チューリヒ美術館展hp

| | コメント (0)

2014年7月25日 (金)

夏の計画 アートの旅

Tokyoの夏を涼みながら過ごす。

美術館と美術館を旅してみたい。

●ヴァロットン展

●近代美術館 現代美術は・・・展

●オルセー美術館展

●世界報道写真2014

まだまだあるかもしれません。

| | コメント (0)

2014年4月19日 (土)

村上春樹さん 最新短編小説集 『女のいない男たち』

昨日(4月18日)発売された村上春樹さんの九年ぶりの最新短編小説集『女のいない男たち』を読み終えた。

正確に言えば、「文藝春秋」に掲載された短編4作は読んでいた。

「ドライブ・マイ・カー」 (2013年12月号)

「イエスタデイ」 (2014年1月号)

「木野」 (2014年2月号)

「独立器官」 (2014年3月号)

読み終えたのは、

他誌に掲載された「シェエラザード」、

そして書き下ろしの「女のいない男たち」の二作品、

それに八ページばかりの村上春樹さんの「まえがき」と題した小文である。

村上春樹さんが「まえがき」で語るように「コンセプト・アルバム」のような短編集だ。

これからの楽しみは、

この短編集の最初から最後までを順番に読み進めることだ。

●村上春樹さん 最新短編 独立器官

| | コメント (0)

2014年4月 2日 (水)

STAP細胞と危機管理

組織がある。

個人がいる。

組織は人々の集まりだから、そこには自ずと利害関係が様々なレイヤーで存在している。

さて。

共通の利害関係で結ばれている内は、課題は課題として取り出すことは困難だった。

問題が起きて初めて、課題が顕在化した。

もともと組織は課題だらけなのだから、今回、組織は学習しなくてはならない。

組織に危機管理能力や経験がないのなら、危機管理の専門チームが権限を持って短期間に次々と手をうっていかなくてはならない。

時間が経過すればする程、事態は悪化する。

組織も、そこにいる人々も、失うものは大きい。

たくさんのことが、すでに失われてしまったのだ。

例えば、信用。

築くのに百年以上かかったはずだ、

科学に対する信頼は。

組織も、個人も、信用は失墜してしまったのだ。

このまま時間の中で忘却できるものなのか。

何らかの少しでもベターな着地点にランディングさせなくてはならないだろう。

そうしなければ、研究する土壌を再生することが出来ないだろう。

もはや軟着陸できるタイムリミットは過ぎた。

時は流れた。

組織も個人も自壊する前に、すべきことがある。

自らの利害関係を乗り越えて、なすべきことをなすべきだ。

桜が満開だ。

今ならば。



| | コメント (0)

2014年3月 9日 (日)

アンデイ・ウォーホル展

「ミスター・ポップ・アート。国内史上最大の回顧展」。

森美術館10周年記念展「アンデイ・ウォーホル展」にいった。

ウォーホルの初期から晩年までの約400点が出品されている。

「将来、誰でも15分は世界的な有名人になれるだろう」

In the future, everyone will be world-famous for 15 minutes.

Andy Warhol (1928-1987)

ウォーホルの予言通り、そんな時代になった。

その現代から、20世紀後半を代表するアーティスト、ウォーホルを鳥瞰する訳だ。

彼の活躍した50年代から80年代。

アメリカは消費社会、大衆社会、マスメディアの時代だった。

ウォーホルはアーティストであり社交家であり、そしてビジネスマンであった。

その一生はシアワセであったのか?

偉大なるナルシスト、であったかもしれない。

彼の残した膨大なポートレイト写真を眺めながら、そんなことを考えた。

伝説のアートスタジオ「ファクトリー」の一部がほぼ原寸大で再現されている。

内部が銀色のアルミホイルで装飾された「シルバー・ファクトリー」。

ウォーホルは、この空間で彼の作品を“量産”した。

68年、極左フェミニストに銃撃され、瀕死の重傷を負う。

そして「ファクトリー」から「オフィス」へ。

益々、活動の幅を広げていった。

心臓発作で死去。

享年58歳。

TDKのコマーシャルをTVモニターで見ることができた。

彼の大好きなTVで、ウォーホルは生き生きとしている。

彼は、そこに“生きた”のだろう。

●YouTube

●アンデイ・ウォーホル展

| | コメント (0)

2014年3月 2日 (日)

村上春樹さん 最新短編 独立器官

文藝春秋3月号に、村上春樹さんの書き下ろし第四弾「独立器官」が掲載された。

『女のいない男たち』の四作目、整形外科医が落ちた恋の罠のお話だ。

美容整形外科医、渡会(とかい)、五十二歳。

独身主義者で「渡会美容クリニック」を経営している。

彼の技巧的な生活を語る筆者は「僕」。

村上春樹さんその本人の語り口のようである。

「僕」はものを書く仕事をしている。

渡会は、その名の通り「都会」的な生活を送っている。

三十年に渡り「ツキに恵まれた生活」を送ってきた。

思いもよらず深い恋に落ちてしまうまでは。

既婚の十六歳年下の女性が、その恋の相手だった。

(これ以上書くとネタバレになるから、止めておきましょう)

独立器官という概念も、女性全般についての渡会医師の見解で、興味深い。

この短編には、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』に出てくるシロに通じる何かが通奏低音として流れているのをボクは感じた。

まったく関係のない一本の映画を思い出した。

デイヴィッド・クローネンバーグ監督の『戦慄の絆』。

技巧的な生活。

医師。

崩壊感覚。

村上春樹さんは、クローネンバーグを好むだろうか?

そろそろ、この『女のいない男たち』は締めくくりを迎えるだろうか?

5で締めくくられるような気がする。

それは、文芸春秋4月号で、わかるはずだ。

●村上春樹さん 最新短編 木野

| | コメント (0)

2014年2月21日 (金)

サラリーマン川柳 サラ川(さらせん)

第一生命の「サラ川」100選が発表された。

100句にはその年の流行りや時流が織り込まれていて、面白い。

恐妻に一矢報いるパターンは、普遍的な川柳のテーマなのだろう。

ボクが選んだ三句は、次の通りです。

再雇用 鍛えた部下に 鍛えられ

ふむふむ。

ありがちなシチュエーションに中高年のリーマンの哀感。

笑える。

オレの部下 半沢みたいな 奴ばかり

わかるわかる。

何人もの堺雅人さんが詰め寄ってくる様を想像した。

笑った。

再就職 面接官は 我が息子

うむ。

我が息子に、不採用にされなければいいが・・・。

中高年よ、がんばれ!

清き一票を!

 ← こちら です。

| | コメント (0)

2014年2月20日 (木)

村上春樹さんの「まことに心苦しいこと」

村上春樹さんの最新連作小説の第一弾『ドライブ•マイ•カー』の中で煙草のポイ捨てが屈辱的表現だとして、北海道中頓別町の町議六人が、文藝春秋宛に質問状を送った。

村上春樹さんの対応ははやくて、質問状が届く前に、「まことに心苦しいこと」としてコメントを発表した。

この小説を読んでいたボクは、登場人物(主人公)のその表現に何ら中頓別町に対して誹謗中傷する意図はないのに、と眉を潜めていた。

文学作品の登場人物の一言を、「過ちを見過ごすことはできない」として政治家が連名で抗議するとは。

村上春樹さん だから だろうか?

「そこに住んでおられる人々を不快な気持ちにさせたとしたら、それは僕にとってまことに心苦しいことであり、残念なことです』とし、中頓別という名前の響きが昔から好きで、今回の小説で使ったとコメントしている。

なかなか魅力的な二十四歳の女性の出身地が、中頓別町なのだ。

一連のこの抗議と謝罪のいきさつから、単行本にするときには、中頓別町の町名ではなく、別の名前に変えたいと、村上さんは思っている。

こうして、世界中の人々に、北海道中頓別町という町名は知られることなく別の名前がそこに表現されることになる。

北海道のどこかから、名乗りをあげる町が出るといいのに。

村上春樹さんの読者の読解力は充分、オトナなのです。

こうやって聖地になるべき場所が消えることは、残念だ。

ボクの手元には、掲載された文藝春秋十二月号がある。

ボクは中頓別町として読みます。

無粋な抗議については、ノーサイドということで。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧