浜降祭
茅ヶ崎の夏の風物詩、「浜降祭」が行われた。
夜明けとともに、約四十基の神輿(みこし)が茅ヶ崎・西浜海岸に集まる。
みてるこちらの気持ちまで、高揚してくる。
神輿を担ぐ人々も、海水にもまれる。
海の永遠を思う。
2008年の夏がはじまる。
永遠で、そして二度と還ってこない夏を生きる。
過去記事⇒ 2006/7/17
茅ヶ崎の夏の風物詩、「浜降祭」が行われた。
夜明けとともに、約四十基の神輿(みこし)が茅ヶ崎・西浜海岸に集まる。
みてるこちらの気持ちまで、高揚してくる。
神輿を担ぐ人々も、海水にもまれる。
海の永遠を思う。
2008年の夏がはじまる。
永遠で、そして二度と還ってこない夏を生きる。
過去記事⇒ 2006/7/17
やっと昨日、Tokyoでも梅雨が明けたと<思われる>宣言がでた。
そして猛暑。
確かに、梅雨は明けました。
早朝オフィスで仕事を済ませ、この三連休に突入。
そのケジメをつけたくて、銭湯にいきたくなった。
朝からやってる銭湯はないかな。
ネットで検索した処、なんと朝6時からやってる銭湯がある。
幸の湯。
環八を南下して羽田方面。クルマで移動しやすそうだ。
大田区西糀谷(こうじや)一丁目。
天然温泉とある。
朝6時から営業!すばらしい。
近所の商店街の駐車場にクルマを止め、歩いて到着。
入湯料430円。サウナ+200円。
天然温泉に可愛らしい露天風呂もある。
電気風呂やジャグジーバスもあり、中二階にサウナ、あり。
朝の9時頃、おじいさんの姿が多かった。
地域の人々に支持されてる感、あり。
この早朝営業は、アーリーバードのボクにもうれしい。
たとえば徹夜明け、一風呂浴びたい時などに。
温泉は少し茶色い「黒湯」。
東京湾に沿って存在する天然温泉である。
ほかほかに温まる。
すっかり満足して、三連休に突入した。
探せば、近場に素敵な場所があるものだなあ。
Tokyoに次男坊と泊まった。
昨日も今日も、すでに夏。真夏だ。
今朝は空気が乾いてて、気持ちよく晴れ渡った。
お台場などをクルマでドライブして、次男坊のリクエストでDenny'sに入る。
冷たいビシソワーズスープが、おいしい。
次男坊はDenny'sモーニング。スクランブルエッグにトースト。
ボクは、ザ・ベジタブル!モーニング。
それに石窯カンパーニュがおいしかった。
DELLのD430で、Denny'sから。
旅の一日が始まる。
久しぶりに友人と飲んだ。
なぜか、「下町」へ行きたくなった。
ーそれでは、「神谷バー」で待ち合わせましょうか?
ーあの、「神谷バー」ですね。
ーあの、です。
といった会話があって、夕方、指定の浅草にある神谷バーへと向かった。
浅草一丁目1番1号、なんだ。
夕方まだ早いのに、ほぼ満席の盛況。
レジでチケットを買い、テーブルを確保するシステム。しかも相席である。
初老の紳士にことわって、相席させていただいた。
ウェイターのお姉さんも、下町の素朴な感じが好ましい。
注文は、いわずとしれた「デンキブラン」。
一杯260円。
甘くてお屠蘇みたいだ。ウォッカ等いろいろカクテルされてる。
発熱から立ち直って、養命酒みたいな一杯を飲みつつ、友人を待った。
電話が鳴った。
ーいま、デンキブランに入っているからと「言いまつがえ」た。もう、神谷バーに入ってますよ。
さざめきの中から、会話が聞こえる。
都心の盛り場やビジネス街とは違った時が流れてた。
そのゆったりした時の流れに、身を任せ、心地よい。
離れたテーブルから、中年の男性の下町の良さについて語る言葉が聴こえてきた。
ー「気のいい人が多いから」。
気のいい人。
長らく忘れていた言葉。
できる人。カッコいい人。頭のいい人。金持ちの人。成功とか能力とか功利の伴う尺度では計れない言葉。気のいい人と、いい気な人とは違う。
気のいい人。
友人と合流して、浅草の花やしき界隈の屋台っぽい飲み屋街に河岸を代えた。
夜風にあたりながら、道行く人々に目をやり、客の連れてきた犬をなでながら、ボクたちは、「下町の良さ」を満喫した。
きっと、気のいい人になっていたのだろう。
アマゾンから帰ってきた友人は、来週、仕事でグレイトバリアリーフへ向かうという。
帰ってきたら、また下町で会おうと約束して、別れた。
みんなが共に生きることを喜びあえる場所。
そこに流れる時間は、きっと穏やかなのだ。
そんなことを考えながら家路についた。
週末は、穏やかな時を大切にしようと心に誓った。
昨日の朝、新副都心線が開通した。
週末の朝はオフィスで片付ける仕事があって出勤した。6時頃、新副都心線・渋谷駅の構内を足早に見学した。
でも、この<地宙船>、どこにあるんだろう?
短い時間しかなかったので、隈なく探すことはできなかった。
自然排気・吸気のできる仕組みと云う。
巨大な地下の神殿が、渋谷の地下にあるようだ。
早朝なのに、鉄ちゃんらしからぬ見学客も多かった。
渋谷で夜明かしして、この開通に遭遇した人もいるのかも。
すでに解体された東急文化会館に代わり、渋谷の地下にもうひとつの<文化>が生まれたのだろう。
でも、本当にこの<地宙船>は、あるのだろうか?・・・
不思議なミニチュアをみただけに、気になる。
長男のカメラ「SONY α200」を最初に試す場所として、江ノ島を選んだ。
その湘南のランドマークに、チャリを飛ばした。
江ノ島の奥まった処には、何軒かのお茶屋がある。
小休止。
てっぺんにある茶屋ではないが、そのバルコニーの絶景が見事だ。
子供がまだ小さい頃から、このバルコニーを訪れた。
当然ながら、陸地からは海に江ノ島がみえる。
この江ノ島の突端からは、相模湾の大海原がみえる。
そのあたりまえの真理に、人はなかなか気づかない。
運がよければ、夕陽が沈む光景をみることができる。
その冨士見亭で、息子とビールを飲んだ。
α200の取持つこのビール。
撮影という共通項で、息子と時を共にできるのが、うれしい。
互いの撮影したカットを肴に、ビールを飲む。
α200か、ビールか、そのどちらが目的か、わからなくなる・・・。
午前4時半、友人たちと待合わせて、首都高にのった。
しかし四十年以上前の首都高はもっとこわい。
東京の風景がその動きに迫る。
不思議な、人工的な建造物。
首都高を降りて、ホッとした。
何故だろう?
それはジェット・コースターに似てる。
安全は保障されない、一見 安全そうにみえる都市風景。
今のニッポンを象徴するように、夜明けですら、ラット・レースは続く。
危険地帯を目撃した気分になる。
それは古いビートルが、本当のことを伝えるからだろう。
最近のクルマなら、密室にドライバーを隠蔽し、危険を覆い隠す。
いかにも安全である、かのようにー。
そんなことを、夜明けの路上で考えた。
昨日の仙台は雨だった。
仙台のクライアントを訪問し、今後の仕事の下準備をするのが出張の目的である。
ー「仙台のキー・カラーは何ですか?」
その質問にすぐに答えがでた。
ーやはり、ケヤキの緑でしょう。
ケヤキ並木が、青葉城までの通りにある。
新緑の緑が、雨に煙る。
「青葉城恋歌」を想起する年代のボクは、すんなり納得した。
東北新幹線の社内で、ヘッドホンから流れてきたサイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」の曲が、映画「卒業」で使われたシーンを思い出す。
サンフランシスコへ向う赤いアストン・マーチンが緑の森に伸びるハイウェイを走る。それをやや逆光の空撮で描く。
田園地帯を走る東北新幹線「はやて」が、眼下に緑の中を走っていくイメージを想像した。
そういえば、東北新幹線のアイコンも、グリーンだったっけ・・・。
名古屋に行く用事がある。出張ではなくプライベートで。しかし観光ではない。往復いくらか?を調べた。
検索エンジンに、「東京 名古屋 最安値」と入れる。
そこでさまざまな情報が得られた。
一番安いのはバス。片道2900円という破格値もある。
次に安いのは「青春18きっぷ」を使った鉄道の旅。
快速「ムーンライトながら」という選択肢もある。
しかし「安い」という経済価値と天秤にかけるものが、それぞれにある。
バスは「快適性」よりも、その「安全性」に対し、自分の中で踏み切れないものがあった。自分で東名を走ってみて思う。何ゆえ、これ程貨物輸送のトラックが多いのか?と。しかも夜間・明方のトラックの多さに、少々辟易する。
貨物列車の間に、挟まれて走る。
昔から、東京~名古屋間をクルマで何十回も往復してる。だからバスの運転手さんのたいへんさを想像する。先日のタイヤ衝突事故の記憶も新しかったので、早々に選択肢から消えた。
夜行で行く選択肢はどうか。学生の頃、京都まで旅をするのに、大垣まで鈍行で行った記憶。身体の疲労を思い出した。ここでは「経済価値」と「時間&疲労」が天秤にかけられる。用事をすますには、身心を休めて移動すべし。
ということで、いつもの新幹線を利用することにした。
そこで「ぷらっとこだま」という選択肢があることを知った。
JR東海ツアーズの募集型企画旅行ーつまり添乗員なしの旅行としてクーポンが発券される。
東京⇔名古屋でJR通常期運賃10,580円が7,900円。+1,000円でグリーン車にアップグレード可能。往復で通常運賃より5,360円安。しかも片道ワンドリンクの券まで付く。車内販売で使える。
ここでは「経済価値」に対し「前日まで」とか「列車限定」とかいう<制約>がつく。
しかしA地点からB地点へ行くことの快適性にあまり落差はない。
そこで、この商品を買いにいった。結局、帰りはグリーンに。
新幹線の車中では、読書に原稿を書こう、と決めた。
世界はあまりに広大で多少の歪みがある。
そのことを、作家・橘玲(たちばな・れい)氏の著作から知った。
ここにも貨幣経済の「歪み」がある。
その「歪み」」を見つけ出し、利用する。
誰も困らない。旅行会社は喜ぶ。
そして、そういう知的トライアルを行うこと自体が、充分楽しい。
福岡で泊まったホテル、25階12号室からみえる風景。
ドバイじゃない。
夏は賑わうだろうなあ。
ヤフードームにホークスタウン。
地方都市の豊かさというものを考える。
お隣韓国からも観光客が来る。滞在型リゾートだ。
ホテルhp ⇒ ●
知らない街に降り立って最初にするのはホテルの確保。雨露から身を守り安全な環境を手に入れる。それから身軽な服装で街にでる。
デイパックにミネラル・ウォーターやバナナ、それにセーターなどの厚着を携行し、両手は自由にしておくと楽だ。
最初に都市を網羅する交通網を把握する。
ミラノでは地下鉄が発達してた。
3ユーロ。一区間が1ユーロだから直ぐに元は取れる。
歩く、歩く・・・。
疲れたら、地下鉄に乗る。
そして、ミラノ中央駅にでた。
駅は交通の要衝。
そこでは、貧富が、民族が、安全と危険がジャンクションする・・・。
仕事の合間に、あてもなく街を歩くのが好きだ。国内であろうと海外だろうと、安全に歩ける処であれば、通りと通りの間に思わぬ発見があったりする。
フィレンツェは石畳の街路が迷路のように広がっていた。
靴はウォーキング・シューズが望ましい。できればエア・クッションがあるとなお良い。革靴では路面に凹凸があるので、少々難があるだろう。キャスター付のスーツケースも転がすには段差がありすぎるので、ホテルに荷物を預けて、街歩きを楽しむといい。
フィレンツェは雨だった。
途中でガイドブックを落としてしまった僕は、あることに気が付いた。
フィレンツェのランドマークとしての存在と改めて知る。
かすんでいながら、優美だった。
展望する人影がみえる。
なぜか安心した。
信仰の象徴は、街に風景として偏在する。そういうConceptを担ってるのだろう。
ガイドブックを失くしたのは、神さまの悪戯かもしれない。
書を捨てよ、街に出よう。
頭で歩くのではなく、身体で歩く。
蓄積された情報を元に歩くのではなく、歩きながら情報を入手し推論し行動する。
この街は、そんな冒険も許容してくれる。
このblogを成田エクスプレスの車内から書いてます。
いつでもそうですが、飛行機が成田空港に無事にランディングすると、ほっとしますね。
短い海外出張でしたが、これからこのblogに記していこうと思います。
イタリアー特にミラノとフィレンツェのお話を、どうぞお楽しみに。
搭乗するまでの時間は、不思議な時間に感じられる。
いろいろな国の人々が、いろいろな国へと向かうまでの束の間の時間。
自由で伸びやかでありながら、もう他には行けない時間、既に選んだ航路以外には。
昔から飛行機の離発着をみるのが好きだった。
窓外の飛行機の離陸の模様をみてた。
さて、搭乗するまでのしばしの時間、歩き回って少しでも身体を動かしておくことにしよう。
このブログは成田から。
すぐに戻ってまいります・・・。
社会人になりたての頃、初めての出張がとてもうれしかった。大人になった気がした。
それからたくさん国内出張をしてきた。海外出張もたくさんした。LAに“日帰り出張”したりした。
“出張”には実は法則がある。
出張の多い人に、出張は集まる。
自分なりの流儀で渡航手続きはする。
まず、荷物を預けず、機内に持ち込む。到着して直ぐに移動したい。荷物の誤配や盗難をさけたい。コンパクトに荷物をまとめる。そのためのコンパクトなスーツケース。
チケットやホテルは全て自分で手配する。会社のトラベルデスクではなく、例えばHIS等で手配した方が安く調達できる。
駅から近いホテル、移動しやすい処、安全な場所など、人任せにしない。
海外で無駄な時間を過ごさずに少しでも快適に過ごしたい。
そして現金。銀行の外貨両替で調達する。現金は強い。昔人に現金を用意して貰って、海外で底をついて困ったことがあった。その教訓を忘れない。
そして、成田までのNEXのチケット手配。それも自分でする。早めに空港に着いて、落ち着いて本を読みたい。
そんな準備を応用動作でてきぱきとすすめる時が、楽しい。
自分が自分の有能な秘書であるように。
たくさんの失敗もまた貴重な経験になる。
ミラノで予定されてた会議が急遽フィレンツェに変更になったのは昨日のこと。新年早々で間に合うかどうか。その答えを今日出さなくてはならなかった。
空路でミラノからフィレンツェへ入る便はすでに満席で不可能だった。だから鉄道で入るしかない。約3時間の行程。ミラノに到着した夜の移動は困難だった。
そこでミラノの駅近くにホテルを変更し、翌朝発つことにする。午後遅くの会議に充分間に合うように、チケットの予約をした。
そしてフィレンツェでの会議が終ってから、ミラノに戻る便はない。
フィレンツェに一泊するしかない。翌日、ミラノに鉄道で帰る。
必然的に、フィレンツェで一泊せざるを得なくなった。
ここまでの変更を、旅行代理店の女性社員が親身になってアレンジしてくれた。約1時間、さまざまな変数と予算枠の中で、無数の選択肢から、然るべき一つの形が仕上がった。
不思議だった。
約二十年前の出張で行ったフィレンツェ。ウフッツィ美術館で見入った一枚の絵画ーボッチチェリ『ヴィーナス誕生』。それに対面できるなら。
海辺をチャリで一時間ほど走って大磯にでた。そこから徒歩で湘南平を登る。頂上まで0.9km。すっかり落ち葉で埋もれた山道をゆく。20分程で頂上へ。
海と空と光と風と。
光のドラマにみとれる。
自然の中で過ごしたいと思ってた。その意味がわかった。
自然の中で身体を動かしている内に、日頃溜まってた形にならない感情がバーンアウトして消え去った。何かを捨てて身体が新しい器(うつわ)になった感覚。
up downの尾根道を歩きながら頂上をみる。決して直線的に頂上にはたどりつけない。迂回し遠ざかることもある。登るだけでない。下ったりもする。迷っていないか。正しい道か。
急に視界が開けると、もうそこは頂上。
頂上で、それまでの行為が満たされる。
しかしたどりついたその先で、さらに天空に視線は伸びる。
一連の動作の中で、今の自分の日常がシンプルに見渡せる。
そして再び街へ。
日常が始まる。昨日までとは少し違った日常が・・・。
12月に入って、やっと銀杏並木が黄葉しました。
一週間前はまだ青々としてた。楽しみにしてる人も多く、人波だけは途切れなかった。今朝の銀杏並木。ほっ。
昼は大勢の見物客で賑わっていた。
これから落葉が始まる。
この一週間が見頃だろう。
オフコースの「Yes-Yes-Yes」をいつも思い出す。
「君のきらいなTOKYOも 秋は素敵な街。でも 大切なことは ふたりでいること・・・」
好きな人と手をつないでこの黄葉を愛でることができるのは、今ですよ~。
□去年の外苑の銀杏並木は ⇒ ▲
天候に恵まれた鎌倉は観光客で一杯だった。
鶴が丘八幡宮の大公孫樹はまだ青い。七五三で訪れる家族も多かった。懐かしい。
幸あれ。
材木座海岸まで散策し、海辺で本を読む。
梅田望夫(うめだ・もちお)氏『ウェブ時代をゆく』。
おだやかな風光の中で読書も進む。
スタバもミスドもマックも一杯。ルノアールも一杯。
しかしなぜかボクが入ると一席だけ空いた。
ふむふむ。不思議じゃ。
序章:混沌として面白い時代。第一章:グーグルと「もうひとつの地球」。第二章:新しいリーダーシップ。計86頁を鎌倉で読んだ。
古都鎌倉でウェッブ進化のダイナミズムを味わう。昆布茶が合う。
77頁:-(引用)「ここで重要なことは、能動的で創造的な行為における「好き」(志向性)を見出した人がウェブ進化で輝き、その一点を突き詰めることで世の中に出てきたという事実である。」
「主役たちはおそろしく勤勉である。しかもそれが誰かに「強いられた勤勉」ではなく「内からの促しに従う勤勉」だから強いのだ。」
ボクもまた人生で一番勉強してる時期を過ごしてる。大学受験は「強いられた勤勉」だった。しかし今は自発的な勤勉だ。
おそらくサバイバルするために。あるいは知的好奇心のために。
千駄ヶ谷駅から歩いて数分の所に新宿御苑の入口がある。200円を払い散策した。毎年、秋が深まるとこのコースを辿る。
木洩れ日の面積が広がる。
秋の光は斜光で、はかなく美しい。
大きな葉が舞いながら降ってくる。
がさっと音がする。静かな空間に時が流れる。
高校時代、デートコースだった。大学時代にも、デートコースだった。
今は秋の散策コース。若い頃はお金がなくても幸せだった。今お金がなかったら幸せだろうか?うむ。ちょっと考える。多分、お金と幸せは少し違った関係にある。
幸せは夢と愛に関係してる。
そんなことを考えながら、新宿門に向かった。
秋の散策は、働きマンを哲学者にする。
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