2008年7月14日 (月)

キムタク 月9 CHANGE 最終回

いいドラマをみせて貰った。

全十話十週間。

約2ヵ月半、この「CHANGE」を楽しみにして過ごしてきた。

2008年の初夏から夏を振り返る時、サイド・ストーリーに、キムタクのこのドラマを思い出すことだろう。

最終回の今夜の白眉は、キムタク総理のTV中継、実況そのままのシーンである。

キャメラ目線のこのシーンをウソにしないのは、役者にとって至難の事ではないか?

役を演じることだけで超えられぬハードルを、キムタクは超えようとしたろう。

彼の涙に、ボクは共感を覚えた。

政治をあげつらうことは簡単だけど、政治を支えるのは「あなた」だと、素直に云う言葉が決まるのは稀有のこと。

夕刊紙も週刊誌もそしてTVも、スキャンダルで商売してる、そんな時代にあって。

ーすがすがしい終わりだったね。

そう次男坊は、満足げに云った。

彼もまた、彼の政治に直面してる。

高校の生徒会で、さまざまな利害関係を調整しつつ、彼もまた彼の現実を生きている。

それはボクの直面する現実と本質的には同じこと。

ボクもまた、ボクの困難を生きている。

キムタクもまた、彼の現実と困難と孤高を、生きている。

何かを守るために。

例えば、この世界を少しでもよくするために。

それぞれ自分のフィールドで、何かをCHANGEさせるために。

その困難な生き方を支える力が、イノセンスであったとは・・・。

過去記事⇒ 「第9話」

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2008年7月 8日 (火)

キムタク 月9 CHANGE 第9話

「CHANGE」も残りあと1回を残すばかり。

(ネタバレしないように注意して記事をかきます。)

高校の生徒会の委員をしてる次男坊が熱心にみてた。

その脇で、ボクも第9話をみた。

正義感に訴える何かと、「政治」という名の人間界に存在するパワー・ポリティクスがドラマ形式で判りやすく展開する。その話運びから、高校生の次男坊は、何かを学んでる。

どの世界にも、欲は渦巻き、妬みと陰謀はある。

それを生き抜くために、人間のダークサイドの所業を知っておくのはいいことだ。

キムタクは「総理」という名の「プロジェクト・リーダー」を演じてる。

ボクが、この「CHANGE」に共感値の高い理由は、「プロジェクト・リーダー」としての資質について、無意識にこのドラマが答えているからだ。

自分もまた、幾つかのプロジェクト・リーダーを務めてる。

キムタクと同年代の三十代のビジネスマンでも、プロジェクトと呼ぶほど大きくなくても、マイ・プロジェクトに奮闘してる人は多いはず。

そして高校生の次男坊もまた、いくつかのマイ・プロジェクトのリーダーシップをとろうとしている・・・。

現実の困難に直面して思う。

あのように「感謝」の思いを忘れずにいたい。あのように穏やかなまま難関に対処したい。あのように現場主義をつらぬきたい。あのように自分に仕える人々を労いたい・・・。そしてあのように共感する人の輪が広がっていって、皆でいい仕事を成し遂げたい。

その鏡として、コアとなる「イノセンス」を体現できる役者は、やはり限られる。

欲で動き、ぶれる人の方が圧倒的に多い世界に、ボクらは生きている。

だからこそ、自分ではない何かのために、誰かのために生きようとすることは過酷である。

そんなことを考えながら、第9話を見終わった。

最終回でこのドラマがどのように締めくくられるか?

正直いってわからない。

しかしボクは第9回までに、充分な果実をこのドラマから得たと思っている。

過去の記事 ⇒ 「第8話」

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2008年7月 6日 (日)

「狂った果実」と「ビリーザキッド」

体調を万全にするため運動と温泉を禁じた週末、自宅で映画をみて過ごした。

HDレコーダに録画してたBSシアターの映画二本を観た。

「狂った果実」(1956)は、石原慎太郎の原作、石原裕次郎・北原三枝・津川雅彦らが湘南を舞台に太陽族と呼ばれるブルジョアのボンボンたちの無軌道な夏を描いた傑作。

「ビリーザキッド/21才の生涯」(1973/2005)は尊敬する監督サム・ペキンパーの最後の西部劇。実在の話に敵役保安官パット・ギャレットにジェームズ・コバーン。渋く老いと孤独の影。そしてボブ・ディランの飄々とした味。特別版。

二つの青春の光と影をみた。

結局、映画が本当に輝いていた時代は1970年代までではないか。映画が映画としてありえた時代だった。

今の映画は流通させるために、巨大資本とマーケティングと二番煎じのストーリーがブレンドされた映画「商品」でなければならぬ宿命を負っている。才能では映画をやってられない時代かもしれない。

「狂った果実」はフランス・ヌーベルバーグに影響を与えた。トリュフォーが絶賛した記憶がある。石原兄弟の運命も、裕次郎夫妻の運命も、津川など戦後若手の俳優も、そして武満徹など音楽家にとっても運命を切り開いたプログラム・ピクチャーだ。モノクロームの映像に見入ってしまう程、贅肉のない映画だった。

一方の「ビリーザキッド」は何回も観て来た「西部劇の挽歌」。ここにも「狂った果実」にみられるような青春の光と影が色濃い。

今年の夏が来る。

たくさんのドラマが、海に山に、うまれる のだろうか?

かけがえのないドラマは、きっと人生に、その時の一回性を有しているのだろう。

それは、いくつであっても ある日 訪れる(ことがある)。

そんなことを思いながら、濃霧にたちこめた早朝の湘南海岸をドライブした。

既に海開きした浜辺に、海の家が、霧の中に静かに眠っていた・・・。

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2008年7月 1日 (火)

キムタク 月9 CHANGE 第8話

久しぶりにTVを、リアルタイムでみた。

最近はHDレコーダーで録って通勤途上にPSPでみる。

CHANGEには、思わず涙ぐんだりしてしまう。

それは、キムタクの「イノセンス」にグッとくる台詞があるからだ。

政治の世界のどろどろを、日本人は嫌気してる。

そう思う。

いつの間にか、志(こころざし)の小さい政治家が増えてきた。

自らの去就にかまける姿は、傍でみていて「カッコよくない」。

政治家は、セクシーであってほしい。

権力の媚薬をまきちらしてほしい。

低空飛行してる日本の政治状況の反世界としてのドラマが「CHANGE」の世界。

マスコミ報道も、キムタクをくさす報道が心なしか多い。

足をひっぱりたいのだろうか?

特別なファンではないボクでも、彼の傑出した才能を感じるというのに。

日本人は、自国のタレント(才能)を伸ばすことが下手な国民なのだろうか?

もっと素直に、応援したい。

「イノセンス」でありたい。

人を貶めて溜飲をさげたりする側に、身を落としてはいけないとボクは思う。なぜなら、そうしてしまうと自分の魂(たましい)を汚してしまうから。そういうことを真剣に信じる。

第8話は、小休止といった処。

寺尾聡が、本来の寺尾の笑顔をみせてくれた処がよかったのに。この人は、本当の悪を演じるにはきっと善人すぎる。

キムタクは「イノセンス」であることを、無防備に示す。それは「あやうい」が、ドラマだから、窮地を脱する。

いつのまにか、首相の周りにチームが出来ている。

それは彼の「イノセンス」が結びつけたチームであって、ユートピアのように気持ちいい。

人は誰も、ユートピアをあきらめてはいけない。

ユートピアを目指すことこそが、あなたの「政治」であるはずだから・・・。

過去の記事⇒ 「第7話」

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2008年6月26日 (木)

キムタク 月9 CHANGE 第7話

いつのまにか、第7話。

自分が忙しさに追われているうちに、キムタク総理、大変な事態を迎えてた。

総理というポストをほしがる政治家は多いけれど、総理を全うできる政治家は極めて少ない。

自分で降りてしまう政治家も、また以外と多い。

最も危険な職業のひとつ、だろう。

JFKが執務室でみせる写真の数々は、苦悩と孤独の姿であった。

もともと、リーダーシップを発揮する人は、「危険な生き方をしている」ということを、ある本から学んだ。そうなのだ、大勢に迎合して生きる方が、楽チンである。

総理のキムタクを囲む空間が、広く演出されている。

宮殿に、ひとり住むということは、本当に孤独なことだろう。

そんなキムタクに危機が訪れた。

深津絵里が、総理秘書官を辞める、そう意思表示した。

・・・

第7話の最大のみどころは、首相官邸の屋上で、キムタクが深津にこう語るシーンである。

ー「ぼくの そばに いてほしい」。

・・・

深津の心が、鷲づかみにされたのがわかる。

孤独な心こそ、初めて人を必要とする意味を知る。

そして人は、ここぞという本番で、欲しいものは欲しいーそういうべき時がある。

それを、キムタクは、静かに果たした。

総理であろうと、新社会人であろうと、孤独な戦いは、今日も続いてる・・・。

第7話の最後は、失踪した総理・キムタクよどこに? で終った。

それを追いかけるのは、深津の役割になるだろう。

ボクの想像では、長野の小学校の校庭で、夜空の星をみているのではないだろうか?

そう想像する。

彼のトポス(こころの故郷)は、星のふる里。

星空の下で、キムタクと深津が再会するシーンを、ボクは見てみたい。

イノセンスを貫き通すことは、現代では稀有な事業である。

過去の記事 ⇒ 「第3話」

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2008年6月24日 (火)

素敵な宇宙船地球号 

「大河アマゾンの奇跡 ピンクイルカを呼ぶ少女」をみた。友人がディレクターを務めていて、アマゾンに分け入って撮った番組である。

昔、「チコと鮫」という海洋ファンタジー映画をみて、子供心に深い印象を持った。

その影響もあったと思う、大人になって、スキューバ・ダイバーのライセンスをとって、沖縄やハワイの海を潜るようになった。

このアマゾンのネグロ川は、「黒い」。ネグロ、確かに黒い。

そこに数万頭のピンクイルカが生息してる。

しかし、アマゾンにすら、文明の侵食が進んでる。

ダムが建設されるという。建設されるとピンクイルカの交尾のエリアが失われるという・・・。

十七歳の少女が、幼い頃からイルカと共に育った。

岸辺で水面を叩くと、ピンクイルカが集まってくる。そして水の中で戯れる。

しかし、一番心を痛めているのは、その少女に違いない。

映像の力によるものだろう、その少女は実年齢よりも大人にみえた。

夢や希望に満ちていいその年齢に、「現実」が影を落としていると思えた。

このブログではふれたくない事実も描かれていた。人間がお金で魂を簡単に売ることも知った。

この地球号に乗り合わせた私たちに、地球の反対側には、ピンクイルカの未来を案じてる少女がいることを、テレ(遠隔の)ビジョン(画像)が、伝える。

「素敵な宇宙船地球号」という言葉が、アイロニーにならないことを願うばかりである。

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2008年5月29日 (木)

キムタク 月9 CHANGE 第3話

いよいよキムタクは、第3話で、総理になった。こんなに早いペースで総理大臣になってしまったら、これから月9の展開はどうなるのだろう?

キムタク演じる朝倉啓太の総裁選立候補・街頭演説は、とても胸を打つ。

「私は約束します」

この言葉がリフレインとなって、聴衆の心を掴んでいく。

もちろん、TVをみるボク自身の心も。

キング牧師の「I have a dream」のリフレインを思い出した。

理想主義と笑わば、笑え。

しかし、ドラマによって、今の日本の政治的現実が照らし出される面白さが、このドラマでは成功してる。

キムタクは、最高権力を手中におさめながら、「権力」の媚薬の味をまだ知らない。

そのまま、イノセンスを貫き続けることが、できるか?

もちろん、キムタクならば出来る、と思いたい。が、世の中のほぼ全ての人は、「権力」という媚薬によって蝕まれていく。

例えば、夜空に輝く星を探しにいくよりも、目の前に蠢く利権を追い求めるようになる。

だから、星を見に行く・・・そのことが、大切な意味をもつ。

次週の展開が、また楽しみだ。

過去記事 ⇒ <キムタク 月9 CHANGE 第2話>

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2008年5月21日 (水)

キムタク 月9 CHANGE 第2話

「ごくせん」の視聴率を抜けなくても、いい。

ひょっとすると、現政権の支持率は抜いてるかもしれないから。

なかなか面白い。

政治の世界、国会議員の日常が情報としてドラマに織り込まれてて、面白い。

子供が面白がるかどうか、わからないけど、今まで知りえなかったこと、現実の政治の世界で記憶に新しいことなどがトレースされていて、面白い。

もちろん、キムタクのキャラが魅力あっての面白さである。

キムタクがビクセンの天体望遠鏡を大事にしているとこなど、やはりイノセンスな部分に、惹かれる。大人でもイノセンスがさまになる人が稀にいるが、キムタクはその一人である。

加藤ローサもまたイノセンスで、いい。

秘書役・深津絵里は、少しカリカリし過ぎ。せっかくの彼女の女性としての魅力が損なわれてる気がする。惜しい。

ネタバレしたくないので、ストーリーにはふれませんが、第二話ではたいへんな事になった。

プロットの進展は早い。

一方の「ごくせん」は、安定した作劇である。

水戸黄門のご印籠のように、大団円では仲間さんが立ち回る。

日本人のツボを押しまくる。

CHANGEはといえば、どうなるか読めない処が魅力。

オバマ氏のスローガン「CHANGE」を、タイトルに頂いたようだが、本場アメリカでも、いまだ筋書は読めない。予断は許されない。

キムタクが総理大臣になったら・・・。

ニッポンは変わる・・・そんな気がする。

結局、イノセンスと対極にある原理で、今の政治は動いてる。

心を打つような人間は、もはや政治家にはならない時代なのか。

過去記事 ⇒ <キムタク 月9 CHANGE>

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2008年5月14日 (水)

キムタク 月9 CHANGE

キムタクはやっぱりすごい・・・次男坊がつぶやいた。

高校の生徒会に立候補することにした次男坊には、キムタクの選挙演説はいろいろな示唆を与えたかもしれない。

味のある脇役も従えて、しかしキムタクが光る。

どのドラマも、役柄というよりキムタクになる。それはキムタクの中に稀有なシャイニングがあるからだろう。

フランク・キャプラ監督の「スミス都へ行く」のジェイムズ・スチュアートを思い浮べた。彼もまたどんな役を演じても、スチュアートだった。「スミス・・・」ではアメリカ議会の議員になったスチュアートが女秘書に、故郷の自然の素晴らしさを語る。その時のカットバックは、一人の女性が恋に落ちる瞬間を見事に描いた。

このCHANGEは、イノセンスについてのドラマではないか?

キムタクはドラマの最初で、小学校の黒板に、「夢」と書く。

星をみることの好きな、キムタク。

中古のプリウスをエコではなく燃費がいいから乗り回す、キムタク。

そして、選挙運動中もスーツにスニーカーのキムタク。

ニューバランスのスニーカー。

今後のドラマの展開が、楽しみだ。

月9だから、恋を巡るサブ・ストーリーが派生するはず。

ボクは、ある仮説を立てた。

その仮説は、大人の男のイノセンスを描いたフランク・キャプラの「スミス都へ行く」に基くもので、CHANGEでは星空の下で描かれる・・・、と勝手に予想する。

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2008年4月28日 (月)

さらば夏の光

ボードレールの「秋の歌」の一節から、この吉田喜重監督の映画の題名は引用されただろうか?

1960年代最後のATG(アートシアターギルド)で劇場公開された実験的な劇映画だから、今ではこの映画を知らない人がほとんどではないか?

自宅に吉田監督のDVDパッケージがあり、時々、みたくなる美しい作品だ。

日本航空が協力してる。

ヨーロッパの諸都市を背景に、ヒロイン岡田茉莉子が愛に彷徨うメロドラマ的装いを持った風光明媚な観念劇。

しかし、ここに流れる旅情や叙情、愛の行方などは、既に今のニッポンが失ってしまったもののように思える。

なぜか懐かしく、そして胸の奥がうずくように思えるのは、現代音楽家・一柳慧(いちやなぎ・とし)氏のメロディにも依る。

あの時代は、真面目に恋愛したよなあ・・・そんな感想を持った。

あの時代には子供だったボクは、そう思う。

今の時代は、恋愛が「欲望」とうまくミックス・カルチャーした。

恋愛は「商品」となってしまった。恐るべし、資本主義。

そんなことを思いながら、この映画を見終わった。

フランスの文化状況を案内するメール・マガジンは次のような記事を送ってきた。

「間もなく5月が始まります。フランスでは、良いお天気が続くからか
En mai fait ce qu'il te plait5月には、お好きな事をしなさい
ということわざがあります。
40年前の1968年5月革命の時に、このことわざはスローガンになりました。」

(引用終り)

・・・1968年 五月革命。

吉田監督の「さらば夏の光」の最後のテロップは「1968年、夏」で終わった。

今に繋がる時代が始まった基点は、1968年だったかもしれない。

何かが破壊され、それに代わる何かが、建設されたであろうか?

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2008年4月13日 (日)

キングダム ~見えざる敵

サウジアラビアでテロがあり、FBIが乗りこむ。テロリストを殺すまで大勢の人が死ぬ。少しやりきれない感が漂い、主役のジェイミー・フォックスの表情の憂鬱さが印象的。

0903_結局、血で血を洗う争いでは何も解決しないということを、映画の最後で暗示する。

それにしても、映画はこのような政治テーマをも、娯楽に加工し商品として提供し得る。

そのことに、あらためて、社会と映画の関係性を再認識する。

この映画をみて知ったことは、次の事である。

①テロはどのように行われるか?

②自爆テロはどのように行われるか?

③テロの真犯人をどのように割り出していけるか?

④アメリカとイスラムの利害関係と文化的衝突。

目には目を、の繰返しが続く。

映画の快楽としてウェルメイドな映画だが、心をうたれる映画ではない。

「ブラックホーク ダウン」「ボーン アルティメイタム」のLOOKを想起させる。こういう映画は、政治社会の教材として使えると思う。

現実を映像で呈示する処に、文字からでは知りえない「現実感」に近い感覚が養われる。

それにしても、こういうものまで資本主義経済下でビッグビジネスにしてしまう処に、アメリカの現実があるのもまた事実だ。

世界中に暴力を制圧するための保安官を派遣し、暴力で暴力を制圧しようとする。

それは有効でない・・・そのことに、アメリカが気づき始めた地点に、この映画は立っている。

そこが虚しい。演じてる皆も少し虚しいはず。

とうの昔に悟れることでは、なかったか?

原題「THE KINGDOM」。「ヒート」「コラテラル」のマイケル・マン製作。

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2008年3月20日 (木)

アンソニー・ミンゲラの死を悼んで

昨日、イギリスの映画監督・アンソニー・ミンゲラ氏の訃報に接した。享年54歳。あまりにも若すぎる死。

彼の「イングリッシュ・ペイシェント」「コールド・マウンティン」「こわれゆく世界の中で」を観てきて、これから先、彼の描く新たな愛の世界を見ることができないことが悲しい。

今夜、彼の死を悼み、「コールド・マウンテン」を再見した。

彼は愛の世界を描く作家。

人が人を愛することを見つめ続けた作家だった。

二コール・キッドマンとジュード・ロウの会話にある一言、

tiny diamond.

ごく小さなダイアモンド

それが愛。

その輝き、光こそが、人生を照らし出す。アンソニー・ミンゲラはそれを信じ描き続けた。

決して甘いラブ・ストーリーではない。むしろ歴史と過酷な運命に翻弄され、命を賭けた男と女の物語。それらが、映画という形になって、彼の死後、世界に残された。

tiny diamond.

それは、アンソニー・ミンゲラの残した映画。

昨晩の新聞には、小さな死亡記事が載っていた。小さいんだなあ・・・。

アンソニー・ミンゲラを世界は失った。

けれど、彼が磨いたtiny diamondは、こらからも世界を照らし続けることだろう。

それは人間に捧げる希望の光。

あなたの映画は、世界で最も美しいもののひとつです。

ご冥福をお祈り申し上げます。

過去記事⇒ 「こわれゆく世界の中で」

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2008年3月17日 (月)

ボーン・アルティメイタム

話題の映画を観た。

ほとんど手持ちキャメラで撮影された映像が、モザイクのように短いカットのモンタージュで編集され構成されてる。

このLOOKは成功してるが、せわしない。これからこの手の亜流のアクション・ムービーが増えるのかなあ・・・。

映画を商品として考えた場合、これにて充分な商品である。

けれど、創作としては、少しは緩急、メリハリをつけてほしいところだ。

ロールプレイイングゲームと映画は違うはず。

テクニックが全てに優先すると、こういう映画にならないか。

ボーンは全知全能の神のようにストーリーの先を読む。

この映画は傑作の香りがするけれど、それを絵空事にしてしまう危うい均衡の上に立っている。

この映画の全カット数は、果たして普通の映画の何倍あるだろう?

モザイクのような編集は、当然ノンリニア編集で。そのモザイクがエイゼンシュタインのモンタージュ理論とは違って、観客を退屈させないーその1点で成立しているようにみえる。

ボクの見方は、辛すぎるだろうか?

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2008年3月13日 (木)

太平洋ひとりぼっち

昔観た映画を最近観ると、いろいろ発見がある。二三日前にBSでみた「太平洋ひとりぼっち」も子供時代に観た映画だった。

故・市川崑監督のモダンなキャメラワーク。太平洋上で堀江青年(石原裕次郎)がイメージする都会の心象を望遠レンズで切取るカット等、東京オリンピックの記録映画でもみられたデザイン感覚が、今も古びてない。

これは1962年にヨットで単独太平洋横断を成しえた実在の堀江青年の物語。

堀江青年は、まさに「プロジェクトX」を成功させた人物。

今度見て興味深かったのは、小さなヨット「マーメード号」に搭載した備品の数々。ノートに手書きで箇条書きにしているのを、キャメラがなめていく。

堀江青年の脳裏でシュミレーションされ吟味された品々。

ことを企てるのは、結局 ひとりから。

そのひとりの企てが、時代を体現したということ。

幾多の困難・試練を乗り越え、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジに辿り着いた時に、感じる達成感は、高度成長時代を生きる日本人の象徴ともいえるだろう。

たんなる冒険譚、成功譚を超え、底抜けの明るさを感じさせるのは、裕次郎の魅力。

もしもいま、裕次郎さんが生きていたなら、このニッポンをどのように感じるだろうか?

ニッポンの戦後の青春ーそれを感じさせる映画だった。

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2008年3月12日 (水)

「ブレイブ ワン」の結末は話せない

ちゃんと今晩、観終わった。

(映画の結末を話すのはルール違反なので、ここではふれません。)しかし監督ニール・ジョーダン、やはり「クライング・ゲーム」の監督だけあって、二ひねりしてる。

奇妙な愛の物語だった。復讐の物語であるよりも、再生と出会いの物語。

ジョディ・フォスターのブルーの瞳に整った鼻筋、痩せてしなやかな肢体があってこそ成り立つフィクションかも知れない。

それにしても、「一線を越える」という言葉は文字通りよく出来てる。「一線を越え」たら、再び元の世界に戻ることはできないのだろう。

映画を通じて、ジョディの扮するラジオのパーソナリティが都市の音をマイクで収録してはナレーションをかぶせて番組をつくる、そのプロセスが描かれる。

現実を切り取っては、編集して、現実をある視点で捉えていこうとする試みは、この映画の構成のアナロジーかもしれない。

世界を捉える方法として、興味深い。

この映画でジョディが差出すマイクロフォンは、セクシュアルなメタファーとなっている。

おそらくニール・ジョーダンは、ある暗示を込めてそのシーンを撮影してるはず。

ジョディ・フォスターの腕の動きが印象的なシーンが、ふたりが出会うシーンとなる。

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2008年3月11日 (火)

ブレイブ ワン

原題:THE BRAVE ONE.ジョディ・フォスターのファンとして観なくてはいけない作品と思いつつも、劇場でみることをためらった。あまり彼女の苦悩する姿はみたくない。

その映画がDVDになってリリースされた。

半分まで観た。残りは今夜見る。だからこの記事は映画の感想ではない。憎悪や復讐について考えたことを記そうと思う。

誰もが“復讐”は社会的にいけないと知っている。憎悪の感情も理性的に対処“しなくてはならない”と知っている。しかし憎悪の感情を生じさせることはこの世界に尽きない。

問題は、“感情”をどうコントロールしていくか?

知性的なジョディ・フォスターだからこそ、憎悪と復讐という“感情”とそこから導き出される“行動”様式に興味が湧く。

20071025000ec00000viewrsz150x倫理的に許容するというレベルではなく、そういう”感情”に同情は覚える。

復讐劇には、復讐する相手が特定されてるのが定石だ。しかしこの映画の発端は少し違う。

生き延びる技術として、「危険が想定されるエリアに立ち入らない」こと。そのエリアは実際の空間、然り、心のエリアも然り。

憎悪をみつめれば、世界は憎悪に染まる。

例え、憎悪がうずまく世の中にあっても、自らのファイア・ウォール(防火壁)の中で、温かな豊かな人間的感情を大切に見つめることが、救済に繋がることになるかもしれない。

最初に銃を手にした処で、運命の選択肢を選んでいる。

もしも社会で傷ついてる人々のケアをする道を選択したなら・・・そう考えてみたりする。

誰もが無縁ではない世界。

日常的に理不尽なことが起こっている世の中。

レベルは様々だが、“感情”と“行動”との因果関係を、コントロールすべきことは多い。

ある意味では、“感情”を代謝させ、身体を感情の暴力から守ることが、自らを守る“行動”様式を選択する道となるかもしれない。

この映画の後半を、今夜みる。

そして、また考えたい。

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2008年2月21日 (木)

年間10万円トクする方法

ケチケチせずカンタンに1年最大10万円トクする方法を、みのさんのTV番組でやった。

①固定電話から→携帯電話にかける時、「0033」を頭に。

3分でSoftBank126円。一世帯あたり年間約212分かけてるから、8910円→3675円(5235円お得)。

②スーパー提携割引Card5%割引活用。

年間104万3260円(世帯平均支出)。 全て5%割引でいくと5万2163円お得。特定の日割引を選んで上手に使いまわす。カードを上手に利用した5%引割引では、OMC(毎月2,4日日曜 )、AEON(毎月20 30日) 年間40万円以上特典(ジャスコ お得意様だけのラウンジ)、SAISON(5日)。

③年利換算8.3%の百貨店積立て。

三越友の会 毎月一定額の金額を積立てる。月1万円で12ヶ月12万円+1万円ボーナス。合計13万円分の買い物が可能。(百貨店では年間15万5600円支出。)

④安い白熱灯(230円) から高い蛍光灯(980円)へ交換。

13ワットで60ワット形(寿命6倍消費電力1/4)の蛍光灯がポイント。白熱灯1万8133円vs.蛍光灯3929円。1万4000円お得。

新生銀行は手数料ゼロ。

時間外ATM引出手数料ー無料(通常105~210円)、ネット振込手数料:無料。毎月2回利用する(210円×2回 630円×2回)と年間2万160円オフ。

①から⑤まで、〆て年間10万1762円オフ。水道管ゲームのように少し配管をかえて同額の消費をすると年間10万円得すると云う。

世界には少し歪みがある。

知恵と情報力が、その「歪み」を見つける好例かも。

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2008年2月13日 (水)

市川崑監督、逝去

享年92歳。

公式記録映画「東京オリンピック」の総合監督を務められるなど、数々の名作、傑作を残された。

太平洋を単独ヨット横断した堀江青年を描いた「太平洋ひとりぼっち」が懐かしい。

スタイリッシュな映像美が際立っていた。

生涯現役の映画監督でした。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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2008年1月27日 (日)

べクシル 2007日本鎖国

「APPLESEED」の曽利文彦監督の“3Dライブアニメ”VEXILLE-「べクシル 2007日本鎖国」のDVDが1.25に発売された。

Vexille03_01 

アニメという以上に、キャラクターの表現力や質感が、うっとりする程艶かしい。

雪や水などの質感もまたドラマの世界観を形作ってる。アクションも素晴しい。

Special_photo02 

Story_photo02 男心をそそるというか、メカ好きの男の子なら大好きな世界。

その世界を形成するディテイルがしっかりと表現されている。

Staca_textbg まさに「神は細部に宿る」。

黒木メイサ、谷原章介、松雪泰子も声優として活躍。

ドラマは、ハイテク鎖国した70年後の日本を想像してる。

想像の隅々までをクリアにイメージする。人間の想像力というものは凄い。

ならばー。

翻って、3年後の自分のあるべき姿をその細部に渡りイメージすることなど、この映画に比べればやさしいことかもしれない。

VEXILLE のhp ⇒ 

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2008年1月22日 (火)

映画「ラスト、コーション」

ミラノ駅でみかけた映画のポスター「色 戒」。アン・リー監督のこの新作はヴェネツィア映画祭で監督賞と撮影賞のW受賞を果たした。

Wp1_800トニー・レオンが出てる。だから観てみたくなった。

男の色気を感じる俳優。

映画を観る前に、あまり予備知識は入れない。

予告編をみると、<激動の時代に禁断の愛>という感覚が伝わってくる。撮影の色彩は重い情念を伝える。そしてトニー・レオンの眼差し・・・。

大人の映画という感じ。

こういう映画を、今の日本映画は造れるだろうか?

TVのような映画が多くなってしまった気がする。

熱くって火傷するような映画を観たいというのに。

2/2に劇場公開。やけどしに、行ってみますか。 ⇒ hp

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2007年12月31日 (月)

映画「冷静と情熱のあいだ」を見返して

久しぶりに見返した。飛ばし見をせずにしっかり最後までみた。

竹野内豊、ケリー・チャン、ユースケ・サンタマリア、椎名桔平がそれぞれいい。篠原涼子は可哀そうな役。

12300712take原作者・辻仁成の名は主役「順正」(じゅんせい)というネームに隠されてるかも。

この映画を観ると、出張でいったフィレンツェの思い出が甦る。街に恋した。ルネサンス発祥の地。その眺望に心奪われた。

フィレンツェとミラノと東京ーこの三都と絵画修復士(Restorer)。修復するのは絵画だけではない。十年愛の行方もまた。

ケリー・チャンの透明感が、この物語の虚構のリアリティを成立させてる。いつも冷静である君が列車の中でみせる涙が、いい。

フィレンツェを再訪するための予習と復習を、この映画で行える。

過去記事 ⇒ 

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2007年12月29日 (土)

ラストラブ 田村正和さんと伊東美咲さん

きっとたくさんツッコまれる映画。映画はいくらでもケチをつけれる芸術だから、ケチをつけて満足する人よ、そうしなさいな。

けど、ケチつける坊や。君はモテないぜ・・・。

ボクは結構、気に入った。

断固、支持しましょう。

田村正和が本気な処。観てて清々しい。

台詞が聴き取れない点はあるにせよ、いいではないか、本気度に意気に感じよう。

20070418002fl00002viewrsz150x命短し、恋せよ男。

田村さんが若者を恫喝するシーンは、今時の日本人では出色の出来。

070616_lastlove_sub2伊東美咲さん。

・・・好きです。

澄んだ美人。彼女の佇まい。

恋愛は幻想。それを知るならば、こういう映画を許容しましょう。

ケーキのような映画があっても、いいでしょ?

何故ならば、「恋」はファンタジーなのだから。

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2007年12月17日 (月)

再び映画「こわれゆく世界の中で」

何ヶ月か前に観たジュード・ロウの映画をもう一度観たくなってDVDをまた借りた。

アンダーワールドの音楽を普段ipodで聴いていて、自然とTOKYOの風景と、この映画の背景のロンドンを重ねてみてしまう。

ジュード・ロウは、都市再開発の建築家。日本のトレンディ・ドラマと違って、現在のロンドンの鼓動が伝わってくる。

この映画に登場する人物たちは、大人も子供も「ゆらいで」いる。その時代感覚が、今生きている自分にも通じる“ゆらぎ”に近い。

映画らしい事件やドラマはあまりなく、小さな事件、穏やかな展開で、ある希望を残す形でこの映画は終る。

誰にでもお勧めする映画ではない。なぜなら、「面白いよ」と云えるかどうか、微妙だから。

ボクが面白いのは、きっとジュード・ロウの演じる男とは、いい友人になれるだろう、と思うこと。

彼と自分を結びつけるのも奇妙だが、澄んだジュード・ロウの姿に今を生きる希望を共有できるからだろう。

過去記事⇒ 

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2007年12月12日 (水)

世界の長寿監督

週刊スパのTopics欄に、新作を撮り続ける世界の長寿監督の話が載ってた。(そこから情報をピックアップします。)

マノエル・ド・オリヴェイラ。1908年12月11日生まれ。まもなく99歳。白寿。ポルトガルの映画監督にして現役。来年公開予定の映画を今撮ってるらしい。

12月15日から公開の『夜顔』。ルイス・ブニュエル『昼顔』の後日談。フランス語の昼顔「Belle de Jour」(昼美しい、の意)をオリヴェイラがもじって原題「Belle Toujours」(常に美しい)。洒落た爺さんだ。

新藤兼人監督。95歳。現在『石内尋常小学校 花は散れども』を製作中。

市川昆監督。92歳。昨年の『犬神家の一族』に続き今年オムニバス映画『ユメ十夜』の一編を監督。

エリック・ロメール監督。87歳。フランスの監督、『緑の光線』、みましたよ~。若い女性の孤独な夏休みを忘れられない貧乏くささで描いた。何故か記憶に刻まれてます。

シドニー・ルメット監督。83歳

ケン・ラッセル監督。80歳。健在ですか!英国の怪童。

ジャック・リヴェット監督。79歳

これでは尊敬する70歳台イーストウッドが「まだまだ若輩者で・・・」とアカデミー賞授賞式で語るのが頷ける。

生涯現役。

映画を造ることが、そのまま生きることになってるのだろう。

確かに、生きることが現役。

生きることから退役したら、人は人生を全うする。

彼ら老監督達は「もう年だから・・・」とつぶやくのだろうか?

映画『夜顔』の情報はこちらです。 ⇒ 

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2007年12月 2日 (日)

「椿三十郎」(黒澤明)を見返して

織田裕二の「椿三十郎」を心の中で想像してみるものの、三船敏郎のイメージが強力すぎる。映画の評判が気になる。何故「椿」か?よく理解できていない。この機会に、黒澤明の「椿三十郎」(1962)を見返した。

黒澤明の頂点はなんといっても『七人の侍』(1954)。「椿」の翌年には「天国と地獄」(1963)が控えてる。『七人の侍』と他の作品を比較すべきではないし、「椿」も他の監督が一生かけても辿りつけない骨太の娯楽活劇である。いやむしろ現在量産され続ける時代活劇の原型を作ったとさえいえる。

「椿」は三船敏郎の映画だ。

彼の父性の映画で黒澤の父性もまた「椿」に投影されてる。ドスドス人を切るシーン、人を食った強い三船の余裕。そしてある種の疎外感。若者と三船(椿)は永遠の断絶のままドラマは終わる。

「鞘にはいってない刀」の喩え。これは東宝を離れ黒澤プロで映画を造る黒澤明にも当てはまる喩えだ。最後の決闘シーンも当時の観客の度肝を抜いたろう。大ヒットを飛ばし続ける裏には、恐ろしく深い闇が広がってる。

それを黒澤は知ってたに違いない。

「天国と地獄」の権藤(三船)に語らせるクラフツマン・シップは、そのまま黒澤の映画造りにあてはまる。

仕事命な黒澤明に、誰が勝てるというのだろう?

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2007年11月30日 (金)

「初恋」 ドミニク・サンダ・・・

1971年のこの映画を、ボクは当時劇場でみた。今から三十数年前の印象的な映画に再会できた喜びを味わった。

Photoドミニク・サンダ。

青春時代のミューズ。「暗殺の森」「悲しみの青春」「1900年」・・・今よりもヨーロッパは日本に近かった。

ツルゲーネフの名作を西独の名優マクシミリアン・シェルが初監督・映像化。仕合せなことにDVDでみることができる時代になった。

結局、本物は時を越える。

恋の本質。

恋はまず「見ること」から。

「見つめないで」という台詞は、「お見通しよ」という意味だろうか。

◎もうおひとつの映画のblogで ⇒ 

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2007年11月27日 (火)

TVドラマ「点と線」の魅力とは

早朝の電車に揺られながらPSPで「点と線」を見終えた。TV画面の電車内のシーンと現実の座席の揺れとが共鳴するような感じがした。

Sokanzuビートたけしの演じる刑事の心情が胸を打った。

戦争で生き残り、体内にグラマンの機銃弾の破片をそのままにしてる。それは戦地で生きたいと願い無念に死んでいった戦友たちへの思いがそうさせている。市井の悪を暴く先に、政界や財界の巨悪がのうのうと生き延びることへの怒りが潜んでる。

それは戦後間もない頃の時代の話だろうか。いや現代も何も変わらぬ構造だと、制作者たちは暗示してるかのようだ。

松本清張の「ゼロの焦点」「張り込み」「砂の器」などの映画をみてきて、その底流に流れる人間の哀しみと庶民への温かな視点、そして巨悪の暴き方などが、このTVドラマをみてて蘇ってきた。昭和という失われた時代への郷愁も感じることができた。

映画における刑事の存在は、組織と相克する宿命を負っていることが多い。組織との葛藤は、そのまま私たちの職業生活に共通する課題を照らし出す。だから感情移入をし、心打たれたり、応援したりする。権力の側にいながら、その権力構造の中で矛盾にさらされ苦しむ姿に共感を覚える。

そんな刑事像に、ビートたけしは新たな人物像を造型した。

もう一度、見直したい。

出演した役者陣は誰もが見事な演技を披露した。本当にいい仕事をしたのだなあと思った。

●「点と線」のHP ⇒ 

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2007年11月25日 (日)

TV朝日「点と線」

TV朝日の意地をみた。

「踊る・・・」の柳葉を敵役に起用した。そこにリベンジの匂いがした。

ビートたけしの面魂がいい。

開局五十周年の半世紀は、戦後60年にかぶる。

日本をここまで発展させた底力。それをグラマンの機銃掃射で弾の破片が体内でうずくビートたけし(刑事)は体現してる。

自分の仕事の使命に殉じる。おそろしく懸命で勤勉なその姿。組織を敵に回しても職務に忠実であろうとした父の時代がこの日本の繁栄の基盤を造った。

久しぶりに骨太の面白いTVドラマだった。

こんな日本人の生きた時代があった。

もうひとつのblogにも・・・

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2007年11月22日 (木)

もしも世界が100人の村ならば

とても心に残るフラッシュ・ムービーでした。お昼休みのDesk TopのPCで見ました。

有名な本の内容を約6分半のフラッシュ・ムービーに仕上げたものです。

映像には、こういう可能性があると再認識しました。

子供にも見せたい内容です。

その前に、大人のあなたにみてほしいので・・・ ⇒ 

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2007年11月19日 (月)

映画「あるスキャンダルの覚え書き」

ケイト・ブランシェットの表情をみてるだけで楽しめる。恋に溺れる女の陰影が見事に描かれてる。恋と愛は別物、ということも描かれる。

Wp800_1「天衣無縫」という言葉。十五歳の教え子と深みに嵌って、観客の支持を得るには、頷ける何かが必要だ。

Wp800_3こういう映画をみていると、日本映画の恋も愛も、最近の監督は経験不足かなと意地悪になる。

この映画は、世界の片隅で愛をささやいている。

その愛が欲望にまみれてようと、ケイト・ブランシェットなら許される。

◎続きはこちらにも ⇒ 

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2007年10月31日 (水)

AmebaVisionにも動画をUPした

昨日YoutubeにUPした動画を、AmebaVisionにもUPした。こちらも予想以上に簡単にUPできる。

画質は、AmebaVisionの方がきれいに感じられる。

こちらがその動画⇒ AmebaVision§

動画がこうしてみれる環境となってまだ日が浅い。しかし今までは不可能なことが可能になった。

例えば、アップルではイギリスの18歳の青年がYoutubeに上げた自作のアップルのCMを採用し、LAまでこの青年を招待し製作資金を提供してTVCMを造らせたという。

そんな時代に、生きている。

その記事をこちらに⇒ 

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2007年10月30日 (火)

初めてのYoutube アップロード

今日、Youtubeで初めての動画アップロードを“体験”した。

こちらをぷちっ ⇒Youtube♪

Youtube01Youtube03アップロードしてから反映されるまで、30分位かかった。その間、ドキドキした。思いの外簡単で驚いた。

頭ではわかってることが、実体験すると別の深みでわかる。

やはり今、革命期なんだ。それがよく判った。

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2007年10月28日 (日)

亀田家のことでマスコミは

お世話になってる。週刊誌で亀田家の真相(深層)記事を読むと面白いことが見えてきた。

放送局の問題、テリー(テリブル)伊藤の「手の平」返しの話などと、枚挙にいとまがない。

結局は市井の一家を、メディア・ビジネスとJBCが図に乗らせた話。同情する余地もないのは巨万のお金が動いてる事だから。欲得の影でモラルは地に落ちた。

人の愚かさを、今回の事態で思う。息子を持つ身であれば、亀田家の父子の関係に答えは出てる。

答えは、自らが贖う。メディアもまたその信を問われる。報道や公器の名が廃る。

当面、その局のTVを見ないことが、この問題の決着の付け方かもそれない。

兎と亀の逸話も、これではうかばれまい。

もうTVで「亀」のお話はたくさんと、きっと誰もが思ってる。

そしてまた、ほとぼりが醒めた頃、放送局さん、一儲けたくらまないでね。

日本がダメになるから。

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2007年10月20日 (土)

「働きマン」がみる「働きマン」

オフィスには何人もの「働きマン」がいる。女性の営業とクライアント先に向かう移動中、「働きマン」の話になった。

「働きマン」も「働きマン」をみてた。

その「働きマン」は会社の三十代の先輩のようにはなりたくないと云う。結婚はして、そして「働きマン」でありたいと云う。

丁度、「結婚」が「働きマン」の第二話のモチーフだった。

ドラマの最後で「なぜ辞めちゃうの?」という問いに、「仕事よりも守りたいものをみつけたから」と釈由美子。「フリージアの香りのする 彼女もまた「働きマン」・・・」と菅野美穂は呟く。

結婚は自分らしく生きるための選択肢の一つだ・・・・・・と思う。

そんなテロップがでて第二話は終わった。

「選択肢の一つねえ・・・」。

そんなに冷静に、結婚を舐めたらいかんぜよ。

結婚は自分らしく生きるための台風の目だから。

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さようならー「ハタチの恋人」

録画したTVの新番組をPSPでみるとTVで気づかないことに気づいたりする。昨日通勤の電車内で「ハタチの恋人」を見終わった。

最初のさんまさんの長台詞(ながぜりふ)-恋物語を部下に話すくだりで倍速にした。ユーミンのステージや歴史の名場面が織り込まれ贅沢なシーンなのに、部下が少しずつ帰ってく心理と同じで、面白くない。結局、身の上話の独演会では魅力がない。

新番組で最初にこういう感想をもつと、後は厳しい眼でみることになる。所々CMスキップしながら、また倍速で見たりした。

結局、明石家さんまさんは、あまりにキャラが知れてる。どうみても長澤まさみさんとの恋のドラマが成立すると思えない。格好いいおじさんにもみえない。中年のいやらしさは演技なのか。「エロおやじ」と台詞にでたりする。エロおやじねぇ~。

そんなことを考えながら、「巻き戻し」と「早回し」を駆使して見終わった。