2009年12月24日 (木)

映画「アバター」 素晴らしい!

今朝のTVで初日(昨日)の興行収入は5億円を超えたと報道されてた。

初日に親子で観にいって、本当に満足して劇場を後にした。

(これからの楽しみを大切にするために映画のストーリー等にはふれないようにします。)

ジェームズ・キャメロン監督の「アビス」や「タイタニック」の系譜にある作品だと思った。

未知の惑星“パンドラ”の造型が、本当に素晴らしい。

生態系、文化、習俗、言語、それらの造型が本当に見事に練り上げられていて、骨太のドラマを確かなものとしている。

自然。

自然と共生すること。

暴力の愚かさ。

さまざまな事を感じ取りつつも、けれど純粋にドラマを楽しみ、心打たれた。

ファンタジーとはこういうものなのだなあ。

ため息をつく位、美しいシーンもある。

テクノロジーのバックボーンなしには造りえなかった映像だ。

おそらくもう一度、劇場に観にいくだろう。

やはり大きなスクリーンで、心を遊ばせたい映画だ。

自宅のTVで楽しむのは、ず~と先でいい。

素晴らしい仕事をキャメロン監督は成し遂げた。

感服した。

●映画「アバター」オフィシャルサイト

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2009年12月23日 (水)

映画アバター を観に

朝の電車に乗って、映画を観に行く。久しぶりだ。アバター そのtitleもいい。タイタニックと同じようにシンボリックな強さがある。おそらくキャメロン監督の壮大なProjectだから、観るに値するはず。そんな磁力に引かれて、シアターへ。仕事人が映画に求めるものは、そのプレゼンテーション力だ。シアターでみるのは対決に似ている。時間と観にいく労力、それにsome money。素晴らしいものを観たい。その場に、高校生の次男坊を立ち合わせるのだから。

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2009年11月22日 (日)

3時10分、決断のとき

久しぶりに泣ける映画だった。

クリスチャン・ベイルのファンだから英雄でない彼がまた良かった。

3時10分、決断のとき [DVD] 11月20日にDVD発売。

やっと観れた。

(まだ観ていない人に映画の楽しみを損なわないように書きます。)

牧場主ダン(クリスチャン・べイル)は決してヒーローではない。

借金苦にあえいでる。

そんな彼が200ドルの報奨のために、強盗団の首領ベン(ラッセル・クロウ)の護送役を引き受ける。

3時10分ユマ行の列車に乗せるミッション。

原題は「3:10 TO YUMA」。

原題のままで良かったのに。

クリスチャン・ベイルは最初から決断してる。

守るべきものが何であるか?-最後に観客は知らされる。

男の友情の物語と宣伝されているけれど、実は違う。

男と男が共感する、認め合う瞬間が積重なって最後に大きなカタルシスに辿り着く。

男はそうでなくてはいけないさ。

そういう共感だ。

そこにあるのは、男という存在が家族の中でどうあるべきか?どうありたい存在なのか?という問いに答えるようなもの。

この映画は、実は屈折したホームドラマなのだ。

父と子のホームドラマである。

子は父親をロール・モデルとして育つもの。

けれど誰もが英雄であれるわけではない。

誰もが恵まれている境遇であるわけでもない。

特に現代においては。

男の原型が西部劇の古典的な枠組みを借りて語られる。

ヒーローではないクリスチャン・ベイルが、最後に英雄として昇華する。

そして実は現実社会で生きる大人の大半が、このクリスチャン・ベイルと同じ境遇にいる。

何のために戦うのか?

その問いに神話を呈示してくれる。

ひとりで観た。

果たして息子と安心して観ていられるだろうか。

自信ない。

男の神話を、一人で充填した。

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2009年11月 6日 (金)

不毛地帯

久しぶりに「不毛地帯」を観た。

第4回は、主人公・壱岐正(唐沢寿明)の親友である防衛庁の川又(柳葉敏郎)の悲劇が語られる。

F104は子供時代、最後の有人戦闘機と云われてた。

次期主力戦闘機の受注を巡るダークサイドの話は、どこか松本清張のサスペンスを彷彿とさせる。

戦後日本の裏面史。興味深い。

壱岐(唐沢)は複雑なキャラクターだ。

主人公の影と共にある清冽さは、唐沢寿明ならではの味だろう。

低視聴率であると聞く。

これは大人のドラマであるからなのだろう。

けれど見ごたえがある。

会社という組織が個人である社員を翻弄する。

それは今でも変らないが、この時代は一社専心の時代であったから、その組織と個人の相克は激しいものだ。

そんな時代を少し見知っている自分にとって、このドラマは別の意味で面白い。

商社で行っていることが平和な時代の戦闘行為であるという事実。

それは昔も今も変わりがないはず。

商社は会社組織の比喩としてある。

利益追求とあらば・・・。

そんな現実を生きる大人たちは、TVを観る余裕などないかもしれない。

低視聴率に負けないでほしいと願う。

俳優たちのとても素晴らしい演技が堪能できる。

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2009年11月 1日 (日)

映画「生徒会長の憂鬱」

横浜の県立高校の文化祭にいった。

次男坊らが映画をつくった。

観客のひとりとして客席に座る。

Img_1957

「生徒会長の憂鬱」という題名。

ロードショー。その一回目の観客だ。

お客の入りが気になる。

暗幕の具合も気になる。

そこそこのお客が入って、上映が始まった。

生徒会の文化祭の企画として映画をつくることを企てた。

映画の中で生徒会のメンバーが紹介されるという趣向。

陰謀あり、アクションあり、ホラーありのエンターテインメント。

映画よりも観客の反応の方が気になってしまった。

結局、父親はパトロンであり、プロデューサーなのか。

自分が高校生の時につくった映画を自宅で見直した。

その遺伝子は次男坊に伝承されたのか。

違うのは君はエンターテインメントなこと。

別の教室では映研がプロモーション・ビデオを上映していた。

そこにも出てた君。

ラブストーリーの君。

君は高校生活をエンジョイしてるんだね。

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2009年10月24日 (土)

笑撃!ワンフレーズ 加藤夏希さん

「女の子に言われたい一言」の加藤夏希さん。

とても演技がうまい。

このコーナーの人気は、夏希さんの魅力による処が大きいと思う。

最後の一言を決めるまでの演技時間は短いのに観客を惹き込む。

健康で、爽やかで、明るい。

瞳の輝く加藤夏希さん。

昨夜演じた六つのコントから二つ。

今のは2人だけの秘密にしよう。

まあ夢ではもう付き合ってるんですけどね。

「涙は女の武器」と云うけれど、言葉はもっと武器になる。

一言で世界が変ることもある。

そしてすべての女性はそれができる女優なのだろう。

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2009年10月17日 (土)

不毛地帯

唐沢寿明氏が渾身の演技。最後まで一気に観た。

いいドラマでこれからが楽しみだ。

俳優陣がとても充実してる。

原田芳雄、竹野内豊、和久井映見、天海祐希、小雪、岸部一徳、中村敦夫、橋爪功、柳葉敏郎・・・他にもあまたバイ・プレイヤーたちがそれぞれの役を生きる。

シベリア抑留。

戦後の復興。

家族。

働くことの使命。

F104。

政治。

山崎豊子氏の骨太な小説と唐沢寿明氏の演技はあるいは噛み合わないかも知れない。

何故ならば、唐沢氏はやはり品格があり、現実世界の汚濁と一線画している。

しかし大衆は、その品格を大切に思うのだ。

軍服が背広に代わる。

竹野内氏のスーツもいい。

それは戦闘服だから。

●HP

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2009年9月10日 (木)

恋のゆくえ

昨晩BSで観た映画「恋のゆくえ」は、思わぬ逸品だった。

タイトルロールで、音楽デイブ・グルーシンと知り、惹かれた。

主演ジェフ・ブリッジスでさらに惹かれ、ヒロインがミッシェル・ファイファーならば。

結局最後まで観てしまった。

大人の恋をきちんと描いてる。

音楽の魅力、ショウビズの厳しさも、きちんと描かれている。

そしてジェフの男の色気、ミッシェル・ファイファーの色気。

いいなあ。

大人っていいぜ・・・そういう映画が最近は少ない。

きっちり生きてる大人同士の恋は絵になる。

そんなことを映画は夢のようにみせてくれた。

それにしても1989年、今から20年前。

はるかに今より大人の恋が描けた映画の時代だったのだろうか?

●関連サイト

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2009年8月21日 (金)

愛という名のもとに

早朝iPodに古いTVドラマのサウンドトラックを入れて、家をでた。

始発の電車で、日向敏文氏の「愛という名のもとに」のテーマをひさしぶりに聴いた。

Dawn

そして

Friends

1992年のTVドラマ「愛という名のもとに」は、学生時代の友情と現実社会の矛盾と葛藤、そして痛ましいエピソードが核となり展開された。

唐沢さん、江口洋介さん、そして鈴木保奈美さん・・・若かった。

「東京ラブストーリー」が90年代バブル期に位置するとすれば、「愛という名のもとに」は、バブル崩壊期のTVドラマだったと記憶する。

今から二十年前の記憶が日向敏文氏の音楽によって甦ってきた。

あの時、仕事で多くの戦いに敗れ、手元には勝利のかけらもないという状態だった。

今から考えれば、多くの人々が仕事ではそのような経験をしただろう。

そんな頃、このテーマ曲に心洗われた。

友情をライフラインのように感じ、ドラマから自分の物語を汲み取ろうとした。

そして二十年後の今、気づいた。

手元には勝利のかけらもないと当時は思ったけれど、硬質の炭素原子のような蹉跌が、今では小さなダイヤモンドのように感じられる。

あの経験が今につながるライフラインだった。

転職も、今なんとか食っていることも、あの蹉跌が出発点だった。

そんな事に、音楽を通じて気づいたのだった。

人は誰も、愛という名のもとに“生き抜かなくては”ならない。

生き抜くことこそ至上命題で、勝った負けたは人生の価値を決するものではない。

勝とうと努力し生き残ることで、何かが手元に残る。

愛という名のもとに生き抜くならば。

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2009年8月 9日 (日)

「たとえば、愛」 大原麗子さんの映像

大原麗子さんの映像をYouTubeで探してて、貴重な映像をみつけた。

印象的なテーマ曲「とまどいトワイライト」を歌った豊島たづみさん。

その豊島たづみさんで検索して、30年前の「たとえば、愛」のオープニング映像がUPされているのを知った。

三倍速で録画された映像という解説がある。30年前にVTRを持っている人は限られていたはず。

毎週毎週TVの前で楽しんだのは録画など出来なかったから。

オープニング映像をみながら様々な発見をした。

携帯電話がない。時計も機器もアナログで、VU計もメータがゆれている。

豊島たづみさんの「とまどいトワイライト」が好きで、LPを購入した。

CDではなくてレコードだ。豊島たづみというネームを覚えてるのはLPを購入する位、この曲が好きになったから。

時代に流れるゆらぎ、といったらいいだろうか

アンビバレンツで、しかしながら愛を求める心情が切ないです。

YouTubeと「たとえば、愛」を大切にしてる人のおかげで、大原さんの姿をみることができました。

ありがとう。

そこに憧れの大原さんがいました。

●YouTube「とまどいトワイライト」

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