2009年11月 6日 (金)

不毛地帯

久しぶりに「不毛地帯」を観た。

第4回は、主人公・壱岐正(唐沢寿明)の親友である防衛庁の川又(柳葉敏郎)の悲劇が語られる。

F104は子供時代、最後の有人戦闘機と云われてた。

次期主力戦闘機の受注を巡るダークサイドの話は、どこか松本清張のサスペンスを彷彿とさせる。

戦後日本の裏面史。興味深い。

壱岐(唐沢)は複雑なキャラクターだ。

主人公の影と共にある清冽さは、唐沢寿明ならではの味だろう。

低視聴率であると聞く。

これは大人のドラマであるからなのだろう。

けれど見ごたえがある。

会社という組織が個人である社員を翻弄する。

それは今でも変らないが、この時代は一社専心の時代であったから、その組織と個人の相克は激しいものだ。

そんな時代を少し見知っている自分にとって、このドラマは別の意味で面白い。

商社で行っていることが平和な時代の戦闘行為であるという事実。

それは昔も今も変わりがないはず。

商社は会社組織の比喩としてある。

利益追求とあらば・・・。

そんな現実を生きる大人たちは、TVを観る余裕などないかもしれない。

低視聴率に負けないでほしいと願う。

俳優たちのとても素晴らしい演技が堪能できる。

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2009年11月 1日 (日)

映画「生徒会長の憂鬱」

横浜の県立高校の文化祭にいった。

次男坊らが映画をつくった。

観客のひとりとして客席に座る。

Img_1957

「生徒会長の憂鬱」という題名。

ロードショー。その一回目の観客だ。

お客の入りが気になる。

暗幕の具合も気になる。

そこそこのお客が入って、上映が始まった。

生徒会の文化祭の企画として映画をつくることを企てた。

映画の中で生徒会のメンバーが紹介されるという趣向。

陰謀あり、アクションあり、ホラーありのエンターテインメント。

映画よりも観客の反応の方が気になってしまった。

結局、父親はパトロンであり、プロデューサーなのか。

自分が高校生の時につくった映画を自宅で見直した。

その遺伝子は次男坊に伝承されたのか。

違うのは君はエンターテインメントなこと。

別の教室では映研がプロモーション・ビデオを上映していた。

そこにも出てた君。

ラブストーリーの君。

君は高校生活をエンジョイしてるんだね。

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2009年10月24日 (土)

笑撃!ワンフレーズ 加藤夏希さん

「女の子に言われたい一言」の加藤夏希さん。

とても演技がうまい。

このコーナーの人気は、夏希さんの魅力による処が大きいと思う。

最後の一言を決めるまでの演技時間は短いのに観客を惹き込む。

健康で、爽やかで、明るい。

瞳の輝く加藤夏希さん。

昨夜演じた六つのコントから二つ。

今のは2人だけの秘密にしよう。

まあ夢ではもう付き合ってるんですけどね。

「涙は女の武器」と云うけれど、言葉はもっと武器になる。

一言で世界が変ることもある。

そしてすべての女性はそれができる女優なのだろう。

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2009年10月17日 (土)

不毛地帯

唐沢寿明氏が渾身の演技。最後まで一気に観た。

いいドラマでこれからが楽しみだ。

俳優陣がとても充実してる。

原田芳雄、竹野内豊、和久井映見、天海祐希、小雪、岸部一徳、中村敦夫、橋爪功、柳葉敏郎・・・他にもあまたバイ・プレイヤーたちがそれぞれの役を生きる。

シベリア抑留。

戦後の復興。

家族。

働くことの使命。

F104。

政治。

山崎豊子氏の骨太な小説と唐沢寿明氏の演技はあるいは噛み合わないかも知れない。

何故ならば、唐沢氏はやはり品格があり、現実世界の汚濁と一線画している。

しかし大衆は、その品格を大切に思うのだ。

軍服が背広に代わる。

竹野内氏のスーツもいい。

それは戦闘服だから。

●HP

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2009年9月10日 (木)

恋のゆくえ

昨晩BSで観た映画「恋のゆくえ」は、思わぬ逸品だった。

タイトルロールで、音楽デイブ・グルーシンと知り、惹かれた。

主演ジェフ・ブリッジスでさらに惹かれ、ヒロインがミッシェル・ファイファーならば。

結局最後まで観てしまった。

大人の恋をきちんと描いてる。

音楽の魅力、ショウビズの厳しさも、きちんと描かれている。

そしてジェフの男の色気、ミッシェル・ファイファーの色気。

いいなあ。

大人っていいぜ・・・そういう映画が最近は少ない。

きっちり生きてる大人同士の恋は絵になる。

そんなことを映画は夢のようにみせてくれた。

それにしても1989年、今から20年前。

はるかに今より大人の恋が描けた映画の時代だったのだろうか?

●関連サイト

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2009年8月21日 (金)

愛という名のもとに

早朝iPodに古いTVドラマのサウンドトラックを入れて、家をでた。

始発の電車で、日向敏文氏の「愛という名のもとに」のテーマをひさしぶりに聴いた。

Dawn

そして

Friends

1992年のTVドラマ「愛という名のもとに」は、学生時代の友情と現実社会の矛盾と葛藤、そして痛ましいエピソードが核となり展開された。

唐沢さん、江口洋介さん、そして鈴木保奈美さん・・・若かった。

「東京ラブストーリー」が90年代バブル期に位置するとすれば、「愛という名のもとに」は、バブル崩壊期のTVドラマだったと記憶する。

今から二十年前の記憶が日向敏文氏の音楽によって甦ってきた。

あの時、仕事で多くの戦いに敗れ、手元には勝利のかけらもないという状態だった。

今から考えれば、多くの人々が仕事ではそのような経験をしただろう。

そんな頃、このテーマ曲に心洗われた。

友情をライフラインのように感じ、ドラマから自分の物語を汲み取ろうとした。

そして二十年後の今、気づいた。

手元には勝利のかけらもないと当時は思ったけれど、硬質の炭素原子のような蹉跌が、今では小さなダイヤモンドのように感じられる。

あの経験が今につながるライフラインだった。

転職も、今なんとか食っていることも、あの蹉跌が出発点だった。

そんな事に、音楽を通じて気づいたのだった。

人は誰も、愛という名のもとに“生き抜かなくては”ならない。

生き抜くことこそ至上命題で、勝った負けたは人生の価値を決するものではない。

勝とうと努力し生き残ることで、何かが手元に残る。

愛という名のもとに生き抜くならば。

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2009年8月 9日 (日)

「たとえば、愛」 大原麗子さんの映像

大原麗子さんの映像をYouTubeで探してて、貴重な映像をみつけた。

印象的なテーマ曲「とまどいトワイライト」を歌った豊島たづみさん。

その豊島たづみさんで検索して、30年前の「たとえば、愛」のオープニング映像がUPされているのを知った。

三倍速で録画された映像という解説がある。30年前にVTRを持っている人は限られていたはず。

毎週毎週TVの前で楽しんだのは録画など出来なかったから。

オープニング映像をみながら様々な発見をした。

携帯電話がない。時計も機器もアナログで、VU計もメータがゆれている。

豊島たづみさんの「とまどいトワイライト」が好きで、LPを購入した。

CDではなくてレコードだ。豊島たづみというネームを覚えてるのはLPを購入する位、この曲が好きになったから。

時代に流れるゆらぎ、といったらいいだろうか

アンビバレンツで、しかしながら愛を求める心情が切ないです。

YouTubeと「たとえば、愛」を大切にしてる人のおかげで、大原さんの姿をみることができました。

ありがとう。

そこに憧れの大原さんがいました。

●YouTube「とまどいトワイライト」

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2009年8月 8日 (土)

「たとえば、愛」 大原麗子さん

今週、大原麗子さん逝去の報に接した。

思い出すのは「たとえば、愛」。

1979年TBSの連続ドラマ「たとえば、愛」は、毎週毎週こころまちにして観た。

大原麗子さんはラジオ局のパーソナリティ、冬子(ふゆこ)。

担当する深夜放送の番組名は「ミッドナイト・クール」だった。

大人の女性の魅力と愛らしさが同居する魅力的な大原さん。当時女性にとっても憧れの存在でした。

ボクは広告代理店に就職が決まり、このドラマの舞台となった放送局と代理店、そして制作者たちの人間模様を、これから入っていく業界を思って観ていた。

深夜のリスナーに語りかける大原麗子さんの姿とその声は、まだ学生だった自分に憧れでした。

確かドラマの中で生中継でDJを演じた大原さんは少し緊張気味でした。

オープニング曲の豊島たづみさん「とまどいトワイライト」も忘れがたい。

しかしひとつの時代の空気をくっきり切り取ってくれたドラマの中心、それは大原麗子さんの存在でした。

広告業界に入って様々な困難があったけれど、「たとえば、愛」はボクの心の中に出発点としてありました。

三十年の歳月が流れた今でも、それは変っていません。

「たとえば、愛」は、きっと「愛こそすべて」という意味なのでしょうね。

・・・・・・

どうか安らかに。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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2009年8月 7日 (金)

テレビ東京 モーニングサテライト

朝5時45分から始まるTV東京の「モーニングサテライト」はなかなか密度が濃い。

朝の番組はほとんどザッピングして観てた。

ニュース、天気予報等の情報をさっと入れるのにTVは便利だ。

けれどどの局も同じ情報を繰り返し流してて、単位時間あたりの情報密度はむしろ低い気がしてた。

お気に入りの番組をつけっぱなしにして情報を得てる視聴者も多いはず。

だから、各局、チャンネルを他局に変えさせないために、バラエティっぽくしてるのだろうか。

コメントも生活者目線で、ちょっと迎合してるメッセージが多い。

その中で異色なTV東京「モーサテ」。

NYの市況はじめ、経済視点で密度の高い情報を送り出している。

情報を取りにいく番組として面白い。

他局がスクランブルエッグなら、「モーサテ」はハードボイルドな番組だ。

月金をこの帯番組で定点観測していくと、世界のそして日本の経済動向が掴めるかもしれない。

そんな事に気づいた今週は、まもなく週末に突入します。

モーサテ HP

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2009年7月18日 (土)

劔岳 点の記

引き締まった、贅肉のない映画だ。作為的でない、目の前のその現場で演じられ撮影されているので、映画の前で粛然として観る。劔岳に登頂する事が目的というより地図の空白を埋める営み。この映画を造る事自体が、木村監督の生きる存在証明でもあるから、映画は二重構造となっている。日本という国にある風土と自然の美、いい男たち、そして女。地図を造る試みの中で何故地図を造るのか?と問いかける主人公の思いに共感した。誰もが自分の劔岳をあおぐ。ボクもまた自分の劔岳に登って、自分の仕事をしよう。そう思う。観て良かった。観るべき映画を観ることが出来た。

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これから劔岳に

劔岳といっても映画の方です。前売り券を購入していながら鑑賞できなかった。この映画に賭けた木村監督に向き合う力が貯まるまで1ヶ月かかってしまった。仕事上の大きな環境変化に適応するには力がいる。何とか乗り切れたと思える週末に、この映画に向き合いたいという余裕が生まれた。川崎チネチッタ11時から。携帯から上げるプログ記事は日記に近い。本音を飾らず書きやすいのはメールに近いからかもしれない。ひとつひとつ新しい体験をする。それが楽しい。

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2009年6月27日 (土)

めざカルチャ 山縣苑子さん

土曜の朝のTVで、楽しみなコーナー「めざカルチャ」。

山縣苑子(やまがた・そのこ)さんは、本当に美味しそうに食事をする人だ。

今日は、箱根の紫陽花を巡ってグルメの紹介をする。

一回、一回の美味しさの表現が多彩で、楽しい。「卵が光っている~」という風に、親子丼を形容する。

TVをみていて気がついたのは、キャメラマンがおそらく山縣さんより、身長が高いのだろう。キャメラ目線は山縣さんを少し下に視る。山縣さんは少し見上げてる。

だから主観的には少女か娘を連れて、食事につきあっている感じが自然にする。

もしもそれを計算に入れて背の高いキャメラマンを起用しているとしたら、知能犯だ。

こんなに美味しそうに食べるなら、ご馳走してあげたくなる。

もしも自分に娘がいたなら、こんな笑顔で美味しそうに食べる人になってほしい。

きっと大切に育てられた方なのだろうと、勝手に想像。

ロケ先が楽しい表情で、スタジオでは大人しい。

そんな落差も、毎回楽しみだ。

土曜の朝に、OFFのマインドセットをするために、この山縣さんの笑顔は最適です。

●山縣苑子さんHP

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2009年6月23日 (火)

刑事一代

刑事物が人を惹きつけるのは、なぜだろう?

現場での徒労と思える聞き込み等は、日常の我々の仕事に通じる何かを感じさせるからかもしれない。

組織との軋轢。

上層部との対立。

実在した平塚八兵衛。

それを演じる渡辺謙。

刑事が刑事であった時代だったのか。

しかし武勇伝ではない。

もしこのドラマをみる人が、所属する組織に順応し、権力を行使でき、上手に世渡りをしているならば、このドラマは、あまり心の琴線にふれないはず。

立ち回りの下手な愚直なまでの職業意識。

そんな処が、ボクの心に響いた。

黒澤明の「野良犬」と同じく、ウィリアム・フリードキンの「フレンチ・コネクション」と同じく。

時代が変ろうとも、仕事の本質には普遍性がある。

渡辺謙、渾身の演技にもまた、仕事の本質があった。

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2009年6月21日 (日)

トランスフォーマー/リベンジ

監督マイケル・ベイ、製作スティーブン・スピルバーグの「トランスフォーマー」第2弾を観た。

四本分位の映画を合体させた位のボリュームで、娯楽の王道を行ってる。

主人公サム(シャイア・ラブーフ)を護衛する黄色いカマロのバンブルビーは、今回もいじらしく、また強く、カッコいい。

この映画は、ターミネーター4と違い、完全なるフィクションの枠組みを守っているから、安心してみれる。

それにしてもたくさんのトランスフォーマーたち。

アメリカ軍の支援も得てるのだろう。

最新鋭の兵器が次々登場する。

本当にアメリカは現代のスパルタだ。

好戦的である。

戦って、エジプトの古代遺跡が滅茶苦茶になるのは、ゴジラが話題の都市を粉砕するのと同じ趣向だけれど、アメリカ人の持つ共同幻想を、そこに感じるのはボクだけだろうか?

砂漠の地での戦いは、イスラム世界とキリスト教世界の異文化同士の戦いを想起する。近くはイラク戦争を。

邪悪なディセプティコン(トランスフォーマー)はアメリカの軍事衛星をハッキングして戦術展開する。

いつも恐怖や危機は天空から降ってくる。そんな定石がアメリカ映画にはある。

アーサー王の聖剣伝説も下敷きになっている。

エイリアン、マトリックス、インディ・ジョーンズ、タイタニック、その他アメリカ映画の映画的記憶と神話学の合体。

世界に届けられる映像娯楽商品は、フィルムでパッケージされたアトラクションである。

このトランスフォーマーが面白いのは、善悪の戦いという単純な図式の中で、CGクリエーター等SFXスタッフが最先端にして最高の娯楽を生み出そうとするベクトルが一致してる処にある。

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2009年6月18日 (木)

剱岳 点の記

週末にロードショーされる映画「剱岳(つるぎだけ)点の記」を観に行こうと思ってる。

飄々とした木村大作監督の初監督作品。

活動屋と名乗れる最後の映画人のお一人に違いない。

その作品を劇場(こや)で観て、応援したい。

そういう気持ちがある。

キャメラマンが「剱岳点の記」に何を見ようとしたのか?

それがきっと映画になっているだろう。

予備知識は少なくして、スクリーンに映し出される世界を、虚心に観てみたい。

●剣岳点の記 公式HP

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2009年6月14日 (日)

ターミネーター4

「ターミネーター」シリーズから6年。

最新作を、ターミネーター・ファンの次男坊と観にいった。

「ターミネーター4」は戦争映画のジャンルに入るはず。

人間(抵抗軍)とスカイネット(機械軍)との戦い。

機械軍のコアには、コンピュータ・システムがある。

人間と機械との戦いという図式の向うには、人間とシステムとの戦い、人類を滅ぼしてしまった人間の方法的懐疑と、人工知能の戦いという構図も透けてみえる。

人間同士にも戦いがある。

複雑化した世界。

そこに人間の意識と機械をハイブリッドした男(マーカス)も登場する。

ジョン・コナー演じるクリスチャン・ベイルのファンなのは、バットマン・シリーズで苦悩するバットマンを演じる彼を観たから。

ターミネーターの物語に、新しいトーンが生まれたと感じるのは、クリスチャン・ベイルに象徴される知性や理性軸の登場のせいか。

たくさんの映画的記憶が、注がれている。

「2001年宇宙の旅」「スターウォーズ」「マトリックス」、この3作品(シリーズ)からの影響が特に強いと感じた。

影響を受けることが創造の原点にあるのは、いいことだ。

アメリカの潜在意識が、このターミネーター4に投影されている。

2018年の崩壊したゴールデンゲート・ブリッジとサンフランシスコの光景、LAの光景をみると、今の世界が問題を孕んでいようと、まだ「やり直せる」世界であると思える。

シュワちゃんのカメオ出演にほっとする位、陰鬱な未来世界の造型。

その監督マックGって、何者?

調べてみなくては。

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2009年6月13日 (土)

アンナ・カリーナのポスターに

いいなあ・・・思わず呟く。

青山のビストロで、同僚らと飲んだ。

そのお店にゴダールの映画ポスターが。

映画「女と男のいる舗道」。

ゴダール1962年の秀作。

Image029

主演のアンナ・カリーナは、当時ジャン・リュック・ゴダールのミューズだった。

ゴダールを難解とする人は多いけど、恋する男の視線をアンナ・カリーナ主演映画でボクは観た。

「アルファビル」「気狂いピエロ」。

アンナ・カリーナは60年代ヌーヴェル・バーグの女神だった。

そんな事を記憶の底からよみがえらせてくれた一枚のポスター。

結局、男は女のためにカッコよくありたい。

そんな哀しいDNAに支配された生き物。

このポスターの構図にもまた真理がひそんでいる。

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2009年5月12日 (火)

映画「ハゲタカ」への期待

GW中にNHKの土曜ドラマ「ハゲタカ」の再放送をみた。

とても良くできたドラマだった。ビジネスマンの鑑賞に耐えるドラマだった。

ビジネスマンがみて、ドラマにリアリティがないと、この手のプログラムは鑑賞に耐えない。

役者さん、ストーリー、演出、全てが現実社会のリアリティの上に虚構を築いてほしい。

映画「ハゲタカ」に、期待するのは、そのリアリティ。

ー何のために、働くのか?

予告編に、そんな問いがある。

そう、ボクたちは、何のために、働いているのか?

・・・

昨晩、久しぶりにDVDで映画「インサイダー」を観た。

「ヒート」や「コラテラル」で贔屓のマイケル・マン監督の渋い社会派映画だ。

ラッセル・クロウとアル・パチーノのドラマのクオリティとリアリティは、大人の鑑賞に耐える。

実在の人物が、俳優と共にメイキングで登場する。

光と影の渋い陰影、キャメラ・ワーク、音楽、配役、どれをとっても一級の大人の作品だ。

映画「ハゲタカ」も、また大人に向けて放たれる作品である。

きっと、ボクはこの映画を劇場で観るだろう。

成果主義とか、グローバル・スタンダードが持て囃された時代から遠く離れて、ニッポンという国の輪郭が曖昧になっているように感じる。

大人の男たちが熱く、またクールに戦う姿をてみたい。

決して、決して、栗山千明だけがお目当ではないのだから・・・。

●映画「ハゲタカ」公式HP

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2009年5月 7日 (木)

映画をつくること

高校二年の次男坊が、GW中に映画をつくった。

高校の先生が結婚されるので、皆で集まってビデオ・レターをつくろうという話だった。

なので、手持ちのハンディカムを貸してあげた。

ハンディカムの操作方法を教えようとしたら、「ボクはかなりできるよ」と云われてしまった。

前から意識することなく、撮らせてたみたいだ。

順調に進んでいるか、気になっていたが、自主的に始めた事なので、見守ることにした。

先週、ちょっと見てみる?と云われた。

見せてもらった。

ー「ビデオレターが撮れなかったので、映画をつくった」。

映画をつくった?

オールラッシュに近い状態で、映像をみて、驚いた。

しっかりしたエンタテインメントになっている。

高校生の同級生たちが集まって、あるストーリーに基づいてお話が展開し、最後に、先生の結婚を祝うという形に収斂してく。

確かなキャメラ・ワーク。

GWに編集するという。

ー編集したことある?

そう聞くと、このムービーメーカーは簡単なので、なんとかやれそうだ、と云う。

(頼もしい。)

映像にサウンド・トラック、そしてテロップと、上手にPCを操作して、ちゃんとしたムービーを仕上げた。

こちらが助言して、本人がそうだと思える部分は取り入れてくれたが、自分がこうだと思った部分は譲らない。

しまいには「監督」と呼んだ。

DVDに焼いて、結婚式場の宴会係に届ける処は、フォローした。

せっかくみんなのお祝いの作品が、万が一のアクシデントで上映できないとしたら悔やまれる。

式場でリハーサルし、そのDVDは再生できることが確認できた。

当日、もう一枚焼いてあげたDVDを本人に持たせた。

「万が一の場合には、このDVDを使いな、ね」

結婚式の披露宴は、とても盛り上がったらしい。

よかった、よかった。

自分が初めて8mmで映画をつくったのが、高校二年の時だった。

不思議なことに、次男坊は高校二年で、ハンディカムで撮影しPCで編集して映画をつくった。

いとも軽々とつくったことに驚いた。

絵を描くことも、楽器を演奏することも、映画をつくることも、次男坊には同じことかもしれない。

<映画をつくる>という心理的障壁など、ほとんどなくて、映画をつくったことに驚くと共に、教えられた。

たいへんな事だと思い込むよりも、見る前に飛べ。

そういうことが、若さ なのかもしれない。

映画監督になりたいならば、映画をつくればいい。

それを、次男坊から教えられた。

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2009年4月25日 (土)

映画「グラン・トリノ」 涙した・・・

イーストウッドの最新作「グラン・トリノ」が今日、封切られた。

その初日に観た。

そして、観るに値する作品だった。

(ストーリーを語り、楽しみを奪ってはいけないと思い、映画から離れた視点で語ります。 ご安心ください。)

イーストウッドが、手練手管で泣かそうとしてるか?

そうではない。

しかし映画の最後で、じわじわと涙は止らなかった。

それは78歳のイーストウッドが「生と死」というテーマに自ら思索しながら役を演じ、監督していることが伝わってくる映画だったから。

アメリカの挽歌でもある。

フォード社の「グラン・トリノ」。

この象徴的なクルマがタイトルのこの映画は、男の人生の最後を飾ることについて、イーストウッドの意志を表明してる。

人は孤独な存在。

けれど、人は人によって成長し、人から人へとバトンを渡す中で、生きる意味を形作っていく。

西欧と東洋の断絶もまた、映画の中で見事にキャスティング・ボードとなる。

文化や人種の相克が、しかし人間を豊かにする。

映画を観て、本当に良かったと思える瞬間が、この映画にはある。

人は七十代になろうとも、成長しうる事、いい仕事をし得る事を、イーストウッドは自ら映画を創ることを通じ、示した。

それは、「グラン・トリノ」の主人公・コワルスキーの生き方にも通じる在り方だ。

今幸せに漂う人には、この映画は必要ない。

しかし、人生は幸せに漂ってばかりで終わるものではないのだから、いずれいつの日か、この映画に出合えて、それだけで、幸せだと云える時もあることだろう。

イーストウッドの中に、男の色気を感じる。

絶えず、前に進もうとしている人間には、艶があるのだ。

「グラン・トリノ」。

それにこだわること自体、男という生き物の在り方なのだ。

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2009年3月21日 (土)

映画「ワルキューレ」

ヒトラー暗殺計画の実話をトム・クルーズが演じた。

見応えあるドラマだった。

こんなに大規模な暗殺計画とは知らなかった。これが40位あったヒトラー暗殺計画の最後となり、この九ヶ月後にベルリンは陥落した。

トム・クルーズ演じるシュタウフェンベルク大佐の発案した“ワルキューレ作戦”はクーデターの規模。

この暗殺が未遂に終わった歴史を知っているので、どのように計画が破綻していくかをみることになる。

完全犯罪が僅かのズレから破綻していくのと同じ。

この暗殺計画にも様々な変数が重なり、未遂に終わった。

その過程が興味深い。

ヒトラーが頂点に立つナチのシステムは九ヵ月後に崩壊する。

しかしこの時点でまだそのシステムは機能してる。

それを転覆させようとするシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)は変革者であり、その変革を実行し敗れた訳である。

しかし、敗れて無意味であったか?というと違う。

それが、歴史の深い真実だろう。

最後の最後に、シュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)の発する言葉が、映画の中に定着された事の意味。

知られなかった歴史の事実を、映画が世界に知らせる力。

トム・クルーズが費やした情熱は、そこにあるとボクは思う。

時代は変っても、世界はシステムとシステムとの覇権争い。

システムの矛盾に満ちた軋轢に満ちている。

そこで戦っている人々と、トムが演じたシュタウフェンベルク大佐には、どこかに共通項を見出せるのだろう。

何かのために戦った者という共通項が。

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2009年3月20日 (金)

映画「卒業」

昨晩BSで放映された懐かしい名作を、久しぶりに観た。

サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」「スカボロー・フェア」が印象的で、公開当時、サントラを買った。

ダスティン・ホフマンは、この映画でスターとなった。

マイク・二コルズ監督の演出は、今みても斬新で、舞台演出と映像主義がブレンドされ、この少し際どい物語を60年代の名作に仕立て上げることに成功した。(オスカー受賞。)

映画は変らない。

けれど人生は続く。

観ているこちらが成長してるので、映画の別の面を見出して、面白かった。

アン・バンクロフト演じるロビンソン夫人が、絶妙にうまい。

この映画はコメディのジャンルだが、60年代アメリカのミドルクラスの空疎感が、辛口で語られる。

映画の最後、バスの最後部座席のベンジャミンと花嫁姿のエレーン(キャサリン・ロス)。

興奮の余韻が去って、キャサリン・ロスが隣のベンをみる。

ー「この人、本当に大丈夫かしら?」

といった表情が浮かぶ。

ベンはいまだに卒業していない。

チャールズ・ウェッブの「THE GRADUATE」をペーパーバックで読んだ若い頃には気がつかなかった。

この映画の終わった処から、本当の人生は始まるはず。

二人が幸せになる、と思いたい自分がいる。

そのためには、ベンは本物の大人になって子供から「卒業」する必要がある。

それを果たしたと思いたい。

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2009年3月17日 (火)

SMAP×SMAP トム・クルーズがやってきた

昨晩、ビストロSMAPに、トム・クルーズが出演した。

やはり、トム・クルーズはカッコいい!

そのカッコよさは、気取ったものでなく、むしろ明るく気さくな感じのカッコよさ。

そしてスマップのホスピタリティもたいしたもの。

食事はリラックスして和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気。

トム・クルーズは本当に楽しそうだった。

ウマイ!

チョー・ウマイ!」を連発。

それが自然な感じ。

木村拓哉さんが「トップガン」のパイロットのジャンパーを着た写真で、ジャニーズ事務所に応募した秘話を披露。

「トップガン」が、木村さんの人生の扉を開いたのか・・・。

トム・クルーズの最新作「ワルキューレ」も楽しみである。

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2009年3月11日 (水)

新海誠監督 「秒速5センチメートル」

NHK BSで放映の新海誠監督「秒速5センチメートル」を、薦められて観た。

「雲の向こう、約束の場所」で新海誠に出会った。

それに続く4作目、「秒速5センチメートル」。

3本の短編、<桜花抄><コスモナウト><秒速5センチメートル>で構成されている。

小学生の遠野貴樹(とおの たかき)と猪原明里(しのはら あかり)は、転校で中学時代に、離ればなれに。その二人のドラマが、<桜花抄>で描かれる。

<コスモナウト>は種子島に転校した遠野を中学から高校まで恋する澄田花苗(すみだ かなえ)の視点で描かれる。

そして<秒速5センチメートル>は、大人になった遠野の今の視点で語られるドラマ。

短編という形式で、説明的でない余白の部分が、観ている私たちの思いで紡がれる余地を残した不思議な物語。

桜の花吹雪と静かに降る雪。

人生の時の時、の感覚。

別れ。そして永遠。

宇宙に向かって重力を離脱すべく上昇するロケットと、主人公の遠野は実は同じなのではないか?

新海誠の風景と光は透明でいて暖かく、オリジンに満ちてる。

説明的でないその物語は、現実に似た物語で、そこから観る者が何かを掬い取る。

そういう余地を残した物語だから、たぶん消費されないだろう。

「秒速5センチメートル」というのは、桜の花びらの落ちるスピードだそうである。

そして種子島のロケットは、時速5キロメートルで運ばれていく。

我々は誰もが孤独に宇宙を旅する宇宙飛行士なのかもしれない。

山崎まさよしが歌う主題歌「One more time, One more chance」が胸に沁みる。

この映画を観るように薦めてくれたのは、高校生の次男坊だった。

青春の只中の次男坊の心を捉えたこの映画は、少し長く宇宙空間を旅してきた父親のボクの心もまた捉えた。

十代と変わらぬ瑞々しい思いに、再び出会えるなんて。

ありがとう

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2009年2月 8日 (日)

映画「七人の侍」とプロジェクト・マネジメント

昨晩NHK BSで、再見した。

農民が野武士から村を守るために侍を雇う。ー「七人の侍」はそこから始まる。

(以下にストーリーを展開します。「七人の侍」未見の方はご注意を。)

映画の初めは農民が侍をリクルートする試み。リーダー格・勘兵衛(志村喬)が定まり、次に戦(いくさ)する侍をリクルートしてくシークエンスが見所となる。

そして人材は結集しプロジェクトは実体を持ち始めた。

七人の侍が村に入ってからは、戦のプランニングと農民の訓練に移る。ここは七人の侍と農民が様々な葛藤を経て臨戦体制へマインド・セットされていくプロセスがみれる。「旗」がつくられる。そのエピソードは印象的に使われる。離れ家三軒を捨て村を守る戦略が明かされる。

休憩を挟み、村の守りを固め、野武士の居場所に奇襲をしかけ、やがてクライマックスの戦が始まる。

ランチェスター戦略の戦(いくさ)。弱者の戦略。一騎また一騎と倒し、最後に総攻撃が始まる・・・。

その激烈な雨のシーンは2月に撮影され、黒澤は足に凍傷を負ったという。

戦で幾人も侍は命を落とした。農民も犠牲を払った。

しかし野武士に勝利する。

映画の終末、真に勝利したのは農民であると、生き残ったリーダー勘兵衛は呟く。

この卓抜なシナリオ(設計図)に、製作が長期化し、映画会社(東宝)が二度も中止を画策した。そんな舞台裏の危機を乗越え、通常の映画の三倍の製作費を費やして造られた「七人の侍」。裏側もまたプロジェクトであった。

黒澤の完璧主義の神話が強化された。

クリエイティブで勝利した。しかし経営を危機に陥れた。

賭けに勝ったが、映画が産業である時代はさらにマネジメントに力点を置く。

ここで勝利の女神は、黒澤明に微笑んだ。

その微笑は、しかし後年黒澤を、苦しめる原因にもなった。

創造とビジネス。その永遠のアンビバレンツ。

プロジェクト・マネジメントをこれ程、映画の中で描いた映画も稀であろう。

勘兵衛(志村喬)に黒澤明の無意識は投影されているようだ。

勝利。

その勝利の絶頂で、勝っても敗れたと感じる人物を黒澤の無意識は造型した。

それを映画「七人の侍」を再見し、確認した。

これからもまた何度もみることになる映画である。

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2009年2月 2日 (月)

映画「チェ39歳別れの手紙」と私

いつの間にか、自分のブログに本音を書かなくなってた。

いや、本音を「書けなく」なってた。

日記なら、自分だけが読む。けれどブログという形式は、他の誰かが読むことを前提にして成立してる。だから本音をむしろ書かないことの方が多いかもしれない。

この映画は個人的な受止め方をすればいいので、万人向けではないと思う。

チェ・ゲバラ・・・えっ、誰 それ?

そういうのが自然だ。

ボクらの世代で、ゲバラを知らないものはいなかったけど、崇拝の対象ではなかったし、ボク自身、カッコいい男、ロマンティックな男というイメージが先行してた。

けれど、この映画をみてて、本音は哀しかった。

明らかに敗れると判ってて、あれだけの戦い方をして、ああいう最後で人生を締めくくったことへの無念さが、映画を観終わって自分の身体の中に入ってきた。

昨晩は浅い眠りになった。

朝、ああ映画のせいだなと自覚した。

あんな風に死なないでほしかった。

都市で今日も戦ってるビジネスマンがいる。

さまざまな困難と矛盾の中で、闘ってる。

そういう人間に、生き延びてほしいと思う。

だから、歴史に刻印され封印された記録は重かった。

しかし、観てよかった。

カタルシスがないからこそ、自分の生き方にきっとこの映画は何かを残してくれる。

辛いものを辛くない形で呑み込ませて・・・ソダーバーグにやられた訳だ。

映画もまたひとつの体験になる。

そんな事をボクは思った。

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映画「チェ 39歳別れの手紙」

ソダーバーグの「チェ・ゲバラ」二部作の後編を観た。

前編がチェ・ゲバラの「希望の物語」とすれば、後編は「絶望の物語。

淡々と描かれて、物語というよりドキュメンタリーに近い感覚でみた。

二部作はコインの表裏のように明暗が際立ってる。

けれど、チェはぶれていない。

医者として働き、戦意を失った兵士を冷静に引締め、最後まで戦う。

おそらくは勝利を信じられない状況を冷静に把握しながら・・・。

エンドタイトル・ロールでは無音のままたくさんのスタッフ名が下から上へと流れた。音楽でエモーションが生じないように、とのソダーバーグの意図を感じた。

この映画に政治的な意図はない。そして逆説めくが、チェ・ゲバラの内面を描くつもりもないだろう。

チェ・ゲバラの28歳と39歳を選んで、彼がどこでどう生き、そしてどう死んだかを、正確に映像に定着しようと試みたものだろう。

木立の中で、本を読んでいるゲバラの姿が印象的だった。

見上げる木立が風にざわめく様に、ゲバラの絶望を思った。

この二部の後半、だんだんゲバラがキリストのようにみえてきた。

それはソダーバーグがそのように描いたというより、ゲバラがそうだったのだろう。

永らく記憶に残る二部作になるだろう。

おそらくDVDでは観ないし、購入しないだろう。

劇場でみた四時間以上の時の一滴が、自分の記憶に残っていってほしい。

●映画「チェ 28歳の革命」

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2009年2月 1日 (日)

映画「敵こそ、我が友」

副題に「戦犯クラウス・バルビーの3つの人生」とあるこのドキュメンタリーを観た。

第二次世界大戦のナチス秘密警察(ゲシュタポ)の要職の男が戦後冷戦下のアメリカのスパイ、そして南米で反共活動に従事し50年以上も生き延びる。

ドキュメンタリーでありながら、戦後世界の裏面史をドラマのように辿ることができる。

あらためて、ドキュメンタリーの可能性を思う。

たくさんの人物への取材、記録フィルムを通じて、さまざまな事実のモザイクの蓄積から、勧善懲悪とは違った視点で、歴史と人間の運命について考えさせられた。

この映画はフランス映画だと思うが、このクラウス・バルビーの内面に迫らずに、この冷徹なナチス将校が何を成し、どう行動してきたかの事実とそれを取巻く証言者によって描いた事は、ヨーロッパの知性を感じさせた。

ナチ・ハンターと呼ばれる弁護士が、顔写真で南米に潜伏する別の人生を生きるバルビーを突き止めるあたり、日本人にない執念を感じる。

ひとつひとつの積みかさねが、ひとつの時代と個人をあぶりだしていく手腕は見事だ。

●公式HP

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2009年1月18日 (日)

銭ゲバ

松山ケンイチの「銭ゲバ」第1話は面白かった。

続けてみたい。

NTTdocomoのTVCMの松山ケンイチが「銭ゲバ」を演じる。

幼年期の子役が良い。

素直で母親思いの少年が「銭ゲバ」になる原点を熱演した。

大人になった松山「銭ゲバ」ケンイチは、内面をあらわさず社会的関係を結ばず、労働し蓄財に励む。

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お金について考えさせる

ドラマでの貧乏・病苦・家庭内暴力という不幸の土壌には「お金がない」のが横たわる。

「お金」の真の大切さを知るためには、まず経済的自立を果たさねばならない。

この「銭ゲバ」は、お金との関係において心に歪みを持って生きてる。

幼年期のトラウマからそうなったとも云えるが、1万円札の上に横になって、本当に幸せには見えなかった。

それは松山ケンイチが内面にナイーブな素顔をチラッチラッとみせるから。

本当の愛を求める心がのぞけるーそういう演技だった。

「幸福」とは何か?「お金」とは何か?

それを考えさせてくれるドラマだ。

働いて稼いだお金で、「お金」のないことから生じる不幸から家族を守りたいと、世の多くの人々は日夜働いている。

けれどお金にはあまりにパワーがあるために、人間とお金との関係に歪みが生じる。それが社会に、個人にさまざまな軋みをもたらす。

世界金融危機の本質もまたそこにあると思う。

強欲な人間がいるのではない。人間は誰もが強欲になりうるのだ。

「銭ゲバ」の今後の展開が楽しみである。

●「銭ゲバ」HP

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2009年1月12日 (月)

「大人」になるということ NHKスペシャルで

二十歳で「大人」になるほど、人生は つまらなく ない

そんなテロップで終わった「成人の日」スペシャル。

爆笑問題、糸井重里氏、立花隆氏出演。

糸井重里氏が「おいしいもの」を自分が食べるんじゃなく、子供に食べさせて喜ぶのが「大人」だと定義した。仕事を自分がやるのでなく、お前にこれをやって貰いたいんだよ、と口説くのが大人だとも。

全く同感。

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2009年1月 6日 (火)

ありふれた奇跡

渋谷駅でみた屋外広告ー「ありふれた奇跡」。

Image005ちょっと楽しみだ。

脚本家・山田太一氏の久しぶりの連続ドラマだ。

山田氏が自分に封印してた連続TVドラマというから、なおさら。

昔、「ふぞろいの林檎たち」を同時代のドラマとしてみてた。

今度も、不思議なしゃべり方を、登場人物たちにさせるんだろうか・・・。

ちょっと、と書いたけど、本当は「すごく」楽しみにしてる。

作家は歳を経て語るべき事があるのだろうと、期待。

ありふれた奇跡。

いいタイトルだと思った。

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2009年1月 4日 (日)

映画「クライマーズ・ハイ」

日航機墜落事故に遭遇した地方新聞社の一週間を描く中に、仕事というもの、生きることの意味を問いかけてくる映画だった。

“あの夏”の時間(事故のおきた夏)と現在の時間(山を登る)という二つの時間が流れている。

主人公(堤)は世界最大の航空機墜落事故の詳報を紙面に反映していく仕事の責任者である。

その仕事をまっとうするために、様々な社内の政治的抗争、利害関係の対立、そして個々人の葛藤に晒される。

それは成功もし、失敗もする。善戦はしたが勝利はなかった。

ましてや働き盛りの尊い命が奪われた現場の報道だ。

現実の仕事がそうであるように、彼はヒーローではなく、生身の戦う企業人である。

しかし山に登るという現在の時間では、信頼とか技術によっても生と死を分かつ危険を完全にコントロールはできない“神の領域”に命を託している。

それは「ディア・ハンター」で鹿を打ちにデ・ニーロが山へ入っていく行為と同様、この映画の主人公におけるイニシエーション(通過儀礼)であったに違いない。

人は時としてその人生を組立てるためにクライマーズになる時がある・・・。

たくさんの事を語りたいし書きたい映画だったが、今はここで止めよう。

新年の仕事を始める前に、観てよかった映画だった。

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2008年12月26日 (金)

小田和正 クリスマスの約束

毎年恒例のクリスマスの晩のTBS特番「クリスマスの約束」を観た。

小田和正さん61歳。

ますますフットワークは軽く、その歌声は健在だ。

生涯現役をひた走るのか。

全国ツアーの合間のオフショットでは、伊勢神宮に初めて来ました・・・と云ってるのを聞いて、「オフコース」時代、ゴルフ場を転戦してたのか、等とどうでもいいことを思う。

全国のアーケードが閑散としてるのに、今の日本の現実を知ったりする。

素のカッコつけない小田さんがいる。

しかし小田さんの歌は、「さよなら」も「言葉にできない」も、そして最近のヒット曲もある種の不変の感情を歌う。

歌う小田さんは、より柔軟に人間味を増す。

こんなに楽しげに歌う人ではなかった。昔はどこか超然としていた。

そして気がついた。

ステージで歌う後ろ姿が、ちょっと少年ぽい。

こういう感じで、小田さんは還暦を通過した。

人生の先輩だ。

●小田和正さん 今日もどこかで

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2008年12月25日 (木)

映画「バットマン ビギンズ」を観ながらイブを過ごした

イブに「バットマン」は似合わないかもしれない。

しかし昨晩はハマッてしまった。

バットマン最新作の「ダークナイト」を観て、「バットマン」の新シリーズに鉱脈ありと思った。遡ってこの「ビギンズ」を観る。

渡辺謙は惜しい使われ方だし、東洋の「忍者」が出てくるあたりの変な描写にも目をつむろう。この「バットマン」は面白い。

人はみな社会で「ペルソナ」を演じてる。

そして人の心には痛みやトラウマがある。

幼年期があり、自らの使命(ミッション)を得るまでの道程がある。

そういうことが「バットマン」になるまでのドラマとして描かれる。

淡いロマンスがある。

正義を追求することは危険な営み、ということも、観客は知っている。

そして観客もまた、ゴッサム・シティに住んでいる。

悪に席巻されたゴッサム・シティにも数少ない正義派はいて、バットマンは連携を取り始める・・・。

そうなのだ。

バットマンは完全無欠のヒーローなのではなく、傷だらけのヒーローなのだ。

だから心を熱くする。

クリスチャン・ベールは完璧なスーツ姿で登場するが、それは内面の傷だらけの心身を包み隠したペルソナだから。

だからビジネスマンこそ「バットマン」に共感する。

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2008年12月15日 (月)

映画「ダークナイト」を観る前の空の変容

日曜は朝から氷雨が激しかった。

午後になって雲間から光が射してきた。

大空のドラマの進行を、パチリ。

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丁度、DVDで「バットマン」最新作「ダークナイト」を観ようとしてた。

映画が終わる頃には、とっぷりと日が暮れていた。

映画の世界は闇に包まれた世界で、善と悪がバットマンとジョーカーの戦いという形で展開された。

もはや勧善懲悪ではない世界。

悪の造型の方がすさまじく、善なるバットマンの孤独は深く、切ない。

今の時代性がこの映画には濃厚にたち込めていた。

見事な映画になっていた。

善と悪が相似形をしているーそこにこの映画の作り手たちの秀逸さがあった。

ホワイト・ナイトではなくダーク・ナイト(闇の騎士)がバットマン。

その善の葛藤にボクはやはり人間の苦悩をみ、かすかな救いをみた。

あまりに濃密なダークサイドの世界、ジョーカーを演じたヒース・レジャーの他界も含め、記憶に残る映画である。

そして映画は映画の世界であるといい得ない現実感こそが、こういう映画から得られる喜びであろう。

空の変容で、美しさを感じる瞬間もまた、やはり「光」である。

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2008年11月24日 (月)

映画「武士の一分」 木村拓哉の剣

「武士の一分(いちぶん)」をDVDで観た。 (ネタバレしない書き方をしますので、ご安心を。)

木村拓哉は、たぐいまれな俳優である。

剣の殺陣(たて)に漲る彼の気迫は、やはり只者でない。

この映画は実は「剣」を基軸に構成されている、と思った。

故・緒形拳が、キムタク(三村新之丞)の剣の師匠である。

いい役柄を、この映画でみれ、うれしかった。拳もまた「剣」の人だと思う。

妻を演じた檀れいさんは、初々しい。

その初々しい愛妻の敵を討つ、木村拓哉。

みるに値する。

カッコいい役柄ではない処がほとんどであるからこそ、剣の場面が活きてくる。

男子の本懐。

それを思った。

そして、自分は「武士の一分」を果たしてるか? 

映画を観終わってそう静かに自問した。

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2008年11月12日 (水)

筑紫哲也氏の追悼番組をみて

10日に肺がんで亡くなられた筑紫哲也氏(享年73歳)の追悼番組をTBSが放映した。

TVの制約はあるにせよ、筑紫哲也さんの名を冠した「NEWS23」が戦後の一時代と共にあったことがよく分った。

1989年から2007年までの時代は、日本も世界も歴史自体塗りかわった。その時代と共に、筑紫氏はジャーナリストとして生きた。

戦争に対する厳しいスタンス、平和の尊さを説く気持ちを繰返し説いてたことが、編集されたニュース報道をみるとよく分る。

そして、筑紫氏は怒った顔をみせない人であるなあ、と思う。

文化を愛し、きっと人を愛し、逆境にあっても辛さを内面に押し隠して、弱音をはかない人だったのだろう。

多くの人々から惜しまれる理由は、素敵な人だからだろう。

あまり夜のTVをみないボクは、お洒落な人という第一印象だった。

でも追悼番組を通してみると政治家や権力者に対する厳しい切り込み方は、やはりジャーナリストの心意気が素敵なのだ。

ひとつの歌を生涯かけて歌う人がいる。

そんなことを思った。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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2008年10月20日 (月)

映画「イーグル・アイ」

(この映画をこれから楽しむ人のために、ネタバレしないことは勿論、ストーリーにあまり言及しない方がいいと考え、違った角度から記事を書きました。ご安心ください。)

一本の映画をみたいと思うその潜在意識には、さまざまな期待が隠れている。

スピルバーグが撮るつもりでいた、という情報はボクにとって大きかった。

「AI」「宇宙戦争」「ミュンヘン」等をみてきて、最近のスピルバーグが現実世界に対して何らかの危機感をもっていることを感じてきた。

その意味で、スピルバーグが何を取り上げるかに、興味があった。

広告のビジュアル・イメージから伝わってくるものは、先端の技術的要素を加味したサスペンスではないか、というもの。それをみてみたいという思いがあったので、「アイアンマン」を選ばず「イーグル・アイ」を選んだ。そしてそれはほぼ正解だった。

見終わって、密度が高くて満足した。

若干辟易する位ジェットコースター・ムービーだったけれど。

ジェットコースターには、ひとりよりふたりで乗った方が楽しい(のではないか?)。

ジェットコースターの嫌いなボクでも、この映画なら充分つきあえた。

この「イーグル・アイ」に影響を与えた映画としては、スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」があるだろう。それがどこかは今は語らない。

スピルバーグがキューブリックをリスペクトしていることがわかる。

そういうリスペクトしたやり方で、成る程そうか!とわかる処が、この映画にはある。

DVDになったら、もう一度きっと観ることだろう。

充分に現実社会で起り得ることが、プレゼンテーションされた映画。

人々は映画館では恐怖や妄想に対価を払って疑似体験を楽しむものだ。

ボクもまた例外ではない。

ぶれないスピルバーグの妄想力には脱帽する。

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2008年10月18日 (土)

黒澤明 「天国と地獄」

黒澤明が骨太のサスペンス映画「天国と地獄」を撮った時、おそらく世界の娯楽の頂点に黒澤は立ってたことだろう。

BSで観ながら、今まで何度も観てるこの映画の魅力について考える。

三船敏郎扮する権藤は「造りたい靴を造る」と語る。

それは、黒澤が「造るべき映画を造る」ということと同義に聞こえる。

三船の魅力は、そのまま黒澤の映画づくりにおける監督黒澤の魅力に等しい。

黒澤明の潜在意識を、この「天国と地獄」は、素直に投影してる作品であるとボクは思う。

三船敏郎が輝かしい。

彼が演じるのは、誇り高いクラフツマン(職人)の姿である。

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2008年10月 1日 (水)

映画「ここに幸あり」

原題の「秋の庭」よりもベタに映画の内容を示す邦題である。

フランスの初老の大臣が突然罷免される。家も愛人も財産も失って、老母の元に身を寄せ、市井の人々とふれあいながら人生を謳歌する。

脱力系というか、ゆる~いというか、不思議なゆったりしたリズムで、様々な小さなエピソードが紡がれる。

328158_01_01_02主人公の初老の男。

飄々と生きている。

今の日本人なら、地位や名誉にしがみつく人の方が多いのでは。

この主人公は、まるで逆。苦にならないどころか、自由を謳歌してる。

ローラーブレードで走る短いシーンがいい。

女性を追回し、酒と音楽と友との語らい。

人生にとって大切なものは、結局こういうことさ・・・とグルジア出身の監督が語りかける。

(監督は、路上にペイントしてる役柄に、カメオ出演してる、らしい。)

この映画はリアリズムではないので、ファンタジーとして観ればいい。

しかしファンタジーとはいいながら、政治あり、難民問題あり、いろいろな現実が主人公を取り囲んでいる。現実世界と同じように。

けれど、この主人公の初老の男のファンダメンタルズは、自らのイノセンスにあるらしい。

子どもの頃誰もが持っていたイノセンスに揺らぎない確かさがある。

世俗の役割など借り物なのさ・・・という小さなささやきも、監督のタッチから聴こえてくる。

この映画を、現実に引き戻して論じるのは、“無粋”だろう。

ちょっとした生きるヒントを与えてくれる映画である。

愛人役の女性がブランド物を買い漁って帰宅するエピソードがある。このエピソードもまた面白い。

決して消費大国では、産み出しようがない映画である。

人は社会的価値で生きなくてもいいさ、ただ生きるだけでそれは素晴らしいものなのさ。

その声は、なかなか骨太でありながら、ささやきである。

観る人々の耳を試す映画かもしれない。

●参考になった解説

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2008年9月30日 (火)

EOSで撮ったムービー、らしい。

映像でやりたかったことの原点に還りたい。

ネットサーフィンしてて、出会った映像に驚いた。

いまや、ここまで来てるのか。

決して上手い仕上がりでない。カットの繋ぎなど稚拙。

だが、その画質には驚く。

いつのまにか、仕事のルーティンに浸かっていた。

もう一度、クリエーターのスピリットに戻らねば。

Canon

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2008年9月15日 (月)

映画「ラスト、コーション」

「ラスト、コーション」をDVDで観た。

1942の上海を舞台にしたトニー・レオンと新人タン・ウェイのラブストーリーとしてみた。アン・リー監督も社会派ドラマを造りたかった訳ではないだろう。

328445_01_01_02トニー・レオンvsタン・ウェイ。

この二人のラブストーリーを描くために用意された大戦下の時代の再現は並々ならぬものがあり、豪奢というかその再現規模に圧倒された。

タン・ウェイは、少し幼くみえた。

美しさが際立っていて、その表情による演技は素晴らしい。

トニー・レオンは、渋い。ひたすら渋い。

ヴェネツィア映画祭の受賞は、中国のこの分野での開放表現に対して西欧の驚きがあった、と考える。

「ラストタンゴインパリ」「ラ・マン」「愛の嵐」「愛のコリーダ」等に続く系譜に、いずれ「ラスト、コーション」は並ぶのだろうか。

暗い情熱を湛えた撮影は濃密である。

「バベル」の撮影も手がけたロドリゴ・プリエトの功績。

HP

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2008年9月12日 (金)

「マイ・ブルーベリー・ナイツ」

「恋する惑星」で好きになったウォン・カーウァイ監督のラブストーリーに、ジュード・ロウが出演してなかったら、ボクはこの作品に出合わなかったかもしれない。

ノラ・ジョーンズとジュード・ロウのラブストーリー、正直あまり期待しないまま観た。

しかし、なかなかの佳作だった。

ブルーベリーパイのように可愛らしく、きれいで、愛しい小品。

ウォン・カーウァイ監督は、ケーキ職人になったかのようにこの映画を造ってる。

官能的な色彩、緩やかなストップモーションの持続、技巧を技巧と感じさせない巧みさで、この単純な物語を紡ぐ。

ジュード・ロウの大人の男の色気がいい。

もっとも、ジュード・ロウがカフェのマスターなら、お店はノラ・ジョーンズだけではなくて、一杯になってしまうだろう。

ナタリー・ポートマンがとても大人の女性になってて、よかった。クルマの描写などはちょっと絶品だった。

この映画はひねったシンデレラ・ストーリーかもしれない。

絶対に自分を裏切らずに自分を愛してくれる男性が遠くから自分を見守ってくれている。そういう関係性の中で女性は人間として成長をとげていく。そのご褒美に、王子様が求愛する。

映画を観てて、ブルーベリー・パイを食べたくなった。

街では、やはりブルーベリー・パイはいつも残るのだろうか?

この週末、ブルーべり・パイを食べに行こう。

公式HP

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2008年9月 6日 (土)

クローバーフィールド HAKAISHA

CLOVERFIELDというタイトルには優しい響きがあるけれど、映画ではマンハッタンが破壊されるノンストップ・リアルタイム・ドキュメンタリーの趣きである。

(ネタバレはいたしません、ご安心を)

9月5日にDVDが発売され、早速観た。

劇場では、あの手持ちカメラの揺れで、気分が悪くなるのでは?と思いDVD化を待っていた。それは正解だった。TVで観ると、さらにこの映画の魅力が増す。ビデオで撮られた設定が活きてくる。

これはビデオ時代の、いやビデオ時代でなければ生まれなかった映画作品である。

キャメラの揺れも、ビデオテープの乱れも、消し忘れ映像も、安易なズームも、ピンボケも、この「クローバーフィールド」ではうまく表現に収まっている。

こういう風に、ヘタウマに撮るのは難しいだろうな、とカメラを回すことのあるボクは思う。

破壊者に襲われた街を移動する主人公たちに、しっかり感情移入してしまえるのは、この手法のおかげだ。

とにかく面白い。

この映画に流れているのは、9.11やイラク戦等のメタ記憶である。

ただの映画ではないのは、時代性がそこに刻印されているからだ。

そしてニューヨーク!

ニューヨークを訪れた者は、あの都市の魅力に惹かれるに違いない。

初めて訪れた時、ヨーロッパの面影を、ボクは感じた。

だから破壊され行く街は、悪夢でとどまってほしいと、そう切に願う。

作り手は、短い平和時の消し忘れ映像で、そっとそれを伝えてる、かのようだ。

映画というものは、人類の妄想の宝庫でもある。

その妄想のプレゼンテーションが絶妙な映画の一本に、この「クローバーフィールド」はきっと選ばれるに違いない。

HP

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2008年9月 3日 (水)

黒澤明 「蜘蛛巣城」

昨晩のBSで黒澤明監督の「蜘蛛巣城」がOn Airされた。

何度も観た作品だけれど、HDDレコーダに記録した。繰返し観たいと思わせる映像のダイナミズムは、ある意味では黒澤明全盛期の作品であればこそ。

シェイクスピアの「マクベス」を翻案し、力強く想像力に満ちた作品に仕上がっている。

特に、弓矢。

弓矢が、コワイ!

日本の弓矢がこれ程、暴力的に使われた映画を、ボクはあまり知らない。

今でも、弓矢の音が耳にこびりついている。

映画のクライマックスに位置づけられる見所なので、ここではあかさないが、それは見事な見世物になっている。

それと最後の城塞の上で三船マクベスが演説するシーンの望遠レンズとマルチキャメラの使い方。映画を「写真」と云った通り、まさに力ある写真で、ヒトラーの記録映画を観ているようだった。

画面の中に塗り込められた群集や霧もまた、濃密である。

バーナムの森が動くまでは・・・という魔女の予言が当たって、森が動く。

最も映像化して成功した「動く森」は、黒澤の「蜘蛛巣城」だった。

世界のマエストロ、黒澤が頂点で光り輝いていた作品。

それをHDDで記録できる喜び。

世界文学全集のようにして、日本の青少年に伝承したい作品のひとつである。

映画の全盛期は、やっぱりモノクロームの時代なのだろうか・・・。

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2008年8月23日 (土)

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

20世紀初頭の“石油王”を描いたポール・トーマス・アンダーソン監督作品をDVDで観た。

主役を演じるダニエル・レイ・ルイスの怪演には圧倒された。

この主人公は、確かに強欲であり、憎悪にまみれ、欲望の権化のようである。しかしあまりに複雑な人間存在であるために、最後まで目を離すことができない一種の“魅力”を放ってる。

それは重労働に打ち込む姿や、幼い息子を可愛がる姿、燃え盛る炎に魅入る表情や、疑惑を押し殺し凝視する姿に、深い人間的真実が味わえるからだろう。

映像美、そして音楽も含めた音響デザインの素晴らしさも、深く印象に残る。

何か重いもの、語りたい何かが詰まってる。

この主人公ダニエルは、一体何者なのか?

謎が残る。

アメリカそのものではないか。

アメリカン・ドリーム。貧困。労働。マネー・マネー・マネー。いつしか得た巨万の富。アルコール依存症。

石油と血が、同じような質感で描かれる。

オイルを巡る戦争。パイプラインの利権も紛争を引き起こすらしい。

そういう意味では、20世紀初頭のドラマという設定は、20世紀が石油と戦争の世紀であったことを考えると、旧約聖書のドラマにも思えてくる。

飽くなき欲望の裏には、憎悪と悲哀が潜んでる。

強欲のラット・レースに終わりなく、安息もまたない。

マネーは権力そのものである。

信仰心なく、人間の善なる魂もまた、オイルにまみれたのだろうか。

いろいろな事を想起した。

アメリカの世紀は、終わった・・・」。

そうポール・トーマス・アンダーソンは、語りたかったのではないか?

もしも監督に会う機会があったら、それを訊ねてみたい。

アメリカはかつて「幸せのビジネスモデル」であるはずだった。

TVを通じて、それは布教された。

そのアメリカは、これからも「幸せのビジネスモデル」であり続けるだろうか?

映画の最後は、とても暗示的な終わり方をした。

苦味もまた、味わいのひとつであるのだろう。

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2008年8月18日 (月)

映画「フローズン・タイム」

原題「CASH BUCK」よりも、邦題の方がしっくりきた。

ファッション・フォトグラファーの監督らしい着想で、時を止め、一瞬の中に永遠をみせようと試みる。といっても難しい話ではない。少しコメディ・タッチの恋愛映画だ。

主人公の画学生の男の子は冷静な感じで、好感が持てる。

スーパーマーケットの中で静止した女性たちは、彫刻のように文句なく美しい。そしてこの映画はその美しいショットで印象に残る映画になるかもしれない。

それぞれ静止した女性のポーズが決まってる。ファッション誌のように。

その美しさをみてると、人間の美的感覚の均整は研究しつくされてて、商業的に、その美のバランスが活用されてると受止めた。

写真家は日常の一瞬を切り取り、イメージを定着しようと試みる。

しかし映画は動きの中に何かを語ろうとする。

この映画は映画の中に写真を取り込むことに成功しているが、外観と内観を共に表現しえたか、というと微妙だ。

マネキンのような美しさ以上に、美しい一瞬をみせるのが人間であると、オリンピックの選手たちをみていると思う。

勝っても、そして敗れても、そこに一回性の美が垣間見える。

昔、ミュンヘン・オリンピックの記録映画があった。そのタイトルは、「時よ止まれ!君は美しい」という邦題がつけられていた。確かゲーテの詩からの引用だったと記憶する。

フォトグラファー出身の監督が、次に描くべき領域は、<動きの中にある永遠>という命題かもしれない。

この映画「フローズン・タイム」のイメージが将来どのように自分の脳裏に残るか。ちょっと楽しみである。

映画の一番最後は、雪のシークエンス。

静止した雪の世界で、ちょっと素敵な恋人たちの“発見”がある。そこにはポエジーがあった。

儚いけれど、残るイメージがある。

映画「フローズン・タイム」→ 公式HP

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2008年8月16日 (土)

映画「ノーカントリー」

コーエン兄弟のアカデミー賞受賞作「ノーカントリー」をDVDで観た。

とても面白かった。

(ネタバレはしません。)

暴力に彩られていると云えばいけるけど、もっと知的な映画。

神話的というか、寓話的というか、静謐な映画である。

黙示録的映画。

神、生と死、悪魔、デーモンなどを思いながら観終わる。

乾いたテキサスの風土のような映画だ。

現金、逃走、追っ手・・・定石のようなサスペンスの定番が、神話的な高みに至るのは、やはりコーエン兄弟の才。

ドラマに説明がない。説明がないまま観つづける。

人生と同じように。

そして、人生と同じように、不条理で、理不尽である。

カットのひとつひとつが鋭利である。

その鋭利さが素晴らしい。

一寸先が読めないドラマ。

人生がそうであるかのように。

ハリウッド映画のように、予定調和的なハッピーエンドはない。

そんな映画が世界の頂点に立つ。

日本のCMでおなじみのトミー・リー・ショーンズが、CMのキャラに近い処にいる。

それもまた味わいだった。

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2008年8月 3日 (日)

スカイ・クロラ The Sky Crawlers

押井守監督の最新作「スカイ・クロラ」を、封切り初日に次男坊と観にいった。

(ネタバレしません、ストーリーにも言及しません。ご安心を。)

空中戦のレトロフューチャーでリアルな場面のTVCMをみて、あまり予備知識を入れないようにして鑑賞した。

知っておいて損がないのは、この映画に描かれる世界は、完全な平和を実現してて、企業間で「ショーとしての戦争」を行ってること。

そこで戦うのは“キルドレ”と呼ばれる思春期のまま永遠に行き続ける子供たち。但し戦死しなければ。

とても心動かされる映画だった。

深くて、繊細で、美的で、暗示的で、今の世界の頂点にたって世界を描いてる映画だった。

きっと世界中の人々がこの映画からさまざまなことを触発され、この現実を捉えなおすきっかけを得るだろう、と思った。

日本から世界へ、ではなく、最初から世界言語で組み立てられた創作である。

脱色され抑制された色彩の画面を通じて、何度も押井守と対話する自分がいた。

主人公の新任パイロット、函南優一(声:加瀬亮)は決してヒーローでもなく、たんたんと彼の生を生きている。しかし空で戦うバトルは激烈だ。

パイロット。

ボクもまた自分の人生のパイロットだなっと、ふと思った。

そう思うと、今の自分を取り巻く様々な問題・課題が、克服するべきものとしてみえてきた。決して被害者意識にならず、宿命として受け入れるべきものとして認識しようと思った。

映画を観ながら、自分の生きてるこの現実とダブってきた。

台詞で心に響いた言葉を、思わず書きとめた。

明日 死ぬかもいれない人間が 大人になる必要があるんでしょうか?

・・・

作品の世界観が深められており、一回観てそれで消費される類の映画ではなかった。

なので、わかりにくいと思われるかもしれない。

しかし、「わかる」ことと「感動する」ことは違う。

人は感動して初めて、「わかろう」と学び始める時がある。

これから何度も観ることだろう。

パンフレット(800円)は、とても充実してる約70頁の書籍だ。

そのofficial souvenir program bookは、学ぶべき世界のガイドブックになってくれることだろう。

オフィシャルHP

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2008年7月14日 (月)

キムタク 月9 CHANGE 最終回

いいドラマをみせて貰った。

全十話十週間。

約2ヵ月半、この「CHANGE」を楽しみにして過ごしてきた。

2008年の初夏から夏を振り返る時、サイド・ストーリーに、キムタクのこのドラマを思い出すことだろう。

最終回の今夜の白眉は、キムタク総理のTV中継、実況そのままのシーンである。

キャメラ目線のこのシーンをウソにしないのは、役者にとって至難の事ではないか?

役を演じることだけで超えられぬハードルを、キムタクは超えようとしたろう。

彼の涙に、ボクは共感を覚えた。

政治をあげつらうことは簡単だけど、政治を支えるのは「あなた」だと、素直に云う言葉が決まるのは稀有のこと。

夕刊紙も週刊誌もそしてTVも、スキャンダルで商売してる、そんな時代にあって。

ーすがすがしい終わりだったね。

そう次男坊は、満足げに云った。

彼もまた、彼の政治に直面してる。

高校の生徒会で、さまざまな利害関係を調整しつつ、彼もまた彼の現実を生きている。

それはボクの直面する現実と本質的には同じこと。

ボクもまた、ボクの困難を生きている。

キムタクもまた、彼の現実と困難と孤高を、生きている。

何かを守るために。

例えば、この世界を少しでもよくするために。

それぞれ自分のフィールドで、何かをCHANGEさせるために。

その困難な生き方を支える力が、イノセンスであったとは・・・。

過去記事⇒ 「第9話」

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2008年7月 8日 (火)

キムタク 月9 CHANGE 第9話

「CHANGE」も残りあと1回を残すばかり。

(ネタバレしないように注意して記事をかきます。)

高校の生徒会の委員をしてる次男坊が熱心にみてた。

その脇で、ボクも第9話をみた。

正義感に訴える何かと、「政治」という名の人間界に存在するパワー・ポリティクスがドラマ形式で判りやすく展開する。その話運びから、高校生の次男坊は、何かを学んでる。

どの世界にも、欲は渦巻き、妬みと陰謀はある。

それを生き抜くために、人間のダークサイドの所業を知っておくのはいいことだ。

キムタクは「総理」という名の「プロジェクト・リーダー」を演じてる。

ボクが、この「CHANGE」に共感値の高い理由は、「プロジェクト・リーダー」としての資質について、無意識にこのドラマが答えているからだ。

自分もまた、幾つかのプロジェクト・リーダーを務めてる。

キムタクと同年代の三十代のビジネスマンでも、プロジェクトと呼ぶほど大きくなくても、マイ・プロジェクトに奮闘してる人は多いはず。

そして高校生の次男坊もまた、いくつかのマイ・プロジェクトのリーダーシップをとろうとしている・・・。

現実の困難に直面して思う。

あのように「感謝」の思いを忘れずにいたい。あのように穏やかなまま難関に対処したい。あのように現場主義をつらぬきたい。あのように自分に仕える人々を労いたい・・・。そしてあのように共感する人の輪が広がっていって、皆でいい仕事を成し遂げたい。

その鏡として、コアとなる「イノセンス」を体現できる役者は、やはり限られる。

欲で動き、ぶれる人の方が圧倒的に多い世界に、ボクらは生きている。

だからこそ、自分ではない何かのために、誰かのために生きようとすることは過酷である。

そんなことを考えながら、第9話を見終わった。

最終回でこのドラマがどのように締めくくられるか?

正直いってわからない。

しかしボクは第9回までに、充分な果実をこのドラマから得たと思っている。

過去の記事 ⇒ 「第8話」

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2008年7月 6日 (日)

「狂った果実」と「ビリーザキッド」

体調を万全にするため運動と温泉を禁じた週末、自宅で映画をみて過ごした。

HDレコーダに録画してたBSシアターの映画二本を観た。

「狂った果実」(1956)は、石原慎太郎の原作、石原裕次郎・北原三枝・津川雅彦らが湘南を舞台に太陽族と呼ばれるブルジョアのボンボンたちの無軌道な夏を描いた傑作。

「ビリーザキッド/21才の生涯」(1973/2005)は尊敬する監督サム・ペキンパーの最後の西部劇。実在の話に敵役保安官パット・ギャレットにジェームズ・コバーン。渋く老いと孤独の影。そしてボブ・ディランの飄々とした味。特別版。

二つの青春の光と影をみた。

結局、映画が本当に輝いていた時代は1970年代までではないか。映画が映画としてありえた時代だった。

今の映画は流通させるために、巨大資本とマーケティングと二番煎じのストーリーがブレンドされた映画「商品」でなければならぬ宿命を負っている。才能では映画をやってられない時代かもしれない。

「狂った果実」はフランス・ヌーベルバーグに影響を与えた。トリュフォーが絶賛した記憶がある。石原兄弟の運命も、裕次郎夫妻の運命も、津川など戦後若手の俳優も、そして武満徹など音楽家にとっても運命を切り開いたプログラム・ピクチャーだ。モノクロームの映像に見入ってしまう程、贅肉のない映画だった。

一方の「ビリーザキッド」は何回も観て来た「西部劇の挽歌」。ここにも「狂った果実」にみられるような青春の光と影が色濃い。

今年の夏が来る。

たくさんのドラマが、海に山に、うまれる のだろうか?

かけがえのないドラマは、きっと人生に、その時の一回性を有しているのだろう。

それは、いくつであっても ある日 訪れる(ことがある)。

そんなことを思いながら、濃霧にたちこめた早朝の湘南海岸をドライブした。

既に海開きした浜辺に、海の家が、霧の中に静かに眠っていた・・・。

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2008年7月 1日 (火)

キムタク 月9 CHANGE 第8話

久しぶりにTVを、リアルタイムでみた。

最近はHDレコーダーで録って通勤途上にPSPでみる。

CHANGEには、思わず涙ぐんだりしてしまう。

それは、キムタクの「イノセンス」にグッとくる台詞があるからだ。

政治の世界のどろどろを、日本人は嫌気してる。

そう思う。

いつの間にか、志(こころざし)の小さい政治家が増えてきた。

自らの去就にかまける姿は、傍でみていて「カッコよくない」。

政治家は、セクシーであってほしい。

権力の媚薬をまきちらしてほしい。

低空飛行してる日本の政治状況の反世界としてのドラマが「CHANGE」の世界。

マスコミ報道も、キムタクをくさす報道が心なしか多い。

足をひっぱりたいのだろうか?

特別なファンではないボクでも、彼の傑出した才能を感じるというのに。

日本人は、自国のタレント(才能)を伸ばすことが下手な国民なのだろうか?

もっと素直に、応援したい。

「イノセンス」でありたい。

人を貶めて溜飲をさげたりする側に、身を落としてはいけないとボクは思う。なぜなら、そうしてしまうと自分の魂(たましい)を汚してしまうから。そういうことを真剣に信じる。

第8話は、小休止といった処。

寺尾聡が、本来の寺尾の笑顔をみせてくれた処がよかったのに。この人は、本当の悪を演じるにはきっと善人すぎる。

キムタクは「イノセンス」であることを、無防備に示す。それは「あやうい」が、ドラマだから、窮地を脱する。

いつのまにか、首相の周りにチームが出来ている。

それは彼の「イノセンス」が結びつけたチームであって、ユートピアのように気持ちいい。

人は誰も、ユートピアをあきらめてはいけない。

ユートピアを目指すことこそが、あなたの「政治」であるはずだから・・・。

過去の記事⇒ 「第7話」

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2008年6月26日 (木)

キムタク 月9 CHANGE 第7話

いつのまにか、第7話。

自分が忙しさに追われているうちに、キムタク総理、大変な事態を迎えてた。

総理というポストをほしがる政治家は多いけれど、総理を全うできる政治家は極めて少ない。

自分で降りてしまう政治家も、また以外と多い。

最も危険な職業のひとつ、だろう。

JFKが執務室でみせる写真の数々は、苦悩と孤独の姿であった。

もともと、リーダーシップを発揮する人は、「危険な生き方をしている」ということを、ある本から学んだ。そうなのだ、大勢に迎合して生きる方が、楽チンである。

総理のキムタクを囲む空間が、広く演出されている。

宮殿に、ひとり住むということは、本当に孤独なことだろう。

そんなキムタクに危機が訪れた。

深津絵里が、総理秘書官を辞める、そう意思表示した。

・・・

第7話の最大のみどころは、首相官邸の屋上で、キムタクが深津にこう語るシーンである。

ー「ぼくの そばに いてほしい」。

・・・

深津の心が、鷲づかみにされたのがわかる。

孤独な心こそ、初めて人を必要とする意味を知る。

そして人は、ここぞという本番で、欲しいものは欲しいーそういうべき時がある。

それを、キムタクは、静かに果たした。

総理であろうと、新社会人であろうと、孤独な戦いは、今日も続いてる・・・。

第7話の最後は、失踪した総理・キムタクよどこに? で終った。

それを追いかけるのは、深津の役割になるだろう。

ボクの想像では、長野の小学校の校庭で、夜空の星をみているのではないだろうか?

そう想像する。

彼のトポス(こころの故郷)は、星のふる里。

星空の下で、キムタクと深津が再会するシーンを、ボクは見てみたい。

イノセンスを貫き通すことは、現代では稀有な事業である。

過去の記事 ⇒ 「第3話」

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2008年6月24日 (火)

素敵な宇宙船地球号 

「大河アマゾンの奇跡 ピンクイルカを呼ぶ少女」をみた。友人がディレクターを務めていて、アマゾンに分け入って撮った番組である。

昔、「チコと鮫」という海洋ファンタジー映画をみて、子供心に深い印象を持った。

その影響もあったと思う、大人になって、スキューバ・ダイバーのライセンスをとって、沖縄やハワイの海を潜るようになった。

このアマゾンのネグロ川は、「黒い」。ネグロ、確かに黒い。

そこに数万頭のピンクイルカが生息してる。

しかし、アマゾンにすら、文明の侵食が進んでる。

ダムが建設されるという。建設されるとピンクイルカの交尾のエリアが失われるという・・・。

十七歳の少女が、幼い頃からイルカと共に育った。

岸辺で水面を叩くと、ピンクイルカが集まってくる。そして水の中で戯れる。

しかし、一番心を痛めているのは、その少女に違いない。

映像の力によるものだろう、その少女は実年齢よりも大人にみえた。

夢や希望に満ちていいその年齢に、「現実」が影を落としていると思えた。

このブログではふれたくない事実も描かれていた。人間がお金で魂を簡単に売ることも知った。

この地球号に乗り合わせた私たちに、地球の反対側には、ピンクイルカの未来を案じてる少女がいることを、テレ(遠隔の)ビジョン(画像)が、伝える。

「素敵な宇宙船地球号」という言葉が、アイロニーにならないことを願うばかりである。

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2008年5月29日 (木)

キムタク 月9 CHANGE 第3話

いよいよキムタクは、第3話で、総理になった。こんなに早いペースで総理大臣になってしまったら、これから月9の展開はどうなるのだろう?

キムタク演じる朝倉啓太の総裁選立候補・街頭演説は、とても胸を打つ。

「私は約束します」

この言葉がリフレインとなって、聴衆の心を掴んでいく。

もちろん、TVをみるボク自身の心も。

キング牧師の「I have a dream」のリフレインを思い出した。

理想主義と笑わば、笑え。

しかし、ドラマによって、今の日本の政治的現実が照らし出される面白さが、このドラマでは成功してる。

キムタクは、最高権力を手中におさめながら、「権力」の媚薬の味をまだ知らない。

そのまま、イノセンスを貫き続けることが、できるか?

もちろん、キムタクならば出来る、と思いたい。が、世の中のほぼ全ての人は、「権力」という媚薬によって蝕まれていく。

例えば、夜空に輝く星を探しにいくよりも、目の前に蠢く利権を追い求めるようになる。

だから、星を見に行く・・・そのことが、大切な意味をもつ。

次週の展開が、また楽しみだ。

過去記事 ⇒ <キムタク 月9 CHANGE 第2話>

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2008年5月21日 (水)

キムタク 月9 CHANGE 第2話

「ごくせん」の視聴率を抜けなくても、いい。

ひょっとすると、現政権の支持率は抜いてるかもしれないから。

なかなか面白い。

政治の世界、国会議員の日常が情報としてドラマに織り込まれてて、面白い。

子供が面白がるかどうか、わからないけど、今まで知りえなかったこと、現実の政治の世界で記憶に新しいことなどがトレースされていて、面白い。

もちろん、キムタクのキャラが魅力あっての面白さである。

キムタクがビクセンの天体望遠鏡を大事にしているとこなど、やはりイノセンスな部分に、惹かれる。大人でもイノセンスがさまになる人が稀にいるが、キムタクはその一人である。

加藤ローサもまたイノセンスで、いい。

秘書役・深津絵里は、少しカリカリし過ぎ。せっかくの彼女の女性としての魅力が損なわれてる気がする。惜しい。

ネタバレしたくないので、ストーリーにはふれませんが、第二話ではたいへんな事になった。

プロットの進展は早い。

一方の「ごくせん」は、安定した作劇である。

水戸黄門のご印籠のように、大団円では仲間さんが立ち回る。

日本人のツボを押しまくる。

CHANGEはといえば、どうなるか読めない処が魅力。

オバマ氏のスローガン「CHANGE」を、タイトルに頂いたようだが、本場アメリカでも、いまだ筋書は読めない。予断は許されない。

キムタクが総理大臣になったら・・・。

ニッポンは変わる・・・そんな気がする。

結局、イノセンスと対極にある原理で、今の政治は動いてる。

心を打つような人間は、もはや政治家にはならない時代なのか。

過去記事 ⇒ <キムタク 月9 CHANGE>

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2008年5月14日 (水)

キムタク 月9 CHANGE

キムタクはやっぱりすごい・・・次男坊がつぶやいた。

高校の生徒会に立候補することにした次男坊には、キムタクの選挙演説はいろいろな示唆を与えたかもしれない。

味のある脇役も従えて、しかしキムタクが光る。

どのドラマも、役柄というよりキムタクになる。それはキムタクの中に稀有なシャイニングがあるからだろう。

フランク・キャプラ監督の「スミス都へ行く」のジェイムズ・スチュアートを思い浮べた。彼もまたどんな役を演じても、スチュアートだった。「スミス・・・」ではアメリカ議会の議員になったスチュアートが女秘書に、故郷の自然の素晴らしさを語る。その時のカットバックは、一人の女性が恋に落ちる瞬間を見事に描いた。

このCHANGEは、イノセンスについてのドラマではないか?

キムタクはドラマの最初で、小学校の黒板に、「夢」と書く。

星をみることの好きな、キムタク。

中古のプリウスをエコではなく燃費がいいから乗り回す、キムタク。

そして、選挙運動中もスーツにスニーカーのキムタク。

ニューバランスのスニーカー。

今後のドラマの展開が、楽しみだ。

月9だから、恋を巡るサブ・ストーリーが派生するはず。

ボクは、ある仮説を立てた。

その仮説は、大人の男のイノセンスを描いたフランク・キャプラの「スミス都へ行く」に基くもので、CHANGEでは星空の下で描かれる・・・、と勝手に予想する。

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2008年4月28日 (月)

さらば夏の光

ボードレールの「秋の歌」の一節から、この吉田喜重監督の映画の題名は引用されただろうか?

1960年代最後のATG(アートシアターギルド)で劇場公開された実験的な劇映画だから、今ではこの映画を知らない人がほとんどではないか?

自宅に吉田監督のDVDパッケージがあり、時々、みたくなる美しい作品だ。

日本航空が協力してる。

ヨーロッパの諸都市を背景に、ヒロイン岡田茉莉子が愛に彷徨うメロドラマ的装いを持った風光明媚な観念劇。

しかし、ここに流れる旅情や叙情、愛の行方などは、既に今のニッポンが失ってしまったもののように思える。

なぜか懐かしく、そして胸の奥がうずくように思えるのは、現代音楽家・一柳慧(いちやなぎ・とし)氏のメロディにも依る。

あの時代は、真面目に恋愛したよなあ・・・そんな感想を持った。

あの時代には子供だったボクは、そう思う。

今の時代は、恋愛が「欲望」とうまくミックス・カルチャーした。

恋愛は「商品」となってしまった。恐るべし、資本主義。

そんなことを思いながら、この映画を見終わった。

フランスの文化状況を案内するメール・マガジンは次のような記事を送ってきた。

「間もなく5月が始まります。フランスでは、良いお天気が続くからか
En mai fait ce qu'il te plait5月には、お好きな事をしなさい
ということわざがあります。
40年前の1968年5月革命の時に、このことわざはスローガンになりました。」

(引用終り)

・・・1968年 五月革命。

吉田監督の「さらば夏の光」の最後のテロップは「1968年、夏」で終わった。

今に繋がる時代が始まった基点は、1968年だったかもしれない。

何かが破壊され、それに代わる何かが、建設されたであろうか?

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2008年4月13日 (日)

キングダム ~見えざる敵

サウジアラビアでテロがあり、FBIが乗りこむ。テロリストを殺すまで大勢の人が死ぬ。少しやりきれない感が漂い、主役のジェイミー・フォックスの表情の憂鬱さが印象的。

0903_結局、血で血を洗う争いでは何も解決しないということを、映画の最後で暗示する。

それにしても、映画はこのような政治テーマをも、娯楽に加工し商品として提供し得る。

そのことに、あらためて、社会と映画の関係性を再認識する。

この映画をみて知ったことは、次の事である。

①テロはどのように行われるか?

②自爆テロはどのように行われるか?

③テロの真犯人をどのように割り出していけるか?

④アメリカとイスラムの利害関係と文化的衝突。

目には目を、の繰返しが続く。

映画の快楽としてウェルメイドな映画だが、心をうたれる映画ではない。

「ブラックホーク ダウン」「ボーン アルティメイタム」のLOOKを想起させる。こういう映画は、政治社会の教材として使えると思う。

現実を映像で呈示する処に、文字からでは知りえない「現実感」に近い感覚が養われる。

それにしても、こういうものまで資本主義経済下でビッグビジネスにしてしまう処に、アメリカの現実があるのもまた事実だ。

世界中に暴力を制圧するための保安官を派遣し、暴力で暴力を制圧しようとする。

それは有効でない・・・そのことに、アメリカが気づき始めた地点に、この映画は立っている。

そこが虚しい。演じてる皆も少し虚しいはず。

とうの昔に悟れることでは、なかったか?

原題「THE KINGDOM」。「ヒート」「コラテラル」のマイケル・マン製作。

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2008年3月20日 (木)

アンソニー・ミンゲラの死を悼んで

昨日、イギリスの映画監督・アンソニー・ミンゲラ氏の訃報に接した。享年54歳。あまりにも若すぎる死。

彼の「イングリッシュ・ペイシェント」「コールド・マウンティン」「こわれゆく世界の中で」を観てきて、これから先、彼の描く新たな愛の世界を見ることができないことが悲しい。

今夜、彼の死を悼み、「コールド・マウンテン」を再見した。

彼は愛の世界を描く作家。

人が人を愛することを見つめ続けた作家だった。

二コール・キッドマンとジュード・ロウの会話にある一言、

tiny diamond.

ごく小さなダイアモンド

それが愛。

その輝き、光こそが、人生を照らし出す。アンソニー・ミンゲラはそれを信じ描き続けた。

決して甘いラブ・ストーリーではない。むしろ歴史と過酷な運命に翻弄され、命を賭けた男と女の物語。それらが、映画という形になって、彼の死後、世界に残された。

tiny diamond.

それは、アンソニー・ミンゲラの残した映画。

昨晩の新聞には、小さな死亡記事が載っていた。小さいんだなあ・・・。

アンソニー・ミンゲラを世界は失った。

けれど、彼が磨いたtiny diamondは、こらからも世界を照らし続けることだろう。

それは人間に捧げる希望の光。

あなたの映画は、世界で最も美しいもののひとつです。

ご冥福をお祈り申し上げます。

過去記事⇒ 「こわれゆく世界の中で」

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2008年3月17日 (月)

ボーン・アルティメイタム

話題の映画を観た。

ほとんど手持ちキャメラで撮影された映像が、モザイクのように短いカットのモンタージュで編集され構成されてる。

このLOOKは成功してるが、せわしない。これからこの手の亜流のアクション・ムービーが増えるのかなあ・・・。

映画を商品として考えた場合、これにて充分な商品である。

けれど、創作としては、少しは緩急、メリハリをつけてほしいところだ。

ロールプレイイングゲームと映画は違うはず。

テクニックが全てに優先すると、こういう映画にならないか。

ボーンは全知全能の神のようにストーリーの先を読む。

この映画は傑作の香りがするけれど、それを絵空事にしてしまう危うい均衡の上に立っている。

この映画の全カット数は、果たして普通の映画の何倍あるだろう?

モザイクのような編集は、当然ノンリニア編集で。そのモザイクがエイゼンシュタインのモンタージュ理論とは違って、観客を退屈させないーその1点で成立しているようにみえる。

ボクの見方は、辛すぎるだろうか?

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2008年3月13日 (木)

太平洋ひとりぼっち

昔観た映画を最近観ると、いろいろ発見がある。二三日前にBSでみた「太平洋ひとりぼっち」も子供時代に観た映画だった。

故・市川崑監督のモダンなキャメラワーク。太平洋上で堀江青年(石原裕次郎)がイメージする都会の心象を望遠レンズで切取るカット等、東京オリンピックの記録映画でもみられたデザイン感覚が、今も古びてない。

これは1962年にヨットで単独太平洋横断を成しえた実在の堀江青年の物語。

堀江青年は、まさに「プロジェクトX」を成功させた人物。

今度見て興味深かったのは、小さなヨット「マーメード号」に搭載した備品の数々。ノートに手書きで箇条書きにしているのを、キャメラがなめていく。

堀江青年の脳裏でシュミレーションされ吟味された品々。

ことを企てるのは、結局 ひとりから。

そのひとりの企てが、時代を体現したということ。

幾多の困難・試練を乗り越え、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジに辿り着いた時に、感じる達成感は、高度成長時代を生きる日本人の象徴ともいえるだろう。

たんなる冒険譚、成功譚を超え、底抜けの明るさを感じさせるのは、裕次郎の魅力。

もしもいま、裕次郎さんが生きていたなら、このニッポンをどのように感じるだろうか?

ニッポンの戦後の青春ーそれを感じさせる映画だった。

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2008年3月12日 (水)

「ブレイブ ワン」の結末は話せない

ちゃんと今晩、観終わった。

(映画の結末を話すのはルール違反なので、ここではふれません。)しかし監督ニール・ジョーダン、やはり「クライング・ゲーム」の監督だけあって、二ひねりしてる。

奇妙な愛の物語だった。復讐の物語であるよりも、再生と出会いの物語。

ジョディ・フォスターのブルーの瞳に整った鼻筋、痩せてしなやかな肢体があってこそ成り立つフィクションかも知れない。

それにしても、「一線を越える」という言葉は文字通りよく出来てる。「一線を越え」たら、再び元の世界に戻ることはできないのだろう。

映画を通じて、ジョディの扮するラジオのパーソナリティが都市の音をマイクで収録してはナレーションをかぶせて番組をつくる、そのプロセスが描かれる。

現実を切り取っては、編集して、現実をある視点で捉えていこうとする試みは、この映画の構成のアナロジーかもしれない。

世界を捉える方法として、興味深い。

この映画でジョディが差出すマイクロフォンは、セクシュアルなメタファーとなっている。

おそらくニール・ジョーダンは、ある暗示を込めてそのシーンを撮影してるはず。

ジョディ・フォスターの腕の動きが印象的なシーンが、ふたりが出会うシーンとなる。

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2008年3月11日 (火)

ブレイブ ワン

原題:THE BRAVE ONE.ジョディ・フォスターのファンとして観なくてはいけない作品と思いつつも、劇場でみることをためらった。あまり彼女の苦悩する姿はみたくない。

その映画がDVDになってリリースされた。

半分まで観た。残りは今夜見る。だからこの記事は映画の感想ではない。憎悪や復讐について考えたことを記そうと思う。

誰もが“復讐”は社会的にいけないと知っている。憎悪の感情も理性的に対処“しなくてはならない”と知っている。しかし憎悪の感情を生じさせることはこの世界に尽きない。

問題は、“感情”をどうコントロールしていくか?

知性的なジョディ・フォスターだからこそ、憎悪と復讐という“感情”とそこから導き出される“行動”様式に興味が湧く。

20071025000ec00000viewrsz150x倫理的に許容するというレベルではなく、そういう”感情”に同情は覚える。

復讐劇には、復讐する相手が特定されてるのが定石だ。しかしこの映画の発端は少し違う。

生き延びる技術として、「危険が想定されるエリアに立ち入らない」こと。そのエリアは実際の空間、然り、心のエリアも然り。

憎悪をみつめれば、世界は憎悪に染まる。

例え、憎悪がうずまく世の中にあっても、自らのファイア・ウォール(防火壁)の中で、温かな豊かな人間的感情を大切に見つめることが、救済に繋がることになるかもしれない。

最初に銃を手にした処で、運命の選択肢を選んでいる。

もしも社会で傷ついてる人々のケアをする道を選択したなら・・・そう考えてみたりする。

誰もが無縁ではない世界。

日常的に理不尽なことが起こっている世の中。

レベルは様々だが、“感情”と“行動”との因果関係を、コントロールすべきことは多い。

ある意味では、“感情”を代謝させ、身体を感情の暴力から守ることが、自らを守る“行動”様式を選択する道となるかもしれない。

この映画の後半を、今夜みる。

そして、また考えたい。

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2008年2月21日 (木)

年間10万円トクする方法

ケチケチせずカンタンに1年最大10万円トクする方法を、みのさんのTV番組でやった。

①固定電話から→携帯電話にかける時、「0033」を頭に。

3分でSoftBank126円。一世帯あたり年間約212分かけてるから、8910円→3675円(5235円お得)。

②スーパー提携割引Card5%割引活用。

年間104万3260円(世帯平均支出)。 全て5%割引でいくと5万2163円お得。特定の日割引を選んで上手に使いまわす。カードを上手に利用した5%引割引では、OMC(毎月2,4日日曜 )、AEON(毎月20 30日) 年間40万円以上特典(ジャスコ お得意様だけのラウンジ)、SAISON(5日)。

③年利換算8.3%の百貨店積立て。

三越友の会 毎月一定額の金額を積立てる。月1万円で12ヶ月12万円+1万円ボーナス。合計13万円分の買い物が可能。(百貨店では年間15万5600円支出。)

④安い白熱灯(230円) から高い蛍光灯(980円)へ交換。

13ワットで60ワット形(寿命6倍消費電力1/4)の蛍光灯がポイント。白熱灯1万8133円vs.蛍光灯3929円。1万4000円お得。

新生銀行は手数料ゼロ。

時間外ATM引出手数料ー無料(通常105~210円)、ネット振込手数料:無料。毎月2回利用する(210円×2回 630円×2回)と年間2万160円オフ。

①から⑤まで、〆て年間10万1762円オフ。水道管ゲームのように少し配管をかえて同額の消費をすると年間10万円得すると云う。

世界には少し歪みがある。

知恵と情報力が、その「歪み」を見つける好例かも。

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2008年2月13日 (水)

市川崑監督、逝去

享年92歳。

公式記録映画「東京オリンピック」の総合監督を務められるなど、数々の名作、傑作を残された。

太平洋を単独ヨット横断した堀江青年を描いた「太平洋ひとりぼっち」が懐かしい。

スタイリッシュな映像美が際立っていた。

生涯現役の映画監督でした。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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2008年1月27日 (日)

べクシル 2007日本鎖国

「APPLESEED」の曽利文彦監督の“3Dライブアニメ”VEXILLE-「べクシル 2007日本鎖国」のDVDが1.25に発売された。

Vexille03_01 

アニメという以上に、キャラクターの表現力や質感が、うっとりする程艶かしい。

雪や水などの質感もまたドラマの世界観を形作ってる。アクションも素晴しい。

Special_photo02 

Story_photo02 男心をそそるというか、メカ好きの男の子なら大好きな世界。

その世界を形成するディテイルがしっかりと表現されている。

Staca_textbg まさに「神は細部に宿る」。

黒木メイサ、谷原章介、松雪泰子も声優として活躍。

ドラマは、ハイテク鎖国した70年後の日本を想像してる。

想像の隅々までをクリアにイメージする。人間の想像力というものは凄い。

ならばー。

翻って、3年後の自分のあるべき姿をその細部に渡りイメージすることなど、この映画に比べればやさしいことかもしれない。

VEXILLE のhp ⇒ 

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2008年1月22日 (火)

映画「ラスト、コーション」

ミラノ駅でみかけた映画のポスター「色 戒」。アン・リー監督のこの新作はヴェネツィア映画祭で監督賞と撮影賞のW受賞を果たした。

Wp1_800トニー・レオンが出てる。だから観てみたくなった。

男の色気を感じる俳優。

映画を観る前に、あまり予備知識は入れない。

予告編をみると、<激動の時代に禁断の愛>という感覚が伝わってくる。撮影の色彩は重い情念を伝える。そしてトニー・レオンの眼差し・・・。

大人の映画という感じ。

こういう映画を、今の日本映画は造れるだろうか?

TVのような映画が多くなってしまった気がする。

熱くって火傷するような映画を観たいというのに。

2/2に劇場公開。やけどしに、行ってみますか。 ⇒ hp

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2007年12月31日 (月)

映画「冷静と情熱のあいだ」を見返して

久しぶりに見返した。飛ばし見をせずにしっかり最後までみた。

竹野内豊、ケリー・チャン、ユースケ・サンタマリア、椎名桔平がそれぞれいい。篠原涼子は可哀そうな役。

12300712take原作者・辻仁成の名は主役「順正」(じゅんせい)というネームに隠されてるかも。

この映画を観ると、出張でいったフィレンツェの思い出が甦る。街に恋した。ルネサンス発祥の地。その眺望に心奪われた。

フィレンツェとミラノと東京ーこの三都と絵画修復士(Restorer)。修復するのは絵画だけではない。十年愛の行方もまた。

ケリー・チャンの透明感が、この物語の虚構のリアリティを成立させてる。いつも冷静である君が列車の中でみせる涙が、いい。

フィレンツェを再訪するための予習と復習を、この映画で行える。

過去記事 ⇒ 

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2007年12月29日 (土)

ラストラブ 田村正和さんと伊東美咲さん

きっとたくさんツッコまれる映画。映画はいくらでもケチをつけれる芸術だから、ケチをつけて満足する人よ、そうしなさいな。

けど、ケチつける坊や。君はモテないぜ・・・。

ボクは結構、気に入った。

断固、支持しましょう。

田村正和が本気な処。観てて清々しい。

台詞が聴き取れない点はあるにせよ、いいではないか、本気度に意気に感じよう。

20070418002fl00002viewrsz150x命短し、恋せよ男。

田村さんが若者を恫喝するシーンは、今時の日本人では出色の出来。

070616_lastlove_sub2伊東美咲さん。

・・・好きです。

澄んだ美人。彼女の佇まい。

恋愛は幻想。それを知るならば、こういう映画を許容しましょう。

ケーキのような映画があっても、いいでしょ?

何故ならば、「恋」はファンタジーなのだから。

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2007年12月17日 (月)

再び映画「こわれゆく世界の中で」

何ヶ月か前に観たジュード・ロウの映画をもう一度観たくなってDVDをまた借りた。

アンダーワールドの音楽を普段ipodで聴いていて、自然とTOKYOの風景と、この映画の背景のロンドンを重ねてみてしまう。

ジュード・ロウは、都市再開発の建築家。日本のトレンディ・ドラマと違って、現在のロンドンの鼓動が伝わってくる。

この映画に登場する人物たちは、大人も子供も「ゆらいで」いる。その時代感覚が、今生きている自分にも通じる“ゆらぎ”に近い。

映画らしい事件やドラマはあまりなく、小さな事件、穏やかな展開で、ある希望を残す形でこの映画は終る。

誰にでもお勧めする映画ではない。なぜなら、「面白いよ」と云えるかどうか、微妙だから。

ボクが面白いのは、きっとジュード・ロウの演じる男とは、いい友人になれるだろう、と思うこと。

彼と自分を結びつけるのも奇妙だが、澄んだジュード・ロウの姿に今を生きる希望を共有できるからだろう。

過去記事⇒ 

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2007年12月12日 (水)

世界の長寿監督

週刊スパのTopics欄に、新作を撮り続ける世界の長寿監督の話が載ってた。(そこから情報をピックアップします。)

マノエル・ド・オリヴェイラ。1908年12月11日生まれ。まもなく99歳。白寿。ポルトガルの映画監督にして現役。来年公開予定の映画を今撮ってるらしい。

12月15日から公開の『夜顔』。ルイス・ブニュエル『昼顔』の後日談。フランス語の昼顔「Belle de Jour」(昼美しい、の意)をオリヴェイラがもじって原題「Belle Toujours」(常に美しい)。洒落た爺さんだ。

新藤兼人監督。95歳。現在『石内尋常小学校 花は散れども』を製作中。

市川昆監督。92歳。昨年の『犬神家の一族』に続き今年オムニバス映画『ユメ十夜』の一編を監督。

エリック・ロメール監督。87歳。フランスの監督、『緑の光線』、みましたよ~。若い女性の孤独な夏休みを忘れられない貧乏くささで描いた。何故か記憶に刻まれてます。

シドニー・ルメット監督。83歳

ケン・ラッセル監督。80歳。健在ですか!英国の怪童。

ジャック・リヴェット監督。79歳

これでは尊敬する70歳台イーストウッドが「まだまだ若輩者で・・・」とアカデミー賞授賞式で語るのが頷ける。

生涯現役。

映画を造ることが、そのまま生きることになってるのだろう。

確かに、生きることが現役。

生きることから退役したら、人は人生を全うする。

彼ら老監督達は「もう年だから・・・」とつぶやくのだろうか?

映画『夜顔』の情報はこちらです。 ⇒ 

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2007年12月 2日 (日)

「椿三十郎」(黒澤明)を見返して

織田裕二の「椿三十郎」を心の中で想像してみるものの、三船敏郎のイメージが強力すぎる。映画の評判が気になる。何故「椿」か?よく理解できていない。この機会に、黒澤明の「椿三十郎」(1962)を見返した。

黒澤明の頂点はなんといっても『七人の侍』(1954)。「椿」の翌年には「天国と地獄」(1963)が控えてる。『七人の侍』と他の作品を比較すべきではないし、「椿」も他の監督が一生かけても辿りつけない骨太の娯楽活劇である。いやむしろ現在量産され続ける時代活劇の原型を作ったとさえいえる。

「椿」は三船敏郎の映画だ。

彼の父性の映画で黒澤の父性もまた「椿」に投影されてる。ドスドス人を切るシーン、人を食った強い三船の余裕。そしてある種の疎外感。若者と三船(椿)は永遠の断絶のままドラマは終わる。

「鞘にはいってない刀」の喩え。これは東宝を離れ黒澤プロで映画を造る黒澤明にも当てはまる喩えだ。最後の決闘シーンも当時の観客の度肝を抜いたろう。大ヒットを飛ばし続ける裏には、恐ろしく深い闇が広がってる。

それを黒澤は知ってたに違いない。

「天国と地獄」の権藤(三船)に語らせるクラフツマン・シップは、そのまま黒澤の映画造りにあてはまる。

仕事命な黒澤明に、誰が勝てるというのだろう?

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2007年11月30日 (金)

「初恋」 ドミニク・サンダ・・・

1971年のこの映画を、ボクは当時劇場でみた。今から三十数年前の印象的な映画に再会できた喜びを味わった。

Photoドミニク・サンダ。

青春時代のミューズ。「暗殺の森」「悲しみの青春」「1900年」・・・今よりもヨーロッパは日本に近かった。

ツルゲーネフの名作を西独の名優マクシミリアン・シェルが初監督・映像化。仕合せなことにDVDでみることができる時代になった。

結局、本物は時を越える。

恋の本質。

恋はまず「見ること」から。

「見つめないで」という台詞は、「お見通しよ」という意味だろうか。

◎もうおひとつの映画のblogで ⇒ 

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2007年11月27日 (火)

TVドラマ「点と線」の魅力とは

早朝の電車に揺られながらPSPで「点と線」を見終えた。TV画面の電車内のシーンと現実の座席の揺れとが共鳴するような感じがした。

Sokanzuビートたけしの演じる刑事の心情が胸を打った。

戦争で生き残り、体内にグラマンの機銃弾の破片をそのままにしてる。それは戦地で生きたいと願い無念に死んでいった戦友たちへの思いがそうさせている。市井の悪を暴く先に、政界や財界の巨悪がのうのうと生き延びることへの怒りが潜んでる。

それは戦後間もない頃の時代の話だろうか。いや現代も何も変わらぬ構造だと、制作者たちは暗示してるかのようだ。

松本清張の「ゼロの焦点」「張り込み」「砂の器」などの映画をみてきて、その底流に流れる人間の哀しみと庶民への温かな視点、そして巨悪の暴き方などが、このTVドラマをみてて蘇ってきた。昭和という失われた時代への郷愁も感じることができた。

映画における刑事の存在は、組織と相克する宿命を負っていることが多い。組織との葛藤は、そのまま私たちの職業生活に共通する課題を照らし出す。だから感情移入をし、心打たれたり、応援したりする。権力の側にいながら、その権力構造の中で矛盾にさらされ苦しむ姿に共感を覚える。

そんな刑事像に、ビートたけしは新たな人物像を造型した。

もう一度、見直したい。

出演した役者陣は誰もが見事な演技を披露した。本当にいい仕事をしたのだなあと思った。

●「点と線」のHP ⇒ 

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2007年11月25日 (日)

TV朝日「点と線」

TV朝日の意地をみた。

「踊る・・・」の柳葉を敵役に起用した。そこにリベンジの匂いがした。

ビートたけしの面魂がいい。

開局五十周年の半世紀は、戦後60年にかぶる。

日本をここまで発展させた底力。それをグラマンの機銃掃射で弾の破片が体内でうずくビートたけし(刑事)は体現してる。

自分の仕事の使命に殉じる。おそろしく懸命で勤勉なその姿。組織を敵に回しても職務に忠実であろうとした父の時代がこの日本の繁栄の基盤を造った。

久しぶりに骨太の面白いTVドラマだった。

こんな日本人の生きた時代があった。

もうひとつのblogにも・・・

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2007年11月22日 (木)

もしも世界が100人の村ならば

とても心に残るフラッシュ・ムービーでした。お昼休みのDesk TopのPCで見ました。

有名な本の内容を約6分半のフラッシュ・ムービーに仕上げたものです。

映像には、こういう可能性があると再認識しました。

子供にも見せたい内容です。

その前に、大人のあなたにみてほしいので・・・ ⇒ 

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2007年11月19日 (月)

映画「あるスキャンダルの覚え書き」

ケイト・ブランシェットの表情をみてるだけで楽しめる。恋に溺れる女の陰影が見事に描かれてる。恋と愛は別物、ということも描かれる。

Wp800_1「天衣無縫」という言葉。十五歳の教え子と深みに嵌って、観客の支持を得るには、頷ける何かが必要だ。

Wp800_3こういう映画をみていると、日本映画の恋も愛も、最近の監督は経験不足かなと意地悪になる。

この映画は、世界の片隅で愛をささやいている。

その愛が欲望にまみれてようと、ケイト・ブランシェットなら許される。

◎続きはこちらにも ⇒ 

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2007年10月31日 (水)

AmebaVisionにも動画をUPした

昨日YoutubeにUPした動画を、AmebaVisionにもUPした。こちらも予想以上に簡単にUPできる。

画質は、AmebaVisionの方がきれいに感じられる。

こちらがその動画⇒ AmebaVision§

動画がこうしてみれる環境となってまだ日が浅い。しかし今までは不可能なことが可能になった。

例えば、アップルではイギリスの18歳の青年がYoutubeに上げた自作のアップルのCMを採用し、LAまでこの青年を招待し製作資金を提供してTVCMを造らせたという。

そんな時代に、生きている。

その記事をこちらに⇒ 

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2007年10月30日 (火)

初めてのYoutube アップロード

今日、Youtubeで初めての動画アップロードを“体験”した。

こちらをぷちっ ⇒Youtube♪

Youtube01Youtube03アップロードしてから反映されるまで、30分位かかった。その間、ドキドキした。思いの外簡単で驚いた。

頭ではわかってることが、実体験すると別の深みでわかる。

やはり今、革命期なんだ。それがよく判った。

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2007年10月28日 (日)

亀田家のことでマスコミは

お世話になってる。週刊誌で亀田家の真相(深層)記事を読むと面白いことが見えてきた。

放送局の問題、テリー(テリブル)伊藤の「手の平」返しの話などと、枚挙にいとまがない。

結局は市井の一家を、メディア・ビジネスとJBCが図に乗らせた話。同情する余地もないのは巨万のお金が動いてる事だから。欲得の影でモラルは地に落ちた。

人の愚かさを、今回の事態で思う。息子を持つ身であれば、亀田家の父子の関係に答えは出てる。

答えは、自らが贖う。メディアもまたその信を問われる。報道や公器の名が廃る。

当面、その局のTVを見ないことが、この問題の決着の付け方かもそれない。

兎と亀の逸話も、これではうかばれまい。

もうTVで「亀」のお話はたくさんと、きっと誰もが思ってる。

そしてまた、ほとぼりが醒めた頃、放送局さん、一儲けたくらまないでね。

日本がダメになるから。

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2007年10月20日 (土)

「働きマン」がみる「働きマン」

オフィスには何人もの「働きマン」がいる。女性の営業とクライアント先に向かう移動中、「働きマン」の話になった。

「働きマン」も「働きマン」をみてた。

その「働きマン」は会社の三十代の先輩のようにはなりたくないと云う。結婚はして、そして「働きマン」でありたいと云う。

丁度、「結婚」が「働きマン」の第二話のモチーフだった。

ドラマの最後で「なぜ辞めちゃうの?」という問いに、「仕事よりも守りたいものをみつけたから」と釈由美子。「フリージアの香りのする 彼女もまた「働きマン」・・・」と菅野美穂は呟く。

結婚は自分らしく生きるための選択肢の一つだ・・・・・・と思う。

そんなテロップがでて第二話は終わった。

「選択肢の一つねえ・・・」。

そんなに冷静に、結婚を舐めたらいかんぜよ。

結婚は自分らしく生きるための台風の目だから。

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さようならー「ハタチの恋人」

録画したTVの新番組をPSPでみるとTVで気づかないことに気づいたりする。昨日通勤の電車内で「ハタチの恋人」を見終わった。

最初のさんまさんの長台詞(ながぜりふ)-恋物語を部下に話すくだりで倍速にした。ユーミンのステージや歴史の名場面が織り込まれ贅沢なシーンなのに、部下が少しずつ帰ってく心理と同じで、面白くない。結局、身の上話の独演会では魅力がない。

新番組で最初にこういう感想をもつと、後は厳しい眼でみることになる。所々CMスキップしながら、また倍速で見たりした。

結局、明石家さんまさんは、あまりにキャラが知れてる。どうみても長澤まさみさんとの恋のドラマが成立すると思えない。格好いいおじさんにもみえない。中年のいやらしさは演技なのか。「エロおやじ」と台詞にでたりする。エロおやじねぇ~。

そんなことを考えながら、「巻き戻し」と「早回し」を駆使して見終わった。

むしろ、共演の市村正親の方が、中高年の謎や翳があった。

恋やドラマに向いてるのは、むしろ市村正親の方なのに・・・。

「働きマン」が今の時代に繋がるドラマとすれば、この「ハタチの恋人」は脚本も演出も安全圏を航行する昔のTVドラマに近い。

毎週誰がこのドラマを楽しみに待つのだろう?

PSPから消去の操作をした。

ビデオを削除します。本当によろしいですか?

はい  いいえ

迷わず、「はい」を押して削除した。一瞬で、「削除は完了しました」のテロップがでる。

さようなら「ハタチの恋人」さん。

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2007年10月15日 (月)

映画「ディア・ハンター」を観てなくても

あのテーマ曲の弦の主旋律はどこかで耳にしたことがあるはず。1978年のオスカー作品賞を受賞したこの映画を、確か今は亡き「テアトル東京」の大スクリーンでみた。

ロシアン・ルーレットのシーンの強烈さと拮抗する位、鹿狩りの崇高な山のシーンを記憶してる。この映画にはどこか宗教的な願いが込められてる。

映画を、しかも古い映画をみたくなる時がある。

いつでも新しいものを追いかけなくっていいさ。古いものを見直すことによって、自分の中で成長したモノ、成熟したモノなどを確認できたりする。

黒川紀章氏逝去の日に、なぜかこの映画を再見した。それは僕には偶然ではない。この映画の主旋律には鎮魂の響きがある。

平和な時代にも激烈な戦いがあることを、僕等は知ってる。その戦いで「生きるか」「死ぬか」「傷つくか」の三択を迫られる局面がある。

意志ではなく偶然に支配されることが、本当の恐怖であることをロシアン・ルーレットは示している。

歴史をみれば、国家や政治は、時としてこのロシアン・ルーレットを行う銃とテーブルと弾丸とを用意し、生死を分かつ人、そして金儲けに狂奔する環境をつくることがある。

週刊プレイボーイには「人間はウソをつくが、兵器はウソをつかない」と語る防衛大臣の特集記事が載った。そんな日本に今の僕等は生きてる。

◎映画のblogにも「ディア・ハンター」を書きました ⇒ 

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2007年10月14日 (日)

「働きマン」は身の回りにも

いるなあ・・・と思いつつ、録画した新番組をやっとみた。菅野美穂がいいのは「女」を消した雰囲気が「働きマン」っぽいから。

我がオフィスにいる何人もの「働きマン」たち。彼女らは何であんなに仕事にのめり込んでいるのか?何か欠落したものを埋め合わせようとしてるようにもみえる。同世代の男性と競ってるのかな?

こちらも「働きマン」だから、あまり真剣に考えない。けれど、TVを観てて共感を覚えるのは、「働く」ことの意味や意義を考えてしまうから。

「働く」ことに価値を与えることに違いはないけれど、エゴのために働く人がとても多い。

世の中のために、とか、人のために働いてる人は逆に少ない気がする。

結局、「働きマン」の真価が問われる時は、働くことの意味を自ら示せる時なのかも知れない。

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2007年10月 7日 (日)

秋葉のタリーズで

企画書の原稿に手を入れてる。場所を変えると新たな視点で原稿を見直せる。

1007074愛用のチャリBD-1を今日は持ってきた。なので都会を漂流中。広尾から六本木、溜池、日比谷公園、そして秋葉と秋晴れの青空の下を漂流した。

昨日の苦しい思考が徐々に整理されていく。落書きだったデッサンに同じKey Wordが繰返し出てくるのに気づいた。

1007075人は論理的に考えるだろうか?

ボクはほぼ直感的に考える。その考えの中に論理を見出していく。

発酵から熟成へ。

今夜、何とか原型が出来上がりそうだ。少し、みえてきた・・・。

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2007年10月 6日 (土)

ザ・シューター 極大射程

最新作のDVDのラックがほぼ全て貸出し中になってた。それ位人気のアクション・サスペンス。二度借りてその度に堪能した。

主人公のスワガー(マーク・ウォールバーグ)が魅力的だ。「ディパーテッド」では怒ってばかりでアカデミー賞にノミネートされたウォールバーグがここでは見事に主役を張っている。引き締まったスナイパーを演じる。禁欲的な処がいい。

327455_02_01_02 スナイパー(狙撃手)の専門的な技量、修練はひとつのメタファーである。孤独な職業に従事する者を表している。

その彼は、組織にも国家にも裏切られる。

しかし国家に忠誠を誓ってる彼は最後には悪を射止める・・・。

そういう筋書に引き込まれるのは、多くの人々が会社や学校や組織の中で疎外されたり逆境に立たされた経験を、大なり小なり経験してるからだろう。

組織に適応し、あぐらをかいてヌクヌクしてる奴らが最後にやっつけられる処に大衆の共同幻想を満たすカタルシスがある。

ボクも、クライアントのハートを射止めるスワガーになろうと思った。

スワガーは1.6km先の極大射程で射止める。ボクは僅かに2m先だ。

テーブル越しに、標的は座る。

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2007年9月25日 (火)

「生きる」を観て

録画しておいたTV特番「生きる」を観た。お墓参りをした日に観たのは、偶然ではない。松本幸四郎の熱演と、脚色・市川森一の批評性を感じた。演出もケレン味のない手堅いものだった。

黒澤明が「生きる」に込めた思いを今、思う。黒澤明は彼の監督作品に彼の人生の全てを注ぎ込んだ。辛酸を舐めもした。彼の映画は残った。今でも世界中の映画人に敬愛され、学ばれている。その事実が映画「生きる」のプロットに重なってみえる。主人公が公園を造ろうとする「生きがい」は、そのまま黒澤が「映画」を造ろうとする思いに通じる。

人は「何を語ったか」で計られはしない。何をしようとしたか?何をなしたか?-その行動(アクション)で計られる。何のために。誰のために。何を為そうと試みたか?何を為したか?

それが神話になる。神話は大衆の胸の内に生きるドラマである。

TVの「生きる」ではユースケ・サンタマリアが、その遺志を継ぐ役割のようだった。

たった一人でもいい。志を継ぐものをこの世界に残せたら、それは幸せだ。人知れず微笑まん・・・そんな美意識を黒澤の時代、日本人は美徳としていた。

そう、誰に語らずとも、「生きる」の彼は、町に子らが遊ぶ公園を残したのだから、自らに「よく生きたね」と労ったに違いない・・・。

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2007年9月24日 (月)

「こわれゆく世界の中で」をDVDで

アンソニー・ミンゲラの映画は是非観たかった。彼の「イングリッシュ・ペイシェント」と「コールド・マウンティン」は心に刻まれている。

原題「Breaking and Entering」。ロンドンの都市開発のクラッシュ&ビルドを背景に新しい人間の関係の始まりが描かれる。

070105_kowareyuku_sekai_subジュード・ロウがいい。本当に美しい。おそらく等身大に近いジュード・ロウが建築家の役を演じてる。

それにしても、何故アンソニー・ミンゲラはKissシーンの演出が上手いのか?アメリカ人には描けない。もちろん日本人にも。イタリア人を両親に持ち、ロンドンに住んでるからか?

この映画もアメリカでは生れようのない映画。ロンドンの背景とヨーロッパの風土があってこそ成り立つ設定である。

大人の映画で誰にでも楽しめるとは云えないけれど、ボクはジュード・ロウの心の軌跡を楽しんだ。音楽のアンダーワールドとガブリエル・ヤレドが静かで美しい旋律を聴かせてくれる。

この映画の影響でMacBook Proを買うかもしれない。誰にもジュード・ロウにはなれない。けれど、共通する何かを同時代に分かち合いたい。

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2007年9月20日 (木)

PSP2000 本日発売!

本日(9/20)、PSP2000が発売された。セラミック・ホワイトは予約で一杯なのでアイス・シルバーを予約。今日、実機を手に入れた。行列ができるかと思えば、巷は静かな9/20・・・でした。

軽い!従来モデルの2/3。薄い!従来モデルの4/5。PSP、君もダイエットですかい?そうですかい。ボクと同じです。

PSPは動画像のヴューワーとして優秀。仕事で重宝してる。

今回のPSP2000では、専用ケーブルでTVと接続すれば、即TVで再生できる。一度もPSPでゲームをやったことのないボクはこの機能だけで、2台めを即購入した。ワンセグもできる。

(結局、オタク?)

そうかも。けれどPSPに込められたポテンシャルは正直凄い。

静かに9/20が終わろうとしてる。けれど、PSPの凄さを知る者には今日は特別な日であることを、ここに記しておきたい。

明日は、アイス・シルバーのPSP2000を、見せびらかそう。

これじゃ、子供と大差ないか・・・。

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2007年9月16日 (日)

映画「パリ、テキサス」の乾いた風

ライ・クーダーのスティール・ギターの響きは、少し平家琵琶の音色に通じる。耳に残るサウンド・トラックだった。乾いた風が吹く。

Cpvd1127愛を見つめるために放浪する。愛しすぎた者の悲劇。そんな逆説で映画は愛を語る。これはやはり80年代を代表する映画のひとつに違いない。

ヴェンダースは、女優の選び方がとてもうまい。このナターシャ・キンスキーは絶品である。他のどの女優にも変えようがない。「パリ、テキサス」を決めてくれた女優である。(ネタばれしたくないので明かしませんが、最終局面で彼女は登場する。)

家族、あるいは母と子の絆を印象的にほぼワン・カットで表したシーンにこころ打たれた。

アメリカのロンサム・カウボーイを、ドイツ人ヴェンダースは撮りたかったのだろうか?真情溢れるややクレイジーな主人公の男性の名をトラヴィスとしたのは、「タクシー・ドライバー」のデ・ニーロ演じた主人公トラヴィスに通じるからだろうか?

そんなことを考えながら、今朝4時に家をでた。

行き先を決めないままの旅にでた。

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2007年9月13日 (木)

映画「ランド・オブ・プレンティ」を観て

名作「ベルリン・天使の詩」で名高いヴィム・ヴェンダース監督のロード・ムービーが観たくなって、このDVDを借りた。

ランド・オブ・プレンティ」・・・「豊かなる国」と訳せばいいのか。

この題名は反語的でもある。観てそしてとても感銘を受けた。

時として政治的状況は、作家の手によって神話的に解読できる時がある。この映画における9.11の傷、ベトナム戦争の傷、そしてアラブの問題、現在のアメリカの状況が寓意を持って描かれてる。

主人公の女性がとても美しい。その美しさには世界の希望が託されている。

「テロとの闘い」・・・云うはやすし。しかし・・・。

憎悪の連鎖をどうやってほどけばいいのだろう?そのヒントがこの映画の中にはある。

ヴェンダースの祈りが聴こえるようだ。

この映画の公式hp⇒ 

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2007年9月12日 (水)

「天国と地獄」 黒澤映画の力

楽しみにしてた録画TVプログラム「天国と地獄」を昨晩やっと観始めて、冒頭しばらくしてもう充分だとTVを消した。

カラスの鳴声、鏡をつかった光の反射、配役・・・どれもが安普請だった。チープなイメージだった。黒澤明をリスペクト(尊敬する)しリメイクするならば、黒澤映画を乗り越える気迫がほしい。

ガス・ヴァン・サントがヒッチコックの「サイコ」をリメイクした時、全ショット・全カットをほぼ再現した。ヒッチコックが演出上試みようとして技術上実現できなかったショットをデジタル・エフェクトを用いて再現するなど、さすがインディペンデントの映画人、ガス・ヴァン・サントだけのことはあった。オマージュを捧げるということは、そういうことだ。

黒澤映画の娯楽の頂点に「天国と地獄」は位置してる。佐藤勝の濃厚な音楽が耳にこびりついてる。室内シーンで用いられた望遠レンズ、刑事たちの行き詰る緊迫感が画面にギュウギュウ押し込められていた。三船敏郎の権藤・・・これは黒澤明の職人(クラフツマン)としての思いが仮託されている。主人公・権藤にとっての靴造りは、実は黒澤にとっての映画造り。我々は黒澤から「映画とはこういうものだ」という狂気じみたパッションを画面から受取る。

山崎努が犯人役を演じた。「黒澤さんに男にしてもらいました」という逸話が残っている。

だから、リメイクを楽しみにしてた。畏れ多いことをするものだと思ってた。期待は裏切られた。黒澤さんは黙って何も言わないだろう。

人生で暇つぶしをするために映画をみるのではない。だから、映画の筋をなぞった見世物を、ボクはみない。

原作・黒澤映画「天国と地獄」は観る価値がある。

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2007年9月11日 (火)

オールラッシュ

約3時間位撮影した映像をスタッフと共に全部みた。予想した以上によく撮れていた。ほっとした。

映像と云う代物は不思議である。現実世界(実)とフィクション(虚)がある日ある時ある人たちが集まって繰り広げることにより結ばれる。

近松門左衛門の虚実皮膜論みたいだ。

ああ、朝にはこんな光がこの場所に差し込むのか・・・。とかこんな都会の真中に緑が生い茂ってるのか?ということに気づいたりする。

出演者の表情がイキイキと変わっていく。

人間と言うのは、美しい生き物だなあ、と思った。

これからいよいよ編集に入っていく。

お楽しみはこれからだ。

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2007年9月10日 (月)

ロケ撮影が終った

自分が第2キャメラを回しながら、プロデューサーも務める撮影を無事に終えることができた。日曜の午前3時から撮影準備にとりかかり、午前5時から撮影を開始した。撮影が無事に終了したのは午後5時。それからオフィスに戻り撤収。全て終ったのは午後6時を回ってた。15時間の長い日曜日。

前日の土曜は出演者も主要スタッフも前泊にした。予算はかかる。けれど明け方クルマの事故でも起きたら、撮影どころではなくなるし、帰宅のスタッフが居眠り運転でもしたらシャレにならない。

結局、映像制作というものは、大勢の関係者が関わることになる。今回のロケは出演者関係7名、撮影スタッフ7名、スポンサー3名、合計17名が都内を移動した。やはり目立つ。ロケバスを調達する予算がない。でも楽しく撮影は終った。

結局、皆がハッピーになることを考えたい。予算をきちんと管理しながらいい制作環境を造る。企画のアイデアもキャスティングもロケハンも自分が関与した部分が大きい。だから危険(リスク)もまた自分が招いてる。

けれど、撮影で最も重視してるのは、安全第一ということだった。終盤一度だけ、キャメラマンと演出が路上から撮影を始めて、クルマの往来で冷や冷やとした。この時は怒りを冷静に押し殺し二度と路上から撮影は行わないように現場で制止した。夢中になってる制作者がクルマにぶつかったら、本人だけでなく全員が不幸になるだろう。「幸運にも・・・」という運だのみはいけない。

最後に全員の集合写真を撮ってもらった。それを今朝見せてもらった。

皆が素敵な笑顔をしていた。・・・。うれしかった。

皆の記憶に残る一日を手がけたことが、いまのボクには価値がある。

そんなことを思った。

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2007年8月21日 (火)

映画「フラッシュダンス」を観直して

1983年の映画を観直して、また新しい魅力を発見した。

Photo名曲のサウンド・トラックの合間にドラマがある構成だけど、彗星のように現れたジェニファー・ビールスの演技とダンスが素晴しい。一生懸命夢を実現しようとする青春が世界中のこころを打って、大ヒットしたのだろう。

エイドリアン・「危険な情事」「ナイン・ハーフ」「運命の女」・ライン監督の演出は映像的であざとさもある。でもそこが大衆に届く。製作はジェリー・ブラッカイマーと知った。さすが!

当時イエール大学生だったジェニファーは映画と同じオーディションで主役の座を射止めた。「呪怨パンデミック」(2006)に出てるらしい。怖い映画だからみることができないけど、今も活躍してるのを知ってうれしい。

昔、TVコマーシャル撮影で後に直木賞作家となる新進女流作家を起用した時に、リハーサルで「フラッシュダンス」の曲が流れた。彼女がこの曲を口づさんだことを思い出した。

いつでも青春が美しいのではなく、青春の飢餓感が愛おしい、そんなことを映画から思った。

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2007年8月12日 (日)

映画「トランスフォーマー」を観に

できるなら大画面で。そこでTOHOシネマズ六本木ヒルズへ。朝9時35分からの最初の上映。

0811077transなかなかの満足感あり。日本発のコンテンツがこのような形で極大化されエンタテイメントとなる。「あのロボットはきっと日本製だ・・・」というあたり、笑わせる。

1本に2~3本分の内容が密度濃く盛り込まれてる。娯楽の王道。監督マイケル・「パール・ハーバー」ベイの娯楽に徹した演出力はなかなかのもの。スピルバーグが撮ったら、少しシリアスになったかも。子供を意識して残酷描写は控えられている。その方がいい。変身するスペクタクル。ロボットの眼に感情が宿ってみえた。

映画終了後、フィギュアを買ったら、「これも」っともう一体フィギアが息子から差出される。まあいいか。買ってあげよう。甘いなあ。

0811078starbucks「映画評論を読んだら、ストーリーが弱いと書いてあったよ」と息子。どの世界にも、人の造ったものにケチをつける者がいるさ。充分堪能させてくれたからいいのさ。

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2007年8月 1日 (水)

アントニオーニが亡くなった

今朝の新聞を読んで知った。ミケランジェロ・アントニオーニが94歳にして、ローマで亡くなった。

ボクが大学生の頃に、アントニオーニにたくさんのことを教えてもらった。アントニオーニはボクの師匠であり、尊敬すべき映画人であった。

そのアントニオーニが亡くなった。

いつもそのような悲報を恐れていた。

それが今朝、訪れようとは・・・。

正直、悲しい。

きっとボクは、ローマを訪れることだろう。

あなたの墓前で語りたいことがある。

あなたのお陰で、人生の逆境を耐えることができました。

そしてあなたの果たし得なかったことを、ボクは果たしたいと思う。

ボクはあなたの愛弟子。

そう勝手に決めて、今までの人生を歩いてきました。

歩いてこれたのは、あなたの存在そのものの力です。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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2007年7月31日 (火)

ベルイマン監督の逝去の報に接して

20世紀を代表する映画の巨人が亡くなった。今の若者には「ベルイマンなんか知らないよ」、それが本音だろう。

けれど映画を造るなら、あるいは語るなら、ベルイマンを知らずして何が語れるだろうか?

熱烈なファンではないけれど、ベルイマンの偉大さは分かる。あのギリギリと人間の存在を搾り出す映画は、快楽ではなくむしろ苦痛ですらあった。

「野いちご」「処女の泉」「ペルソナ」「沈黙」「叫びとささやき」・・・。

モノクロームの世界に濃密な人間の相克を描いた人。映画の世界を豊饒にした人。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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2007年7月15日 (日)

DVD「愛の流刑地」は

最後まで忍耐して見た。この男女関係は素敵ではない。エロスが豊かに開花してるとは思えない。男はほぼ別居状態の毒身、いや独身。女も三人の子供を捨て男の許へと走る。後は勝手にやってくださいな・・・。

結局、ベッドシーンは難しい。もう時代はベッドシーンを必要としてはいないのではないか。むしろ一切のベッドシーンを排除した形で、この原作を映画化すべきだったかも。映画の初動段階で商品開発やシステム・エンジニアリングの発想を取り入れるべきだったろう。豊悦のファンだけに造られた映画なら、それでもいいけれど。

色香は日常に現れる。それが増して決壊し日常を破壊する。そして永い幽閉(流刑)で終わるーそんな構造が組み立てられる。最初は目に見えない亀裂がやがてカタストロフィを迎える。

TV的な画面。まるで観客が飽きっぽいからというようにカットが刻まれる。描かれる感情が濃密でないからなのに。無駄な情報量が画面に塗り込められる。

公開当時の映画評はよかった。けれどそれは見当違いだろう。

歳月の中で真価は定まる。人の心を掴むか否かで、それは決まる。

もうひとつの映画ハック!⇒ こちら

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2007年7月14日 (土)

渋谷の街に ハリー・ポッターが

飛んでた。それにしても考えましたね。ちゃんと気づきましたよ。

07131渋谷の交差点、手前から。

きっと信号待ちをする皆が話題にする。

07132渋谷駅のビルボードにもハリーたちが。

真冬のキャメロンと真夏の仲間さんも仲良くご一緒に。

07133それにしても、仲間さん。

紫外線対策が必要なのでは。

07134 

やっぱり夏の陽射しには、ア・テンション プリーズ!ですよ。

街で目線をあげてグルグルみながら考えた13日の金曜日。

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2007年7月 7日 (土)

映画「不都合な真実」のDVDが出た

昨日(7/6)発売されたDVD、アル・ゴア元副大統領の地球環境を警告するドキュメンタリー「不都合な真実」を購入した。DVDは紙で造られてるエコ・パッケージ仕様で、手にとって、いいなと思った。

早速今朝鑑賞、アル・ゴア氏のスライド・ショー講演を自宅に居ながら体験できた。素晴しいプレゼンテーションである。

an inconvenient truth・・・

産業界・経済界は、不都合な“真実”を“虚実”にしたい処だったろう。アル・ゴア氏が1千回以上行ってるというスライド・ショー講演は、しかし多くの人々の心を捉えた。それが映画という形になってさらなる拡がりを得たことがうれしい。

ドンキホーテみたいだと思った。しかしアル・ゴア氏の内面の動機と家族の試練が深く胸を打つ。

人は逆境から前に進む道を見出す。アメリカはこの人物を大統領に選ばず、南部の石油資本から大統領を選んだ。それがゴア氏の今日の地球への貢献に繋がる。

行動することを、映画は繰返し促す。地球温暖化を食止めるための、具体的な行動指針を示す。

私にできる10の事(ten things to do)がDVDパッケージには記されている。その10番目の行動を、ボクは今とっている。

Encourage your friends to see An Inconvenient Truth.

どうか あなたに みてほしい。

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2007年7月 2日 (月)

映画「アポカリプト」を観て

メル・ギブソン監督の「アポカリプト」が7/6(金)で終了になるらしい。観ておこうと調べたら、夜の1回しかやってない処が多い。唯一<ワーナーマイカルみなとみらい>で、午前11時からやってたので、日曜に出かけた。

1日は映画の日ということもあって、チケット売り場はごった返していた。係の人が「アポカリプト、観る方は?」と巡回してきた。手を挙げて、滑り込みセーフでチケットを購入、暗くなったシアターに入った。

凄い映画だった。「頭脳でなくて本能に働きかけたい」とメル・ギブソンが意図したように、アクション(行為・行動)とシンプルなストーリー(生き延びて妻子を助けよう)構成で、一直線に追跡劇となる。

心配してた暴力描写や残酷なシーンはギリギリ耐えれた。それを見世物にしようという魂胆ではなく、描かれていた。しかし女性や子供に薦める勇気はない。マヤ文明の生贄(いけにえ)の儀式が凄惨だ。

できるなら20歳以上の男性にみてほしい。男性が自立するとはどういうことか、きちんと描かれている。

現代は一見暴力も隠蔽されてて、みえない。しかし国家が暴力を管理してる以上、文明の本質は暴力と力の支配から逃れられない。

戦って自らと家族を守ることをしないで、幸せに近づけるものではないことを、一部の大人は知っている。

そういう意味で、観てよかった。

魂のどこかがギュッと掴まれた。稀有の映画である。

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2007年6月30日 (土)

6月の終わりに 「ニュー・シネマ・パラダイス」を

今朝の海はもう夏だった。

06301昨日の雨が洗った大気は澄んで高く、潮の香りを含む。

海の家も完成し、海開きを待つ。

06302ポニーの家には、黒いベルル二代目が到着。

黒いって、暑くない?

06303夏の朝の光がビーチに伸びる。

ハワイと同じオレンジ・イエローの光。

06304女性サーファーが海に向かう。

2007年の夏はもう始まってる。

昨日は有休をとった。けれど午前中仕事にした。6月のことは6月に終えよう。次に進もう。週報と月報を書き、新しいクライアントの処でmtgした。次の大きな仕事になるかもしれない。会社では有休になってるが、ボクの仕事は続く。

ある意味過酷な現実の五月、六月だった。ストレスがすごかった。でももういい。そろそろ次に進んでいい。新しい仕事、新しい習慣、新しい出会いに、新たな歴史を刻もう。

だから六月は今日で終わり。

昨晩、映画「ニューシネマ・パラダイス」を観た。キャサリン・ジェンキンスのbestアルバムの中で、宝石のように歌われてるテーマ曲。

映画への愛が溢れた名画に、こころ洗われた。結局、愛の力だけが人に勇気と希望を与えてくれる。それがよく分かった。

映画blogに「ニューシネマ・パラダイス」を書きました ⇒ 

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2007年6月27日 (水)

映画「ブリッジ」を観て

恵比寿ガーデンシネマで「ブリッジ」というドキュメンタリーを観た。

ゴールデンゲート・ブリッジを巡る命の問題を扱った映画である。大人ならば見るべき映画と思った。敬虔な映画だった。

人は時として道に迷う。時として絶望にうちひしがれる。自らの命を捨てる行為が行動化されるのは“逢魔が刻”とでも呼べるような時があって、この時をやり過ごせば死ななくて済むというような刹那が人生にはあるのだろう。

それに無縁な人は、実はいない。

人の悲しみと逡巡と絶望が、あまりにも美しいゴールデンゲート・ブリッジの眺望に刻まれる。

昔、子供とサンフランシスコを旅した。まだ12歳だった息子とタンデムのレンタサイクルに乗ってゴールデンゲート・ブリッジを渡った。眼下に広がる湾の光景、足元から見下ろせる海峡に足がすくむ思いがした。橋を渡るとサルサリートという美しい町がある。小さな噴水があった。その傍でジェラートを二人で食べた。

幸せの思い出がある。

命は自分のものではなく、与えられたものであると信じてる。自らの命を殺めることは、周囲の肉親や友人や知り合いの心を深く深く傷つけ続ける行為であると、心のどこかで思慮したら、あるいは・・・と思う。

悲しいけれど、この日本と云う「美しい国」もまた、世界有数の自殺大国。たった二年でベトナム戦争のアメリカ兵の戦死者を抜く。その現実に蓋をして、勝者は誇示し自らの欲と自らの損得にかまけ、平和を謳歌してる。本当にいいの?

自ら問いかけながら、この映画を観終わった。

もうひとつの映画のblogもご覧いただきたく・・・ ⇒ 

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2007年6月16日 (土)

映画「U・ボート」を再見して

BSで放映したドイツ映画「U・ボート」を再見した。今回は艦長の人物造型にプロフェッショナル意識を強く感じた。

この二ヶ月程を振返る。やはり過酷な現実に晒されてた。U・ボートの戦いのように命を賭ける戦いではないが、職業人としての使命を賭けた戦いだった。一人ではなく何人ものクルーがボクの顔をみた。笑顔を失わないように努めた。労いの言葉を忘れないように努めた。しかし苦しい時は別の仕事や対象に意識を集中して、過酷な現実から一旦意識を引き離そうとした。ノートに書き記した。航海日誌のように。

そうして二ヶ月が過ぎた。過酷な現実は変わらない。しかし事態は変わった。ボクの手を離れたのは昨日のこと。朝の青空、昼の青空に浮かぶ白い雲を、ボクは忘れない。

過酷な現実を形成した相手方を憎む同僚を、たしなめた。「憎悪は何も生まないよ」。「ボクたちは精一杯やった。だからいい。もういい。」

本当なんだね。誠心誠意やったことだから、何の迷いもない。打ち込んでやるということはそういうことだ。腹を括ってた。どのような責任を負わせられようとも、大丈夫。面をあげて堂々としていられる。

だから、昨日の午後は、解放された思いで空を仰いだ。

梅雨はもう上ったの?今年の梅雨は1日だけだ・・・。

U・ボートの記事をこちらのblogに・・・⇒ ◎「映画ハック!」

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2007年6月15日 (金)

「黒澤アーカイブ」を見て

日本SGIソリューション・キュービック・フォーラム2008で、黒澤プロダクションと日本SGIと龍谷大学が進めている「黒澤アーカイブ」のDemoをみることができた。

「影武者」と「乱」についての黒澤明監督の創作ノートがDemoの舞台となった。生前には読むことの許されなかった創作の源泉の記録である。再びこの二本の映画をみたいと思った。

映画がつくられる、まず頭の中に。イメージを強固なものにするために、表現の方向性を定めるために。脳裏に浮かぶ様々な思考がノートに刻まれる。誰にもみせないノート。そのノートは40冊程、あるらしい。

これから黒澤明を研究する人々に役立つものとなるだろう。

脚本家・橋本忍氏の著書『複眼の映像ー私と黒澤明』を再び手に取った。この本には、息詰まる創作の戦いが記されている。ひとりでは映画をつくれない。創造と創造の火花が散った処に映画が残る・・・。

そんなことをボクは思った。

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2007年6月13日 (水)

映画「エンロン」は怖いドキュメンタリーだ

一緒に借りた「007 カジノ・ロワイヤル」が霞んでしまう程、恐ろしいドキュメンタリー映画だ。

実際に起きた超巨大企業・エンロンの崩壊を、さまざまな証言を交え、一部再現ドラマも織り込んで描いていく。その主要経営陣はモラルを喪失した頭の切れる連中で、空前の企業犯罪に溺れていく様は、正直恐ろしい。

人間はどこまで強欲になれるか?どこまでアンモラルになれるか?そういった事を考えさせる。ITバブルの頃、アメリカ経済は株価が右肩上がりに上がり、ニュー・エコノミーとグローバル・スタンダードに湧いた。

ストック・オプションや成果主義もアメリカ経済の力強さが背景としてあって日本に導入されたと思う。

でもこの虚飾、拝金主義はどうだ?知恵が強欲と結びつきモラルを失えば、“砂の城”は巨大化する。見えない処で崩壊の序曲が始まる。カタストロフィーという言葉に、この映画は実態を与える。モザイクのように事実の断片をつなぎ合せて、事の本質をあぶりだそうとしている。

「エンロン」は観るべき映画。誰が悪いかを描くというより、優秀な人間たちが狂っていく様が観れるから。巨額の売り抜けで泥舟から逃げた経営者のいる一方で、約二万人の従業員と株式投資家の巨万の富が失われた。

おもわず息を呑む。

そして、同じようなモラルなき企業や役所の不祥事が、この日本でも生じてる。

深く考えさせる映画である。

映画「エンロン」の公式hp ⇒ 

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2007年5月26日 (土)

映画「バベル」は既に映画「アモーレス・ペロス」に

イニャリトゥ監督の「BABEL」を観てから随分経つ。あの映画に描かれた世界は、そのまま現実世界に続いてる気がする。

彼の長編監督デビュー作「アモーレス・ペロス」(1999)を今夜観た。この時既にイニャリトゥは巨匠であり、メキシコシティを舞台にBABELに通じる世界をつくってた。

アモーレス・ペロスは「犬のような愛」とも「最低の愛」とも受取れる題名。BABELと同じく複数(ここでは三つ)の軸で物語は進む。

世界はどこかで捩れながら繋がってるという世界観。救いのない愛の果てにかすかな希望もかいまみれる2時間半。

メイキングでは映画のロケ撮影前と撮影終了後に、イニャリトゥが音頭をとってスタッフ・クルー全員が手をつなぎ祈りを捧げ、薔薇の花を空に投げるシーンをみることができた。

ラテンの男は熱~い。

映画に注がれたパッションがそのまま、画面に濃密に反映してる。ハリウッドの映画が電気紙芝居に思える程の映像の迫真性。それはたたの技術的問題ではなさそうだ。

祈りを捧げるように映画を造る・・・そんな造り方はどの映画の教科書にも載ってない。

そう、費用対効果(ROI)とは違う位相に、感動の水源地はあるのだろう。みんなが賢くCGを多用してるその隙に、営々とラテンで素晴しい才能が育まれてた訳である。

映画。

まだまだ捨てたもんじゃない。

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2007年5月17日 (木)

タルコフスキーの「ノスタルジア」を観て

深夜のBS2で懐かしい映画をみた。「母の思い出に捧げる」・・・アンドレイ・タルコフスキーの献辞が映画の最後に表れる。タルコフスキーが亡くなって久しい。この世界に最も大切な一本のロウソクがかき消されてしまったような気分を思い出す。

そう。タルコフスキーはもう新しい映画を撮ることはない・・・。

彼の映画をみると映画という概念が拡がる。永らくタルコフスキーの映画から離れてた。魂の問題とは余りにも関係ない映画を映画と思って、たくさん観てきた。つまりちょっと堕落してた。

タルコフスキーの映画をみると、映画は魂の芸術だと告げられてる気がする。

国家を追われ、異国の地(確かパリ)で客死したロシア人芸術家。過酷な運命の中で造られた限られた映画は、今も古びていない。

霧に水、炎、雪・・・自然界の揺らぎが映像の大切な構成要素となっている。宗教画をみてる気持ちにさせる。世界を救おうとする気持ちなど狂った思いにみえてしまう現代にあって、「祈り」という行為をこれ程敬虔に描いた映画を、ボクは知らない。

何回も観た映画だけれど、夜中に起きて、最後のシークエンスを観ていて、ボクは心うたれた。心が浄化される思いを味わった。

亡くなったタルコフスキーの祈りが映像を通じて私たちにバトンとして渡される気がした。

そのバトンを次の世代に渡す営みを、ボクはしたいと思った。

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2007年5月16日 (水)

映画「ベルリン・天使の詩」をPSPで

BS衛星映画劇場でオンエアされた「ベルリン・天使の詩」をPSPに入れた。

Photo_318電車の中で観た。何度もみた映画がまた違った顔をみせてくれた。

映画の世界がそのまま電車に乗ってる自分の世界に繋がってるような錯覚を覚えた。

たんなる映画ではない。ドイツ、特にベルリンの歴史(大戦の悲痛な思い出と壁で分断されてる現実)と詩的世界が融合して、胸が震える程の世界を呈示してる。

ドイツに出張したとき、ベルリンを一日だけ歩いた。

見事な映画博物館がある。

映画「ラン・ローラ・ラン」の主人公のコスチュームが展示されていた。ベルリンの壁が崩壊した後のベルリンをローラは走った。その意味で象徴的な映画。

「ベルリン・天使の詩」は魂がベルリンの壁の中をさ迷うかのようだ。

壁。

それは消えてはいない。

誰の心にもたやすく組み立てられる。

でもきっと愛だけが、その壁を崩壊させる・・・。

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2007年5月 4日 (金)

GW日記⑥~スパイダーマンともんじゃ焼

次男坊と待望の映画「スパイダーマン3」を観た。

Photo_270お気に入りの「ユナイテッド・シネマズ豊洲」へ。

期待の映画はロビーもシアターもA級の処で。

Photo_271

「スパイダーマン3」。良かった。

本当に良かった。良かった、良かった。

スパイダーマン(=ピーター・パーカー)成長の物語。1作目から次男坊と観続けてきた。今度の敵は最強の敵。自分自身の悪と戦う。監督のサム・ライミは心底スパイダーマンを愛してる。そこがいい。絶対『4』も造ってね。二年後かな?次男坊は高校生だ・・・。

Photo_272腹ごしらえは豊洲に近い月島へ。

古きよき東京。ここにも五月の花々が。

Photo_273お店のお兄さんの技を学んで。

次男坊、なかなかの腕前じゃのう。

Photo_274うん。きっとデートで使えるよ。

隣にはお袋。楽しそう。

Photo_2751時半でも月島のもんじゃはどこも行列。

3人でもんじゃ2、お好み焼1。トントロ焼き。

銀座ランプから高速に乗る。

帰還。

そしてボクの携帯のストラップは、スパイダーマンに変わった。

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2007年5月 2日 (水)

GW日記④~バベルのTOKYO

5/1(火)。曇り→雨→曇りのTOKYO。

通勤電車は意外といつも通りの混みようだった。もっと皆さん休みましょう・・・と思いながら自分も仕事さ。

Photo_256渋谷ゴッサムシティも混んでた。

この雑踏の中を、菊池・BABEL・凛子さん扮するチエコはさ迷ってるのか・・・。

Photo_257全国の映画館で「バベル」をみて体調不良になる観客がでてる。

映画館をでれば気分は治るだろう。けれど孤独に閉じ込められてる若者は、本当の愛によってしか固くなった魂は癒せない。モロッコの乾いた岩山のような現代日本の心象。

朝8時にオフィスを開けた。イギリスでは経営者が自らオフィスを開けると昔読んだ。ボクは労働者として、真っ先に現場に入る。

報告書2通、メール返信、mtg、諸々連絡、クライアントでのmtg、入金確認、そしてコラム執筆。気がつけば19時。

いつもより忙しい。一日のことは全て片付けた。

そうやって5/1は暮れた。

最後に映画「バベル」をコラムに書く。一度、blogに書いてしまうと書きづらい。

今の高校生は映画「バベル」をみるだろうか?

多分、数少ない高校生は観ることだろう。⇒ 

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2007年4月29日 (日)

GW日記①~映画「バベル」の日

朝は海から始めた。

Photo_187Photo_188少し寒さが残る朝。

チャリで海岸線を偵察飛行。

映画「バベル」、ロードショー初日。一回目10:00am~から観る。

Photo_189Photo_190家族と共に居ることの大切さ・・・は教訓として残る。

一般ピープルがGWに観るには重い。映像関係者は必見。

と、いう訳でマイ・ブーム、ミスドのポン・デ・リングを買って家族の絆を深めようと帰還。

Photo_191Photo_192お昼寝。夕方のチャリ遊覧飛行。

陽の光の降臨。風が吹き荒れた後。

Photo_193そして夕闇せまれば。

映画「バベル」の世界にあって、小さなポン・デ・リングの幸福。それはいままでたくさん孤独を経てきたから。

♪幸せは歩いてこない、だから歩いていくんだよ~ ・・・そう水前寺清子が歌ってから、日本人は成長したろうか?

大切なことを、置去りにしてしまってない?

そういうことをGW初日に考えたのは、映画「バベル」のおかげ。

本当の愛の在り処を築かねば。家族と共にあることを思う一日。

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2007年4月24日 (火)

ロッキー・バルボア という神話

神話体系は永く世代を超えて、伝承されていく。

映画『ロッキー』は、現在公開中の最新作『ロッキー・バルボア(原題)』により、神話の域に辿りついたかもしれない。

ロッキー・バルボア。

その名前は何世代か後、デイビー・クロケットを語るように語り継がれるかもしれない。

フィラデルフィア美術館の階段は聖地となる。

これからもなお、世界中から巡礼者は訪れることになるだろう。

ボクもまた、その一人。

夢が叶ったその時に、きっと彼の地でガッツ・ポーズを決めてるだろう。

◎映画のコラムに書きました・・・ ⇒ 

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2007年4月21日 (土)

映画「ロッキー・ザ・ファイナル」を観た日は

ちょっと辛い日だった。映画の中の台詞にもあったけど、「世の中はバラ色じゃない」。そんな日が「ロッキー・ザ・・ファイナル」の初日。

だから、2007年4月20日(金)をボクは忘れない。

ROCKY BALBOA それが映画の原題。まさにロッキー自身の物語。還暦のロッキーがもう一度人生を取り戻そうとする。

過去の名声に生きていられないロッキーは、もう一度ボクサーに戻って今を生きようとする。スタローンの言葉はかなり心をヒットする。単純で力強い。スタローンの人生が密度を増し迫ってくる。

ぜい肉のない映画。映画として粗を探すことは簡単だけれど、こんなにストレートで強力なパンチを繰り出す映画は最近みたことない。

だから、感動した。

人生の逆境にある人々にエネルギーを与えてくれる・・・そんな映画だった。

あの“ロッキー・ステップ”。いつかフィラデルフィア美術館の階段を駆け上がり、ファイティング・ポーズをとろう。やはりロッキーは20世紀の神話の一つだった。

本当の敵は自分の中にいる。自分を駄目にしようとする勢力は社会にも内面にも事欠かない。手強いのは内面の方。厳しいトレーニングはそのプロセスそのものに意味がある。だから最後の勝利以上に輝かしい。

そうだ、今日からボクは自分のフィールドで厳しいトレーニングを自らに課そう。

一年後に勝利のスマイルを、ガッツポーズを手に入れてやる。

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2007年4月17日 (火)

映画「ロッキー・ザ・ファイナル」が楽しみだ

いよいよ今週末に観れる。

日曜深夜のBSで久しぶりに『ロッキー』を観て、結構グッときてしまった。

若い頃は辛酸をなめた経験が足りなかった。だから『ロッキー』に託したスタローンの夢と悲願がまだ実感をもってわからなかった。今ならわかる。多少苦労もした。

歳を重ねることは、いいことだ。

スタローンも歳を重ねた。あれから30年。還暦を迎えての最新作。そして最後のロッキー。

あまり予備知識を持たず、観たい。

できればいい劇場で。でもひとりで。ひょっとすると泣いてしまうかもしれない。

●公式hp⇒ 

●最初の『ロッキー』をコラムに書きました⇒ 

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2007年4月11日 (水)

東京芸術大学大学院 映像研究科といえば

ビートたけし、あっいや北野武氏が教授を務める国立の映画制作学科。その第一期生の修了作品展が近々開催される。

Image003_2横浜の地下鉄みなとみらい線・馬車道駅にある東京藝術大学馬車道校舎。

Image004_1 芸術 ではなくて 藝術。昔の銀行の建物が改装されて校舎となっている。

中には立派な試写室もあった。

Image007_2 『四谷怪談』はあの四谷怪談を現代劇に移植した女性監督の力作だった。

黒沢清監督がちょこっと出演してる。そこは全然怖くなかった。けれどじわじわ怖くなり、怖いのがダメなボクは、目を閉じてサウンド・トラックを聴いていた。

だからこの映画を見たとは正確にはいえないけれど、なかなか商業的にもイケル気がした。夏には一般公開されるらしい。

監督の池田千尋さんに紹介された。話すうちに「大先輩ですね」と云われたので聞くと都の西北の大学の演劇学科でボクの恩師に教わってたことが判明。

うれしくもあり、また頼もしい。

女性の方が、パワフルなのか。何かを突き抜ける迷いのなさを感じた。これからの日本映画は、女性監督で隆盛するかもしれない。(男の子もがんばって。)若い才能に出会えることは、本当に楽しい。

そう、お楽しみはこれからだ。 関連コラム⇒ 

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2007年4月 8日 (日)

映画「カポーティ」と小説「冷血」

CAPOTE  端正に黒に小さく白い字で印字される。この映画を支えてるのは抑制。作家トルーマン・カポーティのノンフィクション・ノヴェル「冷血」(In Cold Blood/1965)の取材過程を丁寧に描いた傑作である。

Image012 カポーティの原作の映画化に、映画「冷血」(リチャード・ブルックス監督/1967)がある。夜の雨が窓ガラスをしずくとなって流れ落ち、それが窓辺の犯人の顔に投影される印象的な描写を今でも忘れない。それは涙のようにも見え、取り返しのきかない苦悩の象徴にも思われた。

映画「カポーティ」は、カポーティの犯人の取材に伴う内的ドラマが主眼。まるで互いが互いを投影し合うような倒錯。死刑執行なくては結末が書けぬ葛藤も。名声の中、カポーティは「冷血」後、一作も完成させることなく、晩年はアルコールと薬物に苦しんだと伝えられる。

単なる興味本位ではなく、人間存在の闇を覗き込む作家の根源的な業(ごう)が描かれてて秀逸だった。

Image011まだ未読だった小説「冷血」を手に入れた。

あのトルーマン・カポーティが人生を注いだ「冷血」を読む気になったのも、映画の果実のひとつに違いない。

心血を注ぐといわれる仕事がある。題名のCold Bloodとは、カポーティに流れる血のことかもしれない・・・。

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2007年4月 4日 (水)

あるある 捏造 の心

TV局も最初は、モノ造りの会社だったはず。社会から少しはみ出した人たちのモノ造りの力が面白い番組をつくる原動力だっただろう。

けれど会社が成長するにつれ、モノ造りという心臓部は管理しずらい部分なので、外部に委託していった。その方が制作費を叩ける。手を汚さなくていいし、金額も絞れる。TV局は利益もだせる。給料も良くなる。

そういう中で出世する人々が会社の上層部に上る。そういう人々の心は、リーマンの心。

現場は過酷。しかしスーツを着て、会社の中で算盤を、人生の算盤をはじいたりして生きてきたのだろうか。

本当の経営なら、商品である映像のマネジメントをすることが大切なはず。下請けを悪者にしてる者の方が悪い。下請けと共に、高給の社員もモノ造りに入るべきなのに。

あるあるは、関連商品(DVD、書籍)を含めると、年間40億円の売上高だったという。うそで固めた商品を売りつけることを、世の中では詐欺商法と呼ぶ。

そのような会社は過酷な制裁を社会から受ける。

でもあま~い処分で、よかったね。日本人ハヤサシイネ。サラリーマンだもの。長い眼でみればTVの盛衰の歴史の分水嶺になる事件。

モノ造りを忘れると、空洞化し腐敗するという教訓を、示してくれて、本当にありがとう。

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2007年4月 3日 (火)

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

家にあったこの映画のDVDをみながら、眠ってしまった。映画をみながら眠るのは密かな快楽。映画館と自宅の違いは、朝まで寝ていられるのが自宅だということ。

映画「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の監督は、現在マイ・ブームのアルフォンソ・キュアロン監督。眠りに入るまでの映像はやはり非凡な才気を感じた。(退屈で眠った訳ではありません。)

映画「トゥモロー・ワールド」で発見した才能を過去に辿ってみる。映画「大いなる遺産」も素敵だった。この「ハリー・・・」もしっかり見よう。

新作が楽しみな監督を3人くらいもてたら、幸せだ。

かってはリドリー・スコット、ベルナルド・ベルトルッチ、フランシス・コッポラなどがそうだった。みんな大家になってしまった・・・。

今夜は「ハリー・・・」を、最後まで見れるだろうか?

コラムにアルフォンソ・キュアロン監督のことを・・・⇒ 

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2007年4月 1日 (日)

大いなる遺産

Great Expectations.『トゥモロー・ワールド』で知ったアルフォンソ・キュアロン監督1998年作品。

Image9イーサン・ホークとグウィネス・パルトロウの愛の物語を縦糸に、人生の夢と成功と喪失、出会いが描かれる。イノセンスの物語ともいえる。

ロバート・デ・ニーロ(怪演)、アン・バンクロExpect2フトもいい。

安心してみれる映画に、時としてハッとする位、美しいシーンがある。やはりキュアロンは非凡。

例えば、幼年期のふたりのキス・シーンの美しさ。

寓話的なお話なので、いろいろな解釈が可能。

面白かったのは、グリーン(緑)という色へのこだわり。

全編、グリーンのコレオグラフィchoreography(振り付け)がなされてる。

自分の人生における<大いなる遺産>とは何なのか?そんなことを考えたくなった。

4月。桜の花から新緑の季節へと移る4月。新しい出会いの季節に入った。

大いなる遺産を、いまはせっせと造ってる時かもしれないが・・・。

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2007年3月31日 (土)

高校生を応援する気持ちで

造ってきたweb siteを、やっと今日Openした。3月末日。

高校生の文化活動を支援するNPO法人様から依頼され、企画から5ヶ月かかった。ひとつの節目が今日。

大勢の人々がかかわった。骨があった。楽しかった。高校生を持つ親として、いまの高校生の置かれてる社会環境を考え調べることもまた、勉強になった。

仕事と私生活が一緒だとあまりストレスにならない。結局四六時中好きな仕事をしていられるのが理想。

今の高校生は将来の日本の宝ー。そんな気持ちを大人たちは忘れてない?ひどいニュースを見聞きする度に、愚かな大人の行為には情けない思いをする。子供たちの荒れる責任の大半は大人にある。

高校時代は多感な季節。将来の希望を抱けるように、応援してあげたい。大切にしてあげよう。そして子供たちが憧れる大人になりましょう。

造ったweb siteは、初めてカッコよさとかを捨て、手づくりの有機的な感覚を大切にしたもの。

息子たちにそっと感想を聞いてみよう。 web site ⇒ 

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2007年3月29日 (木)

植木等氏のご冥福をお祈り致します

去る27日、植木等氏が亡くなられた。享年八十歳。東宝映画60年代の無責任シリーズを、ビデオ時代に鑑賞した。魅了された。

“平均(たいら・ひろし)”の役名。「無責任男」と云われるけれど、本当はスーパーサラリーマン。調子の良さは天下一品だけど素晴しい明るさ、行動力。

日本映画のウェットな処が全くない。LAのような乾いた空気が流れる東京。植木等氏のキャラは日本人ばなれしていた。

彼の歌声はボクにいつも勇気を与えてくれた。日本的な村社会を物ともしないあのずうずうしさに密かに憧れた。

Barで歌い始めて、キャメラが切返すとど~んとステージだったりする。荒唐無稽というか不条理な東宝喜劇。その素晴しさ。

あの乾いた風の彼方に、植木等氏は旅立ってしまった。

とても真面目な方だったという。

いつまでも忘れません、あなたが演じた不屈の行動力を。

いつも前向きで既成概念を壊していったあなたの活力を。

つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。

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映画「トゥモロー・ワールド」は大傑作で

原題は『CHILDREN OF MEN』(人類の子供たち)。

邦題の稚拙さ、広告宣伝の不発(?)から、昨年の劇場公開ではパッとしなかった。けれど口コミでうわさは広がり、DVDで観たら素晴しい傑作だった。

さっそくアマゾンでPREMIUM EDITIONを購入。昨晩到着。特典映像65分付の2ディスク。深夜、ワンカット撮影シーン・メイキングをみる。

なるほど、こうやってあのシーンを撮ったのか・・・。うむ。すごい・・・。

2027年ー子供が誕生しない未来。唯一の希望を失えば人類に明日はない。(PRコピー)。

かすかな希望に勇気付けられる映画。

コラムを書きましたので⇒ 

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2007年3月25日 (日)

映画「フラガール」 をDVDで

日本アカデミー賞総なめ、HMVの店頭でプロモリールを恋人たちが熱心に見てた。それが印象に残ってたのでDVDで。蒼井優さんが光る。

Photo_99もうひとつの主役はボタ山。炭鉱の町の再生を賭ける“プロジェクトX”。

石炭の採掘ででる温泉を元手に、炭鉱の町の娘たちをフラガールにした観光事業。「常盤ハワイアンセンター」の実話。東北にハワイを・・・という大胆な発想。フラガールたちが地方巡業してPRするあたりの周到さ。新規事業の鏡。この映画のヒットのおかげでまた客足が伸びてるらしい。ラジオで知った。

カッコつけてない処がいい。さしずめ今ならプロのダンサーを招聘し、広告宣伝費を注ぎ込んだりして体裁つくるのが関の山。手塩にかけてこその村おこし、町おこし。

それにしても、女よあなたは強い。

家計を支えるなら、脱ぐこともいとわず・・・といったフラへの誤解を乗り越えて応募してくる女性たち。逞し~い。

一方で、男はひ弱。炭鉱から脱皮するのに後向き。仕事への誇りが転進を阻む。時代の変化の波をまともに浴びて、それを乗り越えることができない人々も。酒に憂さを晴らせるものか。男ってそういう処あるなあ。中島みゆきの「時代」を思い浮かべる。

この映画は、ひ弱にみえる女性たちの変化の物語。

さなぎから蝶に生まれ変わり、フラガールへ。

もう一つのDREAMGIRLSの物語。

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2007年3月24日 (土)

映画「ドリームガールズ」 ラスト・ショー

映画『DREAMGIRLS』をやっと観た。23日(金)の晩、シネコンで最後の上映ーThe Last Picture Show。

広いシアターに観客は数える程。まるで貸切の試写室のよう。そして本当に素晴しい映画だった。映画史に書き加えられる最高のエンタテインメント作品だった。(ネタバレはしません。)

単なる夢物語ではない。

アカデミー賞受賞作『シカゴ』で脚本を担当したビル・コンドンが脚本・監督。夢をつかんだ時に失うイノセンスも含め、夢と苦悩、孤独、そういう人生の複雑な感情を見事に描いた。ショービズの裏の世界も描かれ、歌と共にドラマがきちんと織りこまれてる。

何度も涙が滲んだ。歌に真の感情が溢れ出てくる。今の自分に通じる何かが歌詞から伝わる。人間の欲望、人生の逆境。愛の力。夢の挫折と復活・・・そういったものが観る者にエールとして働きかけてくる。

アカデミー賞助演女優賞に輝いたジェニファー・ハドソン(エフィ役)の素晴しい歌声・演技、エディー・マーフィーの歌の才能!、抑えた役どころのジェイミー・「コラテラル」&「Ray」・フォックス・・・。

そしてビヨンセ。

10kgも減量して臨んだ役造り。監督も知らずにダイエットに挑戦したと云う。ボディラインはコカコーラのよう。60年代の歌手の、あの背が高くほっそりした体型に。

監督にいわせれば、ビヨンセはものすごい努力家で完璧主義者。

やはりそうだったのか。美しさの影にものすごい努力が潜んでる。よし、ボクも自分の役造りに10kgくらい減量しよう。

ショービズで生き残る、サバイバル・ドラマである。

暗殺されたキング牧師の有名な“I have a dream”が繰返される演説の引用があって興味ぶかい。

DREAM。夢を掴む。

そう、それは自分で戦略を立てて精進しなくては。

 

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2007年3月21日 (水)

愛の流刑地 って本当に支持されてる?

日経新聞に連載されてる時に思ったのは、男の身勝手さ。

女の演歌的な造型も、男が造りだしたもの。現実の女性はもっと聡明だから違ったロジックで考えるはず。このような犯罪は頻度としては少ない。

結局、死すべき運命であると男が悟ってないと、こういうまやかしが通る。まるで男性論理。男が思うほど、女性は甘くない(はず・・・。)自信はないのですけれど。

・・・という意見を持ちながら、どう料理するかを見たいから、今夜のTVプログラムを見ます。

高岡早紀がどう演じるか?

結局、ピーピング・トムと変わらない自分が、この「愛の流刑地」を支えてる。

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2007年3月20日 (火)

キャメロン・ディアス & ジュード・ロウ

SMAP×SMAPに新作映画「ホリデイ」PRで来日の二人が出演し、春の和食をモリモリ食べた。

Photo_98キャメロンはSoftBankのイメージとは違って、いたずらっ子のように良く笑う。

美味しいものを食べると、身体がスウィングする。眼がとてもチャーミング。飾らない下町の姉さんみたいな気さくな雰囲気。

なんて明るいひと。

ジュード・ロウもフランク&リラックス。映画「コールド・マウンテン」でみせた二枚目のまま。顎の線がシャープなまま。

彼もまた明るい。

二人とも仲良く楽しく、日本食を食べてた。もしも二人が小料理屋のカウンターに並んでたら凄い光景だろうな。そこだけ浮き上がってしまう位の美男美女。

二人のオーラはみんなを幸せな気分にしてくれた。

おいしく仲良く食べてる姿は、幸福に一番近い光景かもしれない。

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2007年3月18日 (日)

コンバット から 逃亡者 へ そしてローハイド

夕食後早寝してしまい、気がついたら午前0時を回ってた。TV(BS)で昔懐かしい「コンバット」をやってた。

サンダーズ軍曹。ビック・モロー、懐かしい。いつも憂鬱な顔をしてるけど持ち味は「やるときはやる」という処。かすかに微笑むその笑顔の落差が魅力的。

スピルバーグの『プライベート・ライアン』以来、戦争映画はスプラッター・ムービーに。この「コンバット」では当然のことながら弾があたっても死んだふりをしたよう。それがいいね。人間ドラマだからね。

そして「逃亡者」のあの暗記した前口上。リチャード・キンブル。職業・医師。正しかるべき正義も時としてめしいるときがある・・・。今の時代のTVにはない名文。昔のクリエイターは偉いぞ。映画タイトルの付け方も昔の方が素晴しかった気がする。「地上より永遠に」と書いて「ここより とわに」と読ませる。

デビット・ジャンセンといったっけ。どうみてもスーパーの店員には向いてないぞ、あのポマードの黒髪は。それにあの胸毛はどうだ・・・。放送コードに引っ掛からないのか、胸毛は。毎回波乱万丈の人間ドラマ。逃亡生活も楽じゃないぜ。現在 今日そして明日を生き抜くために・・・。

こういうドラマをみて育った。

時として、ロバート・アルトマンが「コンバット」の演出をしてたりする。「ローハイド」でサム・ペキンパーが腕を磨いたと伝記で読んだ。

アルトマンもペキンパーもすでに鬼籍に入った。ボクらは素晴しい映像作家に恵まれながら育った世代なのだということが今夜判った。

アルトマンのmy best oneは「ショート・カッツ」。ペキンパーのmy best oneは「ゲッタウェイ」。あの滅び行く男たちの詩情が懐かしい・・・。

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2007年3月16日 (金)

ビヨンセ と共に “Listen”

ビヨンセがアカデミー賞授賞式のステージで輝いてた。

ハートを射抜かれた。感動した。

Photo_93 そこでPSPに彼女の“Listen”をいれて持ち歩くことにした。

電車の中や、仕事の合間に約二分間の特別ロード・ショー。

ボクはビヨンセと共にいる。

時として神さまは、人間の美しさ・偉大さを思い知らせる。

ビヨンセの輝きは、生きる希望を照らし出す。

今はやむなくPSPの小さな画面でそれを味わって、週末には映画館の大きなスクリーンでその輝きを浴びよう。

映画「ドリームガールズ」をよく知らない頃は、映画「フラガール」の姉妹ムービーに思えた。しかし結局それは当たっているかもしれない。

いつも女性は、生きる希望を男性に与えてくれる。愚かな男たちはいつも欲や戦(いくさ)や策謀、争いごとにかまけてばかりいるけれど・・・。

◆ビヨンセの記事を書きましたので・・・⇒ 

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2007年3月13日 (火)

エンタメの日

一日の中で、面白いものを続けてみた。

Photo_81Photo_82TV制作会社へ打合せに伺うと、大きなナポレオンの絵が。

リサーチ業務をしたTV特番のPRでしょう。

思わずパチリ。

Photo_83午後のクライアントとのmtgの席上では、あるキャラクターの模型を拝見。

象のように長い鼻。

平凡な一日。

しかし常ならざる事もまた多し。

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2007年3月10日 (土)

これからBSで アカデミー賞授賞式・・・ビヨンセが

始まる。20時から22時半。一人でも多くの人々がみれることを祈る。

考えてみればWOWOWの独占中継も罪作りな話。絶対あり得ないことだが、ノースクランブルでWOWOWがOn Airしたら、WOWOWはお株を上げるだろうに。

そういうコトをする局なら、ボクは加入する・・・。

本日16時からNHKハイビジョンで、アカデミー賞授賞式・総集編を見た。

本当に素晴しくて、あっという間に1時間半が過ぎてしまった。

たくさんの感動があった。

ネタバレしても始まらない。オスカーのウィナーのスピーチはそのどれもが心を打つ。勝者の言葉には神の啓示が宿るのか・・・。とにかく素晴しい瞬間が次々と訪れた。

そしてビヨンセが、素晴しいステージをみせる。

とにかく素晴しい。

このステージによって、心悩む人々はどれだけ慰められるだろう。

あと10分で始まる・・・。

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2007年3月 8日 (木)

TBSでワインを飲んだ晩は アメリカのことを

昨晩は赤坂・TBS社屋にあるレストランでワインを飲んだ。

TBSに関連した仕事が一区切りして、お疲れさまの会。

Image016_2冷えたチリのワイン(シャルドネ)を飲みながら、世界のいろいろな話に花が咲いた。そうこうしている内に、閉店時間の9時になってお開きに。

9時解散。とても健康的。早寝早起きのボクには向いてる。

そんな晩、最近「ストーリー」というコトバに特別な意味をボクは感じてることを話し合った。

アメリカは、2001.9.11によってそれまでのアメリカの物語が終焉した。「世界を守る保安官」というストーリーが価値を持たなくなった。それでもブッシュ大統領はテロと戦うという新たなストーリーを呈示しえたかにみえた。

けれど、このストーリーで綻びが出始め、新たなストーリーをアメリカは模索してる。つまりアメリカの没落が始まったということだ。

ハリウッドはストーリーを失ったかにみえる。だからアジアや世界にストーリーを買いに来た。ストーリーを取り戻すまでに数年かかるかもしれない。

大勢の人々を魅了するストーリーに価値がある。いいストーリーが求められている。

ボクもあなたも、それぞれがストーリーを生み出し、よりよく豊かに生きるために・・・。

ボクはボクのストーリーをもう一度、描き直してみたくなった。

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2007年3月 5日 (月)

春と嵐と 眼鏡と映画と

昨日は春の陽気。けれども今日は春の嵐。

昨日は次男坊の部活休み。中学のテニス部の部活は凄い。土日も休みなし。ぽっかりと奇蹟の日曜日に彼の眼鏡を新調した。

Photo_64 こちらが落選したフレーム。

すっかりお洒落になって、厳しい選択眼。よろしい。

それから映画を観にいった。

マーティン・スコセッシ監督の『ディパーテッド』。切符を買って待つ合間、戸外のテラスにて。

Photo_66Photo_65彼はいつしかまどろんだ。

春の陽気は屋外でまどろむことを許す。

そして一緒に観た『ディパーテッド』。R-15?いいでしょう。

でも観終わってー。

ちょっとね・・・やりすぎだよね。どうだった?

ちょっとね。

太ったねずみたちのフィルム・ノワール。

そして今日は春の嵐。

太ったねずみについて映画コラムに。⇒

もっと痩せねば。痩せたねずみにならなくてはね。

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2007年3月 3日 (土)

映画「ワールド・トレード・センター」

オリバー・ストーン監督の「WORLD TRADE CENTER」が新作DVDでリリースされた。みて良かった。みたかった訳ではない。あのテロのことなので躊躇してた。

あの2001年9月11日のことは忘れない。

2000年秋、NYに出張した。OFFに自由の女神像を観にいった。ウォール街も散策した。ウォールストリートの駅で手にしてたSONYのハンディカムを見てビジネスマンが声をかけてきた。「いいね。それは幾らするんだい?」-短いけれど楽しい旅の思い出。

その地下鉄の駅も半壊した。あのビジネスマンのことを思い浮かべた。

あの日から世界は変わった。それからの世界がいい方向へ向かったとは思えない。

だからこそ、あの崩落した瓦礫の中で何が行われてたかを見てよかった。

かすかな希望であっても希望は必要である。人間の善なる部分を信じることなしに、新しい世界を築くことはできない。

そういう思いをオリバー・ストーンは伝えたかったに違いない。

実話に基づいている。

ワールド・トレード・センターでは2749名の方々が亡くなり、その国籍は87カ国に及ぶ。343名は消防士、港湾局職員84名中37名は警官、ニューヨーク市警察警官は23名が亡くなった。

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2007年2月26日 (月)

ブラボー! マーチン・スコセッシ監督

映画『ディパーティッド』で、アカデミー賞監督賞、作品賞、本当におめでとうございます。

あなたがアカデミー賞を今まで受賞しなかったこと自体、異常でした。やっと本来あるべき評価が与えられ、世界中の映画ファンは喜んでいます。

七十歳を超えてなお映画に捧げるそのスピリット!

私たちはどれほど勇気づけられることか・・・。

次回作はいよいよ遠藤周作の『沈黙』の映画化。日本でロケするなら、おっかけしますぞ。

これからも素晴らしい映画をどうか造り続けてください。それを心から祈っております。

◎以前スコセッシの記事を書きました・・・⇒ 

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2007年2月15日 (木)

サンフランシスコ コッポラのワイン

数年前。サンフランシスコを息子と二人で旅した思い出。

12歳の息子と二人乗りのレンタル自転車に乗り、ゴールデンゲート・ブリッジを渡った。対岸サルサリート。愛らしい町。アイスを食べた。フェリーに乗った。潮風に吹かれ食べたクラムチャウダーの味。

映画の舞台の街。マックイーンの「ブリット」。ヒッチコックの「めまい」。ダスティン・ホフマンの「卒業」・・・。

明日、仕事の合間にフランシス・コッポラのワインを探そう。受験の息子との思い出。ゆかりのワイン。

イタリア人の家族の食卓がボクの夢だった。コッポラの映画にあるように。

昨日コッポラについて書いたので・・・ 

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2007年2月 9日 (金)

捏造問題

たくさんの捏造がある。

TV局は孫請けが悪いって云う。下請けに造らせたのはTV局。だから責任は末端に?上前を跳ねておいて。番組つくるのがTV局だと思ってた。

ラクして儲けてると、頭がシャープでなくなることがある。

国会でも「あのコトバ」を巡って攻防が。聞くに堪えないコトバ。誤解を招く愚かなレトリック。政治家がコトバを操れなくてどうする?それが許しがたい。けれどキャッチコピーのような「あのコトバ」。誰かが小さな創作をしていない?発言録を読んでいて疑問が湧いた。

そのコトバを皆が利用してる。目的は別のところ。マーケティングでは「溺れた犬は叩け」と云う。

捏造は、どこにも忍び込んでる。

大切なことが置去りになっている。日本の大切な局面に。

Photo_42あら、ぺこちゃん。

こんなところに。元気そう。

あの社長さんはね、「ぺこ人形」って君のことを云ってた。

「ぺこちゃん」って云って欲しいと思った。

結局、コトバは正直者。愛あるコトバかどうか、よ~くわかるさ。

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2007年2月 7日 (水)

マイケル・チミノ(映画監督)のこと

「ディア・ハンター」や「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」の監督マイケル・チミノのことを知ってる人が少なくなった。

昨日、映画の好きな人たちと話しててそうだったから、少し驚いた。

アメリカのマスコミもまたバッシングする。そうやってハリウッドから追放された男。マイケル・チミノ。

彼のことを、若い人々に伝えておきたい・・・。

そう思って書いた文章があります。興味がおありならばこちらへ⇒映画甲子園コラム

どの時代にも悲劇はある。いま、知らず知らずにそういう悲劇に加担していないか考える。正しい判断によって行動を起こすには、自分に豊かな情報収集力と情報分析力が必要だ。

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2007年1月21日 (日)

うそ発掘! あるある大辞典Ⅱ

やっぱりうそだった。

フジテレビ系の謝罪内容はこちら⇒hp

こういう時も「うそをつきました。御免なさい」とまだいえないね。子供の頃「うそをついたらいけません」。「悪いことをしたら、しっかり謝りなさい」と教わってない?

これを書かせ、書いた人、そして承認しsiteにupした人、みんなまだうそをついてる。

納豆に罪はない。ぺこちゃんにも罪がないように。

今朝は 納豆を食べたいと思う。

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水曜の朝、午前三時

「45歳の若さで逝った翻訳家で詩人の四条直美が、娘のために遺した4巻のテープ。
410125141x そこに語られていたのは、大阪万博のホステスとして働いていた23歳の直美と、外交官として将来を嘱望される理想の恋人・臼井礼との燃えるような恋物語だった。
「もし、あのとき、あの人との人生を選んでいたら…」。
失われたものはあまりにも大きい。
愛のせつなさと歓びが心にしみるラブストーリー。」
(引用終り)。

久しぶりに恋愛小説を読んだ。人に勧められた。映画化したらどうか?という視点で読んだ。

映画では1970年の大阪万博をきちんと再現すべきだ。失われた時代の微熱を背景としてる処が面白い。時代そのものの視覚化がほしい。この話の恋は現代の恋よりも制約が多いし、だからこそ恋情が持続するという部分がある。

福永武彦の『草の花』を思い出した。

戦中派の福永氏は死を覚悟した。『草の花』にはその深みがある。『水曜の朝、午前三時』の絶望はそれ程深くない。むしろ恋の甘い香りにひかれて読み進められる。だからこそベストセラーになったのだろう。

『水曜の朝、午前三時』の良さはメロドラマとしての純度。

今の時代の恋は・・・?いろいろな恋があるだろうけど、いまでも恋はゲームじゃなくて生きることなのだろうか?

どうも恋は魂(たましい)の空域から、ファッションや心理や経済の海域に移動し始めてる気がする。

exchangeable(交換できる)な、損得を軸とした経済水域にある恋は、賞味期限もきっと早いのだろう。

その方が魂は傷つかない。痛みもまた少ない。想い出にも残らないはず。

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2007年1月 3日 (水)

PLATOON & ふぞろいの秘密

オリバー・ストーン監督の『プラトーン』を次男坊とDVDでみた。

1986年の作品だから20年経過してる。劇場でみた時のことを思い出す。冒頭のジャングルに射しこむ木洩れ日の厳粛な光。バーバーのレクイエム。オリバー・ストーンのベトナム経験が十年以上経て結晶化し、映画史上の傑作となった。今でも見ごたえがある。

Photo_363

石原真理子氏の自伝『ふぞろいの秘密』を読んだ。

随分バッシングされてる。しかし売れている。読んでみれば真っ当な本。マスコミの愚かさが逆に照らし出される。個人的にはこのように異性遍歴がOPENにされることに抵抗があるけれど、石原さんの女性としての愛の歴史なのだろう。80年代の日本の芸能界がここにきて規制緩和で、白日のもとに晒された感がある。随分ひどいものだ。結局石原氏はいまだに苛めの対象のままである。

『ふぞろいの秘密』は『PLATOON』とどこか通じる。

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2006年12月27日 (水)

クルマには聖書があって・・・

西欧の文化・思想を調べてると、どうしてもキリスト教を避けて通れない。だからクリスチャンでない僕は聖書を読もうと思い立ち、図書館から借りていた。英文と和文が両方載った分厚い聖書を、今日クルマに積んで出かけた。その矢先ー。

二車線の幹線道路の追越し車線に相当する右車線を走行してた。いきなり右手の合流車線からトヨタのヴィッツが僕のクルマに突っこんできた。わき見運転だった。僕のクルマの右のドアからリアフェンダーにかけてヴィッツがめり込み、止まった。

その瞬間のことは、スローモーションのようだった。僕が左にハンドルをきれば左のクルマに追突した。右の視界の中で接近してくるクルマの運転席に女の子が慌ててる姿も見えた。ブレーキを踏むのも空しく、激しい衝撃がきた。

最後まで冷静だった。近くにいた警官の傍までクルマを誘導し路肩に寄せハザード・ランプを点滅させた。女の子にも同じように誘導してあげ路肩に止めさせた。初心者マークがついてた。現場検証を終え、保険会社に連絡し、女の子にこれからの手順を説明した。

後から、そう、事故から何時間もたってから、恐怖と怒りが込み上げてきた。しかし意識をその事故の瞬間から逸らした。とても疲れてる自分がいた。

気をつけようがない。相手に対する怒りでもない。不幸中の幸い。、愛車は僕を守ってくれた。感謝の気持ち。

こういうことが今日起ったことの意味を、僕は考えた。けれど、答えは見出せなかった。そんな時に、聖書を読んだ。

今や、恵みの時、今こそ、救いの日。」コリントの信徒への手紙二 六・二

身体の中の震えは消えていき、そう思うことで心は和らいでいった。

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2006年12月24日 (日)

映画「素晴しき哉、人生!」をあなたに

クリスマス映画として全米で知らない人はいない映画。それ位クリスマス・シーズンになるとTVで放映されてきた。

It’s a wonderful life.

戦争直後の1946年。夫ジェームズ・スチュアート、妻ドナ・リード演じるフランク・キャプラ監督作品。クリスマス・イブに起きる奇蹟はしかし単なるファンタジーではない。

人々を幸せにしてきた善良な男ジョージ(スチュアート)は経済的な破綻で自殺を企てる。そこにクラレンスという名の親爺な天使がつかわされ、ジョージのいない街がどうなってしまうかを、彼にみせる・・・。

生きることの意味、善意、博愛主義を描いてアメリカの良心を支えてきた。最近の『ペイ・フォワード』もこの映画にインスパイアされている。

そんな映画をいますぐヤフー動画でもみれる。こちらをプチッと⇒

何度も観た。名作は何度でもその度にご褒美をくれる。原作は短編『The Greatest Gift』。

今を苦しんでる人にこそ贈りたい映画です。

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2006年12月22日 (金)

世界遺産の癒し IWO JIMAの映画

昨日二つのweb siteを更新した。自分の仕事に生じたシンクロニシティ(共時性)。

ひとつは世界遺産DVDのpromotion siteの衣替え。スタッフも楽しんで造ってくれた。クリスマス・イブの恋人たちのプレゼントに、という思いから。⇒世界遺産の癒し

もうひとつは、中高生向けの映画コラム。クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』を観て、急遽原稿を差し替えた。中高生に是非とも観ておいてほしい映画。観たことが世界遺産になる映画。⇒映画甲子園の“コラム

人から、いいですね。趣味入ってる仕事ですね、とたまに云われる。ちょっと戸惑う。人には趣味の範疇に自分の仕事は位置してる。映画もwebも。実は「好きな仕事以外はしない」。会社では話せない危険思想。

好きな仕事をするために払う努力と犠牲を人が知ったなら、「趣味が入ってる」仕事とは云われないはず。

でも格好つけなくていい。

確かに趣味は入ってる。

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2006年12月17日 (日)

映画「硫黄島からの手紙」

1930年生れのクリント・イーストウッドの手によって、硫黄島で戦い死んでいった男たちが映画にとどめられた。

戦後61年、日本人は硫黄島を置き去りにした。カリフォルニアに生れた76歳の男によって“再発見”されるまで。その映画は、世界中で後世まで語り継がれることになるだろう。

いまだ1万3千柱もの遺骨が島には眠っているという。日本国はいまや繁栄という衣を身にまとって振返ろうともしない。

だから現世の政治家にみてほしい。国家によって戦わなければならなかった者の気持ちを。

本当は生きたかった死者の思いを描いた映画である。

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2006年12月16日 (土)

「映画甲子園」というweb siteが

昨日Open。

「映画甲子園」というのは高校生の自主制作映画コンクール。第1回が今年開催され全国から70作品以上が寄せられた。第2回は来年秋に開催される。そのweb site

昔自分も8mm映画を造ってた。その共感がある。だから高校生を応援したい。今の高校生は大変だもの。

Charie’s Movie Cafe

友人のチャーリー・ブラッカイマー氏にコラムを依頼。高校生に映画の素晴しさを伝えてくれるはず。

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2006年12月14日 (木)

世界でひとつのゲームをやる

そう。それは世界でひとつのゲーム。

Image023_2全知全能を賭けて。

仲間は?

いるかもしれない。時にはいないかも。

たったひとりで戦うときもある。

プログラムは自分でつくる。お店では売っていないんだ。

Image02200エンジンは、たとえば愛。

愛を守るのがルールだよ。

時には自分の内なる敵とも戦うことになる。

マシンにはOFFのスイッチがついてるけれど自分で押しちゃいけない。二度とONできないマシンなのさ。

ONとOFFは神さまの役目。

人類500万年の進化の最先端頭脳(CPU)を搭載する君。使えば使う程学習する。市販のゲームであまり人生を浪費しないで。

今、君の立ってる場所が君の戦場。戦うべき処。

一生かけても悔いはない。そこに君の王国を造るんだ。愛の王国をね。

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2006年12月13日 (水)

この国の青はもっと美しい

この国の青。山紫水明。

Image024_1Image025_1Image02300夜明けのホームで光るブルー。

美しいコピーのその下に警告のメッ