河合塾 入塾
次男坊を河合塾に入れる手続きをした。
現役合格を本人も望んでる。
親の自分としては、なおのこと望んでる。
親のこちらの方の本気度の方が、今は高いかもしれない。
それは身銭を切る方だからか。
現役合格を目指すなら、まだまだ本気度が足りないな、と思ってみてる。
だから、こちらは身銭を切るのだ。
次男坊を河合塾に入れる手続きをした。
現役合格を本人も望んでる。
親の自分としては、なおのこと望んでる。
親のこちらの方の本気度の方が、今は高いかもしれない。
それは身銭を切る方だからか。
現役合格を目指すなら、まだまだ本気度が足りないな、と思ってみてる。
だから、こちらは身銭を切るのだ。
高校二年の次男坊が、GW中に映画をつくった。
高校の先生が結婚されるので、皆で集まってビデオ・レターをつくろうという話だった。
なので、手持ちのハンディカムを貸してあげた。
ハンディカムの操作方法を教えようとしたら、「ボクはかなりできるよ」と云われてしまった。
前から意識することなく、撮らせてたみたいだ。
順調に進んでいるか、気になっていたが、自主的に始めた事なので、見守ることにした。
先週、ちょっと見てみる?と云われた。
見せてもらった。
ー「ビデオレターが撮れなかったので、映画をつくった」。
映画をつくった?
オールラッシュに近い状態で、映像をみて、驚いた。
しっかりしたエンタテインメントになっている。
高校生の同級生たちが集まって、あるストーリーに基づいてお話が展開し、最後に、先生の結婚を祝うという形に収斂してく。
確かなキャメラ・ワーク。
GWに編集するという。
ー編集したことある?
そう聞くと、このムービーメーカーは簡単なので、なんとかやれそうだ、と云う。
(頼もしい。)
映像にサウンド・トラック、そしてテロップと、上手にPCを操作して、ちゃんとしたムービーを仕上げた。
こちらが助言して、本人がそうだと思える部分は取り入れてくれたが、自分がこうだと思った部分は譲らない。
しまいには「監督」と呼んだ。
DVDに焼いて、結婚式場の宴会係に届ける処は、フォローした。
せっかくみんなのお祝いの作品が、万が一のアクシデントで上映できないとしたら悔やまれる。
式場でリハーサルし、そのDVDは再生できることが確認できた。
当日、もう一枚焼いてあげたDVDを本人に持たせた。
「万が一の場合には、このDVDを使いな、ね」
結婚式の披露宴は、とても盛り上がったらしい。
よかった、よかった。
自分が初めて8mmで映画をつくったのが、高校二年の時だった。
不思議なことに、次男坊は高校二年で、ハンディカムで撮影しPCで編集して映画をつくった。
いとも軽々とつくったことに驚いた。
絵を描くことも、楽器を演奏することも、映画をつくることも、次男坊には同じことかもしれない。
<映画をつくる>という心理的障壁など、ほとんどなくて、映画をつくったことに驚くと共に、教えられた。
たいへんな事だと思い込むよりも、見る前に飛べ。
そういうことが、若さ なのかもしれない。
映画監督になりたいならば、映画をつくればいい。
それを、次男坊から教えられた。
朝が楽しみな季節。
止まったような時間。
思案の朝。
海の幸を中心に。
タープで日陰をつくる。
子供たちが大きくなった。火の周りで食材を焼く係。少し離れた日陰から、そんな姿をみていた。時折焼いたものを、運んできてくれる。昔は膝の上に乗ってた子。
BBQの後は、各自お昼寝。
夕方から、付き合いのいい次男坊と近所のスーパー銭湯へ。
サウナに頑張って入ってるのは、ニキビ対策と後で知る。ぽちゃぽちゃだった身体はテニス・ボーイの引き締まった身体に。大勢の子供たちで一杯だった。子連れの若いお父さん。かっての自分の姿。
夕飯はお豆腐、それに巻き寿司で。さっぱりと。
柏餅を最後にいただく。
子供の日は、子供のことを思う日。 そう思えた日。
昨晩はステーキを食べる日。家族そろってスーパーマーケットに買出しにいく。
子供が大きくなると、部活や学校でGWで一緒に動ける日がほとんどなくなった。
だから肉の日。肉で子供を釣る。
いつもと違うのは替玉に相当する分量の牛肉を買込むこと。育ち盛りの男の子二人はやっぱり肉だ。食いっぷりがいい。見てて気持ちいい。ひとりひとりに焼いたステーキを皿に盛り分けた後、余分に買ったステーキをハサミで一口サイズにさくさく刻んで盛り付ける。
家族の盛り上がりにはパターンがある。終始次男坊が話題をリードする。そこに長男がそっと割り込む。割り込む切り口の1/2は突っ込まれ、返り討ちにあう。そこで長男はニコニコ引き下がる。漫才のボケと突っ込みのようだ。
そうやってこの兄弟は仲良く育ってきたのだなと思った。
明日は子供の日。どんなに大きくなっても子供たち。
なにか二人にしてあげたい。
ますます気温は上る。
ツツジ満開。
勝負姿が、眩しいぜぃ。
いつの間にか、ペア組む子の妹さん(3つ)のお相手。
これはね、温泉で買ったのよ。
それからたくさんの指令がボクに降りかかる。
そして最後はかくれんぼで盛り上った。
駄目よ。目をつぶるの。ここにいるの。もういいかい?まあだだよ。もういいかい?・・・もういいよ。
一体何回した?すっかり仲良くなった。お別れの時には、また遊ぼうね、と云われてしまった。はい。また遊ぼう。
女の子は小さい頃から、女の子なんだ。
親しくなるまでのアプローチ、たくさんの品定めとテストに晒された気分。その仕上げがかくれんぼ。
かくれた自分を見出してくれる・・・やっぱりお姫さまなんだ。
文庫サイズで80P。薄い。雑誌の付録のような豆本が書店のレジカウンターにあって、そのタイトルに惹かれ買った。
日本ユング研究会の会長を務める深層心理学者・林道義・東京女子大教授の著書。(¥286+税 童話屋。)
とても面白い。(章立ては次の通り。)
1.子供は立派な父親を求めている。
2.立派な父親とはどういう人か。
3.立派な父親になるにはどうしたらよいか。
全編わかりやすく、すべての漢字にルビまでつけられ、原理原則(プリンシパル)だけで書かれてる。
もう少し早く読んでおけばよかった。父親業を初めてもうすぐ二十年。本当は父親になった時に読めばよかった。けれど発行は6年前の2001年。
人の心の奥底にはどんな悪人でも、美しいもの、高い上品なものを求めてるという。父親は少しでも立派になろうとする子供本来の心を導け、という論調。子供に感動を与える工夫をせよ・・・という一節もある。なかなか深い、核心の父親論。
最近書店の平台には、お金儲けやもてる為の本、とか幸福の法則、とかその手の本が大流行である。なんか卑しい、あさましい、小賢しい、いかがわしい著者が多い。みな我欲に囚われている。
お金でたいていのものは賄える。お金は大切である。お金は愛を守ることができるから。
けれど、お金で愛は買えない。愛はお金で買い戻せない。弁償もできない。(修繕ならできるだろうか・・・。)
いまからでも遅くはない。
立派な大人にするために、まだ息子たちにしてあげねばならぬことがある。
それを気づかせてくれた本だった。
ボクもまた立派な父親になりたい。
造ってきたweb siteを、やっと今日Openした。3月末日。
高校生の文化活動を支援するNPO法人様から依頼され、企画から5ヶ月かかった。ひとつの節目が今日。
大勢の人々がかかわった。骨があった。楽しかった。高校生を持つ親として、いまの高校生の置かれてる社会環境を考え調べることもまた、勉強になった。
仕事と私生活が一緒だとあまりストレスにならない。結局四六時中好きな仕事をしていられるのが理想。
今の高校生は将来の日本の宝ー。そんな気持ちを大人たちは忘れてない?ひどいニュースを見聞きする度に、愚かな大人の行為には情けない思いをする。子供たちの荒れる責任の大半は大人にある。
高校時代は多感な季節。将来の希望を抱けるように、応援してあげたい。大切にしてあげよう。そして子供たちが憧れる大人になりましょう。
造ったweb siteは、初めてカッコよさとかを捨て、手づくりの有機的な感覚を大切にしたもの。
息子たちにそっと感想を聞いてみよう。 web site ⇒ ◎
原題は『CHILDREN OF MEN』(人類の子供たち)。
邦題の稚拙さ、広告宣伝の不発(?)から、昨年の劇場公開ではパッとしなかった。けれど口コミでうわさは広がり、DVDで観たら素晴しい傑作だった。
さっそくアマゾンでPREMIUM EDITIONを購入。昨晩到着。特典映像65分付の2ディスク。深夜、ワンカット撮影シーン・メイキングをみる。
なるほど、こうやってあのシーンを撮ったのか・・・。うむ。すごい・・・。
2027年ー子供が誕生しない未来。唯一の希望を失えば人類に明日はない。(PRコピー)。
かすかな希望に勇気付けられる映画。
コラムを書きましたので⇒ ◎
映画監督フランシス・コッポラがサンフランシスコ郊外のナパ・バレイでワイン農場を経営し成功したことは知っていた。けれどそのワインを飲む機会が訪れたのは、当時シリコン・バレイに駐在していた友人夫妻のおかげである。
スタンフォード大学そばにあるコッポラのワインショップ。長男が小学校卒業の記念にサンフランシスコを旅した数年前のこと。
昨晩はその長男の高校卒業祝いを兼ねた夕食。そこでコッポラのワインをあけた。
息子は笑う。
お水を飲んだよね。・・・うむ。確かにね。
シャルドネはワイン・グラスに琥珀色に輝く。
丁度コッポラの『ゴッド・ファーザー』の光のように。
今日は快晴。
素晴らしい日の出をみることができた。
一日の始まりにユングの言葉(だったと思う)を思い出した。-「あなたはあなたのことをする。わたしはわたしのことをする。」
今日一日、ボクはボクのことを精一杯しよう。
あなたはあなたを精一杯に生きてほしい。
昨日二つのweb siteを更新した。自分の仕事に生じたシンクロニシティ(共時性)。
ひとつは世界遺産DVDのpromotion siteの衣替え。スタッフも楽しんで造ってくれた。クリスマス・イブの恋人たちのプレゼントに、という思いから。⇒世界遺産の癒し
もうひとつは、中高生向けの映画コラム。クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』を観て、急遽原稿を差し替えた。中高生に是非とも観ておいてほしい映画。観たことが世界遺産になる映画。⇒映画甲子園の“コラム”
人から、いいですね。趣味入ってる仕事ですね、とたまに云われる。ちょっと戸惑う。人には趣味の範疇に自分の仕事は位置してる。映画もwebも。実は「好きな仕事以外はしない」。会社では話せない危険思想。
好きな仕事をするために払う努力と犠牲を人が知ったなら、「趣味が入ってる」仕事とは云われないはず。
でも格好つけなくていい。
確かに趣味は入ってる。
食べ物のこと。
盲腸の手術で入院した息子に渡した一冊のミニ・ノート。それに最初に記されたことは、術後はじめて口にした食事の献立だった。健康は食欲なのだ。あれも食べたい、これも食べたい。宜しい。ならば早く退院しておいで。
おいしいものを食べに行こう。
◇
無事に手術は成功し、術後も順調で・・・。昨日今日は気が抜けてしまってる。およそどんなことでも許せてしまえる境地がある。いいでしょう。許します・・・。それがわかった。
子供が無事でいてくれることがどれ程の安堵感をもたらすものなのか。身にしみて分かった。
感謝してる。感謝して生きる。そういうことに今一度思いが至る。
街に流れるクリスマスソングが、胸に沁みる。
子供を守ろう・・・そうblogに書いた昨日、子供が緊急入院した。ノロウィルスの診断が、実は急性虫垂炎かも?ということになって病院へ。結果、緊急手術に。
僕にできることは仕事を抜け出し顔をみせること。手術前の息子に会う。努めて「余裕ある笑顔」を造り病室に入る。笑顔の僕をみた時、息子の顔にかすかな安堵が浮かんだような気がした。「大丈夫。何も心配することはないからね。でも気持ちは強く持つんだよ」。
夕方から大切なプレゼンがあった。ここ数週間練り上げてきた企画の最終プレゼン。プレゼンターの僕が抜ける訳にいかない。
丁度プレゼンが始まった頃、麻酔をかけ手術が始まった。プレゼンに意識を集中した。とてもすっきりしたいい仕事ができた。意識の片隅に息子を思う気持ちがあった。パパも頑張ってる。君も頑張りなさい。
プレゼンが終わり、事情を知る仲間たちに詫びて病院へ。息子に頼まれたミルク・キャラメルを買った。何故か、小さなノート・ブックとゲルインクのボールペンも買った。
苦しい時には文字を記してきた。意識は現実の苦しさから別の世界へ飛躍できる。今まで僕はそうして急場をしのいできた。
術後の麻酔が醒めた頃、病院に到着した。息子は穏やかな顔だった。買って来たミルク・キャラメルを説明する。3種類も買ってきた。それから枕元に小さなノート・ブックとペンを置いた。書きたいときに書きなさい。好きなことをね。
昨日Open。
「映画甲子園」というのは高校生の自主制作映画コンクール。第1回が今年開催され全国から70作品以上が寄せられた。第2回は来年秋に開催される。そのweb site。
昔自分も8mm映画を造ってた。その共感がある。だから高校生を応援したい。今の高校生は大変だもの。
友人のチャーリー・ブラッカイマー氏にコラムを依頼。高校生に映画の素晴しさを伝えてくれるはず。
そう。それは世界でひとつのゲーム。
仲間は?
いるかもしれない。時にはいないかも。
たったひとりで戦うときもある。
プログラムは自分でつくる。お店では売っていないんだ。
愛を守るのがルールだよ。
時には自分の内なる敵とも戦うことになる。
マシンにはOFFのスイッチがついてるけれど自分で押しちゃいけない。二度とONできないマシンなのさ。
ONとOFFは神さまの役目。
人類500万年の進化の最先端頭脳(CPU)を搭載する君。使えば使う程学習する。市販のゲームであまり人生を浪費しないで。
今、君の立ってる場所が君の戦場。戦うべき処。
一生かけても悔いはない。そこに君の王国を造るんだ。愛の王国をね。
スペシャル・スタミナランチ定食を食べた。ジュージュー鉄板でビーフと玉葱を焼いてハフハフしながら食べる。500円(!)也。
(中坊:中学生の愛称。)
土曜は終日勉強につきあった。午前中は大学の学食で。塾をはさんでその後は図書館で夕方まで。
子供と一緒に過すと、自然にいろいろなことがわかってくる。いま彼が何を好きで何を考えてるのか?とてもよく伝わってくる。言葉で伝わるだけでなく、生活のハリのようなムードもよく伝わる。クルマの中では好きなCDを聞かせてもらった。
子供でも愛のありかは知っている。親に愛されてるかどうか、しっかりわかってる。
愛は一緒にいたいこと。一緒にいれる幸せ。
今日がその日・・・。一日の始まりのこの時間なら、まだ間に合う。会社の傍のVELOCE(ベローチェ)でコーヒーを飲みながら、このblogを書こう。
仕事。「完璧(パーフェクト)」というコトバを使うには未来が輝きに満ちてると確信することが必要だ。それには今日仕込む様々な仕事上のトライアルが着実に目的・目標に向かってるという実感がほしい。たとえ成就しなくても試みは成功だった、ということでも良い。
プライベート。18時からは週末が始まって、豊かな土日を過して月曜日の午前9時までは休暇。そういう意識で自分と家族の時間を生きる。試みてるプライベートなProjectがある。それが10月に3つ。その2つが山場を迎える。この土日で収束に向けて前進したという実感を得たい。
身体。メタボリックな君からの脱皮は着々と。けれどもお腹すくなあ。血糖値が下がると怒りっぽくなる。そんな時にはチョコを“ちょこ”っと。寒暖差があるから風邪をひかぬよう。心身は60%の負荷を基準に。
今日のランチは少しゆっくり食べる。だから8時から仕事を始めよう。
家族。次男坊とコミュニケーションが不足してる。ディズニー・シーから夜の11時に帰ってきた。それを僕は怒ってる。土曜の夜にはスーパー銭湯に誘おう。
映画。デ・パルマの新作『ブラック・ダリア』が明日から。これは夜にちょっと贅沢な映画館でみたい。
そういうことを想像してる今が、実は完璧な花金かも。今日一日。笑顔を忘れずいい一日を。
Have a nice HANA-KIN weekend !
| 固定リンク
赤ちゃんを抱いた若いお母さんが乗ってきた。僕は幸運なことに前の駅で座れたところだった。朝6時台の長距離列車は空いていて座ってる人々の大半は眠ってた。
その乳飲み子を抱えたお母さんは僕の座る席とは反対側の扉の端に立った。誰も動く気配はなかった。僕は鞄を席に置き確保してから、そのお母さんの処へ行った。「どうぞ・・・」。場所を指し示した。深々と頭をさげられてしまった。こまるなあ。僕は少し離れた処へ場所を移して本を読み始めた。
なぜ席をゆずろうとしたのか?よく判ってない。こころの中では「疲れてる。せっかく座れたのだから身体を休めれば」という声が聞こえた。でももうひとりの自分が考えるより早く身体を動かしてた。そのもうひとりの自分にインタヴュー。
彼曰く「僕の望む世界では、長距離列車の中で男たちが座って眠り、乳飲み子を抱える母親が立ってるのはあるべき姿でない」-そういう答えだった。
そうか。親切心とかいうコトではなかったんだね。「望むべき世界」か・・・。
立ってる身体は疲れていても、こころは安らか。降りる時に指しゃぶりの赤ちゃんと目と目が合った。
男の子は何も知らない済んだ目で僕の瞳を覗き込んだ。チュス。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
9・11を過ぎ9・12。「ダーリンのコーヒータイム」は300回目の記事です。みなさまのお陰で三日坊主チャーリーは毎日blogに記事を書いてます。ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします。
さて9・11。昨晩は筑紫さんのTVを見てた。今日は自分自身の体験を書く。
あの日、自宅居間でみた映像があまりにハリウッドのSFX映画のようだった記憶。その衝撃。端正な画面構成。青い空。そして・・・信じがたい映像。時代が一瞬にして悪くなったことを悟った。
一年前にNYに長期滞在してた。仕事がOFFの日に「自由の女神像」を見に行った。その時地下鉄ウォールストリート駅で下車。
一人のビジネスマンが僕に近づいた。手にしてるSonyのHANDYCAMを指差して「いくらなの?」と聞いて来た。アメリカ人の陽気な人懐っこい笑顔で。楽しいNYの思い出の1コマになるはずだった。
そういう想い出を砕いた9・11。どのようなドグマだろうとやってはならないコト。世界の記憶として余りに酷く貧しい。これだけのテロを成功させるために周到な計算、訓練、資金が必要だったろう。それを支える憎悪。人間の仕業である。善悪の彼岸を超え人間の哀しくも愚かな選択。その後のアメリカが辿る運命もまた。世界を少しでも豊かにしたろうか・・・。日本の舵取りは?すでに皆が気づいてる。暴力の連鎖は暴力を生むだけ。どこかでこの悪のヴァリュー・チェーンを断ち切らねば。5年の歳月が人類を賢明にしたことを僕は信じたい。
さて新しい朝です。
あなたの今日が喜ばしい一日となりますように。
【感謝200回】ー人生の朝~記事
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
そうサイモンとガーファンクルが歌い、オフコースの小田和正さんが「ああ早く~九月になれば~」と歌った九月。今日から九月がはじまる。
昨晩、夕暮れ時の新橋~虎ノ門~赤坂を、BD-1(チャリ)で走った。気温が下がって夜風は爽やか。気持ちが良かった。親友と彼の会社の前で待ち合わせた。「6時半に会社の前にクルマをつけるから」。そう約束した時にはクルマで行くつもりだった。
それが諸般の事情で自転車になっただけ。ちょっとした悪戯心でクルマではなく愛車(チャリ)で、驚かせてあげよう。赤坂見附を左折して青山通りを上ってく。TVCMの世界で有名な会社のオフィスの前から,携帯に電話した。「下で待ってます」。
友人がほどなく降りてきた。青山通りを目で探してる。ほら。こんな目の前にいるのに。気付かないなんて・・・。チャリに乗ってすうっと前に近づいた。その時の親友のリアクションは、思い出すだけで笑いがこみあげる。人はいつも自転車をout of sightにおく。
そんな見えない風になって、道行くリーマン、OLを抜けてゆっくり走ってると、いろいろな人生があると感じる。いろいろな職業。いろいろな帰るべき家。いろいろな交友関係。そしていろいろな愛・・・。
九月には、<チャリ>を親友のステージにランクUPしてやろう。・・・そう決心した。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
夏の終りに夜空をみれる室内プールで。もっぱらぷかぷか浮かんで空をみてこの夏を思う。ジャグジーで体を温めながら、遊ぶ子供らを眺めた。仲のいい子供たち。
きれいなプールでしょ?(PR写真。ちょっと拝借)天蓋が開閉する。夜風がここちよい。
夏場は夜9時まで。夏休み終了間際。ほぼ貸切。Thanks a lot!残念なのはプールサイドに咲き誇るレディたち。悲しいほどゼロ。“Where have all the flowers gone?”
いままで行ったホテルのプール、遊園地、公共施設など。プールの思い出を総ざらいしてoutput。かなり厳しい条件というのはー。
①都会にあって②夜いけて③子供が楽しめ④安くて(300円)⑤水が綺麗で⑥監視員がいて⑦ナンパに不向きな⑧しかし絶対吸込まれないこと。
そんなプールをあなたにもプレゼント。“どうぞわたしをプールに連れてって”⇒ぽちゃん!
いまからでも遅くない。人生に遅いなんてことは ない。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
夏に思い出深い体験を。明日から中学校が始まる次男坊と受験勉強の長男に何かしてあげたい。次男坊はテニスで。長男は受験勉強で。ひと夏の経験、少なし。
そこで今日はこの夏泳ぎ足りない二人の息子たちにプールを用意してあげたかった。
プールを用意する。なんて大げさか。でも自分のメガネにかなうプールは極めて少ない。
ホテルのプールで理想は帝国ホテルのインペリアルタワーのプールかパークハイヤット東京のプール。これらは宿泊しないと利用できない。パークハイヤットのプールは映画「ロスト・イン・トランスレーション」でビルが泳いだ処。高層からの眺めがいい。
公営のプール、遊園地のプールは吸い込まれるといけない。この世界は油断ならない。また夜までやってるプールも意外と少ない。
そこで選んだプールひとつ。無事に今日彼らが遊び終えたら、ご報告します。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
観るのを避けてた。戦艦大和の甲板上の悲惨な地獄絵をみたくなかった。けれど次男坊が友だちと連立って映画館に行き、みた感想を話してくれた。皆で泣いたそうだ。気になってDVDで観ようと思い直した。
とてもシッカリ造られていた。戦艦大和は不条理な戦争の象徴だった。愚かな指導者たちは防空壕にこもって九州の安全圏にいたそうである。死ぬとわかってる七千名の兵士は自分らの死の意味を求める。昔も今も変らないのだなと思う。角川春樹さんはいい仕事をした。佐藤監督は確か戦中派だったはず。彼の鎮魂を感じた。
最近カッコいいこと、威勢のいいこと、胸を張ったことが政治の世界で増えてる気がしてならない。戦争は理不尽で人間の体が壊れやすい、目もあてられないコトになることを忘れて、軍事オタクみたいなコトをいう政治家すらいる。歴史の勉強や映画を見るというコトを怠って政治家になるとそういうことになる。
日本は降参しました。無辜の夥しい血が流れました。軍人も民間人も。徹底的に負けたという事実。それは不愉快なこと。戦艦大和が沈没するときに甲板が巨大な滑り台のようになり人も機関銃座も雪崩をうって落ちていくシーンがある。価値観とか美意識など根こそぎ崩壊した経験を日本人はたった60年前に持ったはず。
戦争で苦労したことがないから、想像力がないから、カッコいいことを言う。九州の特攻隊の基地だった知覧(ちらん)を尋ねると、特攻隊員は少年の年齢だったことがわかる。死ぬとわかってる彼らが認めた手紙を涙なしで読むことはできない。国家が命を粗末にしたのだ。同胞の命を軽んじた事実に蓋をしないでほしい。
昔、糸井重里さんが反戦ポスターを造った。知性というものを感じたデザインとコピー。ポスターのフレームは総理の見た目で。確か通路のように両脇に人々が立って片手をかざし行き先を示してる。その写真に糸井氏のコピーが収まる。
「総理、まずあなたから」
・・・・・・
サマワで活動した自衛隊隊員の友人から聞いた話。15Kg痩せて還ってきたという。別人のようだったとも。その間にも休日は官邸で寛ぎ治安の確保された外国ではしゃぐ政治家の姿を僕たちは見せられてきた。国際感覚を失った政治はあやうい。
世界はそんな日本の状況をみぬいていますぞ。国家戦略、あります?
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
郷ひろみと一緒にお酒を飲んだら、いったいどんな会話が成立するのだろう。想像を超える。けれど彼の歌う「よろしく哀愁」は名曲だ。
詞がいい。「逢えない時間が~愛そだてるのさ~、眼をつぶれば君がいる~」。
そう、愛は独りの時間が気づかせてくれるもの。こころの中で思い浮かべてる人に自分が気づいてドキッとしたりして。
次男坊が今日帰ってくる。
二泊三日で山中湖にテニス合宿だった。離れてみて「胸が苦しい~」と気づいた。原田知世の「時をかける少女」(大林宣彦監督)を思い出す。「・・・苦しいわ。この気持ちは何?・・・これは愛?これが愛なの?」。やれやれ。
二人で旅をしてたからず~っと一緒だった。その時こんな会話をかわした。「もう自立できるよね。パパがいなくてもやってけるね」「いやいないと困る」「それは経済的に困るという意味?」「いや。精神的に。いてもらわないと困る」・・・。うれしかった。そうか俺はコイツに今必要なんだ。至福。至福。
夜中に寝顔をみたり布団をかけてあげたりするのが好き。やっぱり溺愛か。勿論長男も愛してる。高三の長男はもう大人の部分があって甘えをうまく表現できない。けれど次男坊はまんま甘えてくる。
昨晩、携帯電話の請求書がきた。次男坊の携帯に2万円台の課金が。他の家族3人束になってもいかない金額だった。
怒ってみせても心の中では許してる。
早く無事に帰ってきておくれ。(私的過ぎて読み苦しい記事かもしれません。どうかお許しを)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
息子たちにはいい体験を与えてあげたい。男の子たちは経験を通じて大人になってく。
少年から青年にかわる頃、青年から大人になる頃、パパが必要な時期があるという。居ても居なくても父親は男の子たちに影響を与える。良い方ならなおいい。
次男坊を旅先でJAZZ演奏の会に連れてった。ゴルフ場のレストランで開かれた会は避暑客の常連で一杯だった。社交界にデビューだね。
七十歳のドラムスの逞しさ。美しい歌姫。一足早いピアノの『枯葉』。楽しかった様子。堂々とビュッフェを楽しみ、そして初めてライブで聴くJAZZに惹きつけられた。良かった、良かった。
愛された記憶と懐かしい思い出があれば、逆境に立たされても、なんとか生き抜いていける・・・そう信じてる。だから自立にはひと夏の経験を。
きっと豊かな夏の思い出がDNAを呼び覚ましてくれる。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
関東地方は明け方から雨の降りが激しくなった。昨晩家族が用意した荷物をクルマに積んで出発。今夜6時まで仕事をして、6時1秒から僕の旅が始まる。
渋谷ゴッサムシティーホテルの駐車場に着いたのは8時。予定通り。お盆の先駆けで幹線道路はラッシュが始まってるようだ。台風の雨の影響もあってクルマの量は多い。けれど脇道を選んだりして結構楽しい朝のドライブだった。
今朝早起きして自分の荷造りをしてる時、隣りで寝てる次男坊が寝ぼけて夢の中でニヤニヤ笑った。本当に幸せな奴だ。鼻をつまんでやる。
今夜はゴッサムシティーホテルの一室で、デパートの食品売り場で皆で買い出した惣菜を開いて夕食。どこにも出かけず悪の街ゴッサムシティーを見下ろしながらサッカーの観戦を計画してるらしい。
明日の明け方5時に次男坊と僕は信州に向かってクルマをぶっとばす。
あと三時間足らずでヴァケーション。台風7号はお先に東方海上にスライスしていった・・・。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨日仕事仲間とマックで食事した後に、常時携帯してるVAIOでホテルに予約が済んで、今回の夏旅の予約は全部終了した。時間が節約できてほっとした。
<じゃらんnet>で軽井沢周辺ホテルを予約。渋谷ゴッサム・シティーホテルの予約は先週、<一休ドット混む>で予約。振り返ると全部net予約で済ましたことになる。
暑い最中、JTBなどの旅行代理店を探し、行った先で客待ちするのも避けたかったし、旅行代理店がこちらの望む情報を持ってないという経験も何度もしてきた。最近出張やシティホテルの予約は、ほとんど<一休ドット混む>のオークションで安く仕入れるようになった。結局、時代の趨勢はそういう流れ。
日本の観光地のハイシーズンの料金の高さには敬意を表する。自分の首を絞めなければ良いが。大人同士だったら外国に行った方がいい。夏のお盆の頃のハイ・シーズンを普通価格で販売すれば人気も出るし、市場原理も働くし、リピーターも見込めると思う。
ハイシーズンのお客にホテルや旅館が養ってもらおうなどと考えるから、観光地の稼働率は100%にならない。もう時代は変わった。おそらくお金持ちはハイ・シーズンの高い料金など払わない。なぜならケチだからお金持ちになった。成金以外はそんなに法外なお金を払いはしない。別荘か会員制のクラブを利用するだろう。
メディアに騙されて、高い料金を絞られるビンボ~という構図は壊したいよね。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
気持ちは向かってる。今週の水曜から、次男坊と二人旅。お兄ちゃんは大学受験なのでいろいろ考えた。水曜は家族揃って東京のホテルで一泊。僕は夕方まで仕事して午後6時から休暇に突入!
みんなで美味しいものを食べて、ホテルできれいな夜景をみて、僕と次男坊は明け方クルマで信州へ。長男と奥さんはゆっくりと朝を過ごした後、セミナーのあるおらが街へとCome back。
次男坊との二人旅の宿をまだ予約してない。最終日は軽井沢に別荘を持つ親友と合流してお昼にピザを食べに行くことだけ決まり。予約を取らなければ入れないピザ屋が軽井沢にあるそうだ。うむをいわさずピザ屋に決めるところが親友らしい。
さて、今日一番大切なことは、ホテルを予約すること。男二人が愛車で旅すること事態が自由そのものであって、旅の日程を決めたくない思いもあった。
いろいろ調べると、やはり軽井沢はよくできたリゾートだ。テニス、食事、ショッピング、美術館・・・。自然と文化と食・芸術がマッチする。結局、いい避暑地にはそういう仕掛けがある。
軽井沢で昼間はテニス・ボーイとプレイして、夜はおいしい肉を食べる。明け方はゴルフ場を散策・・・。はや~く行きて~。
今週は仕事は程々に。体調を整えましょう。
あなたも Have a great week !
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
コート・ダ・ジュールというきれいなカラオケ屋さんがクルマですぐの処にできてから、何ヶ月かに一回、家族でカラオケに行くようになった。広くてきれいな部屋で食事をとりながら歌う。歌う。歌う・・・。それが夕食の宴になる。最近は歌い手が増えてしまった。
中学生の次男坊と大学受験の長男のレパートリーの豊富さには一目置く。
◎次男坊の歌った主なアーティスト名:オレンジレンジ・HY・モンキーマジック・RIPスライム・B'Z・KAT-TUN。目下一番好きな曲は、HYの『AM11:00』。ラップが上手。小さいときから音感は磨かれるのか。昨晩から立って歌うようになった。
◎長男の歌った好きなアーティスト名:スピッツ・KAT-TUN・浜口祐夢・Kids Alive・平井賢。目下一番好きな曲はスピッツの「魔法のコトバ」。密かにパパ(僕)の地位を狙う。バラードで攻めてくる。
今の十代の人気アーティストがわかって面白い。僕は夏にまつわる歌をセレクションして歌った。奥さんは過去・現在・未来の歌を歌った。この母にしてこの子たち。
昨晩は三時間位歌ったので、子供たちがヘロヘロになってたのが可笑しかった。体内のさまざまな感情を表現することは、きっと心身にいいのだろう。
帰りのクルマで、夜風が気持ちよかった。また歌おうね。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
がんばったことのない人は「がんばり過ぎる」ということがよくわからない。そして「がんばり過ぎてる」時に、自分自身をそうだと客観的に認識することも少ない。Too muchは身もこころにも無理をかけてること。けれどそれに気づかなくなってしまってる。
こわれたことのない人に「こわれる」怖さはわからない。人は皆どこかでこわれる。一生の内で遅かれ早かれ程度の差はどうであれ、こわれる。けれど、こわれないことが幸せ、かというとそうでもない。大切なのはこわれた処から再生する力。人間を本当に知れば、人は「こわれやすい」生き物だと判ってくる。
あなたに伝えたいのは,<fire wall> (防火壁)をつくること。
空襲で大都市が全焼しないよう先人は緑地帯を造った。此処で火を食止められるというボーダー。人間の知恵は素晴らしい。強固な fire wall でない方が良い。硬いと壊れやすい。例えば習慣などがいい。
いろいろな fire wall がある。
金曜の晩は仕事が終わったらスーパー銭湯へ行く。そこでサウナに入って汗を搾る。その汗と共に一週間の仕事のコンフリクションを洗い流したとイメージする。その施設をでたら、あなたの週末がはじまる。~簡単。それを習慣化する。仕事と自分時間を切り離す。
こわれるくらいやった人間でなければ、こんなことを考えたりしませんよう。最後には人間の叡智を尋ねる境地がある。ひとりでも充実した時が人を育てる。
気づいたらあなたの隣に恋人が居たりして・・・。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
始まる。新しい一週間は7月の締めくくりから。8月の展望も今週見通しをつけたい。
最近は朝のコーヒータイムをDOUTORで過ごす。道に面して開放してるので、通勤する人たちを眺めることができ、楽しい。音楽もモダン・ジャズでGood。ここで朝のblog記事を1~2本書くのが日課。仕事のエンジン始動をプライベートblogでかける。一日を好きなことから始めるのがいい。
8月は夏の終り。海水浴のピークもお盆まで。後はクラゲと仲良くやる季節。遅ればせながら、夏休みの計画に着手した。今週中に決めて予約。今年は次男坊との二人旅。お兄ちゃんは大学受験。奥さんはそのサポートに。次男坊はお泊り2泊以上を要望。合点だ。涼しい処がいいというのは炎天下で練習するテニス・ボーイの切なる願い。かなえてしんぜよう。なんかワクワクしてきた。
構想としてはクルマに乗ってアルプス周辺の高原を旅する。高速と自動車道を駆使して標高1000m位を意識したい。1泊は民宿かキャンプ。もう1泊はホテルか旅館。ワイルドと洗練。昔から「王様と乞食ゲーム」と自分で呼んでる方法。一番お安い経験と、一番手が出せない経験をほぼ同時にする。お金を相対化して体験を豊かにできる。屋台のラーメンから高層のバー・ラウンジへというように応用可能。
次男坊はノリがいい奴。ハワイではフォード・カブリオレで楽しんだ。ナビは次男坊の役目。男の子は遊びをたくさん知ってた方がいい。ただし女遊びは別だけど・・・。
この一週間が、あなたの8月の展望を切り開く週になりますように。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
夏草や 土曜の午後の サバイバル
季節は夏。土曜の午後をどう過せば充足の週末を過せるか?さまざまな可能性と選択肢の中からひとつを抜き出して試みる。
一週間のメリハリをつけるため、金曜の晩は帰宅後次男坊を誘ってスーパー銭湯(略称:スパ銭)に向かった。仕事モードと夕食との間に<スパ銭>を挟む。遅い夕食になったけれど完全に頭は切替わる。
一週間つもる話があるらしく、次男坊はたくさん話をしてくれた。十四歳の今を彼は生きている。それに立ち合えてうれしい。
土曜の午後は大学図書館から、同じスパ銭に立寄った。今度は長男と。同じ器でもコンテンツ(ソフトウェア)が違うとまた違う。
スパ銭や 金曜土曜の リヴァイバル
俳句のつもりがどうして川柳になっちゃうかなぁ?
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今日一日をどうやって過ごそうか思案。図書館に行く。映画もみたい。スーパー銭湯もいい。雨に濡れる海の家もある。
2006年7月23日を私は忘れない。
~そんな一日にしたい。運命の一日。すべてが運命の一日。
テニス部員の息子をテニス部の先生から取り戻すチャンスが<雨>。これはテニス・ボーイを持った親ならわかる。
テニス・ボーイの一日。朝学校へ行き帰宅は7時前。土日は朝7時半出発帰宅は夜7時前。テニス・ボーイは集団行動。水筒2本。炎天下に屋外だ。肌はブロンズ色。歯が白くみえる。そうだ、息子を取り戻せ。
今朝はそのチャンスが巡ってきた。ドキドキ。6時半に連絡網が回ってくる・・・。もうすぐだ。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
7月20日がハンバーガーの日だと教えてくれたのはJwaveのナビゲーター。丁度お昼にかけて銀座で打合せがありマクド発祥の地に近接の「銀座晴海通り店」へ立ち寄った。35年前、日本の銀座にMac登場。日本の食文化を変えてしまう。
当時一番驚いたのは、マック・シェイク。吸ってもなかなか飲めないよ~。ネ
ットリした溶けかけバニラアイスの食感は未知のものだった。今日オーダーしたのはハンバーガー、マックチキン、マックシェイク・バニラS、〆て280円也。
こんなに安くてすみません。
息子はマックフライドポテト症候群にかかってる。他のフライドポテトでは駄目。確かに匂いといい味といい、イケル。常習性ある味。
これからもマクドさん、価格破壊の極限まで行ってくださいね。高価格路線にシフトするようですが、子供たちが100円玉を握って大手をふれるのは、あなたの店だけ。
僕らはハンバーガー・ショップとしてでなく、現代の駄菓子屋・子供たちの社交場という風にマクドをみていますから。
(35周年を記念し銀座マック店内にて記す。)
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
お寿司の好きな子供をもつと回転寿司に詳しくなる。小さい頃は寿司屋のカウンターだった。サビ抜き・お好みで注文してた。
最近はもっぱら回転寿司。明朗会計(安い)。回転するネタを目で追う楽しさ。子供の指名はいつも回転寿司になる。お店はより綺麗に。工夫を凝らし。そしてより高く・・・。
このイクラのこぼれ具合をみよ。うまいなあ。しっかり心をつかんでくる。最近はここまでマーケティングするか。暖簾で店舗を選別する時代になった。
育ち盛りの男の子たち。よく食べる。家族四人四十皿。それでも控え目な方か。テーブルに塔ができた。その塔を店員の端末が読み込む。でも数えられるけど。
食べ終わって店外にでると夜空がきれいだった。夜空ノムコウ・・・。大型のショッピング・モールには夜でも大勢の人が詰め掛けていた。
でもみんな本当はモノを買いたいんじゃない。家族と夜の大気に包まれ安心してそぞろ歩きしたい。ブラブラしたいんだ。
そぞろ歩きは気持ちを豊かにする。近所で家族がそぞろ歩きできる場所を僕たちは長い時間をかけて失ってしまった。
幸せとそぞろ歩きは go hand in hand。
友よ また来よう。絶対みんなでね。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ジダンがCANAL+のマイクを持って会見した。子供たちに対して謝罪。しかし「後悔してない」と
表明。家族への侮辱が理由。僕はほっとした。後悔してないことに。詳しい報道はこちらを click!⇒ほっ
ジダンは自分の行為を許しがたいとしながらも、本当に制裁されるべき人は他にいるとも。FIFAは事情聴取へ。しかしジダンの父親は「世の中にはもっと重大なことがある」と発言。脱帽。キャリア最後の10分間の出来事の波紋は広がる。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
あなたは何をしますか。ー『<世界>を書く技術と思想』(ミネルヴァ書房/著者・山本武信)。
21世紀のメディア表現に求められる世界観について元・国際ジャーナリストの筆者が著した探求書。その17頁に筆者からのこの質問が。
一日か。短いなあ。考えた。
それはこんな風に始まるー。
二人の息子たちと一日を過ごす。奥さんも一緒に。彼女の手料理で3回の食事を皆で楽しむフレームワーク。早朝は海へ。それから朝食を。9:00am~図書館へ足を運ぶ。古今東西の人間の叡智。その活用法について館内を散策。13:00pm~昼食後に大学へ。大学生活のポイントを助言。14:30pm~それから銀行へ。二人に口座を開設。お金の失敗談とお金とのつきあい方のポイントを伝授しつつゆっくり散歩。macでお茶を。ママのお買い物の手伝いなどして。17:00pm~夕食前に出来ればスーパー銭湯へ。20:00pm~夕食後に馴染みの焼き鳥屋へ。お酒の飲み方のポイント。女の人との付き合い方を我が失敗談を例に伝授。21:30pm~帰宅して家族で映画を観る。22:50pm~親友に電話を。近々再会を約して。夜が更けて。23:30pm~川の字になって休む。23:45pm~子供たちと奥さんの寝顔を見たい。感謝する。23:50pm~そして僕は一日をしたためる。23:59pm~今日の幸せを感謝して眠りに付く。
誰もがみな毎日「あと一日」を過ごす。あと何日・・・と指折り数えている自分の時に関する考え方を改めねば。
息子たちにまだまだ重要なこと・教えるべきことがある。だから死ねない。生きなくては。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
大学生の顔をみてるのは楽しい。楽しそうなのをみるのは、なおよ い。キャンパスでみる学生の顔と都会の雑踏でみる顔とは違ってくる。それは<環境>というファクターがそうさせる。
こんなに創造的な大学生が、会社に入ると創造的でいられない?-これが問題。
会社で権力構造の階段を登る人々は創造的な人々でない場合も多い。むしろ政治的手腕、冷酷さ、陰謀なども大いに役立つ。だからシェークスピアは商売になった。
官僚的人間は本能的に創造性に嫉妬する。洋の東西を問わず。官僚的人間は人間の創造性がひどく眩しく妬ましい。若いうちに芽を摘むべし。あるいは飼いならせ。
そうして社会教育が始まる。会社は社会。こうして造られた国家が今の日本である。
「生きながらえる」ことは許される。しかし「真に生きる」ことに消極的な社会。多様性より均一性を重んじる社会。共存するより競争優位に立とうとする社会。弱者に対して自己責任を問う社会。こういう社会は若者を駄目にする。創造するより消費することを選ばせる社会。これにも若者はやられる。自分の得意分野で社会を豊かにする国家は豊かになる。
若者を大学から預かって、動物園のまんまサファリ・パークのように社会化する企業や法人があればいいのに。
ラーメン。210円也。コロッケ60円也。
映画「プラトーン」冒頭のテロップのように“若者よ、若いうちに楽しめ”では、哀しいもの。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨晩、息子のケータイを一緒に買いにいった。とても欲しかったみたいだ。今夜こそ、その気迫が伝わってきて、仕事から帰った僕を待ち構えてた。今夜を明日には延ばせない。そういう晩もある。
二機種、カタログで候補を絞ってた。実際に手にとって「パパ、これがいい」と僕の顔をのそきこむ。うんいいね。デザインだけでなく液晶画面も広いしね。
店員さんが親切に応対してくれる。番号を10枚位のICチップカードから選ぶ。何回もみて最後に語呂のいい番号を息子は選んだ。これがいい。
気持ちが弾んでるのが伝わってくる。欲しかったんだ、本当に。良かった良かった。
料金は1円。ポイントが200円。差引き199円の利益・・・。
開通するまでに30分ほど時間がかかる。悪戯ごころが湧いてきた。そっと家内に電話して息子の携帯番号を教えた。9時15分頃にかけてみてー。
初めて自分のケータイを手にしてうれしそうな息子。「あざーす」そういって彼なりにお礼の気持ちを表した。クルマの助手席に乗ってもケータイと手提げ袋を握り締めてる。
急にルルルルル・・・とケータイが鳴った。驚いた様子で電話にでる。
ー・・・なあんだ、ママ?何故ケータイの番号を知ってるの?
ー超びっくりした、パパが横に乗ってるし誰だろうと思って。
ーママはなんて言った?
ーおめでとうって。
こうやって息子のケータイ・ライフは始まった。
2006年6月25日。14歳のケータイ記念日。
バンドネオン奏者として世界中で活躍中の小松亮太さん(←photo真ん中)の生声を、今朝のJwave「Morning Session」で聞いた。仕事先にクルマで向かう途中から聞き始め、結局駐車場でそのコーナーが終るまでクルマから降りられなかった。
今、彼が支援してる「ムコ多糖症」とのなれそめや彼の熱い思いに、僕の朝の眠気はふっとんだ。感動した。
<Jwave>HPでその音声を聴ける。HP左のタイムテーブルの8:20amからの「Morning Session」の帯をクリック。すると本blog(左上)の写真があってその下に♪メディアプレイヤーで聴く・・・とある。ここで番組の音声を聞けます(一ヶ月以内)。
小松さんの熱き想い、素晴らしい行動力、そして何よりも子を持つ親として「何かしてあげられることを」という無私の優しさに胸を打たれた。
1億3千万人いる日本で、300人しかいない子供の進行性の難病。だから国も製薬会社も“商売にならないから”誰も何もしようとしないという。
7、8歳の子供が関節が固まり動かせず最後には声を失い死んでいく・・・こんな子供の悲惨な死を小松さんは聞き流せなかった。
チャリティを、小松さんはし始めた。自分が出来ることだから。その心は「自分にも子がいるので、親の気持ちがわかるから」とさり気なく語る。
希少な難病だから、手を差し伸べない国家と、商売にならないから手を染めないマーケティングと企業論理。現代日本の“それをいっちゃあ、おしまいよ~”(寅さん)的状況が浮び上がる。極東の豊かな国家。勝ち組と負け組?自助努力?・・・オペラが泣くぜ。
これはシンボルだ。そう僕は思う。国(ボーダー)から放置された病に苦しむ子と親に、音楽というボーダーレスの世界から救援の志が届く。
これからはグローバル・スタンダードで弱肉強食、成果主義、マニー、マニー、競争戦略だ? もう騙されないよ。
本当はすべての人間のこころに響くものこそ、グローバル・スタンダードである。
小松亮太さんのバンドネオンはとても官能的な響きです。
ガンで亡くなられた飯島夏樹氏の奇跡のラブストーリー「天国で君に逢えたら」の最後の舞台は、オアフ島のカイルア・ビーチでした。
昨年2月28日に38歳という若い命で天に召された。「良き者は先に逝く」-そんな言葉が脳裏をよぎる。webで公開されていた彼最後の連載エッセイは2月19日に途絶えた。それは“命の記録”となり「ガンに生かされて」(新潮社)という書名で出版された。
blogを毎日おそるおそる開けてた記憶、時折新潮社のHPのサーバーがdownしかかった苦々しい思い出など、もう過去のこととして忘れてしまえばいいのに。・・・しかし僕は忘れない。
その年の1月、オアフ島を息子と旅した。ダイビングの好きな僕は、12歳の息子にスノーケリングの手ほどきをしようと思い、オアフ島のビーチを幾つかリサーチした。
ワイキキからクルマで行き来できるビーチとして、カイルアを選んだ。隣接してラニカイ・ビーチがあった。後でラニカイは天国に近い美しいビーチと称されているのを知った。
そこで過した時間は、僕の人生で過ごしたどの時間よりも天上的だった。息子と共にそこで過した“天国の日々”。そこで僕が教えた技術は、自分の命を自分で守る技術だった。ダイバーは海がいかに偉大で人知の及ばない存在かを知る。僕たちは機嫌のいい時の海に遊んでもらってるに過ぎない。自分の命は自分で守らなくては。息子に命を守ることを自ら教えられる幸せを、僕はカイルアとラニカイで噛み締めた。
飯島さんの小説は彼の死後に読んだ。彼は元プロのウインドサーファーだったから、海のことはおそらく誰よりも知っていた。僕自身が息子に命を守りながら海に抱かれる手ほどきをしたその地を、飯島さんは自身の小説の最後に配置していたのを初めて知った。
印象的な光景だった。海を見下ろせる丘陵に、老夫婦が終日海を見ながら日光浴を楽しんでいた。男性の手が夫人に伸びたまま、二人はいつまでもそうしていた。
「ガンに生かされて」(P.159)に飯島さんはこう書き残している。
ー僕は今、天国とこの世界のちょうどボーダーラインを歩いている。命のことは神の領域。・・・(中略)・・・人の幸不幸は、人生の長さじゃない。人が生まれるのも奇跡なら、天に上るのもまた奇跡。
僕が人生の終局に配置する最も強力な願望は、自分で撮った老夫婦の姿が、僕ら夫婦の姿そのものに置換わるイメージである。その時、大人に成長した息子たちに僕たち夫婦の後姿を撮影してもらえたら、と想像する。
ハワイの自然には、そんなことを瞑想させる力がある。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今朝、ハワイのことを思い出した。とっても行きたくなってしまった。
僕にとってハワイは“幸せな家族の象徴”。新婚旅行、家族旅行、そして息子の卒業旅行と、ハワイに行くのは必ず家族と一緒だった。こういう外国体験は他にない。だから僕はハワイを“家族と訪れる島”として大切にしたい。
昨年の春、次男坊の小学校卒業記念に、二人で旅をした。兄ちゃんとはサンフランシスコを旅した。弟はやはり心の中で「次は僕の番だ・・・」と思ってたらしい。ハワイは次男坊の希望だった。
息子との旅にはたくさんの思い出がある.フォード・マスタング・コンバーチブルのレンタカー。いつでもどこでもOpenで移動した。
ハワイでスノーケリングを教えた。毎日ラニカイという美しいビーチまでクルマを走らせて、そこで充分練習。それからハナウマ湾で本格的なスノーケリングをした。
毎朝、朝日があがると沖にでた。朝日が海面を照らして海の中が明るい。魚たちの朝食タイム。僕はウミガメ・花子の朝食のフィールドに、毎朝息子を連れて行った。手を引いて海面を移動する。そして運よく、花子と会えた。初めて会ってから三回会ったろうか。
花子とお別れの朝、彼女の目は僕らを知っている、と感じた。
そんな思い出が僕たちの宝物。宝を得て、僕はすっからかんになった。けれど、この宝物はモノではなく心の中にずうっと生き続けるイメージ。夜明け前の浜辺で眠る息子を見て、子供たちのやすらかな眠りを守ることが最も大切なこと、と悟った。
いまでも、花子はあの海で遊んでいるだろう。
また会いに行きたい。家族と一緒に。
| 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)
昨晩家族そろって応援した。何度か息子から注意を受ける。「もう夜遅いんだから、気持ち静かに」とイエローカード。どっちが子供かわからない。
希望の光は天空の厚い雲間から地上に差し込む。絞られた光はむしろ強い光となって感じられる。地上を照らす光。まだ望みはある。いや、これから全てが始まる。
昨晩9時過ぎに、近所のDenny’sに寄ってお茶をした。息子と二人で買い物を済ませて家路に向かう頃、クルマの中でちょっとした相談を受けた。(これ以上は守秘義務があってここには書けない。)
親は子供のコーチでもあり熱烈なサポーターでもある。息子は人生をこれから始める。僕は彼らの力になれるなら本望だ。
息子は「キャラミルシュープリンパルフェ」を頼んだ。僕は「焼き立て トマトのプチパン」にした。「キャラミル・・・」をウエイトレスさんは何度も言い間違えた。無理もない。
話を聞いた・・・というより、中学生の息子がやわらかくなって甘えてるような気配を感じていた。キックオフまで後、わずか。店内にはほとんど人がいなかった。
サポーターはただ傍でこうしているだけで幸せなのだ。おいしそうにパルフェを食べ終わり息子は元気になった。それでよし。僕は大した事を話さなかった。ただ見詰めているだけだった。さあキックオフに立ち会わねば。
甘い父親だ。でももっと甘やかせてやる。
人生、これからが本番だ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
予告編で面白そうだった。親子で一緒に観た。久しぶりの親子映画鑑賞会。
(ネタばれしません)グリム童話のインサイダーものですが、監督テリー・ギリアムは、やはりタダモノではない。大人も子供も一緒に楽しめる、ちょっとこわくて、ワクワクさせるお話に仕上げた。自分の子供と遊ぶテリー・ギリアムの映像を見たことがある。こころが子供と一緒になれる人なんだろう。彼の書斎は、こども部屋がそのまま大人仕様になった感じである。
広角レンズが上手に使われている。画面に奥行きと空間を感じさせる。いろいろなエピソードがつづら織りになっているが、やっぱりモニカ・ベルッチ姫のお話は山場だった。なんで美女が叫ぶ姿は、映画と相性がいいのだろう。
グリム兄弟は合理主義者で、童話は民間伝承を口述筆記したものという設定や、この時代には森が怖い存在だったことなど、説得力あるお話の展開だった。民衆のこころの中にあるお話は実はリアリティある実在の事件の想像力による変容である、という解釈を僕は感じた。
子供と一緒に観てよかったのは、ひとりで見るより、次の展開を親子で語り合える映画だったから。映画館ではなくて、自宅で寛ぎながら、観るのに良い。できれば、照明を落として、映画館のような雰囲気をつくってあげると、子供は喜ぶだろう。
監督のテリー・ギリアムは「未来世紀ブラジル」や「12モンキース」で、好きになった。とても造形力のある、そしてどこかいたずらっ子がそのまま大人になってしまったような所がいい。確か「モンティ・パイソン」出身。イギリス人の少し毒のあるユーモアがある。
美女のチョイスは、趣味が良い。「12モンキース」でもブラピやブルース・ウィリスの相手役のマデリーン・ストウが、とっても美しくていい。お勧めの映画のひとつです。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近のコメント