2009年9月26日 (土)

滝川クリステルさん 愛される理由

昨夜のラストシーンを見ながら思った。

優しい心、社会的に弱い立場に置かれた者たちへの思い、社会の矛盾に対する憂い、怒りという感情を露にしない品格、その育ちの良さ、一言でいえば優雅さ、グレイス、その笑顔、希望を捨てない心、語るよりも沈黙を選ぶ知性。

そんな人間の気品ある資質に対し、会社と社会で矛盾だらけで思うにまかせない男性たちは、一日の終わりに明日への希望を滝川さんにみたのだろう。

滝川さんの最後の涙。

彼女はこの七年間のことを一生忘れないと語ったけれど、私たち視聴者もまた、あなたの存在を一生忘れない。

人としての輝き、そのシャイニングにふれさせてもらい、ありがとうございました。

ゆっくり休んでください。

そしてまたのご活躍を、心より楽しみにしています。

それまで世界は少し物足りなくあるけれど、私たちもまた輝くことを試みます。

ごきげんよう

しばし さようなら

そしていつの日か!

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2009年8月22日 (土)

上戸彩さんだからこそ

納得の広告。

オロナミンC。

Img_1433

上戸さんの「イェーイ」という声が聴こえるよう。

SoftBankの家族の一員、上戸さんが、オロナミンCを飲んでる。

あまり想像できませんが。

◎上戸彩さんHP

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2008年12月 5日 (金)

キムタク ビヨンセ 表参道に

早朝、青山通りを表参道に歩いた。

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気配を感じ見上げれば、ビヨンセ。

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その横には・・・、キムタクが。

サマンサタバサ。

モノクロームのトーンが大人を演出してて、とてもいい。

待ち合わせにまだ時間があった。

枯葉散る表参道を散策しよう。

Image081また、視線が。

ビヨンセには眼力(メジカラ)がある。

Image082ビルの壁面に、ふたりの姿。

そして再び表参道の交差点に戻って、パチリ。

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キムタクとビヨンセが表参道を散策してても、ボクは驚かないだろう。

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大人のクリスマス・シーズンが近づいた。

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2008年10月 7日 (火)

緒形拳氏 突然の訃報

今朝のTVで知った。あまりに急なことだった。

「渋くて大人の男」という印象がある。

気骨ある男、悪もまた演じきれる男優だった。

アメリカ映画「MISHIMA」(ポール・シュレイダー監督)では、三島由紀夫役を演じきった。

確か、完成後歯がボロボロになったという談話を残してた。熱演を超えた鬼気迫る演技だったのを覚えている。

惜しい。

あまりにも惜しい。

享年七十一歳。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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2008年10月 4日 (土)

ケリー・チャンさん ご結婚おめでとうございます

朝刊で、ケリー・チャンさんの結婚の報にふれた。

うれしかった。

Chn0810031347001p10映画「冷静と情熱のあいだ」。

この映画でケリー・チャンさんのファンになった。

キリッとした美貌。

さっぱりとした気性。

さわやかな恋物語は、とても印象に残ってる。

今夜、「冷静と情熱のあいだ」を再見したい。

「冷静」であることと「情熱」について、初秋の夜長に、今一度、考えてみたい。

その道案内役としては、竹野内豊さんとケリー・チャンが、やはり適任なのだ。

私生活の充実が、さらなる活躍へと結実しますように。

こころより、おめでとうございます!

●冷静と情熱のあいだ

●映画「冷静と情熱のあいだ」を見返して

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2007年8月19日 (日)

徳永英明 ヴォーカリスト3

徳永英明が女性アーティストの歌う名曲のカバーアルバムを発表した。“最終章”と銘打つだけに、彼のヴォーカリストとしての3部作の締めくくりとなるアルバムになっている。

全13曲に初回盤Bonus trackとして「喝采」がついてる。この「喝采」がまた素晴しい。

0817071「恋におちて」「やさしいキスをして」「まちぶせ」「月のしずく」「迷い道」「CAN YOU CELEBRATE?」・・・徳永英明の声質には恋の喜びより、恋の孤独を癒すような響きを感じる。恋は喜びより人に孤独を思い知らせるものであるとしても、尊い。・・・そんなことが伝わってくる気がする。

今、恋の只中にいる恋人たちは、それらをどう聴くのだろう?

0817072人が人を求める気持ち、いや、求めざるをえない気持ちを、おそらく徳永さんは歌ってる。彼の辛酸をなめたキャリアが彼の表現をさらに深めた感がある。

今から十数年前、バブルの絶頂期に歌ってた徳永英明と出会った。長い歳月が流れた。

0817073歳を重ねることが素晴しいーそう思えるアルバムは実はそう多くない。彼はそれを果たしたと、僕は思う。

それが何よりうれしい。

◎「ヴォーカリスト2」 ⇒ 過去の記事

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2007年6月29日 (金)

この暑さに 仲間由紀恵さん

こんなに日焼けした仲間さん、最初は別人かと思いました。

Photo_380昔、資生堂とカネボウがサンオイルのキャンペーンをはってた頃のコピーを思い出す。

「夏だから こうなった」

本当に暑いです。間もなく七月になるとはいえ、自己防衛しなくてはやってられない夏になるかもしれません。自分なりのスケジュールを組み立てて一日行動する。一番暑い時は避けて、少しでも快適な時間と場所を選んで動きましょう。

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ふと見上げれば、涼やかな顔。

いいですねぇ。

昨日は今年始まって以来の暑さだったようです。

暑さにぼおっとした目に、潤いの笑みが心地よかった。

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2007年3月31日 (土)

高校生を応援する気持ちで

造ってきたweb siteを、やっと今日Openした。3月末日。

高校生の文化活動を支援するNPO法人様から依頼され、企画から5ヶ月かかった。ひとつの節目が今日。

大勢の人々がかかわった。骨があった。楽しかった。高校生を持つ親として、いまの高校生の置かれてる社会環境を考え調べることもまた、勉強になった。

仕事と私生活が一緒だとあまりストレスにならない。結局四六時中好きな仕事をしていられるのが理想。

今の高校生は将来の日本の宝ー。そんな気持ちを大人たちは忘れてない?ひどいニュースを見聞きする度に、愚かな大人の行為には情けない思いをする。子供たちの荒れる責任の大半は大人にある。

高校時代は多感な季節。将来の希望を抱けるように、応援してあげたい。大切にしてあげよう。そして子供たちが憧れる大人になりましょう。

造ったweb siteは、初めてカッコよさとかを捨て、手づくりの有機的な感覚を大切にしたもの。

息子たちにそっと感想を聞いてみよう。 web site ⇒ 

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2007年3月29日 (木)

植木等氏のご冥福をお祈り致します

去る27日、植木等氏が亡くなられた。享年八十歳。東宝映画60年代の無責任シリーズを、ビデオ時代に鑑賞した。魅了された。

“平均(たいら・ひろし)”の役名。「無責任男」と云われるけれど、本当はスーパーサラリーマン。調子の良さは天下一品だけど素晴しい明るさ、行動力。

日本映画のウェットな処が全くない。LAのような乾いた空気が流れる東京。植木等氏のキャラは日本人ばなれしていた。

彼の歌声はボクにいつも勇気を与えてくれた。日本的な村社会を物ともしないあのずうずうしさに密かに憧れた。

Barで歌い始めて、キャメラが切返すとど~んとステージだったりする。荒唐無稽というか不条理な東宝喜劇。その素晴しさ。

あの乾いた風の彼方に、植木等氏は旅立ってしまった。

とても真面目な方だったという。

いつまでも忘れません、あなたが演じた不屈の行動力を。

いつも前向きで既成概念を壊していったあなたの活力を。

つつしんでご冥福をお祈り申し上げます。

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2007年3月22日 (木)

きみまろトランス 綾小路きみまろさん

JwaveでDJやってるピストン西沢さんがtranceと綾小路きみまろの漫談をリミックス。CD『きみまろトランス』がいい。

01.beginning/02.つつしんでお喜び申し上げます/03.kimimaro church/04.奥様!がんばっていただきたいの!/05.ヅラtrance/06.GERONTOLOGY~老人学/07.gray power~老人ホーム/08.that's the way life goes!~人生なんてそんなもの/09.あれから40年

トランスときみまろのトークがノリがいい。

中高年をこれだけ笑い飛ばし、貶し、くさしながら、最後に生を肯定していく綾小路さんはスゴイ。エネルギーが溢れてる。

一度このCDを聴きながら、高速道路を爆走してみたい。

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2007年3月21日 (水)

愛の流刑地 って本当に支持されてる?

日経新聞に連載されてる時に思ったのは、男の身勝手さ。

女の演歌的な造型も、男が造りだしたもの。現実の女性はもっと聡明だから違ったロジックで考えるはず。このような犯罪は頻度としては少ない。

結局、死すべき運命であると男が悟ってないと、こういうまやかしが通る。まるで男性論理。男が思うほど、女性は甘くない(はず・・・。)自信はないのですけれど。

・・・という意見を持ちながら、どう料理するかを見たいから、今夜のTVプログラムを見ます。

高岡早紀がどう演じるか?

結局、ピーピング・トムと変わらない自分が、この「愛の流刑地」を支えてる。

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2007年3月20日 (火)

キャメロン・ディアス & ジュード・ロウ

SMAP×SMAPに新作映画「ホリデイ」PRで来日の二人が出演し、春の和食をモリモリ食べた。

Photo_98キャメロンはSoftBankのイメージとは違って、いたずらっ子のように良く笑う。

美味しいものを食べると、身体がスウィングする。眼がとてもチャーミング。飾らない下町の姉さんみたいな気さくな雰囲気。

なんて明るいひと。

ジュード・ロウもフランク&リラックス。映画「コールド・マウンテン」でみせた二枚目のまま。顎の線がシャープなまま。

彼もまた明るい。

二人とも仲良く楽しく、日本食を食べてた。もしも二人が小料理屋のカウンターに並んでたら凄い光景だろうな。そこだけ浮き上がってしまう位の美男美女。

二人のオーラはみんなを幸せな気分にしてくれた。

おいしく仲良く食べてる姿は、幸福に一番近い光景かもしれない。

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2007年3月16日 (金)

ビヨンセ と共に “Listen”

ビヨンセがアカデミー賞授賞式のステージで輝いてた。

ハートを射抜かれた。感動した。

Photo_93 そこでPSPに彼女の“Listen”をいれて持ち歩くことにした。

電車の中や、仕事の合間に約二分間の特別ロード・ショー。

ボクはビヨンセと共にいる。

時として神さまは、人間の美しさ・偉大さを思い知らせる。

ビヨンセの輝きは、生きる希望を照らし出す。

今はやむなくPSPの小さな画面でそれを味わって、週末には映画館の大きなスクリーンでその輝きを浴びよう。

映画「ドリームガールズ」をよく知らない頃は、映画「フラガール」の姉妹ムービーに思えた。しかし結局それは当たっているかもしれない。

いつも女性は、生きる希望を男性に与えてくれる。愚かな男たちはいつも欲や戦(いくさ)や策謀、争いごとにかまけてばかりいるけれど・・・。

◆ビヨンセの記事を書きましたので・・・⇒ 

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2007年1月21日 (日)

水曜の朝、午前三時

「45歳の若さで逝った翻訳家で詩人の四条直美が、娘のために遺した4巻のテープ。
410125141x そこに語られていたのは、大阪万博のホステスとして働いていた23歳の直美と、外交官として将来を嘱望される理想の恋人・臼井礼との燃えるような恋物語だった。
「もし、あのとき、あの人との人生を選んでいたら…」。
失われたものはあまりにも大きい。
愛のせつなさと歓びが心にしみるラブストーリー。」
(引用終り)。

久しぶりに恋愛小説を読んだ。人に勧められた。映画化したらどうか?という視点で読んだ。

映画では1970年の大阪万博をきちんと再現すべきだ。失われた時代の微熱を背景としてる処が面白い。時代そのものの視覚化がほしい。この話の恋は現代の恋よりも制約が多いし、だからこそ恋情が持続するという部分がある。

福永武彦の『草の花』を思い出した。

戦中派の福永氏は死を覚悟した。『草の花』にはその深みがある。『水曜の朝、午前三時』の絶望はそれ程深くない。むしろ恋の甘い香りにひかれて読み進められる。だからこそベストセラーになったのだろう。

『水曜の朝、午前三時』の良さはメロドラマとしての純度。

今の時代の恋は・・・?いろいろな恋があるだろうけど、いまでも恋はゲームじゃなくて生きることなのだろうか?

どうも恋は魂(たましい)の空域から、ファッションや心理や経済の海域に移動し始めてる気がする。

exchangeable(交換できる)な、損得を軸とした経済水域にある恋は、賞味期限もきっと早いのだろう。

その方が魂は傷つかない。痛みもまた少ない。想い出にも残らないはず。

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2007年1月 3日 (水)

PLATOON & ふぞろいの秘密

オリバー・ストーン監督の『プラトーン』を次男坊とDVDでみた。

1986年の作品だから20年経過してる。劇場でみた時のことを思い出す。冒頭のジャングルに射しこむ木洩れ日の厳粛な光。バーバーのレクイエム。オリバー・ストーンのベトナム経験が十年以上経て結晶化し、映画史上の傑作となった。今でも見ごたえがある。

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石原真理子氏の自伝『ふぞろいの秘密』を読んだ。

随分バッシングされてる。しかし売れている。読んでみれば真っ当な本。マスコミの愚かさが逆に照らし出される。個人的にはこのように異性遍歴がOPENにされることに抵抗があるけれど、石原さんの女性としての愛の歴史なのだろう。80年代の日本の芸能界がここにきて規制緩和で、白日のもとに晒された感がある。随分ひどいものだ。結局石原氏はいまだに苛めの対象のままである。

『ふぞろいの秘密』は『PLATOON』とどこか通じる。

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2006年12月19日 (火)

生きろ、生きろ、生きろ

ロナウジーニョ選手が日本の子供たちに宛てたメッセージ。

Image02303昨日の朝刊で一番輝いていたコトバ。

こころにシュートされたメッセージ。

ニッポンの大人の僕らたち。しっかりしなくては。子供を守ろう。

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2006年12月17日 (日)

映画「硫黄島からの手紙」

1930年生れのクリント・イーストウッドの手によって、硫黄島で戦い死んでいった男たちが映画にとどめられた。

戦後61年、日本人は硫黄島を置き去りにした。カリフォルニアに生れた76歳の男によって“再発見”されるまで。その映画は、世界中で後世まで語り継がれることになるだろう。

いまだ1万3千柱もの遺骨が島には眠っているという。日本国はいまや繁栄という衣を身にまとって振返ろうともしない。

だから現世の政治家にみてほしい。国家によって戦わなければならなかった者の気持ちを。

本当は生きたかった死者の思いを描いた映画である。

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2006年12月16日 (土)

「映画甲子園」というweb siteが

昨日Open。

「映画甲子園」というのは高校生の自主制作映画コンクール。第1回が今年開催され全国から70作品以上が寄せられた。第2回は来年秋に開催される。そのweb site

昔自分も8mm映画を造ってた。その共感がある。だから高校生を応援したい。今の高校生は大変だもの。

Charie’s Movie Cafe

友人のチャーリー・ブラッカイマー氏にコラムを依頼。高校生に映画の素晴しさを伝えてくれるはず。

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クリスマス・リストをあなたに

街はクリスマスの装い。平原綾香さんは「CHRISTMAS LIST」を歌う。                   Photo_10 Photo_5Photo_4

私ではなく、必要な人のためにサンタさんに願いごとをする

Photo_7Photo_8Photo_9①戦争が起きないように。②引き裂かれないように。③時よ癒して。友達がいて。正義が勝つこと。④愛は終わらない。

どうしても叶えたい願い。その一途な思いの中にだけ真実は宿る。それがあなたのChristmas list

そう。それがわたしたちのChristmas list

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2006年11月30日 (木)

オードリー あなたの瞳を

愛してる

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東京駅の雑踏の中で、ふと人の視線を感じてふりかえる。

オードリー、なあんだ、君だったのか・・・。

その聡明な瞳。その知性。その魂。 そう 僕は君を愛してる。

世界がどんなに混迷しようと、君の瞳に心洗われる。

Vfsh0235オードリー、ありがとう。

僕はまだまだ頑張れる。  

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2006年11月29日 (水)

センス オブ オーナーシップ

sense of ownershipー自分の仕事に対する全権意識。-全て決め、全てやり、全て負う

経営コンサルタント・波頭亮(はとうりょう)氏の新刊『プロフェッショナル原論』(ちくま新書)の一節。

今まで全部、自分の仕事は自分で造ってきた。成し遂げてきた。そういう星の下に生れた。だから今更僕の仕事に手を貸そうなんて・・・。僕はお願いしていない。

大きな仕事をクライアントから指名で任された。その仕事の契約がまとまる過程で不思議なコトが続いた。それもたった一日にー。

Vfsh0245通りすがりに、お金を貸してと頼まれた。交番を紹介した。三時間後また見ず知らずの人に無心された。会社で困ってる人々の悩みを聞いた。彼らは何らかのヒントかパワーを僕から得たがった。それからあるクライアントの仕事を断った。断るなんて、信じられないという感じが辛かった。僕は困った人の力になりたい。けれど僕は僕の時を生きてる。そしてその時間は有限だ。

Vfsh0224恵まれた環境を用意して全権を委任してくれたクライアントに対し、僕は忠誠を誓う。自分に賭けてくれたクライアント。もうそれは金ではない。相手のその気持ちがうれしい・・・。だからやる。死ぬ気でね。休みなしでも平気だよ。

Vfsh0244厳しい戒律で生きてきた。だから欲目当てで近寄ってくる人間がとても哀しい。内心の声がささやくー「お前はやさし過ぎる。だから付け込まれる。斬って捨てろ」・・・そんなコトができないから悩むんだ。

作家や作曲家がみんな仲良しこよしで創造してるかい?女の人はみんな一緒に出産するかい?

たった一人で生むのさ。来るべき世界のためにね。

Vfsh0241プロフェッショナルのそんな心意気を波頭亮は書く。僕はその言葉に支えられ、今を戦う。

そうさ。最高のものを造って必ず自分に勝ってみせる。

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2006年11月26日 (日)

言葉は静かに歌う

ロバート・山田さん(1963年シチリア生れ)。彼のシャンソン一人芝居の楽日。明大前のホールへ昨日いった。

P1010010_2P1010013_1P1010011_3 歌と芝居、タップ・・・多才なロバートさんは芸人として磨きがかかってきた。彼のあたたかくも哀しい声が今回の主役。

「ヴォイセズ」(人の声)という楽器に、谷川俊太郎の詩を乗せて、歌とひとり芝居がつづら織りに展開する。

P1010015_4P1010014 アコーディオン、ピアノ、コントラバスそして人の歌声。小ホールの客席で、ワイン片手に贅沢な時。

人に贅沢な時を提供するために、どれ程の犠牲を芸人は払ってくるのか?どれ程の差別と辛酸をなめねばならないのか?

芸の道を多少知る者として、ロバート・山田さんの孤高を思う。早朝にみた不二(Only One)。

こういう素晴しい才能を、人々にもっと伝えたい・・・彼のステージを観た僕は、そんな思いで会場を後にした。   

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2006年11月24日 (金)

SERENDIPITY 恋人たちのニューヨーク

セレンディピティ。映画の字幕では“幸福なる偶然”と訳されていた。

JOHN CUSACKとKATE BECKINSALEがNYを舞台に繰り広げるロマンティック・コメディ。これからクリスマスまでの間、観て損はない映画。

運命(デスティニー)について洒落たストーリーが用意されている。若い頃は自分の意志で未来を切り開いていけるものと信じてた。本質は誤りでないけれど、今では少し運命というものを信じてる。

大切なのは、動き回って、走り回って、運命をつくりだす処。

受身ではなく、運命は思い描いたビジョンを形にしていくことだということが、この映画をみていて判る。

運命の人と出会えること以上の幸せは、そうざらにない。そして毎日たくさんの運命の人との出会いがある。運命の糸よ。どうぞ絡まったりしませんように。そしてそれが運命の人だと気づきますように。ね。

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2006年11月15日 (水)

モグアイ MOGWAI がいい

HAPPY SONGS FOR HAPPY PEOPLE.彼らの4thアルバムもう ぐ あ い が い い・・・(し~ん)。

Vfsh0119_3「グラスゴーの至宝モグアイ。轟音、美。そして静寂。全てが揃った最高傑作」とCDの帯にある。ロックに詳しくない僕はこの変な名前のバンドを「神が愛した男」という、ジダンの記録映画の音楽で知った。

Vfsh0124_2アーティスト受けがいいバンドらしく映画を造ってるアメリカ人の本にもモグアイの曲から啓示を受けたという文章を読んだ。興味が湧いてこのアルバムを買った。

Vfsh0125_2昔聴いたタンジェリン・ドリームやジャン・ミッシェル・ジャールを思い出した。クルマの運転のBGMに凄く合う。ギターやキーボードのエレクトリックな音色が魂の深層部にふれてくる気がする。音楽の純粋な愛好者だから、技術的なことや系譜はわからない。

Vfsh0138_2けれど、いまの僕のテーマ曲である。深夜の高速、明方の道でモグアイを聴くのが今の僕の楽しみだ。

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2006年11月14日 (火)

キャメロン おはよう たまには カフェのハシゴを

早朝、キャメロンと目が合った。やあ、おはよう。

Vfsh0140_2Vfsh0141_3Vfsh0142朝からもう戦闘モードかい?一日は長いよ。マクドで珈琲でもどうですか。 

TOKYOではマックと呼ぶけど大阪ではマクドと呼ぶらしい。の音がVfsh0144_4 Vfsh0146_1 いいね。コーヒー,please。100円也。この値段で文句をいっては野暮。それとも隣のドトールへいく?

Vfsh0147_2いつも通りのモダン・ジャズ。コーヒー,please。180円也。なあに?量が少ないって?・・・確かに君のいう通り。

Vfsh0150Vfsh0151_1では青山のCafe growna growna Tokyoへ行こう。君はスターだから人目につきすぎる。コーヒー,please。340円也。1Drink 1Hour。ネットで少し遊べるよ。

夜明けに君に会ったおかげで、どんどんリッチなカフェにハシゴさ。

日本ではね、キャメロン。夜明けの珈琲には特別の意味があるんだ。

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2006年11月 9日 (木)

今日は運命的な日

11月9日の今日はジョン・レノンとオノ・ヨーコがロンドンで運命的な出会いを果たした日。そのことを朝のFMで知った。

NYで芸術活動を行ってたオノ・ヨーコがロンドンに渡り個展を開いた。その会場で彼女はレノンに引き合わされたという。その時レノンはビートルズの活動と自らの音楽との間で苦悩に満ちた日々を送っていたという。ロンドンの秋の一日に二人は出会った。

『LOVE』・・・FMで流れたこの曲を聴いて、昔「そうか、愛されることを望んでいいんだ・・・」と勇気づけられたことを懐かしく思い出した。若い僕はきっとその頃かなわない恋をしてたのだろう。そういう季節にこの曲の振り子のようなトートロジーの愛の詩の中に・・・ask to be loved・・・というフレーズを聞き取った。

今朝6時過ぎには太陽と水星と地球が直列し、巨大な太陽を背景にしたホクロのような水星が観測されたという。これも運命の一日。雄大な天体の運行の話。僕たちはそんな地球の、そのまたファー・イーストに位置する日本に暮らしてる。

秋の爽やかな一日。どこかで誰かと誰かが出会う。そして運命がかわる。できればいい方向へ。

きっと毎日が運命的な日。

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2006年11月 3日 (金)

KDDIさん もっと大らかに

KDDIはSoftBank「¥0」広告に対する申告書を公正取引委員会へ提出、と新聞朝刊は報じた。みいんな、おとなげないなあ。

この広告を扱った新聞社と大手広告代理店の見解を聞きたいものだ。広告審査を通した新聞社はこの広告出稿で儲けてる。広告会社は広告のプロ。その広告に落度があるなら広告会社を業務停止処分にすべき。広告屋さんもSoftBankから多額の商いを得、儲けてる。そちらは皆さん不問です?みいんなSoftBankが悪いの?

(KDDIの大量TVスポットに文句いわないのは、仲間由紀恵のファンだからです。)

KDDIもDoCoMoもSoftBankも似たような広告代理店を使って同じ媒体社を使ってどうでもいい広告を打ってる。一切広告打たないで。その分お安くしてくれれば消費者は満足します。

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2006年11月 2日 (木)

SoftBankとキャメロンの苦しい日々

今朝の朝刊に「予想外割引\0」の全頁広告がでてた。しっかり読んだ。世論を誘導するマスコミのSoftBankバッシングには凄いものがある。それには裏があるとみるべきだ。

週刊文春のトップ記事では「ペテン師」呼わばり。もしも公衆の面前で、あるいは対面環境でそう名指ししたら、名誉毀損だろう。署名原稿なの?社会的なマナーとして許されない言動をマスコミならしていいの?別に判官びいきするつもりはない。けれど週刊誌も夕刊紙もバッシングすることで売上げを伸ばそうとしてるのが見え見えで「ペテン師」という言葉はそっくりお返しもの。僕も文春を買ってしまったじゃないか。とても客観的な記事とはいえなかった。結局は旧体制のマスメディアの本能的な嗅覚でこの会社とこの人物は危険な奴という視点からすべては書かれてる。読者は客観的な事実を知りたい。

広告は所詮、広告。いまさら人の道を説く必要もない。広告メッセージのほとんどは似たようなもの。コトの本質は別の処にある。

①通信キャリアの富の源泉である基本料金に切り込んだ。

:業界3位のSoftBankは生き残るためになりふりかまわない。SoftBankが嫌ならば、AUへもDoCoMoへも行けるユーザーはどちらが得かをみればいい。創業者利得を得た者は宝の山を温存しておきたいから許認可のとき、役所や通信キャリアはイジメ抜いた。酷いものがあった。

②リーマンの社長とオウン・リスクの社長とは違う。

:立派なビルを建てるためにその富を使った。海外投資をして失敗した。広告業界やTV局、新聞社や出版社を儲けさせてあげるお金の使い方をした。その源泉は全て僕らの財布から出て行ったお金である。

世論形成をこういう形で進めるモメントはあまり健全とはいえない。

Vfsh0078_3銀行のATMで羊たちのように行列し、時間外には105円を徴収されてる僕は、別にSoftBankの店頭が混んでてもどうってことはない。行かなければいいだけのこと。

けれどもしSoftBankの通話品質が落ちたら、僕はさっさとキャリアを変えることだろう。キャメロンもちょっと困ってる。

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2006年11月 1日 (水)

トミー・リー・ジョーンズ 君が好き

きっと君は疲れてる。

Vfsh0069_1朝から君はビルの屋上で、疲れてた。

Vfsh0070_4昼間、地下鉄のホームに君はいた。

トミー・リー。僕は君が好きだ。どんなに疲れてても、働く君が好きだ。

まるで僕みたいだ。

Vfsh0072_5トミー・リー。僕は君のようには皺もない。哀愁もない。スターでもない。

けれど君と同じだ。

毎日を精一杯、生きている。まるで不思議の国のアリスのように、今日もまた動き回ってる。

そんな男に、君は疲れた顔でエールを送ってくれるんだ・・・。

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2006年10月31日 (火)

Blogで楽しめるマスコットを

造った。こんなブログのアクセサリーでありペットである。こんなのがあったらいいなあと考えてた。形になってうれしい。

(参照:過去記事⇒  )

ブロガーが増えてて、マーケティングの世界はとても面白い状況になってる。テレビや新聞などのマス・メディアに加えてwebの世界で生じてる個人の情報発信力がパワーを持ち始めてる。安易にTV広告は死んだ、とはいえないけれどTV広告よりもwebの方が面白いという状況が生れてるのは事実。

ブログマスコットは個人ブロガーが気に入って使ってもらうtool。だから推しつけがましいものであってはいけない。

今回は「心を癒したい」人々向のDVDソフト。だからそういうショットを選んでループにした。何回見ても飽きない、そしてちょっと息抜きできるブログマスコットを考えた。日本で最初のアイデアだと思ってる。大勢の真似する人たちが出てきて欲しい。そうしたらこの形式はスタンダードになるだろう。それを選ぶのはあくまでも個人のブロガーたちであるところが民主主義で、いい。

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2006年10月30日 (月)

My Prj. ひとつ完成

ある人から永年のテーマを預かってた。それを映画のスノプシス(梗概)の形にしてみません?と投げかけたのは僕だった。

本質的なテーマを持ってる人が作家である。僕はただ触媒に過ぎない。しかし触媒には見識があり表現技術も多少はある。この二ヶ月半、その映画のシノプシスを完成させるまでの長いマラソンを併走した。

凄いと思ったのはいきなり短編小説を書き上げたこと。荒削りなテーマが書き込まれてた。そこから要約してシノプシスを造った。要約されたシノプシスに感動が反映されないことがもどかしかった。けれどそれは技術の問題。本質的なテーマがあるので、克服できた。

世の中に溢れてるドラマの全てが本質的テーマから始まってる訳ではない。技法でカヴァーできる領域内でお話が展開することの方がむしろ多い。

人生で本当に語りたい時、それはまず自分に向かって語りが始まる。語らなければ収まらない自分の中にあるマグマの胎動。それを鎮めるための表現行為。まず自分自身が書いたものから感動と慰藉を得ずして、誰に読ませることができるだろう?

その人には作家になった時のペンネームを命名した。

僕は産婆役に向いてる。

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2006年10月27日 (金)

SoftBankな朝 キャメロンな朝

SoftBankの昨日の朝刊・全頁広告は「宣戦布告」。そこにはキャメロン・ディアスもでてこない。KDDIやDoCoMoの社員にとって決してSoftでもない。

ケンカ商法、おおいにやってくださいな。SoftBankのshopを偵察した。朝から電話がジャンジャン鳴ってる。訊けば二三日前の記者発表の時点から電話は鳴りっぱなしだそう。店員さんは少しうれしそうだ。

DoCoMoを永らく使った。あるときガリバーはいつまでもガリバーでいてはいけないと思った。プラウドな空気は客にも伝わる。そこで家族全員vodafoneに切替えた。その時vodafoneの店員さんはいい番号を選べるよう店の番号カードを全部みせてくれた。やっぱり追う者は一生懸命だなあ。そのとき思った。

だからSoftBankにはガリバーになる一歩手前まで頑張ってほしい。今回の料金体系は、いままでの携帯のビジネスモデルを変える。不労所得をお返ししますという感じ。

DoCoMoは自分たちが儲かる料金テーブルを作って栄華を極めた。だからそのテーブルをひっくり返されたくない。また額に汗して働かなくちゃならない。DoCoMoは青少年のおサイフから本来本を買うべきお金を徴収した。そのお金は知の体系を生まずDoCoMoの金庫に入った。

キャメロンの涼やかな美貌。おこちゃまに媚びてない目線。

時には恨みをかってもやるべき時がある。特に勝たなくては生き残れない時がそうだ。SoftBankは今がその旬である。

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2006年10月25日 (水)

さようならSONY またある晴れた日に

会いましょう。・・・そんな感傷を覚える麗しい秋の一日。SONYの株を処分した。SONYだけ自分の中で特別扱いする訳にはいかない。

損を覚悟してたのに、意外にも売却益が少しでた。税金を納め、めでたしめでたし。買ったのは前・出井社長のオーラ全盛期。SONYはデジタル・ドリーム・キッズを標榜してた。少年時代からのSONYファンの僕は新しい夢を持ちたくて株を買った。損をしてもそれは自分の夢の結末。悔いはない。SONYブランドという遺産を食い潰す時期は終焉してほしい。

証券会社の外には陽光が降り注いでた。

なぜかスタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』(1964)のラスト、水爆の炸裂にかぶって流れる歌「また、いつか会いましょう」(ヴェラ・リン)のメロディーが脳裏をよぎった。

Dr.Strangelove OR: How I Learned to Stop Worrying and Love the SONY. (博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて、SONYを愛するようになったか・・・)

いつかまた晴れた日に会おう。SONYよ復活して。また賭けたくなる夢を。待ってます。

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バーゲンの日、借りてきたCDは

①錦織健「初恋」。②川井郁子「ラ・ジャポネーズ」。③スタン・ゲッツ&チャーリー・バード「ジャズ・サンバ」。④シャーン・ノース「Story Neverend」。

借りる時、何らかの法則性が働く。①錦織氏と②川井氏には、日本の心、切ないほど美しい日本の歌を聴きたいから。日本という国の文化を抜きにできない。

③スタン・ゲッツのこのアルバムは北米でのボサノヴァ・ブームの発火点になった。何度も借りるから買った方が良いのに。また借りる。身体がボサノヴァ体質になってる。

④は初めて聴く。新しい才能に出会いたい。ポップス、ロック、フォーク、ジャズ、アイリッシュ等を昇華したデビュー・アルバム。

中古のDVDの販売コーナーに『Cinderella Man』(シンデレラマン)があった。840円。即Get。

誰でもシンデレラになれる。心がけと精進あらば。そう信じる。

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2006年10月23日 (月)

高円寺の濃ゆいビデオショップで

ポール・シュレーダー日本未公開作『Misima』と大島渚『絞死刑』を借りた。このショップAuviss(オービス)のアート系VHSコレクションは凄い。思わず店主に「すごいコレクションですね」と伝える。長い歳月かけて集めたという。仕事先の制作会社のご近所ということで会員に。⇒所在地

①『Mishima:A Life in Four Chapters』(121mins.)1985-WARNER HOME VIDEO(絶版)

スコセッシ「タクシー・ドライバー」の脚本家・P.シュレーダー脚本・監督。三島由紀夫の最後の日(1970.11.25)と彼の文学的生涯を絢爛たるスペクタクルに。美術・石岡瑛子氏。緒方拳始め、えっというような俳優・女優ずらり。市谷駐屯地での事件も克明に描写。三島文学の愛好者は必見。ポール・シュレイダーの知性はシャープ過ぎて少し危ない。音楽のフィリップ・グラスが異様な位いい。三島遺族の意向で日本では未公開。米国でもVHSは絶版である。アメリカ人が見るとも思えない・・・。

②『絞死刑』(119mins.)1968-TOHO VIDEO

大島渚監督atg(アートシアターギルド)作品。在日韓国人の死刑執行までを軸に死刑制度、民族差別問題、国家の問題などを不条理演劇のように描く。脚本の緻密さ、造ってる大島渚氏他大島組の制作、俳優陣の本気度が伺える。

大島渚はあの頃映画全盛期に遅れてきた青年だと思ってたが、今の時代の先駆的存在だったと悟る。DVDもVHSもなく映画が興行だけを収益源としてた時代に資金面でどれ程の苦労があったか?知性で作品を練りこんで造った感じがする。命を削ったのだ。

周防監督の新作冤罪裁判映画『それボク(勝手に省略。ごめんなさい)ルーツを探った一本。周防監督がみてるかどうかは知らない。二つの映画には共通項がある。語らざるを得ないーその1点。

映画監督で『絞死刑』を見ないで済ませる人っているのかなあ?

見ないで済ませられる監督はお目出度き人である

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2006年10月17日 (火)

周防監督「Shall we ダンス?」の次は

「裁判」をテーマにした『それでも ボクは やってない』(略して「それボク」)。来年1月に全国東宝洋画系でロードショー。(この記事には一切のネタバレはありません。)

試写をみた。観てよかった。観なければ知りえないことがたくさんあった。

<痴漢冤罪>のお話。カフカの『審判』をオーソン・ウェルズは見事な映画にしたけれど、周防監督もまた記憶に残る映画をものにした。内容はファンタジーではなくリアル。それは今の日本が抱える金属疲労の深さからくる。加瀬亮(好演!)が陥る冤罪は明日のボクやワタシが陥る罪と罰。

無実の人を罰してはならない」ーその鉄則が刑事裁判では果たしえない事実を知った。

試写をみた後に会社へ戻るために乗った地下鉄がとっても混んでた。吊革に手をやり鞄を持った手は慎重に場所を選んだ。扉が開くたびに女性が僕の回りに。「お願いだから、来ないで・・・お願い」。願い空しく接近遭遇。・・・黙ってホールドUPするしかない。本当にコワい。冗談ではすまされない現実が日常生活に口をあけてる気がした。

以前、女性専用車両に誤って乗ってしまった体験を思い出した。その時のOLさんの微かに非難を込めた視線を覚えてる。ー「なんで男性のあなたが乗ってるのよ・・・」。ガラスの眼で見返すボクは心の中で君は間違ってると呟いた。人を悪と決め付けてはいけない・・・。ボクは悪ではない。チョイ悪ですらない。女性専用車両を設けるならば、どうか男性専用車両も造ってほしい。男湯と女湯があるように。

痴漢は許しがたい。しかし冤罪もまた許しがたい。

神は細部に宿りたもう。そういうコトバを想起させる映画である。

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2006年10月16日 (月)

ちょっと感動したこと

月曜の早朝に常時携帯して受信してるe-mailをチェックした。それで気づいた。手伝ってる「世界遺産のDVD」のHPについてクライアントのプロデューサーと制作会社のクリエイター双方からメールが入ってた。両者とも先週金曜の晩にUPしたHPをもっと良くするためのメール。揃って日付が変わり土曜日の時刻だった。時計の針がシンデレラ・タイムを回ってもこの件で仕事してたのだ。

このプロジェクトがきっと普通の仕事を超えて、何かを目指してる未知の領域に属するWorkになってるのだと悟った。お金で結ばれてる仕事の場合とは違う何かが気配として感じられた。

お金を超えた思いには、お金を超えたソリューションで。

それが僕のポリシー。なので今週できることを期待以上にして、彼らを喜ばせようと思った。

HPはこちら⇒ 

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図書館から借りた本

ある企画を深めるためにまとめて図書館から本を借りた。返却日の2週間後までにこの企画作業は終了する。なので入念に選んだ。

①『花鳥風月の日本史』。②『特攻』。③『特攻へのレクイエム』。④『特攻隊員たちへの鎮魂歌』。⑤『風と遊び風に学ぶ』。⑥『千の風になって』。⑦『ライフ・レッスン』。⑧『永遠の旅行者(上・下)』。⑨『プラトン入門』。⑩『俺、南進して

幾つかの図書館と仲良しなので、毎週日曜日、一週間毎交代で本を借りることを閃いた。そうすれば返すのが簡単だしたくさん本を借りられる。現在僕の書斎には約20冊の図書館本が待機。

本は素晴しい。たくさんの専門家が待機してくれている。

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2006年10月15日 (日)

奇跡をつかむ

「チャンス」はつかむもの。チャンスは目の前を通過する。チャンスをものにする人は動きが敏捷だ。神さまも天使もチャンスはあまねく大勢に。サッときたものをサッと取ったものの勝ち。見送る人はいつでもいつまでも見送る人。

奇跡もまた。

喫茶店のテーブルをはさんで企画mtgをした。天使の羽ばたく音を聞いた。<奇跡>が起きた瞬間。

これをつかめばいい~そう悟った。その時間、その場所、その相手。長い話し合いはその瞬間、飛躍する。

『羅生門』『七人の侍』などを手がけた名脚本家・橋本忍氏の自伝「複眼の映像ー私と黒澤明」には橋本氏が『羅生門』の脚本執筆時に黒澤という男の資質の最も重要な部分を悟るくだりが描かれている。

黒澤明という男ーそれは閃きを掴む男である。」(P69)

映画『羅生門』はヴェネチア映画祭で日本映画初の金獅子賞(グランプリ)をとる。敗戦で希望を失った日本人に一条の光のようなものをもたらした。

彼らの未来が開かれた。

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2006年10月 8日 (日)

嫌われ松子 の転落前⇒転落後

使用前。使用後。それを刷り込まれてる僕たちの頭を利用したアド。これをつくったクリエーターはなかなか知能犯だ。

Photo_334 ☆転落前:メイクがいい。ナチュラル・ヘア。花を持つポーズが ぽい。瞳に夢が。未来が。このビジュアルに過酷なコピー「転落前」・・・。酷すぎる。

Photo_335 ★転落後:うむ。口紅の色。花の代わりに万札が・・・。瞳には現実が。オトコを落す為にできることは全部しました澄まし顔。

でも転落後の顔って、結構 渋谷の街中には大勢いますけど・・・。

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2006年10月 5日 (木)

映画「父親たちの星条旗」の試写をみて

イーストウッドは立派な仕事をした。(ネタバレなし。ご安心を)。この映画に描かれた史実・歴史に対してさまざまなことを考えさせられたので、映画の巧拙を語るのは空しい。映画造りのプロに対し頭の下がる仕上がりである。

TVや週刊誌では「感動ものよ~」と、提灯持ちが持ち上げるだろうか。今回の硫黄島(イオウジマ)で全滅するのは日本兵。「パール・ハーバー」の時のように女の子が「感動しました」とは云えないだろう。

この映画で知ったことは幾つもある。戦争の資金調達などのサイド・ストーリーが興味深い。それにマーケティングの国アメリカの風土を知る手がかりもある。

映画のLOOKはモノクロームとカラーの中間の色合い。昔の着色された絵葉書のよう。それはこの映画が父親たちの心に刻まれた戦争の傷跡を扱ってるからか。凄惨な殺戮をこの色合いは多少は救ってる。それでも何度か薄目は必要だった。しかしこれが戦争の美化されない真実の姿でもあるのだろう。

戦争オタクには見てほしくない。戦争ごっこの好きな人間にも見てほしくない。この映画を嬉々として語る人とは、多分僕は友だちにはなれないだろう。こころの奥に仕舞っておきたい映画だった。

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2006年10月 3日 (火)

映画「トゥー フォー・ザ・マネー」は

かなり面白い。アメリカではスポーツ賭博が年間2000億ドルの市場を形成してるという。その内幕を描いたエンタテインメント。

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Towfor_01Towfor_02アル・パシーノ、マシュー・マコノヒーが素晴しい。久しぶりに骨太の娯楽作品をみて満足した。

アメリカという国のマネーへの飽くなき渇望がよく描かれてる。そしてギャンブルが実は依存症であることもキチンと描いてる。この映画をみればかの大学教授もギャンブル依存症であると判る。収監よりも病院や自助組織で治療すべき性(さが)。

DVDの特典映像には実在のスポーツ賭博で活躍してる人物(ブランドン・ラング)と脚本家との対談がフィーチャーされてる。これがまた実に面白い。

コトバを武器にして稼ぐ男がどういうしゃべり方をするのか、見ものだ。人間という不完全な動物に対する洞察力が素晴しい。この映画を観てれば、ギャンブルの深みにはまらぬのではないか?と思えてくる。

ただし僕はギャンブルを全くしない。したこともない。仕事がそれに近いから。

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2006年10月 2日 (月)

安倍さん、本当に憲法

変えちゃう気ですか。・・・読売新聞・朝刊、カラー全ページ広告のキャッチ・コピー。

「WEEKLY プレイボーイ」全5段書籍広告の対抗面で、爆笑問題の太田光と人類学者・中沢新一が腕組みして立ってこちらをみてるビジュアル。大きくWEEKLY プレイボーイのロゴ。それにヘッドラインがー。

創刊40周年。優等生にはできないジャーナリズムを、これからも。

一番下に書籍広告。集英社新書で21万部突破の「憲法九条を世界遺産に」。

久しぶりに広告のパワーを見た。この広告を安倍首相がどんな顔をしてみたかを想像してみる。自分で「週刊プレイボーイ」を買いにいっただろうか?それとも誰かに買いに行かせただろうか?あるいは無視したか?

帰りのホームの売店で、週刊プレイボーイを買った。なかなか充実した誌面。感心。週刊文春や週刊新潮よりはるかに密度が濃い。(以下、記事から引用)

創刊から今年で40年、週プレのモットーは、昔も今も、

「もっとハダカに!」ー。

男も女も、そしてニッポンも

「美しい国」ってなんやねん!・・・この特集記事は読ませます。

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2006年10月 1日 (日)

「映画評論家」を「評論する」

映画「レディ・イン・ザ・ウォーター」が酷評されてるので、この作品の擁護もかねて、「映画評論」を「評論する」ことを思いついた。

テキストは「週刊文春」(10月5日号)。そのP134.連載名:<シネマチャート>。この欄では五つ星・・・もう最高!ぜひ見て!!、四つ星・・・一食ぬいても、ぜひ!、三つ星・・・料金の価値は有り、二つ星・・・暇だったら。一つ星・・・損するゾ、きっと。そのような評価がくだされる。

今回は「カポーティ」と「レディ・イン・ザ・ウォーター(LITW)」の二作品を5人の映画評論家・文筆家が一刀両断する。アカデミー賞受賞作「カポーティ」が五つ星を取ったのに比べてLITWは三つ星が最高評価だった。以下評価順に概況を紹介するとー。

☆☆☆・・・品田雄吉氏(映画評論家)。芝山幹郎氏(翻訳家)。斉藤綾子氏(作家)。

品田氏・・・いろいろ手の込んだ仕掛けあるサスペンスもので面白くみせるが「怪物」がチャチなのにがっがり。芝山氏・・・撮り方が泥臭い。閉じた空間にガスが充満する感じで笑ってしまう。斉藤氏・・・ゲーム好きにはたまらない。監督の評論家嫌いも笑える。プライス・ダラス・ハワード(ストーリー役)の膝の裏の形の美しさに惚れ惚れ

☆☆・・・中野翠氏(コラムニスト)。脚本が悪すぎる。巧い役者たちが哀れに見える。

☆・・・おすぎ氏(映画評論家)。シャマランには何度も騙されたし今度もまた。他愛のない緩いお伽話。映画にする必要もない

■「映画評論」を「評論する」。

その映画のメイン・ターゲットがどの層かを自覚すべき。F1、F2など細分化されたカテゴリーでなくとも良い。大人なのか子供なのか親子連れなのか、ホラー狙いなのか程度でも。この「レディ・イン・ザ・ウォーター」、映画の売り方(マーケティング)を排除し映画の本質的な造り方からみると、親子で観る映画。もしくは子供たちに観せたい映画である。シャマランもお客が入らなければタマランから間口は広くとってある。そしてこれはホラーではない。シャマランが自分の子供に語って聞かせた御伽話の映画化である。ファンタジー。

品田氏が、面白いけれど「怪物」がチャチだと感じたのは、この幼児にもみせたい映画のレベルからすると当たりかも。この映画は絵本や御伽話を信しる年齢の子供から楽しめるように造られてる。残酷なシーンはない。撮り方が泥臭いと仰る芝山氏はクリストファー・ドイルという撮影監督をおそらく知らない。知ってたらドイルの華麗な映像テクニックが何故抑制されてるかを一考するはず。クリストファー・ドイルを知らずに映画評論する馬鹿はいない。一番、映画眼があるのは斉藤氏。この映画の本質をすべて見てとってなおかつ女優起用の秘密にまで肉薄した。作家の眼力は鋭い。

中野氏もまた子供という視点を外したご感想。子供に見せたいか否かがこの映画の評価には必要。

一番酷いのは、おすぎ氏。子供のこころを失った大人にはこの映画は映画化する必要もないと映るとは。もうシャマランは見ないでいい。映画化に値しない、という映画評論には恐れ入る。天に唾を吐くという言葉がありますが映画の神さまは怒りますぞ。傲慢にも程がある。

15歳の息子が感動した。少年のこころに残る映画をつくったシャマランを僕は応援したいと思った。主人公のひとりポール・ジアマッティーは「シンデレラマン」のトレーナー役に続いて好演。

大人のイノセンスを見せてくれた。それを大人は「哀れ」で「笑ってしまう」ような「緩くて」「他愛もない御伽話」と呼ぶかもしれないけれど。

観てよかった。僕たち親子にとっては最高だった。

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ナイト・シャマランの陰口をたたくのは

タマラン。・・・洒落になったろうか。昨晩みた『レディ・イン・ザ・ウォーター』の紹介記事や解説を読んでると、この国の映画批評の貧困さを痛感する。この映画はホラーではない。違う志向の映画に勝手な願望と推測で語るのはお門違い。

観客が好きな感想を持つのは全くの自由。けれどメディアで映画批評する人たちは自身のオツムの具合を晒してることを自覚すべきだ。タダで試写をみせて貰ってこきおろすのは止めようね。それはアマい。自分の金で映画ぐらいみてほしい。

絶対みてほしい。あるいは、絶対みるな。そのどちらかの話を観客予備軍にしてほしい。映画を語ることで報酬を貰うなら、それ位の覚悟はしてほしい。ちょっとしたケチをつけるなら自分で映画を撮ればいい。芸術(あるいは表現)にはケチがつきまとう。神ではなく人間が造ったものだから。問題は語るべき教養も見識もない人間が分かったようなことを書き散らして観客をミス・リードすること。

日本には故・淀川長治さんを最後として映画の伝道者はいなくなった。

新聞記者の書く映画評はあまりに勉強不足で読んでて気恥ずかしい。もうネット上のファンの方が遥かに見識がある。自ら無知を証明するような営みは紙面を汚すだけである。

たかが映画なのである。

■Tarzan(2006.10/11 No.474号)-P68のCinema欄「レディ・イン・ザ・ウォーター」評のジェーンさんとチータさん、もう一度映画をいちからお勉強しましょうね。

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2006年9月28日 (木)

~ポスプロ④

いま造ってる映像のワークinプログレス。

黒い衣装のマリアの原型はジャン・コクトー『オルフェ』のマリア・カザルス演じる死の国の女王。黒いドレスに白いヴェールを被せたのはヘアメイク橋本氏の才気。気品が漂う。自然にBlack Mariaの名前ができた。

エルロイ原作・ブライアン・デ・パルマ監督の『ブラック・ダリア』は期待作。デ・パルマが「LAコンフィデンシャル」に繋がるエルロイのダークな世界をどう料理するか。エルロイもデ・パルマも本質的に作家。いまでもエルロイはちらしの裏にペンを走らせてるのだろうか?

<Black Maria>は音楽を巡る物語。主人公Grace。それにもうひとりのGrace=Black Maria。このBlack Mariaの存在感。撮影を予定してた決めのシーンがあまり有効でないと判断し別のイメージを探してるうちに、物語のもう一方の極=Black Mariaのシーンを50:50まで高めることになった。午後はほとんどBlack Mariaが登場するシーンの撮影になった。現実の女と女を守り導くBlack Mariaの存在。あるいは女神(ミューズ)。

ある移動撮影のシーンで音楽をあてて撮った。ジャズ・シンガー、ジャネット・サイデルのアルバム『スマイル』の3曲目にある「黒いオフフェ」のテーマ。ポルトガル語の響きと間奏に流れるサックスが官能的で優美。サイデル(♀)とサックス(♂)の恋のさやあてのよう。この音楽を流して撮ったBlack Mariaは自然にその世界に溶け込んでいるようにみえた。

死と再生と官能。「オルフェ」と「黒いオルフェ」を結ぶベクトル。そのベクトルを2006年10月まで伸ばしてみるのが僕の仕事かもしれない。

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2006年9月27日 (水)

3分の映像~ポスプロ②

約120分の映像を3分間にまとめるにあたって、まず60分くらいの映像に絞ろうと考えた。昨晩からOKカットを残しNGカットを排除する作業を進めてる。これがなかなか楽しい。

最初から最後までストーリーが定まってる映像ではない。だから今想定してる映像の順番に組替えて、大くくりのストーリーの流れにのっとって編集を進めるつもりだ。

編集が映像にいのちを吹き込むーそんな感じがする。

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2006年9月26日 (火)

3分の映像~ポスプロ①

ハイビジョンで23日、24日に撮った映像は約120分。3分にまとめるためには最終的に117分を捨てることになる。1/40か・・・。正直3分におさまる気がしない。

事前に想定してたストーリーが現実とのかかわりで変容する。完全犯罪がちょっとしたきっかけで狂い始める。頭の中にあるイメージや言語的な論理が現実の世界にぶつかりビリヤードの玉のように弾ける。

コマーシャルならば事前にコンテがあってクライアントからその設計図を担保に製作費がギャランティされる。そしてコマーシャルには目的がある。映像のコンテキストで伝えるメッセージは純化され、映像はある目的をかなえる道具になる。だから優れたCM監督は優れた映画を撮ることが極めて難しい。まったく対極にある映像の使い道。コマーシャルは言葉通り「商業的」な世界。しかし映像の価値の本質はそこにない。

映像言語は多義性・多様性にある。あるいはアンビギュイティ。<あいまいさ>と訳せばいいか。この世界はイメージからはじまる。まず光があり、言葉はその後で産み出された。繋がれた映像の断片が優れていれば多様な言葉がそこから生まれ、多彩な感情が喚起される。

映像は語り過ぎてはいけない。

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2006年9月23日 (土)

3分の映像~プリプロ⑤

日曜に撮る映像のヘアメイクとコスチュームのmtgを行った。

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早朝ちょっ とロケハン。緑のアーケードになってる背景を使いたい。緑は生命の色。

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Vfsh0111_1生命(いのち)と死は対立するものではないかもしれない。死生観にはさまざまなものがある。

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Vfsh0114_1Vfsh0115_1被写体となるGraceさんにはあまり日常的な現実感がない。魅力をひきだすためのmtg。

素晴しいスタッフがボランティアに近い形で参加してくれた。こういうことができるようになった背景にはハイビジョンの技術革新とweb2.0の潮流がある。

小説を書くように映像が造れる時代になりつつある。

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ちょと覆いをかぶせることで「オルフェ」のマリア・カザルスが演じた死の女王に。

映像の中で現実感をもたせる作業が続く・・・。

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2006年9月20日 (水)

3分の映像~プリプロ②

プリプロダクションnote②~

映画におけるボクシングのトレーニング・シーンにはいつくかの記号が埋め込まれてる。「ロッキー」「ミリオンダラー・ベイビー」「レイジングブル」「シンデレラマン」・・・。Victoryという絶対目標に到達するまでの苦行。言葉は無力だ。

印象的なのはスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号船内でのシャドウ・ボクシング。印象的な映像言語。人類の未知への挑戦への意志と壊れやすい肉体。孤独な営み。

ワンフレームで意志とパッションを収められる。これに匹敵する設定は他にないか?と考えてて女性の化粧を思い浮かべた。

ハーフミラーの手前から化粧する女性の顔をクロースUPで撮る。化粧する何らかの目的がある。それを適えるための技術。そしてある段階で仕上がる。これもまたワンフレームである種の情熱を収められそうだ。自分自身を見詰める構造。

あるいは鏡に映る自分自身。

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3分の映像ープリプロ①

プリプロダクションnote~①

撮影は今度の日曜。24日。これからのミュージシャンをPromotionする映像。でもミュージック・クリップではない。誰にも一生に一度の時がある。最初に主人公になる。誰でも人生の主人公でいたい。

だいたいイメージは固まった。完成型180秒。3分60カット。60分Takeする。いくつかのシークエンスのイメージをこれから固める。テーマは<変身>。人が変わるときー。何かが増えるよりも、何かを捨てる。切り捨てる。断ち切る。例えば自分の過去を捨てる。その捨てるモノが見もの。そして今を何が満たすか?古い自分を捨てる。それは痛みを伴う行為かも。そんな変身の瞬間を視覚的に描く。ひとつの可能性にかけることは他の全ての可能性を捨てること。

VideoPodcastとYoutubeで配信したい。

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2006年9月19日 (火)

映画「浮雲」を観て

駄目男の系譜。成瀬巳喜男の傑作と謳われる映画だけど、ふ~んこれが傑作?という感じ。森雅之の駄目男。高峰秀子の尽くす女。「花のいのちは短い」時代の物語。

今は昔、大地真央がニッセイのTVCMで「花のいのちは結構長い・・・」と歌ってから久しい。今なら高峰秀子は森雅之をさっさと捨てて他の男と幸せな人生を送るだろうし、そうしてほしい。

仏領インドシナでの思い出が戦後の引き揚げた二人の逢瀬にかぶる。音楽がボンゴとクラリネットで南方風の響き。子供の頃みた「怪傑ハリマオ」というTVドラマを思い出した。時代考証も希薄なイメージはどこかヘンテコリン。けれど「浮雲」が傑作であることに異論はない。駄目な男は魂を失った男の哀しみの姿。女はそれに身を捧げる。最後の高峰秀子のクロースUPを撮る為にこそこの映画はあったと言わせる程の美しさ。全てを捧げて悔いがない女性ほど神々しい存在はない。安住の地が死であったとは。

フェリー二の映画「道」を思い出す。最後に泣き濡れるザンパノ(アンソニー・クイン)と森雅之は兄弟である。共に敗戦国(イタリア・日本)の戦争直後の男の姿なのだろうか。

「秋津温泉」で長門裕之演じる駄目男は、そんな彼らの弟だ。そして全ての男は駄目男ということなのだろう。

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2006年9月15日 (金)

言葉の力

いよいよ週末。来週月曜は敬老の日。だからこの金曜は三連休につながる花金。とても貴重な一日。できれば争い事なく、また争い事に巻き込まれることなく過ごしましょう。

昨日うれしかった。言葉の力。ほぼ十年ぶりで再会した人とお昼を共にした。僕が十年以上今の会社で仕事を続けてることに対して、彼はこう云った。

ー十年か。たいしたものです。生き残りましたね。

そういう見方があるのか・・・。きょとんとした。四十代の社長さん。十年前の会社とは違う名詞をお持ちだった。僕は判ってた。だから訊かない。きっと彼は辛酸を舐めたはずだ。人間がひとまわり大きくなっていた。彼もまた生き残ったのだ。

逆境や迫害はあった。日本のリーマン社会はジェラシーでできている。男の方がやきもちやきだ。どこでも同じ。けれど最近はとても仕事がし易くなった。時代が変わったこともある。「辛酸を舐めた?」と訊かれたら「ウイ」と答えるだろう。辛酸も舐めてるうちに味が出てくる・・・。

「十年か。たいしたものです。生き残りましたね」ーその言葉は僕のストーリーを美しく(美し過ぎるくらいに)形容してくれたもの。だから大切にしよう。

自分もまた人に勇気を与えられるコトバの力を磨きたい。そう思う。

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2006年9月14日 (木)

a hard day's night

1964年にはこの原題の映画は「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」(邦題)だった。「ヤア!ヤア!「ヤア!」の部分がすごいなあ・・・。さすがに2001年のリバイバル公開では「ハード・デイズ・ナイト」になった。忙しくなるとビートルズのナンバーが頭に浮かぶ。アラームがわりに。

今日のスケジュール:①8:30am~渋谷のオフィス/②9:30am~赤坂/マーケティング会社③11:00am~秋葉/アニメセンター(ランチミーティング)④13:30pm~赤坂/映像制作会社15:00pm~渋谷のオフィス(企画書)17:00pm~来客⑦18:30pm~after。

上司からはある大切なコトに専念してほしいと頼まれた。僕も同感。しかし現実はこうなる。他の人にも専念してほしいところ。体はひとつ。

目の前に現れる料理を楽しんで食べよう。前菜の時にデザートのことを考えない。目の前の人に意識を集中する。

Now&Here

いま ここに 僕の人生はある。(でも明日はゆるめよう・・・必ずね)

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2006年9月12日 (火)

新作映画「涙そうそう」 試写をみて

昨日東宝の試写室でみせてもらった。いいものをみせてもらった、というのが最初の感想。(この記事にはネタバレはありません。ご安心を。)

映画を観る前にあまり予備知識は入れないようにしてる。頭でっかちで映画をみたくない。けれど試写をみたかったのは<妻夫木聡>と<長澤まさみ>の印象的なクロースUPの写真と誰でも知ってる名曲「涙そうそう」のタイトル。

映画をみた後で「今、あい」の土井裕泰監督と知った。最初の危惧は「泣かせよう」とくるかなというものだった。けれど自然な感情のうねりがあってかなりジーンとくる場面がある。これは役者とスタッフそして沖縄というもうひとつの主役の力がシンクロしたからだ。

妻夫木君は「春の雪」の50倍いい。長澤さんは「セカ中」」の100倍いい。(「春の雪」と「セカ中」は同じ監督さんでした。ごめんなさい。でも「セカ中」では一滴の涙も流せませんでした。)

何故か、ジャン・コクトー原作の映画「恐るべき子供たち」を後になって思い出した。ジャン・ピエール・メルビル監督のほぼ処女作。兄弟愛が底流に流れる。

風土(沖縄)と民族の悲劇(沖縄人の悲劇)、そしてだからこその明るさがあってこそ兄弟愛が引き立つ。

やはり愛が世界を救う。

子供たちに、家族にみせたい映画でした。9月30日公開。⇒公式hp にいにい!

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【感謝300回】ー人生の朝

9・11を過ぎ9・12。「ダーリンのコーヒータイム」は300回目の記事です。みなさまのお陰で三日坊主チャーリーは毎日blogに記事を書いてます。ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします。

さて9・11。昨晩は筑紫さんのTVを見てた。今日は自分自身の体験を書く。

あの日、自宅居間でみた映像があまりにハリウッドのSFX映画のようだった記憶。その衝撃。端正な画面構成。青い空。そして・・・信じがたい映像。時代が一瞬にして悪くなったことを悟った。

一年前にNYに長期滞在してた。仕事がOFFの日に「自由の女神像」を見に行った。その時地下鉄ウォールストリート駅で下車。

一人のビジネスマンが僕に近づいた。手にしてるSonyのHANDYCAMを指差して「いくらなの?」と聞いて来た。アメリカ人の陽気な人懐っこい笑顔で。楽しいNYの思い出の1コマになるはずだった。

そういう想い出を砕いた9・11。どのようなドグマだろうとやってはならないコト。世界の記憶として余りに酷く貧しい。これだけのテロを成功させるために周到な計算、訓練、資金が必要だったろう。それを支える憎悪。人間の仕業である。善悪の彼岸を超え人間の哀しくも愚かな選択。その後のアメリカが辿る運命もまた。世界を少しでも豊かにしたろうか・・・。日本の舵取りは?すでに皆が気づいてる。暴力の連鎖は暴力を生むだけ。どこかでこの悪のヴァリュー・チェーンを断ち切らねば。5年の歳月が人類を賢明にしたことを僕は信じたい。

さて新しい朝です。

あなたの今日が喜ばしい一日となりますように。

【感謝200回】ー人生の朝~記事

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2006年9月11日 (月)

映画「天国と地獄」

久しぶりにみた。何回目もみてる。その度に発見がある。クロサワ1963年発表の骨太の娯楽サスペンス大作。児童誘拐をテーマに三船敏郎と山崎努(デビュー)の一騎打ち。ただし剣は使わない。現代劇。仲代達也が警部(善玉)で。悪役の方が似合う存在感。

とにかく面白い。クロサワの映画は情報量が多い。一画面に多人数の刑事がひしめく描写などクロサワならでは。そして後世の映画に多大な影響を与えた。『踊る大捜査線』にも。

今回みて発見したこと。三船演じる靴メーカー常務・権藤はクロサワのメタファー(暗喩)だ。三船が描く権藤は魅力的な中年男性。職人気質。叩き上げで靴をつくることにかけては余人に負けない。そして仕事を愛してる。この男の人生の危機が結果として揺るがないのも自らの仕事に対する絶対的な信頼からくる。

この「靴づくり」を「映画づくり」に置きかえれば判る。1963年は東京オリンピックの前年。オリンピックを契機にTVはカラー化が進む。映画は娯楽の王者から転落していく。クロサワと権藤は一卵性双生児。

映画の造り方がクラフツマンシップで造られてる。だから40年以上経っても充分娯楽になる。映画は博物館で楽しむものではない。いつも観客にとっては今の時間の充実のためにある。

この映画にはクロサワの辿るその後の運命が予見されてる。それは高度経済成長で日本企業が切り捨ててきた創造性。クロサワが生きにくい日本に日本は邁進した。結末はハッピーエンドのはずが、決してハッピーではない。

不思議な結末である。

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2006年9月10日 (日)

湘南Jazz by the sea

湘南ビーチFMのJazz番組「湘南Jazz by the sea」。土曜夜8時からの2時間放送、DJキャロルさんのポートレイト。

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FM局のキャップを被って。少年みたい。放送の合間、夏休みの宿題を片付けるキャロル少年。

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Vfsh0072_3Vfsh0074_1インターネットのサイマル放送ではwmpで映像も送られる。みたいひとは⇒さいまる!

素敵な表情をパパラッチ。キャロルさん御免なさいね。

9月はたくさんライブがあってJazzだけでなくラテンも歌うそう。おお忙しでもいつもイキイキ。キャロルさんでした。

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2006年9月 8日 (金)

『羅生門』を 小田急急行映画館で

みた。・・・小田急線「急行新宿行」の座席でPCにDVDをかけた。勿論ヘッドフォンをつけた。他のお客さんには気づかれないように。次第に画面に集中した。予想以上に良い視聴環境である。

何度か『羅生門』はみた。黒澤明が世界のクロサワとなったメルクマール。久しぶりに再見。やはりマーヴェラス。凄い!ある意味常軌を逸する気迫が画面に宿る。

三船敏郎の演技の表情に視線が集中してくとフル・ショットなのに意識上はクロース・アップになる。演劇的演出が施されてるので、そういう事態が生じる。そしてそれをクロサワは計算にいれてる。情報量が非常に密。感情・情感、次に派生するコトを予測する観客の想像力までも計算する作劇と画面構成。武術の気迫のようなものをモノクロ画面から感じた。

暗い森の中のロング・ショットで森の上部からパン・ダウンして白い馬、京マチ子演ずる女人、それに小川のせせらぎに至るーまるで掛軸の水墨画のよう。垂直のパンダウンが絵画的カタルシスを与える。これはクロサワの絵描きとしての才能だろう。

世田谷・成城(狛江)の黒澤邸の近くを小田急線は通過するのだろう。時を越えてPCで『羅生門』を鑑賞する不届き者を、黒澤さんは許してくれるだろうか・・・?

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どうか私を見詰めないで

朝から視線を感じる。表参道から青山通りを歩いてると・・・。頭上から視線が。なあんだ、ジュード・ロウ様。おはようございます。

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ジュード・ロウ様。はっきりいってファンです。本物のハンサム。大きい葉祥明氏の絵。

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視線の誘惑。どうぞみなさん、誘惑しないでね。仕事中っす。でも許す。パチリ。

こうしてみると、結構こころは視線に敏感だ。

最近、デジカメが欲しくなってきた。携帯バカチョンだとピントや解像度に限界あり。世界をクリアにみたい。そして瞳の奥を探りたい。

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2006年9月 4日 (月)

CMにチャンネルをあわせた日

天才を語るのはやさしい。しかしかつての自分の神を語るのは難しい。

Cmshi_photo21TVで故・杉山登志(すぎやまとし)を描くドラマをみた。伝説のCMディレクター。初期の資生堂のTVCMはほぼ彼の手になる。

杉山登志氏は37歳の若さで自ら命を絶った。そのダイイング・メッセージは数日後新聞に掲載された。その記事を読んだ時の複雑な思い。オイル・ショックの年。時代の伝説。

僕はその翌年、広告業界に入った。やはりCMをやりたかった。TVCMはその時代、輝いてた。

それから十数年後。この業界を去る時に、まとめて何本かCMに携わった。けれどその時にはもうCMに熱い想いを持てなかった。自分の夢は果たせた。これ以上自分を誤魔化せなくもなっていた。広告業界が虚業に思えた。CMはクライアントのもの。視聴者のものですらない。芸術じゃない。

TVCMが時代をつくったと思うのは美しき幻想。時代は経済を支えてきた真面目な日本企業がつくったもの。15秒、30秒に巨額の制作費を投入。しかしその費用対効果は不可侵領域。TVCMはいずれ限定的なTOOLになっていく。いまやHDレコーダーで検知されはじかれる対象となった。

故・杉山氏が最後に残したメッセージはCMのナレーション。それは彼が周到に自らの死を演出した証(あかし)。類まれな才能を自ら絶ったことが悔やまれる。CMは世界など変えやしないーそれを杉山氏は知っていたろう。そう今では思う。

空虚なものに情熱を傾けた不条理を僕はいまも愛してる。杉山登志、あなたを今もなお・・・。

TVのhpは⇒メッセージ

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2006年9月 3日 (日)

SHONAN JAZZ BY THE SEA LIVE

湘南ビーチFMがOn AirするJazz Liveが「葉山マリーナ」で開かれた。

Vfsh0188何百人もの聴衆で盛況でした。アロハのジェントルマン。陸にあがったヨットに囲まれたクラブハウスでのライブ。夜風は涼しく月が水面(みなも)を照らしてた。

僕の歌姫<キャロル山崎さん>を、稲垣次郎カルテットの稲垣氏は“南国の歌姫”と呼んだ。73歳とは思えぬサックス奏者・稲垣氏のアロハ姿はよっぽど“南国不良老人”。わるいコト(=いいコト)してきた男でなければ73歳にもなって艶のあるサックスを吹ける訳がない。

Vfsh0176キャロルさんの歌を何曲も聴けた。仕合せだった。キャロルさんはこの番組のDJ。シンガーとしてだけでなくMCも担当してて大変忙しい。

Vfsh0181気配りの人。歌声といい、MCといい、このLIVEと番組はキャロルさんの人柄と魅力が華(キャップを被ってFM局をPRする姿をパパラッチしました)。

ライブ会場のシーマン(海の男たち)、おばさま方を惹きつけてるのはキャロルさん。それが良く判った。“ホスピタリティ”。俺が俺がの日本で絶滅の危機に瀕したコトバ。

“ホスピタリティ”ーそれは魔法のコトバ。そして愛のコトバ。

湘南ビーチFMのHPはこちらへチューニングを⇒78.9

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2006年8月31日 (木)

ヴォーカリスト2 徳永英明 Newアルバムが

昨日(8/30)発売された。女性アーティストの歌う名曲をカバー。徳永さんだからバラード・アルバム(第2弾)。

Umck1212Umck9149◎曲目:「雪の華」「いい日旅立ち」「あの日にかえりたい」「未来予想図Ⅱ」「かもめはかもめ」「セカンド・ラブ」「シングル・アゲイン」「あなた」「恋人よ」「なごり雪」「M」「瞳はダイヤモンド」「for you・・・」。

◎初回限定盤にはDVDが付いてる。「雪の華」「あの日にかえりたい」「瞳はダイヤモンド」3曲のプロモ・リール。

青春からう~んと遠ざかって悟れた真実を、徳永さんの声は呼び覚ましてくれる。

例えば「雪の華」では「・・・誰かのために何かをしたいと思えるのが愛ということを知った」というフレーズが耳に残るのは彼のお陰。

そういう歌詞とヴォーカリストとの関係がドラマを紡いでく。

“風が冷たくなって、冬の匂いがした。そろそろこの街にキミと近づける季節がくる”・・・そのように季節がかわっていくならば、冬もまた素敵な季節になるなあ。

今年最初の雪の華を眺めるときに、きっと僕はこのアルバムと徳永さんに感謝をするだろう。

●過去の記事:「VOCALIST 徳永英明」⇒ (8/21)

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2006年8月28日 (月)

藤あやこ さんと 香西かおり さんが

はにわと銀座通りを歩いてました。TV撮影クルーを従えて。午後1時ごろ銀座四丁目のVfsh0132 Vfsh0133_1 交差点を渡りきった処で。

キャメラ・クルー:2チェーン。なま「藤」さん&なま「香西」さんは共に和服。ほっそり華奢。お人形さんのよう。「はにわ」は頭のてっぺんが尖ってなければ、多分わからない。

Vfsh0131藤あや子さんと視線があってしまった。あやうく会釈しそうになる。ノー・タイなのでTV関係者と間違えられたのか。

世の中には美し過ぎるー<過ぎたる>コトがある。道行くご婦人たちが「きれいだわねぇ~」とささやき振返ってたのが印象的。

美し<過ぎる>ことが幸せなのかどうなのか?強い心根で生きなければ結構大変だろうなあ。

Vfsh0136スターであり続けることは、人生で何かを捨てなければ成しえない事業だろう。捨て去ったものは最も大切なもの。それを捨てたがゆえ、スターは燦然と輝きをますのか。

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2006年8月23日 (水)

SMILE -Sweet memories

JAZZは未知なる大陸。あまりの魅力にどこからどう攻略したらいいものか?

水先案内人がいる。大好きなジャズ・シンガーのDJによるFM番組がある。今回は「MY FOOLISH HEART」を手がかりに銀座・山野楽器のJazzコーナーへ。店員がウルトラ・マニアック。この曲の収められてるCDを探して店内を蝶のように舞って、3枚揃えてくれた。まるで手品をみてるよう・・・。

その中からジャケット・デザインで選んだアルバム「SMILE」。セピア色の写真で少女が頭にベレー帽をかぶっておどけてる。その写真にオレンジ色でS M I L E 。Janet Seidel(ジャネット・サイデル)。帯に「ひまわりのような笑顔と優しい歌声」とある。来日記念盤(06.5.24)。写真の少女はサイデルの幼年期の写真ではないかと勝手に推測。

「マイ・フーリッシュ・ハート」の他、なじみある「黒いオルフェ」「愛の賛歌」なども入って15曲。

ライナー・ノートに「甘い吐息系歌手」とある。ドリス・デイでありペギー・リーでありジャネット・サイデルなのだそうだ。なのに貞淑を絵に画いたような歌手という。だから貞淑な女性が或る男に恋心を抱いて近づきたいが近づけない、近づこうとする自分の気持ちをいましめる「マイ・フーリッシュ・ハート」のサイデルがいい、とある。

Really.奔放な女性の恋には興味がない。

アルバム・タイトル「SMILE」はチャーリー・チャップリンが「モダン・タイムス」の為に書いた曲。歌詞は映画の後でつけられた。フランス語と英語のちゃんぽんで歌うのがいい。

最後の「ウインター・ムーン」は冒頭アルトサックスが泣いてる。トム・ベイカー。ジャネットはこの人と恋に落ちた。すごく哀しい曲だと思ってたら、トム・ベイカーは突然亡くなってしまったらしい。アルバムの最後はこれ。哀しすぎやしない?

それでも人生は続く。月が照らす大草原を行く夜汽車のように。

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2006年8月22日 (火)

シュガー&スパイス~風味絶佳~

9.16に東宝系で公開の映画を東宝の試写室でみせてもらった。『冷静と情熱のあいだ』のスタッフが贈る珠玉のラブストーリー・・・というキャッチ・コピーには惹かれる。(ネタバレはしません、ご安心を)

『冷静と情熱のあいだ』の大多・(東京ラブストーリー)・亮プロデューサー×中江功監督のコンビ。「冷静・・・」と同じく音楽もこっていてアンディ・ウィリアムス、ポール・アンカなどのスタンダード・ラブソングにUKロックの「オアシス」のLYLAが花を添える。

映画を見終わって、無性に<森永ミルクキャラメル>を食べたくなってメトロのスタンドで買った。105円也。本屋では原作・山田詠美氏の『風味絶佳』を購入。つまり、この映画を気に入ったんだ。

カンヌで最優秀男優賞を受賞した柳楽(やぎら)優弥がいい。青春の渇望感がいい。夏木マリがいい。「ピンポン」以来のアザトイ演技がやがて自然にみえる不思議。沢尻エリカさんもいい。

19才の恋心も中高年の恋心もかわりない。そうでなければ大人が真剣になってこんな映画をつくりはしない。70歳のスーパー御婆を演じる夏木マリが、失恋瀬戸際の柳楽君へレクチャーする。

ー『女の子はねーシュガー&スパイス。優しいだけじゃ駄目なんだよ。』

・・・そうか!そうだったのか・・・。いいコトを教えてもらった。しかし知るには少し遅すぎたかなぁ・・・。

公式サイトはこちら⇒sugarandspice 

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2006年8月21日 (月)

VOCALIST 徳永英明

徳永英明のカヴァー・アルバム「VOCALIST」がいい。全編バラード。

1. 時代
2. ハナミズキ
3. 駅
4. 異邦人
5. シルエット・ロマンス
6. LOVE LOVE LOVE
7. 秋桜
8. 涙そうそう
9. オリビアを聴きながら
10. ダンスはうまく踊れない
11. 会いたい
12. 翼をください
13. 卒業写真

土曜日チャリで小田原から箱根湯本までの長い長~い上り坂を登ってく時にipodから流れてきた彼の歌声に思わず涙が出そうになった。「時代」のイントロのピアノに続いてほとんどアカペラで歌われる。「いまはこ~んなに悲~しくて、涙もかれ~はてて、もう二度と笑顔には~なれそうもない~けど・・・」。とても静かな滑り出し。

20代の徳永さんのステージを名古屋で観た。シャウトした青春の彼。それから声がでなくなったり「もくもく病」にかかったりの長い長~い低迷期。そして四十代で発表したこの「VOCALIST」。

力を抜いて歌を歌う。自ら歌いたい歌を聞かせてもらってる感じ。それが辛い坂道を長時間登ってく僕の胸に沁みる。力を込めて生きてもうまくいかなかった人間だけが掴める魅力を、徳永さんはいつのまにか身につけていた。あなたが過してきた時代はそのまま僕らの失われた十年に重なる。辛いことがたくさんあった。けれどもこうして生きているよね。

だから復活したあなたに逢えて、うれしい。 (ちょこっと視聴)

8.30にリリースされる「VOCALIST2」が楽しみです。

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2006年8月18日 (金)

よろしく哀愁

郷ひろみと一緒にお酒を飲んだら、いったいどんな会話が成立するのだろう。想像を超える。けれど彼の歌う「よろしく哀愁」は名曲だ。

詞がいい。「逢えない時間が~愛そだてるのさ~、眼をつぶれば君がいる~」

そう、愛は独りの時間が気づかせてくれるもの。こころの中で思い浮かべてる人に自分が気づいてドキッとしたりして。

次男坊が今日帰ってくる。

二泊三日で山中湖にテニス合宿だった。離れてみて「胸が苦しい~」と気づいた。原田知世の「時をかける少女」(大林宣彦監督)を思い出す。「・・・苦しいわ。この気持ちは何?・・・これは愛?これが愛なの?」。やれやれ。

二人で旅をしてたからず~っと一緒だった。その時こんな会話をかわした。「もう自立できるよね。パパがいなくてもやってけるね」「いやいないと困る」「それは経済的に困るという意味?」「いや。精神的に。いてもらわないと困る」・・・。うれしかった。そうか俺はコイツに今必要なんだ。至福。至福。

夜中に寝顔をみたり布団をかけてあげたりするのが好き。やっぱり溺愛か。勿論長男も愛してる。高三の長男はもう大人の部分があって甘えをうまく表現できない。けれど次男坊はまんま甘えてくる。

昨晩、携帯電話の請求書がきた。次男坊の携帯に2万円台の課金が。他の家族3人束になってもいかない金額だった。

怒ってみせても心の中では許してる。

早く無事に帰ってきておくれ。(私的過ぎて読み苦しい記事かもしれません。どうかお許しを)

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2006年8月17日 (木)

マーケッター必読の書!

バスに乗り遅れるな・・・という脅迫マーケティングがあるけれど、この本は必読の書になるだろう。『テレビCM崩壊 マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0』。

CmCm1翔泳社。著者:ジョセフ・ジャフィ。初版7月21日。都市部のマーケティング書ではBest3に入ってる。うすうす気づき始めたコトが書かれてる。広告ビジネスや企業のマーケティング担当者、大学のマーケティングの学部では必読の書になろう。

昨日、友人のマーケティング会社社長から薦められた。アマゾンでは遅れをとるので書店で買い求めた。

これを読めば、就職に電通や博報堂を志望したりしないだろう。これを読めば、TV局に就職したりしないだろう。裏を返せば、この本が出て以降、広告代理店やTV局に就職を志望するということは時代を読み違えるリスクがあると認識すべきである。

かって映画会社が時代の覇者だった。銀座では映画会社の社用封筒を持つリーマンがモテたという。

時代が変わるときは、いつもドラマチック。智慧だけが身を守る。

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2006年8月15日 (火)

八月の濡れた砂

日活最後のプログラム・ピクチャー。故・藤田敏八監督作品。blogしてる人で観た人、いるだろうか?石川セリ(井上陽水の奥様)の歌うけだるいテーマ曲がいい。

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「あの~夏の~光~の中で・・・」「私の~夏は~明日も続く~」夕方の海に出れば、夏は終わりだと判る。切ない位判る。

あなたの夏は明日も続くということにして(←スピッツの歌詞を真似たつもり)、endless summerではありませんから。2006年の夏の恋はお早めにどうぞ。

2006年の夏は二度とやってこないから。

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2006年8月11日 (金)

フレンチ・ベーカリーで朝食を

軽井沢で朝食を、というといつもフレンチ・バーカリー。お寝坊さんとEary Birdは違った一日の始め方をする。鳥はパンが好きなんだ。

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Photo_269 ジョン・レノンが毎朝パンを買いに来た。伝説の店。店内にはモノクロームのレノン写真が。夏は六時半頃から開いてます、とお店の人。

イート・インがついていて、焼きたてのパンを食べる。ここはデートにつかえるぜ、と息子に伝授。

台風一過の朝の光がまぶしい。

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2006年8月 9日 (水)

DIRTY OLD MAN 本日発売!

サザン・桑田さんのニューシングルが今日発売。僕は昨日はやばやGet。

~さらば夏よ~という副題のついた『ダーティー・オールド・マン』。『BREEZE』。それに『太陽に吠える!!』の三曲。専門的なことは判らないがコンピュータを排した手造りのサウンドの響きが懐かしい。いい。

桑田さんの曲は元気がいい。「うな垂れちゃ駄目さ・・・」と中高年にエールを送ってると勝手に解釈。「恋に濡れた真夏の情緒にも早幾年 あやまちと無礼~見舞い中・・・」

カッコいい男じゃなくて、駄目男なのがいい。それで元気がある奴。いまだに夏に恋を意識する勘違い男。それがいい。

Vfsh0001_8Vfsh0002_6初回プレス封入特典の「噂の“スイカーマン”ステッカー」は手帳に貼ることにした。

一度もみたことないけど、話題のチョイ悪おやじ「LEON」のもの欲しげなさもしさとは違ってカッコ悪いという自己認識から行動するのが良い。基本的にモテヨウと考えること事態がさもしい。

恋する相手はひとりで充分だ。

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2006年8月 7日 (月)

カラオケの夜は更けて

コート・ダ・ジュールというきれいなカラオケ屋さんがクルマですぐの処にできてから、何ヶ月かに一回、家族でカラオケに行くようになった。広くてきれいな部屋で食事をとりながら歌う。歌う。歌う・・・。それが夕食の宴になる。最近は歌い手が増えてしまった。

中学生の次男坊と大学受験の長男のレパートリーの豊富さには一目置く。

◎次男坊の歌った主なアーティスト名:オレンジレンジ・HY・モンキーマジック・RIPスライム・B'Z・KAT-TUN。目下一番好きな曲は、HYの『AM11:00』。ラップが上手。小さいときから音感は磨かれるのか。昨晩から立って歌うようになった。

◎長男の歌った好きなアーティスト名:スピッツ・KAT-TUN・浜口祐夢・Kids Alive・平井賢。目下一番好きな曲はスピッツの「魔法のコトバ」。密かにパパ(僕)の地位を狙う。バラードで攻めてくる。

今の十代の人気アーティストがわかって面白い。僕は夏にまつわる歌をセレクションして歌った。奥さんは過去・現在・未来の歌を歌った。この母にしてこの子たち。

昨晩は三時間位歌ったので、子供たちがヘロヘロになってたのが可笑しかった。体内のさまざまな感情を表現することは、きっと心身にいいのだろう。

帰りのクルマで、夜風が気持ちよかった。また歌おうね。

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2006年8月 5日 (土)

太陽の季節よ 永遠に

海彦の朝は早い。朝日が出る前に海へでるのが海彦の条件。明日から、ほらっあなたも海彦に。

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Photo_221Photo_222朝焼け。そして葉山の山の手に陽は昇る。カーヴをまがると目の前に「真っ赤に燃えた太陽が~」。

Photo_223Photo_224Photo_225逗子のビーチは穏やか。引き潮。浜辺を散策する人々。静かな週末の夏の朝が始まる。

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なあんだ、よく見たら次男坊。寝ぼけた海彦。浜に別の太陽が・・・。岡本太郎。濃いなあ。

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みんなのドネイションで造られたのか・・・ちょっと感動。太陽の季節はここから始まる。

あなたの太陽の季節は今日から。いまからでも遅くはない。でも気をつけて。Please enjoy !

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2006年8月 1日 (火)

8/1 今日は「画二メ」発売日

がにめ。静止画をモンタージュしたショート映像作品。幻冬舎から本日8タイトル発売。自分が関わった作品があるので今日は記念日。(少し長いので飛ばし読みを。)

天野喜孝氏と葉祥明氏。才能豊かなビジュアリストにお世話になった。2004年5月が企画の発端で足掛け2年以上。Time goes by.得がたい経験をした。作品は私情をはさまない。けれど作品よりも自分の人生の方が大切な作品だということを、この経験は教えてくれた。

●天野喜孝氏「Fantascope~tylostoma」(ファンタスコープ~タイロストーマ)。 ⇒プロモ映像

大学の恩師が『幻燈の世紀』という著書を上梓された。フランス革命後、幻燈機による教訓劇がパリで盛んに行われたという。「ファンタスコープ」という言葉には詩的な喚起力があった。そこで天野先生の作品群にその名を冠した。暗幕に映される骸骨や幽霊が当時の民衆に革命の恐怖を呼び覚ましてたという興味深い史実。ファンタジーを目指す天野先生はワーグナーの「さまよえるオランダ人」からインスパイアされ絵の構想を練った。DVD企画のずっと前にこの企画は絵画として存在してた。だから正確には足掛け3年以上係わってた。やれやれ。

●葉祥明氏「葉祥明美術館 LINE」。 ⇒プロモ映像

絵本作家として著名な葉先生。何百冊もの素晴らしい仕事。80年代からバブル期にかけて油絵に向った。売る為にではなく生きる為に。思索を深めるために。映像化にあたってその油絵をテーマとして僕に預けてくださった。

昨日久し振りに2作品を見た。特に葉先生の「LINE」は心に染みた。葉祥明氏のオフィシャルHPで買い求めることができる。⇒こちら

僕の時計は既にずうっと未来に長針も短針も動いてしまってる。新しい映像の世界に挑戦するのは少し先になるだろう。

どのような苦労も全てが自分を養ってくれる。全てのことに謙虚に感謝したい。今日は自分が新たな地点に立ってることを知った穏やかな一日・・・。

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2006年7月29日 (土)

For Karen Carpenter

1983年に世界があなたを失った時、世界はまだ知らなかった。本当の意味を。

あなたはその世代最高の女性シンガーだった。完璧な音程を保ってワン・フレーズでオクターブを歌うことが出来た。

しかし稀有なピュアな歌声の影であなたが心を深く痛めていたことを知ろうとしなかった。心を痛め孤独を知ってたあなたは、自分に天賦の音楽的才能があることを最後まで知ろうとしなかった。

今でもあなたの歌声はひとりぼっちの孤独をいやす。あなたがひとりぼっちだったから。あなたと兄のリチャードもまた苦難の青春を生きたから。

いまでは誰もがあなたを愛してる。そしてあなたの歌声に励まされ生きている。

それを天国のあなたに伝えたい。

1983年に世界が気づくべきだったことは、あなたが世界の永遠の恋人になったというその事実。

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2006年7月27日 (木)

丸の内⇒青山⇒表参道

丸の内周辺は大人が過せる街へと変貌してる。ちょっとNYっぽい。

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本当は梅雨はあけてる。でも言い出せない。そうやって8月になる?いやじゃ。もう夏だもの。

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丸ビルの空間は気持ちいい。ブルームバーグ。外人2人組がディスプレイを観察。間接照明。

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黄昏の空。ビルの変容。ジュード・ロウ様。青山通り。表参道。華やかな夕暮れ。大戦前夜。

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やっぱカッコいいなあ。本当の美形。そして頭上では喧嘩が始まる。見上げるのは僕ひとり。

このようにして2006年7月27日は過ぎていった。梅雨と夏の境目を読む日々がまだ続きそうだ。

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2006年7月26日 (水)

You Tube いまそこにある未来

現在、過去、未来という時間のディメンションは西欧のもの。日本人は古来から今(いま)を刹那として大切にしてきた。そして未来は今の中にすでにある。

YouTubeという動画配信サイトが人気。日本でも爆発的にアクセスが増えていて、すでにGYAOは逆転された。これから日本でも続々と動画投稿サイトが出てきそうな気配である。

You Tubeは、とにかく面白い。この面白いというのが最も重要な参入障壁。著作権なんてクソ食らえ、という乱暴さがいい。とにかく常識人からでてくる発想ではない。日本のTVプログラムからもかなり投稿されている。凄いコトになってる。

きっとこの先に未来はある。

□本日のStudy.

YouTubeは⇒こちらから

これについての情報ソースの⇒ひとーつ  
ふたーつ

そしてつまらないフジテレビのワッチミーTV

おもしろいblogは⇒こちら

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デザインの誘惑

表参道の東京メトロの駅を朝歩いてたら、ポスターに誘惑された。

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アート・ディレクターの意図は明白だ。いけません。表現の自由・・・でもねぇ。僕はこれはいただけない。

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朝っぱらから。そんな眼で見詰めないで・・・なんてね。季節は夏だから。夏だからこうなった?

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こちらは健康な色気。人生に対する色気。いい感じ。Boy&Girl。僕もいまだボーイズ・ライフを続ける。

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Photo_210渋谷ゴッサム・シティー。ジュード・ロウ様が空から僕を見てる。雨の夕べの銀杏並木を散策。

textの快楽と共に、Visual Imageの快楽がこの世界にはある。

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2006年7月25日 (火)

動画像をあなたの胸に

PSPに動画像をMPEG-4 AVCで取込む最短の手間いらずの方法は、SONYメモリースティックビデオレコーダー(MSVR-A10)を購入し1GB以上のメモリースティックPROデュオにお手持ちの動画像や録画出力から映像を取込むことだ。研究の上、一番コスト・パフォーマンスの高い方法はこれだった。appleとSONYの違いはSONYは僕に“研究”させたこと。もっとアプリケーション提案をきちんとすればPSPはもっと売れる。すごいマシンなのに惜しいことだ。

昨日、初めて電車の中でPSPで動画像を再生し、動画像のポータビリティを体験。

グレイト!

Psp1Psp2 頭で想像してた以上に凄い体験だった。音声がステレオで入ってきてそれに映像が加わるから意識は映像に取込まれる。僕の用意した映像は自分で研究用に造ったクリッピング映像集である。(写真はオーソン・ウェルズ監督の「市民ケーン」)

意識を吸い取るようにPSPが集めるのは、その液晶画面の大きさだ。

そしてPSPはジャケットの胸ポケットにすっぽり収まる。これは一種の革命だと思う。愛する映像をあなたの胸に・・・。

:STARBUCKS COFFEE 渋谷2丁目店にて記す

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シャンソニエ鳩ぽっぽ の夜は更けて

銀座のシャンソンのお店。HEART POPPOの「鳩ぽっぽ」。

まだ社会人になり立ての頃、TBSの音楽番組「オーケストラがやってきた」の公開録画を手伝ってた。広告代理店がまだ夢を売ってた時代のことである。

Logowh 公録会場の司会者が僕の人生の先輩。そう勝手に決めてた。結婚が決まった僕はこの方に披露宴の司会をお願いしにいった。勝手な若造である。彼の経営するその店ではシャンソンの歌い手でもあった。司会を快諾してくれ、駆出しの若造のために忙しい時間を割いてくださった。披露宴では心に残る素敵な司会をしてくれた。

けれど用意してた謝礼を、彼は決して受取らなかった。

それから22年。折々このお店を訪ねてきた。転職した頃は頻繁に通った。歌を聴きながら独り涙をこらえた夜もある。何も頼れない時にただ歌だけが希望に近かった。

Photo_197Photo_198 昨晩は大好きなロバート・山田氏の企画ステージ。シャルル・アズナブールが82歳で来日するそう。それにちなみアズナブールの歌を特集。「思い出をみつめて」という歌では「わが友よ、わが恋よ、わが仲間よ~」という歌詞が。そう、人生で一番大切なもの。今でも年齢を重ねた店のオーナーは歌ってる。毎日休まずに。

僕らの披露宴を最後に締めてくれた彼の演出を思い出す。「結婚しても男と女でいてほしいもの」。そういって何の前触れもなく「愛の賛歌」を歌い始めた・・・。

そんな素敵な振舞いを、僕も若い人に捧げられるといいのだが。

ときめきの⇒愛っ!  わかりにくいHPだなあ⇒でも載せるよ

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2006年7月21日 (金)

BABYLON あるいはYumingの予言

YUMING VISUALIVE DA・DI・DAのLIMITED EDITIONのCDは1986年発売。僕はステージのライブをみたので買った。今のYumingに比べると簡素なステージ。けれどとても充実してた。

このライブ曲の中に「BABYLON」という歌がある。都会にでてきた少女が綺麗に変身していく歌でその舞台が東京BABYLONという設定。まだバブルが始まる前。当然バブル崩壊すらない頃の曲。今朝、このアルバムにある美しいバラード「水の影」を聴きたくなってそのついでに十年ぶり位に聴き直した。この「BABYLON」はYumingの潜在意識が察知したバブルの予感と崩壊のイメージである。

浮遊するような少女の夢。都会にでてきて友もできて綺麗に女になっていく。それらが主体的にではなく“受動的に漂うように”告白される。この浮遊感覚はバブルの頃に自分の味わった感覚に近い。崩壊した古代都市BABYLONの栄華の極点のイメージに重ね合わせられた曲である。

バブルを経験しなかった者に、あの狂乱はイメージできない。それは革命前夜を生きなかったものに甘い生活は送れない、という台詞に通じる。多くの人々が一時の欲に溺れそして失墜した。再起不能になった人は数知れない。僕もまた膨大なお金を操る経験をさせてもらった。墜落する恐怖もまた。しかしなんとか生き延びることができた。

あの時代にわからなかった事が十年以上時が経つとわかる。そういういうことだ。あのバブルは僕たちの時代の戦争だった。結局は金融戦争に敗退した。それから失われた十年を送ることになる。

この国は蓄財する年寄りが金融政策のTOPに居座る国。生きる時間に使いきれない富をためる愚者。僕たちはお金に支配されない豊かなこころと生活を自分たちの手で取り戻さなくてはいけない。でもお金は大事だよ。もっとほしい~。

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2006年7月20日 (木)

ジェリー・ブラッカイマーを学ばねば

「パイレーツ・・・」は全世界で733億以上の売上げをマークしてるそうだ。勿論ジョニー・デップの人気、娯楽の幕の内弁当的造りが貢献。しかしもともと海賊映画が大ヒットするジャンルではなかった。鍵はハリウッドきってのプロデューサー、ジェリー・ブラッカイマー。

プロデューサーというとどこぞの国では横領・空出張・麻薬・淫行・盗撮・・・と評判の芳しくない職業である。国営放送局、民放は特にひどい。放送免許を問われてもいい話。楽してお金を得るとPは腐敗しやすいのかな。

この業界「いかがわしい」だけの人間も多々いる。市場開放が進めば駆逐されるこの人種が閉鎖社会の中では幅をきかせるの図。しかしジェリーは凄い商売人だ。

観客が見たいと思わせるツボを心得たビジネスマン。「パールハーバー」ではジェリーの名前で売ってた節がある。「パイレーツ・・・」も然り。あの男の映画なら面白いはず。そう思わせたらジェリーのブランド・ビルディングは完成だ。

あの「トップ・ガン」のクレジットにジェリーの名を見たとき、やっぱりすげえ・・・と思っTopgunfront た。この映画のおかげでアメリカ軍への志願者が増えた。それ位魅力的にこの世界を描いた。トニー・スコットの力量も大。トムやヴァル・キルマーの起用、音楽、成長物語とドッグファイトの空中戦。確かに映画的な幕の内弁当になってたっけ。

緻密なマーケティング力、と何より大衆の見たいとする欲望をきちんと読める一級のビジネスマンに違いない。本当にビジネスマンとしてできる日本のジェリーが出てほしい。

Topgun ところで、ジェリーは日本の幕の内弁当を気に入るだろうか?

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2006年7月17日 (月)

魔法のコトバ とは?

スピッツのマサムネさんの声は本当にせつない。詞もどうということはないのに、いい。

Spitzスピッツは『水色の街』で、まいってしまった。丁度電車に乗って橋を渡っているときだった。「川を渡る 君が住む街へ~」とマサムネさんのボーカルが入って、「会いたくて~」のサビの処でそのままスピッツのファンになった。

ずうっと青春してる人たちなんだろうか?少し掠れていて不思議な声質だ。でもそれは青春の甘酸っぱさを感じさせる。僕は青春はとっくの昔に終わったけれど、若者は今でも<青春>という言葉を使うのだろうか?

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神々降臨 海の日の朝

神々もまた海水浴をしに。浜辺は大勢の人々で埋め尽くされた。

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月が空から見守ってる。神々は方々から歩いて海にやってくる。浜辺でそれを待つ人々。

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神々を中継。夜通し御輿を担ぐ男たちのトランス。掛け声。御輿を叩く音。相まってこちらに伝播する。

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鳳凰は海へ。神々は浜辺に降臨。okonomi-yaki。as you like it.卵は turn over。Hiroshima-style。

海の日はこうして始まった。

神さまに感謝。もう一日僕たちにお休みをくれて、ありがとう。

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2006年7月16日 (日)

【解決篇】滝川クリステル キャメラ目線の秘密

CX「ニュースJAPAN」のキャメラアングルを分析し判明した隠された事実とは・・・。三つの疑問への回答。 (前回「滝クリ キャメラ目線の秘密」)

疑問その①:なぜ斜めなのか?、疑問その②:なぜ身をよじるのか?、疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?

ここにそれらの疑問を解く実験を試みた。

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左のローズヒップティーが松本方哉氏。右のティーカップが滝川クリステル氏。(画面a.)

  

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滝川クリステル氏を手前に頭を水平に揃え奥の松本方哉氏を望む。広角レンズにより手前滝クリ氏を強調。現在の「ニュースJAPAN」基本画面。(画面b.)

画面a.を今一度見て欲しい。ローズヒップ氏はティーカップ氏に比べると大きいことがわかる。しかし画面b.では相対的にティーカップ氏が大きくてローズヒップ氏は小さくなる。即ち、小さなティーカップ氏を大きくみせる技をレンズの選択とキャメラの角度によって行っている。

ここで仮説がある。画面b.の状態でもしお二人の顔が同じサイズに見えるとすれば・・・。それはティーカップ(滝クリ)氏の顔が小さいからである。

これで疑問その①:なぜ斜めなのか?、疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?が解けた。

それは滝川クリステル氏を実物以上に大きく見せつつも、二人のキャスターが同じ大きさ(バストショット)であるという暗示をかける技法であった。

疑問その②:なぜ身をよじるか?は、かくも技巧的に滝川クリステル氏を愛するCX局の演出意図にある。ここからは大胆な想像による仮説提示となります。お許しください。

午後11時30分にこのチャンネルにチューニングする視聴者の多くはくたびれたビジネスマン。遅い帰宅をはたして、ビールを片手に就寝する前のひとときを過しているかもしれない。その時に滝クリ氏の<訴えかけるような>目線は自分を信頼し自分に語りかけてくれる幻想を育む。その上で<身をよじる>仕草は同じ会社の同僚として会議中自分の方に身を向けて相対してくれる幻想を育む。上から俯瞰する時、かすかな優越感(力の優位・視線の優位)を覚える。そして再び滝クリ氏の<訴えかけるような>目線で見上げられることは疲れ果てたビジネスマンに心地よい自信を呼び覚ます・・・。

結論:滝川氏は疲れたJapanese Gentlemanを介抱しつつ明日への勇気を与えて報道する戦場の花なのである。

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2006年7月15日 (土)

滝川クリステル キャメラ目線の秘密

CX「ニュースJAPAN」のキャメラアングルを分析すると意外な事実が・・・。

すっかり滝川クリステルさんの口調に文体が影響されてしまった。

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Photo_133松本方哉氏、滝川クリステル氏のバストショット⇒フルショットはすでに斜めから。疑問その①:なぜ斜めなのか?

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Photo_137斜めからが基調のフルショットでは奥から松本氏が力強く発声す。クリステル氏、顔の角度に注目されたし。疑問その②:なぜ身をよじるのか?

見上げるクリステル氏。俯瞰フルショット+番組end。 疑問その③:なぜ俯瞰ショットか?

解法の探求その①:斜めから広角レンズで撮影。両者の頭のラインが揃っている。しかし手前クリステル氏の体は背景の松本氏に比べ約1.5倍の容積率(つかみで)。しかし両者の頭部をご注目。同じ大きさ。これ以上は・・・。察してほしい。このキャメラアングルでクリステル氏を美しく見せることは副次効果であったろう。当初の意図から逸脱した理由とは?・・・

解法の探求その②:キャスターが身をよじって話さなければならないとすればかなり過酷な現場。仮に腰痛になられた場合、労災は適用されよう。不自然な設定をクリステル氏に強いるのには理由があるはずだ。その理由とは?・・・

解法の探求その③:俯瞰ショットの秘密。不思議な光景。見下した映像。そこにも隠された意図が。その秘密とは?・・・

to be continued.

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ジダン 会見と報道

7/13(木)はジダン報道を各メディアが競った。ラジオ、新聞、TVで、特にこちらが注意を払わずにその報道に接する機会も多かった。

余計な注釈のないCXの「ニュースJAPAN」を収録した。

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CANAL+報道から/言葉の暴力について考えさせられる発言。

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後悔はしない。挑発こそ悪。

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ブラジル局報道。暴言内容。マテラッツィ選手談話(web)。

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子供や全ての人に謝りたい。許しがたい行為だった。

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英紙デイリー・ミラー紙。家族の声。/ファンの声(伊)。

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Vfsh0041_3ファンの声(仏)サッカー国際連盟会長の談話。

Vfsh0042_2FIFA20日両選手から事情聴取予定。

ジダンは政治的差別的パラダイムで語ることを賢明にも避けてる。

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2006年7月13日 (木)

「ピアノ・レッスン」 BOW30映画祭から 

原題:THE PIANO。今夜借りて観た。数年ぶりに唸る。類稀なる傑作。

カンピオン監督は♀。“皮膚”と“触覚”で性愛を描く。男性には絶対発想できない描写が随所に。世界の認識の仕方が♀と♂では違うのか。

200pxthe_piano ハーベイ・カイテルは野生の獣。裸体はゴヤの絵画のよう。その眼はホリー・ハンターを獲物のように舐める。「待て!」と静止されたワニのよう。食べたいっ。「お前のことで頭がいっぱいだ」「俺は苦しい」獣がそう訴えたとき初めて体を開くホリー・ハンター。生贄に捧げる肉。その豊かな背面。二つの白い丘陵。キャメラは愛撫する。

こういう描写で描ける日本人監督はいるだろうか?結局人間の本性はこういう処で暴かれる。どのように富を得ても真の豊かさとは別。

この映画は問いかけるー「あなたのPIANOは何?」

D111405661 PIANOは象徴。主人公エイダはそれにより一度死ぬ。そして復活した。復活には愛がいる。PIANOはエイダを殺しそして生かす。運命を形成するkey factor。

エイダがピアノの鍵盤に指を当てる時が最も官能的だ。官能とは生そのもの。生は性。

The さて僕にとってのPIANOとは何か?

それはわかってる。多分・・・。

「ピアノ・レッスン」の予告編はこちらで⇒ニュージーランド

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2006年7月12日 (水)

DIRTY OLD MAN な朝

さらば夏~サザンの桑田さんはこういった。「助平親爺で行こう」。8月頭の新曲は「DIRTY OLD MAN~さらば夏」歌われる僕も聴かなきゃ。

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月を指し示すのにその指先だけを見る愚者よ。仰ぐべき理想や夢を見よ。おはよう空と海。

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Photo_105 君はひとりで何を見る?君の瞳に世界が映る。沖の雲。世界は君の鏡。しかし鏡は時として壊れる。

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けれど空も海も壊れない。一日として同じはない。彼らはいつも僕らを受容する。遠くキリマンジャロが見える。モカと区別はつかないから。富士とて同じ。

大気はふっくらと潮の香りを含む。今日の熱さを予告する。“梅雨明け宣言”して早や一週間。専門家のやることは依然として遅い。誰も文句はいわないよ。午後は雨が降るそうさ。雨だってそりゃ降るさ。

Please declare the glory of summer. Let's begin to swing the Melodies of Love !

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2006年7月11日 (火)

ジダンの午後 0.3秒の猶予

W杯の最後がああなろうとは。せっかくの花道が荊(いばら)の道に。

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Photo_89仕事で都庁へ。会社の同僚とどうしても頭突きの話になってしまった。おそらく世界中この話でもちきりだ。

Photo_94Photo_95Photo_96ローマ人の姦計に君は墜ちた。ローマ帝国は抗争の歴史。勝利か死か。彼らは手段を選ばぬ。

Photo_99栄光の頂から奈落へ。寡黙な君。その背中。何故だ?一日中僕も自問した。怒りが運命を打ち砕いたのだ。その意志が生まれて0.3秒後に脳から体へと指令は下った。そこから0.2秒後に体が動いた。最初のたった0.3秒が行動の猶予期間だった。運命の分れ目はそこにしかない。   

どうか0.3秒が一生を苛むことのないように。

栄光の黄昏を皆もまた哀しんでいる。世界中の君への夢を抱いた子供たちに贖罪は可能か。苦しみは子供たちの夢を奪った代償。暴力の現実をピッチに入れた罪と罰。それを君は僕たちに教えてくれた。

僕たちは夢をみた。君のプレイに神をみた。 

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2006年7月10日 (月)

傑作の光を映画館で浴びる

「バウ・シリーズ」30周年記念映画祭が7/15(土)から始まる。タイトルのコピーは週刊文春7/6売号・123Pの記事より。

“傑作の光を浴びる”-うまいことをいうなあ。どうせ浴びるならいい映画館で。日比谷シャンテシネ。

118_194年に大ヒットした『ピアノ・レッスン』は切ない恋の映画だった。女性監督が描く恋は激しくて、きっとジェーン・カンピオン監督は激しい恋を経験したに違いないと思った。映画を観て、肉体的な「いたっ」という“傷み”を感じた。

サウンド・トラックのCDまで買った。MICHAEL NYMAN(マイケル・ナイマン)のサントラは音楽で充分この“THE PIANO”に象徴された女性の性愛の狂おしさを歌い上げる。声なき主人公は現代音楽の作曲家ナイマンの旋律によって声になる。

結局のところ男性は女性の愛の力には叶わない。

ハーヴェイ・カイテルが実にいい。

公式hp

予告編が観れて楽しいページはこちら

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2006年7月 9日 (日)

滝川クリステル その魅力

CXの「ニュースJAPAN」のメインキャスター、滝川クリステルさんは以前から我が家では有名人だった。ニューヨークからの中継で滝川クリステルさんが元気そうだったよ、と息子が話してくれて、いみじくも彼女の<憂い顔>が中高生の男子にも認識可能な魅力であることがわかった。

Photo_1滝川クリステル(28)。本名は滝川・ラルドウ・クリステル・雅美。Takigawa Lardux Christel Masami(これをしっかり覚える処からファンの道は始まるのだろうなあ。)彼女はフジテレビの局アナではない。CXの子会社の共同テレビの契約するフリーのタレント・アナウンサーだそうである。道理で知性を感じさせる。2000年のCXのアナウンサー試験で最終選考で落ちた3人のうちの一人だそうである。さすが共同テレビの採用担当者は見識がある。

彼女について永年疑問であった謎が、今日解けた。

「AERA」創刊1000号記念増大号(06.7.10/朝日新聞社)の81㌻に「斜め45度の不思議空間」と題された彼女の記事が載っていた。あの斜め45度の秘密が氷解した。

Photo_3「モナリザ」の角度。だそうである。滝川キャスターが一番美しく見えるように斜め45度の角度にしている」とプロデューサーが女子アナ内輪番組の中で種明かしをしたそうである。本当にクダラナイことをしている。彼女はどこから見ても美しいのに。

通常このクラスの人気フリーだと他番組やCMで年収5000万円はいくという。それをこの番組一本で局アナ並の年収に今年やっとなった由。

こういう処がいい、んです。一国の宰相が「格差社会」を是認する発言をする。だから、滝川は清々しい。

何故他の番組に出演しないかと問われて、彼女は「報道で現場に行かなければいけない事態が起きた時に困るから」、と答える。

うむ。斜め45度よりもこういう処が、内面から生じるオーラに含まれるのだろう。

人間の魅力はごまかしがきかないもの。

Photo_2フランス人の父親とは今も仏語で会話するという滝川クリステル。明朝のW杯決勝の応援は間違いなくフランスだろう。僕は別にファンでもなんでもない。けれどあの哀しそうな眼差しで訴えられるように見詰められると、きっと思考回路は吹き飛んでフランスを応援してしまうだろうなあ。

どちらを応援するのか決めかねていたが、結局こういうことで応援国は決まってしまうんだ。

ジダン、がんばれ!

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「秋津温泉」-本当に美しい女優

久しぶりに観た。池袋にある名画座で何度も観た。本当に美しい日本の女優とはこういう人のこと。Photo TVCMなどには出ない。だから「女優」と言う言葉は彼女のような人のためにある。

公開当時は松竹映画で大ヒットしたという。ロケ地の秋津温泉(岡山県)は賑わったそうである。(この映画が忘れ去られたのはジャーナリズムにも責がある。)ハリウッドなら「ローマの休日」のようにエヴァー・グリーンになっただろう。

女優の名は、岡田茉莉子。

この映画は彼女の出演100本記念作品。企画も彼女。100本の映画にでてこそ“女優”です。その美しさ。艶かしさを堪能できる。

昭和20年の夏から男女17年間を巡る情念のドラマ。戦中。終戦。戦後。時代の経過で愛と運命が変容する女の葛藤。

岡田指名の監督・吉田喜重と、この映画が縁で結婚へ。吉田監督の代表作のひとつでもある。

ダメ男という言葉がある。長門裕之がウマイ。男は実はみなダメ男。堕落し時代に迎合し女に甘えるーそういう姿を吉田監督は日本という国家に重ね合わせてみる。女は僕の解釈では“美しい日本の私”。美しくあればある程、戦後日本では生きにくい。

これ以上は映画をみてのお楽しみ。

林光(はやし・ひかる)の美しい音楽が妄執(オブセッション)のように奏でられる。凄い。頭に刷り込まれてしまう。メロドラマの体裁をかりながらその情念が濃密。さらさらとした水彩ではなく情念で塗り込められた油彩。しかし吉田監督は水彩を装う。そこが屈折してる。

しかし屈折していない知性などあろうか?

その屈折が映画を面白くする。

1962年の映画がひっそりとレンタル・ショップの棚にある。

本当の日本の美しさと哀しみをみるチャンスは選ばれるのを待っている。

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2006年7月 7日 (金)

七夕の晩 歌姫の歌を

聴きにサーフショップGODDESSの2階のカフェへ。「ミディアム・カフPhoto_68 ェ」。僕のDIVA(ディーヴァ/歌姫)がサプライズ・ゲストで出演する。Jazzを聴きたい母と家内を伴って潮の香りのお店の前にクルマを止めた。

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近所の僕たちは暮れなずむ夕べ、ステージが始まるのを待った。窓からサーファーのスラロームの見える店。都会では叶えられないロケーション。

キャロル山崎さん。一昨日の晩、六本木・サテンドールのライブで。大人の歌を聴かせてもらった。その女性(ひと)が近所に来る。近所の住人として行かないでいられようか?しかも七夕の晩である。

ライブが始まる前、キャロルさんは少し緊張してる母や家内にフランクに接してくださった。リラックスできたのはキャロルさんのお陰。海辺の空気は人を優しくしてくれる。けれど本当はキャロルさんの方が優しかったのだ。海よりも。

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僕が何故Jazzが好きなのか、わかった。この音楽は全てのミュージシャンが主役になって音楽を生み出す。誰のためよりもまず自分の喜びのために。それが聴衆に伝わってくる。音楽を紡いでる人の顔は美しい。

最後はフロアがダンス・パーティーの会場と化した。

Live010キャロルさんはゲストとしてStar Dust とMoonlight serenade、2曲を歌ってくれた。僕たちはもっともっと聴きたかった。でもそれはまた聴きに行ける口実を貰えたこと。

年に一度の七夕。ベガとアルタイルよりきっと幸せに違いない。

母の楽しんだ笑顔と感謝の言葉。それはとても幸福な夜になった。

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2006年7月 6日 (木)

サテンドールの夜 Jazzライブ

SATIN DOLL。六本木の老舗Jazz club。今夜友だちとライブに行った。サテンドールは天井が高くてとても気持のいい空間だった。  

→サテンドールhp

7:10pmのライブ直前にお店に入ると一杯だった。お店の人が忙しいようで入口のレジの前で待ってても誰も気づいてくれない。レジの奥のカーテン越しに女性の気配があったので「すみませんが・・・」と声をかけると、素敵な女性が顔を出してお店の人に声をかけてくれた。

今夜のライブは河野三紀(P) Quintet。増田ひろみ(As) ジャンボ小野(B) 太田朱実(Fl) 滝幸一郎(Ds) ゲスト:キャロル山崎(Vo)。

童謡「月の砂漠」を<Moon Desert>という。洗練されて聴こえた。Photo_51 Photo_52 中盤にゲストが紹介された。今宵の歌姫(ディーバ)の登場。うむ。・・・やっぱり、先程助けてくれた女性が。一瞬目の前にいた女性が今、ステージで輝いている。

目が合ってしまった。そんな気がした。こんにちは。

キャロル山崎さん。スポットライトを浴び歌う姿は華があって素敵Photo_54 だ。魅了された。懐かしいJOE SANPLE(ジョー・サンプル)の「Melodies of Love」を歌った。最後の曲は「Good Life」。

歌を歌う。楽器を演奏する。人間はなんて魅力的な存在なんだろう。ライブでは音楽を「見る」ことができる。

僕はトニック・ウォーターをオリーブで。Nonアルコールなのはクルマだから。友だちをクルマで送ってから夜の高速をぶっ飛ばして帰還。サテンの夜。よし、また夜遊びするぞっと。

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2006年6月27日 (火)

仮面ライダー [第三次接近遭遇]

【目撃情報】6/27/2006.11:45am~12:15pm:near by kaigan street in Tokyo.[仮面ライダー撮影隊/役者さん&制作スタッフ+報道陣+少年a.]

Vfsh0032_1Vfsh0037_2会社の友人とお台場に向かう途中、話に夢中で道を間違えてしまった。レインボーブリッジを渡る手前で海岸通りを横断しお台場の対岸に位置するコンテナ埠頭に迷い込んだ。僕は方向感覚だけはよくて、海岸通りに戻れるようハンドルをきった・・・ソコで出会ってしまった!《仮面ライダーたち》に。

Vfsh0042_1 日常的な風景が被り物をした大の大人と撮影隊2~30名の集団ですっかり豹変、騒然・・・。理性よりも早く路肩に駐停車。ハザードランプを点滅させ現場に直行。隣で友人が目を白黒させてる。

Vfsh0043_1 僕は携帯のデジカメでパチリ、パチリと撮影した。今日の格好はピンクのシャツを開襟に白いチノパン、黒の麻のジャケット。友人に後で、“業界っぽいから撮影できたんですね”と妙なところに感心される。昔、TVCMを造ってた時期があってこういう火事場の力学は判ってる。

み~んな関係者だろうと思ってて、誰も問いただしたりはしない。それぞれ持ち場がある。関係者は英語で the persons concerned という。<関係あり>なんて<訳あり>のように調子のいい言葉だ。

Vfsh0035_1Vfsh0034_2面白かったのは皆、真剣だったこと。気温は路面温度で30℃は超えてたろう。被り物のお兄さんたちがスロープで格闘する。撮影でなければ警官出動の騒ぎだ。仮面ライダVfsh0039_1 ーの腕や武器を持った小道具さんが舗道を早足で駆ける。これもヤバっ。この場所は都会の盲点だった。少年a以外に見物人はいなかった。マルコメ味噌の少年のよう。刈上げで可愛かったのでパチリ。

その後の僕らの予定で早々に撤収。スタッフの方々は次のカットの準備に追われていた。二十代の若者たちが撮影の縁の下を支える。CM業界ではなんと「奴隷」と呼ばれる。それだけ過酷な現場だ。

モノ造りがしたくて映像の世界に入った若人をみてると応援したくなる。一方のTV局や映画会社でproudでチャラい若者をみると、内心蹴飛ばしたくなる。地球は自分を中心に回ってると思うから、不祥事が絶えないんだ。小人閑居して不善を為す。古いか。

仮面ライダー、がんばれ!

今日は仮面ライダーに会う為にわざわざ道に迷ってしまった日。

人生わき道にそれるのも時には悪くない。

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2006年6月24日 (土)

ドルトムントの絶望? 

ジーコと中村俊輔へバッシングが始まった。

Vfsh0001_1 ドルトムントの絶望ー。スポーツは自己否定の連続。一々絶望してたら身が持たない。それは人生も同じ。都合よいフレーズ「ドルトムントの絶望」でW杯の文脈を語ると道を誤る。絶望は勝利を産まない。

Vfsh0004_1 もぐら叩きはゲーセンで。敗戦を糧(かて)に次の勝利を掴む。全て自分に還る。誇りを<埃>にするコトもまた。だから僕は玉田の先制ゴールに時間を巻き戻す。

ドルトムントの希望ー。ブラジルを本気にさせた一撃ー。

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2006年6月22日 (木)

小松亮太さんと難病「ムコ多糖症」

20060621235449 バンドネオン奏者として世界中で活躍中の小松亮太さん(←photo真ん中)の生声を、今朝のJwave「Morning Session」で聞いた。仕事先にクルマで向かう途中から聞き始め、結局駐車場でそのコーナーが終るまでクルマから降りられなかった。

今、彼が支援してる「ムコ多糖症」とのなれそめや彼の熱い思いに、僕の朝の眠気はふっとんだ。感動した。

<Jwave>HPでその音声を聴ける。HP左のタイムテーブルの8:20amからの「Morning Session」の帯をクリック。すると本blog(左上)の写真があってその下に♪メディアプレイヤーで聴く・・・とある。ここで番組の音声を聞けます(一ヶ月以内)。

小松さんの熱き想い、素晴らしい行動力、そして何よりも子を持つ親として「何かしてあげられることを」という無私の優しさに胸を打たれた。

1億3千万人いる日本で、300人しかいない子供の進行性の難病。だから国も製薬会社も“商売にならないから”誰も何もしようとしないという。

7、8歳の子供が関節が固まり動かせず最後には声を失い死んでいく・・・こんな子供の悲惨な死を小松さんは聞き流せなかった。

チャリティを、小松さんはし始めた。自分が出来ることだから。その心は「自分にも子がいるので、親の気持ちがわかるから」とさり気なく語る。

希少な難病だから、手を差し伸べない国家と、商売にならないから手を染めないマーケティングと企業論理。現代日本の“それをいっちゃあ、おしまいよ~”(寅さん)的状況が浮び上がる。極東の豊かな国家。勝ち組と負け組?自助努力?・・・オペラが泣くぜ。

これはシンボルだ。そう僕は思う。国(ボーダー)から放置された病に苦しむ子と親に、音楽というボーダーレスの世界から救援の志が届く。

これからはグローバル・スタンダードで弱肉強食、成果主義、マニー、マニー、競争戦略だ?  もう騙されないよ。

本当はすべての人間のこころに響くものこそ、グローバル・スタンダードである。

小松亮太さんのバンドネオンはとても官能的な響きです。

命耀ける毎日

コンサートイマジン

足立よみうり新聞

読売オンライン

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2006年6月20日 (火)

白鳥写真館ー「貌」

Vfsh0202_1 「貌」と書いて「かお」と読ませる。白鳥真太郎氏が人物の貌を狙ったモノクロームの写真集である。何気なく手にした写真集の一枚、一枚に魅入ってしまった。

Vfsh0204_1 例えば、シャロン・ストーンは輝くようだ。「顔」の奥に秘めたその人の過去の生き方まで、レンズはあばいてしまう。

Vfsh0203  味があるのは中高年の男性の「貌」。いい人生はいい貌を造る。そして陰影のある貌は、歳をとっていてもセクシーだ。いい人生とは苦労のないつるっとした人生ではない。

自分の貌はイケテルだろうか?

もっと老けていかなくては本物の貌に辿りつけないな。

しっかり生きて、頑張らねば。

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2006年6月16日 (金)

「花金」の復活、とな・・・

今日は金曜。午前中をピークにした大雨も今はあがり、曇天が東京をおおっている。今夜は友だちの誘いで、ジャズのライブを聴きにいく。久しぶりに六本木で夜遊びだ。ニュースでは「花金」の復活というけれど、本当かどうかチェックを入れよう。

Vfsh0141 Vfsh0143 今、六本木のスタバの二階。このblogを書いている。コーヒーとシナモンスコーン。〆て470円也。周りは外人、日本人、おもいおもいの夕刻だ。

帰りはクルマを運転して帰る。だからジャズのライブではお酒は飲まない。

これまで散々夜遊びしてきたから、ライブが終わったら、友だちを乗せて速攻で帰ります。友だちは♂。だから色気のない花金である。

中高年の不良おやじのジャズは、かなり健全だ。

六本木がまぶしかったのは二十代。いつもお祭りだった。あれからたくさんのお店が現れては消えていった。いまではマックの街。ドンキの街。満喫の街。マツモトキヨシさんの街である。そういうことだ。

今でも土曜日の明け方の六本木の路上では、なかなか面白い光景が見れる。

あっち、こっちで、酔っ払った男女がふらふらと彷徨っている。彼らにとっては、今の六本木がマブイ街だろうか・・・。

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2006年5月12日 (金)

綾小路きみまろ さんのCD。

「綾小路きみまろで 心の底から笑ってください。笑いは心と体の健康食品、一番ラクな健康法」という見出しの通販広告を、日経新聞でみた。GW中の新聞は薄い。だから印象に残った。

ビデオ(or DVD)2巻で6,400円。特に 綾小路さんのファンではなかったけれども、中高年の悲哀を、きみまろがとっておきのネタにして笑い飛ばさせてくれる・・・という記事調の広告が面白く、すみずみまで読んでしまった。

その話を奥さん(僕の)にしたら、レンタル・ショップで、探してくれた。ビデオはなくてCDがあり、借りてきてくれた。後で調べたら150万枚も売れたものらしい。僕は中高年の<中>の方だけれども、このCDはとても面白かった。

ライブらしく、笑い声が入っている。どうやら50~60代の女性たちで客席が埋っているようだ。上げて下げて、最後にはとてもほのぼのさせてくれる。本当にたいした話芸だ。

このCDを車の中で聴きながら、運転したのだけど、笑い過ぎて、視界が曇る位だった。一人でなくて助手席に奥さん(人の奥さん、ではない・・・)が乗っていて、一緒に笑った。外から窓ガラス越しに見たら、なんで笑っているのだろうと、思われただろう。

今週で、一番笑えた。確かに大笑いすると、寿命は延びそうだ・・・。

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