2009年10月 2日 (金)

松任谷由実 コンサートツアー2009

東京国際フォーラム・ホールAはとてもキャパの大きいホールだ。

そのホールが満員になる。

TRANSIT

そう題されたユーミンのコンサートは、大きい同窓会のようだった。

いままでの名曲がちりばめられた構成は、時間の迷宮を旅するような感覚があった。

ユーミンの青春、そして聴衆である私たちの時間が様々な思い出と共によみがえる。

バリライトの動きと照明の色彩が美しい。

90年代にみたユーミンのステージのようにバブリーな感じは後退し、ユーミンが「アンプラグド・スタイル」とステージで云ったようにアコースティックな響きを大切にしている気がした。

力(パワー)で押し切るステージではなく、一曲一曲観客と対話するような感じ。

過去を懐かしむのではなく、これからを生きるために。

夢見る頃を過ぎても。

きっと私たちは再び夢をみる道を選ぶことだろう。

●ユーミン 過去の記事

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2009年6月 7日 (日)

1Q84のヤナーチェク 「シンフォニエッタ」

村上春樹氏の「1Q84」を読み終えて、読み終えればもう読めないという自明のエア・ポケットに落ちた。

手元の未読の「アフターダーク」に入る気分にはなれない。

多分ボクはまだ1Q84年の中にいる。

昨日、新宿のTOWER RECORDSで、ジョージ・セル指揮のヤナーチェク「シンフォ二エッタ」のCDを購入した。

この「シンフォ二エッタ」から、1Q84は始まった。

BOOK1の197ページから203ページまで、記述されてるセル指揮の「シンフォ二エッタ」。

祝祭的でありながら、どこか不思議な曲想。

東欧のこの小交響曲は、「1Q84」によって特別な位置を与えられるに違いない。

少なくともボクにとっては。

バルトーク : 管弦楽のための協奏曲 / ヤナーチェク : シンフォニエッタ

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2009年6月 1日 (月)

大貫妙子のCD「palette」を聴きながら

今日から、6月を始めた。

主体的に「6月を始めた」と、そう書きたい理由がある。

ボクの中で、5月と6月は決定的に違う事情があって、5月31日(日)と6月1日(月)の今日は、意識をかえる必要に迫られていた。

しかし意識をかえる必要に迫られていたーというのは、自分自身の思い込みに過ぎない。

意識も身体も、一日で変る訳はない。

しかし意識をかえたい思いがある以上、「6月を始めた」という表現が相応しいと思った。

村上春樹氏の最新作「1Q84」は上巻第13章が終わるあたりで、結局6月にまたがる。

週末、大貫妙子のCD「pallete」を聴いていて、「決意などしなくていいよ」、とささやかれた気がした。

人生はすべてきれいに断ち切れるようなものではない。

昔、フランソワ・トリュフォーが云ったように「人生は夜汽車のように進んでいく」。

大貫妙子の声質は、脱力系というか、力が抜けている。

はじめて聴いた頃、60年代のヨーロッパ映画のような雰囲気を感じた。

がつがつしていない。

このアルバムの「私のフランソワーズ」が、懐かしい。

力一杯、頑張る時もある。

けれど、力を抜いて進む時もある。

おそらく大貫妙子のこのアルバムのようなトーンで、6月を始めればいいのだろう。

力を抜いてこそ見える世界もあることだろう。

palette

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2009年4月29日 (水)

ユーミン 「そしてもう一度夢見るだろう」を聴いて

なかなか濃密なアルバムだった。

何度聴いても飽きずに、発見がある。

ユーミンは、今までの人生を、このアルバム造りを契機に振りかえり、過去に新しい意味を与え、そしてこれからの人生に向おうとしているように聴こえた。

デジャブー・・・。

過去の名曲を想起する曲もある。

しかしそれは複製ではなく、人生を重層的に旅して出合える感情の色合いのよう。

女性の人生ドラマが軸になっている。

最初聴いた時には、男性の共感値が低いようにも思えた。

けれど繰り返し聴くだけの魅力があって、女性のシチュエーションのフレームを理解すると、性を超えて、感情で楽しめるものが曲の芯にあった。

ユーミンの曲から、モードとマーケティング的色合いは後退し、もっと人生の本質に近い処から歌が生まれている気がする。

ストレートに歌うBueno Adiosが、逆にユーミンの素を感じさせ、お気に入りの曲になった。

ユーミンがさらに新しいユーミンへと行こうとしていることが、うれしい。

人生は旅であり、このアルバムはTRANSITなのだ。

コンサートで、再び、前に進むあなたに会えることを楽しみにしています。

10月・・・。

あまりにも遥か彼方の未来だけれども。

ボクもまた前に進んでいきますから。

Image136

●過去記事ー「そしてもう一度夢見るだろう」を買う前に

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2009年4月 9日 (木)

ユーミン 「そしてもう一度夢見るだろう」を買う前に

4・8(昨日)がニューアルバムの発売日。

銀座・山野楽器店の前を通り過ぎつつ、どうしようか迷って、結局見送った。

そんな経験ははじめてだ。

ユーミンの初期からのファンとしては真っ先に購入してもよさそうなのに。

おそらく、自分の生きてきた時代にあまりにも重なっているユーミンの存在が、あらためて大きいからなのだろう。

今のユーミンを聴くことに、勇気がいる。

結局、数日後には購入するはず。

もしもそのアルバムに失望したら・・・そう考えるのがこわい。

90年代バブルの崩壊と共に、ボクはユーミンの世界から遠ざかっていった。

それはユーミンの曲のせいではなく、ユーミンの曲で幻想を育める世界そのものが変質していくような感じと認識している。

現実世界の中に、夢を育むことが少し困難な時代が訪れた。

商業雑誌の世界で「ポパイ」や「オリーブ」が読まれていた時代、ホイチョイの映画には定番がユーミンだった。

モノが眩しくあった時代。

サバイバルというような概念があまり幅を利かせていない時代。

そんな時代の中で、でもきっとユーミンは三年ぶりに何かを聴かせてくれるに違いない。

自分の中で何を捨てて未来へ向うか?

そんな事を考えているボクは、きっと数日中にそのアルバムを購入することだろう。

●ユーミンHP

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2009年3月19日 (木)

坂本龍一氏「out of noise」 再び・・・

今日は坂本龍一氏の「out of noise」の一日だ。

繰り返しiPodで聴いて、このアルバムを必要としてる自分がいて、そしてその音楽を聴きながら、坂本龍一という存在と対話する自分がいる。

「同時代者」という硬い言葉は好きではない。

しかし、この時代に生きていることに感謝したい。

決してミーハーでなく、いままで坂本龍一氏に対して熱狂的であった訳ではない。

しかしリスペクトしてた。

ベルナルド・ベルトリッチ監督の「ラスト・エンペラー」「シェルタリング・スカイ」、大島渚監督の「ご法度」などで、坂本龍一氏の音楽は、深く映画世界のテーマを照らしてた。

そして今、「out of noise」では、音楽で世界を照らそうとしてる。

普通の音楽とは違う、

何か切実で、苦しい思いが伝わってくる。

あるいは命の有限を知った者の歌かもしれない。

言葉では伝えられない思いが、音楽になっている。

自分が生きて、迷い、苛立ち、失望し、しかし希望を失わず、子供たちを育て、しかし無力を知り、世界に対して少しでも自分が役立ちたいと願う・・・そんな名もない一人の人間を勇気づけてくれる響きを、ボクは彼の音楽から汲み取った。

だから、だから幸せだ。

ひとりではない。

そう思えたから。

●過去記事

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2009年3月18日 (水)

坂本龍一"教授”の ニューアルバム「out of noise」を買って

五年ぶりの坂本龍一“教授”のアルバム「out of noise」を買わないでいる事は難しかった。

今朝からiPodで聴いてる。

商業的でありながら、商業的ではない。

コマーシャルではない。

でも、コマーシャルであってほしい。

(みんな買ってね。)

言葉を選んで書かなくてはならない、そう思う。

“魂(たましい)”に響く音楽。

だから繰り返し、聴いていながら、個別の客観的なコメントを、今は書けない。

けれど、今、このアルバムを聴くことができて、幸せだ。

このアルバムを本当に必要としている人は、あるいは今が孤独な人かも。

坂本龍一自身が、深い“孤独”に向き合って創造しているように感じられる。

そういう音楽。

だから、紹介することは難しい。

魂(たましい)に働きかける音楽を、紹介する技術を、ボクはまだ持たない。

けれど、ボクはこのアルバムで、勇気づけられている。

ある曲に、現実が交じる。

I'll be all right・・・

俺は生きている。大丈夫さ

・・・現実の悲劇に直面した人の音声が入る曲。

本当に苦しい時にこそ、人を慰めるのが芸術。

ボクは学生時代に知った、そんなことを思い出している。

坂本龍一が今考えていることは、自分のエゴではないこと、現実の地球のこと、つまり本当はコマーシャルではないことについて、厳粛な綱渡りをしているようだ。

毎日が幸せならば、おそらくこの音楽をスキップしてしまうように思える。

なぜならその音楽は深く重くしかし自然で、一抹の希望を祈る響きだから。

音楽に向き合って、久しぶりに“厳粛”な思いにとらわれた。

●坂本龍一“教授”のサイト

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2009年1月 8日 (木)

平原綾香 Path of Independence

平原綾香さんのNewアルバムをiPodにいれ、夜明けの道を歩いた。

Path of Independence.

Pathは小道。

イメージとしてはワインディング・ロードか。森や庭園の中の散策路。

アルバム・タイトルのこの曲から始まる14曲。

2番目「ノクターン(英語)」と13番目「カンパニュラの恋(日本語)」は双極に配置される。

「星つむぎの歌」では~ぼくらはひとりでは生きていけない~というフレーズが心に沁みた。

「今、風の中で」で、ひとつの高みに昇る。

そして最後に「To be free」。

例えば「カンパニュラの恋」で大人の激しい恋を謳いあげ、それが世界の浄化につながると思わせるのが平原綾香さんの非凡さだ。

平原綾香ファンのボクはそう思う。

歌で「あなた」と呼びかけられて、胸が苦しくなるさ。

そう、胸が苦しくなる程なら、それはファン、ということなのだ・・・。

 

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2008年12月27日 (土)

クリスマスの約束 小田和正 曲目リスト

3年振りの全国ツアーは、小田和正さんに、今の自分と日本を知る機会だったーそんなナレーションが流れ、コンサートは始まった。

(構成曲は次の順番でした。)

①「こころ」。②「愛を止めないで」。③「さよなら」。④「生まれ来る子供たちのために」。④「ラブ・ストーリーは突然に」。⑤「もう歌は作れない」(1974)。メドレーで⑥「夏の終り」(1978)。⑦「眠れぬ夜」(1975)。⑧「やさしさにさようなら」(1978)。⑨「between the word & the heart-言葉と心」(1988)。そしてゲスト登場ー⑩「おやすみ」(松たか子、佐橋佳幸夫妻)。⑪「今日もどこかで」。⑫「東京の空」。⑬「さよならは言わない」。

ちょっとハニカミながら、旅先で街にでる小田和正さんのスナップショットで番組は終わった。

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2008年12月20日 (土)

稲垣潤一 「男と女」 Two Hearts Two Voices

稲垣潤一の歌声に独特の“せつなさ”を感じるのはボクだけだろうか。

本物のシンガーには、歌の上手さとは別の声質の魅力がある。

例えば徳永英明と稲垣潤一の声質は別のもの。しかしそれぞれ唯一無二のもの。

Only One.

その稲垣潤一のニューアルバム「男と女」は彼と複数の女性のシンガーとのデュエットでつづられる。

曲は「Hello,my friend」「悲しみがとまらない」「あなたに逢いたくて」「PIECE OF MY WISH」「セカンド・ラブ」「あの日に帰りたい」「人生の扉」「木綿のハンカチーフ」「秋の気配」「ドラマティック・レイン」。

松浦亜弥、中森明菜、大貫妙子、辛島美登里、太田裕美・・・他の歌い手が次々デュエットする様は、男と女のラヴ・アフェアのようだ。

聴いてて思う。

稲垣潤一の声質に“男の色気”がある。

それは、男の“佇まい”。静かな色気である。

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2008年11月25日 (火)

audio-technica. QuietPoint と アンドレ・ギャニオン

オーディオ・テクニカのノイズ・キャンセリング・ヘッドフォン「クワイェット・ポイント」を去年12月に購入した。

久しぶりに通勤に使った。

とてもいい製品だと思う。

音楽を通勤時に聴くのは、ルーティンになりやすい。だからしばらくお休みにしてた。

iPodにあらためて入れた曲は、癒し系のものになった。

やはり、疲れているのかも。

その中の「アンドレ・ギャニオン」。

「めぐり逢い」を筆頭に、そのピアノの響きが、心を潤してくれる。

音楽って、いいものだなあ。

正直に思う。

最高のコンディションで、通勤の騒音の中で、世界から一瞬切り離されて、音楽に浸れる幸せ。

ちょっと過労気味の今、このGearとアンドレ・ギャニオンのピアノに癒された。

今年のWish Listをそろそろ考えてみようか・・・。

余裕を、取り戻そう。

そうしよう。

●audio-technica.の過去記事

●アンドレ・ギャニオンの過去記事

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2008年11月21日 (金)

YES-YES-YES オフコースのカセット

昔購入したカセット・テープをみつけた。

まるで、古代の遺跡から発掘されたようなカセット。

コンパクト・カセット。

コンパクトという名ながら、意外に大きい。

オープン・リールからカセットへ、MDからCDへ、そしてiPod。

時代は大きく変わった。

「オフコース」の「YES-YES-YES」を聴く。

なんとも懐かしい。そして名曲だ。

小田さんの澄んだ声と鈴木さんの切なそうな声が、胸をうつ。

オフコースには美的で、透明な清潔感があった。ステージもバリ・ライトの演出がきれいだった。

歌詞は、聴き手の女性を主人公にしてしまう感じ。

「愛」が主語で、司祭の役割を担う。

恋愛の渦中に、あるいは恋を失っても、曲の世界の中で、聴き手を主役にしてくれるのだった。

そんなオフコースのアルバムを、カセットでほぼ二十年ぶりに聴いた。

古代の遺跡に、古代の想いが甦るようだった。

今度の三連休、古いカセット・テープを発掘して、古代の遺跡めぐりをしてみようか

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2008年9月 9日 (火)

小田和正さん 今日も どこかで

武道館。今日も どこかで。

Photo

そのトラックが止まってた。

Photo_2

還暦の小田さん、現役だ。

オフコースの時より、肩の力が抜けた感じ。

カッコいい、と思います。

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2008年2月17日 (日)

都はるみさんの魅力

先週の朝のTVに、都はるみさんが生出演した。

芸能生活45周年、まもなく還暦を迎える。

素敵な雰囲気で、人間的な魅力を感じた。

Zenhotaru_sいい人生を歩んでこられたのだ、そう思った。

「いい人生」とは「楽で得な人生」のことではない。

苦難や孤独をかみしめて、しかしそれを人に感じさせない人生のこと。

週末、あたらめて、都はるみさんの歌を聴いた。

やはり1975年の「北の宿から」。

「女ごごろの未練でしょう・・・・」。そこに凛とした女の芯を感じる。それを「あなた恋しい」と続けるところに、恋心の強さが浮かび上がる。

ソウル。

そして1983年の「浪花恋しぐれ」。

「そばに私が ついてなければ なにも出来ない この人やから」・・・まさに共依存の本質を謳いあげ、しかし都はるみさんは芯の強い控え目な恋女房を演じる。

男をたてて、支える恋女房。

あなたわたしの生き甲斐と・・・。

世の男性にとり、これほどの幻想は現実に適えられないので、この歌は社会装置として機能する。都はるみさんの語りに、一体どれ程の男性が勇気を貰ったことだろうか。

昭和の飲み屋のカウンターで、深酒の果てに有線から、「浪花恋しぐれ」が流れる。

ーよ~し、今にみてみい わいは日本一(ニッポン イチ)になったるんや!

そう意を決した男は決して少なくないはず。

「酒や 酒や 酒買(こ)うてこい!!」とオーダーし、しかしそんなことでは、日本一など覚束ないことを思いしるのも、また男。

深い深いソウルがある。

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2008年2月10日 (日)

歌スタでCDデビューした 「home」

昨日TVで素敵な歌を聴いた。

39歳のサラリーマンが歌手としてメジャーデビューを果たした。「歌スタ」というオーディション番組の秘話として紹介された。CDは2/6に発売されたという。

ボクの「映画ハック!」blogにその歌「home」のYouTube映像を貼り付けた。       ⇒ 

パパを応援する四人のまだ幼い男の子たちが、本当に素直で心やさしい。

一度は落選し、長男が悔し涙にぬれる。こころから応援してたんだ。

きっとこの夫婦、子供たちを愛情で包んで育ててきた。

男性の歌い方は、平井堅さんを「堅気」にしたような感じだ。

歌は正直。

人生で最も大切な思いを、この歌は伝える。

そして「こうなりたいという夢」は、どれほど大きな生きる原動力となるかも教えてくれた。

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2007年12月27日 (木)

小田和正 自己ベスト・2

オフコース時代の曲も入って15曲、ベスト第2弾。でも第3弾、第4弾・・・となったらBestではなくなるよね。

「愛の中で」をリアルタイムで聴いた時代、ボクは「隠れオフコース」ファンだった。小田さんの歌詞が軟弱、とかタモリさんがバッシングしてた今は昔。

どうだい?もうメジャーになったよ。

We are」「Over」「I love you」、そして武道館ライブなど、ボクにとって、まさにオフコースの時代を過ごした。

小田さんがどういう風に歳を重ねるのか楽しみだった。そして小田さんはその楽しみを叶えてくれた。

多分、彼は歌い続けていくことだろう。いやそうしてほしい。

いつまでも現役で。

歌い続けていって。

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2007年12月10日 (月)

平原綾香 「今、風の中で」

平原綾香さんの歌に励まされる一人として。

その世界観、声質、思い、願いを素直に受け入れてる大の大人です。

彼女は、空が好きで、空の写真を撮るらしい。

そんな平原綾香さんの素直な気持ち、願いが、「今、風の中で」には表れてると思った。

たったひとつの命を生きて・・・」。

それがこの曲の底流に流れるConceptだと思う。

ひとりじゃない」。

その言葉が響くのは、みんな独りと思ってるから。みんなが孤立してるから。

けれど、そうではない。

試しに、明日、空を見てみませんか?

平原綾香さんがPVでするように、願いを込めて空に手を差し伸べてみませんか?

そうすればきっと何かが変わる。

世界は良い方向に向かっている。

1210071そう僕は信じる。

平原綾香さんのPVをYouTubeでどうぞ・・・ 

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2007年11月18日 (日)

アンダーワールド・アンド・ガブリエル・ヤレド

UNDERWORLD AND GABRIEL YAREDのオリジナル・サウンドトラック「BREAKING and ENTERING」。

アンソニー・「イングリッシュ・ペイシェント」・ミンゲラ監督の映画『こわれゆく世界の中で』を観たとき、その音楽が印象的だった。

ロンドンを舞台にしたジュード・ロウ主演のこの現代劇に繊細な陰影を与えてる楽曲。瞑想的で静かで、そしてどこか官能的。

TOKYOの深まりゆく秋の中で、ipodから聴くのにふさわしい。

アンソニー・ミンゲラ監督のライナー・ノーツによると、彼は脚本執筆の段階でその映画の音楽の方向性をかなり具体的に絞ってることがわかった。ミンゲラが新作をオリジナルで執筆する時に、最も聴いたのがアンダーワールドだったという。

その最も影響を受けた曲はアルバム『ア・ハンドレッド・デイズ・オフ』の1曲「エス・ジー(Ess Gee)」。彼はこう評する。quiet,meditative,addictive・・・。

ミンゲラはアンダーワールドの音楽に知性と思想性を見出し、その音楽とコラボするように映画を造っていった。

内省的な映画『BREAKING and ENTERING』は、ボクにとってはMacとジュード・ロウの映画である。おそらく日本で観る人は限られてる映画だけれど、ハリウッド映画にはない大人の世界がそこには広がってる。

そのインテンションを支えているのが、このサウンド・トラックだ。

■『こわれゆく世界の中で』の記事 ⇒ 

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2007年11月 3日 (土)

文化の日に 三輪明宏さんと桑田さんの歌を

文化の日に、心動かした歌をここに。

三輪明宏さんの歌 ⇒ 

桑田さんのカヴァー⇒ 

ソウル(魂)に響く。

それが最良の文化の力。

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2007年8月19日 (日)

徳永英明 ヴォーカリスト3

徳永英明が女性アーティストの歌う名曲のカバーアルバムを発表した。“最終章”と銘打つだけに、彼のヴォーカリストとしての3部作の締めくくりとなるアルバムになっている。

全13曲に初回盤Bonus trackとして「喝采」がついてる。この「喝采」がまた素晴しい。

0817071「恋におちて」「やさしいキスをして」「まちぶせ」「月のしずく」「迷い道」「CAN YOU CELEBRATE?」・・・徳永英明の声質には恋の喜びより、恋の孤独を癒すような響きを感じる。恋は喜びより人に孤独を思い知らせるものであるとしても、尊い。・・・そんなことが伝わってくる気がする。

今、恋の只中にいる恋人たちは、それらをどう聴くのだろう?

0817072人が人を求める気持ち、いや、求めざるをえない気持ちを、おそらく徳永さんは歌ってる。彼の辛酸をなめたキャリアが彼の表現をさらに深めた感がある。

今から十数年前、バブルの絶頂期に歌ってた徳永英明と出会った。長い歳月が流れた。

0817073歳を重ねることが素晴しいーそう思えるアルバムは実はそう多くない。彼はそれを果たしたと、僕は思う。

それが何よりうれしい。

◎「ヴォーカリスト2」 ⇒ 過去の記事

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2007年6月28日 (木)

キャサリン・ジェンキンス 「フロム・ザ・ハート」

UKクラシック界の歌姫初のベスト盤がでた。まだデビューして三年。

Photo_377「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」「誰も寝てはならぬ」「シネマ・パラディーソ」、映画「ボディガード」のテーマ曲「オールウェイズ・ラヴ・ユー」など一度は耳にした曲が集められてる。ボーナス・トラックには「千の風になって」(UKオリジナル・ヴァージョン)も。

子供たちに歌を教えていた経験が、歌のナチュラルな発声に役立ってるという。

魅力はその美貌だけではない。

◎キャサリンのhp⇒ 

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2007年3月31日 (土)

高校生を応援する気持ちで

造ってきたweb siteを、やっと今日Openした。3月末日。

高校生の文化活動を支援するNPO法人様から依頼され、企画から5ヶ月かかった。ひとつの節目が今日。

大勢の人々がかかわった。骨があった。楽しかった。高校生を持つ親として、いまの高校生の置かれてる社会環境を考え調べることもまた、勉強になった。

仕事と私生活が一緒だとあまりストレスにならない。結局四六時中好きな仕事をしていられるのが理想。

今の高校生は将来の日本の宝ー。そんな気持ちを大人たちは忘れてない?ひどいニュースを見聞きする度に、愚かな大人の行為には情けない思いをする。子供たちの荒れる責任の大半は大人にある。

高校時代は多感な季節。将来の希望を抱けるように、応援してあげたい。大切にしてあげよう。そして子供たちが憧れる大人になりましょう。

造ったweb siteは、初めてカッコよさとかを捨て、手づくりの有機的な感覚を大切にしたもの。

息子たちにそっと感想を聞いてみよう。 web site ⇒ 

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2007年3月25日 (日)

アヒルのワルツ マユミーヌさん

縁あってアフラックのCMソング「アヒルのワルツ」のCDを買った。

♪アヒルンルン アヒルンルン・・・という処が刷り込まれる。

Photo_100マユミーヌさんの声が優しく透明で、いい。アヒルのワルツな声。

きっとマユミーヌさん、イラストに描かれたような女性なのでしょうね。

「好きなものはクロワッサン」ーそうでしょう。

「きらいなのは北京ダック」・・・ホントですかい?

Photo_101・・・そうか、アヒル町じゃ映画も見れる、か。わが町と同じじゃ。

見た目はかなり地味だけどアヒル町はふたりのパリ・・・

うむ。「ふたりのパリ」ねぇ。いいですね。

他所ではなくここ。Now & Here。

幸せの基本、おさえてますねぇ。

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2007年3月22日 (木)

きみまろトランス 綾小路きみまろさん

JwaveでDJやってるピストン西沢さんがtranceと綾小路きみまろの漫談をリミックス。CD『きみまろトランス』がいい。

01.beginning/02.つつしんでお喜び申し上げます/03.kimimaro church/04.奥様!がんばっていただきたいの!/05.ヅラtrance/06.GERONTOLOGY~老人学/07.gray power~老人ホーム/08.that's the way life goes!~人生なんてそんなもの/09.あれから40年

トランスときみまろのトークがノリがいい。

中高年をこれだけ笑い飛ばし、貶し、くさしながら、最後に生を肯定していく綾小路さんはスゴイ。エネルギーが溢れてる。

一度このCDを聴きながら、高速道路を爆走してみたい。

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2007年3月16日 (金)

ビヨンセ と共に “Listen”

ビヨンセがアカデミー賞授賞式のステージで輝いてた。

ハートを射抜かれた。感動した。

Photo_93 そこでPSPに彼女の“Listen”をいれて持ち歩くことにした。

電車の中や、仕事の合間に約二分間の特別ロード・ショー。

ボクはビヨンセと共にいる。

時として神さまは、人間の美しさ・偉大さを思い知らせる。

ビヨンセの輝きは、生きる希望を照らし出す。

今はやむなくPSPの小さな画面でそれを味わって、週末には映画館の大きなスクリーンでその輝きを浴びよう。

映画「ドリームガールズ」をよく知らない頃は、映画「フラガール」の姉妹ムービーに思えた。しかし結局それは当たっているかもしれない。

いつも女性は、生きる希望を男性に与えてくれる。愚かな男たちはいつも欲や戦(いくさ)や策謀、争いごとにかまけてばかりいるけれど・・・。

◆ビヨンセの記事を書きましたので・・・⇒ 

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2007年1月21日 (日)

水曜の朝、午前三時

「45歳の若さで逝った翻訳家で詩人の四条直美が、娘のために遺した4巻のテープ。
410125141x そこに語られていたのは、大阪万博のホステスとして働いていた23歳の直美と、外交官として将来を嘱望される理想の恋人・臼井礼との燃えるような恋物語だった。
「もし、あのとき、あの人との人生を選んでいたら…」。
失われたものはあまりにも大きい。
愛のせつなさと歓びが心にしみるラブストーリー。」
(引用終り)。

久しぶりに恋愛小説を読んだ。人に勧められた。映画化したらどうか?という視点で読んだ。

映画では1970年の大阪万博をきちんと再現すべきだ。失われた時代の微熱を背景としてる処が面白い。時代そのものの視覚化がほしい。この話の恋は現代の恋よりも制約が多いし、だからこそ恋情が持続するという部分がある。

福永武彦の『草の花』を思い出した。

戦中派の福永氏は死を覚悟した。『草の花』にはその深みがある。『水曜の朝、午前三時』の絶望はそれ程深くない。むしろ恋の甘い香りにひかれて読み進められる。だからこそベストセラーになったのだろう。

『水曜の朝、午前三時』の良さはメロドラマとしての純度。

今の時代の恋は・・・?いろいろな恋があるだろうけど、いまでも恋はゲームじゃなくて生きることなのだろうか?

どうも恋は魂(たましい)の空域から、ファッションや心理や経済の海域に移動し始めてる気がする。

exchangeable(交換できる)な、損得を軸とした経済水域にある恋は、賞味期限もきっと早いのだろう。

その方が魂は傷つかない。痛みもまた少ない。想い出にも残らないはず。

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2007年1月 3日 (水)

PLATOON & ふぞろいの秘密

オリバー・ストーン監督の『プラトーン』を次男坊とDVDでみた。

1986年の作品だから20年経過してる。劇場でみた時のことを思い出す。冒頭のジャングルに射しこむ木洩れ日の厳粛な光。バーバーのレクイエム。オリバー・ストーンのベトナム経験が十年以上経て結晶化し、映画史上の傑作となった。今でも見ごたえがある。

Photo_363

石原真理子氏の自伝『ふぞろいの秘密』を読んだ。

随分バッシングされてる。しかし売れている。読んでみれば真っ当な本。マスコミの愚かさが逆に照らし出される。個人的にはこのように異性遍歴がOPENにされることに抵抗があるけれど、石原さんの女性としての愛の歴史なのだろう。80年代の日本の芸能界がここにきて規制緩和で、白日のもとに晒された感がある。随分ひどいものだ。結局石原氏はいまだに苛めの対象のままである。

『ふぞろいの秘密』は『PLATOON』とどこか通じる。

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2006年12月25日 (月)

クリスマスの日に

ジャック・ブレルの『涙』。シャンソンの名曲。クリスマス向きではないが。

ブレルは自らガンと知った頃つくった。(ネットに訳詩があり引用させて頂きます。⇒)何度も心揺さぶられた。

Photo_13Photo_14誰かがこの世界で泣いている。人生の中で立ち止まり泣いている。・・・私が泣くのはその友の涙をみる時。ブレルは自らの死を予期した。その時、人の悲しみを思い歌った。

今日。辛い境遇にある子供たちの奨学金の団体に募金に行った。その団体の本部を訪ねた。⇒「あしなが育英会

たいした額ではないけれど、募金してほっとして空を見上げた。

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そこに飛行機雲が。

子供たちもまたどこかで見上げてる。

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2006年12月23日 (土)

ユニヴァーサル・ラブをあなたもクリスマスに

恋人がサンタクロース~♪と歌ったユーミンは今でもそう思ってるだろうか?

Image02301この曲が流れた頃。僕は独身で仕事に忙殺されてた。クリスマス・イブだろうと関係なかった。不思議な記憶がある。赤坂TBS前でサンタ姿のケーキ屋の女の子たちの前を急いで通り過ぎた。なぜか覚えてる。まるでガラス一枚へだてて向うの世界の脇を通過する気分。

ユーミンの歌はエポックだった。きっとミーイズムを加速させたと思う。商業主義もね。でも本当はクリスマスはもっと豊かな愛の世界を実現できる日のはず。

Image024_2欧米ではチャリティーやボランティアの思想が広まっていて、街角のサンタは恵まれない人々のために奔走してる、と聞いた。ニューヨークでも今そのシーズン。ラジオのレポートで知った。

仕合わせな人だけが祝うのは、少し哀しい。

この寒い季節に身も心も仕合わせに至れない人々の存在を知ったなら、大人はそれでも平気に過せるのだろうか?自分だけは良かったって・・・。僕にそれはできない。世界中の人々もまた。

だからずっと考えてた。

Image02302何かユニバーサル・ラブをクリスマスに。小さな行動のことをずっと考えてきた。

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2006年12月16日 (土)

クリスマス・リストをあなたに

街はクリスマスの装い。平原綾香さんは「CHRISTMAS LIST」を歌う。                   Photo_10 Photo_5Photo_4

私ではなく、必要な人のためにサンタさんに願いごとをする

Photo_7Photo_8Photo_9①戦争が起きないように。②引き裂かれないように。③時よ癒して。友達がいて。正義が勝つこと。④愛は終わらない。

どうしても叶えたい願い。その一途な思いの中にだけ真実は宿る。それがあなたのChristmas list

そう。それがわたしたちのChristmas list

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2006年11月26日 (日)

言葉は静かに歌う

ロバート・山田さん(1963年シチリア生れ)。彼のシャンソン一人芝居の楽日。明大前のホールへ昨日いった。

P1010010_2P1010013_1P1010011_3 歌と芝居、タップ・・・多才なロバートさんは芸人として磨きがかかってきた。彼のあたたかくも哀しい声が今回の主役。

「ヴォイセズ」(人の声)という楽器に、谷川俊太郎の詩を乗せて、歌とひとり芝居がつづら織りに展開する。

P1010015_4P1010014 アコーディオン、ピアノ、コントラバスそして人の歌声。小ホールの客席で、ワイン片手に贅沢な時。

人に贅沢な時を提供するために、どれ程の犠牲を芸人は払ってくるのか?どれ程の差別と辛酸をなめねばならないのか?

芸の道を多少知る者として、ロバート・山田さんの孤高を思う。早朝にみた不二(Only One)。

こういう素晴しい才能を、人々にもっと伝えたい・・・彼のステージを観た僕は、そんな思いで会場を後にした。   

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2006年11月23日 (木)

amazonから 世界遺産DVDが

到着。22日(昨日)発売の「TBS世界遺産 Relaxing&Energy」。

Vfsh0212青いパッケージは、お疲れ気味のあなたに。ゆる~い映像と心地よい音楽が眠りを誘うかもしれない。観ながら寝るも良し。

Vfsh0214 赤いパッケージは、地球のパワーをあなたに。少し動きのあるダイナミズム。ちょっと元気を充填サプリ。

このDVDのweb promotionを友人に頼まれ手伝った。やはり愛着が湧く。楽しい仕事だったから。なので自分もamazonで予約した。昨晩遅く帰宅して書斎にamazonのパッケージが・・・。早い。やはりうれしい。手間隙かけて造られたものは、いい。

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携帯に残ってたmtg中の画像。大の大人たちが手作りで。心に悩みを持つ人々に観てもらいたいと話し合った。

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「癒し」と「元気」。

映像を造る行為自体がロマンティックなのだ。

ロマンチックは、きっと誰かに届く。そう願う。

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2006年11月15日 (水)

モグアイ MOGWAI がいい

HAPPY SONGS FOR HAPPY PEOPLE.彼らの4thアルバムもう ぐ あ い が い い・・・(し~ん)。

Vfsh0119_3「グラスゴーの至宝モグアイ。轟音、美。そして静寂。全てが揃った最高傑作」とCDの帯にある。ロックに詳しくない僕はこの変な名前のバンドを「神が愛した男」という、ジダンの記録映画の音楽で知った。

Vfsh0124_2アーティスト受けがいいバンドらしく映画を造ってるアメリカ人の本にもモグアイの曲から啓示を受けたという文章を読んだ。興味が湧いてこのアルバムを買った。

Vfsh0125_2昔聴いたタンジェリン・ドリームやジャン・ミッシェル・ジャールを思い出した。クルマの運転のBGMに凄く合う。ギターやキーボードのエレクトリックな音色が魂の深層部にふれてくる気がする。音楽の純粋な愛好者だから、技術的なことや系譜はわからない。

Vfsh0138_2けれど、いまの僕のテーマ曲である。深夜の高速、明方の道でモグアイを聴くのが今の僕の楽しみだ。

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2006年11月10日 (金)

原宿~表参道~青山 秋の気配

秋に思い出す歌。昔聴いたオフコースの曲。小田和正の曲。

Vfsh0094_3Vfsh0095_4Vfsh0096_2「・・・君の嫌いな東京も 秋はすてきな街・・・でも大切なことは ふたりでいること」

Vfsh0098Vfsh0100_2Vfsh0102_2YES-YES-YES

振返らないで 今 君はすてきだよ・・・

Vfsh0103_2Vfsh0104Vfsh0105小田さんは聴き手を主人公にする詩を書いた。恋人の座にいつも誰かを想定してた独身の季節ー。

Vfsh0106_2Vfsh0107_1Vfsh0108_2光の帝国。マグリットの世界で、あの想定してた恋人たちは今どこに?

あらかじめ失われた恋人たちよ

そういう題名の映画を造った人は、今では怖い顔して政治家を斬ってる。おっかない顔はいけません。人を斬ってもいけません。恋をしましょう、恋を。メリー・ジェーンの歌が泣いてますよ。

秋は深まる。冬が訪れる前に君は・・・。   

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2006年11月 9日 (木)

今日は運命的な日

11月9日の今日はジョン・レノンとオノ・ヨーコがロンドンで運命的な出会いを果たした日。そのことを朝のFMで知った。

NYで芸術活動を行ってたオノ・ヨーコがロンドンに渡り個展を開いた。その会場で彼女はレノンに引き合わされたという。その時レノンはビートルズの活動と自らの音楽との間で苦悩に満ちた日々を送っていたという。ロンドンの秋の一日に二人は出会った。

『LOVE』・・・FMで流れたこの曲を聴いて、昔「そうか、愛されることを望んでいいんだ・・・」と勇気づけられたことを懐かしく思い出した。若い僕はきっとその頃かなわない恋をしてたのだろう。そういう季節にこの曲の振り子のようなトートロジーの愛の詩の中に・・・ask to be loved・・・というフレーズを聞き取った。

今朝6時過ぎには太陽と水星と地球が直列し、巨大な太陽を背景にしたホクロのような水星が観測されたという。これも運命の一日。雄大な天体の運行の話。僕たちはそんな地球の、そのまたファー・イーストに位置する日本に暮らしてる。

秋の爽やかな一日。どこかで誰かと誰かが出会う。そして運命がかわる。できればいい方向へ。

きっと毎日が運命的な日。

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2006年10月25日 (水)

さようならSONY またある晴れた日に

会いましょう。・・・そんな感傷を覚える麗しい秋の一日。SONYの株を処分した。SONYだけ自分の中で特別扱いする訳にはいかない。

損を覚悟してたのに、意外にも売却益が少しでた。税金を納め、めでたしめでたし。買ったのは前・出井社長のオーラ全盛期。SONYはデジタル・ドリーム・キッズを標榜してた。少年時代からのSONYファンの僕は新しい夢を持ちたくて株を買った。損をしてもそれは自分の夢の結末。悔いはない。SONYブランドという遺産を食い潰す時期は終焉してほしい。

証券会社の外には陽光が降り注いでた。

なぜかスタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』(1964)のラスト、水爆の炸裂にかぶって流れる歌「また、いつか会いましょう」(ヴェラ・リン)のメロディーが脳裏をよぎった。

Dr.Strangelove OR: How I Learned to Stop Worrying and Love the SONY. (博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて、SONYを愛するようになったか・・・)

いつかまた晴れた日に会おう。SONYよ復活して。また賭けたくなる夢を。待ってます。

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バーゲンの日、借りてきたCDは

①錦織健「初恋」。②川井郁子「ラ・ジャポネーズ」。③スタン・ゲッツ&チャーリー・バード「ジャズ・サンバ」。④シャーン・ノース「Story Neverend」。

借りる時、何らかの法則性が働く。①錦織氏と②川井氏には、日本の心、切ないほど美しい日本の歌を聴きたいから。日本という国の文化を抜きにできない。

③スタン・ゲッツのこのアルバムは北米でのボサノヴァ・ブームの発火点になった。何度も借りるから買った方が良いのに。また借りる。身体がボサノヴァ体質になってる。

④は初めて聴く。新しい才能に出会いたい。ポップス、ロック、フォーク、ジャズ、アイリッシュ等を昇華したデビュー・アルバム。

中古のDVDの販売コーナーに『Cinderella Man』(シンデレラマン)があった。840円。即Get。

誰でもシンデレラになれる。心がけと精進あらば。そう信じる。

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2006年10月23日 (月)

高円寺の濃ゆいビデオショップで

ポール・シュレーダー日本未公開作『Misima』と大島渚『絞死刑』を借りた。このショップAuviss(オービス)のアート系VHSコレクションは凄い。思わず店主に「すごいコレクションですね」と伝える。長い歳月かけて集めたという。仕事先の制作会社のご近所ということで会員に。⇒所在地

①『Mishima:A Life in Four Chapters』(121mins.)1985-WARNER HOME VIDEO(絶版)

スコセッシ「タクシー・ドライバー」の脚本家・P.シュレーダー脚本・監督。三島由紀夫の最後の日(1970.11.25)と彼の文学的生涯を絢爛たるスペクタクルに。美術・石岡瑛子氏。緒方拳始め、えっというような俳優・女優ずらり。市谷駐屯地での事件も克明に描写。三島文学の愛好者は必見。ポール・シュレイダーの知性はシャープ過ぎて少し危ない。音楽のフィリップ・グラスが異様な位いい。三島遺族の意向で日本では未公開。米国でもVHSは絶版である。アメリカ人が見るとも思えない・・・。

②『絞死刑』(119mins.)1968-TOHO VIDEO

大島渚監督atg(アートシアターギルド)作品。在日韓国人の死刑執行までを軸に死刑制度、民族差別問題、国家の問題などを不条理演劇のように描く。脚本の緻密さ、造ってる大島渚氏他大島組の制作、俳優陣の本気度が伺える。

大島渚はあの頃映画全盛期に遅れてきた青年だと思ってたが、今の時代の先駆的存在だったと悟る。DVDもVHSもなく映画が興行だけを収益源としてた時代に資金面でどれ程の苦労があったか?知性で作品を練りこんで造った感じがする。命を削ったのだ。

周防監督の新作冤罪裁判映画『それボク(勝手に省略。ごめんなさい)ルーツを探った一本。周防監督がみてるかどうかは知らない。二つの映画には共通項がある。語らざるを得ないーその1点。

映画監督で『絞死刑』を見ないで済ませる人っているのかなあ?

見ないで済ませられる監督はお目出度き人である

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2006年10月16日 (月)

ちょっと感動したこと

月曜の早朝に常時携帯して受信してるe-mailをチェックした。それで気づいた。手伝ってる「世界遺産のDVD」のHPについてクライアントのプロデューサーと制作会社のクリエイター双方からメールが入ってた。両者とも先週金曜の晩にUPしたHPをもっと良くするためのメール。揃って日付が変わり土曜日の時刻だった。時計の針がシンデレラ・タイムを回ってもこの件で仕事してたのだ。

このプロジェクトがきっと普通の仕事を超えて、何かを目指してる未知の領域に属するWorkになってるのだと悟った。お金で結ばれてる仕事の場合とは違う何かが気配として感じられた。

お金を超えた思いには、お金を超えたソリューションで。

それが僕のポリシー。なので今週できることを期待以上にして、彼らを喜ばせようと思った。

HPはこちら⇒ 

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図書館から借りた本

ある企画を深めるためにまとめて図書館から本を借りた。返却日の2週間後までにこの企画作業は終了する。なので入念に選んだ。

①『花鳥風月の日本史』。②『特攻』。③『特攻へのレクイエム』。④『特攻隊員たちへの鎮魂歌』。⑤『風と遊び風に学ぶ』。⑥『千の風になって』。⑦『ライフ・レッスン』。⑧『永遠の旅行者(上・下)』。⑨『プラトン入門』。⑩『俺、南進して

幾つかの図書館と仲良しなので、毎週日曜日、一週間毎交代で本を借りることを閃いた。そうすれば返すのが簡単だしたくさん本を借りられる。現在僕の書斎には約20冊の図書館本が待機。

本は素晴しい。たくさんの専門家が待機してくれている。

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2006年10月15日 (日)

奇跡をつかむ

「チャンス」はつかむもの。チャンスは目の前を通過する。チャンスをものにする人は動きが敏捷だ。神さまも天使もチャンスはあまねく大勢に。サッときたものをサッと取ったものの勝ち。見送る人はいつでもいつまでも見送る人。

奇跡もまた。

喫茶店のテーブルをはさんで企画mtgをした。天使の羽ばたく音を聞いた。<奇跡>が起きた瞬間。

これをつかめばいい~そう悟った。その時間、その場所、その相手。長い話し合いはその瞬間、飛躍する。

『羅生門』『七人の侍』などを手がけた名脚本家・橋本忍氏の自伝「複眼の映像ー私と黒澤明」には橋本氏が『羅生門』の脚本執筆時に黒澤という男の資質の最も重要な部分を悟るくだりが描かれている。

黒澤明という男ーそれは閃きを掴む男である。」(P69)

映画『羅生門』はヴェネチア映画祭で日本映画初の金獅子賞(グランプリ)をとる。敗戦で希望を失った日本人に一条の光のようなものをもたらした。

彼らの未来が開かれた。

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2006年10月 4日 (水)

映画「LAST DAYS」

ガス・ヴァン・サント監督の「LAST DAYS」はニルヴァーナのカート・Affiche_1 コヴァーンが自殺に至る最後の二日間を追う作品。劇的でなくしかし忘れがたい描写。死の謎解きは一切ない。

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ガス・ヴァン・サントの『エレファント』『ジェリー』と死の三部作を形成する。この映画をみてると、ガス・ヴァン・サントの友人リヴァー・フェニックスの死を思う。きっとガスの脳裏には絶えずその死がつきまとってるのだろう。

緑の森の中をさ迷うシークエンスがある。その場面を見ただけで胸が締め付けられる。

そのような孤独な経験を、人は誰もが人生の中で経験する。死に魅入られないことは僥倖なのだ。

芸術が素晴しいのは、死もまた生の一部として生きる意味を問いかけてくれること。ひとりの若者の孤独な魂の震えをキャメラだけが添い遂げる。

映画評論家という職業があるのなら、このような映画をひとりでも多くの人々の目にふれるよう紹介してほしい。評論とは創造的な営みである。ペンの力で観客を動かしてほしい。これはハリウッド映画の対極にあるアメリカ映画である。

LAST DAYS hp

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2006年9月28日 (木)

「CAFE DENMARK渋谷」

渋谷センター街で安心して寛げるカフェ。1階はベーカリー。2階がイート・イン。イート・インは窓が広く大きくとってあって気持ちいい。それに女性占有率極めて高し。現在女性18人/男性4人/うちカップル2組(13時40分)。

1階で伊藤園の「金の烏龍茶 黄金桂101」(157円也)を購入しても利用できる。氷の入ったカップまで付けてくれるのはあり難い。禁煙。仕事や思索に向いている。HMVでCDを探す前に持参のPCで検索するにも良し。

ここなら絶対にオヤジ狩りに遭わない。オヤジは僕一人しかいないけれど。

◇住所:渋谷区宇田川町22-4(電話:03-3462-5880)

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~ポスプロ④

いま造ってる映像のワークinプログレス。

黒い衣装のマリアの原型はジャン・コクトー『オルフェ』のマリア・カザルス演じる死の国の女王。黒いドレスに白いヴェールを被せたのはヘアメイク橋本氏の才気。気品が漂う。自然にBlack Mariaの名前ができた。

エルロイ原作・ブライアン・デ・パルマ監督の『ブラック・ダリア』は期待作。デ・パルマが「LAコンフィデンシャル」に繋がるエルロイのダークな世界をどう料理するか。エルロイもデ・パルマも本質的に作家。いまでもエルロイはちらしの裏にペンを走らせてるのだろうか?

<Black Maria>は音楽を巡る物語。主人公Grace。それにもうひとりのGrace=Black Maria。このBlack Mariaの存在感。撮影を予定してた決めのシーンがあまり有効でないと判断し別のイメージを探してるうちに、物語のもう一方の極=Black Mariaのシーンを50:50まで高めることになった。午後はほとんどBlack Mariaが登場するシーンの撮影になった。現実の女と女を守り導くBlack Mariaの存在。あるいは女神(ミューズ)。

ある移動撮影のシーンで音楽をあてて撮った。ジャズ・シンガー、ジャネット・サイデルのアルバム『スマイル』の3曲目にある「黒いオフフェ」のテーマ。ポルトガル語の響きと間奏に流れるサックスが官能的で優美。サイデル(♀)とサックス(♂)の恋のさやあてのよう。この音楽を流して撮ったBlack Mariaは自然にその世界に溶け込んでいるようにみえた。

死と再生と官能。「オルフェ」と「黒いオルフェ」を結ぶベクトル。そのベクトルを2006年10月まで伸ばしてみるのが僕の仕事かもしれない。

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カリンバ Kalimba Calimba

今回主役を演じたGraceさんの提案で「カリンバ」というアフリカの楽器を知った。木箱の上に鉄の爪のようなキーがついてる素朴な楽器。不思議な音色。

自分が奏でて自分が聴く楽器のようだ。撮影中にGraceさんの奏でたカリンバの音色がサウンド・トラックに収録されてて、この不思議な楽器の不思議な音色が耳に残る。

すこしトランス状態に入る。そういう現実から夢幻に至るための瞬間移動(テレポーテーション)装置なのかもしれない。

カリンバのhp

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2006年9月27日 (水)

3分の映像~ポスプロ②

約120分の映像を3分間にまとめるにあたって、まず60分くらいの映像に絞ろうと考えた。昨晩からOKカットを残しNGカットを排除する作業を進めてる。これがなかなか楽しい。

最初から最後までストーリーが定まってる映像ではない。だから今想定してる映像の順番に組替えて、大くくりのストーリーの流れにのっとって編集を進めるつもりだ。

編集が映像にいのちを吹き込むーそんな感じがする。

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2006年9月26日 (火)

3分の映像~ポスプロ①

ハイビジョンで23日、24日に撮った映像は約120分。3分にまとめるためには最終的に117分を捨てることになる。1/40か・・・。正直3分におさまる気がしない。

事前に想定してたストーリーが現実とのかかわりで変容する。完全犯罪がちょっとしたきっかけで狂い始める。頭の中にあるイメージや言語的な論理が現実の世界にぶつかりビリヤードの玉のように弾ける。

コマーシャルならば事前にコンテがあってクライアントからその設計図を担保に製作費がギャランティされる。そしてコマーシャルには目的がある。映像のコンテキストで伝えるメッセージは純化され、映像はある目的をかなえる道具になる。だから優れたCM監督は優れた映画を撮ることが極めて難しい。まったく対極にある映像の使い道。コマーシャルは言葉通り「商業的」な世界。しかし映像の価値の本質はそこにない。

映像言語は多義性・多様性にある。あるいはアンビギュイティ。<あいまいさ>と訳せばいいか。この世界はイメージからはじまる。まず光があり、言葉はその後で産み出された。繋がれた映像の断片が優れていれば多様な言葉がそこから生まれ、多彩な感情が喚起される。

映像は語り過ぎてはいけない。

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2006年9月23日 (土)

3分の映像~プリプロ⑤

日曜に撮る映像のヘアメイクとコスチュームのmtgを行った。

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早朝ちょっ とロケハン。緑のアーケードになってる背景を使いたい。緑は生命の色。

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Vfsh0111_1生命(いのち)と死は対立するものではないかもしれない。死生観にはさまざまなものがある。

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Vfsh0114_1Vfsh0115_1被写体となるGraceさんにはあまり日常的な現実感がない。魅力をひきだすためのmtg。

素晴しいスタッフがボランティアに近い形で参加してくれた。こういうことができるようになった背景にはハイビジョンの技術革新とweb2.0の潮流がある。

小説を書くように映像が造れる時代になりつつある。

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ちょと覆いをかぶせることで「オルフェ」のマリア・カザルスが演じた死の女王に。

映像の中で現実感をもたせる作業が続く・・・。

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2006年9月20日 (水)

3分の映像~プリプロ②

プリプロダクションnote②~

映画におけるボクシングのトレーニング・シーンにはいつくかの記号が埋め込まれてる。「ロッキー」「ミリオンダラー・ベイビー」「レイジングブル」「シンデレラマン」・・・。Victoryという絶対目標に到達するまでの苦行。言葉は無力だ。

印象的なのはスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号船内でのシャドウ・ボクシング。印象的な映像言語。人類の未知への挑戦への意志と壊れやすい肉体。孤独な営み。

ワンフレームで意志とパッションを収められる。これに匹敵する設定は他にないか?と考えてて女性の化粧を思い浮かべた。

ハーフミラーの手前から化粧する女性の顔をクロースUPで撮る。化粧する何らかの目的がある。それを適えるための技術。そしてある段階で仕上がる。これもまたワンフレームである種の情熱を収められそうだ。自分自身を見詰める構造。

あるいは鏡に映る自分自身。

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2006年9月15日 (金)

言葉の力

いよいよ週末。来週月曜は敬老の日。だからこの金曜は三連休につながる花金。とても貴重な一日。できれば争い事なく、また争い事に巻き込まれることなく過ごしましょう。

昨日うれしかった。言葉の力。ほぼ十年ぶりで再会した人とお昼を共にした。僕が十年以上今の会社で仕事を続けてることに対して、彼はこう云った。

ー十年か。たいしたものです。生き残りましたね。

そういう見方があるのか・・・。きょとんとした。四十代の社長さん。十年前の会社とは違う名詞をお持ちだった。僕は判ってた。だから訊かない。きっと彼は辛酸を舐めたはずだ。人間がひとまわり大きくなっていた。彼もまた生き残ったのだ。

逆境や迫害はあった。日本のリーマン社会はジェラシーでできている。男の方がやきもちやきだ。どこでも同じ。けれど最近はとても仕事がし易くなった。時代が変わったこともある。「辛酸を舐めた?」と訊かれたら「ウイ」と答えるだろう。辛酸も舐めてるうちに味が出てくる・・・。

「十年か。たいしたものです。生き残りましたね」ーその言葉は僕のストーリーを美しく(美し過ぎるくらいに)形容してくれたもの。だから大切にしよう。

自分もまた人に勇気を与えられるコトバの力を磨きたい。そう思う。

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2006年9月14日 (木)

a hard day's night

1964年にはこの原題の映画は「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」(邦題)だった。「ヤア!ヤア!「ヤア!」の部分がすごいなあ・・・。さすがに2001年のリバイバル公開では「ハード・デイズ・ナイト」になった。忙しくなるとビートルズのナンバーが頭に浮かぶ。アラームがわりに。

今日のスケジュール:①8:30am~渋谷のオフィス/②9:30am~赤坂/マーケティング会社③11:00am~秋葉/アニメセンター(ランチミーティング)④13:30pm~赤坂/映像制作会社15:00pm~渋谷のオフィス(企画書)17:00pm~来客⑦18:30pm~after。

上司からはある大切なコトに専念してほしいと頼まれた。僕も同感。しかし現実はこうなる。他の人にも専念してほしいところ。体はひとつ。

目の前に現れる料理を楽しんで食べよう。前菜の時にデザートのことを考えない。目の前の人に意識を集中する。

Now&Here

いま ここに 僕の人生はある。(でも明日はゆるめよう・・・必ずね)

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2006年9月12日 (火)

新作映画「涙そうそう」 試写をみて

昨日東宝の試写室でみせてもらった。いいものをみせてもらった、というのが最初の感想。(この記事にはネタバレはありません。ご安心を。)

映画を観る前にあまり予備知識は入れないようにしてる。頭でっかちで映画をみたくない。けれど試写をみたかったのは<妻夫木聡>と<長澤まさみ>の印象的なクロースUPの写真と誰でも知ってる名曲「涙そうそう」のタイトル。

映画をみた後で「今、あい」の土井裕泰監督と知った。最初の危惧は「泣かせよう」とくるかなというものだった。けれど自然な感情のうねりがあってかなりジーンとくる場面がある。これは役者とスタッフそして沖縄というもうひとつの主役の力がシンクロしたからだ。

妻夫木君は「春の雪」の50倍いい。長澤さんは「セカ中」」の100倍いい。(「春の雪」と「セカ中」は同じ監督さんでした。ごめんなさい。でも「セカ中」では一滴の涙も流せませんでした。)

何故か、ジャン・コクトー原作の映画「恐るべき子供たち」を後になって思い出した。ジャン・ピエール・メルビル監督のほぼ処女作。兄弟愛が底流に流れる。

風土(沖縄)と民族の悲劇(沖縄人の悲劇)、そしてだからこその明るさがあってこそ兄弟愛が引き立つ。

やはり愛が世界を救う。

子供たちに、家族にみせたい映画でした。9月30日公開。⇒公式hp にいにい!

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【感謝300回】ー人生の朝

9・11を過ぎ9・12。「ダーリンのコーヒータイム」は300回目の記事です。みなさまのお陰で三日坊主チャーリーは毎日blogに記事を書いてます。ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします。

さて9・11。昨晩は筑紫さんのTVを見てた。今日は自分自身の体験を書く。

あの日、自宅居間でみた映像があまりにハリウッドのSFX映画のようだった記憶。その衝撃。端正な画面構成。青い空。そして・・・信じがたい映像。時代が一瞬にして悪くなったことを悟った。

一年前にNYに長期滞在してた。仕事がOFFの日に「自由の女神像」を見に行った。その時地下鉄ウォールストリート駅で下車。

一人のビジネスマンが僕に近づいた。手にしてるSonyのHANDYCAMを指差して「いくらなの?」と聞いて来た。アメリカ人の陽気な人懐っこい笑顔で。楽しいNYの思い出の1コマになるはずだった。

そういう想い出を砕いた9・11。どのようなドグマだろうとやってはならないコト。世界の記憶として余りに酷く貧しい。これだけのテロを成功させるために周到な計算、訓練、資金が必要だったろう。それを支える憎悪。人間の仕業である。善悪の彼岸を超え人間の哀しくも愚かな選択。その後のアメリカが辿る運命もまた。世界を少しでも豊かにしたろうか・・・。日本の舵取りは?すでに皆が気づいてる。暴力の連鎖は暴力を生むだけ。どこかでこの悪のヴァリュー・チェーンを断ち切らねば。5年の歳月が人類を賢明にしたことを僕は信じたい。

さて新しい朝です。

あなたの今日が喜ばしい一日となりますように。

【感謝200回】ー人生の朝~記事

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2006年9月10日 (日)

湘南Jazz by the sea

湘南ビーチFMのJazz番組「湘南Jazz by the sea」。土曜夜8時からの2時間放送、DJキャロルさんのポートレイト。

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FM局のキャップを被って。少年みたい。放送の合間、夏休みの宿題を片付けるキャロル少年。

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Vfsh0072_3Vfsh0074_1インターネットのサイマル放送ではwmpで映像も送られる。みたいひとは⇒さいまる!

素敵な表情をパパラッチ。キャロルさん御免なさいね。

9月はたくさんライブがあってJazzだけでなくラテンも歌うそう。おお忙しでもいつもイキイキ。キャロルさんでした。

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2006年9月 6日 (水)

砂の器 デジタル・リマスター版

昔映画館でみたときよりも美しい。曇りガラスを磨き上げ視界をクリアにしたようだった。松竹百十周年記念公開。日本映画初のデジタル・リマスターとある。その予告編にあった言葉ー。

「宿命とはーこの世に生まれてきたことと、生きているということである」

メインテーマが流れる後半の長~いコーダのようなシークエンスは涙なしに見れない。それが老練な野村芳太郎監督、橋本忍・山田洋次脚本であろうと、この人たちが本当に伝えたいことを伝えようとしてるのがわかるからいい。親子の絆。最近世間では少し暴落傾向の人間関係ー。

お遍路をつづける親子の情愛が切ない。加藤嘉(かとうよし)演じる父親と少年の魂の交流と宿命の哀しみが切々と伝わってくる。1974年公開当時に見たときにはない視点が今回はあった。親になったから親の立場から見てる。少年が可愛そうなのと同時に、この父親の切なさが胸に迫る。日本の風土を親子が放浪する姿は、形は変われどさまざまな旋律を奏でながら僕たちが辿る道でもある。砂の器はもろい。けれどそれに託す思いは深く強い。

きっと砂の器に盛るものは儚い命(いのち)なのだろう。

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2006年9月 5日 (火)

黒いオルフェ ORFEU NEGRO

この映画なかりせば。ルイス・ボンファとアントニオ・カルロス・ジョビンのブラジルサンバの名曲はどこで生まれたろう?映画冒頭からサンバのリズムに圧倒される。そして永遠の名曲が魂をつかむ。

すべて黒人の主演者。しかも踊り続けるその素晴しさ。1959年のこの作品はきっと人類に永遠の歓喜と悲しみを伝え続けることだろう。(カンヌ映画祭パルム・ドール賞/アカデミー賞外国映画賞受賞作)

ジャン・コクトーの「オルフェ」(1949)にマルセル・カミュ監督はインスパイアされたとみた。コクトーの「オルフェ」は魔術。恐るべき映画。子供の頃この「オルフェ」を見て、鏡の向うに死の国が広がってると永らく僕は確信してた。詩人の魂は子供の魂を鷲掴みにする。

大人のカミュはリオ・デ・ジャネイロのカーニバルに死の国をつくりだす。芸術の創造にネオ・リアリズムが驚くべき奇跡を呼び込んだ。ゴーギャンがタヒチに魅せられたように、フランス人のカミュは第三世界のブラジルに魅入られた。

奇跡がフィルムに焼き付けられてる。

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2006年9月 3日 (日)

SHONAN JAZZ BY THE SEA LIVE

湘南ビーチFMがOn AirするJazz Liveが「葉山マリーナ」で開かれた。

Vfsh0188何百人もの聴衆で盛況でした。アロハのジェントルマン。陸にあがったヨットに囲まれたクラブハウスでのライブ。夜風は涼しく月が水面(みなも)を照らしてた。

僕の歌姫<キャロル山崎さん>を、稲垣次郎カルテットの稲垣氏は“南国の歌姫”と呼んだ。73歳とは思えぬサックス奏者・稲垣氏のアロハ姿はよっぽど“南国不良老人”。わるいコト(=いいコト)してきた男でなければ73歳にもなって艶のあるサックスを吹ける訳がない。

Vfsh0176キャロルさんの歌を何曲も聴けた。仕合せだった。キャロルさんはこの番組のDJ。シンガーとしてだけでなくMCも担当してて大変忙しい。

Vfsh0181気配りの人。歌声といい、MCといい、このLIVEと番組はキャロルさんの人柄と魅力が華(キャップを被ってFM局をPRする姿をパパラッチしました)。

ライブ会場のシーマン(海の男たち)、おばさま方を惹きつけてるのはキャロルさん。それが良く判った。“ホスピタリティ”。俺が俺がの日本で絶滅の危機に瀕したコトバ。

“ホスピタリティ”ーそれは魔法のコトバ。そして愛のコトバ。

湘南ビーチFMのHPはこちらへチューニングを⇒78.9

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2006年9月 1日 (金)

九月になれば彼女は

そうサイモンとガーファンクルが歌い、オフコースの小田和正さんが「ああ早く~九月になれば~」と歌った九月。今日から九月がはじまる。

昨晩、夕暮れ時の新橋~虎ノ門~赤坂を、BD-1(チャリ)で走った。気温が下がって夜風は爽やか。気持ちが良かった。親友と彼の会社の前で待ち合わせた。「6時半に会社の前にクルマをつけるから」。そう約束した時にはクルマで行くつもりだった。

それが諸般の事情で自転車になっただけ。ちょっとした悪戯心でクルマではなく愛車(チャリ)で、驚かせてあげよう。赤坂見附を左折して青山通りを上ってく。TVCMの世界で有名な会社のオフィスの前から,携帯に電話した。「下で待ってます」。

友人がほどなく降りてきた。青山通りを目で探してる。ほら。こんな目の前にいるのに。気付かないなんて・・・。チャリに乗ってすうっと前に近づいた。その時の親友のリアクションは、思い出すだけで笑いがこみあげる。人はいつも自転車をout of sightにおく。

そんな見えない風になって、道行くリーマン、OLを抜けてゆっくり走ってると、いろいろな人生があると感じる。いろいろな職業。いろいろな帰るべき家。いろいろな交友関係。そしていろいろな愛・・・。

九月には、<チャリ>を親友のステージにランクUPしてやろう。・・・そう決心した。

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2006年8月31日 (木)

ヴォーカリスト2 徳永英明 Newアルバムが

昨日(8/30)発売された。女性アーティストの歌う名曲をカバー。徳永さんだからバラード・アルバム(第2弾)。

Umck1212Umck9149◎曲目:「雪の華」「いい日旅立ち」「あの日にかえりたい」「未来予想図Ⅱ」「かもめはかもめ」「セカンド・ラブ」「シングル・アゲイン」「あなた」「恋人よ」「なごり雪」「M」「瞳はダイヤモンド」「for you・・・」。

◎初回限定盤にはDVDが付いてる。「雪の華」「あの日にかえりたい」「瞳はダイヤモンド」3曲のプロモ・リール。

青春からう~んと遠ざかって悟れた真実を、徳永さんの声は呼び覚ましてくれる。

例えば「雪の華」では「・・・誰かのために何かをしたいと思えるのが愛ということを知った」というフレーズが耳に残るのは彼のお陰。

そういう歌詞とヴォーカリストとの関係がドラマを紡いでく。

“風が冷たくなって、冬の匂いがした。そろそろこの街にキミと近づける季節がくる”・・・そのように季節がかわっていくならば、冬もまた素敵な季節になるなあ。

今年最初の雪の華を眺めるときに、きっと僕はこのアルバムと徳永さんに感謝をするだろう。

●過去の記事:「VOCALIST 徳永英明」⇒ (8/21)

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2006年8月23日 (水)

SMILE -Sweet memories

JAZZは未知なる大陸。あまりの魅力にどこからどう攻略したらいいものか?

水先案内人がいる。大好きなジャズ・シンガーのDJによるFM番組がある。今回は「MY FOOLISH HEART」を手がかりに銀座・山野楽器のJazzコーナーへ。店員がウルトラ・マニアック。この曲の収められてるCDを探して店内を蝶のように舞って、3枚揃えてくれた。まるで手品をみてるよう・・・。

その中からジャケット・デザインで選んだアルバム「SMILE」。セピア色の写真で少女が頭にベレー帽をかぶっておどけてる。その写真にオレンジ色でS M I L E 。Janet Seidel(ジャネット・サイデル)。帯に「ひまわりのような笑顔と優しい歌声」とある。来日記念盤(06.5.24)。写真の少女はサイデルの幼年期の写真ではないかと勝手に推測。

「マイ・フーリッシュ・ハート」の他、なじみある「黒いオルフェ」「愛の賛歌」なども入って15曲。

ライナー・ノートに「甘い吐息系歌手」とある。ドリス・デイでありペギー・リーでありジャネット・サイデルなのだそうだ。なのに貞淑を絵に画いたような歌手という。だから貞淑な女性が或る男に恋心を抱いて近づきたいが近づけない、近づこうとする自分の気持ちをいましめる「マイ・フーリッシュ・ハート」のサイデルがいい、とある。

Really.奔放な女性の恋には興味がない。

アルバム・タイトル「SMILE」はチャーリー・チャップリンが「モダン・タイムス」の為に書いた曲。歌詞は映画の後でつけられた。フランス語と英語のちゃんぽんで歌うのがいい。

最後の「ウインター・ムーン」は冒頭アルトサックスが泣いてる。トム・ベイカー。ジャネットはこの人と恋に落ちた。すごく哀しい曲だと思ってたら、トム・ベイカーは突然亡くなってしまったらしい。アルバムの最後はこれ。哀しすぎやしない?

それでも人生は続く。月が照らす大草原を行く夜汽車のように。

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2006年8月22日 (火)

シュガー&スパイス~風味絶佳~

9.16に東宝系で公開の映画を東宝の試写室でみせてもらった。『冷静と情熱のあいだ』のスタッフが贈る珠玉のラブストーリー・・・というキャッチ・コピーには惹かれる。(ネタバレはしません、ご安心を)

『冷静と情熱のあいだ』の大多・(東京ラブストーリー)・亮プロデューサー×中江功監督のコンビ。「冷静・・・」と同じく音楽もこっていてアンディ・ウィリアムス、ポール・アンカなどのスタンダード・ラブソングにUKロックの「オアシス」のLYLAが花を添える。

映画を見終わって、無性に<森永ミルクキャラメル>を食べたくなってメトロのスタンドで買った。105円也。本屋では原作・山田詠美氏の『風味絶佳』を購入。つまり、この映画を気に入ったんだ。

カンヌで最優秀男優賞を受賞した柳楽(やぎら)優弥がいい。青春の渇望感がいい。夏木マリがいい。「ピンポン」以来のアザトイ演技がやがて自然にみえる不思議。沢尻エリカさんもいい。

19才の恋心も中高年の恋心もかわりない。そうでなければ大人が真剣になってこんな映画をつくりはしない。70歳のスーパー御婆を演じる夏木マリが、失恋瀬戸際の柳楽君へレクチャーする。

ー『女の子はねーシュガー&スパイス。優しいだけじゃ駄目なんだよ。』

・・・そうか!そうだったのか・・・。いいコトを教えてもらった。しかし知るには少し遅すぎたかなぁ・・・。

公式サイトはこちら⇒sugarandspice 

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2006年8月21日 (月)

映像と音楽のシンクロニシティ

3分弱の短編映像作品を造った。演出家の選んだ音楽で完成させた。

京都のある寺院をハイビジョンで撮影した。歴史に秘めたるドラマがあった。深い人間同士の相克があった。時の権力と天皇との確執。天皇の才能を圧殺する動きがあった。成り上りの権力者がよくすることである。天皇は美意識に秀で日本文化に燦然たる足跡を残した。しかし苦悩は終生深かった。その行動の自由は奪われていた。身動きのとれない天皇は見果てぬ夢を追い自らの生涯を閉じた。それが寺院の庭に集約されていた。

企画したのは僕だった。見えないものを見えるようにしたい。丁度その頃、ピアニスト・舘野泉氏の左手のピアノ組曲「タピオラ幻景」の初演風景をテレビ番組でみた。この音楽がこころに残った。左手だけで紡がれる寡黙な調べと、寺院の寺に秘められた天皇の情念が一致すると思えた。光と風と木々のそよぎ、そのゆらぎが音楽に読めた。

ハイビジョン撮影はプロのキャメラマンが行い、演出家も腕をふるい、なかなか良い仕上がりとなった。けれども密かに僕は<達磨の目>が入ってないように思ってた。

夜中に試したくなった。映像トラックはそのままに、舘野氏の「タピオラ幻景」のピアノ組曲一曲目をサウンドトラックにひいてみた。DVカムから映像出力を、CDプレイヤーから音楽出力を流し込みPSPに新しい映像<試>作品が出来上がった。

ひとりプレヴューしてみる。映像と音楽がシンクロニシティ(共時)していた。曲の長さも完全に一致した。これは僕の脳裏で夢想した世界。それが甦った。

自分が生み出したのではない。自分という共鳴機関を通じて現れたイメージ。天皇のヴィジョンと庭園と音楽家の魂が時空を越えて結びついた気がした。

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VOCALIST 徳永英明

徳永英明のカヴァー・アルバム「VOCALIST」がいい。全編バラード。

1. 時代
2. ハナミズキ
3. 駅
4. 異邦人
5. シルエット・ロマンス
6. LOVE LOVE LOVE
7. 秋桜
8. 涙そうそう
9. オリビアを聴きながら
10. ダンスはうまく踊れない
11. 会いたい
12. 翼をください
13. 卒業写真

土曜日チャリで小田原から箱根湯本までの長い長~い上り坂を登ってく時にipodから流れてきた彼の歌声に思わず涙が出そうになった。「時代」のイントロのピアノに続いてほとんどアカペラで歌われる。「いまはこ~んなに悲~しくて、涙もかれ~はてて、もう二度と笑顔には~なれそうもない~けど・・・」。とても静かな滑り出し。

20代の徳永さんのステージを名古屋で観た。シャウトした青春の彼。それから声がでなくなったり「もくもく病」にかかったりの長い長~い低迷期。そして四十代で発表したこの「VOCALIST」。

力を抜いて歌を歌う。自ら歌いたい歌を聞かせてもらってる感じ。それが辛い坂道を長時間登ってく僕の胸に沁みる。力を込めて生きてもうまくいかなかった人間だけが掴める魅力を、徳永さんはいつのまにか身につけていた。あなたが過してきた時代はそのまま僕らの失われた十年に重なる。辛いことがたくさんあった。けれどもこうして生きているよね。

だから復活したあなたに逢えて、うれしい。 (ちょこっと視聴)

8.30にリリースされる「VOCALIST2」が楽しみです。

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2006年8月18日 (金)

よろしく哀愁

郷ひろみと一緒にお酒を飲んだら、いったいどんな会話が成立するのだろう。想像を超える。けれど彼の歌う「よろしく哀愁」は名曲だ。

詞がいい。「逢えない時間が~愛そだてるのさ~、眼をつぶれば君がいる~」

そう、愛は独りの時間が気づかせてくれるもの。こころの中で思い浮かべてる人に自分が気づいてドキッとしたりして。

次男坊が今日帰ってくる。

二泊三日で山中湖にテニス合宿だった。離れてみて「胸が苦しい~」と気づいた。原田知世の「時をかける少女」(大林宣彦監督)を思い出す。「・・・苦しいわ。この気持ちは何?・・・これは愛?これが愛なの?」。やれやれ。

二人で旅をしてたからず~っと一緒だった。その時こんな会話をかわした。「もう自立できるよね。パパがいなくてもやってけるね」「いやいないと困る」「それは経済的に困るという意味?」「いや。精神的に。いてもらわないと困る」・・・。うれしかった。そうか俺はコイツに今必要なんだ。至福。至福。

夜中に寝顔をみたり布団をかけてあげたりするのが好き。やっぱり溺愛か。勿論長男も愛してる。高三の長男はもう大人の部分があって甘えをうまく表現できない。けれど次男坊はまんま甘えてくる。

昨晩、携帯電話の請求書がきた。次男坊の携帯に2万円台の課金が。他の家族3人束になってもいかない金額だった。

怒ってみせても心の中では許してる。

早く無事に帰ってきておくれ。(私的過ぎて読み苦しい記事かもしれません。どうかお許しを)

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2006年8月15日 (火)

八月の濡れた砂

日活最後のプログラム・ピクチャー。故・藤田敏八監督作品。blogしてる人で観た人、いるだろうか?石川セリ(井上陽水の奥様)の歌うけだるいテーマ曲がいい。

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「あの~夏の~光~の中で・・・」「私の~夏は~明日も続く~」夕方の海に出れば、夏は終わりだと判る。切ない位判る。

あなたの夏は明日も続くということにして(←スピッツの歌詞を真似たつもり)、endless summerではありませんから。2006年の夏の恋はお早めにどうぞ。

2006年の夏は二度とやってこないから。

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2006年8月14日 (月)

タピオラ幻景 館野泉氏の左手

脳溢血に倒れたピアニストはその時、数百曲のレパートリーを一瞬にして失った・・・。

Izumi_main館野泉氏が左手でピアノを弾くまでには長い歳月が必要だった。昨年初夏にTBSで放映の『奇跡のピアニスト』で本邦初演・吉松隆「タピオラ幻景」の模様を見た時から待望のアルバムだった。

エイベックスから出てた。発売されてるかどうかも知らないCDをHMVに行き、店員に探してもらってあったときの喜び。2006年夏のもう一つのテーマ曲。

緑の森を借景とした大きな窓。・・・親友の別荘でこの曲を聴いた。「光のヴィネット」「森のジーグ」「水のパヴァーヌ」「鳥たちのコンマ」「風のトッカータ」。二十分程度の左手で奏でられるピアノ組曲。

「出来うれば、北欧の森や風、光や水を感じさせるような音楽を・・・」。フィンランド在住の館野氏が吉松氏に曲を委嘱した時の控え目な注文。この曲は館野氏に献呈された。

音楽の底知れぬ深さと人と人との繋がり、人間の偉大さなどが、左手から自然のきらめく響きとなって紡がれる。

機会があれば聴いてほしい名曲です。

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2006年8月13日 (日)

親友夫妻の別荘で

HOゲージを見せて貰った。

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三十年来の親友なのにこんな趣味を持ってたとは。欧州の鉄道を走らせる。時として衝突しかかると“神の手”が救済に入る。次男坊にはそれが面白かった。

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Vfsh0165_1 親友夫妻の贔屓のピザ屋で昼食。完全予約のお店。別荘を改築した造り。釜の中で1分位で焼き上げるそう。カリッとパリッと焦げ目まで香ばしい。

持つべきものは友。

二人と別れて一路、ゴッサム・シティーへ。築地で回転寿司を食べお台場で息子のお土産を選んで一路、海辺の町へ。

約1,000Km走った二人の夏の旅はこうして終わった。

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再びフレンチ・ベーカリーへ

僕らの時代の痛みの芯にジョン・レノンは生きてる。

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Vfsh0148_1 高原の朝。霧があたりを覆う。ホテルの朝食をやめてフレンチ・ベーカリーへ向かった。

実はレノンの写真を見たいのかも?繰返しこの店を訪れる理由。パンロールとホットコーヒーだけで過す幸せな朝のひととき。彼の命を奪った時代。僕らは彼の思い出と音楽を糧に生きる。

ジョン・レノンの愛したフランスパン。あなたに届けたいのは儚い暖かさ。愛も恋も儚い。けれどその炎が消えぬよう大切に運ぶことが僕らの使命。次の世代へ。さらに次へ。隣のKidzへバトンを渡す。

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2006年8月12日 (土)

ひと夏の経験

息子たちにはいい体験を与えてあげたい。男の子たちは経験を通じて大人になってく。

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少年から青年にかわる頃、青年から大人になる頃、パパが必要な時期があるという。居ても居なくても父親は男の子たちに影響を与える。良い方ならなおいい。

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次男坊を旅先でJAZZ演奏の会に連れてった。ゴルフ場のレストランで開かれた会は避暑客の常連で一杯だった。社交界にデビューだね。

七十歳のドラムスの逞しさ。美しい歌姫。一足早いピアノの『枯葉』。楽しかった様子。堂々とビュッフェを楽しみ、そして初めてライブで聴くJAZZに惹きつけられた。良かった、良かった。

愛された記憶と懐かしい思い出があれば、逆境に立たされても、なんとか生き抜いていける・・・そう信じてる。だから自立にはひと夏の経験を。

きっと豊かな夏の思い出がDNAを呼び覚ましてくれる。

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2006年8月11日 (金)

フレンチ・ベーカリーで朝食を

軽井沢で朝食を、というといつもフレンチ・バーカリー。お寝坊さんとEary Birdは違った一日の始め方をする。鳥はパンが好きなんだ。

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Photo_269 ジョン・レノンが毎朝パンを買いに来た。伝説の店。店内にはモノクロームのレノン写真が。夏は六時半頃から開いてます、とお店の人。

イート・インがついていて、焼きたてのパンを食べる。ここはデートにつかえるぜ、と息子に伝授。

台風一過の朝の光がまぶしい。

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恋のヴァカンス

昔、ザ・ピーナッツが歌ってた。「溜息がでるよ~な・・・・」。息子との二人旅。

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渋谷ゴッサムシティーを4時半に出て、7時に軽井沢着。宿泊地の嬬恋オーヴァールックホテルには9時前に着いた。14時のチェックインまで時間がたっぷりあった。

近くのバラギ湖でボートに乗った。次男坊に初めて独りで漕がせた。女の子をエスコートするにはいろいろな体験をして出来ることを増やしてあげなくては。知ってるコトは教えてあげよう。

スイスイとオールを漕げるようになって合格。湖面を涼しい風が渡った。

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2006年8月 9日 (水)

DIRTY OLD MAN 本日発売!

サザン・桑田さんのニューシングルが今日発売。僕は昨日はやばやGet。

~さらば夏よ~という副題のついた『ダーティー・オールド・マン』。『BREEZE』。それに『太陽に吠える!!』の三曲。専門的なことは判らないがコンピュータを排した手造りのサウンドの響きが懐かしい。いい。

桑田さんの曲は元気がいい。「うな垂れちゃ駄目さ・・・」と中高年にエールを送ってると勝手に解釈。「恋に濡れた真夏の情緒にも早幾年 あやまちと無礼~見舞い中・・・」

カッコいい男じゃなくて、駄目男なのがいい。それで元気がある奴。いまだに夏に恋を意識する勘違い男。それがいい。

Vfsh0001_8Vfsh0002_6初回プレス封入特典の「噂の“スイカーマン”ステッカー」は手帳に貼ることにした。

一度もみたことないけど、話題のチョイ悪おやじ「LEON」のもの欲しげなさもしさとは違ってカッコ悪いという自己認識から行動するのが良い。基本的にモテヨウと考えること事態がさもしい。

恋する相手はひとりで充分だ。

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2006年8月 8日 (火)

さらば夏よ

サザンのニュー・シングル「Dirty Old Man」の発売まであと一日。夏よ終わんないでおくれ。

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明け方の空。秋の気配。お昼のマック。都庁「煙突」。空のドラマを追いかけよう。

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日傘を差したオトコひとり。僕の友だち。常識は役に立たぬ。暑いから体力温存。うむ。成程!

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mtg先のロビー。オレンジ色が目にやさしい。mtgが終わって振り仰げば、夏の終わりの雲。

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こんなに美しい時間が夏の日にはある。雲は建物を侵食する。美はコピーされる。

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ビルの壁面に雲海が。見上げた空にも雲の旅団が。地上ではテリー伊藤のグラビア撮影。

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渋谷ゴッサム・シティ。バットマンとロビンよ何処?あの摩天楼がもしかして隠れ家か・・・?

季節は空から変容する。もうすぐ夏は終わる。

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2006年8月 7日 (月)

カラオケの夜は更けて

コート・ダ・ジュールというきれいなカラオケ屋さんがクルマですぐの処にできてから、何ヶ月かに一回、家族でカラオケに行くようになった。広くてきれいな部屋で食事をとりながら歌う。歌う。歌う・・・。それが夕食の宴になる。最近は歌い手が増えてしまった。

中学生の次男坊と大学受験の長男のレパートリーの豊富さには一目置く。

◎次男坊の歌った主なアーティスト名:オレンジレンジ・HY・モンキーマジック・RIPスライム・B'Z・KAT-TUN。目下一番好きな曲は、HYの『AM11:00』。ラップが上手。小さいときから音感は磨かれるのか。昨晩から立って歌うようになった。

◎長男の歌った好きなアーティスト名:スピッツ・KAT-TUN・浜口祐夢・Kids Alive・平井賢。目下一番好きな曲はスピッツの「魔法のコトバ」。密かにパパ(僕)の地位を狙う。バラードで攻めてくる。

今の十代の人気アーティストがわかって面白い。僕は夏にまつわる歌をセレクションして歌った。奥さんは過去・現在・未来の歌を歌った。この母にしてこの子たち。

昨晩は三時間位歌ったので、子供たちがヘロヘロになってたのが可笑しかった。体内のさまざまな感情を表現することは、きっと心身にいいのだろう。

帰りのクルマで、夜風が気持ちよかった。また歌おうね。

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2006年8月 3日 (木)

NIKE FREE で自由になる

あこがれのNIKE FREEをGetした。昨日から履いてる。すごい!これはすごい!“裸足”に近い感覚。日本の“足袋(たび)”はこんなかも。

Google Videoではこういうプロモ映像があった。⇒NIKE FREE

OUTSOLEがイエローで一番人気だと店員。「会社で目立ち過ぎない?」と店員さんに聞きながらも買ってしまった。やっぱり人気のモデルがいい。

目立つのは嫌いだけれど、結局こういうスニーカーを職場で履いてるコト自体、変ってるかも。けれど他人の目は気にしない。気にしない。むしろこの夏のフットワークが軽くなればいい。

本当に快適な履き心地。完璧。路面の情報が全て脳に伝達される感じ。そして運転に抜群にいい。アクセルとブレーキングのフットワークが手を使ったように発揮できる。

いいGearは人を解放してくれる。

今日もNIKE FREEでいこう。歩くことが楽しくなる。

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2006年8月 2日 (水)

【感謝ー200回】ー人生の朝

昨日で「ダーリンのコーヒータイム」の記事が200本になりました。ここまで続けられたのは読者の皆さまのお陰です。ありがとうございました。本当は美味しいコーヒーを無料で淹れて差し上げたいのですが、Web5.0位にはそういうコトができるようになるのでしょうか?

せめて朝の素敵なコーヒーの香りをイメージしつつ、また楽しい寛ぎの時間を目指してこのblogを続けていきたいと思います。

どうぞ宜しくお願い致します。[店主・チャーリーご挨拶]

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季節は空からやってくる。キリコの塔から表参道の空へと、空は繋がる。夏の空。白い雲。

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朝の木洩れ日。ドトールの外。たそがれの月。自然は奇跡に満ちている。

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夕闇。三日月ロック。人工の太陽。天空は人の世界を見詰めてる。そんな気がしてる。

あなたの一日が素敵でありますように。

【感謝ー100回】ー人生の朝~記事

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2006年8月 1日 (火)

月曜のKick off

昨日は久しぶりに大学時代に出会った親友から連絡をもらった。昨秋会って以来だから7~8ヶ月ぶり。連絡をもらった時に合う主義の僕は即決。

やっぱり友だちはいい。それぞれがいろいろな問題をかかえていても問題を突き詰めないで、やり過ごせる。まあ何とかなるさ。そういう希望と勇気が湧いてくる。

お酒を飲みたくない僕はトニック・ウォーターをお代わりした。二人でJAZZを聴きに行った。昔はじめてJAZZライブに連れて行ってくれたのが彼。六本木の「バレンタイン」という店だった。今でもあるだろうか・・・。

銀座にはシャンソンやJAZZを楽しめる店がある。大人の街なのだと再認識。果たして僕は“大人”の資格があるだろうか。随分、規格外の人生を歩んできた気がする。

JAZZを楽しみ、それからコーヒーを飲みに行った。おしゃべりして自分のクルマで彼を自宅まで送ってから帰宅した。

涼やかな宵闇。JAZZのお店で、<I’m walking>という歌を聴いた。失恋しても、私は生きてるわ・・・という健気さが心地よい歌だった。

そう、We are walking. 僕たちは何とか歩いてる。決して格好よくはないけれど。でも幸せだ。

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8/1 今日は「画二メ」発売日

がにめ。静止画をモンタージュしたショート映像作品。幻冬舎から本日8タイトル発売。自分が関わった作品があるので今日は記念日。(少し長いので飛ばし読みを。)

天野喜孝氏と葉祥明氏。才能豊かなビジュアリストにお世話になった。2004年5月が企画の発端で足掛け2年以上。Time goes by.得がたい経験をした。作品は私情をはさまない。けれど作品よりも自分の人生の方が大切な作品だということを、この経験は教えてくれた。

●天野喜孝氏「Fantascope~tylostoma」(ファンタスコープ~タイロストーマ)。 ⇒プロモ映像

大学の恩師が『幻燈の世紀』という著書を上梓された。フランス革命後、幻燈機による教訓劇がパリで盛んに行われたという。「ファンタスコープ」という言葉には詩的な喚起力があった。そこで天野先生の作品群にその名を冠した。暗幕に映される骸骨や幽霊が当時の民衆に革命の恐怖を呼び覚ましてたという興味深い史実。ファンタジーを目指す天野先生はワーグナーの「さまよえるオランダ人」からインスパイアされ絵の構想を練った。DVD企画のずっと前にこの企画は絵画として存在してた。だから正確には足掛け3年以上係わってた。やれやれ。

●葉祥明氏「葉祥明美術館 LINE」。 ⇒プロモ映像

絵本作家として著名な葉先生。何百冊もの素晴らしい仕事。80年代からバブル期にかけて油絵に向った。売る為にではなく生きる為に。思索を深めるために。映像化にあたってその油絵をテーマとして僕に預けてくださった。

昨日久し振りに2作品を見た。特に葉先生の「LINE」は心に染みた。葉祥明氏のオフィシャルHPで買い求めることができる。⇒こちら

僕の時計は既にずうっと未来に長針も短針も動いてしまってる。新しい映像の世界に挑戦するのは少し先になるだろう。

どのような苦労も全てが自分を養ってくれる。全てのことに謙虚に感謝したい。今日は自分が新たな地点に立ってることを知った穏やかな一日・・・。

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2006年7月29日 (土)

For Karen Carpenter

1983年に世界があなたを失った時、世界はまだ知らなかった。本当の意味を。

あなたはその世代最高の女性シンガーだった。完璧な音程を保ってワン・フレーズでオクターブを歌うことが出来た。

しかし稀有なピュアな歌声の影であなたが心を深く痛めていたことを知ろうとしなかった。心を痛め孤独を知ってたあなたは、自分に天賦の音楽的才能があることを最後まで知ろうとしなかった。

今でもあなたの歌声はひとりぼっちの孤独をいやす。あなたがひとりぼっちだったから。あなたと兄のリチャードもまた苦難の青春を生きたから。

いまでは誰もがあなたを愛してる。そしてあなたの歌声に励まされ生きている。

それを天国のあなたに伝えたい。

1983年に世界が気づくべきだったことは、あなたが世界の永遠の恋人になったというその事実。

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2006年7月28日 (金)

カレンの歌声ースーパースター

週末には「カーペンターズ」を聴こう。昨晩FMから「スーパースター」が流れた。こころにたくさんのことが流れ込んできた。

僕はカレンの死をしっかり悼んでいない。そのことに気が付いた。

彼女の透明な歌声は時代の中でいまでも僕の胸に響く。あまりに純真な魂(たましい)には生きにくい時代だった。けれどもし今、生きてくれてたなら。時代はこころを大切にする方向へと向かってる。このままではいけないと誰もが思ってる。一国の宰相以外は。

週末、しっかりとカレンの歌声を聴いてみよう。

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2006年7月27日 (木)

週末のお楽しみはこれからだ

今朝は3時頃に起きてしまった。9時ごろに寝てしまってるので無理もない。唯一の悩みは次男坊との「生活の不一致」。僕が寝た頃、塾から帰ってくる。いつも寝顔しかみれないよ~ん。ますます黒くなってる。特に昨日の太陽はこんがりチョコレート色に焼いてくれた。安らかな寝息を聞いてると安心する。僕が命をかけて守るものは、この安らかな眠り・・・。がんばらなきゃ。

さてビデオ屋のバーゲンが5時で日付変更するので4時半頃行った。海辺の町は濃霧。あまり考えずに自分の潜在意識が選ぶDVDを尊重。バスケット・イン。

「エンジェル・オブ・アメリカ」(1巻~3巻)。②「キャスト・アウェイ」。合計4本借りた。いつも見れないDVDがでてきて、それを延長するので結局バーゲンは高くつく。けれど①「エンジェル・オブ・アメリカ」は収穫だ。週末のお楽しみにしようっと。

マイク・ニコルズ監督。ロシア系移民。ジャンヌ・モローの旦那。けれど一般にはダスティン・ホフマンの出世作「卒業」の監督。アカデミー賞ウィナー。この間の「クローサー」も良かった。

あまり知られてないけれど、アート・ガーファンクルとキャンディス・バーゲンとJ・ニコルソンの出てる「愛の狩人」がいい。舞台劇。そうそうアン・マーグレットがいい。マイクは演出の腕がいい。「エンジェル・・・」はエミー賞受賞。劇映画3本分の製作費をかけて造られたTVドラマである。パシーノがでてる。他の情報はいれてない。

人生、お楽しみはこれからだ。

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apple ipod はすごいなあ

昨日の渋谷・公園通りは夏だった。女の子たちはビーチに行くような格好で闊歩してた。向かうところ敵なしの♀、多し。

appleの直営店でビジネス向けpodcastセミナーを受けた。目からウロコ。ぼろぼろ。sonyのwalkmanがやられたのは端末(ipod)の領域だけではなかった。sonyの提唱してたvalue chainを、実践したのはappleだった。

appleのアイデアは、若者が音楽を楽しむことをi-tune upすること。ipodはoutput端末に過ぎない。本質はiTunes Music Storeにある。sonyがクオリアを造ってる間に勝敗は決まってた。invisible continent(みえざる大陸)とはよくいったもの。appleの逆境がappleを強くした。生残るために必死で勉強したんだ。

このipodにpodcastがダウンロードされた時、また新たな大陸が生まれる。

決してproudになってはいけない。学ばなくては。

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2006年7月26日 (水)

You Tube いまそこにある未来

現在、過去、未来という時間のディメンションは西欧のもの。日本人は古来から今(いま)を刹那として大切にしてきた。そして未来は今の中にすでにある。

YouTubeという動画配信サイトが人気。日本でも爆発的にアクセスが増えていて、すでにGYAOは逆転された。これから日本でも続々と動画投稿サイトが出てきそうな気配である。

You Tubeは、とにかく面白い。この面白いというのが最も重要な参入障壁。著作権なんてクソ食らえ、という乱暴さがいい。とにかく常識人からでてくる発想ではない。日本のTVプログラムからもかなり投稿されている。凄いコトになってる。

きっとこの先に未来はある。

□本日のStudy.

YouTubeは⇒こちらから

これについての情報ソースの⇒ひとーつ  
ふたーつ

そしてつまらないフジテレビのワッチミーTV

おもしろいblogは⇒こちら

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2006年7月25日 (火)

動画像をあなたの胸に

PSPに動画像をMPEG-4 AVCで取込む最短の手間いらずの方法は、SONYメモリースティックビデオレコーダー(MSVR-A10)を購入し1GB以上のメモリースティックPROデュオにお手持ちの動画像や録画出力から映像を取込むことだ。研究の上、一番コスト・パフォーマンスの高い方法はこれだった。appleとSONYの違いはSONYは僕に“研究”させたこと。もっとアプリケーション提案をきちんとすればPSPはもっと売れる。すごいマシンなのに惜しいことだ。

昨日、初めて電車の中でPSPで動画像を再生し、動画像のポータビリティを体験。

グレイト!

Psp1Psp2 頭で想像してた以上に凄い体験だった。音声がステレオで入ってきてそれに映像が加わるから意識は映像に取込まれる。僕の用意した映像は自分で研究用に造ったクリッピング映像集である。(写真はオーソン・ウェルズ監督の「市民ケーン」)

意識を吸い取るようにPSPが集めるのは、その液晶画面の大きさだ。

そしてPSPはジャケットの胸ポケットにすっぽり収まる。これは一種の革命だと思う。愛する映像をあなたの胸に・・・。

:STARBUCKS COFFEE 渋谷2丁目店にて記す

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シャンソニエ鳩ぽっぽ の夜は更けて

銀座のシャンソンのお店。HEART POPPOの「鳩ぽっぽ」。

まだ社会人になり立ての頃、TBSの音楽番組「オーケストラがやってきた」の公開録画を手伝ってた。広告代理店がまだ夢を売ってた時代のことである。

Logowh 公録会場の司会者が僕の人生の先輩。そう勝手に決めてた。結婚が決まった僕はこの方に披露宴の司会をお願いしにいった。勝手な若造である。彼の経営するその店ではシャンソンの歌い手でもあった。司会を快諾してくれ、駆出しの若造のために忙しい時間を割いてくださった。披露宴では心に残る素敵な司会をしてくれた。

けれど用意してた謝礼を、彼は決して受取らなかった。

それから22年。折々このお店を訪ねてきた。転職した頃は頻繁に通った。歌を聴きながら独り涙をこらえた夜もある。何も頼れない時にただ歌だけが希望に近かった。

Photo_197Photo_198 昨晩は大好きなロバート・山田氏の企画ステージ。シャルル・アズナブールが82歳で来日するそう。それにちなみアズナブールの歌を特集。「思い出をみつめて」という歌では「わが友よ、わが恋よ、わが仲間よ~」という歌詞が。そう、人生で一番大切なもの。今でも年齢を重ねた店のオーナーは歌ってる。毎日休まずに。

僕らの披露宴を最後に締めてくれた彼の演出を思い出す。「結婚しても男と女でいてほしいもの」。そういって何の前触れもなく「愛の賛歌」を歌い始めた・・・。

そんな素敵な振舞いを、僕も若い人に捧げられるといいのだが。

ときめきの⇒愛っ!  わかりにくいHPだなあ⇒でも載せるよ

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2006年7月24日 (月)

新しい一週間がはじまる

雨の一週間になりそうだ。「ブレードランナー」か「セブン」の世界に住んでることにしよう。少しでも快適に過ごせる工夫をしてみよう。2006年の7月はこのようにして終わる。今度顔をのぞかせる太陽は、夏の太陽だ。

今夜は楽しい計画がある。

昨日の一日。息子と新しい体験をした。近所のネットカフェに行った。とても良かった。分煙されているので、僕は禁煙のルームを選んだ。シート席はソファがゆったりとしていて快適だった。冷房も丁度良く、僕はPCでblogを、息子は入念に選んだコミックを並んで座って楽しんだ。フリードリンクで本も読めて、ネットも使えTVもみれる。これで空気もいいのだから、きっとこれから御用達の店になる。

新しい体験は、人を活性化させる。

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2006年7月23日 (日)

「ワンダーランド駅で」 逢えますように

全編流れるボサノバ。聴いてるだけで心地よい。雨の日曜に似合うラブ・ストーリー。ボスC_wonderland_1 トンのワンダーランド駅をめぐる出会いそうで出会わない恋人たちのお話。(これ以上は映画をみてのお楽しみ。)

映画という形式で呈示されるドラマは現実が再構成されてる。Endへ向かってup-downを繰り返す。ジェットコースターのように。ハリウッド流の作劇術はそう。だから現実に近い映画の方が時としてドラマチックだったりする。 この映画はそのタイプ。だから面白い。

男女の出会いは永遠のテーマ。素敵だけれど男を近づけない主人C1029557公。すこしヒラリー夫人に似てる。知性が邪魔するタイプ。観客だけが運命の恋人を知ってる。やきもきする楽しみ。

きっとこの映画は、女性たちの支持を受けたに違いない。女の方がずうっと賢くて、男は浅はかであることを教える。その通り。しかしそんな男と女がドラマを紡ぎだす.だから面白い。

(曲名リスト)

ステイ(アストラッド・ジルベルト)
クロスド・パス(アート・リンゼイ)
トリスチ(エリス・レジーナ)
クリケッツ・シング・フォー・アナ・マリア
ワン・ノート・サンバ/イパネマの娘(ベベウ・ジルベルト)
セラピスト(ベベウ・ジルベルト)
コルコヴァード(アストラッド・ジルベルト)
スイーターズ
バイーア
キス
ブラジルの水彩画(エリス・レジーナ)
ヂサフィナード
フィナーレ(ベベウ・ジルベルト)
鷲鳥のサンバ

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雨の日曜日の朝は

今日一日をどうやって過ごそうか思案。図書館に行く。映画もみたい。スーパー銭湯もいい。雨に濡れる海の家もある。

2006年7月23日を私は忘れない。

~そんな一日にしたい。運命の一日。すべてが運命の一日。

テニス部員の息子をテニス部の先生から取り戻すチャンスが<雨>。これはテニス・ボーイを持った親ならわかる。

テニス・ボーイの一日。朝学校へ行き帰宅は7時前。土日は朝7時半出発帰宅は夜7時前。テニス・ボーイは集団行動。水筒2本。炎天下に屋外だ。肌はブロンズ色。歯が白くみえる。そうだ、息子を取り戻せ。

今朝はそのチャンスが巡ってきた。ドキドキ。6時半に連絡網が回ってくる・・・。もうすぐだ。

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2006年7月22日 (土)

My foolish heart

Jazzのスタンダード・ナンバー。夜道をクルマで走ってた。FMからスローなバラードが流れ出した。

The night is like a lovely tune
Beware my foolish heart
How white the ever constant moon
Take care my foolish heart

There's a line between love and fascination
That's hard to see on an evening such as this
For they both give the very same sensation
When your lost in the magic of a kiss
Her lips are much too close to mine
Beware my foolish heart

But should our eager lips combine
Then let the fire start
For this time it isn't fascination
Or a dream that will fade and fall apart
It's love, this time it's love
My foolish heart

For this time it isn't fascination
Or a dream that will fade and fall apart
It's love, this time it's love
My foolish heart
 

昔読んだ片岡義男の「吹いていく風のバラッド」を思い出した。文庫がペーパーバックにみえたあの時代ー。

20代の恋。幸福な蜜月。先に卒業した女はやがて「結婚」という確かなものを望んだ。学生の男にはまだ結婚がピンと来なかった。やがて女は男の許を去る。けれど二人は再会を繰返す。しかし結局、傷つけ合って別れた。いや別れるために傷つけ合った。最低の恋。どこにでもころがってる恋。

女は「もうあなたなんか愛していない」と云った・・・。男は若かった。額面通り受取った。女心などわからなかった。気づかなかった男はそれから何十年も経ってやっと知る。女があの時まだ愛してくれていたことを。実は女は奪ってほしかったのだと。

だから。Beware。用心しなさい・・・。二度と恋なんてしないように。用心して生きてきた。でもmy foolish heartを聴いて男は悟る。

どんなに用心しようとも、恋はするものではなく落ちるもの。

そして若い時にみえなかったこと、人生が有限であるということも。

こんな片岡義男の短編を読んでみたい・・・。

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2006年7月21日 (金)

BABYLON あるいはYumingの予言

YUMING VISUALIVE DA・DI・DAのLIMITED EDITIONのCDは1986年発売。僕はステージのライブをみたので買った。今のYumingに比べると簡素なステージ。けれどとても充実してた。

このライブ曲の中に「BABYLON」という歌がある。都会にでてきた少女が綺麗に変身していく歌でその舞台が東京BABYLONという設定。まだバブルが始まる前。当然バブル崩壊すらない頃の曲。今朝、このアルバムにある美しいバラード「水の影」を聴きたくなってそのついでに十年ぶり位に聴き直した。この「BABYLON」はYumingの潜在意識が察知したバブルの予感と崩壊のイメージである。

浮遊するような少女の夢。都会にでてきて友もできて綺麗に女になっていく。それらが主体的にではなく“受動的に漂うように”告白される。この浮遊感覚はバブルの頃に自分の味わった感覚に近い。崩壊した古代都市BABYLONの栄華の極点のイメージに重ね合わせられた曲である。

バブルを経験しなかった者に、あの狂乱はイメージできない。それは革命前夜を生きなかったものに甘い生活は送れない、という台詞に通じる。多くの人々が一時の欲に溺れそして失墜した。再起不能になった人は数知れない。僕もまた膨大なお金を操る経験をさせてもらった。墜落する恐怖もまた。しかしなんとか生き延びることができた。

あの時代にわからなかった事が十年以上時が経つとわかる。そういういうことだ。あのバブルは僕たちの時代の戦争だった。結局は金融戦争に敗退した。それから失われた十年を送ることになる。

この国は蓄財する年寄りが金融政策のTOPに居座る国。生きる時間に使いきれない富をためる愚者。僕たちはお金に支配されない豊かなこころと生活を自分たちの手で取り戻さなくてはいけない。でもお金は大事だよ。もっとほしい~。

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誰かに見られてる を深夜見てしまった

<SOMEONE TO WATCH OVER ME> が原題。リドリー・スコット監督の隠れた秀作。「エイリアン」の後、NYを舞Kdfbgzeg台にしたロマンチック・サスペンスを仕上げた。原題はジャズのスタンダード・ナンバー。冒頭はスティングが歌う。“お洒落”という言葉はこの映画のためにある。

本家アメリカでもほとんど宣伝なしに公開された。しかしとてもエレガントでビターな大人の恋の物語。トム・「プラトーン」・べレンジャーがシャイでハンサムな刑事役。ミミ・ロジャーズはグレイス。べレンジャーの妻役の新人女優もいい。

大富豪の女性と護衛の刑事の短くも運命の恋。身分違いのディテイル描写が丁寧。それに夫婦の愛が協奏する。リドリー・スコットが「大人の恋はこういう風に描くものさ」と云ってるような余裕の仕上がりだ。

D111556471_1OpeningのNYの夜景の空撮は、リドリー自ら行ったという。クライスラー・ビルが銀の蜀台のように美しい。とにかく全てが美しい。不貞すらも。

しかし愛してしまうことは不貞だろうか?彼は奥さんも彼女も同時に愛した。しかるに愛はトラボ~・・・。つまり、べレンジャーは稀有な幸運に恵まれた男といえる。勝手にすれば・・・。けれど彼の切なそうな顔がいい。

そんなことは現実には滅多にないだろうから、この映画はケーキのように楽しめばよい。

禁断の蜜の味というものもある。

(霧雨の午後、歩きつかれてTULLY'Sでコーヒータイム。全身エビアン水を噴霧されたビジネスマンの僕。なので書いたのに公開し忘れた。人生なんてそんなもの)

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2006年7月19日 (水)

最近のCD レコメンド

お気に入りのアルバムはその都度限られるけれど、この一ヶ月のマイ・フェイバリット・アルバム。

◎心の苦しい人にお勧めのアルバムBest: 「そよ風の頃~アンドレ・ギャニオンの全て」(ビクターエンタテインメント)

但し良心の痛みには効能ありません。

◎仕事が終わってcool downしたいときに: 「ジャズ・サンバ」(ユニバーサルミュージック) <スタン・ゲッツ&チャーリー・バード>JAZZ SAMBA  STAN GETZ CHARLIE BYRD

ゲッツのサックスが天使のように囁き、歌う~。

◎官能的な気分にひたりたい夜に: 「小松亮太/バンドネオン・ダイアリー」(ソニー・ミュージック)

恋人同士で夜聴いたらその後の保障はいたしかねる・・・。なんちゃってCD。小松亮太さんが息子のために造ったという「夢幻鉄道」(2曲目)は名曲。バンドネオンの官能性は全編に。

アンドレ・ギャニオンはAmazonで購入。他は何度も借りるので買ったほうがましのCDをご紹介。機会もしあれば。

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2006年7月17日 (月)

魔法のコトバ とは?

スピッツのマサムネさんの声は本当にせつない。詞もどうということはないのに、いい。

Spitzスピッツは『水色の街』で、まいってしまった。丁度電車に乗って橋を渡っているときだった。「川を渡る 君が住む街へ~」とマサムネさんのボーカルが入って、「会いたくて~」のサビの処でそのままスピッツのファンになった。

ずうっと青春してる人たちなんだろうか?少し掠れていて不思議な声質だ。でもそれは青春の甘酸っぱさを感じさせる。僕は青春はとっくの昔に終わったけれど、若者は今でも<青春>という言葉を使うのだろうか?

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2006年7月13日 (木)

「ピアノ・レッスン」 BOW30映画祭から 

原題:THE PIANO。今夜借りて観た。数年ぶりに唸る。類稀なる傑作。

カンピオン監督は♀。“皮膚”と“触覚”で性愛を描く。男性には絶対発想できない描写が随所に。世界の認識の仕方が♀と♂では違うのか。

200pxthe_piano ハーベイ・カイテルは野生の獣。裸体はゴヤの絵画のよう。その眼はホリー・ハンターを獲物のように舐める。「待て!」と静止されたワニのよう。食べたいっ。「お前のことで頭がいっぱいだ」「俺は苦しい」獣がそう訴えたとき初めて体を開くホリー・ハンター。生贄に捧げる肉。その豊かな背面。二つの白い丘陵。キャメラは愛撫する。

こういう描写で描ける日本人監督はいるだろうか?結局人間の本性はこういう処で暴かれる。どのように富を得ても真の豊かさとは別。

この映画は問いかけるー「あなたのPIANOは何?」

D111405661 PIANOは象徴。主人公エイダはそれにより一度死ぬ。そして復活した。復活には愛がいる。PIANOはエイダを殺しそして生かす。運命を形成するkey factor。

エイダがピアノの鍵盤に指を当てる時が最も官能的だ。官能とは生そのもの。生は性。

The さて僕にとってのPIANOとは何か?

それはわかってる。多分・・・。

「ピアノ・レッスン」の予告編はこちらで⇒ニュージーランド

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2006年7月12日 (水)

アンドレ・ギャニオンと平原綾香 点と線

今日Amazonからアンドレ・ギャニオンとスタン・ゲッツのCD2枚が届いた。①「そよ風の頃~アンドレ・ギャニオンのすべて」②STAN GETZ「anniversary」。

アンドレ・ギャニオンのことは全く知らなかった。とても美しいピアノのAp1 曲が喫茶店で流れてた。「これって誰の曲ですか?」「何という曲ですか?」。♀の店員さんが丁寧に教えてくれた。「私もTSUTAYAでダビングしました・・・」「はあ?置いてあるんですか・・・」しかし早速Amazonで注文。ついでにSTAN GETZもGet!(←シャレのつもり・・・です)。

放送作家・小山薫堂さんは語る。「朝日のような旋律と、夕焼けのような音。なぜに彼は、僕の記憶を紡ぐのか?」懐かしい曲想。さすがピッタリ。

こころに悩みや苦しみを抱える人には癒しの音楽を。僕にも悩みくらいある。「めぐり逢い」という曲は胸に沁みる。時間が静かに本来の自然の流れに変わるようだ。僕たちは身の回りの世界を豊かにしようと努力してるだろうか?・・・内省の気持ちに戻る。

そんな事を考えながら Gagnon氏のhpを見ていて、平原綾香さんのデビュー・シングル「明日」の作曲は彼だということを偶然知った。たった今、見えない点同士が線で繋がった処である。

平原さんの「明日」は「ジュピター」よりも初々しい。Jupiterはブレイクし平原さんは一躍ビッグに。「明日」は後にTVドラマ「優しい時間」に採用されたという。

青春を始める女性の明日を歌ってる。

同じ魂は同じ魂を引き寄せるのだろうか?

◇平原綾香さんの記事へ⇒ここじゃ

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DIRTY OLD MAN な朝

さらば夏~サザンの桑田さんはこういった。「助平親爺で行こう」。8月頭の新曲は「DIRTY OLD MAN~さらば夏」歌われる僕も聴かなきゃ。

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月を指し示すのにその指先だけを見る愚者よ。仰ぐべき理想や夢を見よ。おはよう空と海。

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Photo_105 君はひとりで何を見る?君の瞳に世界が映る。沖の雲。世界は君の鏡。しかし鏡は時として壊れる。

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けれど空も海も壊れない。一日として同じはない。彼らはいつも僕らを受容する。遠くキリマンジャロが見える。モカと区別はつかないから。富士とて同じ。

大気はふっくらと潮の香りを含む。今日の熱さを予告する。“梅雨明け宣言”して早や一週間。専門家のやることは依然として遅い。誰も文句はいわないよ。午後は雨が降るそうさ。雨だってそりゃ降るさ。

Please declare the glory of summer. Let's begin to swing the Melodies of Love !

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2006年7月11日 (火)

村上春樹とスタン・ゲッツと

村上春樹がジャズ喫茶「ピーター・キャット」を経営してたのは1974年(25歳)から81年(32歳)まで。77年に国分寺から千駄ヶ谷に店を移した。一度だけ友人と千駄ヶ谷のお店に行ったことがある。

79年に「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。81年までの約3年間、そのどこかの一日。村上春樹がスノッブに注目され始めた頃で、既にお店は結構混んでいた。

村上春樹は同じ大学の同じ学部学科の先輩だったので、面識はないのに親友と僕は興味を持っていた。

お店のカウンターに座った僕は見てはいけないものを見た気がした。昼間から恋人とワインを飲む女性が静かに涙を流してた。ロングヘアの大人びた女性。距離5m位離れた処で。悲しいから、という理由ではなくワインの酔いが涙腺の安全ピンを引き抜いてしまった、みたいな涙。表情は穏やかだった。連れの男性のことは全く記憶にない。店内に流れていたJazzのことも。

今日の昼休み、図書館で本を読んでたら、突然女性の嗚咽する声が聞こえてきた。顔を上げてみると10mくらい向うのテーブルで、女の子がハンカチで口を押さえていた。

いろいろな処でドラマは生れ、そして時は過ぎていく。

彼の『1973年のピンボール』で主人公の「僕」は1951年のスタン・ゲッツが最高のジャズ・バンドだと絶賛してる。なぜゲッツか?それはゲッツが麻薬とアルコールに蝕まれながらも、彼の音楽が天使のような優しさを失うことが一度もなかったから。村上春樹はスタン・ゲッツこそ「ジャズ(the Jazz)」なのだと語る。

僕は村上春樹の影響でゲッツを聴いてる訳ではないけれど、彼が「天使のような優しさ」と喩えたことを今日知ってうれしかった。彼と同じ森の住人ではないにしても。

今日の昼食はカニあんかけチャーハン+春雨中華サラダ。〆て780kcal。400円也。

この大学ともまもなくお別れ。正門脇の守衛さんが深く挨拶してくれ、図書館の女性司書が黙って挨拶してくれる。お別れしなければならないのが、ちょっと寂しい。

僕は今でも静かに涙を流せるだろうか。

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「気狂いピエロ」 BOW30映画祭から

十代でもし出会わなければ、僕はもっと真っ当な人生を歩んだろう。けれど人生の真実からは遠く離れただろう。

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「気狂いピエロ」ーPIERROT LE FOU(1965)。「きちがいピエロ」っと読む。ゴダールの伝説を彩る傑作。映画監督サミュエル・フラーが実名で出演。「映画とは?」と質問されこう答える。

“映画は戦場のようなもの。愛、憎しみ、アクション、暴力、死。ひとことでいえば感動emotionだ”。

これを聞いたJ・P・ベルモンドはゴダールの愛したアンナ・カリーナと南仏へ逃避行。ひたすら破滅へと失踪する。男の片想いをこれ程昇華した映画はない。ゴダールのアンナ・カリーナに対する恋情が切ない。

彼女のクロースUpのカットが少し長い。恋する男の眼差し。結局ゴダールはカリーナに振られ、この映画を造ることでしか彼女と係わる術がなかった。そのいじましさ。純情。映画史に残る傑作はこうして生まれる。

これは青春映画ではない。

映画の青春である。

■BOW30映画祭で上映。B est O f the W orld。

□「気狂いピエロ」の予告編もみれます⇒こちら

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2006年7月10日 (月)

青年は荒野をめざす

五木寛之氏のこの初期小説は昭和42年3月から10月にかけて「平凡パンチ」に発表された。(僕は後でハードカヴァーで読んだ世代。)

Photo_84この小説が当時の青少年に与えた影響は大きかった。文藝春秋の大ロングセラーとなった。フォーク・クルゼダーズが同名の「青年は荒野をめざす」という歌をつくったのも五木さんのこの小説へのオマージュだ。

JAZZ AND FREE GO HAND IN HAND.

Photo_85「青年は荒野をめざす」の英語タイトル。五木氏自ら造ったポスターにそれはみえる。ジャズに対する五木氏の深い思いが小説に色濃く投影されている。二十歳になったばかりの僕はそれを読み過していた。主人公ジュン(20)のナホトカ号に乗ってソ連から北欧へと辿る青春の冒険に夢中になっていた。

五木さんのこの小説の頃から、北欧は日本に近くなったろうか?むしろ遠くなったと感じる。日本は急速にパックスアメリカーナを強化した。一国の宰相がプレスリーの私邸にエア・フォース1で飛びハシャグ姿を呆れて眺めてる。公私のケジメをつけてほしい。アメリカ人にとっても同じ思いだろう。

音楽はHMVやAmazonで購入するマテリアル。でも、生(なま)で生み出され、楽しむ文化体験であり続けたい。いつの間にか僕の音楽はウォークマンや携帯やipodの中に収まりかけていた。音楽は耳だけでなくもっと大きく体で感じるもの。そう改めて思うようになった。

スウェーデンやデンマークへの旅は今でも少し冒険。今日借りてきたSTAN GETZのアルバムは『STAN GETZ IN STOCKHOLM』。やはりSTOCKHOLMと言う言葉にキャッチ・アップされてしまった。

僕はいずれスウェーデンに行くだろう。北欧のクルマや家具、イングリット・バーグマン、グレタ・ガルボ、そしてベルイマン・・・。スウェーデンの生み出したものへの畏敬・尊敬と共に、彼らの築き上げた社会はこれからの日本人の進むべき道を照らし出すと思う。本当の豊かさを考えていけば・・・。

Photo_86五木氏が示した青春の冒険から遥か遠くまで歩いてきた。しかし青春とは過ぎ去っていくものだろうか?

一冊の本との再会はいろいろなことを考えさせる。

これから僕と共にある音楽はJazzになるかもしれない。そんな予感がしてる。

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2006年7月 8日 (土)

海は霧にぬれて

いいライブを聴くとぐっすり眠れる。今朝の海は朝靄に包まれて穏やかだった。ルネ・クレマンの「パリは霧にぬれて」という仏映画を思い出した。昔の映画はいい。これは霧にむせぶパリの運河をフェイ・ダナウェイの目線で移動する冒頭のシーンが美しかった。霧は現実を幻想にかえる。

Vfsh0083_2Vfsh0087Vfsh0088_1明け方から海辺へ。女性が散歩している。何を想いどこへ向かうのか?朝日は靄の彼方。

Vfsh0089Vfsh0090_1太陽の追跡。地上は眠りについたまま。クルマも人も土曜の朝の眠りを楽しんでいる。僕は朝回り。週末の体重計は丁か半か。

Vfsh0092信号機のミドリのおじさん。帽子を被っている。あやしいぜ。その腕の振り方もね。君は誰?どこへ行こうとしてる?きっと誰の頭上にも太陽は等しく恵みを与える。

週末の朝。今朝のように煙る朝はBOSSA NOVAが似合う。

◇マイケル・フランクスの「アントニオの歌」。この歌はアントニオ・カルロス・ジョビンに捧げられた。

誰のもとにも週末は届けられる。それを僕は始めようとしてる。

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2006年7月 7日 (金)

七夕の晩 歌姫の歌を

聴きにサーフショップGODDESSの2階のカフェへ。「ミディアム・カフPhoto_68 ェ」。僕のDIVA(ディーヴァ/歌姫)がサプライズ・ゲストで出演する。Jazzを聴きたい母と家内を伴って潮の香りのお店の前にクルマを止めた。

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近所の僕たちは暮れなずむ夕べ、ステージが始まるのを待った。窓からサーファーのスラロームの見える店。都会では叶えられないロケーション。

キャロル山崎さん。一昨日の晩、六本木・サテンドールのライブで。大人の歌を聴かせてもらった。その女性(ひと)が近所に来る。近所の住人として行かないでいられようか?しかも七夕の晩である。

ライブが始まる前、キャロルさんは少し緊張してる母や家内にフランクに接してくださった。リラックスできたのはキャロルさんのお陰。海辺の空気は人を優しくしてくれる。けれど本当はキャロルさんの方が優しかったのだ。海よりも。

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僕が何故Jazzが好きなのか、わかった。この音楽は全てのミュージシャンが主役になって音楽を生み出す。誰のためよりもまず自分の喜びのために。それが聴衆に伝わってくる。音楽を紡いでる人の顔は美しい。

最後はフロアがダンス・パーティーの会場と化した。

Live010キャロルさんはゲストとしてStar Dust とMoonlight serenade、2曲を歌ってくれた。僕たちはもっともっと聴きたかった。でもそれはまた聴きに行ける口実を貰えたこと。

年に一度の七夕。ベガとアルタイルよりきっと幸せに違いない。

母の楽しんだ笑顔と感謝の言葉。それはとても幸福な夜になった。

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7月7日、晴れ

七夕の早朝。海も空も夏。

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今朝の空は大パノラマだった。海に朝霧がたなびく。

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Vfsh0050_4太陽の高度が上がるにつれ、空の色が変わってくる。天国まで10m。

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こう進め。ガイドラインは道路にだけ。人生はあなたのお気に召すまま。

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サーファーは海に。僕は山へお仕事へ。

帰宅して、DREAMS COME TRUE のLOVE UNLIMITEDを聴きながら仕度。9曲目ー「7月7日、晴れ」。

奇跡は起きなくても ベガとアルタイルが会う 今夜は

晴れるように祈ろう・・・

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2006年7月 6日 (木)

サテンドールの夜 Jazzライブ

SATIN DOLL。六本木の老舗Jazz club。今夜友だちとライブに行った。サテンドールは天井が高くてとても気持のいい空間だった。  

→サテンドールhp

7:10pmのライブ直前にお店に入ると一杯だった。お店の人が忙しいようで入口のレジの前で待ってても誰も気づいてくれない。レジの奥のカーテン越しに女性の気配があったので「すみませんが・・・」と声をかけると、素敵な女性が顔を出してお店の人に声をかけてくれた。

今夜のライブは河野三紀(P) Quintet。増田ひろみ(As) ジャンボ小野(B) 太田朱実(Fl) 滝幸一郎(Ds) ゲスト:キャロル山崎(Vo)。

童謡「月の砂漠」を<Moon Desert>という。洗練されて聴こえた。Photo_51 Photo_52 中盤にゲストが紹介された。今宵の歌姫(ディーバ)の登場。うむ。・・・やっぱり、先程助けてくれた女性が。一瞬目の前にいた女性が今、ステージで輝いている。

目が合ってしまった。そんな気がした。こんにちは。

キャロル山崎さん。スポットライトを浴び歌う姿は華があって素敵Photo_54 だ。魅了された。懐かしいJOE SANPLE(ジョー・サンプル)の「Melodies of Love」を歌った。最後の曲は「Good Life」。

歌を歌う。楽器を演奏する。人間はなんて魅力的な存在なんだろう。ライブでは音楽を「見る」ことができる。

僕はトニック・ウォーターをオリーブで。Nonアルコールなのはクルマだから。友だちをクルマで送ってから夜の高速をぶっ飛ばして帰還。サテンの夜。よし、また夜遊びするぞっと。

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2006年7月 5日 (水)

ショーシャンク 図書館・分室、完成!

映画『ショーシャンクの空に』は生涯の映画。その中の素敵なエピソPhoto_47 Photo_48 ードにアンディー(ティム・ロビンス)が刑務所の中で図書室造りを目指す話がある。何年もかかって立派な図書室にしていく。そしてここからモーツアルトの「フィガロの結婚」の天上の音楽がショーシャンクの空に響くことになった。重要な場。

Photo_50前々から小さなアイデアを温めていた。

家の中にささやかな図書空間をつくること。家族に本やCD、DVDを貸出。それぞれが楽しめる。そして返却。Photo_49自分を超えて関心領域・興味の対象が広がり視野もまた広がる。・・・そんな夢を昨日実現した。

たった30分で完成。

廊下設置の書棚の一角を整理し、そこに所蔵のCDやDVDを設置。閲覧可能に。子供向けにJpopを品揃え。映画は怪獣もの、アニメなどと分類。なんか格好がついてきたぞ。

夕食後子供たちを集め“内覧会”を実施。この図書室のポリシー、仕組と整理法・利用法を館長の僕から説明。結構反応は良好・良好。

早速、次男坊は「ガメラ」のDVDboxから解説書を抜き出して食後の読書。

朝起きてチェックしてみたら返却済み。

よしよし。

少しずつ、『ショーシャンクの空に』のアンディ・デュフレーンのようにこの図書室を拡張していこう・・・そういう野望をまだここでは誰も知らない。

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2006年7月 3日 (月)

ANTONIO CARLOS JOBIM:TIDE な朝

アントニオ・カルロス・ジョビンはボサ・ノヴァを世界中に広めた功労者のひとり。この「TIDE(=潮流)」はその全盛期1970年の録音。名アレンジャー・デオダートの名前がうれしい。

昨晩久しぶりにスーパーな銭湯に行った。体重計に載って事態が深刻なのを知る。水も空気も制限を加えねば・・・。

そこで7月の方針は、早朝の散策に決定。雨の日も風の日もチャリで朝回りすることに。

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734_2732_2733_25:45am~6:15am。もう空も海も夏である。勝手に“梅雨明け宣言”した。

それにしても散歩の後の朝食はおいしい。

さあ、仕事にでかけよう。月曜の朝はアントニオのボサノヴァが太った精神と肉体に沁みる。“怠惰な”朝でなく“TIDE”な朝にするんだ。

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2006年7月 2日 (日)

STAN GETZ-CHARLIE BYRD/JAZZ SAMBA

スタン・ゲッツっていうと何故か村上春樹を思い浮べる。今朝ボサ・ノヴァやジャズが聞きたくなって、レンタルショップで手にしたCD。

Getz1_1 ◇スタン・ゲッツ&チャーリー・バード/ジャズ・サンバ

北米でのボサ・ノヴァブームとなった記念すべきアルバム。「ゲッツのサックスが暖かいトーンで軽やかに歌う」と帯にある。

Getz2 tenor sax(ゲッツ)が軽やかに艶やかに歌う。ゲッツのsaxは「歌う」という形容が似合う。

クルマで図書館へ向かう時CDプレイヤーで聴いた。土曜の朝の寛ぎと軽やかさ。こんなに週末の朝に良く似合う音楽もめずらしい。

いままでジャズやボサ・ノヴァを頭や耳で聴いてきた。ときにはハートで聴いた。けれど今朝はカラダの芯に響いてくる。そんな感じになったのは初めてだ。この間、ジャスのライブを楽しんだけど、それから体質が変わったようだ。ジャズ体質になったのか。

新しい音楽ジャンルが増えるなら、歳をとるのもいい。楽器もいつかやってみたい。そんな夢がGetzのsaxを聴いてると湧いてきた。

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2006年6月29日 (木)

小松亮太 「バンドネオン・ダイアリー」

Vfsh0031 久しぶりのMy boom、バンドネオン奏者・小松亮太氏の新境地「Bandoneon Diary」。情熱的過ぎて朝はミスマッチ。昼から深夜にかけて。クルマで聴くに良し。梅雨空を吹き飛ばす効果あり。

Vfsh0032_2 このアルバムは1曲目「私の愛しい蛇腹」から飛ばす。2曲目「夢幻鉄道」が少年心をくすぐり良い。3曲目の「リベルタンゴ~ヴァージョン2005」も名曲中の名曲。8曲目「ジャーヌーラ」は妖しい魅力。

9曲目「空色の瞳」。これまた妖しい。・・・。バンドネオンの響きは心の琴線をかき鳴らす。

タンゴといえばベルトリッチ監督の「ラストタンゴinパリ」。あのガトー・バルビエリのメイン・テーマも妖しい。パリといえば恋の都。その共同幻想の下で50年代のセックス・シンボル、マーロン・ブランドの彷徨。詩人ベルトルッチは絶望的な恋心と愛の孤独をタンゴの鋭角的な動きに象徴させた。(パリでタンゴ大会に出る話じゃナイナイ。)

いまの恋人たちはどんな音楽を選ぶだろう。バンドネオンを選ぶ恋人たちがいるなら、かなりアッチッチである。

Vfsh0002_3 YumingのNew Albumには哀しい思いをした。というのも彼女は僕たちが最初に発見した天才だから。素晴らしい曲がある。けれどAlbumは気持ちを鷲掴みにしてほしい。YumingこそがAlbumのConcept makerだったのに。レコード会社を儲けさせなくてもいい。CMなんかいらない。若者を無視していい。僕たちのためだけにAlbumを造ってほしいなあ。(「Forgiveness」はいい。)

2006年の夏を託すAlbumのひとつに、小松亮太さんのを選ぶつもりです。

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PSP の朝

Vfsh0017_3 PSPがやっと僕の手許にきた。今朝からいじくってる。SONY衰退論がかまびすしいが、「スパイダーマン」をつくったストリンガー会長を僕は信じてる。SONYを復活させてほしい。この小さなGearの技術的密度とデザインの美的完成度には素晴らしいものがある。SONYならではの完成度だ。当面はいつでもどこでも一緒に過ごそうっと。

ゲームはやらない。

Vfsh0018_2 何に使うかというと、映像のポータビリティ。いつでもどこでも映像を楽しむコト。<生活の隙間時間に映像をもぐりこませる>。それによって生活がどのように潤うかを研究してみたい。アップルのipodも映像のポータビリティが可能。音楽と共に画像が楽しめる。僕の入り口は、PSP。PSPの液晶モニターのサイズが気に入った。

今朝は静止画をメモリースティックDUOに取り込み、ビューワーとして使ってみた。やっぱりいい。自分の撮った写真ではないみたいだ。これを上手に使いこなして、スライドショーを上手に出来るようになりたい。鑑賞者は自分だ。

次に取組むのは動画の取り込み。DVDをリッピングしてPSPで見れるようだ。それを試みよう。自分の気に入った映画の気に入った部分だけをサンプリングして見れたら楽しいだろう、と考えている。

こういう風に書くと、僕はオタクみたいだ。

Vfsh0001_2 久しぶりに工学系の血が騒ぐ。文科系の手から元・映画部門のマネジメントの手に経営の移ったSONY。SONYのスピリットは技術屋になくてはならない。

さてと、仕事が始まる。夢の世界から現実に戻らなきゃ。

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2006年6月28日 (水)

坂本龍一 「トニー滝谷」 村上春樹

人生に豊かな<?>を投げかける。映画「トニー滝谷」のDVDがレンタルに出てる。大型店でも1本位しかないけれど。

Vfsh0009_1ロカルノ映画祭受賞。でも日本では関係ない。昨年、新宿の映画館で観た。イッセー尾形、宮沢りえ、そして語りの西島英俊がとてもいい。市川準監督の手腕は素晴らしい。

映画を劇場で観たのには訳がある。Jwaveで坂本龍一のテーマ曲と市川監督のインタビューを聞いてただならぬものを感じた。

Vfsh0010_2 坂本龍一のピアノの密やかな旋律は素晴らしい。この映画の豊かさをリードする。彼の曲を聴きたいがために劇場に足を運んだ。そして実際、その曲は耳に残った。

幸せな生活に潜む孤独感や哀しみ、喪失感。村上ワールドでお馴染みのテーマ。違うのは音楽家・坂本龍一(テーマ曲)*市川監督(映像造型)*イッセー尾形+宮沢りえ*西島秀俊(語り)の積分でハルキ・ワールドを超えた表現に高まる。

洗練された哀しみの映画。

文春文庫『レキシントンの幽霊』所収。ちょっと怖い短編集ー。

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2006年6月24日 (土)

ドルトムントの絶望? 

ジーコと中村俊輔へバッシングが始まった。

Vfsh0001_1 ドルトムントの絶望ー。スポーツは自己否定の連続。一々絶望してたら身が持たない。それは人生も同じ。都合よいフレーズ「ドルトムントの絶望」でW杯の文脈を語ると道を誤る。絶望は勝利を産まない。

Vfsh0004_1 もぐら叩きはゲーセンで。敗戦を糧(かて)に次の勝利を掴む。全て自分に還る。誇りを<埃>にするコトもまた。だから僕は玉田の先制ゴールに時間を巻き戻す。

ドルトムントの希望ー。ブラジルを本気にさせた一撃ー。

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2006年6月23日 (金)

敗戦直後の花金は

敗戦直後の一光景。大学の図書館は簡易宿泊所のようだった。机に突っ伏し寝ている女と男たち。図書館員に「今日は大勢倒れていますよ・・・」と告げたら、彼女は黙って静かに笑った。

Vfsh0033_2 カレー260円也。スタミナ焼き(500円)を平気で食べてる学生の頭をポカっとやりたい君がいる。アブねぇ。中田の放心した表情、その涙が甦る。

Vfsh0035 これが敗戦直後の平和か。冷静にみえた君の内に怒りと哀しさの混じった感情が流れていた。そうか、お前はそんなに悔しかったのか。

Vfsh0037_1 これが敗戦直後の空か。君の中に流れる血は行き場を失ってる。それにしても世界は何故かくも美しい?かくも速やかに「夢をありがとう」などと言えるものか?

Vfsh0039 これが敗戦直後の光か。苛立つ君の脳は、旺盛な食欲で狩猟を始める。週末の時間をサッカー以外で埋めたい。何をやりたい?その質問に脳は即座に解答しようとする。

借りもの一覧

①「ロード・オブ・ウォー」:LORD OF WAR

②「ニコラス・ケイジのウェザーマン」:The Weather Man

③「ブエノスアイレス」:happy together

④CD/小松亮太「ザ・ベスト」

⑤CD/小松亮太「バンドネオン・ダイヤリー」※

⑥CD/Yuming「A GIRL IN SUMMER」

Yumingには出来なかった。ただ小松亮太のバンドネオンの官能的な響きだけが夜を潤した。恋の記憶。していないはずの恋の記憶。アストル・ピアソラのリベルタンゴ。バンドネオンがすすり泣く。(※)

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2006年6月22日 (木)

小松亮太さんと難病「ムコ多糖症」

20060621235449 バンドネオン奏者として世界中で活躍中の小松亮太さん(←photo真ん中)の生声を、今朝のJwave「Morning Session」で聞いた。仕事先にクルマで向かう途中から聞き始め、結局駐車場でそのコーナーが終るまでクルマから降りられなかった。

今、彼が支援してる「ムコ多糖症」とのなれそめや彼の熱い思いに、僕の朝の眠気はふっとんだ。感動した。

<Jwave>HPでその音声を聴ける。HP左のタイムテーブルの8:20amからの「Morning Session」の帯をクリック。すると本blog(左上)の写真があってその下に♪メディアプレイヤーで聴く・・・とある。ここで番組の音声を聞けます(一ヶ月以内)。

小松さんの熱き想い、素晴らしい行動力、そして何よりも子を持つ親として「何かしてあげられることを」という無私の優しさに胸を打たれた。

1億3千万人いる日本で、300人しかいない子供の進行性の難病。だから国も製薬会社も“商売にならないから”誰も何もしようとしないという。

7、8歳の子供が関節が固まり動かせず最後には声を失い死んでいく・・・こんな子供の悲惨な死を小松さんは聞き流せなかった。

チャリティを、小松さんはし始めた。自分が出来ることだから。その心は「自分にも子がいるので、親の気持ちがわかるから」とさり気なく語る。

希少な難病だから、手を差し伸べない国家と、商売にならないから手を染めないマーケティングと企業論理。現代日本の“それをいっちゃあ、おしまいよ~”(寅さん)的状況が浮び上がる。極東の豊かな国家。勝ち組と負け組?自助努力?・・・オペラが泣くぜ。

これはシンボルだ。そう僕は思う。国(ボーダー)から放置された病に苦しむ子と親に、音楽というボーダーレスの世界から救援の志が届く。

これからはグローバル・スタンダードで弱肉強食、成果主義、マニー、マニー、競争戦略だ?  もう騙されないよ。

本当はすべての人間のこころに響くものこそ、グローバル・スタンダードである。

小松亮太さんのバンドネオンはとても官能的な響きです。

命耀ける毎日

コンサートイマジン

足立よみうり新聞

読売オンライン

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2006年6月20日 (火)

アメリカ映画音楽ベスト100

昨晩BSで『アメリカ映画音楽ベスト100~AFI(アメリカ映画協会)選出~』(2004)をon airしてた。

原題:AFI'S 100 YEARS 100SONGS、副題:AMERICA’S GREATEST MUSIC IN THE MOVIES。トラボルタが司会で大勢のミュージシャン・スターが出演。映画の名シーンもダイジェストでふんだんに楽しめた。

■Best10■

□10:サウンド・オブ・ミュージック/THE SOUND OF MUSIC-「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)□09:ステイン・アライブ/STAYIN' ALIVE-「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977)□08:追憶のテーマ/THE WAY WE WERE-「追憶」(1973)□07:星に願いを/WHEN YOU WISH UPON A STAR-「ピノキオ」(1940)□06:ミセス・ロビンソン/MRS.ROBINSON-「卒業」(1967)□05:ホワイト・クリスマスWHITE CHRISTMAS-「スイング・ホテル」(1942)□04:ムーン・リバーMOON RIVER-「ティファニーで朝食を」(1961)□03:雨に唄えばSINGIN' IN THE RAIN-「雨に唄えば」(1952)□02:時の過ぎゆくままにAS TIME GOES BY-「カサブランカ」(1942)□01:虹の彼方にOVER THE RAINBOW-「オズの魔法使」(1939)

アメリカ映画は、まだ歴史の浅い国アメリカの唯一誇れる最大の芸術分野であり、世界に向けた戦略輸出産業でもある。100作品を駈足でみてそれがよく判る。

グローバル・アメリカナイゼーションのための戦略PRツールとしても、アメリカ映画は世界中に展開された。<American Way of Life>を僕らは映画で教わった。僕も多大な影響を受けている。

アメリカは繰返し「希望」を歌う。「希望」-それは本当に素晴らしいことである。

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2006年6月17日 (土)

禁断の映画「憂国」

注文して翌日(今日)到着。「幻」の映画はこうして僕の手許で「リアル」になった。amazonからというのが今っぽい。

Vfsh0144 取扱注意。本当に。僕は開封したけれど、まだ観ていない。どのタイミングで観ればよいのか。僕が観るには何らかの儀式(イニシエーション)が必要である。

Vfsh0146 真面目な仕事のDVDパッケージ。三島由紀夫自筆の「憂国」と題された小冊子(P40)。三島の「製作意図及び経過」と題された貴重な創作ノートは収穫だった。

大勢の人々の助言を経て、三島は彼の核心のテーマを映像化した。その経緯が本人の筆で描かれている。三島がこの映画製作に賭けた思いと興奮が伝わってくる。その無防備な程の思いが、僕には切ない。

やはり、三島の天才に時代を生き抜いて欲しかった。僕は熱烈な三島ファンではないが、彼の多くの文学的業績を経て、同時代を幼い眼で見詰めてきた者として、やはり歳を重ねた三島氏の知性を日本は必要としたと今日の状況をみて思う。

「憂国」。それは重い言葉。

彼が事件を前に残した言葉は今でも僕に問いかける。「或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもならなくなっているのである」三島は日本の魂(たましい)の消失を予見していたと僕は思う。

その知性は1970年11月25日に潰えた。

ーそれでも武士か!と叫ぶ三島の声が自衛隊員の野次でかき消されるニュースに、芸術家の悲劇を僕はみた。何という酷い野次かと高校生の僕は思った。

そのようなエピソードがあって、僕には「憂国」を普通の映画を観るような形では鑑賞できないのである。

いつか観る日が来る。

禁断の映画の封印を、自分自身の意志で解く自由を僕は得た。

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六本木バードランドのジャズ・ライブは

Vfsh0142  素晴らしかった。お店は日本で一番古いジャズ・クラブ、「BIRDLAND」(“瀬里奈”前、スクエアビルB2)。百席の店内は飾らない雰囲気でくつろげた。7時の開演前に、近所のアメリカン・ダイナーで腹ごしらえ。

ステージで女性のアルト・サックスを聴くのは初めてだった。

カッコいい。目をつぶってサックスを掴む感じが、まるで音楽を抱きしめているようだった。そういう女性の表情は官能的だ。

若い高橋里美(アルトサックス)、鈴木ひさつぐ(テナーサックス)を囲んで、ピアノ、ベース、ドラムはベテラン・ジャズプレイヤーが固めた。

やっぱり、ライブは違う。サックスから官能的な旋律が、ドラムからは鼓動が聴こえてくる。

「September in the rain」「take five」「left alone」「Star dust」・・・、ビートルズの「and I love her」等、いい雰囲気の演奏が続いた。奏者が余裕があって楽しめる。勧められて、リクエスト・カードを店の人に渡した。後でジャズに詳しくない僕が出すぎた真似をしたようで少し後悔した。

1ステージが終わる頃女性の司会者がそっと傍に来て「次のステージでやるそうですから・・・」と耳元でささやいた。ドキドキしてくる。

鈴木さんのテナーサックスから、その旋律が流れ始めた時には、ゾクゾクした。そして惹きこまれた。

Someone to Watch Over Me・・・

リドリー・スコット監督の「誰かに見られてる」(1987)ではこの名バラードをスティングが歌った。ロマンティック・スリラーの“黙殺された傑作”。いい映画でも不幸な運命を辿ることがある。

トム・べレンジャーとミミ・ロジャーズの大人の恋と別れがNYのロケで描かれる。夜景が美しい。そしてこの「Someone・・・」は夜景にかぶって流れる失恋の感傷を歌った曲である。

別れた恋人に訴えかけるように、サックスは歌い上げてくれた。僕は一生の思い出をプレゼントされた気分になった。

若い頃の夜遊びとは違う。僕はもう一度、大人の夜遊びをしよう、と思った。

土曜の朝、いまだにジャスの興奮は体に残っている。心と体に溜まった日常がジャズのサウンド・シャワーできれいに流れた気がする。

「花金」には、Liveに行こう。

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2006年6月16日 (金)

「花金」の復活、とな・・・

今日は金曜。午前中をピークにした大雨も今はあがり、曇天が東京をおおっている。今夜は友だちの誘いで、ジャズのライブを聴きにいく。久しぶりに六本木で夜遊びだ。ニュースでは「花金」の復活というけれど、本当かどうかチェックを入れよう。

Vfsh0141 Vfsh0143 今、六本木のスタバの二階。このblogを書いている。コーヒーとシナモンスコーン。〆て470円也。周りは外人、日本人、おもいおもいの夕刻だ。

帰りはクルマを運転して帰る。だからジャズのライブではお酒は飲まない。

これまで散々夜遊びしてきたから、ライブが終わったら、友だちを乗せて速攻で帰ります。友だちは♂。だから色気のない花金である。

中高年の不良おやじのジャズは、かなり健全だ。

六本木がまぶしかったのは二十代。いつもお祭りだった。あれからたくさんのお店が現れては消えていった。いまではマックの街。ドンキの街。満喫の街。マツモトキヨシさんの街である。そういうことだ。

今でも土曜日の明け方の六本木の路上では、なかなか面白い光景が見れる。

あっち、こっちで、酔っ払った男女がふらふらと彷徨っている。彼らにとっては、今の六本木がマブイ街だろうか・・・。

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2006年6月 6日 (火)

フランシス・レイー恋心の旋律。

映画「男と女」のボサノバの名曲を造ったフランシス・レイ、「Love Story」(ある愛の詩)のテーマも彼です。

「男と女」を再見してから、ふたたびフランシス・レイの音楽がマイ・ブームになってしまった。彼の曲はクルマの運転にとてもよく合う。

Francis Lay を知らない若い世代の人たちは、恋愛、特に恋心と聞いてどのような音楽を連想するのか、興味ある。映画音楽のサウンド・トラックのように自分の日常や恋愛を彩るメイン・テーマを、きっと持っているに違いない。

フランシス・レイの曲は、一世を風靡した。ハリウッド・メジャーも彼の映画音楽を多用したから、世界中で彼の曲が流れたことは間違いない。1966年(「男と女」の年)から三十年間は、地球は「フランシス・レイ」の時代だった。

彼の音楽は、どこかパリの吟遊詩人っぽいところがある。アコーディオンがよく使われるからかもしれない。恋ごころをかきたてるような切ない旋律が彼の音楽の持ち味で、どこを切ってもフランシス・レイ節になるところが凄い。コンピュータが音楽づくりに加わる前の、最後の大作曲家かもしれないと思う。

ほとんど知られていない映画がある。日本題名で『別れの朝』(1971年フランス映画)。KING RECORDSからDVDが出ています。多分レンタルにはない。誰も知らない映画。けれどこの映画は一度観たら、忘れられない恋の映画。日本で数百人もこの映画を知る人はいないかもしれない。ぴあのシネマクラブ(辞典)にも、掲載されていない。しかし、この映画は生涯忘れられない映画になる・・・そういうたぐいの映画です。

フランス人貴族の娘と若いドイツ軍将校の禁じられた恋の物語。恐ろしいくらい濃密な激情と恋情が塗り込められている。この映画音楽もフランシス・レイです。

ジャン・ガブリエル・アルビコッコという監督。「金色の眼の女」(61)、「さすらいの青春」(66)、そしてこの「別れの朝」で忽然と消えてしまう。父親のキント・アルビコッコが撮影監督で、移動撮影、広角レンズ、逆光の撮影など不思議なしかし過剰に美しい画面をつくる。

時々、この映画が観たくなって、観てしまう。けれど本当は、この映画を「聴きたくて」僕は、DVDを観ているのかもしれない。

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2006年6月 4日 (日)

映画『シャイン』を十年ぶりに。

十年前に観た「シャイン」を久しぶりにみて感動した。感動がより深くなって、うれしかった。十年前の僕は若すぎて、まだこの映画の奥深い部分が判っていなかった。

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デビッド・ヘルフゴットが生き続けることを念じて苦難の道を歩いてきたこと、そして音楽との再会が人を喜ばせることを拠り所にしていること、そして愛こそが彼の人生を豊かに富ませたことも、頭ではなく体の芯から、僕は理解することができた。

最後のシーンが父親の埋葬されている墓地の全景で終わるのは、彼が死の影の谷を歩んできたことと無縁ではないだろう。その墓地は緑に覆われ、愛する人と歩んでいく・・・。

これが実話だということは、驚くべきことだ。

主演のジェフリー・ラッシュがアカデミー主演男優賞をとった時に、会場でD・ヘルフゴットがピアノを弾いたことを思い出す。

感動に心ふるえるのは、最後の再起を果たしたリサイタルのシーンで、ヘルフゴットが感涙にむせぶ所。彼は自らの人生の苦難すら神に感謝しているかのようだ。

彼が人生すべてを肯定し、感謝に満ちているのが伝わってくる。客席にみえる関係者の老いに永い歳月の経過をみる。

脚本を書いた監督のスコット・ヒックスにもし逢えたなら、溝口健二の「西鶴一代女」の影響について聞いてみたい。溝口が示したミラクルを、彼は上手に咀嚼したように僕は感じた。それがどの場面かは言わぬが花・・・。

最後にこの映画に全編に配置された雨や水のイメージは、生命の象徴のように僕には感じられた。瑞々しい音楽がそうであるように。

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2006年5月20日 (土)

平原綾香さんを聴きながら

初めて見る「Jupiter」を歌う女の子の姿が、妙にこころに残ってしまった。Video Clipの平原さんは歌姫(ディーヴァ)のようにみえた。気づいてみれば、彼女の出したアルバム、シングルのほとんどを買っていた。しかし僕はオタクではない。

その不思議な声質に惹かれる。上手いというより、ひたむきさを感じる。時にそれは苦しげですらある。けれども透明感があって、素敵だ。

TVCMやドラマの主題歌での活躍をみると、彼女はこの時代を生きる私たちに、希望の光を放っている。

新しいアルバムを、今夜初めて聴いた。今、聴きながらこの文章を綴っている。「from to」。平原さんから、私たちへという意味だろうか。ユーミン、小田さん、サザン・・・懐かしい歌を歌ってる。

出だしは、ユーミンの「晩夏」。やられた。すーっと胸の中に入り込まれた感じがした。

・・・

何もかも捨てたい恋があったのに

不安な夢があったのに

いつかしら 時のどこかへ置き去り

空色は水色に

茜は紅に

やがて来る淋しい季節が恋人なの

・・・

大切なものに、気づかせてくれた。一番大切だったもの。想いを人に伝えたいと思う気持。

From to は、いつから From A になったのだろう。

自分が得する処から、僕はもう一度 人を必要とし、人に 信じることを伝えようとする処に戻ろうとしている。

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