2012年5月14日 (月)

就活 採用連絡

昨年5月、約八か月の活動(就活)の後、ヨコハマの会社に再就職しました。

●さよなら東京

五月の爽やかな風が、ヨコハマに吹いていました。

●そうか、君は課長になったのか

それから五ヶ月経って、縁あって東京の会社に再々就職することになりました。

●10月の戦略 2011

挑戦的な仕事に、身体がついていかないという初めての経験。

蹉跌を味わいました。

●救急車に乗ったこと

ボクは充分、シニアでした。

その会社を辞して、再び再就職活動に戻り約一ケ月。

幸運にも、本日採用内定の連絡を受けることができました。

再就職(ホップ)、

再々就職(ステップ)、

再々々就職(ジャンプ)で、

去年の五月から今年の五月まで、本当にみんなに心配をかけてしまった。

家族に、友人に、そしてボクを取り巻く人々に。

ごめんなさい。

もう、これで着地です。

新しい一歩を語れる日は、少し先になりそうですが、

今は、五月の風を味わいたいと思います。

あなたの優しさに、多謝!

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2011年10月24日 (月)

たとえ世界を敵にまわしても・・・

ひさしぶりにコーチングの相手を務めた。

コーチングの学びのために、ボクがクライアント役を務めた。

クライアント体験から、さまざまな学びが得られる。

今回は、自分のイマジネーションが広がる体験をした。

こんな言葉が、自分の口から飛び出した。

たとえ世界を敵にまわしても、宇宙を味方につけなくてはね。

世界は時として、敵となる。

けれど、そのような時にも、宇宙の摂理は不変で、営々とその営みを繰り広げている。

だから、宇宙を味方につけるべきだ・・・そのようなつもりで話した。

宇宙を味方につけるためには、それなりの生き方が求められることだろう。

もうひとつの言葉。

大河の流れが感じられて、今の自分は笹舟に乗って流されている。大河の流れに乗ったのは、別の河からカヌーを抱えて乗換えてきた。それは自分の意志で乗換えた。しかし大河の流れに、今は身を任せている。

大河の流れを感じ取る自分がいて、同時に笹舟に乗って流されている自分も自覚する・・・。

そのような話は、コーチがいたから出来たこと。

今の自分は、そのような境遇にいる、と知ったのです。

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2011年2月27日 (日)

コーチングの研修を終えて

三日間の研修を終えて、初めて今までしないことをした。

別の勉強会の集まりに出席できないことを、電話で伝えた。

今までの自分であれば、無理を承知で、合流しただろう。

そして八方うまくいくのだ。

自分以外は・・・。

けれど三日間の研修で、チカラを使い切った感覚があって、実際、身体の変調もあったので、お誘いの相手にお詫びして、ひとり静かに家路についたのだった。

グリーン車の座席に、身体を預け、静かに振り返った。

先程までの疲労に満ちた時間は実は充実した、濃密な時間に変わっていった。

自分の無意識は、そんな時間をそのまま持ち帰りたいと、願っていたのだ。

先程のその研修仲間からの誘いも断わって、家まで持ち帰りたいと願った感覚。

それは、本気でクライアントにかかわる感覚、クライアントの人生と共にあろうとする感覚、だった。

時に人は立ち止まり、どうしていいか?わからない時もある。

そんな時に「ともにいる」、ただそれだけで、救われる感覚が生じることを、クライアントを演じる体験で、ボクは掴んでいた。

真剣に自分に関わってくれたコーチングの仲間に感謝して、だから真っ直ぐ家路についた。

もう、それで充分な一日なのだ。

●コーチングの学び 1月の終わりに

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2011年2月25日 (金)

再び コーチングの研修へ

25日(金)は、春一番が吹いた。

その日、終日セミナールームに篭って、コーチング研修の第一日目を過ごした。

三日間の研修は、朝から夜まで、自分にとってなかなかタフな体験だ。

普段使わない心の筋肉を使う。

だから、去年の八月、初めて研修コースに出てから、4回目になる今回もまた、ある種の覚悟をする。。

三日間、最後まで、走り抜けることができますように。

そう願う。

ある種の期待と不安を抱きながら、セミナー会場へ向かった。

心の中に生じる“ゆらぎ”-そういうものを素直に認める自分がいた。

そして、研修仲間に対して、あまり過剰な気遣いをしていない自分自身にも気がついた。

“あるがままに”-そうあることは難しいことだけれど、共に楽なコンディションでありたいと願う。

そういうことを試みている自分がいた。

場数だろうか?

それとも、学びの恩恵だろうか?

おそらく、その両方なのだろう。

人は人によって傷つくことも多いけれど、人は人によって癒されもする。

そういうことを信じられる自分でありたい。

そのために、最後まで、真摯に走り抜けたい。

今回は、一歩、一歩、味わいながら。

けれど三日間は、きっと疾走するように終わることだろう。

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2011年2月 1日 (火)

就活の長男に コーチングを

今夜、自分が学んでいるコーチングを家族に適用してみた。

長男とファミレスで、就活についてのカウンセリングを行った。

コーチングの技法を用いて、今直面している就活のちょっと苦しい部分にフォーカスを合わせる。

違った角度から、その局面を考察してみる。

そんなやりとりをしながら、長男は、いつの間にか、ノートにメモを取り出した。

そうか・・・。

ボクが学んでいることの果実を、家族に還元していこう・・・その時、ボクは心に誓った。

この学びが、家族に役立つのなら、去年からのボクの物語は、上手に点と点が結ばれて、ストーリー・ラインが描かれていく・・・。そう思えた。

コーチは、決してクライアントに優位に関っているのではない。

クライアントの人生に沿いたいと願っている。

長男の人生に、その少し大変な局面において、役立つならば、その智慧は本物なのだ。

学びの真価が問われる。

子供たちの最大にして最高のブレーンになれたなら、他にボクは何を望むだろうか。

そう思った日。

長男の笑顔が、ボクに勇気と決意をくれたのだった。

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2011年1月31日 (月)

コーチングの学び 1月の終わりに

28日(金)から30日(日)の三日間、コーチングの勉強で缶詰状態だった。

そして30日(日)の晩には資格試験の仲間たちとの飲み会に参加した。

心身のエネルギーをたくさん使った三日間。

今日、体重計に乗ったら1kg、減っていた。

心身のエネルギーが1kg減った証拠に思えた。

たっぷりと休息をとらなくては・・・。

そう思い、1月最終日はお休みにした。

半年くらい前から、上手に休めない自分になった。

まるまる一日を休めないということは、少し偏った視点にボクは立っているということだ。

上手に休めることは、上手に生きることだ。

そんな訳で、頑なになった身体を温泉で癒そうとした。

そんな時、温泉に入る前に、うれしい知らせが届いた。

練習につきあってもらったコーチングの相手から、朗報が入った。

仕事上の悩みを、視点を変えて捉えるコーチングの試みをした。

新たな視点で、その仕事に取り組むことを約束した。

その初日の今日、仕事で大きな成果があがったという知らせだった。

うれしいなあ・・・。喜びがこみ上げて来た。

クライアントの視点が新たになって、同じ仕事を違う角度からみて取り組んでいた。

そんなとき、神様はプレゼントをしてくれたのだ。

こういう予期せぬ出来事が現実に起きる。

それは、クライアントが可能性と希望に舵をきったからなのだ。

神様は、そう教えてくれたようだった。

ザックJAPANの選手たちが、勝利しか眼中にない処まで集中して、その結果、あのボレーシュートが決まった、と思った。

ボクには、そのように思えた。

もしも負けることや、外すことに意識を集中していたなら、絶対に勝利の女神は去っていったに違いない。

可能性と希望に舵をきって、成すべきことを成す。

それを教えてくれたザックJAPAN。

そして、身近にはコーチングの練習につきあってくれたクライアント。

そういうことを教えられた一月最終日。

ボクの疲れを癒してくれたのは、温泉ではない。

弾む心のクライアントが、ボクに可能性と希望の秘密を教えてくれた。

ボクもまた、頑張ろう。

新たな視点で、日々のトライアルを捉え、ボクもまた可能性と希望に意識を集中させよう。

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2010年12月 1日 (水)

コーチが学ぶこと

コーチングの勉強をしていて、一番勉強になることは、実際にクライアントを前にしてコーチングを実践してみることだ。

コーチングの練習につきあってくれる方を探していた。

そしてそれを引き受けてくださる方がみつかった。

コーチングの練習を始めて、さまざまな学びが得られる。

守秘義務があり、クライアントの事については一切語れないが、コーチをしている自分自身の内面の動きについて記したいと思う。

クライアントに意識を集中して問いを投げかけているとき、自分自身が充実していると感じる。

自分の脳が、しっかりと働いている。

クライアントの話を聴いている内に、さまざまな智慧が浮かんでくる。

それを本当は心に秘めて、問いを続けなければならない。

(我慢することを、覚えなくては。)

クライアントがコーチである自分自身を信頼してくれていることは、自分に勇気を与えてくれる。

そんな信頼や、リスペクトされていると感じる感覚は、人に力を与えてくれる。

自分もまた人間、さまざまな悩みを抱えている人間だ。

自分の悩みから離れることは、いいことだ。

こういう練習を通じて思うことは、コーチもまたクライアントに救われている感覚。

自分が支援していること以上に、クライアントが自分を支えてくれている感覚。

そうやって、「人」は、「人間」になるのだろう。

だから練習につきあってくれる方に、とても感謝したい。

コーチはクライアントによって、コーチされているのだ。

ありがとう。

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2010年10月29日 (金)

コーチングを巡る対話の会で ②

先月に引き続き、コーチングを巡る対話の会に参加した。

氷雨の降るTokyoだった。

昼間の仕事を終えて集まってくる十数人の人たちは、コーチングを学んだり、コーチをしたり、あるいは自分の仕事でコーチングを活かそうとしている人たち。

やはり何かを求めて、夜遅くまで時間を割いてきているから真剣だ。

といっても和やかに、コーチングを巡る対話は弾んでいった。

終わる頃には、名残惜しい気持ちが会場を支配していた。

やはり<共感>の磁場が生じているのだろう。

人の考えを否定せず、人の様々な多面性と可能性を肯定的に信じるスタンスが、その<共感>の磁場を形成しているように思えた。

ボクもまた、この一か月間にコーチングについて考えている事柄を、いくつか話した。

その内のひとつ、こんな話をしました。

(そのお話ーすこし脚色しています。)

先週、シドニーに行って気がついたことがあった。

シドニーの街中には、カンガルーがたくさんいる。

特に朝の通勤時間になると、その尻尾に叩かれないように歩くのは至難のわざだ。

(すみません、うそです!)

コーチングを学んでると、人と人が対話している光景を察知するセンサーが鋭敏に働く。

シドニーの街中では、たくさんの対話の光景が繰り広げられているのだった。

例えば、コーヒーを手にビジネスマンの同僚が対話している。

学生たちが、楽しそうに対話している。

公園で、カフェで。

そう、対話は、当たり前の文化なのだ。

信号待ちしていると、愛し合うふたりの素敵なシーンをみることもあった。

これは、言葉のいらない対話・・・。

そのような光景をシドニーの街中でみて、この都市に漂う幸せ感が伝わってきた。

そして成田に戻り、通勤帰りの山手線に乗り、乗換えたりした。

ボクの眼は、今度はニッポンの人々の対話する光景を求めているのだった。

しかし人間の密集の集積度に比べ、それは少ないことに気づいた。

多くは携帯に向かい、あるいはPSPなどでゲームに向かい、その場で自分の内部に退避しているように見受けられた。

あるいは遠く離れた人と会話するなどして。

駅の構内も、そしてターミナルにも、あまり幸せ感が漂っていないように思われた。

・・・

何をいいたいかというと、コーチングを学ぶ過程で、人と人とが対話する、話す、聞くという行為に鋭敏になり、集中するようになったということを伝えたかった。

その対話に、幸せ感の秘密が隠されていることも。

コーチングはライフ・スキルだと考える。

それは誰にでも学べ、学ぶことが幸せに通じる技術でもある。

そしてその技術には、終わりなどない。

人間がある時点で完成する、ということがないように。

成熟することはあるとしても・・・。

(終わり)

ネット上に広がるコーチングの“いかがわしさ”に、いささかゲンナリしていたボクは、改めて自分の学びを深めようと思った。

自分のコーチングを深めようと思った。

そのエネルギーを、昨晩集まった人々から、贈り物としてボクは受取ったのだ。

●コーチングを巡る対話の会で

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2010年10月18日 (月)

セルフ・コーチング ある経営者のお陰で

シドニー行きのConceptは、「stop. revive. survive(停まって、元気をつけて、生き残ろう)

村上春樹さんの著書『シドニー!』で出合った言葉だった。

シドニーからブリスベンまでの1000kmの道のりの路肩にある看板にそれは記されている。

1000kmという長さは、人生のこれからの道のりを思わせるものだ。

立ち止って、元気をつける。

それが長丁場では大切な戦略になるだろう。

例えば、二時間運転したらひと休みするーそのようにして元気をつけ、生き残る。

reviveはDaily Conciseでは、復活する(させる)とあった。

シドニー行きで、今までの生活を一度断ち切ってみる(=停まる)。

そして初めての都市で過ごしながら、英気を養う(=元気をつける)。

「復活」の糸口をつかめればいい。

9月から新しい生活を始めた。

友人からStoicと評された。

そういわれて自分のことに気づく。

確かにStoic過ぎるかもしれない。

少なくともあの時、それは自分を支えるための唯一の生き方だった。

一ヶ月もたつと、休日も祝日もあまり「休みの日」ではなくなった。勉強したり準備したりすることがたくさんあった。毎日少しでもこなしていきたいと思った。

だから今日は何曜日かということもあまり意味がなくなった。

あと何日で週末のお休みだという生活から、ボクは少しずつ遠ざかっていった。

そして、ある気づきを得ることがあった。

お世話になった経営者に近況報告をしに伺った時のこと。

自分が今何をしているか?

それを簡潔にお伝えしようとして、自ら語った言葉に気づかされた。

BというPrj.を実現させるために、まずAというPrj.の準備と活動を行いながら、B Prj.の勉強を平行して行っている。CというPrj.はA,B通じて自らを支えるものである。だからC Prj.の勉強もまた毎日行っている。

つまり、A,B,Cという3つのPrj.が同じ時期に進行しているのだった。

そのことを自覚した。

それ以外にも様々な諸手続きを行い、またやるべき事柄を片付けていく日々。

そんなフレームで今を生きていることに気づかされた。

語って、そこから知りえたことから教わったので、それはセルフ・コーチングと呼べるものだろう。

A,B,Cそれぞれが難易度の高い事だから、リバランスしたり、時間軸を変えたりする工夫を施さなくてはならない。

元気だからこそ、ここまでこれた。

しかしこれからは少し技巧的に「元気」を守り育てなくては。

そのために立ち止る。

ABは日本に置いて。

Cの学びだけはSydneyでも続けよう。

Cは、おそらく自分の生き方に直結するものだから。

村上春樹さんがSydneyでも<書き続けた>ように・・・。

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2010年10月10日 (日)

シドニー大学

海外出張や海外旅行で、もう一つの楽しみは大学を見学することです。

今までに一番印象に残るのは、スタンフォード大学

あの中世風の回廊と教会の見事さは、そこがアメリカであることを忘れさせる程、ヨーロッパ的でした。

LAのUCLA

生協の書店には、映画関連の書籍が充実していました。

そしてハワイ大学

学食が楽しかった。

結局、ボクは大学という処が好きなのです。

そしてシドニー大学に着目したのは、「META-COACHING」というコーチング専門書の中に次の記述があったからです。

「2000年、トニー・グラント博士が、コーチングという分野に学術的基盤を設けました。シドニー大学にコーチング心理学部を設置し、自ら学部長を務めることにしました」。(同書P92.引用)

それを契機に、世界各国の4つの大学が新たにコーチング学部を設けることになったということです。

つまり、シドニー大学が、コーチング分野において大学卒業資格を設ける先鞭をつけた訳です。

(コーチングは「21世紀を代表する自己実現の技術」(同書P93.引用)と信じるボクは、是非ニッポンの大学に期待したい処ですが、それはいつになるのでしょう?)

シドニー大学の生協の書店には、コーチングの専門書が揃えられているかもしれません。

シドニーに到着したら、是非シドニー大学を訪問したい。

どこでも学生に同化してしまえるーそれは「特技」かもしれないので。

●シドニー大学日本語情報HP

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